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    ”虹は七色”と言いますが虹の色は本当に七色あるのでしょうか?
    ”七転び八起”と言いますが、八回転んで九回に起きてもイイ訳ですが何故、七と八なんでしょう?
    五節句が「一月三日」「三月三日」「五月五日」「七月七日」「九月九日」に指定されている訳は??

    「八俣大蛇」「出雲大社の四本柱」「七巴の青銅器」「七不思議」「秋の七草」「三三七拍子」「三三九度」「四苦八苦」「七五三」「七曲り」「八十八夜」「八十八箇所」「九十九里」「七福神」「八幡」「八坂」「八王子」「四日市」「五日市」「廿日市」そして俳句の「五七五」などなど・・、口伝承された数語の謎解きをしませんか?

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  • 16697(最新)

    gin***** 1月18日 23:56

    >>16694

    間違っている事を堂々とさも本当のように書きこむ▼無知アホ糞馬鹿毒虫!(笑)

  • >>16695

    明治政府の間違いは、皇統(江戸時代までの、蘇我大王家が藤原北家王朝と名を変えている)を倒した、
    もう少し詳しく言えば、奸臣・伊藤博文に指名された偽ら明治天皇(高杉晋作の貨幣隊士・大室 寅之助)、
    即ち、革命・明治政府(▼長州閥 物部氏)なのである!
    そして、その軍部が台頭し、第二次世界大戦の敗戦となったのである!
    諡号の【明&成 などは】前 天皇との血脈が無い(親子で無い)事を示している。

       「猫」とは何か?
     文豪の夏目 漱石は、猫をこう描いている。
    「吾輩は猫【倭根子・皇統譜上の人物・偽明治天皇】である。
    名前【漢風諡号】はまだ無い。
    (高杉晋作の奇兵隊の隊士・大室寅之祐を★偽明治天皇に据えた奸臣・伊藤博文)
    どこで生まれたか噸と見当がつかぬ」となる。
    また森鴎外・帝室博物館総長兼図吉頭(ずしょのかみ)は、『帝★謚考』を出している。
    正しい漢字は、『帝☆諡考』である。
    即ち、漱石も、鴎外も、【明治天皇は、偽者である】と言っているのだ。

    革命の明治政府・長州閥の物部氏は、皇統の天皇家を支持していた薩摩藩(西郷隆盛)と、
    西南の役で戦い、勝利した。
    偽明治天皇(大室寅之助)は、正統ではない明治神宮を建てている!

    大正天皇は、大隈重信の子であり、「昭和天皇」は、【明治政府の大室寅之助の子】である!
    今上天皇(平成天皇)で、やっと皇統に戻ったのである!



  • ▼特攻隊名にも軍師昭和天皇に対する大西瀧治郎さんの“本音”が託されているワケだが、戦後の国民は誰一人として、この事に“気が付かない”。是は“記録”の全てに言える事だが、戦後の洗脳教育によって、歌道を知らないという理由だけで、済まされる事では無い。要するに「戦争の恐ろしさを知らない者が建前(記録・証言)だけで、軽々しく、軍人や国民感情を判断するな!」という事。「記録(出来事)や証言の根源は動機になる精神」が潜む。特に証言には世論の“柵”が少なからず、影響する。戦争を経験された方々は“真実を知っている”訳で、「反骨を公言したい」が憲法第一条で「天皇は日本国の象徴」であると定められている以上、「本音が言えない」というのが現実。「起きた事と動機は必ずしも一致しない」という事。更に付け加えると「私見の入る余地など無である」という事。帝国国家時代の憲法・法政・学校教育などの社会制度の中で「制限を受けていた国民」と帝国国家から“解放”された戦後、の平和ボケ国民とには其の精神に大きな隔たりがある。だからこそ、当時を生き抜かれた人たちの精神の記録を「正しく、認識」して、少しでも多くの“先人たちの証言”を後世に伝え、正しい歴史を認識する事がワシらの“ヤルべき事”だと思う。

  • 【是で解析は完了。 後は適切な…】



    是で解析は完了。
    後は適切な漢字を当てると以下の通り。

    「敷 島 大  和朝 日 山   桜 」
    「しきしまや まとあさひ や まざくら」
    「しきしまいはまとあさひ いはまさくら」
    「しぎしまいあばどあざいーひはまさぐら」
    「仕儀終 い庇 ど嘲 言い日は正 愚ら」

    ★「仕儀」とは、「思わしくない結果」。意味解釈は「戦敗確定的」
    ★「終う」とは、「出さない」。意味解釈は「言わない」。
    ★「庇」の意味解釈は、「軍師昭和天皇命令絶対遵守」。
    ★「嘲」とは、「馬鹿にする」。
    ★「日」とは、「天皇」。意味解釈は「軍師昭和天皇」

    ★隠記の原文⇒「仕儀 終い 庇ど 嘲言い日は正愚ら」

    ★解説・・・「戦況が悪化し、日本軍に勝ち目は無く、戦敗が確定的であったが、軍人たちは決して、公言せず、軍師昭和天皇を庇うように命令に従ったのに嘲事を言う軍師昭和天皇は正に愚人である」という、内容。

    大西さんは無論の事、特攻隊員になられた皆さんは皆、「勝ち目の無い戦」デアッタ事を自覚されていた。「勝ち目の無い戦に軍師昭和天皇命令に従い、命を捧げる」ワケだが、是は軍師昭和天皇命令を遵守する“軍人の武士道精神”。然しながら、この精神を“余所目”に軍師昭和天皇は「嘲事を言った」ワケだ。特攻隊員の方々や特攻に携わった方々にして見れば、実に“許し難い”屈辱だ。正に大西さんの名言、「特攻は統帥の外道である!」だ。

  • ■「特攻隊名の秘密」其の二

    大西瀧治郎氏の足跡ははネットで。

    「特攻の理念」を本居宣長さんの和歌に重ね合わせて、「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」と命名されたワケだが、是は「建前」。是だけで終わらないのが名歌人たる大西さんの凄いトコロ。大西さんの“本音”の部分は特攻隊の名称、「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」を“繋げると浮かび上がる”。

    「敷 島 大 和朝 日山 桜  」
    「しきしまやまとあさひやまざくら」

    ●解析は以下の通り。

    「しきしまやまとあさひやまざくら」
    ↓「」に「濁点」を付加する。
    「しぎしまやまとあさひやまざくら」
    ↓「や」は「い」と「あ」の合音なのでに分離する。
    「しぎしまいあまとあさひやまざくら」
    ↓「ま」に「濁点」を付加し、「ば」に変換する。
    「しぎしまいあばとあさひやまざくら」
    ↓「と」に「濁点」を付加する。
    「しぎしまいあばどあさひやまざくら」
    ↓「さ」に「濁点」を付加する。
    「しぎしまいあばどあざひやまざくら」
    ↓「」は「」に変換し、「伸音」を付加する。
    「しぎしまいあばどあざいーやまざくら」
    ↓「や」は「ひ」と「は」の合音なのでに分離する。
    「しぎしまいあばどあざいーいはまざくら」
    ↓「ざ」の「濁点」を削除する。
    「しぎしまいあばどあざいーいはまさくら」
    ↓「く」に「濁点」を付加する。
    「しぎしまいあばどあざいーいはまさぐら」

    ・・・続く

  • ■「特攻隊名の秘密」其の一


    ■本居宣長

    是は周知の宣長さんの歌だが何故、この歌がチョン切られて、神風特攻隊の“四つ”の隊名「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」になったのか?


    其の答えは宣長さんが歌に認めた「大義の理念」に肖り、「特攻の理念」として、「縁起を担いだ」事が起因している。

    「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」

    ★隠記の原文⇒「義は労ど、曲ぐら、離り 仲」

    ★解説・・・「幕府の法政を主る側が違法行為をすれば、公民は官から、離れてゆく」

    宣長さんは此の歌で、幕府の行政機関が“腐敗”しきっていた事を非難している。

    ▲特攻隊の理念に置き換えると以下の通りだ。

    ★「義」とは、「幕府の行政」⇒「特攻の大義」。
    ★「労」とは、「行政執行」 ⇒「特攻行為」。
    ★「曲ぐ」とは、「汚職」  ⇒「怯む」。
    ★「仲」とは、「官と公民」 ⇒「特攻隊員の結束」。

  • >>16689

    ③ 【▲矛圏(物部氏・猿)】君臨者・難升米と、統治者・司馬懿の「邪馬壹(やまい)国」。
    ガラス管と剣が副葬されていた「1002号墳・径百歩」は【卑弥呼(難升米)の墓】
    &廻りの多数の甕棺は、従者の墓。
    http://www.yado.co.jp/kankou/saga/sagasi/yosino/yosino.htm
    http://www.yoshinogari.jp/contents3/?categoryId=12
    http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/himiko.html

    ④ 【●鑑圏(蘇我氏)】投馬国(☆とまや ←)女王は、臺与(台与)である!
    即ち、邪馬臺(→ ☆やまと)国・トカラ列島の宝島(観音堂大鍾乳洞あり)
       ↓
    斉明太上天皇(宝皇女)は、東遷して、天草の御所ケ浦島・比良宮である!

  • >>16688

    ① (毛人の)縄文人は、大陸から(陸続きの)列島にやって来た。
    「ノアの洪水」(聖書に記載・4381年前・西暦前2370年頃)や、
    地震・大津波で壊滅的打撃を受けたと思われる。

    ② 【◆銅鐸圏】(燕)公孫氏が韓半島から船でやって来た。
    山陰の四隅突出古墳や明日香の石舞台古墳&ピラミッド型古墳が遺跡。
    仲間の呉の使者を殺害した為、(呉の縁者)難升米の裏切りに合い、韓半島で、司馬懿に滅亡さされる。

  • ■「ウガヤフキアエズ」其の二

    隠記アイテムは「組み合わせによって、意味内容を操作出来る」という、利点がある。
    因みに「ウガヤフキアエズ」だけで有れば、意味解釈は以下の通りだ。

    ●解析は以下の通り。


    「ウガヤフキアエズ」
    ↓「ヤ」は「ヒ」と「ハ」の合音なのでに分離する。
    「ウガヒハフキアエズ」


    是で解析は完了。
    後は適切な漢字を当てると以下の通りになる。


    「ウガヒハフキアエズ」
    「居が日は不軌和えず」


    ★「居」とは、「定住」。
    ★「が」は、「接助詞」。
    ★「日」とは、「天照一族(天皇家の祖)」。
    ★「不軌」とは、「違法行為」。

    ★解説・・・「定住する天照一族(天皇家の祖)はヤマトの法政に背くような違法行為をしてはイケナイ」という、内容。



    「居(ウ)⇒定住」は「外来」を意味し、「天皇家がヤマト民族では無い」事を明確にしている。


    天照一族(天皇家の祖)が九州に侵攻し、紀元前二世紀後半に邪馬台国(九州)を建国したが、国家運営は大国主一族(藤原家の祖)と「糾ふ」関係にあり、基本的には既にアッタ、ヤマト民族の法政が主体だったが、天照一族(天皇家の祖)はこのヤマトの法政に従わなかったという事だ。


    ウガヤフキアエズなんていう王朝とか、実在しない者を恰も実在したかのような愚説は漫画の世界(^^♪

  • ■「ウガヤフキアエズ」

    ●解析すると以下の通り。

    「ギサタケウガヤフキアエズ」
    ↓「ヤ」は「イ」と「ハ」の合音なのでに分離する。
    「ギサタケウガイハフキアエズ」

    是で解析は完了。
    後は適切な漢字を当てると以下の通りになる。

    「ギ サタケ ウガイハフキアエズ」
    「義 沙汰け 有涯 は富貴和えず」

    ★「義」とは、「法政」。意味解釈は「ヤマト民族の法政」。
    ★「沙汰け」の「け」は、「助詞」。「沙汰」は「結果」。
    ★「有涯」とは、「世の中」。意味解釈は「ヤマト民族社会」


    ★解説・・・「ヤマト民族の法政は結果的に身分格差を受け入れない」

    このアイテムの意味は古代の「列島社会に身分の格差が無かった」事を意味している。また、「和えず」とあるので、「身分格差を齎す法政が“外から介入した”」事も示唆している。ワシらの祖先は紀元前2000年頃に渡来し、先住の倭種と同化した。「ウガヤフキアエズ」が意味している事は、ヤマト民族社会は紀元前2000年に始まり、天皇家に侵略支配されるまでの2000年間のヤマト国は「格差の無い社会だった」という事。『記・紀』の「大国主の国譲り」は「ヤマトの長、大国主が天皇家に国を譲った」事(実態は殺戮し、奪い取った)が記されているが、ヤマト民族の“長”が「王」では無く、「大国“主”」と呼ばれていた所以だ。

  • ■「ウガヤフキアエズ」

    『記・紀』を齧った者なら、大概は耳にする「ウガヤフキアエズ」という名称だが、是を王朝だとか、神名だとか、命名だとか、「ウガヤフキアエズは実在する」という、トンデモ論が後を絶たぬ。(^^♪

    以前、「神代紀」の読み方で「天地初」の条で「神名は全て、アイテムデアル」という事を解説したが、「ウガヤフキアエズ」も他の神名同様に“ウラ”に記録する為の“アイテム”の一つにしか、過ぎん。また、神代文字で綴られた文言も然り。神名や尊/命名などは隠記アイテムとしての単体ブロックなので、全体の一部。なので、単語のみで意味を解する場合は前後の“絡み”も関係して来るが、「ウガヤフキアエズ」というアイテムは単語は是のみで意味を解する事が出来るので一応、提示して置く。

    「ウガヤフキアエズ」のフルネームは『古事記』では「天津日高日子波限建鵜草葺不合命」⇒「あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」。『日本書紀』では「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊」⇒「ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」と表記されています。『古事記』『日本書紀』は其々、“編纂手法は異なる”ので、“共通する部分だけ”を解説して置く。

    「あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」
    「ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」

    ●先ず、歌道法に基づいて、接助詞「の」と「アマ」と「ヒコ」と「ミコト」は削除する。

    「つなぎさたけうがやふきあえず」『古事記』
    「 なぎさたけうがやふきあえず」『日本書紀』

    共通する部分は「ナギサタケウガヤフキアエズ」だが、先にも言うた通り、アイテム同士の前後の兼ね合いがあるので、単語のみで意味を解する場合は『古事記』の「ツナ」と『日本書紀』の「ナ」は排除し、解析する部分は「ギサタケウガヤフキアエズ」とスル。

  • >>16683

    ヤフーは、公平でないから、蘇我大王家(秋)を詳しく書くと、記載できないようにしている!
    無知アホ糞馬鹿ヤフーめ!

  • >>16682

    斉明太上天皇の「邪馬臺国」・【(九州近江)八代市沖の不知火海・御所ケ浦島、比良宮】
    鯨魚(いさな)取り 近江の海(不知火海)を 沖放(さ)けて 漕ぎ来る船 ~(巻2・153)

  • 正しい民族意識

    ★「日本民族とヤマト民族は別種」。

    ★「ヤマト民族」とは、「紀元前二十世紀頃列島に渡来したワシらの祖先で東夷。出目は河南省地域の先住民族で夏王朝が六代目少康の時、王権国家に“見切り”をつけて、民族大移動が始まり、東に逃れた東夷だけが列島の隔離的地理が幸いし、列島先住民族倭種と同化して、“生き延び”た」。


    【夏后少康之子】

  • 正しい民族意識

    ★「日本民族とヤマト民族は別種」。

    ★「日本民族」とは、「天照一族(天皇家の祖)が邪馬台国(九州)を建国した紀元前五世紀から、二世紀までに渡来した古代朝鮮民族」。


    【日本國者倭國之別種也】

  • >>16678

    ▼どうしようもない無知アホ糞馬鹿虫め!(笑)

    『記 紀 万葉』は、平安時代の日本国大和朝廷(梨壺)に於いて、同時に最終編纂されている。
    あたかも、『古事記』は西暦812年に、『日本書紀』は西暦820年に、
    『万葉集』は家持(編纂)の如くに見せかけてはいるが。
    『万葉集』は、平安時代の馬内侍(清少納言)監修である!
    『記紀万葉』の監修者は、藤原道長の愛人「(源)紫式部」=【高階(たかしな)貴子(きし・たかこ)】
    =藤原道隆の妻「清少納言」・儀同三司伊周(これちか)の母。

  • ■『記・紀』の読み方~天孫降臨 其の一



    【爾天兒屋命布刀玉命天宇受賣命伊斯許理度賣命玉祖命幷五伴緖矣支加而天降也於是副賜其遠岐斯此三字以音八尺勾璁鏡及草那藝劒亦常世思金神手力男神天石門別神而詔者此之鏡者專爲我御魂而如拜吾前伊都岐奉次思金神者取持前事爲政此二柱神者拜祭佐久久斯侶伊須受能宮自佐至能以音次登由宇氣神此者坐外宮之度相神者也次天石戸別神亦名謂櫛石窻神亦名謂豐石窻神此神者御門之神也次手力男神者坐佐那那縣也故其天兒屋命者中臣連等之祖布刀玉命者忌部首等之祖天宇受賣命者猨女君等之祖伊斯許理度賣命者作鏡連等之祖玉祖命者玉祖連等之祖故爾詔天津日子番能邇邇藝命而離天之石位押分天之八重多那此二字以音雲而伊都能知和岐知和岐弖自伊以下十字以音於天浮橋宇岐士摩理蘇理多多斯弖自宇以下十一字亦以音天降坐于竺紫日向之高千穗之久士布流多氣自久以下六字以音故爾天忍日命天津久米命二人取負天之石靫取佩頭椎之大刀取持天之波士弓手挾天之眞鹿兒矢立御前而仕奉故其天忍日命此者大伴連等之祖天津久米命此者久米直等之祖也於是詔之此地者向韓國眞來通笠紗之御前而朝日之直刺國夕日之日照國也故此地甚吉地詔而於底津石根宮柱布斗斯理於高天原氷椽多迦斯理而坐也】


    ★名詞は全て、“隠記アイテム”。少し長いので二部に分けて、提示。
    一部は「爾天兒屋命布刀玉命・・・中略・・・佐那那縣也故其天兒屋命」の「兒⇒コ」まで。

    ▲隠記されている原文は以下の通り。

    ★隠記の原文⇒「媚び撥ねと黙。統べ言い、指顧りど命賜いは厳と母法言い、糾斜ばみ愚さ懐ると虚妄ね怯ら 火 非道受け、黙火も僻ねふ度、服し負いとて、焦ら脅 多劫」


    ★「媚(こ)び」の意味解釈は、「悪巧み」。
    ★「撥ね」とは、「不承諾」。
    ★「統(す)べ」とは、「統治」。
    ★「指顧(しこ)」とは、「指示」。
    ★「厳(いつ)」とは、「威嚇」。
    ★「母法(ぼほー)」とは、「異国の法政」。意味解釈は天照一族(天皇家の祖)が半島時代に使用していた法政。
    ★「糾(アザ)」とは、「異種が共同」。意味解釈は「天照一族(天皇家の祖)と大国主一族(藤原家の祖)」
    ★「虚妄(こもー)」とは、「偽り」。
    ★「火(ほ)」とは、「火の民」。意味解釈は「ヤマト民族」
    ★「多劫(たこー)」とは、「永年」。意味解釈は「千年以上」

  • >>16676

      時は今 天の下知る 五月かな  光秀
    本能寺の織田 信長は、徳川家康の大筒で爆死し、光秀の本能寺襲撃で跡方も無くなった!
    朝廷も認めた、(一位)光秀、(二位)家康、(三位)秀吉、の連合に、信長は露と消えたのである!
    徳川幕府に与えられた葵の御紋は、光秀方に、である!
    万葉集さえ理解出来ない▼無知アホ糞馬鹿 毒虫め!(笑)
    お前に寓愉は判るまいよ!(笑)

    天麩羅に当たって死んだとされる、徳川家康の影武者を殺したのは、光秀(天海僧正)である!

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