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癌が見つかって

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  • 2017/01/17 03:39
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  • 昨年からガンの可能性を示す健康診断の数値が出始めました。
    2015年の9月のことでした。
    近所の先生から紹介された大きな総合病院で,より詳しく検査を受けました。
    ガンの可能性があったのは前立腺で、二つある数値の片方が大き過ぎるので
    ガンの可能性が大きいと言われました。
    針を打ち込んで、ガン組織が見つかるかを検査しましたが、陰性でした。
    それが12月の終わりのことで、正月始めに診察を受けた時に黄疸が出ていました。

    即電話して総合病院で検査等を含めての診察を受けることになりました。
    入院も決められ、CTの検査も受け、家族へ連絡して入院の仕度も始まりました。
    肝臓関係に異状が出来ている数値が出ていましたので、何処にどの様な異状があるかを確認する検査の連続でした。
    二週間もしないうちに、結果が出て、家族を皆呼び寄せて、病状の説明と今後どうするかの話になりました。
    治療方法は、抗がん剤でしか出来ず、進行するだろうから、今の内にホスピスの予約を取って置きましょうか、との話でした。
    家族からの質問は何も無かったと思います。
    いきなりの話しを受け入れることは難しいのが当たり前です。
    知りたい「いつまで生きられるのか?」への答えは無いのですから。

    若い看護婦さんが質問しました。
    「それを聞いたときに、どう思いましたか?」
    その様な質問は聞くべきでないことが分らない若い看護婦さんでした。
    僕の頭に浮かんだことは、「これから活き方を変えなければ行けないなぁ。」でした。

    どの様に変えて行くべきかをこれから書いて行きたいと思います。

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    tab***** 1月17日 03:39

    >>93

    16日に診察がありました。
    「順調」の言葉の意味は、黄疸になる危険が無く、ステンすの設置が出来たことです。
    癌の大きさは昨年よりも大きくなっていることに間違いはありませんでした。
    又肝機能の数値も今も大きくなっていても気にしていませんでした。
    僕の体調がよく、黄疸の危険も無いことで安心しているそうです。
    数値自体の大きさは、ステンスを入れたことに、身体の方が適応するまで、大きく成るそうです。そういえば、昨年も最大値になったのが4月だったと思います。
    今回も、三月の下旬か4月の半ばには数値が下がると思います。

    今回は入院して、病室の看護婦さんが、注射をしてくれ、消毒もアルコールを用いてくれたので、抗生物質が漏れたり、と、腕に出来たアザが消えないままで採血室へ行きました。
    採血室の係りの人が、場所を探すのに苦労していました。

    僕の目の色よりも、先生の目の色のほうが赤く、疲労が溜まっている様に感じましたよ。
    朝も7時にはナースステーションに来て、パソコンを見ていたのですから、勤務j巻も長いようです。感謝します。

    尿中に潜血がありましたが、+2でした、泌尿器科の先生も、何か有りましたか?と聞いただけですし、消化器科の先生も、大きな意味は無いですよ、でした。

    泌尿器科の予約は3月です。病気が多い年齢です。

  • >>92

    数値も出ていますが、主治医の言葉が、今ひとつ理解出来ないので、数値に関しての報告は無しです。
    主治医の言った「全て、順調です。」には、黄疸になる危険性は回避できたと言うことだけのように感じて、本体の癌の状態は、変え様がないと言っているように思えます。
    することが無い以上、変えようは無いですね。
    気になることが一つありました。
    家内が、葬儀のときに使う写真を選んでいます。
    まだまだ死ぬ気は無いんですがね。

    「寝際の心得」は、「お前、胆菅癌に打ち克つ! 全て、良くなる!」と「目覚めの心得」は、「私は、胆菅癌に打ち克つ。日々健康だ。」です。
    「なんその法」は、胆菅癌との戦いと、胸腺で免疫細胞を増やして、共同で闘うイメージを作ることになります。
    10倍の潜在力を 呼び覚まそう
    (力の 誦句)
    私は力だ。
    力の結晶だ。
    何ものにも打つ克つ力の結晶だ。
    だから何ものにも負けないのだ。
    病にも、運命にも、
    否 あらゆるすべてのものに 打ち克つ力だ。
    そうだ!!
    強い 強い 力の結晶だ!!
    (中村天風師)
    この誦句を思い出すことが主になると思います。

    来週の月曜日には何時もと同じ抗癌剤の点滴があり、診察も有るので「順調」の意味を聞く予定です。
    血液検査の数値の意味も理解できると思います。

  • >>91

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が693でしたが、今回は842でした。
    γーGTは、前回が901で、今回は1329でした。
    LDも274で、前回と同様の数値でした。
    AST,ALTも高くなっています。60,65でした。

    21日に行った造影剤を用いたCTの検査の結果が説明されました。
    映像の判断は、主治医の言葉を聴くしかありませんが、「抗癌剤に効果が有ったので、癌の方が抗癌に対して耐性を持ったようです。その為、癌が大きくなって、ステントの外まで広がってしまいました。」「その為、内視鏡を使って、中を見たいので、入院して下さい。予定は、来年一月の五日の日です。」結果によって、ステントを追加することも考えるようです。
    11ヶ月前に戻ることになりますが、僕自身がすることは、今年の初めと同じことです。
    細かい治療の変化は、入院後の検討で決められるでしょう。
    癌が抗癌剤に対して耐性を持つとは、初耳でした。
    同じ抗癌剤の治療を何年も続けている人の話しを聴いていたので、耐性は?です。
    効果があるのは、マイナスも有るのですね。
    病院で出来ることが少なくなれば、いよいよ「寝際の心得」と「なんその法」の出番ですね。
    僕の方も真剣さが増し、枕元に手鏡を置くようになりました。

    それでも、悪い方向に変化した原因も推測できますので、注意点として書き残す積りで居ます。義弟の経験したことだと思いますが。

  • >>90

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が530でしたが、今回は693でした。5月の数値です。
    γーGTは、前回が548で、今回は901でした。こちらも5月の数値です。
    LDも292で、前回と同様の数値でした。
    AST,ALTも高くなっています。46,54でした。
    黄疸の数値は高くなっていませんでしたが、炎症を示すCRPが高くなっていましたので、胆管に入れたステントがずれたのかもしれないといわれました。前に胆管の位置と、時々痛みを感じていたので、その様な予測をされたのでしょう。
    21日に造影剤を使用したCTの検査を行うことに成りました。半年ぶりです。
    結果は26日に診察日に教えてもらえます。

    知恵袋の方は、勉強に関したものが多いですね。
    僕が中学のころ、母親の友達相手に、花札遊びの、コイコイで稼いだ小遣い銭で購入した勉強法の資材を思い出しますが、今の教師は生徒に教えることも無いのでしょうね。
    昼食代の50日分の値段で購入しました。昔のことばかり思い出しますよ。

  • >>89

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が398でしたが、今回は530でした。6月の数値です。
    γーGTは、前回が231で、今回は548でした。こちらも6月の数値です。
    LDも302で、今まで有ったことの無い数値でした。
    他の数値も高く、肝機能ではAST,ALTも高くなっていました。
    それでも主治医は、このくらいのばらつきがあっても心配ないでしょう、でした。
    腫瘍マーカーのCEAは180.3とますます高くなりますが、CA19-9は、<2.0です。
    CRPも、0.7と高く、特に炎症の自覚は無いのですが、気にしないことにします。

    久しぶりに数値が高い方に変化しましたが、この2週間で自分の身体に変わったことも無く、ただ気温が冷え込んだので、湯たんぽが入りました。
    湯たんぽが暑すぎたのでしょうか、少し汗ばんでいたことくらいが変化と言えます。
    それと、便の出具合を良くする為に、食を減らし、野菜ジュースを飲んでいたことくらいが、日々の生活の変化です。

    知恵袋に書くのは、癌に対しての心構えですが、普段は前向きで陽気な人間だったと言う人も、余命を告げられると、あといくら家族と話し合うことが出来るのかを考えてしまうと、色々考えてしまう、と言っていました。
    僕の家族は、いくらか独特な生き方をしてきた人間の集まりなので、特に話し合うことも無く、どう考えて僕が居なくなった後を暮らしていけば良いのかは伝えて有ります。

    知恵袋に書くのは、困っている人に回答を届けることが目的で、少しでも役立てばと思っています。この時期に成ったら、夜間の尿漏れの質問が多くなりましたね。
    中学生から、高齢者まで、悩む人は多いですね。

  • >>88

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が406でしたが、今回は398でした。
    γーGTは、前回が230で、今回は231でした。
    LDは222で、基準の上限は、210なので許容範囲なのでしょう、と思います。
    前回と同様に、足踏み状態との説明でした。
    自分としては、気温が下がりましたので、飲み物が変化して、にんじんジュースを少な目に飲んでいたので、大便が固く、二日ほど痔が出て、出血も続いた為と考えています。
    それと同時に、姿勢を変えたときに強い筋肉痛を感じたので、数値に変化があったのだと思います。項目は、CRPなので、炎症があったのは、痔だと思います。数値は0,4です。
    痛みがあった話しをしたら、背中の上を触っていたので、自分が確かめる時は背骨の上を触ることにしました。立った状態では痛みは感じないで、姿勢を変えたときだけの痛みでした。先生から、痔の薬と、痛み止めの処方を出してもらいました。

    だんだん、癌の話ではなく、自分の身体の話しをしていてはと思いますが、副作用と関係しそうなことは、ついつい聞いてしまいます。

    知恵袋の話ですが、癌の質問をする人の話し、脳卒中の話には目が行ってしまいます。
    体験から、前向きな考えを持って貰いたいからだと思います。
    前向きな話に、耳を貸してくれる人も出てきましたので、どうすれば良くなって行くかを自分でも行動したいと思う人がいるのですね。
    介護を楽しみながら継続してくれる人がいましたので、嬉しく感じました。

    体重は56.5キロでした。ヒャックリが出ています。
    LDは気にしないことにしました。歩けるようになるまでは。

  • >>86

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が375でしたが、今回は406でした。
    γーGTは、前回が152で、今回は230でした。
    今回は後戻りしたように数値が上がりました。
    先生は、正常値近くまで戻ると、行ったり来たりで足踏みします、それだと思います、と言われました。日曜日に家内が、同じ部屋で寝込んでいたので、風邪が移ったかのように、僕の体温が一度くらい高くなっていたので、その所為かと思います。
    CRPも0.4と少し高かったのですが、(正常値が0.3以下)10月の末にも高い時がありました。前回の時もそうでしたが、0.4では心配ないそうです。炎症反応です。

    前回コレステロールと赤血球のことを聞こうと思っていましたが、熱があったので、抗癌剤の治療を受けても良いのかを聞いていたので、忘れてしまいました。
    CRPの数値の話しを聞いたので、忘れたのは歳のせいですね。
    もう一つ、Hの記号が付いているのにLDがあります。こちらは、1%くらいの変動ですので、肝臓の悪化ではないようです。毎回の変動の範囲内でした。

    知恵袋の方も、毎回同じ様な質問が多いですが、寄り添う回答は、症状を悪化させてしまうと判っていますので、歓迎される回答は書けませんでした。取り消しが多かったです。

    体重の方は、食べる量を減らしましたので、1キロは減りました。
    但し、空腹なのか、ヒャックリが出てしまいます。貰ってある薬を3錠ほど服用しました。

    今回の数値の後戻りは、体温が高くなったせいだと思いましたが、今日は元に戻りましたので、来週はよい数値に成ると思います。

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  • >>85

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が410でしたが、今回は375でした。
    γーGTは、前回が164で、今回は152でした。
    前回以上の良い数値でしたので、少しは真面目だったのかも知れません。
    少しやる気が増しました。目標値は、320と100でしたので、近付いています。
    健康体に戻るには1年は必要なのですね。
    久しぶりに薬剤師の方が、治療の連絡表を置いて行きました。
    抗癌剤の副作用が書いてあるのですが、採血時の注射の刺しミスや、点滴時の針の抜けなど、看護婦さんのミスなので、注意のしようがありません。
    昨日は、主治医の話の時間が短くて、家内が物足りなさそうにしています、と伝えたら、主治医の先生が「何でも聞いて下さい」と言ってくれました。
    血液の検査結果に、LやHの印の付いた項目がありますので、次週は、その話しを聞こうと思っています。
    コレステロールのことと、赤血球のことだと思います。
    食べ物の所為なのかが気には成ります。

    知恵袋の質問で多いのは、神経症が多いですね。どうすれば改善するか、です。
    対策には、「逆説志向」と「寝際の心得」を書きます。急ぐ人には前者を書きます。
    病気では、「蓄膿症」と「口内炎」が多いですし、「頻尿」も多いです。
    「頻尿」は中学生から、中年の方が悩んでいますので、回答を書くようにしています。
    γーGTの数値が良かったのは、BAの回答を書いた所為かもしれません。

    癌患者の家族の方の心配に書いた回答も、質問者の気持ちと同じ考え方の場合があったので、γーGTを下げたのかも知れません。
    検討するには、もっと沢山の例を作らねば、結論は書けませんね。

    体重は、又56キロから57キロの間を行ったり来たりしています。
    足が痛くても、歩く時間を増やせねば成らないでしょう。

  • >>84

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が386でしたが、今回は410でした。
    γーGTは、前回が164で、今回も164でした。
    主治医からの説明も同じで、今回は、正常値に近いから、正常値になるのが難しいのでしょう、と言われました。まだ、ステンドの部分が厳しいのか、左側の肝臓の中に生じている癌が無くならないのかのどちらか、或いは両方なのでしょう。
    まだまだ、「寝際の心得」と「軟酥(なんそ)の法」を真面目にしなければいけませんね。
    今週は掛かり付けの医者の所に行く週なので、インフルエンザの話しを聞きました。
    点滴の日と同じ曜日にしたほうが、先生には都合が良いとのことでした。
    何かあった時に、直接見ることが出来るからとのことです。
    好中球数は先週よりも高くなっていたので、心配することは無いと思いますが。

    抗癌剤の点滴ですが、右腕にアザが出来たので、血液採取は又右手にしました。
    抗癌剤の後は消えていましたので、又左腕を使います。
    体重は今週も56キロでした。そう簡単に減量は出来ませんね。

    僕は子供の時から、迷うことが少ない性分だったように思います。
    家庭が貧乏でしたので、欲しいと思っても手に入ることは殆どありませんでしたので、今あることで、賄うこと、充分でなければ、自分でやらねば出来ないことを知っていたのでしょう。
    石油コンロの上で、なべでご飯を炊かねば、朝ごはんも食べることが出来ず、おかずが無ければ、ねぎを刻んで、味噌と混ぜれ、ご飯に載せて済ましていました。
    それは、貧乏なお話で、意地っ張りな話もあります。
    小学校二,三年生の時に、始めて「もり蕎麦」を店で食べました。
    箸が上手に使えず、上手く食べることが出来ないのを、他所のお客さんが見ていて笑いました。笑われた事に癇癪を起して、蕎麦汁を入れた徳利から直接蕎麦に汁をかけてしまいました。
    見ていた人も、家族に母親もびっくりして、急いでテーブルを拭き始めました。
    大人が、拭き終わったら、僕はざるの上のそばをゆっくりと食べました。
    ざるの下には何も無く、汁が下に落ちていくのを始めて知りました。
    構造も始めて知りました、好い勉強になりました。

  • >>83

    昨日は診察日でした。
    アルカリフォスファターゼは、前回が398でしたが、今回は386でした。
    γーGTは、前回が163で、今回は164でした。
    主治医からの説明も前回と同じで、今回はインフルエンザの予防接種の注意がありました。好中球数が2310と低くなっていたので、免疫力も低くなっているので、予防接種は抗癌剤の休日の有る週にしてもらう方が良いと言われました。
    かかりつけの医者の譜へは電話連絡で、了承してもらいました。初めから、その積りで、診察日も選んでいます。何の積りで、急いだ家内でしょうかね。

    前回書いた点滴の後はまだ消えていませんでした。
    今回抗癌剤の点滴の針を刺してくれた看護婦さんは違っていたので、アザが残るようなら針を刺す腕を変えてもらうのも良いでしょうと言われました。
    今回の看護婦さんは、針を刺すのが上手で、内出血も無く、跡も残っていませんでした。
    病室で点滴したときの看護婦さんは、初めから内科医を呼んで針を刺して貰っていました。

    体重は1キロほど落としましたので、次の週までには更に落として、55キロにする積りです。但し、食の量が少なくなると、ヒャックリが出やすくなるのが厄介物です。
    医者が薬を出してくれますが、今は冷蔵庫に入れた有る飲み物をゆっくり飲み込むことで、ヒャックリを止めています。

    末期癌と宣告された人が、余命よりも長く生き続ける話も多いです。
    その人たちに共通した行動は、前向きな姿勢と、笑い声が絶えないことです。
    生きる意欲があれば、悩んだり迷ったりしないものであり、前に進むために出来ることを見つけることでしょう。一つだけの希望では、成し遂げると、生きる意欲が弱まります。
    義弟は、その意欲が乏しくなったように思えます。
    やり遂げたことが並ぶと、やり遂げていない、周りへの不満をぶつけることになるのでしょう。
    してはいけないことの第一に来るのは、不平不満を口にすることになります。

    「そうは思わない」に票を入れてくれる方の意見が聞きたいですが、お願いできますでしょうか?

  • >>82

    二週間過ぎましたね。
    血液検査の結果の説明を受けました。
    アルカリフォスファターゼは、前回が404でしたが、今回は398でした。
    γーGTは、前回が169で、今回は163でした。
    正常値に近付いてきたので、変化も小さくなったのでしょう、の説明です。
    好中球数は前回よりも回復が小さい感じですが、5053はありました。
    主治医の話は、僕の体調のことだけでしたが、今足の指が変形中なので、運動不足で、体重が増加加減です。四キロほど増加してしまいました。
    平地を歩くのは痛みが少ないですが、階段の上り下りや、坂道は足が痛みます。
    方法を考慮中ですが、怠け症が出ているようです。
    血小板数が減少すると、アザも出来やすいと注意書きがありましたが、33.3に回復していましたので、順調だと思います。
    アザは点滴の所が青くなって、血管も青くなっています。

    末期癌から回復した人の書き込みを読みますと、皆さん前向きな気持ちですね。
    それでないと、回復は難しいのでしょう。
    ただ、多くの人達は「病は気から」を正しく理解していないようで、今まで、体調が悪くて寝そべっていた人が、「さあ俺は元気だ!」と言って、動き出せば、元気に成ること思っているようで、まるで、願いを叶えてくれる神様の存在を信じている人間のように見えます。

    もう一例がありましたが、匿名での質問で、末期癌の人の言動を見て、何を考えているかを質問していました。
    余命の宣告した人は、それまでの人生を振り返るものですが、若者も、高齢者も同じ事を考えると思う人が多いですね。
    病院の看護婦も「何を考えましたか?」と質問していましたが。

  • >>81

    3日の日が診察日でした。
    肝機能は足踏み状態と言う所です。
    アルカリフォスファターゼが前回と同じで、γーGTは前々回よりも低くなっていました。
    他には、好中球数が高い数値に戻っていましたので、主治医からのコメントも厚意的だったと思います。
    腫瘍マーカーのCEAは相変わらず大きい数値です、93,4で正常値0-5を超えています。正常ではない肝臓があるのでしょうが、肝機能の数値が悪くないので、単に存在がある程度に受け止める方が良いらしいです。

    抗癌剤の点滴時に、注射針が刺してある付近に冷たいものが流れる感じがするので、ブザーを押して看護婦さんを呼んだら、用具を持って来ますから待って下さいと言われました。
    針が抜けてしまうのも珍しいことでしょう。
    6年半も前の脳卒中の後遺症が、いまだに強まりますので、肝臓の痛みがあるかを聞かれても、後遺症の痛みか、肝臓の痛みなのかが判らない状態です。
    あばら骨より身体の外側に感じるので、後遺症の痛みと判断しています。
    ベッドから降りて、かがまないと靴も履けないので、後遺症を失くす方にも、軟酥(なんそ)の法を使いたいと思うように成っています。

    4日の日は、眼科医院の診察日でした。
    高齢者なりの目の老化かと思います。進行すると失明しますよ、と美しい顔の女医先生に言われると、真剣に成らずには済まない気に成ります。軟酥(なんそ)の法です。
    視力も良くなったり、悪くなったり、その日によって変化しますので、軟酥(なんそ)の法の出番があるように思います。

    5日は、内科のかかり付け医の診察日です。
    今は四人の医者に身体を診てもらっている状態です。
    医者ではない人との話しを多くしたいですね。

  • >>80

    先日は、難病の娘さんが、限られた命をどう守っていくかで悩んでいました。
    僕の言葉に反応して、直ぐ行動に移したそうです。
    体の不調と、主治医からの叱責が強くあって、外出禁止に成ってしまったとか。

    10年も前の話ですが、パニック障害、以前は外出恐怖症とも呼ばれていました。
    その女性の相談を受けていた人の代役をしたのですが、その女性も返事を書く前に行動してしまい、過呼吸を起こして、救急車で運ばれたそうです。
    今なら、精神科医の書いたブログを読んで、どの様にすれば良いかも判る様に説明できますが、当時はその様なブログを知りませんでした。
    治療法方は「逆説志向」と呼ばれ、色々な症状に応用されています。
    当時から、日本には人気の無い治療方法らしく、知らない医者や、臨床心理士が多かったのでしょう。代役を言った人から、怒られたこともありました。
    今なら、一日で治せるような「逆説志向」を自信持って紹介できます。

    話しを元に戻して、難病の娘さんに、気の毒な回答の書き方だったので、痛い思いをさせてしまったことを悔やんでいます。
    それがあって、26日の血液検査の数値が、逆戻りしたのかと、反省しています。
    娘さんとそのお母さんの気持ちが、仲の良いものに為るように書いた回答でしたが、娘さんの行動が早いとは思いもしませんでした。
    知恵袋の回答にも注意が必要です。数字も良くなるでしょう。

    色々と反省の多いことでした。

  • >>79

    26日は、再診日で、抗癌剤の点滴の日でした。
    アルカリフォスファターゼは、8月の数字、405に成っていました。
    γーGTも8月の数字、190に戻っていました。どいらも、数字的には、残り100です。
    血小板に関した数値も、日毎に戻っていますので、心配なく、体調に変化が無ければ、心配もないとのことでした。

    「軟酥(なんそ)の法」と「寝際の心得」に使っていた言葉も三ヵ月を過ぎますので、変えて見ようと思います。
    昨日は、点滴中の居眠りも無かったので、イメージを使えそうに思います。
    なんその働き場が多くて、言葉やイメージの働きが多そうです。
    上手く働くような言葉を探したいです。

    今晩は眠くて、この辺で終わります。

  • >>78

    前立腺癌の話が聞けるかと思って出掛けましたが、血液検査の結果を言われただけでした。以前の検査結果は、トータルPSAが26.70と高すぎた為、色々な検査が行われました。F/T PSAが33.6だったので、癌ではない答えも出ていました。
    癌の可能性も高いので、専門医に検査結果を見てもらうほうが良いとの総合病院の医師の意見でした。
    医師の意見に逆らえないのが患者の弱みですね。胆菅癌の血液検査のときに一緒にしてくれたら、出掛け直す必要も無いのにと思うのは素人の考えでしょうか。
    診察料金が安いので、金銭的な負担にはなりません。市政に感謝です。

    義弟の行動を書いたときにも書きましたが、短な余命を、10倍の期間生きた患者の考え方を、心配と不安を訴える人たちの言葉を比べてみたいと思います。
    近頃の人たちの考え方は、自分を大事と考える人が多いのでしょうか。
    知恵袋に回答を書いていても、自分の感情を書いて回答も求める人が多い様に思います。

    回答を書くことが多い質問に関しても書きたいですね。
    神経症と逆説志向です。
    ウツ病と、選択理論による現実療法です。
    そこから感じ取れるのは、患者の多くの人が、自己責任を嫌うことです。
    その結果、薬に頼むことが多くなっているように思えます。

  • >>77

    時間を掛けすぎて書いた所為か、書き込みに失敗しました。
    簡単に書きます。
    血液検査の結果は、夫々数値が下がっていますので順調です。
    血小板に関した数値も、抗癌剤を使わない集があるだけで、元に戻っています。
    早朝にシャワーを浴びた所為か、発熱の影響が数値に成っていましたが、主治医の先生は特別に心配はしていませんでした。
    点滴中に居眠りをしていたのか、薬剤師の方が見えたのを知りませんでした。

    数値に関しては、γーGTの数値が目標値の範囲に入っていましたので、「軟酥(なんそ)の法」と「寝際の心得」に使った言葉の変更に効果があったのかも知れません。
    具体的に、どの部分に働いて、どの様な状態に持っていくのかを指示したのです。
    効果があったと信じた方が遣り甲斐があります。

    金曜日は違った話が聴けるかと思うと楽しみです。

  • >>76

    今回は僕が選んだ行動です。
    1月の末に、病状の説明がありました。余命の長さは言われませんでしたが、3,4ヵ月後にはホスピスの申し込みも難しくなると言われましたので、余命は半年くらいでしょう。
    その言葉で頭に浮かんだことは「生活態度を変えなければ行けないな。」でした。
    その一つが知恵袋の回答を書くことです。
    メタルカテの回答を、診察・病状カテに変えることでした。
    心の問題を、身体の問題を多くなるように変えました。
    質問者から感謝の言葉を得られたら、少しは助けになってくれると感じましたので。
    その次にすべきことは、マイナスな言葉、消極的な考えの一切を捨て去ることです。
    余命を考えることも、抗癌剤の悪影響を考えることも一切止めました。
    先生たちの医療に対しての技術を信じることにしました。
    これらは義弟にも言ったことなので、直ぐ頭に浮かびました。
    それまでとの違いは、回答にしても、質問者に元気になるような言葉を書くことです。
    それと、病院へ行くと、教会の関係者と出合うことがあり、教会員の様子も聞くことが出来たので、ニコニコして、元気にしている僕のことを伝えてもらうことも嬉しかったですね。
    僕は禅宗ですので、教会へ行くことはボランティアの時以外はありません。

    「軟酥 (なんそ)の法」と「寝際の心得」は退院してからネットを見て確認しながら実践することになりました。
    軟酥 の法は、軟酥 が融けて身体の中で働く様子をイメージしたかったので、主治医の先生から説明を聞きながらイメージを固めました。
    時々、イメージが検査の結果変化しましたので、軟酥 の働きも変化しました。
    成るべく効率よく、全身に元気を分け与えたかったからです。
    「寝際の心得」も、効率の良い言葉を使いたく、何度か変えたと思います。
    自分では初めての実践なので、どの言葉を使うかも考えました。

    抗癌剤の点滴の時に居眠りが出てしまっていたので、普段TVを見ている時でも、呟くだけでも効果のある呟きにしたかったですね。
    まだまだ、抗癌剤の使用は長くなりそうです。

  • >>75

    その次に「何かいい事無いかね?」と聞いて来たのは二年後でした。
    前回に書いた女友達が居なくなっていましたので、笑い声のある会話が、病院以外では出来なくなっていました。
    義弟の姉、僕の家内が、義弟に変わっての買い物を手伝って、おしゃべりもしていたと思っていましたが、姉弟喧嘩をして、怒っていた後でしたので、「感謝の言葉」を、一万回口にすることも出来なくなっていました。
    遣りたいことを遣る為に、手助けできる姉とも喧嘩していたのでは、アドバイスも無くなっていました。
    一番の問題は、家族の気持ちが、患者の気持ちを前向きにするようなものではないことでした。父親も、息子の身体よりも、自分の気持ちが不安に成ることを嘆いていただけでした。
    義弟の健康が第一と考える家族が居なくなっていたのです。
    その時の為に渡した「運命を切り拓く」をどれだけ読んでくれたのか。
    姉弟喧嘩をしていたのでは、読んでいなかったのでしょう。
    父親も姉も、自分の気持ちが第一の人間達でしたから、養生できる家族ではなかったようです。50年以上も、不満を持ち続けた家族だったようでしたから。仕方ないです。

    僕の場合には、自分だけでも良いと思って行動していますので、不満を持たないようにしています。何が有っても平常心を忘れないようにします。

    義弟の葬式の時に、医大の病院から主治医だった医者が来てくれました。
    義弟が、二年半も延命できたのは、笑い声の多い、看護婦さんとの会話が良かったのでしょうと言っていました。過し方も良かったのだろうが、先生は何処まで知っていたのかは聞きそびれました。
    今回は、命を縮めてしまった家族間の不平不満を書きたかったのです。
    延命の為には、避けたいものです。
    自分の感情が優先もあって欲しくないものの第一ですね。

    知恵袋の質問を見ると、末期癌の患者の家族のものは、自分の感情を書いたものが多いと思います。それと、主治医の治療方針とは違うことを質問しています。
    心が揺れ動くと、患者の健康も傾いてしまいます。

    9月23日には、泌尿器科の先生から、前立腺癌の検査の結果を聞きます。
    半年前に、何故血液検査をしなかったのかを。
    20日までは診察もありません。

  • >>74

    既に書いたことですが、義弟も朝鏡を見て、黄疸が出ているのを知って医大病院へ行きました。検査の結果として、手術の出来ない場所に癌があり、治療法方は四種類の抗癌剤があり、どれも現状維持の評価だと言われました。どの抗癌剤を使うかは、義弟の判断で選択できると。そして、考えられる余命は三ヶ月だとも。
    そして、抗癌剤を選んでいる時に義弟と会い、義弟から「どの抗癌剤を選んだら良いか」と聞かれました。僕には抗癌剤の知識は無いので、選ぶことは出来ません。
    教えることが出来るのは、癌患者としての心の持ち方だけです。
    【義弟に伝えたこと】
    ・今の主治医を信じて、どれを選んだら良いかは、先生と話しをした方が良い。
    ・生きる意欲が出る様に、したら気分が良くなる事をする計画を立てて置いたら良い。
    ・元気が出たら、それが出来るように体力を作る運動をしたら良い。
    ・そして、余命は自分で決めることが出来るものだと知って、考え方を変えたら良い。
    ・そして、考え方を変えるべく、中村天風師の著作を二冊渡しました。
     少しでも、前向きな考え方を持てる様に二冊の本を読んで貰いました。

    医者から、病気の状態や余命のことを告げられた後での話では、この程度のことしか教えられませんでした。
    生きることを諦めたりせずに、前向きに為れたら、それだけで充分だと思いました。
    義弟は前向きな考えを持ってくれました。何をするかも決めたようです。
    僕の恩師は、新しい興味あることを遣ることを考えていたそうですが、気分が良くなることをするように変えたそうです。新しくて、興味が増す様なことはそうそう無いものです。

    義弟に告げ忘れたことがあります。
    遣りたいことを、これから絶やさないことが大切だということです。
    そして、親しく談笑できる異性の友達の存在も大切だということも。
    当時、付き合っていた女友達とは、余命から諦め、別れてしまった為、その様な存在を失っていました。楽しい話の出来る存在だったのに、理解して遣れない家族がいました。
    相談を受けること無く、情報を伝えるだけの付き合いでは、延命の手伝いは出来ませんでした。
    『寝際の心得』や『軟蘇(なんそ)の法』は、伝えていません。

    次回も続きます。

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