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(株)ナイスクラップ - 株価チャート

478

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    478(05/26)
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  • >>45

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑫


    ― 平凡パンチ創刊号にはまだカジュアルという言葉はない ―


    【「男性誌の”カジュアル言葉”」を遅らせたのが「TPO」である。】


    平凡パンチ創刊号での”ファッション欄”は、ごくわずかで5ページ
    のみ。この特集欄に「WEEKLY MEN'S CORNER」として記述されて
    いる。

    最初のページに「日本調スポーツシャツ」のタイトルがあり、イラ
    ストが描かれていて、イラストレーターはVANでお馴染みの穂積和夫
    氏で、デザイナーは石津謙介氏

    ここでのイラストのシャツは、半袖開襟で吉原プリントやアイヌ模様
    仕上げになった斬新なもの。
    で、次ページのタイトルは・・・

    ●「Time、Place、Occasionで選ぶスポーツシャツ」の特集である。

    これを4ページに亘って解説しているのだが、出てくる言葉は「スポー
    ツシャツ」「アイビーシャツ」「ショーティシャツ」といった具合で
    ある。この創刊号では「カジュアル」という言葉を見つけることはな
    い。

    さて、これより2年後の1966年2月にある女性誌が「カジュアル」とい
    う言葉を世に広める切っ掛けをつけるのだが、意外や意外、このこと
    はファッション・服飾史では今日まで見落されている。

    これは日本の若い女性に革命をもたらしたといわれるファッション誌、
    「アンアン」が創刊される4年前の出来事ではある。

    ※このカジュアルという言葉自体は、昭和20年代後半に日本の服飾誌
     ですでにお披露目されてはいるが・・・)

    ※アンアンはパイロット版である『平凡パンチ』女性版を経て1970年
    3月に、フランスの女性向けファッション誌『ELLE』の日本語版『an・
    an ELLE JAPON(アンアン エルジャポン)』として創刊。
                          ーWikipediaー

  •  
    ―”過去10年の「ハンドレッドバガー100倍株・21銘柄」一覧”―

                    (2017’1/6 終値で検出)


    ① 8508:Jトラスト・・・379.70(倍)
    ② 3440:日創プロニティ・296.59
    ③ 4565:そーせい・・・・287.69
    ④ 3252:日本商業開発・・270.91
    ⑤ 2928:RIZAP・・・221.43
    ⑥ 3765:ガンホー・・・・216.29
    ⑦ 2160:ジーエヌアイ・・210.00
    ⑧ 3046:JIN・・・・・165.64
    ⑨ 4571:ナノキャリア・・151.64
    ⑩ 2158:FRONTEO・140.69
    ⑪ 3742:ITbook・・139.34 
    ⑫ 2138:クルーズ・・・・139.25
    ⑬ 3064:MnotaR・・135.01
    ⑭ 2489:アドウェイズ・・130.66
    ⑮ 7747:朝日インテック・129.60
    ⑯ 8721:VR証券投資・・122.78
    ⑰ 2124:JACリクルト・112.07
    ⑱ 4667:アイサンテク・・111.65
    ⑲ 2782:セリア・・・・・105.69
    ⑳ 2379:ディップ・・・・104.10
    21 6256:ニューフレア・・100.00

  • >>43

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”⑪


     ― 平凡パンチ創刊号とカジュアル言葉 ―

    平凡パンチ1964(2004’9/10 赤木洋一 著)という本は
    当時この雑誌に携わった新入社員の話だが、「カジュアル」
    と「アイビー」のとらえ方が理解できて実に興味深い。

    以下はその一節。

     ”平凡パンチが創刊されたとき、その表紙がおしゃれな若者
     たちのイラストだったから、みゆき族という風俗現象をパ
     ンチの表紙、そして読者像と同一視している人がいたが、
     それは間違いである。パンチの表紙に出てくるのはアイビ
     ールックで東京に出現した、学生たちの群像だった。”

    で、他のページではこの創刊号立ち上げ前に編集長から表紙
    になる予定の絵を見せられるのだが、そのときの感想が以下
    である。

     ”絵画というよりデザイン画のように見えた。そこにはパス
     テルで描かれたクルーカットの若い男たちが、カジュアル
     なジャケットやダンガリーシャツ、裾を短くしたコットン
     パンツといういでたちで並んでいた。銀座にできた帝人メ
     ンズショップから出てきたばかりのようだ。”


    同じ本の中で「現時点での回顧談=カジュアル」と「当時ス
    トレートに感じた風俗現象=アイビー」が渾然一体となって
    書かれているので実に紛らわしい。

    まあ、当時「カジュアル」ということばがまだ市民権を得て
    いなかったので無理もないが、読者は1964年当時も「カジュ
    アル」という言葉が自然に使われていたと誤解をうけるやも
    知れない記述ではある。

  • >>42

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑩


        ― 石津謙介と「カジュアル言葉」―


    「石津謙介」をウィキペディアで検索すると【影響】欄に以下の
     ような記述がある。

    ”「時・場所・場合を考慮して」という意味でよく用いられる
    「TPO(Time、Place、Occasion)」、「カジュアル」、「Tシャツ」、
    「トレーナー」、「スウィングトップ」、「ステンカラーコート」、
    「ヘビー・デュティー」などの和製ファッション用語を定着させた
     のは彼であり・・・・・”


    ん?? ”などの和製ファッション用語”の範疇に「カジュアル」
    を加えるとはコレ如何に?

    ちなみにVAN並びにVAN関係者が多数関わった「男の服飾図鑑・メン
    ズクラブ編(70’3/15)」には、「カジュアル」の記述はどこにも
    見当たらない。

    このような”男性を対象にした服飾図鑑”は史上初ではなかろうか。
    そしてこの本の表紙カバーの裏には以下のような記述がある。

    ”●こんな人は、この<男の服飾図鑑>を是非お読み下さい。
     1、毎日忙しい、しかしおしゃれに関心がある人。
     2、いま一番大切なムードやフィーリングを、手っとり早く、身に
      つけたい人。
     3、雑誌、TVに出る流行に、乗りおくれたくないと思う人。
     ●<男の服飾図鑑>は、どこから読んでも役に立つ、実用的でしか
      も楽しい、男のおしゃれのガイド・ブックです。


    つまり、1970年3月時点においては「カジュアル」という言葉は男性
    誌では重要視されてはいないことがわかる。
    日本においては誰よりも早く「カジュアルウェア」を世に出した石津
    謙介氏だが、氏の息のかかる男性誌においては女性誌の後塵を拝する
    ことになる。

    これはこれより遡ること6年前の1964年、世の若い男性に多大な影響を
    与えたエポックメーキング的な雑誌”平凡パンチ創刊号(昭和39年5/11)”
    でさえもこの言葉「カジュアル」を見つけることはない。

  • >>41

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑨


    ―「宮本悦也・流行学」に見るカジュアル/エレガンス論 ―


    反論派曰く・・・・
    ”「エレガンスはカジュアルの反対語ではない」
     「欧米でもカジュアル革命は継続する」
     「日本も欧米とともにエレガンスに移行する」

     などと1973年まで反論が続いた。だが、1974年以降、欧米
     の服飾ジャーナリズムが、「カジュアル」というコトバを
     使用するのをやめ、「エレガンス」を多用しはじめると沈
     黙してしまった。そしてこの沈黙はたんに反論をやめただ
     けではなかった。偶然の一致にせよ、反論した服飾の新聞、
     雑誌がすべて廃刊に追い込まれたのである。”

    ”フランス語で「上品な、趣味のよい、オシャレな」という意
     味のコトバ「エレガンス」は英語のカジュアルの反対語でな
     いことは、字引を引けば明らかだ。そして、英語としての反
     対語は「正式(フォーマル)」がよい。”

    ”だが「流行学」が予測しているカジュアルは、日本語として
     生き残るカジュアルのことだ。それは、古い着用習慣を破壊
     するエネルギーのことだ。そしてエレガンスとは、70年代の
     欧米の服飾が、新しい着用習慣/ルール(秩序)をつくるエネ
     ルギーのことだ。”


    <宮本悦也と関わりのあった企業>
          (月刊モドロジー 1985’10月号 通巻142号)

    トヨタ、セイコー、雪印、ヤクルト、東洋水産、東レ、旭化成
    カネボー、三菱レ、イトマン、ワコール、ワールド、レナウン
    伊勢丹、ニチイ、オ・プランタン、西友ストア関西、資生堂、
    ポーラ化粧品、ソニー、ビクター、コロンビアなどの全レコー
    ド会社及び主たるプロダクション、とくにトヨタ自動車は「自
    動車の流行学」の仮説を、日米欧のデーターで追認し、モドロ
    ジーの周期仮説によって1984年に占有率を43%に高めた。

  • >>40


    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑧


    ―「宮本悦也・流行学」に見るカジュアル/エレガンス論 ―


    1960年代から1980年代にかけてファッション業界に旋風を
    捲き起こした宮本悦也という経営コンサルタントがいた。

    (後に服飾業界を超え、日本の企業2000社と関わりを持つ
     ことになるスケールの大きい人物で、裏原宿の生みの親
     でもある。また日暮里をニポカジとしてブラッシュアッ
     プさせた仕掛け人でもある。)

    宮本氏が書いた本は多いが「構造心理学」をベースに理論を
    展開するので、一度で理解する人は皆無でもある。

    以下は流行学三部作の第二作目の「商品の流行学」から抜粋。
                  (昭和51年6月24日初版発行)

    ”前著「流行学」で私は、「カジュアル」という1960年代の
     服飾革命に名づけられたコトバの運命を、次のように予告
     した。「カジュアル」というコトバは、日本では服飾全体
     の傾向を指す広義のコトバとして生き残るが、欧米では、
     もとの「くつろぎ着、ふだん着」という狭義のコトバに戻
     る、と。”

    ”この英語で「偶然の、何気ない」という意味から転じて、
     服飾ビジネスで「略式服」「ふだん着」を指すコトバだっ
     た「カジュアル」は、ミニスカートに始まる60年代の服飾
     革命そのものを指すコトバとなった。”

    ”だが、70年代に入ると、欧米はエレガンスに移行するため
     に、カジュアルはもとの狭い意義しかもたないコトバに転
     落した。ところが日本だけは70年代以降、2010年代まで
     カジュアル革命を継続させるために、「カジュアル」とい
     う広い意義を持つコトバが残る。”


    で、この論説に関し、ジャーナリズムと論争を繰り広げるこ
    ととなる。

  • >>37

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑦

     
       【VANの悲劇・カジュアル革命】


     ― "アイビー”それは本当に革命だった ―
     
    雑誌ポパイの1978’6/10号で「VANが先生だった」という
    特集号があった。この特集は2ヶ月前のヴァンヂャケット
    倒産(1978年4月 )があり急遽企画されたものと思われる。

    「”アイビー”それは本当に革命だった」というのはその時
    の特集記事のキャッチコピーの一つなのだが、往年のファン
    にとってはそれだけ思い入れがあったということか。

    下記はその巻頭文だが、VANが台頭したころの日本の若者に
    与えた衝撃度を垣間見ることができる一文ではある。

    ”VANとの出会い、ちょっと大げさかもしれないが「文明開
     花」だった。それまで学生服しか知らなかった僕たちに
     スーツを着せ、カラーコーディネイト教えてくれたVANの
     アイビーは、僕たちにとってはじめての「洋服」であり、
     「お洒落」であったのだ。”

    ”VANが登場する以前にもたしかにアメリカがころがってい
     た。けれどコーラを除いてはほとんどのそれは大人のため
     のものであった。VANはアメリカの学生ファッションを伝え
     るだけでなく、アメリカの若者の生活、風俗、スポーツ...
     若いアメリカのすべて、僕たちのためアメリカを教えてく
     れた。”


    VANの悲劇は、日本において服装の一大変化、つまり注文服
    から既製服に転換する過程で、いきなりカジュアル革命が起
    きたことにVAN自身が気づかなかったことに尽きる。

  • >>34

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑥


    ― 日本のカジュアルウェアーの元祖・石津謙介 ―

    石津謙介が佐々木営業部(レナウンの前身)から「石津商店」と
    して独立するのが1951年(昭和26年)のこと。
    その後、VANの商標を登録し、1954年(昭和29年)にヴァンジ
    ャケットと改称する。

    で、創業当初のVANのおかれた状況をみてみることにする。

    以下は「アイビーは、眠らない(花房孝典 著)」より抜粋。

    ”当初のVANは、英国式の高級紳士服を製造販売していた。これ
     は石津の、国際都市天津で体得した「男の正しい服装は伝統的
     な英国式のものである」という強い観念が反映されていた。
     が、当時の日本は、既製品は「吊るし」と称されて軽蔑され、
     腰弁と揶揄された一般サラリーマンでさえ、年に1、2着はオー
     ダーで背広を作るのが当然という時代であった。”

    ”石津は、レナウン時代に培った研究心で、さまざまな分野から
     資料を集め、研究をはじめた。当時の日本は、なにごともアメ
     リカ式が主流だった。若者のファッションも、アメリカの影響
     を強く受けていた。しかし、それはファッションといえるもの
     ではなく、米兵たちの非番の服装が手本になっていた。アロハ
     シャツにジーンズ、ラバーソールの靴にサングラスという異常
     ないでたちの若者たちが街にあふれ、世の顰蹙を買っていた。”

    ”石津はそこに目をつけ、マーケット・リサーチを試みた。結果、
     若者のための真っ当なファッションが市場に存在しないことに
     気づいたのである。石津は、新生VANのターゲットを若者にし
     ぼった。そして、あらゆるファッション関係の資料を漁った。”


    結果、当時米国の若者の新しい潮流になっていた「アイビー・リー
    グ・ルック」を、石津を媒介に日本に持ってくるという「アイビー
    ルックの日本移植」がはじまるのである。

    これこそが後に「カジュアルウェアー」といわれるものの出発点の
    一つでもある。

  • >>27


        ― 未来に先回りする思考法 ―


    前回参戦中の銘柄として以下の5銘柄を上げた。

    6537:WASHハウス、6172:メタップス、7172:JIA、
    7148:FPG、8922:JAM

    上記5銘柄は今も継続中!

    で、新たに加わったのは、9416:ビジョン、6047:Gunosy。

    7172、7148は2年前より売買をしていてクセがわかっている
    のでやりやすい。
    この中で新顔で面白そうなのは6537と6172の2銘柄。

    6537:WASHハウスは今が成長期。

    6172:メタップスは2002年ころのサイバーエージェントを彷彿
    させるパワーを秘めている。

    サイバーの2002年の売上げ予想は105億円、営業利益は-2億円
    (2002年四季報秋号)だったが、利益のメドがついた翌年春か
    ら株価の暴騰がはじまり、2004年夏まで37.8倍まで駆け上った
    経緯がある。

    このところ6172はマザーズの売買代金では常にベスト5に入って
    いる。プロもその実力に注目していることだけは間違いない。

    まあ、取らぬ狸の皮算用ではないが、面白そうな株ではある。


    尚、メタップスの佐藤航陽社長は、本をたくさん出しているが、
    中々読ませる内容ではある。
    その中の一つ「未来に先回りする思考法」の書き出しが秀逸!

     ― なぜ、99.9%の人は未来を見誤るのか ―

    ”「飛行機の実現までには百万年から一千万年はかかるだろう」
     ニューヨークタイムスがこの記事を掲載してわずか数週間後、
     ライト兄弟は人類で初めて空を飛び、この予測を覆しました。”

  • >>31


    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑤


     ― ”戦後の洋装化加速元年”は1948年(昭和23年)―

    先に「戦後の洋装化加速元年”は1948年(昭和23年)」と書いたが、
    このことを補足する記述が”戦後の流行史の傑作本「流行うらがえし」
    (うらべまこと著)”にもあった。

    以下はその記述から~

    ー 洋裁店ブームの頃 ー

    銀座八丁目にポツリポツリとあった23件が、昭和23年から5年にかけて
    爆発的に増えてきた。23年組が「ルノアール」「オランダ屋」「片倉
    日東サービス店」「米屋」「マッコーネル」「ボリオス」「ストック」
    「カワムラ」の各店。

    24、25年組は「マドンナ」「銀座シルク」「トリヰ」「レスポワール」
    「ベラミ」「サンヨー」「マミ」「佐野屋」「ベル」「小松」など。
    ここに挙げたのは、代替わりしょうと合併しようと、とにかく現在まで
    姿を留めているものだから、中途でつぶれた店まで数えると無慮数十。
    華々しい洋裁店ブームである。

    東京都の衣料扱いの登録店は、22年には700軒だったのが、23年には
    2400軒と1年簡に3倍半ふくれ上がったのである。


    ※この「流行うらがえし」、興味のある方は、昭和57年再刊ものより、
    昭和40年発刊の初版本の方がお奨めです。巻末に付録として五つ折り
    の”戦後服飾史年表”があるので。

  • >>29

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>④


     ― 日本のカジュアルウェアーの元祖・石津謙介 ―

    ※翌1949年に日本カジュアルウェアーの元祖・石津謙介が船出する。

    【1949年(昭和24年)】 

    <Fジャーナリズム>
    「ドレスメーキング」創刊

    <ファッション>
    •洋裁学校急増(全国に約2000校、生徒約20万人)

    <アパレル産業>
    • 佐々木営業部(レナウンの前身)が神戸センター街にレナウン・サービス
     ステーションを開設(紳士服を石津謙介、婦人服を田中千代が担当)。

  • >>24

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>③

     ― ”戦後の洋装化加速元年”は1948年(昭和23年)―

    ”戦後の洋装化加速元年”とも言うべきエポックメーキングな年が
    1948年と思われるので、その年の出来事を「ファッション産業年表」
    より抜粋してみた。

    【1948年(昭和23年)】

    <ファッション>

    • 戦後初のファッションショー、東京・神田の共立講堂で開催(4月)
    • スタイルブック全盛、 「暮らしの手帖」創刊
    • 米軍の放出品出回る
    • リッカーミシンが月掛け予約・月賦販売を開始
    • 洋裁学校ブーム
    • 新制大学に家政学部((服飾系)設置される

    <ファッション小売業>

    • 日本デパートメントストア協会(日本百貨店協会の前身)設立
    • 洋装店(洋裁店)急増
    •[西武百貨店]武蔵野デパートが西武百貨店に商号変更
    •[松屋]松屋呉服店が松屋に商号変更
    •[小松ストアー]小松商事が小松ストアーに社名変更
    •[三愛]三愛商事を三愛に改組し、婦人服専門店に転換
    •[銀座かねまつ]太陽堂靴店が「銀座かねまつ」に称号変更

  • <現在参戦中の銘柄>

    ●6537 WASHハウス

    ●6172 メタップス

    上記2銘柄、来年用に仕込中。


    以下は一度利確後に再度参戦中。

    7172JIA、7148FPG、8922JAM

  • >>23


    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>②


    前文「カジュアル言葉」のつづき


     ”情報発信者にとっては、これほど使いやすい言葉はないかも
     知れないが、受信者側は、余程そしゃくして受信しなければ
     ならないだろう。
     ちなみに、「カジュアルマインド」や「タウンカジュアル」
     など、カジュアルの付着する言葉は、この1年間、業界紙・誌
     だけで、実に三百種類を超えて発信されている。そしてそれは
     加速度的に増えつつある。”



    以上だが、私がこの文を書いた1983年当時には、無論「渋カジ」
    や「キレカジ」などという言葉はまだ存在していない。

    尚、教科書によると渋カジは80年代の後半から90年代初めに流行
    し、キレカジは渋カジのあとに登場したとある。

  • >>22

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>①


    日本でカジュアルウェアーが誕生したのは今を去ること62年前の
    昭和29年(1954年)のことである。
    このことはどの服飾史にも記述されていないが、紛れもない事実
    ではある。

    では、順を追って検証してみることにしましょう。

    その前にわたしが33年前の昭和58年(1983年)に繊研新聞の投
    書蘭に記述した”カジュアル”について再掲してみることにします。


    「カジュアル言葉」

     ”カジュアルという言葉がある。昨今では、この言葉なしには情
     報発信者の発信文が成立しないほどである。しかしこの言葉ほ
     どあいまいに放置されているのも珍しい。

     例えば、この言葉を「紳士服」で使うときは「ビジネスウエア」
     との対比で狭義の意味(普段着、くつろぎ着)で使用する場合
     が多く、「婦人服」で使うときには、広義の意味(服飾全般の
     傾向)で使用する場合が多い。

     このことについては、受信者側もある程度察知しているのだが、
     最近ではその境界線さえ不明確になりつつある。 極端な場合、
     同一紙・誌面において「カジュアル化傾向」と「カジュアル不振」
     とが同居していることさえある。ましてや長期にわたって通読す
     ると意味不明となることがしばしばある。”


    次へ

  •    ― 夢追い人・高田賢三の時代 ―

    日経新聞の「私の履歴書」は今日から高田賢三氏。

    高田賢三氏は”日本のカジュアル・ファッション時代”の
    申し子として登場し、一世を風靡した時代の寵児だった。

    高田氏が世に出た当初はまだ日本には「カジュアル」と
    いう言葉さえ存在しなかったが・・・・。

    さて、その時代へ翻って見てみることにしましょう。

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