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  •  在米韓国人がアメリカでやっているインチキ慰安婦碑には「日本軍が20万人以上の女性と少女をを強制連行し性奴隷にした」と書き込まれているのですが、

    これだって、韓国国内ですら「それは勤労挺身隊の人数であって慰安婦の人数ではない」という指摘があるにもかかわらず、韓国政府や韓国メディアはウソを訂正せずに放置しています。

    ですから、韓国における反日教育では「日本軍が20万人以上の女性と少女をを強制連行し性奴隷にした」というウソが事実として一人歩きしています。在米韓国人も「事実ではない」ことを知っていながら、「日本叩き」にウソを使いまわししているんですね。

     韓国人によるウソの背景には、「日本人への劣等感とねたみ」があります。これは理性ではなく感情的なものですから、韓国人に理解させようとしても無駄です。結局は「韓国人は根っからの売春民族です。

    アメリカ人は、こんな下賎な連中と組するべきではありません」と言い続けるしかありません。

    在米韓国人による「日本叩き」は韓国企業の成長と連鎖していますから、最終的には、韓国企業の没落が、在米韓国人の資金源を絶つことになります。

    サムスンやヒュンダイはもうすぐ終わりますから、あと少しの辛抱ですよ。

     「なでしこアクション」さんは本当にがんばってくださっています。私は「なでしこアクション」さんの活動に感謝と敬意を感じていますが関係者ではありません。

    しかしこれからも、「なでしこアクション」さんの活動に感謝と敬意を持ち続けて行きます。

    それは「日本の子どもたちの未来を守るため」であり、「アメリカに暮らす日本人のため」でもあるからです。

     韓国人は救いようのないバカ民族です。韓国人には情けなど必要はありません。

    「韓国人は売春民族」「韓国人はウソつき民族」ということを世界中に広めればよいのです。

    そのためには日本人が力を合わせましょう!日本人の子どもたちの未来を守るために! 

     なでしこアクション →必読!「慰安婦を貶めるのは誰か?」

     毎月25日はグレンデール裁判を支援する日です

      新しいグルッポを作りました。もちろん入会しても何の得にもなりませんが・・・・
      「日本と日本人の名誉を守るためにアメリカで戦っている人たちがいる」

      そのことだけは忘れないようにしたいと思って作りました。
      ふるってご参加ください。目標は2万5000名の登録会員です!

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  • 当時、大韓帝国では最大の政治結社であり、会員数は公称80万人から100万人。日露戦争をロシアに代表される西欧侵略勢力との決戦とみなし、日韓軍事同盟でロシアの侵略を阻止しようと考えた李容九は、日本に協力し、日本の武器弾薬を北方へ輸送するために京義鉄道敷設工事をしたが、その工事に参加した一進会員は全部で15万人であったといわれ、また北鮮から満州へ軍需品を運搬するの業務に動員された会員は11万5000人で、あわせて約27万人が日露戦争時に一進会として活動したという話も残っています。

    宋秉畯は、日露戦争のさなか、日韓議定書が締結された約半年後の1904年8月8日に独立協会系の尹始炳らと共に、一進会を設立しました(当初、名称は「維新会」。8月20日に「一進会」に改名)。その後、もともと東学に参加していた宋秉畯は、東学の一部を引き継いだ進歩会を率いていた李容九と意見が合い、進歩会を吸収しました。ちなみに同年8月22日には第一次日韓協約が締結されています。
    当初、尹始炳が会長であったが、尹の要請によって李容九が会長に就任しました。

    一進会の設立当初、日本側の一進会への評価は低かったが、一進会の設立後、宋秉畯は当時の日本の大佐、松石安治に対し書簡を送り、現状の高宗およびその官僚主導では大韓帝国の独立・維持は困難であると説明し、また京義線敷設の協力をも申し出ている。当時の日露戦争においては、日本軍が物資輸送のため京義線の敷設を計画するが、日本軍の人員不足で計画が暗礁に乗り上げており、この際、一進会がこの敷設工事に無償支援し、会員14万人以上を動員した。さらに一進会は、日本軍の軍事物資輸送も支援に乗り出し、10万人以上の会員が自費で日本軍の武器、食料を戦地まで運んだのであります。

    1905年10月、日本政府は韓国保護権の確立の方針を閣議決定し、翌11月には伊藤博文を特使として派遣し、11月28日に第二次日韓協約の締結がおこなわれました。これに先立ち、一進会は1905年11月5日に「外交権を日本政府に委任し日本の指導保護を受け、朝鮮の独立、安定を維持せよ」という宣言書を発表しています。

    下は伊藤博文を歓迎するために一進会がソウル南大門近くに建てた奉迎門 ↓

    必読!「慰安婦を貶めるのは誰か?」   当時、大韓帝国では最大の政治結社であり、会員数は公称80万人から100万人。日露戦争をロシアに代

  • 韓国= いまは「売春婦の国」 昔は「慰安婦の国」

    普通の感覚からすれば、自分の恥部をさらけ出して騒ぐ立てる者などいないが
    韓国人は、まったく逆!
    クレージ―な民族! 哀れな民族だが自業自得だ! 勝手に野たれ死ねばぁで、それ以上かかわらないこと!
    それで終わり!

  • 「人類史上最悪の植民地支配」などと糾弾するほど日帝の支配が過酷なら一度くらいは銃をとって戦っても良さそうなものだが、結局、設立から終戦までの間やっていたことといえば、内輪でのポスト争いと中国政府へのタカリ、市民社会に対する強盗略奪、政敵の同じ韓国人の暗殺くらいのもの。

    一方、独立軍とか抗日パルチザンと称する集団の正体は、要するに満州の匪賊やソ連・中国共産党軍に所属していた韓国人のことである。「愛国心はならず者のなんとやら」とはよく言ったもので、強盗略奪が生業だった匪賊であっても「独立闘争」といえば名分が立ったのだろう。

    満州国軍官学校卒で朝鮮戦争の英雄である白善燁氏は当時を直に知る人物だ。元帥は「独立軍など見たこともないのに、どうやって討伐できるのか」と呆れている。

    もっと呆れるのは、韓国ではこの“独立軍”が日本軍に対して「青山里戦闘」なるもので大勝利したと信じられていることだ。実際には匪賊討伐の際に日本軍人に若干名の死者が出た事件だが、「日本軍に3千名以上の戦死者を出した」という嘘が定着している。

    必読!「慰安婦を貶めるのは誰か?」 「人類史上最悪の植民地支配」などと糾弾するほど日帝の支配が過酷なら一度くらいは銃をとって戦っても良さ

  • 日本の病巣の拠点とされてしまった島



    幽霊登録証が大量に存在



    ★対馬紀行 2012・春 
     信州大学 大串 潤児

    『上対馬町誌』によると、旧豊崎町役場書類には
    『昭和25年7月 情報簿 情報部』という綴りが
    あるそうで、1950年7月3日から8月1日までの
    この地域の「町内情報」が記載されているといいます。
    内容は例えば以下のようです。


    佐藤勝巳(現代コリア研究所所長)の著作
    【在日韓国・朝鮮人に問う】で、
    外国人登録証を所持している
    在日コリアンといえども
    不正な手段で入手した密入国者が存在し、
    ある時期、対馬には
    外国人登録証の製造工場があったといわれ、
    敗戦直後日本から帰国した在日コリアンが
    再度日本に手続きなしで入国する場合は、
    それらの人に登録証が売買され、そのため、
    幽霊登録証が大量に存在することを指摘している。

    ★「国境の島」 2013春 
     歴博対馬調査 その2
     信州大学 2013年04月05日
     
     
    芋崎砲台「オンドルの跡」

    海軍要港部(現在は海上自衛隊基地)がある竹敷の先、
    浅茅湾を守るために日清戦争期に構築された
    芋崎砲台を目指しました。

    砲台左翼の「棲息掩蔽部」は竹藪に覆われていて
    なかなか入って行けませんが、
    そこには
    「オンドルの跡」とされいてる遺構があります。


     
    日野義彦『対馬拾遺』には、
     対馬各地に残る
     「弾薬庫、兵舎等は終戦後
      隣の国から日本へ密航する人々の
      格好の隠れ場であった」  
    と記されており、その「記述を裏付けるもの」
    (『対馬砲台あるき放題』)とされています。

     
    対馬は、韓国領土ではなく
    韓国人の密航の拠点で
    偽造外国人登録証の製造工場があり
    敗戦直後日本から帰国した在日コリアンが
    再度日本に手続きなしで入国する場合は、
    それらの人に登録証が売買され、
    そのため、幽霊登録証が大量に存在する
    日本の病巣の拠点とされてしまった島だ!



    ★「対馬島を取り戻して来よう」
     ~韓国慶北道議会、
     日本の独島領有権主張に反撃?
     朝鮮日報(韓国語) 2012.08.26
     


    密航朝鮮人の隠れ家の痕跡

    芋崎砲台「オンドルの跡」 ↓

    必読!「慰安婦を貶めるのは誰か?」 日本の病巣の拠点とされてしまった島     幽霊登録証が大量に存在    ★対馬紀行 2012・春 

  • 朝日新聞はどうしてこうも、人をだますのか???

    犯罪の張本人

     基本的に帰国事業での責任は北朝鮮政府(金日成・金正日政権&朝鮮総連)が負うものと考える。場合によっては「人道に対する罪」という観点に発展する事にもなりうる。
    ただし、確信犯的(内情を知りながら)に協力した組織・団体・個人は最低限、道義的責任があるものと考える。

    朝鮮総連 寺尾五郎 朝日新聞のことである。

    共犯である朝日新聞はこういう記事を書いた。

    昭和34年(1959年)12月25日、朝日新聞朝刊、「ばく進する馬」北朝鮮

    “北朝鮮には戦争の荒廃と貧乏のどん底から立ち上がって、前途に希望を持った喜びが感じられる。衣食住がどうにか安定し、働けば食えるようになった朝鮮に、他国で苦労している同胞を引き取って、いっしょに働こうという気持ちが今度の帰還問題の底に流れている。

    もう一つ、千里の馬のけん引者はもちろん金日成首相。
    三日前、帰還者代表百五十人と向かいあった金首相はちっとも飾りけがなく、
    親切な町会長が隣近所の人と笑いながら世間話をしているようだった。



    ぜいたくはできない、が、心配するな。住むこと、食うこと、着ることは大丈夫だ。
    力を合わせてやろう。もっともっと良くなる」と微笑して話しかける。“


    偏向報道を得意とする朝日の記者ともなると、こんな北朝鮮礼賛記事を、恥ずかしげもなく平気で書いたのです。

    朝日は、一体こういう人々に、どう責任を取るつもりなのか。
    これは誤報ではない。明らかな虚報である。
    というのは朝日は戦後一貫して、共産圏の国々の真の姿を決して伝えようとはしなかったからである。



    北朝鮮に帰国して悲惨な目にあった人たちの問題でも、現在朝日は自社の責任を
    「日本のマスコミ一般」の問題にすり替えているが、韓国に亡命したチョンギヘ
    、という人は、韓国のジャーナリストに、このように言っている。

    「朝鮮総聯が、どちらにしても北を悪く言うはずがないと分かっていました」
    「総聯人士が北を褒めるのもやむを得ないとも言える。彼等は金日成の手先に
    すぎず、同族だし、初めは知らずにやったことです。


    「第三者である日本人記者が、権威ある新聞紙上で言うのだから間違いないだ
    ろう、と思ったのです。私たちはあの一連の記事に賭けて、帰国を決心したよ
    うなものなのです」

    必読!「慰安婦を貶めるのは誰か?」 朝日新聞はどうしてこうも、人をだますのか???  犯罪の張本人   基本的に帰国事業での責任は北朝鮮

  • >>1

    > アメリカ人は、こんな下賎な連中と組するべきではありません」と言い続けるしかありません
    それは無理でしょう。
    アメリカは彼らの人道に対する大罪(都市への無差別爆撃による非戦闘員の大量殺戮)を相対化する必要があるので、
    日本が悪者でなければ困るのだ。
    売春問題に過ぎない「慰安婦」は、アメリカにとって「強制された性奴隷」であらねばならない、
    という意識が働いている限り、アメリカは味方にはならない。(むしろ敵!)
    日本は、アメリカの残虐行為を事実として冷静に示しつつ、かつ講和条約で決着した問題として、
    彼らを責め立てたり謝罪要求などしないという態度で一貫すればよい。
    (謝罪で赦される問題ではない、アメリカは自責の念に苦しみ自らの歴史の愚かさを悟ればよい)

  • こういう人もいたのです!!



    日本と一緒に大東亜戦争を戦った朝鮮



    なぜ米国はこれほど徹底して朝鮮独立勢力を無視したのか?
    一つは韓民族としてまとまって国家を運営していく準備があるのか、という疑問があった。現実に「光復」後も朝鮮独立のリーダー達は内部抗争に明け暮れ、呂運享も、その政敵だった宋 鎮禹も、そして「暗殺の神様」と言われた金九自身も、政争の中で暗殺されている。

    まず陸軍中将まで栄進 した洪思翊。日本人部隊を率いて抜群の勲功を立て、軍人として最高の名誉の金鵄勲章を授与された金錫源・陸軍大佐。戦後 大統領となった朴正熙は、陸軍士官学校を出て、終戦時は満洲 国軍中尉だった。

    こうした人々の活躍に刺激されて、昭和18年には6千3百人の志願兵募集に対して、実に30万人以上の青年が応募し、 倍率は48倍にも達した。血書による嘆願も数百人にのぼり、希望が入れられずに自殺までした青年も現れて、総督府を困惑 させた。大東亜戦争に軍人・軍属として出征した朝鮮青年は合計24万人にのぼり、そのうち2万1千余人が戦死して靖国神社に祀られている。

    一命を捧げた人々の中には朝鮮出身者でありながら特攻戦死 した金尚弼ら14人、戦後に日本軍人らと共にインドネシア独 立軍に身を投じた梁七星、報復裁判で戦争犯罪人として処刑さ れた軍人、軍属147名などがいる。これらの人々はまさに日本の軍人と同じ悲劇を共に歩んだのである。

    「(日帝は)戦争協力のため韓国の人的・物的資源の収奪に狂奔した」と韓国の高校国史は書くが、目立った反乱もテロもゲリラ活動もストライキもなく、これだけの戦意の高揚を見せつけられれば、それをすべて日本軍国主義の強制によるものと見 なすのは事実として難しい。

    アメリカから見ても、韓民族は日本と一体となって、戦争に邁進していると見えたはずである。そういう民族を分離独立させたからと言って、すぐに連合国の都合の良いように振る舞うはずがない、と考えるのは、ごく自然だろう。ルーズベルトが3,40年の信託統治を考えたのも、十分理解できる。逆に、朝鮮総督府がアメリカの占領前に慌てて朝鮮を独立させようとしたのも、共に戦ってきた同胞としての信頼感があったからであろう。

    下は栄光に満ちた朝鮮人志願兵 ↓

    必読!「慰安婦を貶めるのは誰か?」 こういう人もいたのです!!     日本と一緒に大東亜戦争を戦った朝鮮    なぜ米国はこれほど徹底

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