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  • 今をさかのぼること三十年前
    あたかも寝静まった世間をはばかるかのように
    日曜の深夜にひっそりと始まる音楽番組がありました。

    そのひそみにならって、今宵、トピックを立ち上げる次第です。
    基本的に私の独白トピであります。私の心にとまる音楽を毎回提示
    するつもりです。まず音楽そのものをお聴き下さい。もし、お心に
    とまったなら、つぶやき程度にメッセージをいただければ幸いです。

    はばかりながら、この音楽館の舞台番を務めさせていただく所存です。
    もしよろしければ、私のことは「館長」とお呼びいただきたく。それ
    では、真夜中のコンサート、開幕の運びです。ごゆっくりお楽しみい
    ただきたく…夜のしじまのささやきがあなたのお心に届きますように。

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  • 【モーツァルト 歌劇「ドン・ジョバンニ」 ドンナ・アンナのアリア】

     今から四半世紀前、NHKで「アインシュタインロマン」という番組があったのですね。そのテーマ曲がこれでした。モーツァルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」のアリアか何かだとは気がついていたものの、それ以上は調べようという気はなかった。まだネット時代ではなかったからね。このトピックで以前言ったけれど、タルコフスキーの「惑星ソラリス」の元曲は何か、ということもなかなかわからない時代だった。幸運なことに、「アインシュタインロマン」の映像をアップしてくれていた人がいたのですな。以下にURLを明記します。もう失われてしまった映像が見られるのはうれしいですね。

    https://www.youtube.com/watch?v=urWapSUTifw

     さて、その原曲なんですが、女が恋人に父親の復習を迫るという、何だか生ぐさい状況らしい。ああ、いかにもオペラだな、という実感しかないけどね。何でこうオペラというものは無駄に劇性を追求するものかな、と思ったな。まあ、それが十八世紀から十九世紀の価値感なんだったろうと思うけどね。では、その原曲のURLを掲示いたす。

    https://www.youtube.com/watch?v=ksRLR4NEAng

  • 【ドビュッシー 「ベルガマスク組曲」第三曲「月の光」 &フォーレ「二つの歌」第二曲「月の光」】

     はしなくも、同じモチーフによって作曲されました。もちろん、ポール・ヴェルレーヌの詩が元ネタです。ドビュッシーのピアノ曲は誰でも知っていますよね。当節はラジオ局も24時間制になっちゃったけど、栃木放送のエンディングテーマがこれだったような記憶があるのですが、どうだったか今となっては定かではない。この曲が流れたのは午前零時だと思いますが、まだ私は二時間くらい睡魔と闘って頑張らなければならなかったのです。どこのラジオ局で放送していたのか記憶にないけど、1978年、「宇宙戦艦ヤマトと仲間たち」というラジオ番組があったわけだ。パーソナリティは西崎義展氏、御自ら担当した。問題はこの番組は定期番組とは言えなかったということです。例えば、野球放送が長引くと、それだけしわ寄せを食うわけです。散々待っていて結局放送しないなんてこともあった。だから、留守録では対応できないんです。半年の間、日曜日の夜にそういう苦役が課せられたということですね。

     さて、もう一つの苦役なのですが、私はかつてフランス語の学生でした。卒論担当教授の専門が象徴派詩だったんですよ。ヴェルレーヌがその典型だけどね。で、来週までに「月の光」をおぼえてきて暗誦しろ、とほざきやがるのよ。私はその頃は新幹線通学に切り替えていたので(事実です)、電車の中でフォーレの歌曲集の原詩を見ながら必死でおぼえていましたよ。ふたを開けてみれば、バカ正直におぼえてきたのは私だけ。ほかの連中はほとんど真に受ける者はいなかったそうです。二流大学では真面目な者ほどバカを見る。適当にスーダラこいているやつのほうが楽に生きられるということです。ということで、今回は二つの曲を併記する次第であります。ところで、私の卒論テーマは「社会主義の軍事理論の変遷」とでもいうべきものです。象徴派詩とは何の関係もないんだけどね。


    https://www.youtube.com/watch?v=F9wtgJ8CUYo

    https://www.youtube.com/watch?v=amyVeo2vGTg

  • 【ルロイ・アンダーソン 「トランペット吹きの休日}】

     この曲、有名だから結構耳にした人がいるでしょう。私が食料品を調達してくる近間のスーパーではなぜかこの曲を時折流すんだよな。意味は不明です。アニメの「鉄腕アトム」の主題歌を流すこともあるけど、これまた選曲理由は不明。ともあれ、曲名とは裏腹に、この曲に臨むトランペット奏者は死ぬような目を見るようです。だって、初めから終わりまで吹きまくっているもんな。曲に象徴的な楽器というものがあるもので、その意味ではルロイ・アンダーソンはかなり遊んだほうでしょう。タイプライター…こんなもん、誰が楽器になり得ると思うだろうか。ところが、こいつを主役にして軽妙な曲に仕立て上げてしまうところが才能なんだろうねえ。象徴的に一発だけ出現する楽器というものがある。例えば、「悲愴の銅鑼」です。チャイコフスキーの交響曲第六番「悲愴」のフィナーレ近くで一発だけ鳴らされるんですね。パイプオルガンってのもあるね。リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」…冒頭に象徴的に登場するけど、後はまったく出番がない。オンド・マルトノという電子楽器を使ったことのある作曲家もいる。池辺晋一郎です。そんなの聞いたことねえ、と言われる方もいるかも知れないが、おそらく知っているはずです。1987年の大河ドラマ「独眼竜政宗」のメインテーマとして。ピアノだって当時は先進的楽器だったからね。

    https://www.youtube.com/watch?v=yEQcRLz4fHc

  • 【フランツ・ヨゼフ・ハイドン 「世界に冠たるドイツ」】

     といっても、ハイドンの時代にはまだ「ドイツ」という国体は存在しなかった。19世紀においては、あくまで「オーストリア=ハンガリー帝国」の国歌として位置づけられていました。すなわち、ハプスブルグ家に対するヨイショ歌みたいなもんだわな。ともあれ、現在の「ドイツ連邦共和国」の国歌の元ネタはハイドンがつくったんです。その時々の歴史によって、歌詞が変わるということはありますけどね。実際、ハプスブルク時代のこの歌も歌詞が現在のそれよりかなり違っています。「ドィチュラント ドィチュラント ユーバーアレス ユーバーアレス イン デア ヴェルト」というのが一般的な歌詞ですが、その昔は違っていたようです。というわけで、元曲はハイドンがつくったという点で一応かろうじてクラシックと言えると思う。反意のある方には戦う用意があるのでご遠慮なく。よそで「ラ・マルセイエーズ」をネタにしたものですから。

    https://www.youtube.com/watch?v=yC49yQII574&list=RDyC49yQII574#t=4

  • 【レスピーギ 「リュートのための古風な舞曲とアリア」】

     クラシック業界には奇妙なテクニカルタームがあるようで。要するに、曲名を略してしまうのですね。「メンコン」と言えば、かの有名なメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。「モツレク」と言えば、モーツァルトのレクイエムのこと。「弦セレ」と言うと、チャイコフスキーの弦楽セレナードのこと。それなら、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は「ベトコン」とでも言うのか、と素朴に思いますが、そう呼ぶのだそうです。「ベトコン」という言葉からヴェトナム戦争を想像すること自体、発想が古いのだろうか(笑)。ともあれ、これ、長過ぎるから略して欲しいと個人的に思っているのが今回取り上げる曲であります。訳としてはまったく間違っていないんだけど、とにかく長い。しかも、略しようがない。同じように略して欲しいのに略しようがないのが、フランスの作曲家、ヴァンサン・ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」ですね。音楽辞典で原語を確認したけど、これまた訳は間違っていない。と同時に、略しようがないのですね。ただ、「山人」という言葉の原語が「montagnard」であることが引っかかった。フランス革命当時「モンタニャール独裁」という言葉があった。テロルという手段で政敵を粛清して恐怖政治を敷いた一派でした。まあ、そんなことはどうでもいいや。ともあれ、聴けばわかるように「リュートのための…」は確かにいい曲なんですが、いかんせん曲名が長い。それとも、すでにこの一件は解決済みなのだろうか。

    https://www.youtube.com/watch?v=r3DkFl-ByHM

  • 【チャイコフスキー 歌劇「エフゲニー・オネーギン」 ポロネーズ】

     かつて申し上げた通り、「ポロネーズ」とはポーランド王国華やかななりし頃の宮廷舞曲のことです。まあ、ショパンのポロネーズはその精神を受け継ぐ楽曲ですが。で、「タンタタラーン タタラタンタタラーン」というリズムの曲がいったい何のか、私はその昔さがしていたのですね。1990代初頭では、インターネットもない、当然ながらユーチューブもない。あったところで、曲名がわかんないんじゃ話にならない。ともあれ、1990年代半ばにあるきっかけでわかったらしいのですね。気になる曲だけど、何という曲なのかわからない、という事例は、私の場合ほとんどないのですが、そのまれな事例として、本件を呈示する次第であります。以前は、ドリーブの「コッペリア」と間違えたもんな。全然曲想は違っていたのですが、リズム感覚が似ているような気がしたものですから。今考えてみれば、共通するものなんかからっきしないものな。

    https://www.youtube.com/watch?v=4Um3wUL-pxw

  • >>67

    館長さん、おはようございます。

    フジコ・ヘミングさんをウィキってみました。
    以前から、おいくつの方なんだろうと思っていましたが。。。不詳でした汗

    >だが、人生の後半戦でも大逆転はないことはない…ということを、このピアニストは示しているように思う。我が同胞よ、あきらめるな。今、苦境にあっても命あれば先がある。…

    フジコさんの人生をたどると
    なんだか奮い立ちますよね。
    つらい日々がいつまでも続くわけがないと信じたい。
    館長さんのお気持ちが、つらい日々を過ごされている方々の心に届くといいですね。
    がんばりましょう、今日も。

    ご紹介、ありがとうございました。

  • 【リスト 三つの演奏会用練習曲 第三曲「ためいき」】

     私も見た…と言うより、長らく録画を持っていたのだけれど、1999年、NHK教育において、ある番組が放映されたのですね。それがきっかけとなって、そのピアニストは奇跡の復活を遂げた。ピアニストの名前はフジコ・ヘミング。まさにそのご当人が弾いているこの曲ですが、さらに年月を遡って1984年。大林宣彦監督の下で「姉妹坂」という映画が公開された。このテーマ曲がリストの「ためいき」だったんだなあ。しかし、表題はともかくとして、私には大河の流れという曲想に聴こえるんだよな。五木寛之の名著に「大河の一滴」というのがありますね。生きることがどうしてこう苦しいのだろう、とふと考える向きもあると思う。そうなのだ、我々は生きながらにして地獄に生きているのだ。もしそうではないというやつがいるとすれば、それは他人の幸福を掠め取って生きているに過ぎない。当然ながら、これらのやつ輩には死後、本物の地獄が待っていると言うべきでしょう。そういう死後裁かれる悪者どもなどどうでもいいが、生きている限り苦しさを味わっている我々はどのように自分の人生を考えたらいいのだろう。私も自分の人生を肯定できないのですよ。「こんなはずではなかった」と思うことは、自分の意志ではどうにもならないことばかりです。愚痴っぽいことを申し上げましたが、この世の中は生きづらいものだな、と考えている人々に呈する次第です。

     だが、人生の後半戦でも大逆転はないことはない…ということを、このピアニストは示しているように思う。我が同胞よ、あきらめるな。今、苦境にあっても命あれば先がある。…なんて偉そうに演説こいているけど、私自身が絶望に押しつぶされそうな日々なんだよな。生きることに意味を感じなくても生きねばなりませぬ。辛いですけどね。

    https://www.youtube.com/watch?v=e0Da2iepL38

  • Superfly

    掟破りの非クラシック書き込みです。
    本日、BSでSuperflyが唄うカバーが聴けるとの事で楽しみにしていたのですが
    選曲がマニアック過ぎて・・
    桑田の曲「Blue~」は知ってはいるけど、もうちょっとメジャな曲があるだろ?
    竹内まりやの曲に至っては本人の作曲でもないし、全く知らない。すでにタイトルも忘れてしまった。
    陽水にしたって「帰れない二人」は良く知ってるけど、一般的にはどうだろ?それとキーが高過ぎる!

    Superflyのカバーでは「Rhiannon」が良い!Fleetwood Macの古き佳き歌であるが
    どんな曲もオリジナルは超えられない(イメージが出来上がってるからかも)と信じてる私に
    例外を呈してくれた1曲です。「飾りじゃないのよ涙は」のSuperflyもなかなか良かったし、
    かなり期待してたんだよ~本日の放送には。かなりがっくし。

    そう言えばライヴなんて全然行ってないなぁ
    Latest読書だったら、今日読み終えた「偽りの墳墓」(鮎川哲也)だけど
    Latest映画(劇場)は調べてみたら昨年9月の「るろうに剣心」だった
    そしてLatestライヴは日本ガイシ(名古屋)でのSuperfly
    もう何年前なんだろ??
    絵画展もご無沙汰(Latestは昨年秋のジョルジョ・デ・キリコ展)だし、
    アカデミックな生活してないなぁ・・

  • 【チャイコフスキー バレエ組曲「くるみ割り人形」 花のワルツ】

     さて、どうもこのところネタがないので、私自身がネタになるしかないか。ここだけの話であるが、三十有余年前に、禁断の代役を務めたことがある。何となれば、花のワルツの一員の一人が、公演前に急性虫垂炎を起して救急車で運ばれたのですな。誰かが彼女の不在の穴を埋めなければならないのですが、貧乏バレエ団なるがゆえに、そう簡単に右から左へ人を移すことは相ならぬ。結局、そのお鉢が私に回ってきたんだよな。ようござんすか、れっきとした男を女装させて「花の精」にしたてあげなければならないくらい事態は逼迫していたのであります。拒否することもできるけれど、その場合、公演自体が成り立たなくなる。なぜか私は大東亜戦争当時の特攻隊の心的態度に思いをはせたのですな。要するに、意に添わぬことでもやるしかなかったのです。ほとんど即席で「花のワルツ」の振りつけをおぼえ、合わない衣装に自分を合わせ、何とか自分を「花の精」に仕立て上げたのでした。幸いなことに、花の精のチュチュは比較的、丈が長かったのです。これが「白鳥の湖」だったら、かなりやばかった。結果を申し上げるなら、バレることなく公演をまっとういたしました。バレたら「金返せ」という事態になり兼ねない。と同時に、人間の認識なんて怪しいもんだ、と思いました。「女装バレリーナ」なんかいるはずがない、という意識が元々あって、少々違和感をおぼえても(それはどうかわかりませんが)、気のせいだろう、と思ってくれるようです。問題はですね、話を聞きつけたほかのバレエ団からも誘いがかかったということです。人材不足という点では中小バレエ団の内実はどこも同じです。恥かしながら、求めに応じて、ショパンの「レ・シルフィード」、ドリーブの「コッペリア」などに代役として出演した次第であります。もちろん、女装バレリーナとして。本来の性では価値がないのか、という懊悩もあり、思うところあって、私はこの世界から足を洗った次第であります。

    https://www.youtube.com/watch?v=aEcYvyf6xr4

  • >>62

    【マーラー 交響曲第八番 変ホ長調 「一千人の交響曲」】

     1980年代の初頭、私はこの曲を携えて(カセットテープにダビングして)お江戸に向かったのでありました。これから十日ほどお江戸に滞留して、あちこちの大学の受験に臨むことになっていました。惜しむらくは、その時の私の心的態度は決して必勝を期してのことではなく、「どこでもいいから入れりゃいいや」という軟弱な態度だったのですね。十日間で八校受験するのですから、かなりスケジュールはタイトでした。その疲れを癒すかのように、宿のテレビの横っちょに設けられていた金属製の箱の中に百円玉を投じて、いけない映像を見ていたのがいけなかったのかなあ。結果として、伊豆に島流しに合ったのはこれまで申し上げている通りであります。ほとんど毎日、受験があるんじゃ、勉強している余裕はなかったけれど、エッチビデオを見ていたというのはさすがに不謹慎ではなかったか(笑)。ああ、この曲についてまだ何も話していなかった。本作は「第一部」「第二部」に分かれています。交響曲によくある「楽章」という区分はない。第一部は昔のグレゴリオ聖歌から題材を取っており、第二部はゲーテの「ファウスト」の終局場面から持ってきています。何だかモチーフ的には「木に竹を接ぐ」ような気がするけど。しかし、ゲーテの「ファウスト」の第一部は比較的読みやすいんだけど、第二部はわけわからんがな、と言いたくなるほど難解で、別の解読本を参照しつつ、ほとんど七転八倒の体で何とか読み終えた次第であります。ともあれ、本作も第一部は音楽的に華やかで威勢がよくて聴くと元気が出る曲ですが、第二部をずっと聴き続けるのはきついかも知れないので、一気に(1:06:56)まで飛ばしたほうが賢明かと思います。ところで、「一千人の交響曲」というのは単なる宣伝文句ではなく、実際に千人くらいの出演者だということです。合唱のメーバーがほとんどですが。

    https://www.youtube.com/watch?v=KugLAIzW3u8

     fwcqf971さま、独演会的な我がトピックをご関心をお寄せいただき痛み入ります。最近はちとネタが尽き気味の感がありますが、細々なりとも続けていきたいと存じます。おつき合いいただければ幸いです。ともあれ、お書き込みありがとうございました。

  • >>60

    ※それはお互いさまで

     私もこのところ更新をさぼっていますからねえ。選曲を考えることさえお留守になっている。いかんなあ。なるほど、お勤め先主催で、クラシックコンサートを催したと。そう言えば、コンサートの演目って誰が考えるのだろうか。これは常任指揮者が兼任している場合も多いけど、音楽監督という人が決めるのであろうか。まあ、金払ってでも聴きたい、という場合は、それでいいんだろうけど、ただ客ともなるとそれではまじいかも知れない。ともあれ、声楽曲となると私もねえ…えーと、昔、フォーレの声楽曲全集というCDを買ったことがあるんだけど、私は「月の光(ヴェルレーヌの詩ね)」しか聴いたことがない。まあ、①全然聴いたことがない ②外国語である ③当然、どういう歌なのかわからない …こんだけ条件がそろうと、何を聴いても子守唄になっちゃうんだよな。まさしく歌い手の独演会になっちまう。やっぱり、誰でも聴いたことのある有名どころの演目をそろえたほうがよかったでしょうな…って、私が言える筋合いじゃないか(笑)。合唱曲とか声楽入り交響曲(ベートーヴェンの第九じゃないけど)もそろそろネタにしようかと考えていますが、歌詞の日本語訳くらいはつけないとまずいかな。

     客は日本人なのに、声楽家が断固として外国語そのままで歌うのは、私の想像ですが、日本語に訳すと格調が下がっちゃうからではないだろうか。シューベルトの「魔王」で「マインファーター マインファーター」と何度も連呼するけど、これは「お父さん」じゃまずいでしょう。そう言えば、たみぃさん、某所で最近ビートルズについて一席ぶっていたけど、おそらく英語でほとんどの曲(あるいは、全曲)の歌詞をおぼえているのでしょう。クラシック畑でもそれは同じことなんじゃないかと。ほんまもんのマニアは歌詞も意味もそらんじているんですよ。無論、ただ客はそうはいかないでしょう。ビートルズか…聴けばタイトルくらいはわかるけど、歌詞はわからない。

  • ※ ご無沙汰です

    昨日、自社主催のクラシックコンサート(普段の業務とは畑違いですが)のスタッフとして参加したのでギリギリトピ範囲コメになるかと思い、筆(キーボードですな実際は)を取りました。
    スタッフとは言え、演目・構成は専門のコーディネーターに任せ切りで口は出せません。ただの会場係に過ぎないのですが、やっぱりですね、クラシックは好みの範囲でないと厳しいなと実感した次第。
    開演すれば取りあえずは、お役から離れて最後方の席で不審者をチェックするくらいなので、聴衆とほぼ同じ立場になります。私は全く興味が無いというワケでもないですが、声楽はどうも苦手で、あの張り上げた高音を快くは聴けない(それは自分の能力不足としても)のでした。曲目が変わって歌う人も変わるのにどれも同じように感じてしまいます。勢い職務を忘れて眠たくなる事しばしばでした。器楽のみの曲は聴いてて楽しめたので、単に「声楽曲嫌い」か「声楽無興味」です。どれもオペラの一場面で短いのでまだ救われますがこれが1曲1時間とかだとしたらはっきりと苦痛です。途中退場者はそれでも少なかったですが、中間の休憩を挟んで帰った客もかなりいたようです。有名なオペラの有名な場面と言われても、門外漢にはサッパリで、一般受けの難しさ(難しくはないのだろうけど、きっとプロ側はやりたくないのでしょう)を感じます。
    メリハリ、硬軟取り混ぜ、MCのタイミングなど聴衆レベルに合わせる事がまず第一義ではないかと。
    コーディネーターと意見を交わしたわけではないですが、素人目線も考えて欲しかったという事です。
    自社主催の入場無料・地域交流目的(自社アピールも勿論ありますが)のコンサートだっただけに一部の好事家受けではなく、クラシック無興味の人への呼び水になるようなエンタメな構成であればなあと。
    まあ、ここで愚痴っても仕方ないことですが。駄文深謝。

  • 【ショスタコーヴィチ 交響曲第11番「1905年」】

     まだ日露戦争のケリがついていない1905年の一月。早朝の帝都ペテルブルク、ツァーリへの請願を求める一団が静かに冬宮に集まりつつあった。その代表者はゲオルギー・アポロンノヴィチ・ガポン…ロシア聖教の司祭でした。あくまで「請願」であり、デモというほどのものではなかった。だが、ツァーリの軍はその一団に銃弾で報いた。誰が命令を下したのかわからない。あるいは、現場の指揮官が勝手に発砲したのかも知れない。まあ、よくある話です。すなわち、誰が決定者などもうどうでもよく、この事件によって皇室から民衆の心が決定的に離れたということです。而して、これが「ロシア第一革命」と呼ばれる所以であります。…という政治的なことは今さらどうでもよくて、後年ショスタコーヴィチによって作曲された交響曲第11番の第一楽章がある科学番組に使われたことがあるのですね。1980年に民放で放映された、カール・セーガンの「コスモス」です。この番組はヴァンゲリスのテーマ音楽が有名なんですが、そのほかにもクラシック音楽を多用していたのですね。パッフェルベルの「カノン」とか。何しろ、NASAのヴォイジャーが木星や土星の生々しいイメージを送ってきた頃です。実際、カール・セーガンの発案で、ヴォイジャー1号、及び2号には黄金のレコードが積まれたという話ですが。異星人がレコードプレイヤーを持っているかどうか。もちろん、当時のテクノロジーではその程度のことしかできない、ということはわかっています。しかし、その後の技術的ブレークスルーがその当時の技術水準を追い抜いていったことはどうしようもない事実です。今ヴォイジャーはどこにいるのかな。

    https://www.youtube.com/watch?v=Lu09CWT41NE

  • 【プロコフィエフ 映画音楽「アレクサンドル・ネフスキー」】

     どうもコンサート形式の動画にあんまりいいものが見つからなかったもんで、エイゼンシュタインの映画から引っ張ってきました。しかし、ロシアの友(?)が全編をアップしてくれていたのはありがたい。当時のロシアはまだモンゴル帝国の影響下にありました。我々が歴史で習ったところの「キプチャク汗国」…今流に言うと、「ジョチ・ウルス」です。もっとも、まだロシアという国体は存在しなかった。「ルーシ」という漠然とした概念があっただけです。「全ルーシのため」と言われても、どうも実感がない。したがって、よその都市がドイツ人に攻められようと、うちが安泰ならどうでもいいよ、みたいな日和見的な雰囲気があったんだな。で、ネフスキー公、アレクサンドルがノヴゴロドの民によって推戴され、さらに民衆の心を掌握して全軍の指揮を執り、西方から迫るドイツ騎士団と戦うことになった。これが「チュード湖上の戦い」です。しかも、凍結した湖の上で行なわれた稀有な戦いです。主力でもって敵の攻撃を受け止め、頃合をもって側面から攻撃を仕かけて包囲戦に持ち込むという作戦でした。史実としてあったかどうかはわからないけど、映画では互いの大将同士の一騎打ちのシーンもあり、白黒映画ながら楽しめる内容です。まあ、私はレーザーディスクで持っています。さて、この映画がつくられた当時なんですが、例の独ソ不可侵条約の締結間際だったんですね。ドイツに対する敵愾心が反映されていないとは言えないでしょう。で、この映画に音楽をつけたのがプロコフィエフだったんですね。私は「二人のセルゲイ」というキャッチフレーズを考えたことがありまして。一人はプロコフィエフで、もう一人はラフマニノフ。確か、ラフマニノフも「国に帰ってこいよ」という誘いを受けていたという話ですが。しかし、不思議なこともあるもので、プロコフィエフは創作上の最大の敵だったスターリンとまったく同じ日に死んでいるんですね。何かの寓意かただの偶然か、そんなことはわからない。タイムスケールは53:25。これから戦端が開かれるタイミングです。

    https://www.youtube.com/watch?v=mr3S6ItLMTo

  • >>56

    ※右に同じ

     私もかなり有名どころでもストーリー知らないですね。プッチーニの「蝶々夫人」というと、アリアの「ある晴れた日に」くらいしか知らない。どういう状況で歌われるかも知らない。いや、歌舞伎を引き合いに出したのはいい得て妙で、まさに彼らにとっては歌舞伎と同じなのかも知れないな。ただ、外国語で歌われているから取っつきにくいのは間違いない。テレビの中継ならともかく、舞台では字幕スーパーは出ないしね。最後まで見通したことがあるのは、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が唯一かな。四半世紀前だけど。しかし、フィナーレで「神聖ローマ帝国は滅びても、ドイツの文化は滅びはせぬ」なんてせりふがあったのはおぼえてます。ちょっと、これ、恐ろしいせりふじゃありません? ナチス・ドイツが神聖ローマ帝国、ドイツ帝国を継ぐ「第三帝国」を名のったのは周知の通りで、後に第三帝国のテーマ曲みたいになっちまったからね。毎年バイロイト詣でをする結構人がいるけど、ワーグナーの楽劇ってのはとにかく長いからね。さぞやケツが痛いだろうと思う(笑)。いや、私も知らなかったんだけど、バイロイト祝祭劇場のシートって木製らしいのね。観客が寝ないように、あえてそうしたそうです。どうもね、ワーグナーってのは性格のよくない男だったらしい。俗にワグネリアンと言われる熱狂的愛好者のことですが、ほとんど新興宗教に近いな。自分だけ悦に入ってればいいのに、ややもすると、人に勧めるから始末が悪い。ここら辺も新興宗教みたい。

  • >>55

    >※さいでげすな

    >オペラのタイトルになるくらいだから、ヨーロッパではどうやらポピュラーな鳥のようですが、位置づけは益鳥なのか害鳥なのか。…って、ちくわさん、ここは鳥の生態について話をするトピックではありません(笑)。私もさっきウィキペディアで確認したくらいで、オペラの本編のストーリーってのは全然知らなかった。

    しまんしまん。
    ちくわは前にも言ったように音楽疎いものじゃから、なかなかからみ辛くってじゃな、からめそうなものがあると書いちゃうんじゃよ。(笑)

    だけどオペラのストーリーってほんとに知らないよね。
    ちくわは蝶々婦人だってあやしいじょ。
    他にどんなものがあるのかも知らないしなあ。
    当然知ってて観ないとおもしろくもなんともないに違いないんだけど、それでもやっぱりどこが面白いのかすごく分かり難いのは訓練が足りないからじゃろうね。
    歌舞伎を観に行って気が付いたら寝ちゃってたす、って友人がいましたが、そっちの気持ちはよくわかるしじゃな。

    でもね、ちょこっとでも知ってるといいことあるかもしれない(笑)
    また、からめるとこがあればからみます。カルメラ焼きみたいな感じじゃな。

  • >>54

    ※さいでげすな

     かささぎっつーからサギの仲間かと思えば、カラスの仲間ですからね。早い話が、悪賢い。東日本にはどうやらいないらしい。本来の地元勢力のカラスに邪魔されて入ってこれないのか。しかし、カラスとハトだけは鳥獣保護法に守られていると知ってか知らずか、態度がでかいですねえ。オペラのタイトルになるくらいだから、ヨーロッパではどうやらポピュラーな鳥のようですが、位置づけは益鳥なのか害鳥なのか。…って、ちくわさん、ここは鳥の生態について話をするトピックではありません(笑)。私もさっきウィキペディアで確認したくらいで、オペラの本編のストーリーってのは全然知らなかった。以前ネタにしたリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」だってどういうストーリーだか知らない。まさかバラの柄のパンツを履いた男が出てくるとは思わないけど(笑)。しかし、昨日のNHKの某番組で出演者が「パンツ」「パンツ」と連呼していたけど、「ズボン」のことを言っているのだと頭の中で切り替えが効かないんですよね。したがって、男の下着の話をしているとついつい誤認してしまうんだよな。

     ところで、「鵺の鳴く夜は怖ろしい」なんてキャッチコピーをかましていたのは何の映画でしたっけね。「鵺」というと現実の動物の部位を組み合わせた想像上の怪鳥ですが、業態としてよくわからない店のことを私は「鵺屋」と呼んでいます。例えば、ト×イアルとかドン×ホーテとか。食料品もスーパー並に扱っているけど、日用品やら家電なんかも扱っている。百貨店と言えばそうかも知れないけど、価格的にデパートよりも格は落ちる。全体を統合するコンセプトらしきものがない、という意味で、「鵺屋」と呼んでいるんですが、この言葉あんまりはやんなかったなあ。若干説明が必要だしね。

  • >>53

    ロッシーニ 歌劇「どろぼうかささぎ」序曲】

    かささぎは光りモノ集めたりはしないらしいんだけどね。
    だけども、このかささぎってヨーロッパにもいるんじゃね。すごいローカルな鳥なので、分布図を見て驚きました。
    九州電力は目の敵にしてる鳥ですよ。
    高圧線の鉄塔にぶさいくな巣を作ったりするす。

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