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私と経済の掲示板

 携帯電話向けゲームの先駆者、グリーが失墜した。スマートフォン(スマホ)時代についていけず、業績は急降下。一時は任天堂をおびやかすほどの栄華を誇りながら、その天下はわずか3年で終わった。グリーにとって生き残りをかけたサバイバルゲームが始まっている。

■「箱舟」はグリー抜きで

 楽天やライブドアがかつて本社を構えていた六本木ヒルズ(東京・港)。先輩ベンチャー企業の後を追うように入居したグリーの本社オフィスは8月下旬、早朝から騒然としていた。

 「この計画に賛同する企業が続出したら、我々はゲーム業界から孤立してしまうかもしれない」

 「今までのようなポジションを失ってしまうのではないか。投資家の反応が気になる」

 きっかけは、セガなどゲームソフト15社がスマホ向けゲームのユーザー開拓で連携するニュース。「旗振り役のセガが、ゲームのユーザーを他社と一緒に囲い込めるシステムを開発。急成長するスマホゲーム市場を手を携えて攻略する」という内容だったが、かいつまんで言えば、「グリー外し」を意味した。

 実現すれば、ネット上の巨大な交流サイト(SNS)のユーザーにゲームを配信してきたグリーは事実上、中抜きされかねない。その計画には、こんなコードネームが付けられていたという。

 「ノア」――。旧約聖書の創世記に登場する「箱舟」になぞらえた。ゲームソフト会社が自ら、グリーのシステムに頼らず、自ら生き残りのための仕組みをつくろうと立ち上がったわけだ。なぜか。

 「今はアップルやグーグルにも手数料を払わなければならない。グリーさんにも、手数料を出していたら、我々の手元に半分も残らない」。ノアに参加するゲームソフト会社の担当者はこうつぶやく。

 米アップルや米グーグルが主役のスマホ時代が到来し、急成長のエンジンだったSNSを土台にしたビジネスモデルそのものが崩れつつあるのだ。グリーの求心力も目に見えて衰えている。

 グリーは、携帯ゲーム「釣り★スタ」の大ヒットで知られるが、急成長・高収益の秘密はSNSを土台にしたビジネスモデルにあった。自社運営するSNSのユーザーにゲームを配信したり、ユーザー同士を交流させたりするシステムを2010年から他のソフト会社にも提供。ゲーム内のサービスなど売り上げの一部を手数料として徴収する収益モデルを築き上げた。

■「時間の問題」と手のひら返し

 ところが、そんな構図はスマホ時代に崩壊。ユーザーの関心は、グリーが得意としていた「ガラケー」でブラウザー(閲覧ソフト)を使う簡単なゲームから、大画面のスマホ上で多彩な表現を楽しめるアプリ(応用ソフト)型のゲームに移っていった。代表が、人気絶頂のガンホー・オンライン・エンターテイメントの「パズル&ドラゴンズ」だ。

 それだけではない。スマホ時代には、アプリ配信を独占する米アップルや米グーグルがゲームの世界の支配者として出現した。アプリ型のゲームはユーザーが直接ダウンロードして楽しむため、グリーのSNSにアクセスする必要はない。アップルなどが今や、グリーのお株を奪うかのように手数料収入をソフト会社から集めている。

 グリーはSNSを使ったゲームビジネスが離陸した2010年以降、ライバルのディー・エヌ・エー(DeNA)とともに、たった3年間で携帯ゲーム市場を年間4000億円規模に育て上げた。そのスピードと勢いは、任天堂やソニーといった家庭用ゲーム機メーカーが頂点にたっていたゲーム産業全体を揺さぶった。

 ピークだった2012年6月期の連結売上高は1582億円、営業利益は827億円。営業利益率は5割を超え、アップルやグーグル、米マイクロソフトなど世界のIT(情報技術)大手と並んでも見劣りしなかった。

 「日本で成功したビジネスモデルを世界に広げられるはずだ」――。グリー社長の田中良和は強気にグローバル企業を目指していた時期もあったが、そんな絶頂期は遠い過去になった。携帯ゲーム市場そのものは成長し続けているにせよ、グリーは主役の座から滑り落ち、変革の大波にのみ込まれる側に立たされた。あるゲームソフト会社トップは、手のひらを返すかのように吐き捨てる。

 「グリー向けの売り上げの落ち方がひどい。(決別は)時間の問題だな」

■新人2000万円プレーヤーのツケ

 グリーの転落はゲームや携帯電話ビジネスの構造変化だけが理由なのだろうか。グリーに甘さはなかったのか。周囲や自らの立場の変化を真摯に受け止める姿勢が薄れていたのではないか。

 「福袋や宝くじなど、射幸心をあおるようなものはたくさんある。社会に受け入れられるものなら、問題ないだろう」――。「コンプリートガチャ問題」が騒がれていた昨夏、こんな田中の不用意な発言が火に油を注いだことがあった。グリーは自主規制ガイドラインの策定などに奔走したが、騒動はみるみる広がった。本来なら事態を落ち着かせるべきリーダーの対応としては、お粗末だった。

 あるゲーム業界幹部は「一連の問題でイメージは低下。後手に回る対応も『ダサい』と思われ、若者のグリー離れが一気に広まった」と解説する。SNSの世界では、無料通話・チャットアプリの「LINE」が台頭。グリーは2004年の創業から10年もたたないうちに、早くも旧世代になりつつある。

 グリーは今年4~6月期に上場来初の最終赤字に転落。田中は「従来型携帯電話向けの落ち込みを、スマホで補いきれなかった」と説明したが、苦しい構図はライバルのDeNAも同じはずだ。ところが、グリーの方がより厳しい業績が続いている。業界内でも「あまりもバブリー」と言われた闇雲な拡大路線が、逆風下の重荷となってグリーにのしかかっているためだ。

 あるゲーム会社首脳によると、最近、こんな笑い話があったという。

 「知り合いがグリーを辞めるというので、拾おうかと思ったんだよ。ところが、彼が部長級だったグリー時代の給料がうちの副社長と同水準。とても雇えないでしょ」

 新卒社員で年収2000万円プレーヤーも――。グリーでは、これまで耳を疑うような採用活動が当然のように行われてきた。ゲーム会社からの転職組は「前職で年収550万円なら800万円に」「1000万円なら1800万円に」といった好条件も提示されたという。

 そんな厚遇のためか、ライバル社からは「グリーの採用は中途の労働市場のかく乱要因」と皮肉られたこともある。従業員数はこの1年だけで1.5倍の2300人強(連結べース)に急増。2013年6月期の人件費は前年から2倍以上に膨れあがってしまった。

 海外展開も2011年に携帯ゲーム配信会社の米オープンフェイントを買収するなど積極的に進めた。米国、ブラジル、オランダ、アラブ首長国連邦、英国、韓国などで矢継ぎ早に拠点を設けた。

 高成長を続けられれば、すべてはうまく回ったのかもしれないが、今や、逆回転に陥った。グリーに待っていたのは、広がりすぎた戦線の縮小だった。

 「皆さんにも考えてもらいたいのです」――。田中は今夏、創業来、事実上初めてとなるリストラ策に関して緊急メールを全社員に送った。業界内でうらやましがられた給与体系の見直しを説明するためだった。業績連動分の比率を高め、右肩上がりで増えてきた従業員の給与は、今期はほぼ据え置き。役員報酬の一部カットも決めた。ピーク時に月100人規模で集めていた中途採用も、今では30~40人まで減らした。