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 この経過について、韓国の研究者は次のように論じています。
「独立運動過程で、自然と国家の主権について議論がされてきた。結論は共和主義であった。1917年(ママ)、上海の独立運動家たちは全民族が大同団結して臨時政府を樹立することを提案した‘大同団結宣言’がそれである。

これは大韓帝国の滅亡について君主である隆熙皇帝が主権を放棄したものと見て、君主が放棄した主権は国民が継承せねばならないとした。」(韓シウン・檀国大学 歴史学科 教授 『朝鮮日報』2009年3月18日付)

つまり大韓民国臨時政府は、大韓帝国の滅亡(=日韓併合条約)によって韓国皇帝は自ら主権を放棄したから、国民が主権を継承した。だから共和制だ、という主張です。

すなわち、大韓民国臨時政府樹立の前提は、大韓帝国の否定、つまりは日韓併合条約が有効だということになります。

併合条約以前の大韓帝国と、その後の臨時政府や現在の韓国とは全く断絶していることは、彼ら自身が認めていますが、その前提は日韓併合条約が合法・有効であったことになります。

はい、韓国は憲法で、結果として、日韓併合条約が合法・有効であったことを明白に認めているわけです。

下は、国立公文書館資料センターに保管されている日韓併合条約の原本。
どなたでも閲覧、写真撮影可能です。  ↓

この事件事故に一言、言いたい!   この経過について、韓国の研究者は次のように論じています。   「独立運動過程で、自然と国家の主権

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