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    田渕久美子氏のオリジナル脚本で描く大河ドラマ第50作。
    篤姫に続くヒットとなるか?

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    uas***** 9月16日 22:47

    「当初4回が20%を超えた『江』(2011年)も、実は11回目には15.7%と4分の1以上の視聴者を失うことがあった。『平清盛』(2012年)も、6回目には4分の1の視聴者を失った。如何に『真田丸』が善戦しているかがわかる。」(鈴木祐司2016年5月15日)


    持論に都合の良い数字だけをピックアップするトリックスター特有の手法ですね。さりげなく「平清盛」みたいな比較対象にならないドラマとあえて並べてみたりする印象操作法もえげつないですね(笑)。

    東日本大震災の影響でしかあり得ない15.7%のみをあえてピックアップして狙い撃ちしているのがまずゲスの極み。その一方で「真田丸」でピックアップするのは第5回と第18回のみ。印象操作だけを目的とした、考えられ得る最低最悪の分析手法であり、世の中の害悪でしかないですね。

    加えてダメ出しすると、上記は2月7日の第4回終了時点で書いた駄文の使い回しである。なぜ5月になって第18回まで比較し得る状況で「当初4回が20%を越えた」という文言を使い回したかというと、20%を越えた回がそれ以降も何度もあるという事実が持論を展開する上でこの上なく不都合だからです(笑)。第5回も22.0%なわけだし、最低でも「当初5回が20%を越えた」と言い直す必要がありますね(笑)。第8回も第9回も、そして第17回も20%を越えている事実をそのまま伝えればいいのに、それは都合が悪いからしたくないと(笑)。

    そして、鈴木くんが倫理的に絶対に許されないのは、上記発言に際して東日本大震災にいっさい言及しない手段に訴えたことです。これほど分析する上で無視できない、「無視することが絶対に許されない最重要な要素に完全無視を決め込んで涼しい顔をしていられる鈴木祐司くん」。

    事実関係さえ正確に伝えることも出来ない人がアナリストを名乗って、はたして数字の分析が出来るのか甚だ疑問ですね。今のところ何も出来ていないですけどね。結果に責任を持たないただの提灯記事ライターなら山ほど見て来たのでもう必要ないですけどね。

  • 鈴木祐司とかいうアホすぎる元NHK職員アナリスト(1)

    「では『真田丸』の勝因は何か。」(鈴木祐司2016年5月15日)


    (笑)
    5月の時点で早くも当選確実を出してるけど、大丈夫か、鈴木祐司くん?(笑)

    サッカーで前半終了前に勝因分析するバカな解説者がいるか?
    おまえは頭がおかしいのか?

    そんなことは絶対にないと思うけど(笑)、万が一にも「江」と似たり寄ったりの数字になったら「江」の勝因についても分析してくれるか?

    それだけ言い切ったからには最低でも年平均2%以上は上回って大差で勝てよ。

    そんなことは絶対にないと思うけど(笑)、万が一にも「江」を0.1%でも下回ったらNHKのスタジオで公開謝罪しかないな。金屏風も用意したろか?

  • アレに「大河俳優」の肩書きを与えるべく動いて腕力で捻じ込んだのは間違いなく高畑淳子。アレが入れあげてたお気に入りの女優もわざわざ役を設けさせてゴリ押ししたのももちろんそうでしょうよ。番組の私物化と言ってよいレベル。

    下品にドタバタするしか能がない、賑やかし要員でしかない端役の高畑淳子が急にいなくなったところで誰も気にしないし、その事情はみんな知ってるわけだから、勇気を持ってカットするべきだったと思います。不快な気分になって、そのあとのストーリーも頭に入ってこなかったくらい。これはもう現場レベルの判断ではなく会社組織トップの判断です。中尾彬も指摘していたし、私もそれに先駆けて指摘したけど「ペア」と捉えるべきです。

    昔、民放バラエティで高畑淳子がえらい剣幕で「江」の悪口垂れてたけど、もしかして出れると当て込んでたのに、断られてたのかもしれませんね(失笑)。大竹しのぶをはじいて北政所か。加賀まりこをはじいて大姥か。それとも鈴木砂羽がいちばんはじきやすいと思ったか。どれも考えただけでもゾッとしますよ。

    「江」は危うく難を逃れて上品に仕上がって良かった良かった(笑)。

  • 爽やかな方は「タカマツペア」(←日本の誇り)

    下品な方は「タカハタペア」(←日本の恥)

    パンパースみたいにうっかりクリソツのメトロンジュニアが映り込んでるかもしれないゾ!
    怖いもの見たさとあら探しの野次馬殺到で怒涛の20%越え連発なるかっ!?(笑)

  • 夢中で見入ってしまった真田丸『動乱』ですが、人がそれぞれの思惑で動いてそれぞれが成功したり失敗したりが絡まりあって歴史イベントが紡がれて行くっていう歴史のダイナミズムが上手く描かれていると思いました。

    正直、江の細々したエピソードなんかは完全に忘却の彼方なのですが(笑)、少なくとも重要な歴史イベントが近づくと歴史の都合で動かされてる感半端なかったのは記憶に残っています。
    なんというか重要なキャンペーンシナリオを皆で成功させようぜいっ!って感じ。勝者は勝者として、敗者は敗者として歴史イベントを盛り上げるような振る舞いで、イベントありきでイベントに向かって粛々とシナリオを盛り上げて進行していく感。

    必死になっているんだけど悉く空回りしていく三成の痛々しさやこの期に及んでも佐吉を何とかしてやりてぇと体当たりしていく清正と三成の噛み合わない歯痒さといった、それぞれが必死に考えている人々の気持ちや行動が絡まりあって関ヶ原へと繋がって行く今回の脚本は本当に見事だと思いました。
    今どこで何をしてるのか知りたくもないあのオバサンに三谷の爪の垢でも…、いや飲ませるのすら勿体ないね(笑)

  • オリンピックのハイレベルな真剣勝負がもたらすストレートな感動。
    ジャニーズの醜い内紛劇がもたらす強烈な不快感。

    これらに比べたら、もう「真田丸」のお笑い関ヶ原なんていまさらどうでもよくなってきましたね(笑)。
    裏切ってナンボの真田家も小早川も、リアリティにおいて木村プロにはとても太刀打ちできない。

    待たれるタカマツペアの凱旋帰国。
    これまた待たれる木村プロの凱旋帰国(爆笑)。
    わりとどうでもいい「真田丸」のコント関ヶ原。

  • 松本人志がワイドナショーで「その人はもうこの世にはおられない?」「どっかの芝生の下に?」と吉田○笑の安否を気づかっていたけど、実在したんですね(しかもリアルにブスなおばはん)。

    新潮ラズベリー賞の審査メンバー全員架空の人物かと思ってました。なにせ、審査メンバーの一人は匿名芸能記者という茶番企画だったし(笑)。

    で、今も実在してるんですかね?(爆笑)

    私、たけしの映画はわりと好きなんで、やっぱたけし応援するわ。ゴメンね。

    何も出来ませんが、せいぜいがんばれよ。

  • 「江~姫たちの戦国~」のポイント(4)

    「どうにかしたいことがあったら人はなんとかするものよ」
    「それでは徳川様も(妻子を殺すことを)自ら決められたと?」
    「無論じゃ。あの男は阿呆ではない。」
    「そんな・・・」

    こういうやりとりがあれば普通の子ならば、「徳川様はやさしそうに見えたけど冷酷な人だったんだ。伯父上がそう言うんだからそうなんだろう。」となり、家康とは自然と距離を置いて関わりを絶つ。

    しかし、江は違う。信長の説明を聞いたあとでもなお家康を不憫に思う自分がいたので、最後にはその気持ちを優先させ、自分の気持ちにのみ従って家康に慰めの文をしたためる。「(わしの言うことより)己を信じて思う存分に生きよ」というアドバイスも無意識のうちに守れており、信長を満足させる正解行動を選択できている。江がきっとそうするであろうことを信長は疑っておらず、江が家康と連れだって本能寺に来ると報告されても当たり前のように聞いている。宗易の「(ちょっと人に聞いたくらいで織田様ほどの格別なお方を知れると思うなんて)あんたさんは傲慢や」という苦言も同時に消化出来ている。

    一方で家康は安土で会って江を見知っているので、受け取った文があざといものではなく、心から自分をいたわるべく一生懸命書かれたものであることが瞬時に悟れる。人生最悪のとき、誰もが信長の目を憚って同情もない中で受け取った思いがけない織田家中からの文。しかも自分のために信長をわざわざ訪ねて問いただし、理解は出来なかったようだが、なお自分を信じてくれている。これは涙が出るほどうれしい。「心に染みた。是非京にお招きしたい。」となる。この瞬間、家康にとって江は特別な存在となる。その後の長きにわたる二人の関係の始まりは実に自然でさりげない。

    こうして秀吉、家康とぎりぎりの方法で互いの気持ちを確認し合い、いよいよ最後の難関、光秀編に突入していく。スピード感あふれるストーリー展開。いちいちセリフやナレーションでの親切な説明などしない。バカに媚びない。非常に優れた脚本演出です。

    それに比べて何もわからないくせに的外れなネガキャンを陰湿にいまだに繰り返すバカ、おにぎりおばちゃんことカトリーヌあやこの頭の悪さといったら救いようがないレベルです。

  • 「江~姫たちの戦国~」のポイント(3)

    「炎上する本能寺で、信長の前に幻として現れたり(「江[ごう]」です)、家康と一緒に伊賀越えしたり(「江」です)」(カトリーヌあやこ「週刊朝日」代表)


    要するに5年経っても何も理解していない上にしつこい。「筋金入りのバカ」、それがカトリーヌあやこである。

    なぜ、信長が築山と信康を殺せと命じたかというと、かつて秀吉にも同じようなことを命じたことがあったから。何故同じ手段で試したかというと、同じ力量だと感じていたから。他家にあって秀吉に匹敵する才覚の持ち主だと考えていたから。

    「安土での秀吉の猿芝居には気付いたな。小谷の顛末もすべて理解したな。猿はああしたがおぬしならどうする。どんな方法でも構わん。おぬしの精一杯を見せてみよ。なんなら同盟解消でも構わん。」

    求められるレベルは命を投げ出した秀吉レベル。信長にごまかしは通用しない。上の問いかけを十分理解した上での苦渋の選択。誰も信用できない戦国時代の過酷さは見事に、しかも簡潔に表現出来ている。単に調略して謀殺して磔にすればリアルだと誉めるのはK日太一みたいな単細胞くらいなもの。

    前に言いましたが、信長は光秀も秀吉もうまくいかないことを見抜いたまま死んだわけだけど、見抜いていたのはそこまでかというとそうではない。家康を秀吉に匹敵する力量の持ち主と捉えていたのだから、秀吉に取って代われるのは家康しかいない。そして、自分に似たところのある江が、築山殿事件を通して家康にとって特別な存在となっていることも知っている。

    「そちなら家康に何かしてやれるやもしれぬな。どうやらそち次第のようじゃな」と自分の夢を託す決定打となり得る人物の姿を最期に見るのは自然なことである。

    だからといって、信長が何でも見通す神のような存在かというとそうではなく、宗易から「せかれるお癖はちょっとも治られませんなあ」と小言を言われるほどに性急であったり、やり方が苛烈過ぎたり、何より己を神と称して身の程をわきまえなかったことから非業の死を遂げなければならない。

  • カトリーヌあやこ先生向け特別サービス

    「その瞬間流れる効果音は「ヒューッ」という木枯らしの音に「ワオーン」という犬の遠吠え。昭和です、昭和のお笑い番組です。」(漫画家&TVウォッチャーのカトリーヌあやこ)」


    信幸がおこうを押し倒すと同時におまえの好きな「ワオーン」来たぞ(笑)。
    よかったな。
    今年も記事にしろよ(笑)。

    おまえレベルの低いレベルで見てないから知らないけど、「ヒューッ」も探せばあるんじゃねえの?(笑)がんばれよ。

  • 吉田羊と向かい合って座っている高畑淳子の顔がデカ過ぎて、メトロン星人みたいでしたね。もはやヒトとは思えませんね(笑)。碓井広義っぽく言うなら「間にちゃぶ台置いちゃえばいいのに(笑)」。

    お梅ちゃんがどアップのスローでニタァ~と不気味なおかめ笑いをして、おかめ納豆パッケージの完全なる実写化に成功して以来ツボに来ました(昆布だし付き)。

    さすが「演技派女優」とか言われてるお二人。

  • 碓井広義上智大学教授の無責任発言再び(1)

    「『三谷流講談』が視聴者に支持されている」と、碓井広義・上智大教授(メディア論)は分析する。「虚実ない交ぜが講談の面白さ。歴史の真相は誰にも分からないわけで、〝史実〟を足場に説得力のあるジャンプをしている」。


    いい加減な人間ですよ(失笑)。

    虚実ない交ぜは大河ドラマも同じなので即ち「三谷幸喜の大河ドラマの出来が史実に即して素晴らしいので人気を博している」と言っているに等しい。

    ちなみに私はそこまで手放しで大絶賛するほど良い出来だとは思いませんけどね。

    碓井氏がこだわる昔の時代劇風のセリフ厳守の掟は端から完全無視。碓井氏がやり過ぎないようにと何度も心配して警告していた笑いやおふざけは清水ミチコの秀逸な一発芸を挙げるまでもなくとどまることを知らない。碓井氏が求める「男たちの骨太で重厚な大河らしい大河」(←失笑)とやらには露骨に唾を吐いている(男たちの大河が見たいなら女がキャスティングされてる時点でクレーム入れろ)。

    つまり碓井広義氏が気に入らないと批判してきたことは全部やっているわけですよ。公開の場でそのカビた古臭いセンスにケンカを売られているわけですよ。そんなドラマを碓井氏はどのツラ下げてこれほどまでに大絶賛できるんですか?(笑)ポリシーとか人間の尊厳とか何も持ち合わせていないのか?

  • >>5317

    やあやあお久しぶりです。
    今回書いてらっしゃる事は一から十まで全く同感です。
    伊達がわざと道化を演じまくって昌幸たちに担がれるのを回避したって事と、その事で内心は激しく忸怩たる思いがあるって事を読み取れないような評論家がいるとはねぇ…。

    しかし、江のスレッドで語るような話では無いんじゃ?

  • D門閣下の初歩的誤解(2)

    そしてもうひとつ重要なのは、伊達も昌幸あたりに担がれることは想定しており、それを迷惑がって警戒しているということです。

    超ハイリスクの株式投資勧誘はお断りと。政宗のずんだ餅大ヨイショ大会の真の狙いは、昌幸たちを失望させることで秀吉に忠誠を誓うところにある。だから、バカをやりながらも、昌幸たちがポカンと口をあけて自分に呆れている顔を実に冷静に観察出来ている。

    タラレバを繰り返す小さい男で、一世一代の大戦さが出来る器ではないのは確かだが、決してウツケではない。深い上に笑いも取らないといけない難しい役どころを長谷川朝晴という人は立派に演じたと思います。私は笑えました。

    伊達が片付いても、秀吉の仕事はまだ終わらない。続いて二段構えで、真田に小懸・沼田の安堵と徳川の与力解除の褒美をくれてやる。何かとやっかいな真田と、最も警戒する徳川の分断作戦に出る。そんなちょろっとしたご褒美で昌幸は当初の壮大な野望はどこへやら、満面の笑みになっちゃうところが少しかわいい。

    これで潜在的危険勢力の結束はバラバラである。今の秀吉の狡猾さは昌幸を寄せ付けないレベル。しかし昌幸は伊達と違ってしつこくこれからも狙い続ける(笑)。

    「せっかくの戦国時代」(笑)に戦上手の才能をもっともっと発揮したい、死ぬまで戦っていたい、死ぬまであれこれ良からぬこと(笑)を考えていたい懲りない性格の昌幸。ドロドロしていたであろう人物を軽やかな愛すべきキャラに仕上げてきた三谷と草刈のセンスはわりと好きですね。ドロドロをドロドロにしか仕上げられないやつはただの下手クソ。D門とかK日太一みたいな時代遅れの化石に絶賛されるのみであり、それは恥辱である。

  • D門閣下の初歩的誤解(1)

    「もう一つ残念だったのは、伊達政宗の扱いでございましょう。政宗は秀吉に屈し、ご機嫌を取るため仙台名物の「ずんだ餅」を作ります。政宗は非常にグルメで料理好きだったといわれていますが、ここまでするか、と。ついでに、秀吉も調子に乗って、一緒に餅つきをします。こうしたことがなかったとは申しませんが、ちーとがっかりします。どうせなら、ついでに仙台名物の牛タン(後年の名物ですが)をふるまったり、思いっきりの良さを発揮してほしいところです。」

    「牛タンが良かった」というつまらないギャグへの対処は小学生に任せるとして。

    問題なのは「秀吉も調子に乗って」という部分です。D門閣下の頭の悪さには「ちーとがっかりします」。

    秀吉はなんの得にもならない、疲れるだけのことをするようなお人好しではないです(笑)。やるからには意味があるんです。

    二人の仲の良さをこれでもかと見せつければ、昌幸のように良からぬことを考えているやつらの心も完全に折れると計算してのことです。

    良からぬこととは、伊達の出方次第で東の大名を工作して団結させ、徳川もその気にさせて、いっきに大阪城を攻め落とすというもの。

    同じく現代語を巧みに駆使して軽快にセンス良く仕上げていた「のぼうの城」では三成がこれから島左近を召し抱えるところで、「真田丸」では昌幸に戦術指南役を請い、昌幸も快諾したが、裏ではその三成もろとも秀吉を攻め滅ぼしてやろうと考えている(笑)。

    「それがしとていつまでも秀吉の下に付こうとは思っておりませぬ。」と氏政に告白した徳川も、ああ見えて狙っていないわけではない。上杉も心から従っているわけではない。

    その企みを秀吉はすでに想定して警戒していたということ。「伊達と手を結び、北条と手を組み、徳川を味方に引き入れ、いずれ必ず強大な敵となって殿下の御前に立ちはだかります」と殿下を恫喝して、自分の父親はそういう人間ですとヒントを与えちゃったのは天下無敵のみんなのアイドルの主人公なんですけどね(笑)。

  • 「茶々に「落城するところが見たい」といわしめたのは、小谷城、北庄城という過去の例とこれから起こる大坂の陣を予見しているのでしょう。」(D門)

    正確には「せっかく来たからには城が焼け落ちるところまで見ておきたいわね。」でしたから、このセリフを聞いて小谷城と北庄城をどちらも連想したということは、小谷城も焼け落ちたと普通に考えているという証拠です。爆焼先生が聞いたら大激怒ですよ。小谷城と墨俣一夜城は彼の人生最大のこだわりどころなんだから(笑)。

    「大河ドラマでは「新選組!」がありますが、こちらは合わずにすぐに見るのを止めました。」(D門)

    出来れば「真田丸」を見るのもやめてくれたら助かりますけどね(笑)。
    面白いと思うから熱心に見続けて毎週ダラダラとくだらないコラムを書き続けているんだろうけど、ドラマ評論家としての能力はあの明智憲三郎をはるかに下回ると言ってよい。

  • いやー、昔々のブックマークを何の気なしにクリックしてみたら、見覚えのある御仁がたった一人きりで裸踊りを今まで踊り続けていたと知ってド肝を抜かれたでござるよw

    しかも他人を悪し様に罵って僕がこの世で一番江に込められた深遠な演出意図を読み解けるんだという以前の病状は更に悪化の一途を辿っているようで心配でござる。

    老婆心ながら、真田丸の好調を江にあてこするように自分が邪推しているマスコミ(多分マスコミの方々は江に関しては忘却の彼方であろうと思われまする)に対して誰も見てない此処で一人で喚いているより、真田丸のスレッドで楽しく意見交換に参加してはどうであろうか?

  • 「「100万部&NHK大河ドラマ化」を目標に掲げ、「歴史工房」を設立して活動を始めて、ちょうど丸4年になりました。」(歴史捜査家←笑)

    嘘でも目標には歴史の真相追求と謳うべきですが、そんなことには興味はないという本音が出てて、きっと正直な人なんでしょうね(苦笑)。

    原文も読めない分際ではやく活動を停止してほしいものですが、爆商先生の「知識ゼロからのシリーズ」や「マンガでわかるシリーズ」などもはや寄せ付けない勢いと逞しい商魂は一目置くに値しますね。

    秀吉から秀頼よろしく時代考証の世襲を目論む爆焼家はトリックスターを退け続けることが出来るのか。それとも原文も読めないトリックスターにいつか牙城を崩されてしまうのか。巨大なおいしい利権(しかも責任皆無)をめぐる手に汗握る底辺決戦。大河ドラマそのものよりよっぽど面白いです。

    「私は拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』が大河ドラマ化されたら、ガラシャ役は是非とも黒木メイサさんにお願いしたい、メイサさんしかいない、と思っていましたが、ミムラさんにも心が動いてしまいました。」(歴史捜査家←笑)

    小学生が卒業文集で将来は総理大臣になりたいです、宇宙パイロットになりたいです、っていうのと同じ無邪気さに失笑を禁じ得ませんが。

    メイサもミムラももちろん無理だから、芦田プロ(←失笑)あたりでどうでしょう?これからスケジュールがら空きになると思いますし。

  • 「ただし、そこは三谷作品。女子や内輪の会話劇は現代語の三谷流、男子の会話劇は武家の格式重視の大河流とカラーと使い分けているように見える。」(ペリー荻野)

    「ドラマの研究をしています。セリフに現代語が多いと話題になっていますが、場面によって使い分けているように感じます。大名同士の言葉遣いは従来の時代劇のようですが、家庭内のプライベートなシーンは現代語にして、めりはりがついています。」(宇佐美毅)


    小日向がペリー荻野を嘲笑うかのように、
    「そうだよっ!」
    「めくってね、同じ札だったらもらえるんだ」
    「今の覚えてないとダメだからね」
    「もー、なんだよ、これぇー」

    新井や新納も続く。だいたいそういう「男女での使い分け」をしたとして、その狙いは何よ?女性蔑視か?(笑)

    「内話の会話劇限定」とか「家庭内のプライベートなシーン限定」というのも違いますね。たとえば第20話冒頭で信幸が離縁を切り出すところから真田家の内話のシーンが続くが、現代語を使うやつなどひとりもいない。「これ・・やめるか?」と昌幸がおちゃめに言ったけどこれ・・現代語というわけでもないし(姉上が「でも」って言ったけど碓井広義氏は今年に限って不問に付すんですかね)。

    「清州会議」で柴田勝家が秀吉に向かって「聞いた?」、市に向かって「祝言いつ頃にしようか?あっちで話そう、おいで!」と言ってたでしょ?

    女子限定とか大名同士とかぜんぜん関係ないでしょ?始まる前から分かっていたことですよね。

  • >実写版リアルおかめ納豆純情が見せ場も作れず退場して、入れ替わりに竹内結子と鈴木京香が登場。これで画面が格段にきれいで華やかになるわけで、視聴率的には大きなプラス要素でしょうね。


    と以前に書きましたが、

    おかめちゃん(おうめちゃん?)は鈴木京香のルックスと演技を見て、いかに自分がチンケな存在でちんちくりんでおかめか一度自覚するべきですね。なんだか激しく勘違いしたすかした演技してましたけど。

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