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「金儲けは娘誘拐に限る」!!





                続発した連続少女誘拐事件





            ついに、7年間にわたる誘拐・人身売買が摘発された!!





                こんなの、氷山の一角ですよ!!





朝鮮南部連続少女誘拐事件とは、1932年(昭和7年)から1939年(昭和14年)にかけて、日本統治時代の朝鮮の南部地域(慶尚道・全羅道地域)で続発した連続少女誘拐事件である。

犯人は京畿道京城府本町(現大韓民国ソウル特別市中区忠武路)在住の朝鮮人夫妻で、夫は大田刑務所の元看守であった。1932年(昭和7年)に、夫は大田刑務所を退職したが、転職の当てがなかったため、とたんに生活が苦しくなった。そして「金儲けは娘誘拐に限る」と称し、妻と共謀して連続少女誘拐と人身売買を手がけるようになった。

最初の事件は、以下のような手口で行われたという。

慶尚北道大邱府南山町(現大邱広域市中区南山洞)の民家に犯人夫妻が訪れ、「俺は京城でも相当な資産家だ。子守娘を雇うのだが、君の娘はどうだろうか。京城の娘はどうも生意気で・・・」と言葉巧みに親を説得し、前金として10円を支払い、その家の娘(当時18歳)を引き取った。その後、娘を京城ではなく中華民国の天津に連れて行き、1000円で売り飛ばしたという。

その後の7年間、同様の手口で朝鮮半島南部の少女約150人を拐かし、当時は日本人と朝鮮人などの植民地の人間はパスポートなしで渡航できた満州国や中華民国の人身売買市場に連れて行き、約60000円を荒稼ぎしたという。

1939年3月4日、全羅南道光州府(現光州広域市)から連れて来られた少女(当時18歳)は、身の危険を感じて犯人宅から逃亡した。犯人は「自分の姪がいなくなった」と東大門警察署に捜索願を届け出たが、不審に思った署員から問い詰められ、7年間にわたる誘拐・人身売買を自白し、逮捕された。

加害者及び被害者が全員朝鮮人だったことから、朝鮮語メディアである東亜日報や朝鮮日報が特集を組むなど、大きく取り上げられた。

この事件事故に一言、言いたい!  「金儲けは娘誘拐に限る」!!                       続発した連続少女誘拐事件

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