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  •  A級戦犯の一部は、国内法上は赦免されたと言ってもその行為は日本国民に対する背任であり、神として「祀る(神として崇めるの意)」に値しない。彼らには、戦況の悪化に伴う天皇の早期戦争終結の聖断さえ受け入れずに戦線を拡大し、被害を大幅に拡大した為政者としての結果責任がある。粉飾決算の挙句、大きな負債を抱えて倒産した企業経営者と同じで、結果責任を負うのはトップの定めである。真の戦況を国民に伝えなかったことに加え、捕虜になることの恐怖を吹聴し、市民にまで自決や徹底抗戦を強いたことは、国民(特に沖縄県民)に対するとてつもなく卑劣な背任行為である。
     かつて小泉元首相がおっしゃった「罪を憎んで人を憎まず」には賛同する。彼らは、戦前の思想教育に洗脳され、時代の波に翻弄されたある意味被害者でもあるからだ。ドラマで、死亡した凶悪犯を刑事が「仏さん」と呼び合掌するように、死者に対しては分け隔てなく霊を慰めるのが日本人の心である。しかし、上述のように神社に祭るという行為は「神として崇める」ことを意味し、慰霊とは程遠い。墓や寺では静かにうつむいて合唱するのに対し、神社では柏手を打って天を仰いで拝礼する、この拝み方の違いからも理解できよう。私は、決断の遅れから戦禍を拡大した為政者をけっして崇拝する気にはなれない。

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    777 2015年2月7日 15:39

    A級戦犯は昭和天皇の指示通りに動いていただけだから責任も罪も無いよ

    それから神道で神として祀られるのは恨みを持って死んでいった怨霊だけだからA級戦犯では神になる資格はない。

    まあ、靖国は神道ではなく道教系のカルトだから関係ないけどね



  • ゴマすり東条さんは必ず毎日三回は昭和天皇の所へ御用聞きに顔を出していたんだな。
    それである日、昭和天皇が真珠湾を攻撃しろと言ったんで、へいへいとその通りにしただけという話:


    御文庫といって天皇の宮殿の地下深くに御文庫を作り

    そこに大本営を置いて天皇が参謀たちを集め図面を置いて

    毎日毎日、今度はここ行けここ行けと指図をするわけ

    それを指図ができると東条英機が受けてですねやるわけです

    だから参謀たちが天皇を大参謀に、参謀たちが戦争計画を作り、それを東条に渡すわけです

    東条英機は大文庫に、御文庫の中には入れないわけです

    他の連中も

    そういうシステムで戦争が進んでいく訳です
    http://www.youtube.com/watch?v=eugXzHoKnes



  • 原書房という東京の小さな出版社が、戦時中の陸軍参謀総長、杉山元〔はじめ〕大将が1940年から44年に書きとめた備忘録〔『杉山メモ』〕を出版した。これは、日本国家の最高位の軍事将校による歴然たる手書き資料である。杉山は日本が降伏した1945年に自殺しており、彼の記録を装飾する機会はなかった。記録のほとんどは、無味乾燥な軍事的詳細か、さらに単調な軍事用語で満たされていた。しかし、そのうちのいくつかは、裕仁との会話の言葉どおりの記述である。

    それらは、裕仁が、真珠湾攻撃の数ヶ月前、軍事的、経済的計画について、詳細な質問をしていることを記していた。

    それは、マッカーサー将軍が語ったという、裕仁が戦後将軍に告白した――1941年にはすべての軍事的、経済的事柄については無知であった――という発言と真っ向から食い違っていた。

     最も驚くべきことは、1941年1月、対米戦勃発の11ヶ月前、裕仁が独自に、真珠湾への奇襲攻撃のフィジビリティー調査を命じていることを、『杉山メモ』が記録していることである。

    それ以前では、欧米の歴史家は、少なくとも1941年11月までは、裕仁は真珠湾奇襲攻撃計画については何も知らなかった、と信じていた。1941年当時の侍従長、鈴木貫太郎は、戦後、裕仁は真珠湾攻撃計画については、それが実行されるまでは知らなかった、とはばかることすらなく記している。

     『杉山メモ』はまた、裕仁は、真珠湾計画に、彼の公式軍事輔弼がそれを告知される丸六ヶ月前の段階で、参加していたことを明らかにしている。極東国際軍事法廷の連合軍判事たちに提示され、また、宣誓のもとでの目撃証言や緻密な調査によって検証された証拠は、裕仁を戦争にまで引きずり込んだとされる「軍国主義者」の誰もが、1941年8月まで、真珠湾計画を知らなかったと結論ずけている。http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_04_choshakara.htm

  • 日本は無条件降伏まで十分時間があったから、政府総動員で偽造の歴史を作ったのは有名な話だよ

    真実を教えてあげる:


    昭和天皇は若いころから、宮中の書斎にはナポレオンの胸像が飾られていた(有名な話らしい)。パリを訪問したときに土産として自分で買ったもので、珍重していた。

    「ナポレオンの軍隊は安上がりの徴集兵で」彼は「この軍隊を愛国心に燃える兵隊の群れに仕上げた。日本の軍隊は葉書一枚で徴兵された“民草”といわれる安上がりの軍隊で、ナポレオンの軍隊以上に愛国心に燃えていた。

    ナポレオンは補給のほとんどを現地補給とした。天皇の軍隊はこれを真似た。

    ナポレオンは参謀部をつくり、機動力にまかせて、波状攻撃を仕掛けた。天皇は大本営を宮中に置き、参謀部の連中と連日会議を開き、ナポレオンと同様の波状攻撃を仕掛けた。」

    「あの真珠湾攻撃は、そしてフィリピン、ビルマ、タイ…での戦争は、ナポレオンの戦争とそっくりである。」と鬼塚氏は書いている。そう言われれば確かにそうだ。

     つまり、昭和天皇はナポレオンを崇拝し、彼にならって大戦争を仕掛けるという壮大な火遊びをやったのである。真珠湾攻撃が「成功した」と聞くと、狂喜乱舞したと言われる。2・26事件当時の侍従武官・本庄繁の『日記』には、天皇がナポレオンの研究に専念した様子が具体的に描かれているそうだ。

    終戦の玉音放送が流れる日の朝、侍従が天皇を書斎に訪ねると、昨夜まであったナポレオンの胸像がなくなっており、代わってリンカーンとダーウィンの像が置いてあった、と…。
    http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/bd61d9d5c3085df3fddc6adf68c4c7d2

  • 【政府(外務省)の公式見解はご存じ?】
     靖国参拝や東京裁判についての政府(外務省)の公式見解をご存知ですか? ブログなどで個人的見解を述べるのは自由だが、政府や総理を批判するなら、この公式見解に対する批判、あるいは公式見解と矛盾する言動に対する批判でなければなりません。
     外務省のオフィシャルサイトから「靖国神社参拝に関する政府の基本的立場(平成17年10月・小泉政権下)」が、各国語で発信されている。
      外務省トップページ>各国・地域情勢>アジア>歴史認識
    そこでは、参拝の対象を「祖国のために心ならずも戦場に赴き命を落とさなければならなかった方々」とし、「A級戦犯のために参拝しているのではなく」と明言している。また「日本が極東国際軍事裁判の結果を受け入れている」とし、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」ことも認めている。安倍総理は、平成25年12月の参拝の際「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して」とは言っているが、A級戦犯、東京裁判、侵略の有無等については言及していない。しかし、平成26年3月の予算委員会で「村山談話、小泉談話を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる。」と述べていることから、上記小泉政権下の政府見解を踏襲していることになる。ただし、自分の言葉で改めて述べないのは外交上の建前であって、本心とは異なるためかもしれない。
     以上のことから、A級戦犯合祀は個人的に参拝しない理由にはなっても、総理の参拝(代理といえど「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳)を批判する直接の根拠にはなり得ません。批判するのであれば、「合祀されているA級戦犯だけを除外しての拝礼は、神道の教義上不可能」と言わねばならないが、総理は、政教分離に抵触しないよう「宗教を超えた拝礼で神道の教義にはとらわれない」と反論されるでしょう。このような論理は、中韓は元より、欧米にも理解されにくいでしょう。

  • 【朕は汝らの大元帥】
    中学生にまで「教練」で暗記させた『軍人勅諭』の一節。教練の点が悪かったら、軍刀下げられる将校への道はなし。
     ヒロヒトは若者の神風特攻を知りながら、ユダヤ資本に国民や占領地中国人から略奪スイス預金を贈呈、助命嘆願しながら降伏交渉とは。ユダヤ資本のお蔭で皇族で一人も戦犯も戦死者もいないとは。
     北朝鮮の金天皇家もこのヒロヒトと同体質でしょうな。豚のように肥えた北の天皇、国民から餓死者がいるのに。ヒロヒトのカミさんも豚太りでしたな。「朕はたらふく食っている。汝臣民飢えて死ね」そのころ中学生の厭戦歌が流行りました。
     兵士をシベリヤにやりながら満州からトンズラの竹田の親父などもA級戦犯だった筈。竹田の一族は、頭を丸めて、シベリヤの野に眠る兵士の慰霊がなすべきことだ。

  • たった70年前、こんなことが実際に起きたのか!!!
    観念論の改憲論議だとかバカウヨクの自慰史観だとかバカバカしくて聞いてられない!

     22:00- NHKスペシャル『狂気の戦場ペリュリュー』

     ペリリュー島の悲惨な戦闘の実写映像!



    右翼や保守、ネトウヨ、自民極右議員、安倍、閣僚のマヌケな戦争賛美とか愚かしくて聞いてられない!
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  •  神仏合体について:神道(神社)は日本古来の宗教であり、後に伝わった仏教(寺)がそれに融合し共存共栄の状態になったのが神仏合体(神仏習合)である。明治以前の神仏合体の社寺では、一つの境内に神職と僧侶が同居または兼任していたが、神事に唱えられる祝詞(のりと)と仏事に唱えられる経の内容を比較すれば、同居しているだけでまったく別の宗教であることが分かる。祝詞は神徳を称え、崇敬の意を表する内容を神に奏上しもって加護や利益を得んとする文章(Wikipedia)であり、靖国の場合、仏教には無縁の純然たる神社であり、ご神体である英霊(神化した霊)に崇敬の意を表しているのです。
     A級戦犯の「一部」としたのは、為政者(最高責任者)は結果責任を負うべきだ、と言う意味です。国民にあれだけ大きな被害を与えながらだれも責任を取らない、こんな無責任体制があってよいものでしょうか? なお、昭和天皇はヒットラーのような独裁者でなく、軍が実権を握っていて天皇の意志通りに動かなくなっていました。さらに、私は「A級戦犯(の一部)を許さない」とは言っていない。すでに刑は執行されており、赦免にもなっている。分け隔てなく霊を慰めるのは人間として当然だと言っているのです。ただ「神として崇拝する気にはなれない」と言っているだけです。

  • 愚帝こそ最高の戦争犯罪人だ。自分たちの身が危うくなるまで、サイパン、沖縄、広島長崎で国民を死なせ
    竹田の奴め、満州から飛行機でトンヅラ。キ奴こそヒロヒトと共に絞首刑に値する。朕は汝らの大元帥なるぞ、とホザクなら、国民を救うためか、国民に詫びるため切腹でしょうが。国民が飢え死にするのにドラム缶に米を窒素ガスで保存し・・・酷い天皇家は追放だ。シベリヤで兵士の味わった苦痛を竹田の倅どもしなされ。

  • いまこの平和な時代に守られて生きる現代人とは状況が違っていただろうし、平和な時代の人間が戦時中の人間のことがわかるわけがない。
    歴史になってから、いまさら断罪を煽ったり、ああすればこうしていればと言っても変わらないから歴史なんだ、後世の人間は受け入れるしかない、過去ばかり振り返らず前を向け。

  • 昔、村八分と言うことが有りましたがその方が亡くなられたら全て許し神として祀った習慣は何としますか?確かに遣った事は許されることではないのですが戦犯として処刑されてしまったのです。許してやっても良いのではないでしょうか?靖国にもこのことが関係します。

  • あの時代は世界秩序がなかった時代だから、第二次大戦前はアジアで植民地になっていないのはタイと日本だけだった。
    欧米列強の植民地支配を逃れ独立を護るための戦い、自国が肥えるために強い国が弱い国を植民支配するのはまかり通っていた、負ければ植民地にされた。
    戦線が拡大していったのは、石油や鉄など経済制裁を受けたため自力で調達するしかなくなった、日本が戦線拡大していくなか植民支配の流れは変わり独立していく流れになった。

    敗戦し戦犯となった、その戦犯と言われる人達も日本という国の為に自ら進んで戦って死んでいった人達、犠牲になったのではなく国を護るために命を掛けた。
    後世の人達にあれやこれや言われる為に戦ったのではない。

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