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    カメ 2015年8月6日 01:08

    わたしは森の中を歩いていた
    ただあてもなく
    何かを求めるでもなく
    それがわたしの気持ちだった

    すると 森陰に見つけた
    一輪だけ咲いている小さな花
    星つぶのように輝いて
    まるで小さな目のようだ

    手折らんとするわたしに
    花はそっとささやく
    折られて朽ちるのが
    わたしの運命なのでしょうか

    わたしは花を掘り返した
    根ごとそっくり
    そして花を運んだ
    綺麗な家の庭に

    そして移し植えた
    庭の静かな場所に
    いまや花は根づき
    元気に咲き続けている

    ゲーテ

  • フリードリッヒ=シラー作 『メッシーナの花嫁』

    他所の侵略者は来ては往く
    吾等は服従はするが、ここに止まっている」

  • >>25

    この少年はペトラルカの息子だ。
    歴史はくり返す


    フランクフルト・アム・マインに落ち着いたショーペンハウエルは、たいてい、夕食を「イギ
    リス亭」という食堂で摂ったが、ある時、一人のイギリス人の少年が親たちとの席を離れ、ショー
    ペンハウエルの前に坐って食事をしたことがある。もちろん、二人とも黙っていて、会話を交わ
    したわけではない。少年の親が、そのわけを少年に訊ねると、少年は、「あの人は偉い人です。あ
    の人の傍に坐って食事をするのは楽しいことです」と、答えたという。彼が引用しているペトラル
    カに関する逸話に似かよった話である。


    この少年がショーペンハウエルの息子だ。

  •  悧巧者の眼つきは、その最も巧妙なものでさえ、天才のま
    なざしと異なる所以は、前者が意志に奉仕していることの歴然たる証拠を示すのに反して、後者
    はそのようなものの片影さえとどめていないというところに存するのだ。(『パレルガ・ウント・
    パラリポメナ』第二巻六四ページ〔『哲学入門』第三章〕で「天才の容貌」について述べた条を
    参照せられよ)―それゆえ、スクァルツァフィキィが、その著『ペトラルカ伝』のなかで、彼
    がペトラルカと同時代にいたヨセフ・プリヴィウスから伝え聞いた話にもとづいて記述した逸話
    は、そっくり信じてもよかろう。それによると、或る時、ペトラルカが、多くの紳士や貴族の間
    に立ちまじって、ヴィスコンティの宮廷に同候していた時に、ガレアッツォ・ヴィスコンティは、
    当時まだ少年であった―ミラノの第一公爵となった―息子を顧みて、その場にい合わせてい
    た人々の中から、最も賢明な人を探し出せという課題を与えた。少年は、すべての人たちを、し
    ばらく眺めていたが、やがて、ペトラルカの手を握って、父のもとへ連れていったので、列席者
    一同は非常に驚嘆したという。そうだ。自然は、人間の中でも特に傑出している人には、その品
    位の印章を、少年でさえも認め得るほど、明瞭に捺しておくものなのである。そこで、わたしは、
    ふたたび、ひとりの平凡人を三十年間も、偉大なる思想家として吹聴してみいたくなったとしても、
    その折には、どうぞ、ヘーゲルみたいなビヤホールの親爺然たる人相の持主を、そのために択び
    出さないようにお願いする。自然は、この男の顔に、読みやすい書体で、その得意とする「平凡
    人」という文字を、はっきりと記しておいてくれたではないか。

  • 【 火野葦平 『魔女宣言』】

    「吉富新一君が話していたよ。猿尾平助は、元来がケチン坊
    で、強慾非道、鬼とアダ名された冷血漢だったそうだ。そ
    れが、一人の女に惚れこんだんだ。それこそ、全身全霊をささ
    げ、全財産を投げうって。ゾッコンどころの騒ぎじゃねえ。
    おれがお鈴さんに惚れている百倍、いや、千倍くらいの惚れ
    かただろうな」
    「あの、ツルツル禿の、キュウリのような顔の爺さんが?……」
    「爺さんじゃねえ。まだ六十前だよ」
    「ウッハッハッハッハッ」

    と、お鈴は、男のように笑いだした。笑いがとまらぬ
    ように腹をよじった。

    「笑っちゃいけねえよ。恋に、年齢はないさ。いや、老い
    らくの恋ッてのが、ほんとうは、真剣で、はげしくて、命
    がけなんだよ

    お鈴は、やっと、笑いやんで、

    「だって、その高利貸の恋と、西川さんの絵を買ったこと
    と、どんな関係があるの?」
    「女が欲しいために、金を捨ててるんだ」
    「わからないわ。その女に、金を使ったらいいじゃない
    の?」
    「宗教なんだよ。常識では判断できない狂気なんだ。逃げ
    た女を得るためには、なんにでも金を捨てなくちゃならん
    というのだ」

  • 【愛蔵書だっためぞん一刻を引きちぎった親父の慧眼】
    普段鈍いような親父なのだが、いざという時に本領を発揮する。お袋にはこういう真似はできない。「とんでもない本だ」と言ってたが、なるほど今になってみると意味がよく分かる。ふぬけ男がバツイチ女と結婚で女児誕生って、どんなブラックユーモアなんだ。

  • 【「青春高原」 仁科美紀 著】
     昨夜初めて、女として抱き締められて、羽根枕で
    顔を隠しながら泣きつぶれた、あのふるえていた黒髪
    を、正行は、胸にしみ入るようないとしさで思いうかべ
    た。
     彼女はもう僕のものだ。そして僕だけのものなのだ。
     あの初夜の一晩中、ひと言も言い得ずに、ぐっしょり
    彼の寝巻の肩を涙で濡らしていたのぶあきを、彼はもう
    一度抱きに行った。

    春が来て、夏が来て、秋になるというように、結婚と
    いうものにも、門があり、中庭があり、奥座敷があるら
    しい。結婚とひと口に言うけれども、その眺めは、月日
    を経て趣深く移り変わり、一生を懸けて、ねんごろに
    味わうべきものであろうかと、正行は思うのだった。
     最初の、どうにも「ばつ」の悪い時期が過ぎると、のぶあ
    きが変化しはじめたらしいのである。それは、女として
    扱われるということを、あれほど嫌っていた筈の彼女と
    しては、まさに驚くべき変化であった。

     夫婦ごっこの回を重ねるにつれ、のぶあきは、彼の
    けったいな営みをも、他の男のそれとは違う崇高なもの
    として受け取ろうと、心に努めた。その結果、春の雪解
    けと共に流れはじめた小川のように、生まれて以来、体
    の底で固く氷結していた女の性(さが)が、不思議なせせらぎを
    奏ではじめた。それは彼女自身にとって、驚くべき世界の
    眺めの逆転だった。

    あれほど嫌悪しぬいていた事柄が、まるで逆の、人間
    の歓びの原点として味わわれてきたことに、彼女は思わ
    ず茫然とした。しかも心の、そのあきれようにはおかま
    いなく、みるみる花開いてきたその体は、女としての妖
    しい感覚を深めてゆき、その歓びに酔い痴れようと、彼
    を求めて高鳴るのである。あれほど気位の高かったその
    彼女が、今は夜ごと正行から、屈辱を味わわされることに
    憧れはじめた。

     夜が来て、朝になる。そして、朝が来てまた夜にな
    る。その毎日が、まるで初めて見る新鮮な意義をもっ
    て、二人の前に立ち現われ、二人の楽しさをかきたて
    た。

    (……あたしは今まで、人生というものを、半分しか
    知っていなかった)

     と、今にして彼女は思う。その残り半分に、これほど
    盛られていた蜜の味を、あたしに発見させてくれたこの
    夫―その正行を迎え入れようとして、全身の細胞の一つ
    一つが揺れ動くのが自分に判った。

     どうもあたしは、官能的な女だったらしい。―と彼
    女は思う。それを体自身が知っていて、それでわざと以
    前のあたしは、袋の口を締めるみたいにきびしく女にな
    ることを警戒し、反撥していたのではあるまいか……と
    彼女は思った。

     それが今や袋は開いた。袋の紐を切ったのは、あたしが
    最も愛していた、たった一人の正行であり、だからこ
    そ、あたしはそれを許したのだ―。誇り高いのぶあき
    は、心にこう結論することで満足した。

     やっぱり、あたしは間違ってはいなかったのだ……。
    この曲がりくねった道筋が、あたしという臍曲りな人間
    の踏んで来るべき道だったのだ……。

  • 【恋の迸る火花】
    愛している女性をあのようにかぎりなく尊重することがその女性のなにか精神的な長所、一般に客観的で実在的な長所にもとづくなどということはありえぬことだからである。まず第一に、ペトラルカがそうであったように、彼女は愛する人にこれほど正確に知られていないからである。種族の霊のみが、彼女がおのれにとって、またおのれの目的のためにどういう価値をもっているかを一目で見ぬく能力をそなえているのである。じじつまた、激しい熱情は通常、一目見たときに生ずるものである。

      真に恋し者にして、ただ一目見て恋せざりし者のあるべきや 
                         (シェークスピア『お気に召すまま』第三幕・第五場)

    この点で注目すべきものは、二百五十年も昔から有名なマテオ・アレマンの小説『グスマン・デ・アルファラーチェ』の次の個所である。「人が恋をするには、多くの時が過ぎゆくことも、思案をしたり選択したりすることも必要ではない。必要なのはただ、あの一目惚れの瞬間、たがいに琴瑟あい和すことであり、あるいは、こういう場合よく下世話に”虫が好く〔血の共感〕”と言われているものであり、星の特殊な影響が通常そこへ導くのである」第二部・第三巻・第五章。したがってまた、愛する女性を恋がたきや死によって奪われることは、恋愛の激情にかられた者にとって他のいかなるものにもまさる苦痛なのである。というのは、この苦痛が超越的なものであり、これが単に個体としての彼をとらえるだけではなく、彼の永遠の本質たる種族の生命を襲うからにほかならない。ところで、この種族の特殊な意思と委託に応えるために彼はここに召されているのである。したがて嫉妬は、非常に苦しく、また恐ろしいものであり、愛する女性を人の手に渡すことは、あらゆる犠牲のうちで最大のものである。
    ――勇者たるものはおよそ嘆くことを恥とするが、恋の嘆きだけは恥としない。それは、ここで愁訴し
    ているのは彼ではなくて、種族だからである。――カルデロンの『偉大なるゼノビア』第二幕の或る場面でデキウスがゼノビアに向かってこう言っている。

      なんと、それならおまえはわたしを愛してくれるのか。
      そのためなら、百千の勝利を棄てても、
      わたしは帰ってこよい。

  • 【by アルチュール=ド=ゴビノー】
    「鈍重なブルジョワの世界ではすべてが凡庸と因習でおおわれていた。平屋根の
    小さな家々が光り輝く 過去の記念碑を呑み込み、群がる小人たちに、突如、
    権力が舞いおりて、彼らは野卑で夢想する力もないのに、
    すぐれた人々の夢を窒息させるのであった。」

  • >>14

    【火野葦平 『魔女宣言』】
    左絵の方は、青木に逢いたい一心で、もう、燃えきって
    いたので、自分が制御出来なかった。同時にヘキレキのよ
    うに、(高江さんは、まだ逢っていなかった。あたしの方が先だ
    った)
     そのよろこびがひらめくと、暴風のような勝利感におし
    まくられて、青木の方へ突進して行った。やはり、同じ思
    いで走りよって来た青木と、シッカリ抱きあうと、瞬時
    に、二人の唇は合っていた。火花のような、熱しきった情
    熱の自然のほとばしりだった。天も、地も、命も、この一
    瞬に燃え盡きてしまうような、忘我の長い接吻がつづいた。
    二人とも、眼をとじていて、恍惚の中に、溶けあっていた。
    「あら、何や。街のまんなかで、キッスしおって…」
    「色きちがいとちがうんやろか」
    「ほんまに、しんどいこっちゃなァ。いつまでも、離れよ
    らへんが…」
    「水かけたろか」
    「あかん、あかん。人の恋路のジャマをすると、馬にけられ
    まっせ」
    「ワイセツ罪やな」
    電車やバスの通っている大通りであるから、たちまち、
    見物は人垣をきずいた。クスクス笑ったり、ニヤついたり
    しながら、群集は、いろいろなことを話しあう。カメラで
    撮している者もあった。

    しかし、二人には、何の声も音も聞こえなかった。満目
    衆視の中であることもわからなかった。この一瞬に凝結し
    昇華した激情の一致と陶酔とが、ただ、二人だけの世界を
    作り出していた。

    (もう、どうにでもなれ)

    ハッキリと、そう意識したわけではなかったが、二人と
    も、この結合点を出発点として、過去の一切や、さまざま
    の煩わしい身辺の雑事を捨て去りたいと願っていた。これ
    までのあらゆることが、ここへ到達されるための準備であ
    ったと同時に、この崇厳な火花のほとばしりによって、あ
    らゆることが焼きつくされ、消滅させられる。そして、あ
    るものは、ここから二人の出発と、二人の新生活だけだ。
    その希求と感動とは、共通しているようだった。そして、
    かたく抱擁しあったまま、二人は、いつか、はげしく嗚咽
    していた。二人の涙は、別々の頬の断崖をすべり落ちて来
    て、密着した唇のところで合流し、二つの唇を同時にぬら
    した。その塩からさは、さらに、二人を興奮に狩りたてた。

  • 【 火野葦平 『魔女宣言』】
    「どげんことでも、一心になって打ちこめば、気ちがいじ
    みて見えるもんじゃ。ほんとうは、ドン・キホーテが真の
    求道者たい」
    「そういえば思い出したが、九州の大牟田に、どえらい
    ドン・キホーテが居るぞ。これは、ちょっと、ケタはずれ
    だよ」
    「ほう、どんなドン・キホーテじゃ?」
    「一人の女に惚れて、財産を片っぱしから捨てるという風
    変りな爺さんだ。その女を得るためには、どんな犠牲でも
    払う決心をしているらしいんだ。まわりの者が笑おうが嘲ろ
    うがおかまいなしだよ」
    「なるほど、それも、えらか。やっぱ、尊敬すべきドン・
    キホーテたい」
    「それがふだんは有名なケチンボでな。おまえけに笑顔
    を人に見せたこともないガンコ屋で、鬼というアダ名まで
    あるんだ。商売は高利貸しなんだよ。おれは、香山園長のお
    使いで『ひかり学園』の寄付切りに行って、その老人に逢っ
    たんだが、逃げた美人の若い嫁にのぼせあがって、いや
    はや、正気の沙汰じゃなかったよ」

  • 【人間の根本的性質を決定するのは生殖】
     われわれはまえに、自然が道徳の点でもまた知能の点でも人間と人間とのあいだに設けた巨大な距離を考察し、また、性格と精神能力がまったく不変であることを知ったのであるが、これに、性格は父親から知性は母親から遺伝されるというここで獲得した確信を結びつけるならば、われわれは、人類を根本的に真に純化するには、外部からよりはむしろ内部から、すなわち、説教や薫陶よりはむしろ生殖という方法によらねばならないという見解に達するであろう。

    アルトゥール=ショーペンハウエル著 『意志と表象としての世界』より抜粋

  •  ところで最後に、このように激しい力で性の異なった二つの個体を他のものには目もくれずたがいに牽きあわせるものは、全種族のうちに具現されている生への意思であって、この意思が両者を生みだすことのできる個体のうちにおのれの目的にかなったおのれ自身の本質の客観化を予想しているのである。すなわち、この個体は父親からは意思つまり性格を、母親からは知性を、両者からは体格を受け継ぐことになる。しかしたいてい容姿は父親のほうに、体の大きさは母親のほうに似るものであって―― これは動物が雑種を生む場合に現われる法則に従っており、この法則は、胎児の大きさは子宮の大きさに従わねばならないということにもとづいている。人それぞれのまったく特殊な、彼にのみ固有な個性は説明しがたいものであるが、愛しあっている二人のまったく特殊な個性的な激情もまたこれと同様である。――いやそれどころか、この両者は根本においては同一であり、前者は、後者に潜在していたものの顕現にほかならない。まことに、両親がたがいに見染めあう――イギリスではこれをいみじくも「たがいに思い染める」〔相手をこうと思い込む〕to fancy each otherと言っているが、―この瞬間こ
    そ、新しい個体の出現する端初であり、その生命の真の跳躍点であると見るべきであり、まえにも言ったように、彼らの憧憬に満ちた眼がたがいに交わされ見つめあうとき、新たな生命の最初の萌芽が、もちろんこれもすべての萌芽と同様にたいてい踏みにじられるのであるが、生じるのである。この新たな個体は、いわば新たな(プラトン的な)イデアである。ところで、すべてのイデアが猛烈きわまる勢いでこの世に現象しようとあがき、因果律がそのためにこれらのイデアのすべてに配分する物質を貪婪につかみとるように、人間の個性というまさにこの特殊なイデアもまあ、現象界におのれを実現させようと猛烈きわまる勢いと貪欲さであがくのである。この貪婪さと烈しさがすなわち、将来の両親たる二人のあいだの情熱なのである。この情熱には無数の度合いがあり、その両極端は、現世のアプロディテと天つアプロディテとよぶこともできよう。しかしいずれにせよ、本質においてつねに同一である。

  • >>7

    【Re: アヴェスター】
    我らは全ての富と(我ら)自らを、骨を、活力を、身体を、力を、意識を、
    魂を、フラワシを献じ、奉ります、
    それらを、神聖にして裁き人として統治するもの、義なるガーサーに奉ります。

    ガーサーは我らを保護し守護するものにして、霊的食物である、
    それは、(我らの)魂にとり、衣と共に食である。
    このガーサーこそ、我らを保護し守護するものにして、霊的食物である、
    このガーサーこそ、我らの)魂にとり、衣と共に食である。
    それ(ガーサー)が、我々に良き褒章を与え、多くの褒章を与え、正義の
    褒章を与えるものたることを、
    (我らの)肉体と意識が分離したる後、未来の生において。

    力を伴い、勝利を伴い、
    健康を伴い、治療を伴い、
    成長を伴い、増大を伴い、
    幸福を伴い、援助を伴い、
    厚情を伴い、恩典を伴い、
    寛大を伴い、事前を伴い、
    スタオタ・イェスンヤは我らに来たれ。
    何故なら、アフラ・マズダーが、
    彼の最強にして、勝利に富み、庶類を繁栄させ給う者が、
    正義の庶類を守護せんとして、
    正義の庶類を、利益を獲得する者や利益をもたらす者たちを、全ての義なる
    者たちを保護せんとして、
    それを創造し給うから。

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