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  • マルクスの「資本論」より、科学的批判の精神にもとづく一切の評価は、私の歓迎するところである。けれども、わたしがかって譲歩したことのない、いわゆる与論なるものの偏見にたいしては、わたしは依然として大詩人ダンテの格言をまもる。「汝の道を進め、而して、人々は彼らのいうとうりに任せよ」。また当時の「経済学批判」より、わたしの見解がいかに批判されようと、いかに支配者階級の利害本位の偏見と合わなかろう、それが私の誠実なる長年月の研鑽の成果であることを立証するばかりであろう、だが地獄の入口と同じに、科学の入口にも一つの要求が掲げられねばならない。“ここに一切の擬惧(うたがいおそれる)を棄てねばならぬ、一切の怯懦(よわくおびえる)がここに死なねばならぬ“【世界十五大経済学マルクスとケインズ80ページより参照】
     これは、ダンテはキリスト教の推進者であり、マルクスも同じだったことがよみとれます。それは聖書のルカの福音書19章8~26節に、施し与えるだけでなく商売する大切さを、イエスキリストはたとえ話でしていますが、しかし、26節の「持っている人は更に与えられるが、持っていない人は持っているものまで取り上げられる」という節があることから読み取れます。また、ケインズ経済学とマルクス経済学の結合を試みたケインズ派のロビンソンは、政治的なイデオロギーの対立に災いされて、マルクスとケインズが歩みよれないでいるとみていました。

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  • >>61

    カール・ハインリヒ・マルクス(ドイツ語: Karl Heinrich Marx、1818年5月5日 - 1883年3月14日)は、プロイセン王国(現ドイツ)出身のイギリスを中心に活動した哲学者、思想家、経済学者、革命家。1845年にプロイセン国籍を離脱しており、以降は無国籍者であった。彼の思想はマルクス主義(科学的社会主義)と呼ばれました。

    一方
    マルクス・アウレリウス・アントニヌス(古典ラテン語:Marcus Aurelius Antoninus []121年4月26日 - 180年3月17日)は、第16代ローマ皇帝(在位:161年 - 180年)。ネルウァ=アントニヌス朝では第五代皇帝。第15代皇帝アントニヌス・ピウスの后妃ファウスティナ・マイヨル(大ファウスティナ)の甥で先帝の外戚にあたり、また大ファウスティナはハドリアヌスとトラヤヌスの傍系血族でもある。

    外叔父アントニヌスの皇女で自身の従姉妹であるファウスティナ・ミノル(小ファウスティナ)と結婚して帝位を継承したが、共同皇帝としてハドリアヌスの重臣の子ルキウス・ウェルスが立てられていた。アウレリウスは小ファウスティナとの長女ルキッラ(英語版)を嫁がせて両皇帝の結束を固めたが、169年にウェルスが死んだ事で単独の皇帝となった。

    ストア哲学などの学識に長け、良く国を治めた事からネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌスに並ぶ皇帝(五賢帝)と評された。対外政策ではパルティアとの戦争に勝利を収めたが、蛮族への予防戦争として始めたマルコマンニ人、クアディ人、サルマティア人などへの遠征(マルコマンニ戦争)は長期戦となり、国力を疲弊させ、自らも陣中で没した。

    軍事よりも学問を好んだ皇帝という姿は、彼の著作である『自省録』への評価を通じて今日も維持されている。これはプラトンの時代から学識者にとって理想とされた「哲人君主」の実現例と見なされているからである。

    ギリシャ神話のマルス
    マールス(ラテン語:Mārs) は、ローマ神話における戦と農耕の神[1]。日本語では「マルス」や「マーズ」と呼ばれる。英語読みは「マーズ」(Mars)である。ユダヤ読みになると『マルクス』となるんですね。

    ヘブライ語。ヘブライ文字って又、又、ヘブライ語にも語源は在りません!

  • >>60

    マルクスは放蕩児。大人になっても稼ぐこともできない、放蕩男でした。

    つまり、妄想書きです。

    お金は貯めて使うものであることを、永遠に分からないまま逝った男でした。

  • >>59

    資本制社会なんてどこにもありませんよ!

    マルクスは嘘つき、妄想人間ですよ!

  • >>56

    人はまず存在に対して名前を付けてきたのでしょう。
    構造はタレスですね。数・比はタレスから始まります。

    ヨーロッパ語源辞典;梅田修;大修館書店。
    209ページ;狩猟の処女神デイアナについて。
    ~~~未婚の女王であったこともあって、ルネサンスの詩人たちによってダイアナになぞらえられたエリザベス1世は、また、ヴァージニア(Virginia)とも呼ばれた。アメリカ合衆国のヴァージニア州はイギリスのアメリカ植民地の最古のものであったが、植民地化の最初の試みはエリザベス1世の特許状を得て行われたもので、処女王として慕われた女王にちなんでつけられた名前である。

    そうです。

    人は名前を付けて、世界を理解しようとしました。

  • >>56


    12使徒のうち、ペトロ、アンデレ、フィリポはギリシャ語起源の名前。
    マルコ、ルカ、そしてパウロはラテン語起源の名前である。

    ペトロのユダヤ名はシモン。
    マルコのユダヤ名はヨハネ。
    パウロのユダヤ名はサウルだそうです。
    /////////////////////////

    音が全然ちゃうやん(笑)

    覚えられへんやん(笑)

    物知りですね^^

    俺は音楽がギターがフォークが好きで・・・

    若い頃・・・

    ボブディランやジョンバエズやPPMが好きで・・・

    PPM:ピーター、ポウル&マリア

    聖書の対訳(英語日本語)を読んでいて・・・
    ピーターはペテロのことで、ポウルはパウロのことで、マリーはもちろんマリヤのことと知って・・・

    へ〜PPMってキリスト教が好きなんだなぁと感心したことがあった^^

    ジョンはヨハネ^^

    >マルコのユダヤ名はヨハネ。

    せっかくだからこれ↑だけ覚えようっと♪(v^_^)v

    マルコ(ラテン語起源名)=ヨハネ(ユダヤ名)=ジョン(英語名)

    ありがとう^^

    ここは・・・宝の山^^

    ー風に吹かれてー

  • マルクス;ラテン語マルクス(Marcus)、英語マーク(Mark)、ギリシャ語(Markos)。
    ラテン語Marcusの古形は”Mart-cos"で、この名は、伝統的に、ローマの軍神であり、古くは豊饒の神であったマルス(Mars)に由来する名前である。

    キリスト教はディアスポラたちによって広められた宗教である。ディアスポラたちには、ギリシャ語名とユダヤ名、あるいはラテン語名とユダヤ名の二つの名前をもつ者が多かった。12使徒のうち、ペトロ、アンデレ、フィリポはギリシャ語起源の名前。マルコ、ルカ、そしてパウロはラテン語起源の名前である。

    ペトロのユダヤ名はシモン。マルコのユダヤ名はヨハネ。パウロのユダヤ名はサウルだそうです。

    カール・マルクスのカールとはどのような名前だったのでしょう?
    ****カール大帝のカールですね!

  • マルクス経済学など存在しません。

    資本(ものを生み出す力)は自然です。

    太陽の光のエネルギー(力)の中ですべての命もmono-も存在します。

    マルクスが書いたのは哲学についてであり、経済についてではありません。

    マルクスが学んだのは哲学、ヘーゲル左派哲学です。

    実践の哲学としては、シモーヌ・ベイユの哲学が優れています。

    ヘーゲル左派マルクスの実践哲学は革命論に至りました。

    『飢えたる者よ、立ちて奪え、首都を争奪せよ!』イスラム国に至る哲学・宗教がマルクス思想の原理でしょう!

    ******
    日本共産党は嘘つきの結社です。
    不破哲三も嘘つきです。

    科学的社会主義など存在しません。

    科学者はいます、社会主義者もいます。
    しかし、科学的社会主義などは存在しません。思想は思想、各人の勝手きままな考え方にすぎません。

  • 古来、国家とはエリアの事で、単一の流通貨幣(硬貨)を持つ組織の管理下にある。
    そうしたエリアを国と呼び、その国の硬貨名を国名にあてた。

    我が国は『和同開封』
    和同開珎(わどうかいちん、わどうかいほう)は、708年(和銅元年)に、日本で鋳造・発行された銭貨である。日本で最初の流通貨幣と言われる。皇朝十二銭の第1番目にあたる。

  • 国とは何か?
    国内流通の貨幣を有する地域の事です。
    又公用語が幾つかあり、更に国語もっている国もあります。

    大陸半島日本の経済・文化交流の歴史をお考え下さい。
    つい最近の事例では、半島が二つの独立国になった、その前後史が良いでしょう。

    漢民族国語はありません。州によって驚く程、話語が違っています。
    中華人民共和国は、えいえいと続いた民族国家ではありません。
    それでも『勝手にしやがれ』と共和国を自称しています。
    これぽっちも共和制はありません。

    言葉が崩れた者に説明するのは、一苦労も、二つ苦労も大変ですね。

    数学は本当に大変な学問です。
    次回は数学の言葉で、『政治と経済のお話をしたいと思います。』

    お勉強だよ!
    教えてあげるから、きちんとコピーして再読なさい!

  • >>51

    > 中華人民共和国

    君主(皇帝)政治を革命によって否定した国です。

    共産党の独裁政治ではあります。
    但し、一人(君主)による政治ではなく、
    複数(政党)による政治です。

    君主なくして、貴族なし。
    貴族なくして、君主なし。

    モンテスキューの「法の精神」や、
    ルソーの「社会契約論」が参考になる、
    と思います。

  • >>50

    サンマリノ共和国は名前です。

    天皇制とは古来以来の制度・仕組みです。

    天皇制民主主義国家が日本です。

    元首がだれかと共和制はまるで異なる概念です。

    土地管理者が共同体組織の町は、
    みな共和町と言えるでしょう。
    つまり、日本はすべて、共和町共和。共和区江戸川、共和区札幌北、倶知安共和町・・・・こんなところで良いでしょう。

    中華人民共和国もありますが、独裁者の国です。

  • >>49

    共和国とは、君主のいない国。

    天皇制と共和制は、両立不可能なのでは?

    米国に共和党はあるが、
    日本には共和党はない。

  • >>48

    人間の大地を読んで、土地の所有概念。
    フランスでは、どのように考えていたか?疑問を持った。
    サンテグ・ジュペリへの疑問。
    それはサンテグ・ジュペリが無人の『砂漠』を飛び越える郵便飛行機のパイロットだっだからです。もちろん、ひと嵐来れば、何もカモ砂に埋もれる砂漠、誰も管理も占有もまして、所有権争いをする者の皆無。
    それが、現在の直線による適当な国境線になったのは自明である。
    而して南米は・・・・アンデス山脈を越える道路をサンテグ・ジュペリは俯瞰してる。まあ、道路管理者がいたかどうかは、別にして、旅人がいたことは自明。

    では中国はどうでしょう。井上靖の『楼蘭』
    楼蘭(ろうらん,Loulan,推定されている現地名はクロライナ Kroraina)は、中央アジア、タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部(現在の中国・新疆ウイグル自治区チャルクリク)に、かつて存在した都市、及びその都市を中心とした国家である。「さまよえる湖」ロプノールの西岸に位置し、シルクロードが西域南道と天山南路に分岐する要衝にあって、交易により栄えた。紀元前77年に漢の影響下で国名を鄯善(中国語名併音shàn shàn・日本語名ぜんぜん)と改称したが、楼蘭の名はその後も長く用いられ続けた。4世紀頃からロプノールが干上がるのとほぼ時を同じくして国力も衰え、やがて砂漠に呑み込まれたが、1900年にスウェーデンの探検家ヘディンによって遺跡が発見された。

    これで分かるのは大地の占有者・管理者は王国のようでした。

    もちろん、人が少なければ、奴隷もいない、共和国だったに違いない。

    僕の住む町は、共和町。
    日本の古い町で、共和がらみの地名はないのだろうか?


    それも、良いけど、フランスの『人間と土地』
    ・・・好都合;レミゼラブルを見てみよう。ジャンポール・ベルモンテカルロの『勝手にしゃがれ』は勝手するので、『勝手にしやがれ』です。

  • カール・マルクスの著: Das Kapital:Kritik der politischen Oekonomie 、英: Capital : a critique of political economy)は、ドイツ古典哲学の集大成とされるヘーゲルの弁証法を批判的に継承したうえで、それまでの経済学の批判的再構成を通じて、資本主義的生産様式、剰余価値の生成過程、資本の運動諸法則を明らかにした。

    『資本の運動諸法則』は妄想です。

    お金も土地も運動シマセン。

    人はもちろん運動しますが、殺人はテロは普通の人はしないでしょう。

  • マルクスの父親はユダヤ教のラビでした。
    ドイツカソリック下のユダヤ人には占有権は与えられる、城壁で囲まれたドイツ都市の城壁外、城壁に沿って3階建ての木造建築を建て生活する事を余儀なくされました。
    従って、農民として生きてゆくことも出来ない、そんな難民でした。

    カソリックは金貸しを卑しい職として認めていません、しかし、教会には寄付されたお金がたまります。

    そこで、教会はその金を難民ユダヤ人に貸し利を取りました。
    信用を重んじるユダヤ人は金融業者として成功します。

    そこで、シェークスピアは『ヴェネチアの商人』を脚本しました。

    マルクスの父はユダヤ教ラビだった弁護士ハインリヒ・マルクス(ドイツ語版)。母はオランダ出身のユダヤ教徒ヘンリエッテ(Henriette)(旧姓プレスボルク(Presburg))。

    母方のプレスボルク家は数世紀前に中欧からオランダへ移民したユダヤ人家系であり[20]、やはり代々ラビを務めていた。母自身もオランダに生まれ育ったので、ドイツ語の発音や書くことに不慣れだったという。彼女は夫が改宗した際には改宗せず、マルクスら生まれてきた子供たちもユダヤ教会に籍を入れさせた。叔父は欧州最大の電機メーカーであるフィリップスの創業者リオン・フィリップスであった。
    卒業論文は『職業選択に際しての一青年の考察』。「人間の職業は自由に決められる物ではなく、境遇が人間の思想を作り、そこから職業が決まってくる」という記述があり、ここにすでに唯物論の影響が見られるという指摘もある。

    全体的に素行不良な学生だったらしく、酔っぱらって狼藉を働いたとされて一日禁足処分を受けたり、上記の決闘の際にピストル不法所持で警察に一時勾留されたりもしている(警察からはピストルの出所について背後関係を調べられたが、特に政治的な背後関係はないとの調査結果が出ている)。こうした生活で浪費も激しく、父ハインリヒは「まとまりも締めくくりもないカール流勘定」を嘆いたという。

    ようするに放蕩児ですね!

  • 日本の経済学者(権威者)がイケマセン!

    お金とは何か。
    日本のジパングと言われた由来を含め、株式会社による近代産業の生成を含め。

    大事なのは『信用』である事を
    教えない
    経済学者は
    イケマセン!

    金子勝。浜のりこ等々、本当にイケマセン!

  • capitalismを資本主義と訳し、そんな国があると妄想した日本の権威が悪い。
    どうも、権威とは妄想を普遍化しようとする者のようだ。

    capitalとは首都の事です。

    ところが、University of Tokyoですよ。他はすべてNagoya university
    Hokkaidou university Simane universityですよ。

    こんな権威は本当に可笑しい、日本語だ!

    ケンブリッジと言えばケンブリッジのある市の事。
    そもそもuniversity ってユニバーサルな市でしょう。

    我が国の大学にて、なんで東大総長なの?
    日本中大学管理主権者(まとめやく)は学長でしょう。

    権威東大の前身は江戸の公的種痘所です。

  • 株について;
    株とは債権付の金券(契約文書)です。

    中国で資産17位の大株主の行方不明のニュースがありました。

    我が国では、仕手集団の親子の逮捕がニュースになりました。

    紙幣も株も契約文書金券です。

    契約も未来の話ですから、
    一寸先は闇の世界です。

    契約文書に捺印する時は契約内容を実見し検証しましょう。

    ブラック企業への就職は十分な注意、契約文書内容の確認が必要です。

    ・・・・・・
    ・・・・・・
    うまい話には用心。
    嘘か否かを確認・検証致しましょう!

  • 経済を考えるであれば
    まず、
    capitalとcapitalismの関係を検証すべきでしょう。

    capitalとはもともとは、首都の意味。
    capitalとはもともとは、元金の意味。

    ですから
    マルクスは狂った学者です。
    現金主義はあっても元金主義はありません。

    資本は資本。

    主義は主義。

    それをまともに受けた我が国の社会主義者たちは、妄想の上塗り、上書きをする亡者と言えるでしょう。

  • ドイツ経済学と言えば
    マックス・ヴェーバー(Max Weber、1864年4月21日 - 1920年6月14日)は、ドイツの社会学者・経済学者である。マックス・ウェーバーと表記されることもある(正式な名前はカール・エミール・マクスィミリアン・ヴェーバー (Karl Emil Maximilian Weber)。マックスはマクスィミリアンの省略形である)。同じく社会学者・経済学者のアルフレート・ヴェーバーの兄である。

    社会学の黎明期のコントやスペンサーに続く、第二世代の社会学者としてエミール・デュルケーム、ゲオルグ・ジンメルなどと並び称される。

    経済学者である以前に社会学者でしょう。

    ヴェーバーは、西欧近代の文明を他の文明から区別する根本的な原理は「合理性」であるとし、その発展の系譜を「現世の呪術からの解放(die Entzauberung der Welt)」と捉え、それを比較宗教社会学の手法で明らかにしようとした。そうした研究のスタートが記念碑的な論文である「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(1904年-1905年)である。この論文の中で、ヴェーバーは、西洋近代の資本主義を発展させた原動力は、主としてカルヴィニズムにおける宗教倫理から産み出された世俗内禁欲と生活合理化であるとした。この論文は、大きな反響と論争を引き起こすことになったが、特に当時のマルクス主義における、「宗教は上部構造であって、下部構造である経済に規定される」という唯物論への反証としての意義があった。

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