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ジャスダックインデックス - 株価チャート

178.33

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  • 前日終値
    178.33(05/22)
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  • 【こんな話もある】
    「人間は常に自分のしたことを自慢するが、素晴らしい功績も、ほとんどの場合、優れた功績によるというよりは、常に幸運に恵まれたことによるのである。」
    (ラ・ロシュフーコー)
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    株式投資で利益をあげたからといって、たまたま幸運に恵まれただけで、自分には株式投資で常勝できる才能がある、と思ってはいけないということだろう。

  • 【こんな話もある】
    …権力は、麻薬に似た効能を持つ。ひとたび権力の甘き香りに魅せられた者は、生涯その毒から抜け出す事はない。…(池宮彰一郎)
    ~~~~
    人事権という権力を握ることで、関係者の人格をも変えてしまう力が生まれるように思った。

  • 【こんな話もある】
     「大きな堤防も蟻の穴で崩れる」(朝鮮のことわざ)
     「千丈(せんじょう)の堤(つつみ)も蟻の一穴(いっけつ)から」(日本のことわざ)
    ささいなこと、小さなことだからといって、そのまま放っておいては、いけない。早いうちから手当てが大切だ。
    ~~~~
     中国の李克強首相が北海道を視察したが、北海道の中国化が本格的に始まる前兆だと思う。
     昨年の一部報道によれば、通訳や中国語教室などを手がける北海道チャイナワーク(札幌市)の張相律社長が、「北海道人口1000万人戦略」と題して基調講演を行なった際の内容は、北海道の人口を1000万人に増やすための戦略として(1)農林水産業や建築業を中心に海外(中国?)から安い労働力を受け入れる(2)北海道独自の入国管理法を制定し、海外(中国?)から人を呼び込む(3)授業料の安いさまざまな大学を設立し、世界(中国?)から学生を募集する-などを考えているそうだ。
     なかでも、入管法については、「北海道に限定し、ノービザ観光を実施し、観光客(観光客だけ?)を増やす」「住宅などの不動産を購入した裕福な外国人(中国人?)には住民資格を与える」「留学生(中国人?)を積極的に受け入れ、北海道に残る仕組みを作る」「研修制度を廃止し、正式な労働者として受け入れる」「北海道から日本のほかの地域に行くときは日本の入管法に適応させる(いずれ制限撤廃?)」…と北海道を限定とする制度見直しを提示した。その上で札幌中華街を建設し、国際都市としての先進地域として地位を確立する、などと強調したという。
     今後、大学の運営費、健康保険、生活保護なども日本に負担を求めたり、さらに親中派の政治家を育成して政界での発言力を高めたりしてくるように思う。
     アフリカ諸国が資源を奪われているうえに中国化しているように、大きな問題になる前に対策を講ずる必要があると思う。

  • 【こんな話もある】
    『健康十訓』
    1.少肉多菜(肉を控えて野菜を多く摂りましょう。)
    2.少塩多酢(塩分を控えて酢を多く摂りましょう。)
    3.少糖多果(砂糖を控えて果物を多く摂りましょう。)
    4.少食多噛(満腹になるまで食べずよく噛んで食べましょう。)
    5.少衣多浴(厚着を控えて日光浴し風呂に入りましょう。)
    6.少車多走(車ばかり乗らず自分の脚で歩きましょう。)
    7.少憂多眠(くよくよせずたくさん眠りましょう。)
    8.少憤多笑(いらいら怒らず朗らかに笑いましょう。)
    9.少言多行(文句ばかり言わずにまずは実行しましょう。)
    10.少欲多施(自身の欲望を控え周りの人々に尽くしましょう。)
    (横井也有 江戸時代の俳人)

  • 【こんな話もある】
    「藤本さんという人の、一番いいと思ったことは、品行が悪くても仕方ないが、品性がいやしいのは許せないという判定を、誰に対しても持っていたことである。」(戸板康二)

    「粗にして野だが卑ではない」とは第5代国鉄総裁、石田礼助氏の言葉である。総裁に就任して初めて国会に出たとき、自己紹介で語った。のちに作家の城山三郎氏が、石田氏の生涯を描いた評伝の表題にそのまま用いている。
    「粗」はこまやかでないこと、「野」は単細胞で洗練されていないこと、「卑」は心いやしいことを指す。「粗」と「野」は品行の問題、「卑」は品性の問題だろう。
    掲出の文章は、劇評家の戸板康二氏(1915~1993)が藤本真澄氏について語った一節。藤本氏は、東宝の副社長や東宝映画の初代社長も務めた看板プロデューサーで、『社長シリーズ』や『若大将シリーズ』などによって日本映画の黄金期を支えた一人である。
    どういう品行の悪さを藤本氏が許し、どういう品性のいやらしさを許さなかったのか、戸板氏の文章に具体的な記述はない。サラリーマンの社会では、おおむね酒癖や女癖の悪いのは品行に分類され、いじめや嫌がらせ、責任逃れのたぐいは品性に分類されている。映画界の場合も似たようなものであったと想像して、当たらずとも遠からずだろう。昔を顧みると、懐かしく思い出されるのは若気の至りで演じた「粗」と「野」の記憶ばかりである。歳月を重ねても、「卑」は思い出にならない。(竹内政明)
    ~~~~
    パワハラも、セクハラも、「卑」に分類されると思う。パワハラで弱者を自殺に追い込むようなことが、歳月を重ねたのちに、懐かしい思い出になるとは思えない。

  • 【こんな話もある】
    …自分たちの物件から被害者が出ることによるダメージが100、加害者がでたことによるダメージが100、しかもこの二つがダブった場合には足し算ではないんです。掛け算になるんですよ。…
    (宮部みゆき)
    ~~~~
    近年、殺人などが発生した事故物件に住んで、普通の生活を送るアルバイトがあるそうだ。一定の期間、何事もなく生活できれば、その後この物件は事故物件ではなく、通常の物件として扱われることになるらしい。

  • 【こんな話もある】
    「働くというのは、はたを楽にしてやることだ」
    (山本有三)
    何のために働くのかとか、どうして働かなければならないのかということをつきつめて考えると、かえって仕事に集中できなくなってしまう。もっとシンプルに、働くとは自分の周りにいる人を楽にしてあげることと考えて精進することで、自分にとって働く意味が見えてくる。

  • 【こんな話もある】
     「土足で入る人とはつきあわない」
     親しくなれば相手の私事に立ち入ってもかまわないと考えているような種類の人間とは、決して付き合わないことだ。そういう人は、家族のようなつきあいと称しながら、結局は相手を支配下と影響下に置きたがっているだけなのだ。
    友人関係の場合でも、互いを混同しないような気遣いと配慮はたいせつだ。そうしないと、友達でいることもできなくなる。(ニーチェ)
    ~~~~
    世の中には色んな人がいる。無暗に「お友達づくり」を広げていくと、表面的に家族のようなつきあいを装う一方で、土足で私事に立ち入ってくる者が近づいてくることもあるので、注意が必要だ。

  • 人の言葉を引用し過ぎて、何を言いたいのかよう分らん投稿を、
    無視カゴにいれたら、誰もおらんようになってまった。

  • 【こんな話もある(2)】
     この考え方を聞いてどう考えるか。可能なのは二とおり。私は平等だという潜在意識をもった社会を重視する立場です。その意味で、私はマイケル・ヤングという英国人社会学者と同じです。彼は1950年末に、『能力主義の高まり』(邦訳『メリトクラシー』至誠堂)というほんとうに素晴らしい本を書きました。その本で彼は、学校での能力によって人々を選別することは、人々に自分たちは平等ではないという感情をもたらすことになるだろう、と予測しました。この教育の違いを重く見る考え方は、米国でトランプ大統領が選出された過程を見ればよく分かります。世論調査の担当者が最初に言うのは「トランプ氏を支持しているのは、教育レベルがもっとも低い人々だ」でした。BREXITについても同じようなことが言われました。
     これに対して、この社会のかなり進んだ不平等を受け入れようという考え方もあります。社会は階層化されているのだし、人々は教育レベルで平等ではない、というわけです。だから「民主主義の消滅というのは正当化される現象だ」というためにこの考え方を援用する人もたしかにいます。私はその人たちには全く同調できません。
     私はむしろ高等教育自体が愚かしいものになり果てたといっているのです。高等教育が無用だといっているのではありません。それがもはや知性だとか創造性だとかを発展させるための教育ではなくなっているという問題を指摘したいのです。それはむしろ、体制順応主義、服従、社会規範の尊重を促すだけの教育になっているのです。私は、もっともよい教育を受けた人たちが、どんどん知性的でなくなっていると思います。
    (エマニュエル・トッド)

  • 【こんな話もある(1)】
    民主主義の土台を崩す高等教育
    ―――あなたは教育について、今はそれが民主主義の機能を阻害していると書いていますね。
     新著が出たとき、フランスではその部分がとても関心を呼びました。たとえばルモンド紙。…今回はけっこう紙面を割いて取り上げてくれました。…ただ、この新聞が私の本から取り上げたのは、教育が社会の階層化を進めて民主主義を損ねているという問題を指摘した部分でした。そこのところの論を要約するとこうなります。識字率の普遍的な広がりは、人間は平等だという潜在意識をもった社会をつくった。なぜなら誰もが読み書きできる社会だからです。しかし、中等教育と高等教育の発展は、階層化された社会をつくった。それぞれの社会には、30%か40%、50%といった割合で高等教育を受け、自らを社会の中で上の方にいると考え、同じような学歴の人々に囲まれて暮らす人々が出てきました。このことが、ポピュリズムとエリート主義が対立する理由になったのです。
     これは、国によって多少の違いはありますが、最も進んだ民主主義国のすべてが直面している問題なのです。というのも、高等教育というのは必要なことです。しかし、それが進んでいくと、高等教育を受けた人の間でも選別が進みます。どの大学も同じというわけではありませんから。つまり今、人々は平等ではないという潜在意識をともなった社会に移ってきてしまったのです。
     この考え方はとても関心を呼びました。それは興味深いことです。私はこの考え方をまず米国ではどうだったかということを手がかりに発展させていきました。米国では、労働者と学生の対立はベトナム戦争時に見られました。それはフランスよりも30年も早かった。フランスでその対立が顕在化したのはEUのマーストリヒト条約批准問題が起きたときです。この考え方は、すでに『経済幻想』(藤原書店)という本の中で触れています。けれどもその本が出版されたのは1998年です。20年も前に明らかにしていた考え方です。まるで社会が成熟して、この考え方を受け入れられるようになったみたいです。(続く)

  • 【こんな話もある】
     木にはそれぞれクセがあり、一本一本違います。産地によって、また同じ山でも斜面によって変わります。真っすぐ伸びる木もあれば、ねじれる木もある。材質も、堅い、粘りがあると、さまざまです。木も人間と同じ生き物です。
     今の時代、何でも規格を決めて、それに合わせようとする。合わないものは切り捨ててしまう。人間の扱いも同じだと思います。法隆寺が千年の歴史を保っているのも、みなクセ木を上手に使って建築しているのです。
    (法隆寺宮大工 西岡常一)
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    教育も、何でも規格を決めて、それに合わせようとし、合わないものは切り捨ててしまうところがあるように思う。

  • 【こんな話もある】
    …大学の学部では、卒業論文を廃止してしまったところも多い。理由は簡単で、書かせても、いまの学生にはどうせ無理だとわかっているからだ。みな、剽窃(ひょうせつ)ばかりで、……(外山滋比古)
    剽窃:他人の詩歌や文章などの文句または説をぬすみ取って、自分のものとして発表すること。

  • 【こんな話もある】
    …大学教授として、私はその筋書きを知りすぎるほど知っている。学生たちは、大学に入るまで、支配力の強い外的動機づけにさらされて生きてきたせいで、心のうちにあった興味はとっくに萎えてしまっている。彼らはあまりにも多くの試験や成績に振り回されてきたので、よほどの変わり者でない限り、学びたいという情熱から授業を受ける学生などいない。次回は休講にすると学生たちに知らせれば、盛大な歓声と拍手がわきあがる。彼らはかならずしも授業の中身にうんざりしているわけではない。論文や試験などの課題が優先するので、かつて心に抱いていた興味は二の次にされてしまうだけなのだ。私は世界最高の講義を準備し、実行することができるのに、何か質問はないかとたずねて返ってくるのは、「これって試験にでますか?」。
     考えてみれば、ひどく奇妙な話だ。そもそも大学とは、中世に、自分たちでは習得できない問題に外部の専門家を雇って協力をあおいだ学習者集団から始まったのである。教授は学生に雇われ、結果を出さなければクビになった。この関係は学位をめざさない習い事の状況では、いまでも生きている。たとえば、生涯学習のクラスでは、講座の最後に成績評価表に記入するのは生徒たちであって、講師ではない。
     ところが大学では、評価の矢印の向きが反対だ。学生が私に月給を支払うにもかかわらず、私は彼らの勉強ぶりを判定する。私立大学における平均的な教育費は、ひかえめに言っても一単位当たり750ドルだ。一回の授業に換算すれば、約50ドル。たびたび思うのだが、学期ごとの授業料を払わせるよりも、一回の講義ごとのチケットを買わせるべきではないか。かりにその額をロックコンサートに払うとして、公演は中止だと発表されたら、いったい何人が歓声を上げるだろうか。しかし、それこそ、学生たちが外的な報酬を詰めこまれすぎるときに起こっていることなのだ。学習への情熱は、いつのまにかあらかた失われている。
    (ロバート・レヴィーン)
    ~~~~
    学ぶ目的もなく入学しているとか、授業が期待した内容のものでなかったとか、授業以外に興味を持つことが次から次へと出てきたとか、いろいろ原因がありそう。

  • トカゲのシッポ切りと言う言葉があるが、いったい何本のシッポが、あるのか?。
    文部科学省のシッポが、天下りの責任をとらされて、トカゲに噛みついた。

    財務省のシッポは検察に呼ばれ、防衛省のシッポは、国民の前でウソをつかされたのかな?。
    三本の矢の例もあるから、みんな同時にトカゲに噛みつけば良いのにね。

  • 【こんな話もある】
    …人間のしたことは、善悪にかかわらずたいていいつかはあらわれるものです、ながい眼でみていると、世の中のことはふしぎなくらい公平に配分が保たれていくようです。
    (山本周五郎)

  • 【こんな話もある】
    平氏を亡ぼす者は平氏なり。
    源氏を亡ぼす者は源氏なり。
    しかし、人はその原因をよそに求めようとする。
    (徳川家康)

    「平氏がおごり高ぶることがなければ、源氏に滅ぼされることはなかった。鎌倉幕府が御家人を大切にしていれば、反幕府勢力も生まれなかった。いずれも自業自得で滅んだ」
    まさに、身から出たサビで滅んだことの愚かさを徳川家康は説いています。…
    (植西 聡)

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