(株)ナイスクラップ【7598】の掲示板 2015/04/08〜
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<only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑧
―「宮本悦也・流行学」に見るカジュアル/エレガンス論 ―
1960年代から1980年代にかけてファッション業界に旋風を
捲き起こした宮本悦也という経営コンサルタントがいた。
(後に服飾業界を超え、日本の企業2000社と関わりを持つ
ことになるスケールの大きい人物で、裏原宿の生みの親
でもある。また日暮里をニポカジとしてブラッシュアッ
プさせた仕掛け人でもある。)
宮本氏が書いた本は多いが「構造心理学」をベースに理論を
展開するので、一度で理解する人は皆無でもある。
以下は流行学三部作の第二作目の「商品の流行学」から抜粋。
(昭和51年6月24日初版発行)
”前著「流行学」で私は、「カジュアル」という1960年代の
服飾革命に名づけられたコトバの運命を、次のように予告
した。「カジュアル」というコトバは、日本では服飾全体
の傾向を指す広義のコトバとして生き残るが、欧米では、
もとの「くつろぎ着、ふだん着」という狭義のコトバに戻
る、と。”
”この英語で「偶然の、何気ない」という意味から転じて、
服飾ビジネスで「略式服」「ふだん着」を指すコトバだっ
た「カジュアル」は、ミニスカートに始まる60年代の服飾
革命そのものを指すコトバとなった。”
”だが、70年代に入ると、欧米はエレガンスに移行するため
に、カジュアルはもとの狭い意義しかもたないコトバに転
落した。ところが日本だけは70年代以降、2010年代まで
カジュアル革命を継続させるために、「カジュアル」とい
う広い意義を持つコトバが残る。”
で、この論説に関し、ジャーナリズムと論争を繰り広げるこ
ととなる。
only_yasterday 2017年1月1日 14:30
>>37
<only_yasterdayの”日本のカジュアルウェアー誕生秘話”>⑦
【VANの悲劇・カジュアル革命】
― "アイビー”それは本当に革命だった ―
雑誌ポパイの1978’6/10号で「VANが先生だった」という
特集号があった。この特集は2ヶ月前のヴァンヂャケット
倒産(1978年4月 )があり急遽企画されたものと思われる。
「”アイビー”それは本当に革命だった」というのはその時
の特集記事のキャッチコピーの一つなのだが、往年のファン
にとってはそれだけ思い入れがあったということか。
下記はその巻頭文だが、VANが台頭したころの日本の若者に
与えた衝撃度を垣間見ることができる一文ではある。
”VANとの出会い、ちょっと大げさかもしれないが「文明開
花」だった。それまで学生服しか知らなかった僕たちに
スーツを着せ、カラーコーディネイト教えてくれたVANの
アイビーは、僕たちにとってはじめての「洋服」であり、
「お洒落」であったのだ。”
”VANが登場する以前にもたしかにアメリカがころがってい
た。けれどコーラを除いてはほとんどのそれは大人のため
のものであった。VANはアメリカの学生ファッションを伝え
るだけでなく、アメリカの若者の生活、風俗、スポーツ...
若いアメリカのすべて、僕たちのためアメリカを教えてく
れた。”
VANの悲劇は、日本において服装の一大変化、つまり注文服
から既製服に転換する過程で、いきなりカジュアル革命が起
きたことにVAN自身が気づかなかったことに尽きる。