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    例えば遠隔操作ソフトが見つかれば
    犯人はパソコンを遠隔操作したと断定するな
    メールの書き込みは2秒で出来ぬと断定するな
    慣れれば出来るペースト書込みは2秒で充可能
    オフラインで打ち込みを済ましておく方法もある
    どのメールを誰がどうしたと断定できないなら
    遠隔操作の可能性もプロバイダー等の関係者や
    有線無線の電波ジャックによる途中操作もある
    操作されない犯人の可能性だってある
    犯人を特定できないだけなのだ
    特定できぬ侭の逮捕は当然不当である

    加害者の爪や体から新犯人のDNAが見つかれば
    それ以前の犯人は冤罪と断定するな
    真犯人と それ以前の犯人が一味や
    協力関係だった可能性だってあるから
    例えば昼間は真面目に働く不法就労者が夜は
    歓楽街にある棲家で真面目に暮らしてたのか?
    …凄く危険なメディアによる固定化は
    歴史を歪め続けている反日に因る日本の
    戦時犯罪等にている従軍慰安婦の話等も
    殆どは創作戦史映画から発生したのだ
    事実と宣言した嘘の映画やドキュメンタリー
    ありて特定するは危険なのだ
    現在犯罪を作られた昔のムードとバーターするな
    冤罪ブームに得する人々と逆に
    犯罪に苦労する多くの国民が存在しているのだ

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  • 黄昏を迎えた被害者ビジネス!!




           奇抜な被害者意識の商品化が、その死期を早める!!




               いつまで被害者意識を“売り”にする気なのか??




    聴力を失った作曲家で「現代のベートーベン」と呼ばれる佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏(50)が、実際は曲作りをしていなかった問題で、日本中が今や蜂の巣をつついたような大騒ぎ!!

    佐村河内氏は広島生まれの被爆2世で聴覚をすべて失っているというのが、何よりも最大のセールスポイントであった。そこには、戦後膨張につぐ膨張を続けた被害者(弱者)ビジネスの1カテゴリーが形成されていた。

    今回の事件が象徴するというか、エポックメイキング化していくことの意味を理解することは、極めて重要である。

    それは、戦後世界の一大潮流となった歴史の商業化の流れに乗って有象無象のベンチャー的歴史家や、胡散臭い人権問題とやらを杉花粉のごとく撒き散らす偽装表示知識人たちがわれ先にと、被害者意識の商品化に大規模に乗り出した。

    戦後イノベーション的に開拓されたこの新規ビジネス領域で、最大の成長を遂げたのが在日問題(強制連行問題)と慰安婦問題である。

    しかしこの巨大産業へと変貌を遂げた被害者ビジネスも、被害者意識の奇抜な商品化競争の激化が、消費者のニーズをはるかに超えたところでビヨンド コントロール化するにつれ、膨大な供給過剰と不良在庫に悩まされるようになった。

    成長神話そのものと思われた被害者ビジネスにも、ようやく黄昏が訪れた。賢くなった消費者は、次々に繰り出される新商品の品質、価値および既存商品の激しい径年劣化に飽食感を超えて、嫌悪感、嘔吐感すら抱き始めたのである。

    被害者ビジネスは、21世紀前半の一大衰退産業の象徴となることは間違いない。
    そして今回の佐村河内守事件が、この衰退の流れを加速する助燃材となることは、さらに間違いのないことである。

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 黄昏を迎えた被害者ビジネス!!             奇抜な被害者意識の商品化が、その死期を早める

  • 【北朝鮮拉致】立命館大生やOB、昭和から平成にかけ8人が謎の失踪


    【北朝鮮拉致】
    立命館大生やOB、昭和から平成にかけ8人が謎の失踪 ある「共通点」も浮上

     関西の名門、立命館大学(京都市)の現役学生や卒業生8人が、昭和の時代から平成にかけて次々と“謎”の失踪を遂げている。自ら姿をくらませる事情はなく、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない行方不明者を調べる「特定失踪者問題調査会」が特定失踪者としてリストアップしている。調査会は今月17日、京都市で立命館大周辺を調査した。その結果、見えてきた失踪の背景は何なのか。

    ■100人中8人が立命館大
     調査会は立命館大在学中または卒業後に失踪した行方不明者として、8人をリストアップしている。最も失踪時期が古いのは昭和27年10月、在学中に失踪した渡邊晃佐さん(82)=失踪当時(20)=で、最も時期が新しいのは、平成22年に行方不明になった卒業生の男性(氏名非公表)となっている。

     調査会に届け出があった失踪者約470人のうち、4年制大学の卒業生や在学生は約100人に上るが、そのうち立命館大が8人を占めている。特定失踪者を大学別に見ると、立命館大に次ぐ明治大学が4人で、残りの大学はそれぞれ1、2人程度しかいない。調査会の荒木和博代表は「圧倒的に多い数であることは間違いない」と立命館大に特定失踪者が集中している状況を説明する。


     昭和49年1月に在学中に失踪した酒井秀俊さん(62)=同(22)=を皮切りに、54年2月にも在学中の尾方晃さん(58)=同(23)=が失踪、59年には卒業生の広田公一さん(60)=同(30)=と在学中の男性(氏名非公表)が行方不明に。なぜか5年間隔で失踪している。

     特定失踪者に立命館大の現役学生や卒業生が多いことについて、荒木代表は「学内や周辺に拉致に関係のある組織が存在していた可能性がある」と指摘。その上で、「5年たてば大半の学生が入れ替わり、(拉致の)痕跡が残りづらいと考えたのではないか」と推察している。

    立命館にはあの徐勝氏がいる、しかも今や法学部の名誉教授。しかもしかも専門が人権問題ですって。
    当然西早稲田2-3-18と関わっている
    もっと詳しく知りたい方はインターネットで“西早稲田2-3-18”で検索してみてください。

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 【北朝鮮拉致】立命館大生やOB、昭和から平成にかけ8人が謎の失踪   【北朝鮮拉致】 立命館大生やO

  • あなたは、本当に、真実を直視する勇気を、お持ちですか??




    「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」




    暴かれた英雄たち!!



                  どす黒い血で汚された闇の歴史のページを垣間見る



    ベトナム戦争が終わり、南北ベトナムが統一して既に四半世紀が通ぎた。そして韓国ではここ数年、あの戦争をめぐり長らくタブーとされてきた過去について、かつてない議論が進められている。その過去とは、ベトナム戦争に参戦した韓国軍によるベトナム民間人の虐殺問題だ。

    最初にタブーを破ったのは、韓国のハンギョレ新聞社が発行する週刊誌『ハンギョレ21』だった。同誌は99年、韓国軍がベトナム戦当時に起こした虐殺事件について記事を掲載したのだ(5月6日号)。この記事を書いたのは、韓国人歴史研究者のク・スジョン。彼女はベトナム戦争の韓国軍の残虐行為が記されたベトナム側の資科を入手し、韓国の市民団体の一行とともにベトナム現地で検証を始めたのだ。

    ある地域で、猛虎部隊(韓国軍部隊)等による1か月間の作戦で1200名もの住民が虐殺されたという66年当時のベトナム側の報告を紹介しながら、同時に生存者たちの証言に基づき虐殺の様子を具体的に描いている。例えば、生存者の証言からは韓国軍による民間人虐殺の方法にいくつか共通した類型があったようだと、同記事には記されている。



    日本の戦争責任を追及してきた韓国の人々にとって、自国軍も虐殺をしていたのだという告発は、苦いものであったに違いない。
    タブーであった虐殺事件についてのこれらの報道に対し、韓国国内では激しい反撃が起きた。同年6月27日には、ベトナム戦に従軍した退役軍人ら2000人余りがハンギョレ新聞社に乱入しコンピュータなどを破壊した。彼らは、国のために闘った戦友を冒涜されたと激しく抗議したのだ。

    ベトナム戦争当時、韓国軍総司令官だった蔡命新は、先の『ニューズウィーク』でのインタビューで「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」と明言している。アメリカ軍によるソンミ事件などの虐殺行為がベトナム戦争当時から国際的に批判を受け議論の的となったのとは対照的に、韓国軍による虐殺行為については、こと韓国国内では長く沈黙が保たれてきた。


    南ヴェトナムにおける韓国軍
    猛虎師団 ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 あなたは、本当に、真実を直視する勇気を、お持ちですか??      「誰に対しても償う必要はない。あ

  • 自衛隊学生が韓国の「靖国」を参拝、倭・奴(ウェノム)と罵られる
    2013-09-27

    安全保障関連の研修のため韓国を訪れた航空自衛隊幹部学校の学生および教職員55人が25日午前、国立大田顕忠院を訪れ参拝した。航空自衛隊の幹部たちは来韓するたびに同所を訪れていたが、2012年は独島(日本名:竹島)をめぐり関係が悪化した影響を受け軍事交流が一時中断、航空自衛隊の来韓も延期された

    国立大田顕忠院を訪れ参拝する航空自衛隊幹部学校の学生 
    ここにはヴェトナムでの強姦魔、虐殺魔が多数眠っている。 ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 自衛隊学生が韓国の「靖国」を参拝、倭・奴(ウェノム)と罵られる 2013-09-27   安全保障関

  • 民主党政権時代、

    日本の経済成長がゼロもしくはマイナスだったころ、

    マスコミが盛んにはやし立てた”ワークシェアリング”

    あの話、今はどうなっているの???

    冬眠中???

    ワークシェア論を宣伝扇動した論客たちは、今どうしているの???

    アベノミクスが失敗するのを、今か今かと固唾をのんで、

    ひっそりと死んだふりして、じっと耐え忍んでいるの???

    流行歌と一緒で、流行り廃りの興亡が激しいね!

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 民主党政権時代、   日本の経済成長がゼロもしくはマイナスだったころ、  マスコミが盛んにはやし立て

  • ◆大東亜戦争・東京裁判に関する発言-3



    プライス
    (アメリカ陸軍法務官) 東京裁判は、日本が侵略戦争をやった
    ことを懲罰する裁判だが、無意味に帰するからやめたらよかろう。
    なぜならそれを訴追する原告アメリカが、明らかに責任があるか
    らである。

    ソ連は日ソ中立条約を破って参戦したが、これはスターリンだけ
    の責任ではなく、戦後に千島、樺太を譲ることを条件として、
    日本攻撃を依頼し、これを共同謀議したもので、これはやはり
    侵略者であるから、日本を侵略者呼ばわりして懲罰しても精神的
    効果はない。[1945年12月のニューヨーク・タイムズ]



    カール・ヤスパース
    (ドイツ哲学者) 「私はどう考えても、1つの民族だけが、戦争の

    責罪を負わなければならない義務はないと思う。”自分には罪はない”

    などというのは、薄っぺらで、ごまかしの道徳意識だ。



    これこそひとりよがりというものだ。その証拠に、彼らはすでに、

    次の戦争の準備をし、これを促進しているだけではないか。
    ・・・いっそ明白なる暴力の方がましである。その方が正直で我慢

    しやすい。



    そこに存在したものは戦勝国の強権ばかりであった。それは人類の

    将来の平和のために、無益なばかりか、極めて有害な存在となった」

    [「戦争の責罪」より]

    ジョージ・フリードマン教授
    (アメリカ・ディッキンソン大学) 「まともで教育のある人々がな

    ぜパールハーバーを攻撃する道を選んだのか。こういうことを理解

    せずに、ただそれを非難する人々がいる。



    彼らこそが戦争を最も起こしやすい人々なのだ。当時の日本の指導者

    たちをモンスターにしたり、日本の開かれた悲劇的な立場を考えもせ

    ずに発言する人々を英雄視したりしても、何の解決にもならない。

    解決どころか、このような態度そのものが問題なのだ」

    「パールハーバーを忘れるな・Voice1991年12月号」

    ジョージ・ケナン
    (国務省政策企画部初代部長) 昭和23年に来日し、軍隊も内務省も

    破壊された占領下の日本を見て、「マッカーサー将軍の本部によって、

    その時点までに実施された占領政策の性質は、一見して共産主義の

    乗っ取りのために日本社会を弱体化するという特別の目的で準備され

    たとしか思えないものだった」と批判した。


    東京裁判に対して、
    「[東京裁判を成立させる]このような法手続きの基盤になるような

    法律はどこにもない。・・・公僕として個人が国家のためにする仕事に

    ついて国際的な犯罪はない。国家自身はその政策に責任がある。



    戦争の勝ち負けが国家の裁判である。日本の場合は、敗戦の結果とし

    て加えられた災害を通じて、その裁判はなされている。といっても、

    これは勝利者が敗戦国の指導者を個人的に制裁する権利がないという

    のではない。



    しかし、そういう制裁は戦争行為の一部としてなされるべきであり、

    正義とは関係ない。またそういう制裁をいかさまな法手続きで装飾

    すべきではない」

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 ◆大東亜戦争・東京裁判に関する発言-3      プライス (アメリカ陸軍法務官) 東京裁判は、日本

  • オトポール事件CommentsAdd Starkanototori





    日本のシンドラー樋口





    1936年(昭和11年)

       11月 日独防共協定

    1937年(昭和12年)

       12月 第1回極東ユダヤ人大会 樋口、安江が出席

    1938年(昭和13年)

        1月 関東軍「現下ニ於ケル対猶太(ユダヤ)民族施策要領」を策定

        3月 オトポール事件

       11月 ドイツで反ユダヤ主義暴動(水晶の夜)

       12月 五相会議 ユダヤ人対策要綱

    1940年(昭和15年)

        7月 25日、杉原千畝 命のビザ発給を決断

           基本国策要領 「八紘一宇」が登場 26日閣議決定

     昭和13年(1938年)3月8日、満州西部の満州里駅の対岸に位置するソ連領オトポールにドイツで迫害を受けたユダヤ難民が押し寄せました。ソ連はユダヤ難民の受け入れを拒否していたので、難民は満州国への入国を希望します。しかし、満州国は日本とドイツの関係を気にして入国ビザの発給を拒否します。

    このときのハルビン特務機関長は樋口季一郎(ひぐち きいちろう)少将です。樋口はユダヤ協会と交流があり、極東ユダヤ人協会の会長、アブラハム・カウフマンと親しくしていました。

    カウフマンは樋口に難民の救済を訴えました。樋口は「人道上の問題」としてユダヤ難民の受け入れを独断で決め満州鉄道総裁の松岡洋右(後の外相)に特別列車の要請をします。現場では樋口の部下である安江仙弘が奔走しました。

     3月12日、ハルビン駅にユダヤの人々が到着します。そしてユダヤ難民たちは地元の商工クラブや学校へと収容され、そこで炊き出しを受けます。カウフマンの息子であるテオドル・カウフマンはこのときの光景を現場で見て、戦後、イスラエルで出版した著作の中で、樋口についてこう書き記しています。

    「樋口は世界でもっとも公正な人物の一人であり、ユダヤ人にとって真の友人であったと考える」

    年表からすると、有名な杉原千畝の命のビザの話は、このオトポール事件の2年以上も後のことです。

    北方を守る第5方面軍司令官兼北部方面軍司令官である樋口季一郎中将を日本人は忘れてはいけない。彼の功績はソ連の侵攻を食い止め【千島列島最北端占守島大攻防戦。ソ連軍を唯一撃退した。】,アメリカ軍の北海道進駐までの時間を稼いだことにより,日本の分断占領を防いだこと(結果的に)あるが,それ以上に満州において,ヨーロッパから逃れてきたユダヤ人を満ソ国境の街オポトールで保護した「オポトール事件」を知らしめたい。

    杉浦千畝氏の「命のビザ」に先立つこと2年のことである。一説では樋口中将の救ったユダヤ人は2万にとも言われ,満州経由でアメリカなど第3国に脱出した。打ち破られたソ連が樋口を戦犯として引き渡しを要求してきたとき,アメリカのユダヤ人が動き,マッカーサーに引き渡しを阻止させたことは,オポトール事件が彼らにとって重要な,生命に関わる事件であったかを物語る。


    この人が最後の帝国軍人【8月15日以降も戦い続けた】樋口季一郎中将 ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 オトポール事件CommentsAdd Starkanototori      日本のシンドラー樋口

  • 祖防隊】在日朝鮮人の非合法地下組織。



    1950年1月より密入国者等の強制送還が行われることになり、



    それに対抗するために結成された。



    1955年に朝鮮総連が結成され祖防隊は発展的に解散




    祖国防衛隊 (在日朝鮮人団体)
    祖国防衛隊(そこくぼうえいたい、?????)とは、在日朝鮮人によって
    1950年に結成された非合法地下組織。略称は「祖防隊」(そぼうたい)。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/祖国防衛隊_(在日朝鮮人団体)


    祖国防衛隊やそのシンパが起こした事件一覧

    長田区役所襲撃事件
    大津地方検察庁襲撃事件
    王子朝鮮人学校事件
    東成警察署襲撃事件
    親子爆弾事件
    血のメーデー事件
    吹田事件
    枚方事件
    高田事件 (法学)
    大須事件

    【関連】
    【長田区役所襲撃事件・下里村役場集団恐喝事件】在日朝鮮人に
    よる戦後の悪行、在日の「市民税免除」や「生活保護」獲得の為に、
    また「強制送還反対」の為に役所を襲撃した事件

    【血のメーデー事件・吹田事件・大須事件】<朝鮮戦争の最中に起
    こった三大騒擾事件>在日朝鮮人と日本共産党・左翼団体による大
    規模襲撃・テロ事件

    【東成警察署襲撃事件・親子爆弾事件・王子朝鮮人学校事件・枚方
    事件・高田事件】在日朝鮮人の戦後の悪行、日本人を襲撃した事件


    1950年1月より、外国人登録証の更新及び未登録者(密入国者等)
    の強制送還が行われることになり、それに対抗するために結成され
    た。

    同年4月には、上部組織として「朝鮮祖国防衛委員会中央本部」が
    設けられた。 その後、レッドパージの実施や朝鮮戦争の勃発により、
    日本社会に革命情勢が到来。

    祖防隊はこれを奇貨として急ピッチで組織化を推進することになった。
    全国の在日朝鮮人集住地区に訓練所を設置し、密入国者や社会に不満
    を持つ在日朝鮮人等を勧誘して祖防隊に引き入れ、各種思想教育や訓
    練を行った。

    訓練の後、祖防隊員は日本共産党の非合法組織(山村工作隊や中核自
    衛隊)と共に、日本各地で韓国向け軍需物資の輸送の妨害を狙った暴
    動などの事件を起こして非合法な階級闘争を展開した。

    1952年に破壊活動防止法(破防法)が施行されて以降、暴動や非合
    法闘争に対する当局の対策・取り締まりが強化され、1953年に入る
    と朝鮮戦争も停戦となったため、非合法的活動も下火になった。

    その後、違法行為を放棄して護憲と平和の党へと戦略を転換していっ
    た日本共産党と、あくまでも反日の戦略を貫こうとした在日朝鮮人団
    体との間に溝が生じ、日本共産党との関係を断絶した。

    1955年には朝鮮総連が結成され、階級闘争・祖国統一事業は新たな
    段階にレベルアップした。これにより、非合法闘争を行ってきた祖防
    隊は発展的に解散した。この歴史的経緯により、朝鮮総連は、2010
    年現在も公安調査庁から「破防法に基づく調査対象」との指定を受け
    ている。


    祖防隊の活動を報じた読売新聞(1952年3月30日付)

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 祖防隊】在日朝鮮人の非合法地下組織。      1950年1月より密入国者等の強制送還が行われること

  • あの時代は人々に道義心があり、治安もよかった!!





            人々は規律正しかった!!





                  今日の社会は、治安がひどく悪化した!!






    私の祖父は終戦時は陸軍一等兵として釜山(現在の韓国)におり、引揚者収容所で引揚者の世話をしていました。祖父の記録を見ていると米軍が釜山に上陸してくると引揚者収容所の入り口に朝鮮人の青年が入り口に歩哨で立つようになりました。

    祖父は引揚者のために飯を炊いたりしていましたので、水を汲みに外へでなければならず、歩哨に外へ出してくれというと、「ダメだ」という。そこで賄賂(サバサバという)を渡すと急に態度が変わり自由に出入りが可能になったと書いています。
    (サバを読むという時のサバも同じ語源という説もあり)

    そして「これでは独立した後の朝鮮はサバサバが横行して国の将来が思いやられる」と述べています。実際、歴代大統領がサバサバの人でしたから横行したということですね。ネットを調べると現在でも「サバサバ」は”裏で事を処理する”という意味で使われており、語源は魚の鯖だとか。

    19世紀李朝時代は官僚が腐敗していました。徴兵の代わりに軍布を収めることができていましたが、両班という貴族階級が免除されていくと農民の負担は多くなり、地方官は死者に軍布を賦課したり、幼い子供まで賦課する無理まではじめました。穀物も春に農民に貸与して秋に返済する制度がありましたが、地方の役人は高い利子をつけたり、貸与する穀物をごまかしたりしていました。官吏と地主が結託して隠田を持ち私腹をこやしました。

    官職もカネで買うようになっており、高宗という朝鮮王は歴史上最も賄賂を好んだといわれています。財政が逼迫すると中央では不良通貨が発行され、地方役人は農民から価値のある通貨で税金を取り立て、中央へは不良通貨で納めるなどの不正を行いました。宮廷内では内部抗争が激しく、「朋党の争い」と呼ばれ、暗殺や虐殺が横行していました。

    こうした李朝時代の腐敗は権力闘争を含めて日本統治の法治社会の出現により一掃され近代的国民意識が扶植されました。「醜い韓国人」という本を書いた朴秦赫氏は「あの時代(日本統治)は人々に道義心があり、治安もよかった。今日の韓国社会は治安がひどく悪化した。日本統治時代、人々は規律正しかった」と述べています。

    韓国では朴正煕(パク・チョンヒ)大統領(1963 年 - 1979年 日本名:高木正雄)は諸評価ありますが清廉を好み、不労働所得観念や悪性利己主義主張、党派意識といった民族の悪い遺産を克服すべき指導しており、これは日本の教育を受け、日本の軍人精神(日本の陸軍士官学校を3位の成績で卒業(57期))を持っていたためでしょう。

    そうはいっても日本も総理(前々々々職)が「平成の脱税王」と呼ばれているようではダメです。抹殺された歴史を取り返し、かつての日本人の心を取り戻さなければなりませんね。

    (今でも多くの韓国人が、朴正煕の大統領時代の不正蓄財を執拗に追及しているが、ほこり一つたたないとのこと。かれは、異常なほどの清廉潔白な人間であった。さすが、優等で陸軍士官学校を卒業しただけのことはある。いかに厳格な、帝国軍人教育を受けたかということかと。)

    この人誰か知っていますか?? ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例  あの時代は人々に道義心があり、治安もよかった!!              人々は規律正しかった!

  • 一体、誰のおかげだと思っているのだああーー!!




                   この恩知らずめがああーーー!!





    熱力学第二法則、エントロピー増大の法則が・・・無慈悲に・・・




    踊り狂う誇大妄想史観




             取っては投げ、ちぎっては投げる韓国起源説




    「今の日本の繁栄があるのは全て朝鮮のおかげ」




    韓国では長い間、冊封体制下で中国の歴代王朝に事大の礼を尽くしていたこともあり、中国文明の影響を濃厚に受けており、中国諸王朝や文化の極めて強い影響のもとに文化を発達させてきた。ところが、現代において、韓国外で評価の高い主に日本や中国の事物を韓国が起源と主張する論調をしばしば取ることがあり、極端なものでは明らかに日本や中国で醸成された文化や文物と検証されている著名な歴史的事物や人物を韓民族(韓半島)起源のものであると主張することがある。

    これについては、近年中国や日本から、歴代の朝鮮王朝は自国独自の文化を排斥し中国文化を崇めていたため独自文化が近隣諸国と比べ発達せず、近代の韓国人がそれに対する劣等感を持っていることや、李氏朝鮮までの文化の継続的な継承が行われていない百済や高句麗等の歴史まで自民族史として語る歪んだ思想が原因であると指摘されている。

    「韓民族は北東アジアの覇者であった」という偽史を創作し、その定着を図っている。韓民族の活動した地域は、北はバイカル湖、南は沖縄、西はメソポタミア、東はアメリカ大陸ということになっている。

    • 2007年大韓民国大統領選挙に立候補した許京寧経済共和党総裁は、「中国諸国と連邦をしてアジア連邦を作り、失われた高句麗領土を取り戻したい」「失われた渤海の旧領と、三国時代にヨーロッパまで伸ばした韓半島の故土を取り戻すのが私の夢だ」としている。

    • 韓国KBSの番組「満州大探査」は、「満州はもともと韓民族の土地。清朝を樹立した愛新覚羅氏も、祖先は韓国人」と主張している。

    • 大田大学校哲学科の林均澤元教授が2002年12月に韓国書鎮出版社から出版した「韓国史」において、唐の時代に、高句麗、新羅、百済が中国の大半を有しており、唐の版図は雲南省や四川省などのわずかな部分に過ぎず、高句麗、百済を滅ぼしたあとの新羅の版図は、現在の東シベリア、モンゴル、華北地域など中国北部全体、華中地域、チベット自治区、新疆ウイグル自治区など広大なものとなり、唐は華中地域や華南地域をおさえるにとどまったと主張している。

    • 韓国の圓光大学校教授が広西チワン族自治区の百済郷を調査し、「この地はかつて、百済の植民地だった」と発表した。

    朝鮮民族から発現された文化はそれほど多くない。しかし韓国人が満州族や漢民族の文化を自民族の文化と捏造したり、日本から朝鮮半島に伝わった文化の韓国起源を捏造したり、日本での独自文化の発現と外国から受け入れた文化の変革と発展を無視することで、明治維新以前の日本にあった全ての文化・産業・社会は「中国→朝鮮→日本(朝鮮→中国→日本)」という順番で伝わったものであるという認識が生まれている。

    韓国のメディアでは、このような認識に基づいて「今の日本の繁栄があるのは全て朝鮮のおかげ」「そもそも韓国の文明化は中国より早い」という自民族優越主義的な論評が日常的に行われており、特に日本に対する蔑視と自民族優越主義的な視点は公教育における歴史教育でも顕著である。

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 一体、誰のおかげだと思っているのだああーー!!                    この恩知らずめ

  • なぜなのでしょうか???





    ◆中国国営テレビ局がなぜNHK内部にあるのか





    中国中央電視台 日本支局
    オフィス
    神南2-2-1 (NHK放送センタービル内), 渋谷区,

    中国国営テレビCCTV(中国名称は中国中央電視台)といえば、反日の評論や報道、そして日本人を殺人鬼のように描く反日ドラマの放映で知られています。

    その中国国営テレビの日本支局というのが、なんとわが日本国の公営放送のNHKの内部に存在しているのです。

    中国国営テレビは中国共産党の対外宣伝武器です。
    そのテレビは中国当局の対日プロパガンダ発信の担い手です。
    そんな中国の国営テレビが日本の公営放送のNHKの施設を使っている。
    なぜなのでしょうか。

    NHKはいうまでもなく単なるテレビ局、放送局ではありません。
    日本の政府や国民に守られ、法的にも特権を得ているオールジャパンのメディアです。日本の公共資産ともいえます。

    そんな日本の公共資産のNHKが日本を敵視する中国の国営テレビに特別に施設を供与する。なぜなのでしょうか。

    http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/3224046/

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 なぜなのでしょうか???      ◆中国国営テレビ局がなぜNHK内部にあるのか      中国中央

  • 日本人の方は、自己責任でお願いします!!





    対象者は、在日の方に限ります!!




    【詐欺】 民主党の支持母体である日教組 「あしなが育英会」名目で集めた募金を半分以上も連合や朝鮮学校に寄付してたことが判明。


    日本教職員組合(日教組)が交通遺児らの支援を行う「あしなが育英会」などに寄付するとして、「子ども救援カンパ」 名目で集めた寄付金の6割近くを占める1億円を、日教組が加盟する日本労働組合総連合会(連合)に寄付して
    いたことが18日、明らかになった。

    このうち3750万円が逆に連合から日教組側に「助成金」として交付され、朝鮮学校へ通う子どもの就労支援に 使われたとの報告例もあった。

    自民党の義家弘介氏が18日の参院予算委員会で指摘した。鳩山由紀夫首相は「政治的活動に対し資金カンパ をすることは禁じられている。政治的なカンパでないと信じたいが、文部科学省を通じて調査する必要がある」と述べ、 地方公務員法で制限された政治的行為に当たるかどうか調査する考えを示した。

    こいつがいわくつきの日教組のドン、輿石参議院議員 ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 日本人の方は、自己責任でお願いします!!       対象者は、在日の方に限ります!!      【

  • 虐殺屋、侵略者にして抑圧者である中国共産党を殲滅せよ!!


    人殺し、略奪屋の中国共産党を殲滅せよ!!


    人類の憎悪の的中国共産党を、人類の正義の名において殲滅せよ!!


    これは人類に課せられたもっとも崇高にして神聖なる歴史的使命である!!


    それにしても、日ごろ人権問題にうるさい人権派と称する連中は、なぜ中国共産党の

    人殺し、略奪を見て見ぬふりをするのか??

    彼らは偽善者ではないのかああ=---!!!


    中国の官憲によって無残にも虐殺されたウィグルの人たち ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 虐殺屋、侵略者にして抑圧者である中国共産党を殲滅せよ!!   人殺し、略奪屋の中国共産党を殲滅せよ!

  • なんでこれほど違うんね!!!




    菅談話と日韓併合時代に生きた朴贊雄(パクチャンウン)さんの思い出がコレほどまで違うとは!!

    草思社から出たばかりの、『日本統治時代を肯定的に理解する』を読んで驚いた。学校が建ち、電気、水道、電話が導入され、急速に現代化する京城(けいじょう)(現ソウル)。よく通った日本人の歯医者さんは、子供にも丁寧(ていねい)に接してくれた。

    1926年に生まれ、20年間日本統治を体験した著者、朴贊雄(パクチャンウン)さんの思い出は、愛惜に満ちている。朴さんによれば、創氏改名は強制ではなく、統治後期には独立の動きもなかった。「朝鮮に政争も腐敗も弾圧もない、このような天下泰平の時代が、かつてあっただろうか」とまでいう。

    「植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました」。日韓併合100年で出た菅談話とは、ほど遠い内容だ。カナダ在住の朴さんは、4年前に亡くなった。日本語で書かれているために、韓国で広く読まれる機会がないのが残念だ。

    韓国では2005年、高麗大学名誉教授の韓昇助(ハンスンジョ)さんが雑誌『正論』で、「日本の植民地支配は不幸中の幸いで、むしろ祝福すべきこと」と論じて、世論の袋だたきに遭い、行方をくらます騒動があった。

    一方、2009年に出た『大韓民国の物語』(文芸春秋)のなかで、植民地時代に韓国は近代化し発展した、との見解を示した李榮薫(イヨンフン)ソウル大教授は前回ほど激しいバッシングにさらされていない。韓国近代化の歴史を、実証を踏まえて見直す動きも出てきたようだ。

    菅談話はそれに水を差し、日本の「悪」をひたすら追及する、日韓の左派グループを勢いづかせてしまった。韓国民が反日に血道をあげ、自らの暴政に関心を示さない状況を、北朝鮮は何より望んでいる。菅談話がどれほど罪深いか・・・

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 なんでこれほど違うんね!!!     菅談話と日韓併合時代に生きた朴贊雄(パクチャンウン)さんの思い

  • これが、目にはいらんかああーーー???








         これこそ、最古の太極旗だああーーー!!!







            “大清国属高麗“と書いてある!!






           韓国民は、誰もが最敬礼しなければならないのだああーーー!!







    あれ??
    韓国は「属国であったことはない!」と言っているのに、おもいっきり旗に「 属 国 」と書いてじゃないですか!
    太極旗は「属国旗」として誕生した事を自ら証明したのである。


    これは大変な事です。今まで言ってきた事は間違い(嘘)だったわけですから。
    本家・韓国の朝鮮日報ではさぞ大変な事になっているだろうと覗いてみると・・・

    ■「朝鮮日報」韓国版(今現在は、閲覧できなくなっています。)
    '一番古い太極旗絵' 発見
    '朴泳孝太極旗' より最小 2~3ヶ月先に進んで
    1882年 5月 朝美 通商條約時桂陽推定(朝美とは、朝鮮―米国)

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 これが、目にはいらんかああーーー???               これこそ、最古の太極旗だああーー

  • 靖国神社を公式参拝した国々!!


    すべてを詳しく取り上げられませんが、アメリカ、ドイツが参拝は最多です。
    敵軍アメリカさえ、敬意を表するのにまして日本とは戦争したことがない、どころか、
    日本側で戦った朝鮮が靖国を忌避するとは何たる民度の低さよ、頭の悪さよ。

    自国の国立墓地を参拝してもらって倭・奴と罵るどうしようもなさ。
    日本はアメリカ軍が来ても淡々と受け容れる。これが民度の差。

    靖国を参拝した海外の人々。
    http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=FDCfKm0b8oE

    青色の国が靖国神社を公式参拝した国。
    赤色の国が参拝に反対の国.。  ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 靖国神社を公式参拝した国々!!   すべてを詳しく取り上げられませんが、アメリカ、ドイツが参拝は最多

  • それって、本当なんですか??







                 オランダ語と英語の禁止が独立を導いた!!








    「日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。
    第一に、オランダ語と英語が禁止されたので、
    インドネシア語が成長し、使用が広まった。


    日本軍政の3年半に培われたインドネシア語は
    驚異的発展をとげた。

    第二に、日本は青年達に軍事教練を課して、
    竹槍、木銃によるものだったとはいえ、
    厳しい規律を教え込み、
    勇敢に戦うことや耐え忍ぶ事を訓練した。

    第三に、職場からオランダ人が全ていなくなり、
    日本はインドネシア人に高い地位を与えて、
    我々に高い能力や大きい責任を要求する、重要な仕事をまかせた」

    インドネシアの中学3年用の歴史教科書より


    日本はアジア解放の為の戦争を行いました。大東亜戦争です。

    インドネシアは約350年の間、オランダに侵略されていました。
    日本軍はインドネシアからオランダを追放しましたが、後に日本は敗戦しました。

    日本の敗戦後、2000名の日本軍人は日本に帰れるにも拘わらず、
    インドネシア解放の為に戦い、その約半数が戦死しました。

    独立戦争で戦死した日本兵は、
    ジャカルタの英雄墓地や各地の英雄墓地で祀られています。


    1958年に訪日したスカルノ大統領は、
    市来龍夫と吉住留五郎に感謝の言葉を送りました。
    その石碑が東京青松寺に建てられています。

    大東亜戦争において我々日本の先人は、他国の人々の為、
    アジア解放の為に自らの命をかけ戦ったのです。


    1000名近い日本兵が。インドネシア独立のために命をささげた。
    インドネシア、カリバタ英雄墓地 ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 それって、本当なんですか??                      オランダ語と英語の禁止が独立

  • ここが変だよ



             2度も命を救われているのに



                  二重の差別を受けた!!




    癩(らい)患者の大部分は、
    あらゆる手段を講じて、日本に向け多数密航

    ▼ 衆議院会議録情報 第002回国会 本会議 第55号より
    (昭和二十三年六月四日(金曜日)午後二時九分開議)

    衆議院会議録情報 第002回国会 本会議 第55号

    榊原亨の質問

    さらに問題となりますのは朝鮮人患者のことであります。
    現在朝鮮人癩(らい)患者は、一療養所に約四、五百名くらい收容せられておるのでございまするが、
    戰前朝鮮の小鹿島にありました約六千名の癩病患者は、終戰と同時に日本人職員が引揚げたのを機会に、
    全部これが脱出をはかりまして、この脱出いたしました六千名の癩(らい)患者の大部分は、
    あらゆる手段を講じて、日本に向け多数密航してきたのであります。

    その一例を申しますると、兵庫縣の尼崎市におけるがごときものでありまして、
    これら朝鮮人患者は、日本において一團を組織いたしまして、
    不良なる日本人または朝鮮人と共謀いたしまして、
    いろいろ凶惡なる犯罪を犯しつあるのであります。

    そして、彼らの一部が万一警察に捕われましても、前に申し上げた通り、何ら処罰を受けることなく、
    そのまま癩療養所に再び收容され、彼らはますます増長いたしまして、療養所内の秩序を乱し、
    勝手氣ままな生活をした後、折を見て再び三たび脱出するという順序を繰返しておるのでございまして、
    療養所は、この種犯罪者の安全なる温床となつておるのであります。

     これらの点につきましても何らか緊急の処置を講じなければ、
    單に一般社会への癩病の傳染の危險があるばかりでなしに、
    社会の安寧秩序の上から申しましても、実に重大なる事態に至ることを憂うるものであります。
    ※[003/003] 2 - 衆 - 本会議 - 55号  議事録より

    韓国人は終戦直後に小鹿島ハンセン病患者84人を虐殺しました。
    そして、この大虐殺を抑えたのは、まだ半島に残留していた旧日本軍です。
    日本軍が韓国ハンセン病患者の命を救いました!
    日韓ハンセン病関係年表

    その後、李承晩が大統領になりますが、彼がハンセン病患者を庇護する筈はありません!
    ※李承晩の大田刑務所政治犯1800人大虐殺を行いました。(含む済州島民)

    そうした事から彼らは逃げて密航してきたのです。
    日本軍と日本に2度も命を救われているのです!
    それなのに、来歴を誤魔化し、
    「朝鮮人とハンセン病の二重の差別を受けた!」と日本を糾弾するのは、明らかに変です。

    日韓基本条約で1945年以前の請求権は、個人請求も含めて相互に放棄している。

    改正ハンセン病補償法が2006年2月3日成立しました。
    日本人のハンセン病患者には昭和28年以前の補償はされていません。
    日本人に補償しない期間の
    補償金を韓国人には、なぜ支払うのでしょうか。

    ここが変だよ改正ハンセン病補償法 / ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 ここが変だよ             2度も命を救われているのに                  

  •  アベノミクス何のその





              いまや、巨大バブルに発展か??






                これだから、被害者ビジネスはやめられない!!






     ウソの歴史で利権を得る輩は後を絶ちませんね!!





    戦後、朝鮮人、台湾人はGHQにより三国人と位置づけされ、それぞれ内地から朝鮮半島、台湾へ戻す政策がとられましたが、内地に居残った朝鮮人がいました。彼らの中から「朝鮮進駐軍」と称して横暴の限りを尽くす集団が現れました。

    「直江津駅リンチ殺人事件」が代表的なもので、闇米のブローカーの朝鮮人2,3人が窓を叩き割って列車に乗り込もうとしたところ、日本人乗客に阻止され、やむを得ずデッキにぶらさがって次の駅に到着したのち、進入を防いだ先ほどの日本人を鉄パイプやスコップで滅多打ちにして撲殺した事件があります。

     警察の記録によるとこの当時在日朝鮮人によって起された事件は、昭和20年に182件、昭和21年に5,336件、昭和22年に5,681件となっています。

     昭和26年(1951年)に人類学者の泉靖一氏が東京都民を対象に行った「異民族」に対する態度調査によると、朝鮮人はもっとも好感度の低い集団とされ、「不潔」「文化が低い」「ずるい」「経済的にためにならぬ」「日本をばかにする」「日本のためにならぬ」「日本をうらんでいる」「みにくい」「腹黒い」「無礼」といった否定のオンパレードでした。

    朝鮮人といえば無法者集団という印象を日本人が持っていたわけです。ところが現在はその朝鮮人が「被害者」のイメージになっています。私が子供のころも「差別があった」「”朝鮮人”と言ってはならない」と教えられました。なぜこのようなことになっているのでしょう。

     首都大学東京教授の鄭大均(てい たいきん/チョン・ テギュン)氏は以下のように推察しています。

    「60年代に半ばに刊行された一冊の本に触れるだけにしたい。朴慶植著『朝鮮人強制連行の記録』(未来社、1965年)がそれである。

     <中略>
     この本は刊行されるや、あるタイプの日本人たちには啓示を与える書となったようである。日本国の加害者性侵略者性というアイデンティティを重視するタイプの日本人がそれで、以後自分の生活地である故郷に朝鮮人強制連行の痕跡をたどろうとする活動が全国的に展開され、多くの刊行物が出版されている」

     氏はそれでもこの頃は関心を寄せる人間は少人数だったといい、状況が変わったのは80年代だと述べています。

    「80年代は、日韓の間に教科書問題という外交問題が生じた時期であるとともに、在日コリアンにたいする指紋押捺制度がマスメディアに取り上げられた時期であり、またソウルオリンピックの開催を機に、韓国ブームが引き起こされた時期である。

    80年代は、戦後の日本において、韓国や在日のテーマが大手のテレビや新聞・雑誌で話題になったはじめての機会であり、その解説者の役割を担ったのはコリア学の専門家たちであるが、その多くは被害者論的在日論を自明のものとする人々であった。

    在日一世の大部分は、自発的に当時の内地である日本に渡航してきた人々であり、また日本に居残ることを選択した人々である。だから、戦時期の朝鮮人に対する労務動員を『強制連行』と表現し、それを在日コリアンに結びつけて語るような議論はおかしいのだが、そのことを指摘する在日もいなかった。

    日本国の加害性と在日の被害性をワンセットで考える思考は、80年代の韓国ブームの置き土産として人々の心や身体に残されたのである」

     どうやらメディアに乗って知識人らが金脈をつかんだようです。被害者ビジネスとでもいいましょうか。在日一世の中には戸惑った人もいたかもしれませんね。

    鄭氏は在日のネガティブなイメージは改善されたが、在日であるという身分を自分の人生に流用しようとするコリアンが出てくる危険性もあると指摘しています。かわいそうな被害者として特権を持てば自立できなくなるでしょう。

     ウソの歴史で利権を得る輩は後を絶ちませんね。

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例  アベノミクス何のその                いまや、巨大バブルに発展か??        

  • 触らぬ神にたたりなし!!





               タブー視!!





                    そして、奇妙な沈黙!!





                          それは、死を招く沈黙・・・






    ◇日本ジャーナリズムの罪と罰




    北朝鮮関連書籍はどれも売れている。日本の庶民にとって、隣人の生活ぶりが大きな関心事となっている証拠である。しかし、そんな庶民の関心事については、論戦どころか、事実も大新聞で報道されることがめったにない。

    いまや最大の謎は、"地上の楽園"の実態から、北朝鮮の民主化・人権問題に対する大マスコミの"奇妙な沈黙"に移りつつある。報道としての"死を招く沈黙"の埋由は、二つに大別できる。

    ひとつは、差別問題と同様、北朝鮮の民主化・人権問題を、大マスコミが基本的に"タブー視"している点にある。「何か書くとゴチャゴチャと朝鮮総連がうるさいから……どこの新聞社にも、こういう"リアリスト"の記者がいる。

    とくに、取材の第一線から外れたデスクに「触らぬ神にたたりなし」の傾向が強い。実際、朝鮮総連による組織的な抗議活動はすさまじい。北朝鮮や朝鮮総連に不都合な報道をしたメディアは集中攻撃を浴ぴてきた。

    それでも第一線の記者は、勇気をだして記事を上げる。だが、デスクが「塩漬け」にしてしまう。かの有名な「RENK襲撃事件」では、その傾向が如実に現れた。同事件に関する新聞各紙の扱いは小さかった。

    大阪府警による朝鮮総連大阪府本部への家宅捜素、およぴ同事件への朝鮮総連の組織的で計画的な関与の証拠押収という「史上初、空前絶後」の出来事。これについても同様だった。

    もちろん、第一線記者は熱心に取材する。私への取材も「夜討ち朝駆け」状態だった。ところが、問題の核心に触れる記事はついに出なかった。

    このあたりの事情を某新聞社の記者はこう語る。
    『日本の警察が朝鮮総連の事務所を家宅捜索したのは、戦後初めてのことだ。それだけの大事件だった。しかし、こんな点がある。

    朝鮮総連は日本のマスコミの圧力団体だ。彼らに不利な記事が出れぱ、巧妙に圧力を掛けてくる。だから慎重になるほかない。マスコミが朝鮮総連関連の記事を載せる原則は、必ず朝鮮総連のコメントを受けてから書くということだ。したがって、朝鮮総連がコメントを拒否すれぱ、記事を書かない場合が多い』

    同記者は結局、デスクから「この事件はソフトに扱え」と注文を付けられた。十分な証拠を確保して記事化しても、デスクから「保留」の指示が下りる。

    抗議する同記者に、デスクはこう答えたという。
    『この記事を載せて、数百人の朝鮮総連が会社を取り囲んでデモでもすれば、どうするんだ』

    同記者によれば、当時、どの新聞社も似たようなものだったという。
    『困難は避けて通るのが日本人の特性だ』と同記者は付け加える。私は朝鮮人だから、よくわからないし、わかりたくもない。

    他方で、かつての冷戦構造、あるいは55年体制の"左側"にいて、いまだに社全主義幻想にすがりつく時代錯誤な編集委員がいる新聞社もある。VIP待遇で北朝鮮に招待され、行く先々は事前に準備万端のヤラセ視察。

    『北朝鮮は素晴らしい。街にゴミひとつない。完成された社会主義だ』……帰ってきて、こんな"ヨタ話"を平気でしては、若い記者をあきれさせる。いくら抗議が嫌で怖くても、重要な問題だと考えれば記事化する。それが大新聞だと私は信じたい。

    「朝鮮総連と収容所共和国」 李英和 1999年 小学館文庫より

    元朝鮮総連中核幹部  李英和 氏 ↓

    事件報道や宣伝の刷り込み危険の例 触らぬ神にたたりなし!!                 タブー視!!               

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