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  • 大阪社会部記者、植村氏はなぜ、ソウルに飛んだのか?





        朝日新聞ソウル支局は、なぜ支局記者に取材させなかったのか・・・





           義母の裁判を有利にするために記事を書いた・・・





     ■朝日新聞は「誤報」の責任をうやむやにした


    何よりも朝日が最も検証すべきは、1991年夏の「初めて慰安婦名乗り出る」と報じた植村隆・元記者の大誤報だ。記事は挺身隊と慰安婦を混同、慰安婦の強制連行を印象付けた。

    しかも義父にキーセン(芸妓)として売られていたことを書かずに事実をゆがめたからだ。しかし今回、同紙は誤報を認めなかった。2日に渡った特集は、触れたくない部分には触れず、「女性の尊厳」という人道主義に逃げ込んだ。


     1980年代からすでに30年以上も日韓摩擦の原点となってきた慰安婦問題は、争点の強制性の問題で「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」との誤報が事実関係を歪曲(わいきょく)し、韓国側の反発をあおったことが大きい。その根拠となったのが植村氏の記事である。

     記事の第一報(8月11日付)は、慰安婦を匿名扱いにしたうえで『「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、韓国挺身隊問題対策協議会が聞き取りを始めた』という内容で、『協議会が録音したテープを記者に公開』として、『17歳のとき、だまされて慰安婦にされた』という元慰安婦の証言を報じた。

     しかし、植村氏が書いた女性、金学順さんは挺身隊とだまされたのではなく、親に身売りされていたのだ。朝日の記事の3日後に韓国メディアなどへの記者会見で金さんは、「14歳で母親に平壌のキーセン検番(学校)に売られ、3年後に義父に日本軍の部隊に連れて行かれた。私は40円で売られた」と述べ、韓国紙に掲載されている。

     そこに、朝日新聞が日本メディアとして「挺身隊としてだまされ連行」と書いた。韓国がこれを強制連行の根拠して飛びついたのはいうまでもない。

     金さんが貧困の不遇な境遇から慰安婦にさせられた経緯は、金さんが名乗り出た91-92年当時に明らかだった。また植村氏はその後も金さんの記事を書いたが、挺身隊連行の誤報は正さず、身売りの話も一切、書かなかった。

     ■大阪社会部記者、植村氏はなぜ、ソウルに飛んだのか? 義母は元慰安婦の賠償請求訴訟の原告団体の幹部だった

     金学順さんは、植村氏の記事が掲載された91年末に来日、日本政府を相手とする戦後補償を求める裁判を起こし、日本全国で講演活動も行っている。

    金さんら元慰安婦を支援し、この裁判の原告となったのが、韓国の戦争被害者支援団体「太平洋戦争被害者遺族会」(遺族会)である。そして、「遺族会」の幹部、梁順任さんは植村氏の義母、つまり夫人の母なのである。

     裁判の訴状にも、金さんは生い立ちについて『14歳からキーセン学校に通い、17歳で養父に連れられ中国に渡った』と書いた。植村氏が金さんの事情を知らないわけがない。しかし、誤報は訂正されなかった。

     朝日の特集には、植村氏の義母の「遺族会」幹部であることは書かれているが、金学順さんの裁判の原告団体であったことには一切、触れられていない。

     植村氏は取材の経緯について「挺対協から元慰安婦の証言のことを聞いた、当時のソウル支局長からの連絡で韓国に向かった。義母からの情報提供はなかった」とコメントしている。

    しかし、朝日新聞ソウル支局は、なぜ支局記者に取材させず、大阪社会部の植村記者に任せたのか? 特集はなぜ、金学順さんらの裁判に触れていないのかと疑問だらけだ。

     慰安婦問題を91年以来、追跡してきた西岡力・東京基督教大学教授は次のように述べる。

     「そもそも、慰安婦を女子挺身隊の名で集めたというのが吉田清治氏のウソ証言だった。朝日新聞は吉田氏が著書『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(1983年)を出す前から記事で取り上げ、広めた。吉田氏が加害者で、金学順氏の登場は被害者の登場だった。これが国際社会に“日本の性奴隷”を世界に拡散させた国連人権委員会のクマワスワミ報告書の根拠に使われた。

    植村氏の記事はその発端だった。誤報というだけではない。義母の裁判を有利にするために記事を書いた疑いもある。


    この人が金学順さん  ↓

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  • 【受け入れっぱなし!! …】

    受け入れっぱなし!!






              返すことができない!!






        それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない!!






    ▼1955年 衆議院会議録情報 第022回国会 法務委員会 第23号より
    (昭和三十年六月十八日(土曜日)午前十時五十九分開議)

    第022回国会 法務委員会 第23号

     ○神近委員
    今六十万の朝鮮の方々がいる。
    そしてその方々が日本の失業状態のあおりを食って、なかなか仕事が得られない。

    仕事が得られないために犯罪をたくさん犯す。
    これは私憎みたくないけれども、いろいろの新聞その他に出ております犯罪にとても朝鮮の人が多い。

     ○小泉政府委員 
    六十万と推計をせられる朝鮮人のうち、
    日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。

    一方向からは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、
    命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。
    そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けない

    というところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、
    もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。

    ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという確証をあげて 韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、


    これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、
    日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。


    強制連行されたという在日朝鮮人のふしぎ!
    ・ 戦後60年、本国から返還請求がないのはなぜか。
    ・ 戦後60年、本国が在日問題をとりあげない理由はなぜか。



    下は、摘発された密入国者(長崎県大村収容所) ↓

    義母の裁判のために捏造記事を書きました・・・  受け入れっぱなし!!                  返すことができない!!          

  • 特段の配慮があってしかるべきである




              ある程度の納税はこれを否定しないが




    1967年、同和信用組合(現・朝銀)に国税庁が脱税容疑で強制捜査に入った。在日コリアは、これに対して「納税要求は、民族差別だ」と抗議を繰り返し、「五項目合意」を結ばせた。これにより、朝鮮総連傘下の商工会は、納税が免除されるようになった。

                    五項目合意
    (1976年、社会党(当時)の故・高沢寅男衆議院議員の部屋で、総聯傘下朝鮮人商工連合会役員と国税当局の幹部の間で取り交わされた)

     在日朝鮮人の五箇条のご誓文ともいわれている既存特権です。

    1.朝鮮商工人のすべての税金問題は、朝鮮商工会と協議して解決する。
    2.定期、定額の商工団体の会費は損金(必要経費)として認める。
    3.学校運営の負担金に対しては前向きに解決する。
    4.経済活動のための第三国旅行の費用は損金として認める。
    5.裁判中の諸案件は協議して解決する。

    これによって

    ①在日朝鮮人の経営する店舗は、日本の税務署と直接税金について協議する必要が無く、②③④にかかった費用も実際なにに使ったのかノーチェック

    金額もノーチェック。
    税務署は、朝鮮人経営者の提出する書類に、朝鮮商工会のはんこが押してあると、もう何も言えません。
    全部損金で出せば、税金は発生しません。
    つまり、脱税しようと思えば簡単に出来る特権です。

    実例として1988年国会予算委員会議事録の在日優遇税制に対する自民党・浜田幸一議員の質問
    浜田「私の調査によれば、彼の経営する会社は、次のとうりだと言われております」

    ある在日企業の売上と納税額
    式会社プラザ・ヒカリ 売上 15億6850万円 納税額48万円
    有限会社銀星会館 売上 7446万円 納税額 0円
    ヒカリ観光  売上 20億4700万円 納税額 0円

    パチンコで儲けまくっても税金ゼロ
    出典:宝島社「北朝鮮利権の真相」
    免税特権の酷い実態の一部が1988年のハマコーの答弁より

    引用終わり 北朝鮮へ金を流した分、免税されるという事か

    当時の朝鮮総連の見解は、あくまで「いまだ日本は朝鮮に対して戦前の処理を終えていない。さらに日本にはいわれなき民族差別が厳然と残っており、在日朝鮮人に正当な人権はほとんど保障されていない。まして租税条約が締結されていない状況下、在日朝鮮人が納税義務のみを強要されることは不当である」というものであった。

    そこで税務署で私はこう主張したのであった。
    「在日朝鮮人の納税に関しては、朝日親善の見地からある程度の納税はこれを否定しないが、特段の配慮があってしかるべきである」と。
    この私の主張に対して、ほとんどの税務署職員は返答につまった。
    (中略)

    時には税務交渉で机を蹴飛ばし、灰皿を投げつけたりもした。それが高じて警察ざたになり公務執行妨害などで身柄を一時拘置されることもあったが、それは問題ではなかった。むしろそのような事態が起きれば起きるほど、私は同胞社会での評価が一段と高くなるのであった。

    したがって、乱暴な税務交渉に何のためらいもなかった。私の税務交渉は喧嘩そのものであった。商工会の上部組織は、常々「在日同胞たちが勝ち取ったすべての権利は、私たちの積極的な闘いによって手に入れたものである。日本政府が在日のために進んでなした善意の政治など一度としてあった試しがない」と主張していたし、私もそう思っていたからである。

    税務署で暴れて、無理やり優遇処置を取らせた事を自慢する在日コリア
    参考 「黒い蛇」の遺言状 張龍雲 小学館文庫 より

    もと朝鮮総連工作員、張龍雲氏 ↓

    義母の裁判のために捏造記事を書きました・・・ 特段の配慮があってしかるべきである               ある程度の納税はこれを否定しないが

  • 北朝鮮の国章は




               あの水俣病の



    チッソが造った!!




    、        ダム、水力発電所及び送電線が記載されている !!





    朝鮮民主主義人民共和国の国章 朝鮮語:조선민주주의인민공화국상징)は、1948年に制定されている。


     中央にはチッソが造った水豊ダムと水力発電所を配し、ダム湖の向こうにある白頭山の上には赤い星が光を放射している。国章の縁は稲の束で囲まれており、稲穂を束ねる赤いリボンにはチョソングルで「朝鮮民主主義人民共和国」と書かれている。


    水豊ダム(スプンダム、すいほうダム)は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)平安北道の朔州郡と中華人民共和国遼寧省の寛甸満族自治県の鴨緑江(国境)にあるダムである。

    朝鮮半島が日本の統治下であった1937年に満州国と朝鮮の電力確保の為、建設が開始された。建設されたのは鴨緑江下流の平安北道新義州府(現在の新義州市)から80km地点の日満国境(現在は中朝国境)であった。

     湛水面積は日本の琵琶湖(670.33平方キロメートル)のほぼ半分に相当し、総工費は約5億円である。なお、この金額は同時代に構想されていた「東京・下関間新幹線」に匹敵する巨額であり、その費用は当時朝鮮半島でも一大重化学企業であった朝鮮窒素肥料(朝鮮窒素)(現在のチッソ)が負担した。

     太平洋戦争の泥沼化の中、1944年3月、水豊水力発電所(発電能力:60万kW)と共に竣工した。この発電規模は当時の世界最大級であり1940年当時の日本国内の水力発電規模280万kWと比較してもその大きさは容易に比較できる。

    7基の発電機は各々約10万kWの発電能力を持っていたが、当時世界最大級の能力であり、製造を受注した東京芝浦電気(現在の東芝)は製造のために新工場を建設したという。

     1945年8月9日、ソ連軍(赤軍)侵攻により、7基の発電機のうち5基を略奪された。略奪された発電機は、カザフスタン共和国、イリティッシュ川(エルティシ川)上流のダムで確認されている。

     朝鮮戦争中に雷撃を含む、アメリカ軍機の攻撃を受けたが、ダム構造が堅牢であったため決壊を免れた。戦後に北朝鮮は発電能力を増強して復興した。

    竣工から60年以上経過した現在もダム本体は大きな改修工事が行われず現役であると思われ、現在も北朝鮮の重要なエネルギー源の一つである。なおダム湖は中朝国境となっており、北側は中国領である。

    これが北朝鮮の国章 だああーーー  ↓

    義母の裁判のために捏造記事を書きました・・・ 北朝鮮の国章は                あの水俣病の     チッソが造った!!      、

  • 匿名口座は、簡単につくれます!!





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                 犯罪の温床??





                        そんなこと知りません!!




    在日韓国・朝鮮人には通名が認められているため、一部の銀行では通名での口座開設が可能である。そのため通名を変更後は事実上の匿名口座になり、これが在日韓国・朝鮮人による犯罪の温床となるケースがある。


    2006年、最高裁判所は、朝銀に架空名義で口座を開設し脱税資金を預金していたパチンコ店経営の在日韓国・朝鮮人の男性に対し、脱税した資金41億8千万円を公的資金で穴埋めする判決を下した。

    これは、脱税資金の匿名口座の金を公的資金で補填するという異常な判決であり、在日韓国・朝鮮人の犯罪者(ただし脱税行為については時効が成立)に対し、遅延損害金6億7千万円も加算して公的資金で補填することに日本国民からの反発は極めて強い。

    旧朝銀破綻処理、公的資金41億円追加投入することとなった。

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  • ブローカーの斡旋で労働を目的に






    間違えないでください!






              戦後ではなく、戦前の新聞記事です!






    「岩波講座 世界歴史19 移動と移民」 水野直樹・他  1999年 岩波書店

    1930年代後半、西日本で『密航』の取締りが厳しくなされ、毎年2000人から5000人ほどの密航者が摘発され(1939年は7400人)、大半が朝鮮に送還された。その多くはブローカーの斡旋で労働を目的に渡航した者であったが、なかには『内地人を仮称』して連絡船に乗り込んだたため摘発された者もいる。

    戦前の新聞記事見出しより

    これ、間違えないでください! 戦後ではなく、戦前の新聞記事です!

    『四百廿余名の密航鮮人/内地へ続々と侵入』 福岡日日 1938/1/30
    『福岡沿岸に密航鮮人頻々/ブローカーと連絡/本年に入つて五百名』 福岡日日 1938/3/3
    『また密航鮮人/西戸崎で六十五名逮捕』 福岡日日 1938/3/3
    『密航鮮人四十名西戸崎に上陸(粕屋郡志賀島村)』 福岡日日 1938/3/29
    『密航鮮人団上陸/トラック運転手の気転で大半は逮捕される(遠賀郡水巻村)』 福岡日日 1938/5/2
    『鮮人の内地密航あの手この手/驚くべき大胆な玄海突破や九ヶ月苦心の方法』 神戸新聞 1938/5/21
    『鮮人十五名が小倉へ密航(小倉市)』 福岡日日 1938/7/24
    『密航鮮人団四十二名 悉く逮捕さる(宗像郡津屋崎町)』 福岡日日 1938/8/26
    『・こ奴怪しい・六感的中/果して密航半島人!/海田市署の槍玉へ』 中国 1938/9/1
    『密航鮮人丗一名一網打尽に(宗像郡神湊町)』 福岡日日 1938/12/17
    『津屋崎沖に不敵な密航船/鮮人十八名を逮捕す(宗像郡津屋崎町)』 福岡日日 1938/12/20
    『又も密航鮮人/怪船行方を晦ます』 福岡日日 1938/12/21
    『九十余名の鮮人が密航/五十余名を検挙す(宗像郡岬村)』 福岡日日 1939/2/3
    『密航半島人二名/倉橋島村で検挙す/発動機船で二十五名潜入/一味検挙に着手』 呉日日 1939/2/12
    『半島人密航団か/怪機船倉橋島に出没/呉、江田島署が厳重捜査中』 中国日報 1939/2/13
    『密航者丗八名八幡で捕はる(八幡市)』 福岡日日 1939/5/18
    『密航半島人遠賀へ十九名(遠賀郡岡垣村)』 福岡日日 1939/6/5
    『密航はしたけれど/途方に暮れる気の毒な鮮人/今度は逆戻り失敗(兵庫)』 神戸又新日報 1939/6/20 夕
    『密航青年を半島へ送還(兵庫協和会)』 大阪毎日 1939/6/20 神版
    『全面的検挙は困難/県の密航鮮人狩り/今後は取締りを厳重に』 中国 1939/11/30
    『手荷物の箱詰め人間/密航?の半島人、小倉で発見さる』 大阪毎日 1940/1/14 夕


    下は、戦後、摘発された密航者たちです。
    長崎県の大村収容所。  ↓

    義母の裁判のために捏造記事を書きました・・・ ブローカーの斡旋で労働を目的に       間違えないでください!                 

  • 「あなたは在日韓国朝鮮人の方を差別していますか?」






             「差別ではなく嫌悪」です!!






     突然ですが、「あなたは在日韓国朝鮮人の方を差別していますか?」と聞かれたらどう答えますか? 答えは、「差別はしていません。私は在日の方がやっていることが嫌いなだけです」と答えます。 このことは、外国の人たちには丁寧に説明すべきと思います。


    いかに在日韓国朝鮮人の方たちが、日本人を敵視し、日本を侮辱し、日本で不正を働いているかを外国の人たちに丁寧に説明すれば、「嫌われる原因が在日韓国朝鮮人にある」ことをわかってもらえると思いますし、それは必ずやり遂げなければなりません。


    日本人が在日韓国朝鮮人の方に持つ感情は「差別ではなく嫌悪」です。それは犯罪者に対して誰もが持つ感情ですよね。この感情は不当ですか?


    こと在日韓国朝鮮人の方においては南北を問わず、在日1世が密入国者であることを認めず、いまだに「強制連行」ということを在日社会で継承し続けています。在日の方は、半島と同じく「理性より感情」で動く人たちが多く、事実より「かわいそう」という感情論に支配され流されます。


    もちろんそこにはただの感情論ではなく、「特別永住資格の不正取得をごまかすための強制連行説」もたくみに織り込まれています。要するに「在日は被害者であり続けなければならない」んです。そうしないと、日本国内では彼らは「生きていけない」と考えているのでしょうね。


    そして今まではその戦術は効果がありました。しかし、マスゴミは丸込めてもネットユーザーをだますことはできません。


     在日韓国朝鮮人の方に知り合いがいると、一見、日本に順応して入るように見える人でさえ、「我々がなぜ日本にいるのか、歴史的背景を考えて欲しい」 なんてことを平気で言います。彼らは、「私たちの祖父や祖母は日本に強制連行されてきた」という「歴史教育」を受けています。これは「民族教育」であり、ある意味「信仰」でもあります。


    似たような表現では、「居たくて日本にいるんじゃない」というのもよく耳にしますよね。要するに在日は北も南も、「在日韓国朝鮮人が日本にいるのは、日本による犯罪的な強制連行が原因。日本人は加害者であり在日は被害者」と信じています。現在、在日韓国朝鮮人は3世、4世の時代ですが、この信仰はしっかり継承されています。


     ところが、「じゃ、強制連行されてきた肉親がいるの?」と聞くと、ほとんどの在日の方は、「うちは違うけど」と返答します。在日韓国朝鮮人の方というのは「かわいそうな祖父や祖母」という「作られたイメージ」を民族集団で共有している場合が多いですね。


    在日社会は大変狭い世界ですから、「本当は密航してきたんでしょ!」なんてことは思っていても言えない「村社会」でもあります。

    義母の裁判のために捏造記事を書きました・・・ 「あなたは在日韓国朝鮮人の方を差別していますか?」                 「差別ではなく嫌

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