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(株)ナイスクラップ - 株価チャート

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  • 前日終値
    478(05/26)
  • 始値
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  • 高値
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  • 安値
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  • >>109

    日清紡の「白金使わぬ燃料電池」を採用した・・・

    カナダの燃料電池大手バラード・パワー・システムズ
    (米国NASDAQ上場)のチャートは必見!

    ※以下で検索
    ”バラード・パワー・システムズYahoo!ファイナンス”

    2017年9月12日 (株価)3.71 (出来高) 1,909,065
    2017年9月13日 (株価)4.72 (出来高)18,419,341

  • ― 現在保有銘柄 ―

    <長期保有株>
    9416 ビジョン

    <中・長期株>
    (大幅調整あれば、追撃で長期へ移行)
    3105 日清紡HD
    7172 JIA
    6093 エスクローエージェントジャパン

    <短・中期株>
    3990 UUUM 

    <短期・スイング株>
    6172 メタップス
    6027 弁護士ドットコム
    2458 夢テクノロジー
    6544 ジャパンエレベータサービスHD
    6539 MS-Japan

    <監視銘柄>売買歴あり
    3925 ダブルスタンダード

  • 本日「ファイブハンドレッドバガー・500倍株」誕生!
     
    ― ヤフーの世紀の株価上昇率を抜いた 2928 RIZAP ―

    本日(2017年9月27日)は日本の株式市場において記念
    すべき一日となった。
    投資家が驚異的株価上昇率銘柄を語るとき、必ず出てくる
    銘柄がヤフーとセブンイレブン(現セブン&アイ)。

    セブンイレブンの株価上昇率記録は早くに抜き差っていた
    が、本日ヤフーの世紀の記録も更新した。

    ・2928 RIZAP     506.12倍
    ・4689 ヤフー     505.35倍
    ・3382 セブンイレブン 387.52倍

    過去50年におけるハンドレッドバガー100倍株は,45銘柄に
    達するが、驚くべきことにこの内の大半がアベノミクス相場
    に入ってからである。(2013~2017/9 は以下の29銘柄 )

    2013’ 6銘柄
    2014’ 3銘柄
    2015’ 3銘柄
    2016’ 6銘柄
    2017’ 11銘柄  

    尚、過去50年間の株価上昇率トップは7974任天堂の922.48倍。

  • ― 現在保有銘柄 ―

    <中・長期株>
    9416 ビジョン

    <短期・スイング株>
    6172 メタップス
    6027 弁護士ドットコム
    2458 夢テクノロジー
    3105 日清紡HD(大幅調整あれば、追撃で長期移行)
     
    <中期株>
    7172 JIA(長期有望株、調整があれば追撃買い)
    6539 MS-Japan
    6544 ジャパンエレベータサービスHD

    <監視銘柄>数回売買歴あり。
    6093 エスクローエージェントジャパン
    3925 ダブルスタンダード

    2458夢テク、3105日清紡、6172メタップス以外は増収
    増益で競合に強く独自のビジネスモデルを有する銘柄なの
    で、大幅な調整があっても戻る確立の高い銘柄群。

    ※四季報はまだ四分の一しか見ていないので現時点ではこ
    んなところです。
    それと直近空売り比率が高まっていますので、いつ調整が
    あってもいいように今は現金比率を高めています。

  • >>113

    いやーーお懐かしい!
    またお会いできるとは・・・感激です。
    以前入退院の折は励ましの言葉をいただき勇気百倍でした。

    私の方は2012年アベノミクス第一弾相場では6054リブセンス
    で含み益の最高値は1730万円になっていたのに、少し欲が出て
    ずるずると。結局1000万ほどの含みが消えたことに。
    まあ、当時は体が悲鳴をあげて入退院の繰り返しでしたので感
    も鈍っていたのかとも。
    これはライブドアで二千数百万含み益が飛んだとき以来のポカ
    でした。イヤハヤ。^^

    ところであのとき推奨していたトリドールも昨年5月にテンバガー
    を達成しましたね。このトリドールは当時"「もつこ」の日記"と
    いうブログに出ていたので記念に記録していました。
    (2010年4月8日付け)

    その「もつこ」というHNの方が当時曰く・・・
    ”トリドールとスタートトゥデイを同時にテンバガーになると
    推奨している人が3092の掲示板にいる、と。
    それで、スタートトゥデイなる会社を始めて知った”との書き込
    み。

    それはともかく、いまはこれに匹敵する銘柄に会うのは至難の
    わざ。一昨年監視銘柄に入れながらみすみす見逃したのが3415
    TOKYO BASE。スタートトゥデイまではいかなくとも20倍は
    楽に行きそうな銘柄。うーーーん、残念!^^

  • >>112

    こんばんわー お久しぶりです。 体調はいかがですか。
    onlyさんの投稿ずーうっと読ませていただいています。
    何年か前に、onlyさんが確か、スタートトゥデイとトリドールの
    二つを一緒に推奨なさっていたと思います。(記憶違いでなければ)
    両方とも買ったのですが、少し上がったところで
    売ってしまいました。 残念! 無念!

  • >>111


    ハンドレッドバガー・100倍株を6年前に予測していた
    3092スタートトゥデイ株。 あと数年で達成できそう。
          (2017’9/14の最高値で 59.6倍)

    Re: スタートトゥデイ「ハンドレッドバガー・100倍株」
    2011/ 5/20 6:05 [ No.14714 / 29606 ]

     ー スタートトゥデイ 大化け株・第三章の幕開け ②ー

    ★2008年・注目の新興銘柄とは?
    2008/ 4/ 5 2:09 [ No.2204 / 14623 ]
    ・・・・・・・・・・・専門家と自他共に認める人達でさえ、
    アタマの堅さがうかがえる。これはなにも専門家ばかりの傾向
    ではない。若い投資家達も同様である。この板を過去にひるが
    えって目を通して見たが”いまさらファッション?””ビジネスモ
    デルが古すぎる”といった書き込みが多いのに驚く。これらのこ
    とから言えることは、プロもアマも総じてモノの本質を捉えて
    いないことがよくわかる。このことは又別の機会に書いてみた
    いが・・。

    さて、3092は「大化け株・第三章」の幕がいままさに上がった
    ばかり。果たして100倍株とはどんな軌跡を描くのか?ここに
    お出での皆さんとこの壮大なる世紀の祭典を見届けることにし
    ましょう。^^

    ps.
    これとは別に新たに「テンバガー10倍株」候補もみてみること
    にしましょう。昨春の3397のお詫びの為に。^^

    (投稿者のID/ニックネーム:only_yasterday

  • このコメントは非表示対象です。 読むにはここをクリックしてください。
  • 「3105:日清紡、ただいま分散にて仕込み中」

    以下は 9月13日・日経朝刊一面の記事。

    <日清紡、白金使わぬ燃料電池 材料費は数千分の1>

    日清紡ホールディングスは白金を使わない燃料電池用の
    触媒の実用化に世界ではじめて成功した。価格の高い白
    金の代わりに炭素を使うことで材料コストを数千分の1
    程度に減らすことができる。燃料電池車は電池価格の高
    さがネックだった。新材料の開発で、電気自動車に比べ
    遅れていた燃料電池車の普及に弾みがつく可能性がある。
    ・・・まずはカナダの燃料電池大手バラード・パワー・
    システムズに、出力30ワットの電池に使う触媒を供給す
    る。バラードは携帯型電子機器に使う電池として2017年
    12月に販売する。

    概略以上だが、まあ仮にこれが色々の分野で採用される
    ようになれば「大化け」は間違いない。
    いまこの株は一度噴いたあと膠着状態の真っ只中。
    で、とりあえず数回に分けて押し目を拾っているところ。
    まあ、息の長い取引になりそうだ。

    ※日清紡は10年前と違い紡績会社にあらず。
    その内に社名を変えること間違いないほどの業務内容の
    変貌ぶり。

  • >>106

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話"㊳>

    【日本の洋装化は「カジュアルウェア・軍服」から始まる】

        < 洋装化元年・1862年(文久2年) >

    ― 幕府軍創設は欧米の植民地獲得競争からの自主防衛軍 ―

    幕府軍の創設は「対外防衛」と「国内体制維持」が二大目的な
    のだが、実際はこの文久の改革の主導者は幕府自身(幕閣)で
    はなく、薩摩藩主の父・島津久光および朝廷の公武合体派公卿
    らの主導で出された勅使による圧力の下、やむを得ず改革を行
    ったというのが真相。いいかえれば幕府軍創設は欧米の植民地
    獲得競争からの自主防衛軍の創設だったと言ってもあながち間
    違いではない。

    しかし幕府側にとっては幕府軍はあくまで「体制維持」が主体。
    戦局が進むにつれ賊軍の汚名を着せられ悲惨な最期を迎えるこ
    とになる。
    (幕府軍は賊軍なので西郷隆盛同様靖国に祀られていない。)

    結局、この時代を振り返ると、幕府軍は明治維新への捨て石で
    あり、唯一功績があるとすれば、それは「日本の軍隊の欧米化」
    =「近代化」に寄与したということか。 無論「日本の洋装化」
    誕生にも寄与することになった。

  • >>103

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話"㊲>

    【日本の洋装化は「カジュアルウェア・軍服」から始まる】

        < 洋装化元年・1862年(文久2年) >

    ― 幕府軍創設は欧米の植民地獲得競争からの自主防衛軍 ―

    <安政五カ国条約>
    日米修好通商条約調印後、江戸幕府は 列強の外交圧力によっ
    て順次同等の条約を各国との間で締結した。
    1858年(安政5),江戸幕府の大老井伊直弼が米・蘭・露・
    英・仏五か国と順次締結した通商条約の総称。箱館・兵庫・
    神奈川・長崎・新潟五港の開港を取り決めた。勅許を待たず
    調印したので安政の仮条約と呼ばれ,尊王攘夷運動の激化を
    招いた。また,治外法権や関税自主権の面で将来に禍根を残
    す不平等条約であった。

    正式名はそれぞれ日米修好通商条約(安政5年6月)・日蘭修
    好通商条約(同7月)・日露修好通商条約(同7月)・日英修
    好通商条約(同7月)・日仏修好通商条約同9月)。

    幕府はその後ポルトガル(1860年)およびプロシア(1861年)
    とも同様の条約を結び、これらの国に文久遣欧使節が派遣され
    た。その後さらにスイス(1864年)、ベルギー(1866年)、
    イタリア(1866年)、デンマーク(1866年)、また明治にな
    ってからスペイン(1868年)、スウェーデン・ノルウェー
    (1868年)、オーストリア・ハンガリー(1869年)等とも同
    様の条約がむすばれた。

    <欧米各国との修好通商条約締結年>
    1858(安政五年)米、蘭、露、英、仏     
    1859(安政六年)
    1860(万延元年)ポルトガル
    1861(文久元年)プロシア
    1862(文久二年)<文久の改革・幕府軍の創設>
    1863(文久三年)
    1864(元治元年)スイス
    1865(慶応元年)
    1866(慶応二年)ベルギー、イタリア、デンマーク
    1867(慶応三年)
    1868(明治元年)スペイン、スウェーデン、ノルウェー

  • >>102

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話"㊱>

    【日本の洋装化は「カジュアルウェア・軍服」から始まる】

           <脱亜入欧の先導役>
    ― 明治維新は「戎 服(じゅうふく)」から「洋服」へ ―
     
      以下は(日本洋装史 遠藤武・石山彰 共著)
     「黒船の来航と共に新しい文化が始まる」より~    

    黒船の来航とそれにつづく日米・日露・日仏の和親条約、各国
    との通商条約の締結、これにともなう神奈川・長崎・函館の開
    港があって各港に外人居留地が設けられた。

    開港ととともに居留地の人たちから、外国人をまねた服装をす
    るものが現れたので、徳川幕府では、これを異風の身なりとし
    て禁じてしまった。(文久元年7月)

    当時、洋服のことを”異風の筒袖”といって、外国製に紛らわし
    くないものならば、百姓でも町人でも、その商売によっては着
    てもいいということであった。
    町人や百姓の洋装は、都会ではなかなか着れなかったが、港町
    では大目にみられたことであった。

     異風の筒袖は慶応年代になると、西洋服にさきだって軍服を
    「戎 服」といったが、戎というのは東夷・ 西戎・北狄 ・南蛮
    の西戎で、じつは中国式な外国の類似法を、日本でも活用した
    ことによる。西戎、つまり西方諸国の意味で、南蛮にかわって
    用いられた言い方であった。

    もちろん南蛮といっても、実はスペイン・ポルトガルのヨーロッ
    パ人であったが、アジアにおける彼らの根拠地が、天川といわ
    れるマカオにあったから、彼らを南蛮と称したまでで、実際に
    は西戎のほうが正しいのである。つまり、黒船以来西洋の言葉
    にさきだって、洋服(軍服を含めて)のことを戎 服といったの
    である。

    慶応4年、横浜53番館ラタージ商会の洋服の広告から当時の値
    段をみると、
      一黒羅紗 上着 14ドルより24ドルまで
      一 同 袖無(チョッキ) 4ドル
      一 同 股引 7ドルより8ドルまで
    右の品々沢山に御座候且諸品恰好に仕立仕候間御注文奉願上候

    とある。かくして明治になって、西洋服、つまり洋服の語が出
    来上がるようになるのである。

  • >>101

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話"㉟>

    【日本の洋装化は「カジュアルウェア・軍服」から始まる】

         < 洋装化元年・1862年(文久2年) >

     ― 「服制変革ノ令」は「洋服の制定」への一里塚 ―

    「服制変革ノ令」の発布をひとことでいえば、これは聖徳太子
    以来続いていた中国の影響の残る「”上層階級の服制”の変革」
    を奨励した最初の出来事で、服制における画期的変革といえる。
    このことは慶応4年から明治5年にかけての「洋服の制定」によ
    ってより明確になる。

    以下は「写真にみる・日本洋装史(遠藤武/石山彰 共著)」
    からの引用。

    ”慶応4年、新政府は、天皇命をもって、服制に関する意見を諸
    臣(旧大名)に徴し、旧弊一新のたてまえから、中国風な礼服
    を廃して衣冠・束帯を正服と定め、明治3年には太政官制服・
    海軍制服・陸軍微章を制定して制服はすべて洋服とした。

    翌4年には長年宮中に衣紋奉仕をしてきた山科・高倉両家の奉仕
    を廃止、5年11月には装束をいっさい廃して、礼服はすべて洋服
    と定めた。

    文官・武官いずれもが礼服となったために、町には月賦屋ができ
    た。そして明治6年には「改服裁縫秘伝」が、日本最初の洋服仕
    立書として刊行された。

    礼服、軍服が洋服となるにつれて駅逓寮・鉄道寮が洋服を採用し、
    邏卒服も洋服となり、学校教員にも次第に洋服が用いられるなど
    職場服の洋服採用の道が開かれていった。”

    ※<万機ご一新と洋服禁止令解除>
        ー洋服業界記者クラブ「日本洋服史刊行委員会発行ー

     明治4年8月9日、官吏および華士族に対し「散髪、脱刀及び
     洋式の服を用いること勝手たるべし」というお沙汰があり、つ
     いで9月4日には服制を改むるの勅諭がなされた。

     これ以後文武百官の大礼服を定め、洋服をもって正服となし、
     従来の衣冠束帯(いかんそくたい)烏帽子直垂(えぼしひたた
     れ)をもって祭服とされたのは、明治5年11月12日である
     が、それ以前に天皇をはじめ新政府の大官高官連は洋服を着用
     するようになっていた。

  • >>100

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話"㉞>

    【日本の洋装化は「カジュアルウェア・軍服」から始まる】

         < 洋装化元年・1862年(文久2年) >

    ― 「文久の改革」ではまだ”洋服”という言葉はない ―

    「文久の改革」
    文久の改革は、文久2年(1862年)に江戸幕府で行われた一連
    の人事・職制・諸制度の改革を指す。嘉永7年(1854年)の開
    国以来の混沌とした政治情勢を受けて、半ば非常時の体制へ移
    行したものであるが、その主導者は幕府自身(幕閣)ではなく、
    薩摩藩主の父・島津久光および朝廷の公武合体派公卿らの主導
    で出された勅使による圧力の下、やむを得ず改革を行ったもの
    である。

    ■【人事改革 】

    ■【制度改革 】
    ○<参勤交代の緩和>
    ○<洋学研究の推進>
    ○<軍事改革>      
     幕府陸軍の設置、三兵戦術の導入、兵賦令(旗本から石高に
     応じて農兵もしくは金を徴収する)の発布などが行われた。
    ○<「服制変革ノ令」の発布>
      4月15日に出され、幕府初期以来礼服に用いられてきた長熨
     斗、長袴が廃止され、より実用的な服装による形式的な服装
     ・儀礼の簡素化が行われた。

    以上が「文久の改革」の概要だが、この内の「服制変革ノ令の
    発布」、「軍事改革」を指して洋装化への第一歩と捉えるわけ
    だが、しかし実際には全体を通して「洋学」という言葉はある
    ものの「洋装」や「洋服」という文言がここに記されていたわ
    けではない。

  • >>93

    <only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話"㉝>

    【誤】 ― 洋装化元年・1864年(元治元年)―

    【正】 ― 洋装化元年・1862年(文久2年)―

    【日本の洋装化は「カジュアルウェア・軍服」から始まる】

         ― 洋装化元年・1862年(文久2年) ―

    前回「洋装化元年は"1864年(元治元年)"」と書いたが、正
    式にはそれより2年前の「洋装化元年は1862年(文久2年)」
    というのが正しいと思われるので訂正したい。

    他に「洋装化元年は文久1 (1861) 年」という説も以下のよう
    にあるのだが、これも間違いなので今回はそれも併せて検証し
    てみる。

    文久1年説は「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」
    の【洋服】からの引用だが、ここでは以下のように「文久1年
    を洋装化元年」としている。

    ”日本人の衣生活の洋式化は,文久1 (1861) 年幕府の講武所
    に軍服が採用されたのに始り,明治3 (70) 年の軍服徽章の制
    定によって軍装として定着した。”

    まあ、これは明らかに間違いだと思われる。

    【軍服の共通装時代】
    しかし文久2年に軍服の洋装化が始まったとはいえ、導入当初
    は随分チグハグな”和洋折衷”だったようだ。

    ■軍服 (幕末)より~
    ”洋式兵器・装備の導入にともない、従来の甲冑中心の装備か
    らの軽装化が計られ、洋式のシャツ・上着・ズボン、靴等が
    導入された。だが、洋服を着ること自体が大多数の日本人に
    とって未知の経験であり、また幕府、藩という枠組み、戦闘
    員・身分としての武士の存在を前提としていた事情も手伝っ
    て、洋式軍服と和式の肌着、袴、陣笠、陣羽織の着用、また
    身分表象でもある帯刀がしばしば混在していた。”

    ■「服制変革ノ令」の発布については次回に。


  • 本日の藤井英敏氏のはなしは面白い。

    以下、「新興株に詳しい藤井 英敏氏のはなし」
                2017年8月15日公開

    ■日経平均株価&マザーズ指数は下落トレンドに突入?
    イナゴ銘柄が暴落中の今は、安易な押し目買いを控え
    底値で買える「セリングクライマックス」を狙え!

    ■8月4日時点の信用買い残は、前週比270億円減の2兆
    6368億円と、金額ベースで9週ぶりに減少しました。
    また、信用評価損益率は4日時点でマイナス9.20%と、
    前週の7.87%から悪化しました。悪化は2週連続のこと
    です。上値の重さを嫌気した個人投資家が買い建玉の整
    理売りを始めたようです。
    そして、おそらく、10日時点の信用評価損益率は一段と
    悪化していることでしょう。このため、信用買い方の見
    切り売り需要は一段と強まってしまったと考えます。

    ■・・・・日経平均株価が25日移動平均線を上回るまで
    は、買い方の不安は払拭されること
    はなさそうです。それでも下値では日銀やGPIFの買いが
    見込めるため、日経平均株価の下値は最大でも52週移動
    平均線(14日時点1万8755.90円)程度とみています。

    ■つまり、主力の東証1部の大型株に関しては、短期的な
    調整局面ですが、中期的には上昇トレンドが継続している
    とみています。しかしながら、足元では、新興市場を中心
    に小型材料株の下落に拍車が掛かっているので、小型株市
    場をメインにして、且つ、損切りできていない個人投資家
    は、既に、追証発生の負の連鎖に、巻き込まれています。

    ■私は、東証マザーズ指数には、短期・中期の下落トレン
    ドが既に発生していると認識しています。

    ■イナゴタワー倒壊でイナゴ銘柄は底なし沼へ
    安易な押し目買いをせず、「セリクラ」を待て!


    以上 ”お金の総合サイトzai online” で検索されたし。

  • <only_yasterdayの”使える株サイト” ①>

    日本株全体の強弱を測る指標として、ストラテジストや
    株式評論家が総じて使用するものの一つに「PER」があ
    る。これは世界市場全体を俯瞰し”相対比較する”ときも
    一番使用される指標でもある。
    そこで最も分かりやすい指標として以下のサイトを推奨
    します。

    日経平均PER 日経平均比較チャート
    ttps://nikkei225jp.com/data/per.php

    これでみると日経平均PER は8月に入り14倍を割り込んで
    きている。近年の日経平均PERは14倍を割り込むと割安水
    準である。これが世界的急変で株価が暴落し、13倍を割り
    込むようだと文字通りバーゲンセールだと思って間違いな
    い。

    ※このサイトのチャートでは6ヶ月表示になっているので
     1年、2年、all(7年)も併せて御覧あれ。

    ※このサイトの「人気コンテンツ」も併せて御覧あれ。

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