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クラスターテクノロジー(株)【4240】の掲示板 2016/08/09〜2016/12/04

安達社長
上場すれば会社はあなたのものでなく社会のものです
今の業績や投資家の評価をどうお考えですか
幻想はほんの一瞬現実を直視してください
こんな状況でもポジに捉え決して見放すことのない
株道さんPontさんrakさんには頭が下がる思いです
日本人は優しいアメリカなら間違いなく経営責任を
厳しく追及されます
株主に応えることができなければ退陣しかないです。

  • >>88

    【革新的新技術の普及までには、長い年月を要すものかも】(1-2)

    2014年、「青色発光ダイオード(LED)の発明」
    でノーベル物理学賞を受賞された”中村修二”教授
    (62歳)の実例を紹介させて頂きます。

    《受賞までの主要経緯》

    ・1979年、中村修二氏は徳島大学大学院を出て、
     日亜化学工業㈱(徳島県阿南市本社)に就職。
     (松下電器の受験は不採用。京セラの受験は
      合格(面接官は創業者・稲盛和夫氏)する
      も、家族養育の都合で、結局、地元に就職)

     開発課に配属して間もない頃、「まだ実用化
     できていないものに挑戦する意欲が強くなり」、
     ”青色LED開発”を小川信雄社長に直訴。
     ⇒ 小企業では、破格の開発費3億円を得る。
     
    ・1993年、約10年間の研究一途の結果、見事に
     「世界初の”青色LED”開発に成功した」 ★★
     これは、今から 23年以上 も前の出来事だ。 ★★

    ・1999年、日亜化学工業に20年間勤めた後も、
     研究一筋の道を選択し、中村修二氏は退職。
      ~
      ~
    ・その後、日亜化学工業は、青色LED製造で ★★
     躍進を続け、現在、世界一のシェアを誇る。 ★★

    ・2014年、ノーベル賞授与の発表時、中村修二氏
     はインタビューで「日亜化学工業の先代社長の★★
     小川信雄氏には感謝している。彼の研究支援が★★
     なかったら、このノーベル賞はなかった。」と
     先代社長のことを絶賛して応えています。

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    《参考URL》

    ◆中村修二氏の経歴、ほか
     (ウィキペディア フリー百科事典)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E4%BF%AE%E4%BA%8C

    ◆日亜化学工業㈱ 会社沿革
     (日亜化学工業_HP)
    http://www.nichia.co.jp/jp/about_nichia/history.html

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    ※(2-2)へ続く。