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天皇制について

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  • 2017/02/08 22:28
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            その経緯をご存知ですか???



    天皇制という言葉が、日本で初めて登場したのは1932年昭和7年のことであります。そして、この言葉を造語したのが日本共産党であります。


    事の発端は、いわゆる“32年テーゼ”であります。これは、ソ連共産党の傘下にあった国際共産主義運動、いわゆるコミンテルンの日本共産党への指示・指令のことであります。


    以下コミンテルンの日本共産党への指令内容。
    1932年5月コミンテルン執行委員会西ヨーロッパ・ビューローによって決定された「日本における情勢と日本共産党の任務に関する方針書」のこと。日本の支配体制を絶対主義的君主制とみなし,きたるべき日本革命は君主制を打倒し,地主制を廃止するブルジョア民主主義革命であり,社会主義革命はその次の段階とする二段階革命論の立場を明確にした。


    ここでコミンテルンは、日本の統治形態・政治形態を絶対主義的君主制と規定しましたが、天皇制という言葉は一言も使っておりません。しかし日本共産党はコミンテルンからきたロシア語の指令書を日本語に訳す時に、君主制を天皇制という造語に置き換えました。

    以後、この天皇制という言葉が独り歩きを始め、鵺(ぬえ)のようなイメージを持つに至りました。

    ことに戦後は半島系の学者や日本の左翼系の学者が好んでこの天皇制という言葉を、手軽にそして無造作に使うようになりました。

    その結果、天皇制という言葉の意味はチューインガム風船のように広がり、象徴天皇制になってからも、単に統治形態や政治形態を指すのではなく、日本文化総体、歴史観、日本の近現代史総体、資本主義経済体制などなど、とにかく戦後の日本のありようすべてを指すかのようになったのであります。

    坊主憎ければ袈裟まで、ということわざ通り、かような人たちの国旗日の丸や国歌君が代に対する火病的過敏症は、お気の毒ですが、不治の悪性統合失調症かも・・・


    要するに端的に言えば、日本の存在そのものが気に入らないという深奥に激しいレイシズムを秘めた人間たちの、度し難いまでの差別憎悪主義を表面的に隠蔽・糊塗するための使い勝手のいい単なる方便語に成り下がったのであります。

    ですから、正しくは、君主制というべきなのであります。
    よって、象徴天皇制は象徴君主制というのが正しい日本語です!

    反天連のデモ行進。大半が在日である。

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