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    人絹救済法案と言えば聞こえが良いけれど、実質、言論弾圧法案だろう。
    断固反対。

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  • 韓国人で日常会話の中に日本語を使わない人はほとんどいないだろう
    例えばこんな感じで


    ・だんどり(단도리) - 段取り
    ・ぶんぱい(분빠이 ) - 分配
    ・あなご(아나고) - アナゴ
    ・おでん(오뎅) - おでん
    ・わさび(와사비) - 山葵
    ・うわぎ(우와기) - 上着
    ・ゆどり(유도리) - ゆとり
    ・いっぱい(이빠이) - いっぱい
    ・ちゃんぽん(짬뽕) - ちゃんぽん
    ・こっぷ(고뿌) - コップ
    ・ぺんき(뼁끼) - ペンキ
    ・えきす(엑기스) - えきす
    ・こんぐり(공구리) - コンクリート
    ・だーす(다스) - ダース
    ・まふらー(마후라) - マフラー
    ・ばけつ(바게스) - バケツ
    ・ばんど(반도) - 半島
    ・ばってり(빳떼리) - バッテリー
    ・ばく(빠꾸) - バック
    ・すれぱ(쓰레빠) - スリッパ
    ・ふぁいば(화이바) - ファイバー
    ・らんにんぐ(난닝구) - ランニング
    ・ぺーぱ(뻬빠) - ペーパー
    ・もち(모치) - 餅
    ・ぴっかはだ(삐까하다) - ピカピカだ
    ・こんせ(곤색) - 紺色
    ・まんたん(만땅) - 満タン
    ・せーらーぼ(세라복) - セーラー服
    ・そらせ(소라색) - 空色
    ・しっぱるぼん(십팔번) - 十八番
    ・かお(가오) - 顔
    ・くさり(쿠사리) - 鎖
    ・えり(에리) - 襟
    ・えんこ(엥꼬) - エンコ
    ・いじめ(이지메) - いじめ
    ・しょぶ(쇼부) - 勝負
    ・みしん(미싱) - ミシン
    ・くるま(구루마) - 車
    ・ならし(나라시) - ならし
    ・しまい(시마이) - 終い
    ・あっさり(아싸리) - あっさり
    ・ちらし(찌라시) - チラシ
    ・びら(삐라) - ビラ
    ・すめきり(쓰메끼리) - 爪切り
    ・たまねぎ(다마네기) - 玉ねぎ
    ・ぱる(빠루) - バール
    ・さくら(사쿠라) - 桜
    ・むてっぽう(무대뽀) - 無鉄砲
    ・きす(기스) - 傷
    ・どかた(노가다) - 土方
    ・しだ(시다) - 下
    ・こぼん(꼬봉) - 子分
    ・たらい(다라이) - 盥
    ・たくあん(다꾸앙) - 沢庵
    ・てんぷら(덴뿌라) - 天ぷら
    ・なわばり(나와바리) - 縄張り
    ・どらいば(도라이바) - ドライバー
    ・すてん(스뎅) - ステンレス
    ・あかじんき(아까징끼) - 赤チン
    ・おぼん(오봉) - お盆
    ・おやぶん(오야붕) - 親分
    ・おやじ(오야지) - 親父
    ・よーどじんぎ(요도징끼) - ヨードチンキ
    ・よじ(요지) - 楊枝
    ・ちゃっく(자꾸) - チャック


    本当に多いな
    これらすべてが日本語残滓だなんて…

    日帝時代を経験したのだから当然日本語も残ってるよね
    何より日本語は発音が楽だろ?
    特に日本語を多く使うのは建築作業現場
    ペンキ、コンクリート、バールなどなど

    人権救済法案(言論弾圧法案) 韓国人で日常会話の中に日本語を使わない人はほとんどいないだろう 例えばこんな感じで    ・だんどり

  • NYタイムズ紙の



     日本批判報道が物議




    北海道猿払村で2013年11月、
    戦時中に労働力として動員された
    朝鮮半島出身者の追悼碑が建立されたが、
    村の申し入れで除幕式が中止になる
    騒ぎがあった。

    米ニューヨーク・タイムズ紙は、
    これをネット右翼の圧力でそうなったと
    批判的に報じて、物議を醸している。

    「戦争犯罪を忘れさせようと、
     日本で圧力がかかった」

    ■記事の中で追悼碑が
     無許可だったことに触れず

    村有地の追悼碑建立に
    村への許可申請がなかったことが分かり、
    村は除幕式の中止を求めていた。
    12月8日には、追悼碑が自主的に撤去され、
    村の総務課によると、
    その後は改めて申請はないという。

    NYタイムズは
    朝日新聞社と提携しており、
    東京支局を朝日新聞東京本社ビル内に
    設けている。

    つまり・・・
    朝日新聞の意向をNYタイムズ東京支局が
    代弁して、海外に発信しているのだ。
    朝日新聞が火を付け、
    NYタイムズがさらに延焼させ、
    再び朝日新聞が
    「日本は海外でこう見られている」
    と記事を書くという典型的なマッチポンプ方式!

    エボラで隔離されたのもNYTのオオニシという
    反日記者(もと在日)と神戸市長田区出身の大の
    反日記者田淵広子(元在日か?) ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) NYタイムズ紙の     日本批判報道が物議     北海道猿払村で2013年11月、 戦時中に労働

  • これが現実か・・・・・・・・・





           まことにやるせないのおおーーー





    「貯金も年金もなく、頼る家族も一切いない。彼女たちは自分の土地に住みながらも、目に見えない異邦人と化してしまった」


     英国の公共放送BBCが9日、インターネット版ニュースで「性を売る韓国のおばあさんたち」と題し、いわゆる「バッカスおばさん」の日常生活を報じた。


     「バッカスおばさん」とは、高齢の男性を相手に滋養強壮剤と共に性を売る女性のことだ(バッカスは滋養強壮剤の商品名)。


     この記事では、ソウル地下鉄の鍾路3街駅の階段で滋養強壮剤を売るキムさん(71)を取材し、韓国の高齢者の貧困問題について報じた。この周辺で滋養強壮剤を売っている女性は約400人。

    滋養強壮剤の販売だけでは1日に5000ウォン(約500円)をもうけるのがやっとだという。キムさんは「一部の人々は滋養強壮剤以外にも売っている。私にも男たちが近づいてきて(売春を)提案されるが、私はいつも断っている」と答えた。


     BBCは(鍾路3街駅近くの)宗廟公園が高齢者たちの隠密な売買春の場所となっていると報じた。ここで出会った男性のキムさん(81)は「ここで友人と一杯飲み、女性たちにも出会う。女性たちと寝るためには2万-3万ウォン(約2000-3000円)掛かるが、親しくなれば安くしてくれることもある」と話した。

    また、別の男性は「酒を飲んで金をそっと渡せば事が始まる。男たちは年を取っても取らなくても、性的な魅力があってもなくても女性との関係を持ちたがる」と話した。


     BBCは、高齢者の貧困と売買春が韓国社会の変化による現象とみて「韓国のお年寄りたちは経済成功の犠牲者」と報じた。韓国の高齢者世代は一生懸命に働き、経済的奇跡を起こし、次の世代のため惜しまず投資した。「儒教社会で成功した子どもが最高の老後年金だった」というのだ。


     しかし、激しい競争社会に変わってしまった韓国で、子どもたちは親の世代を扶養する能力に欠けている。キムさんは「子どもに頼るのはばかだ。私たちの世代は親の言葉によく従ったものだが、高等教育を受けた子どもたちは私たちの言葉を聞かない」と話した。

    また、他の女性は「金もなく、子どもも手伝ってくれない。子どもたちも自分たちの老後に備えなければならない」と話した。


     BBCは、韓国の最新の携帯電話を宣伝する看板の前を通るお年寄りの写真を掲載した。最先端の製品を作って経済的な成功を収めたものの、高齢者の貧困問題は解決できない韓国社会の現実を物語る場面としてこの写真を選択したようだ。


     最後に「韓国の高齢者たちにとって食事代は高く、性は安い。どんな代価を支払ったとしても、人間のぬくもりを感じるのは簡単ではない」と報じた。

    朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

    パリ= 李性勲(イ・ソンフン)特派員

    人権救済法案(言論弾圧法案) これが現実か・・・・・・・・・             まことにやるせないのおおーーー      「

  • 日本人への言論弾圧が、共産党や北朝鮮系の民主党から進んでいます。
     (北朝鮮・朝鮮総連。しばき隊、朝日、過激派、パチンコ、同和=民主党の母体)

    セクハラとか、ヘイトスピーチとかで、保守派が罰せられています。
    ヘイト=憎しみ、憎悪民族は、朝鮮人です。
    ★日本人がいう言葉には憎しみ、憎悪ではなく、正当な批判です。
     ヘイトスピーチは、言論弾圧(人権法案)の始まりです。
     日本人の言論が無くなれば、保守政治家は消えます。

    人権救済法案(言論弾圧法案) 日本人への言論弾圧が、共産党や北朝鮮系の民主党から進んでいます。  (北朝鮮・朝鮮総連。しばき隊、朝

  • なぜ人権批判が成立するのか
    人権というのは「強制的に付加されていて拒否できない権利」なのですが、これは2次大戦後成立の国連によって成立した権利で、過去あらゆる政治も宗教も達成していないほどの巨大なファシズムなのです。だからファシストは皆、政治や宗教よりも人権が好きなのです。
    もし、人権に対する罪があるとするならば、それは「自分に付加された人権を放棄した」ということのみに収斂することになります。人権の侵害という表現には矛盾があって、本来は人権の放棄というべきでしょう。人権を放棄した人に対して人間に対する罰則が適用されないのはこのためです。「早く人間になりたい」と主張する者は戦後、妖怪人間ベムだけになりました(苦笑)
    ■!pn:吉っつあん。

  • 「アイヌ民族党」は在日朝鮮人の政治政党か!?





    日本人だけではなく、アイヌにまで偽装する朝鮮人





    在日朝鮮人が『アイヌ』を騙り、現地の人々に多大な迷惑を掛け続けているようです。

    日本人だけではなく、アイヌにまで偽装する朝鮮人
    http://youtu.be/AdOjfi2JIMI


    ※動画が見られない方は、動画下の文字起こしをごらんください

    【北海道における『アイヌ』の定義】です。

    それはこうなっております。

    ・地域社会でアイヌの血を受け継いでいると思われる人。
    ・また、婚姻・養子縁組等により、それらの方と同一の生計を営んでいる人。
    ・自己申告者のみ対象

    要するに 推定+血統無視+自己申告

    これが北海道の認めるアイヌの定義です。

    そして、過去の事例で、ウタリ(アイヌ)協会(北海道アイヌ協会)の事務局に関連して、以前は役員と事務局双方の名簿が載っていたのですが、各方面から事務局が在日朝鮮人で構成されていることを指摘された後、事務局名簿が削除されていた。

    という、問題が発生しています。

    そして、「北海道が貸し付けた『アイヌ大学支援』名義の25億円のうち、21億円の返済が免除」という一件の最中にも、社団法人北海道ウタリ(アイヌ)協会羅臼支部の会員問題で、96年に2人だった会員数が、翌年に100倍になったり、急に減ったりしていたりします。

    そして、ここでも重要なのが、この【ウタリ(アイヌ)協会】の『会員資格』は、”自己申告制”であるという事です。

    そして公的資金の受け皿である組織も、【ウタリ(アイヌ)協会】である、という事です。

    つまりは日本人でなくても”自己申告”さえすれば、在日朝鮮人・シナ人でも給付金を受け取れる、という事です。

    そして、前述したウタリ(アイヌ)協会の会員数が1年で100倍になったり、70名以上が減る激減の事象など、2006年までのアイヌ学生の申請率は5.8%(2人)

    つまり、2006年までのアイヌの94.2%の家庭は自費で学校に通っていました。

    しかし、2007年の申請は200人。つまり1年に100倍にアイヌ学生が『増加』したことになるのです。

    そしてここで一番重要なのは、『アイヌの人口』である、という事です。

    ・アイヌ人口(北海道) 23,782人
    ・平均年齢を70歳として、1学年あたり人口は340人前後。
    ・2007年以前のアイヌの大学進学率 17,4%

    1学年あたりのアイヌ人の大学生数
    340x0,174=『59人』

    しかし2007年以降、毎年200人以上の申請が発生、という事態。つまり、1年でアイヌ学生が100倍に増加した事になります。

    ありえるでしょうか?
    (そして70名以上も「学校に通っているはずなのに」脱退。)

    以前から、在日朝鮮人が『アイヌ』を騙し、【アイヌ協会】名義で日本人の血税から多額の補助金を騙し取り続ける、この実態を周知し、これに歯止めをかけないといけません。

    そして何より、朝鮮人の「日本民族分断工作」という、『沖縄のプロ左翼』という前例がある以上、報知していれば朝鮮人たちはさらに【隠れ蓑】として、利用し続け、「差別だ!」と戯言をほざかして、つけあがらせる事になります。

    特に「自主申告制」であるという事が、一番の危険要因です。

    そう、北海道を中心に「在日朝鮮人の政治政党」ができてしまう可能性があります。

    アイヌ民族党  ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) 「アイヌ民族党」は在日朝鮮人の政治政党か!?       日本人だけではなく、アイヌにまで偽装する朝

  • こんなことってあるもんなんですね!!




    完全に虚を突かれた日本のマスコミ、左翼勢力・・・





          そして、在日勢力の方たち・・・




    これで、次からは、日本の閣僚は大手を振って訪問・参拝します・・・





             サンピエトロ大聖堂を!!!






      サン・ピエトロ大聖堂に何が安置されているかご存知ですか???









    平成26年6月6日(現地時間)、安倍総理は、イタリア共和国の首都ローマを訪れました。安倍総理は、始めに、バチカンでフランシスコ法王に謁見し、その後、ローマ法王庁のピエトロ・パロリン国務長官と会談を行いました。

    また、その後、安倍総理はサン・ピエトロ大聖堂を訪問するとともに,同大聖堂に隣接するバチカン宮殿内のシスティーナ礼拝堂等を視察しました。


    実は、A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯として処刑死した英霊の1068柱の位牌があるのは、
    靖国神社では無く、カトリック教会の総本山「サンピエトロ大聖堂」です。あのルネッサンスの大天才、ミケランジェロの荘厳な壁画に包まれた大聖堂です。

    これは、1975年に真言宗醍醐派品川寺の僧侶だった仲田順和(のちの醍醐寺第103世座主)が教皇パウロ6世に対し、東京裁判で戦犯になった者へのミサを行う事を依頼した事から始まります。

    教皇パウロ6世はミサ行う事を快諾します。しかし、1978年約束したミサを行う事なく他界し、1980年5月21日パウロ6世の遺志を引き継いだ教皇ヨハネ・パウロ2世が、
    A級戦犯B級戦犯C級戦犯として処刑された英霊へのミサをサンピエトロ大聖堂で行い
    A級戦犯B級戦犯C級戦犯として処刑された英霊1068柱の位牌が奉納される事になったのです。

    韓国や中国が、「戦犯の位牌の前に頭を下げるのは日本が戦争責任を否定する事と同じ」という理由から、靖国神社を問題視しているのでしたら、位牌があるのは靖国神社では無くサンピエトロ大聖堂ですので、サンピエトロ大聖堂を問題視すべきです。バチカン教皇庁に抗議すればよいわけです。ただし、世界のカトリック教徒10億人を、敵に回すことになりますが。


    さて、安倍総理のサンピエトロ大聖堂訪問に対し、日本のマスコミや中国や韓国のマスコミはどう反応したのでしょうか???

    A級戦犯を祀る事が「悪」だと云うなら、「サンピエトロ大聖堂」にも同じ事を云うべきでしょうし、仮に日本の閣僚が「サンピエトロ大聖堂」に赴いた場合には、日本のマスコミや中国や韓国のマスコミは、「戦前回帰だ!!けしからん!!」などと騒ぎ立てるのでしょうか?
    いまのところその気配が一向に見られませんが・・・

    ところで、毎年多くの日本人観光客をはじめ、中国・韓国の観光客も含め、世界中の観光客が、バチカンのサンピエトロ大聖堂を訪れます。
    好むと好まざるとにかかわらず、中国人韓国人も含め、とにかくあまたの世界中の人々が、ここサンピエトロ大聖堂で、A級戦犯をはじめ刑死した1068人の位牌を礼拝しているのであります。知ってか知らずか・・・

    <注>
    ① 靖国神社では、位牌という言葉は使いません。あくまで“柱”です。位牌という言い方をするのは、仏教とキリスト教です。イスラム教には、位牌という言葉はありません。
    ② バチカンのサンピエトロ大聖堂には、なぜかナチス関係者の位牌は一切ありません。

    バチカンでフランシスコ法王に謁見する安倍総理  ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) こんなことってあるもんなんですね!!      完全に虚を突かれた日本のマスコミ、左翼勢力・・・

  • 不法に占有しているんです





          「差別、弾圧だ」





               当然の権利としてここにいるんです





    ■不法占拠!在日団体「高槻むくげの会」を高槻市が提訴


    市立第一中学校の一室を1年以上、不法占拠している
    として、大阪府高槻市は5日に同市の
    在日韓国・朝鮮人団体「高槻むくげの会」に対し、
    明け渡しを求めて大阪地裁に提訴する方針を明らかにした。9月定例市議会に関連議案を提出する。

    市教委によると、昭和60年度に「在日韓国・朝鮮人教育事業」をスタート。
    市教委は同会と日本語の識字学級や地域子供会などを共同で行い、「便宜供与」として
    同中学校青少年課分室の一部、約30平方メートルの使用を認めてきた。

    しかし、市教委はこの事業を平成13年度から「多文化共生・国際理解教育事業」に変更。
    在日韓国・朝鮮人だけでなく、ブラジル人やフィリピン人などにも部屋を開放することになったが、「高槻むくげの会」が占有した状態が続いた。

    このため昨年1月、同年3月末までに部屋を明け渡すよう求めたが、
    「差別、弾圧だ」などと拒否したという。
    同会は4月以降も明け渡しに応じず、
    部屋を無断で使用して日本語講座などを有料で開催。
    光熱費は中学校が負担しているという。

    市教委青少年課は「他の市民に説明がつかない。
    どうして韓国・朝鮮の人だけが、
    水道代も電気代も払わず、中学校を使えるんですか。

    校内にあるむくげの会の事務所の前には、
    会の関係者以外立ち入り禁止の看板が出されていました。
    フィリピン人やブラジル人にも開放しなければならないのに、
    むくげの会が不法に占有しているんです」とコメント。

    同会の李敬宰(イ・キョンジャ)会長は「提訴は非常に遺憾。断固戦う。
    不法占拠と市が主張する根拠はここ(中学校)に事務所があるからですか。
    我々の活動を市がキチンと引き継いでくれるなら、いつでも出て行きますよ。
    市がやらないから、当然の権利としてここにいるんです。

    以前議会で、我々がここに事務所を置くのはおかしいと追及したことがあった。
    市教委が、行政の一環だから問題ないと答弁し、事務所問題には決着がついている。
    今さら市が明け渡しをいうのは、朝鮮人つぶしとしか考えられないですね」 と反論している。

    産経関西:2006年09月06日記事 及び
    週刊新潮:2006年9月21日号 134ページ記事 より


    こいつが「高槻むくげの会]の李敬宰(イ・キョンジャ)会長 ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) 不法に占有しているんです            「差別、弾圧だ」                  

  • 『在日・強制連行の神話』( 鄭大均著 文春新書)

    「在日の多くは海峡を自らの意志で越えたのだ。 在日は強制連行されてきた人々とその末裔だとする主張がある。
    が、一世の証言に丹念にあたれば、それが虚構にすぎないことが分る」

    朝鮮人によるマスコミへの卑劣な圧力が無かった頃は、朝日新聞も大量の密入国者がいる事実を報道してました。
    『朝日新聞 1959年6月16日付』(「世界」2000年10月号 戦後日本「在日外国人」の虚像と実像 原尻英樹)より
    「密入出国をしたまま登録をしていない朝鮮人がかなりいると見られている」

    戦時徴用による強制連行についての資料
    3)1974年の法務省編「在留外国人統計」によれば、在日韓国・朝鮮人の日本上陸は昭和16~19年の間は1万4514人。
    「国民徴用令」による徴集は19年の9月以降の僅か4ヵ月間であるから、単純に計算しても、この期間に徴用された者は 昭和16~19年間の1万4514人の12分の1、つまり1210人ほどにすぎない。

    昭和20年9月1日以前は679名であり、
    それを加えた概算1889人ほどが、真に徴用の名に値する在日朝鮮人だという事になる。

    仮に「官斡旋」を徴用の概念の中に入れ、官斡旋が行われていた昭和17年2月~19年8月の来日者の推計数を全部加えても 約1万1300人ほどである。
    したがって、在日全体の僅か0.5%未満にすぎない事になる。

    「これでは困る韓国」呉善花、崔吉城 1997 より
    呉「在日の人たちにしても、植民地時代も自分の意志で積極的にきた人のほうがずっと多いんじゃないですか。強制連行で連れてこられた人たちはほとんど帰ってしまったわけですから。」

    崔「そこはいいポイントです。事実はまさしくその通りなんです。ところが、そうであるにもかかわらず、意識としてはそうじゃなくなっているんです。 自分も植民地のときに強制的につれてこられたのだと、これはアイデンティティ としてそうなってしまっているんです。」

    在日朝鮮人が必死で隠す君が代丸の史実
    http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n124926?fr=rcmd_chie_detail

    なぜ、戦後の朝鮮人の密入国が多く、なぜ在日は必死で嘘を付いて嫌いな日本に永住するのか?
    理由その1 韓国が行った、共産主義者大虐殺
    http://ja.wikipedia.org/wiki/済州島四・三事件
    帰国すれば報復が怖くて在日は帰国しません

    理由その2 韓国の兵役が嫌だから
    在日が帰国したがらない一番の理由が韓国の兵役が嫌だからだそうです。

    理由その3 在日に対する、韓国での激しい差別
    在日は朝鮮王朝時代の八段階の階級で最も階級が低い、白丁(ペッチョン)という奴隷階級の子孫です。日韓併合時、日本が奴隷階級の白丁を解放しましたがそれでも韓国で激しい部落差別のようなものを受け、生活が苦しくなり日本やアメリカに大量移民しました。

    韓国へ帰国すれば白丁の子孫として日本に住んでいるより在日は差別を受ける、朝鮮戦争の時逃げた、兵役逃れで白い目で韓国人から見られ、韓国の兵役が嫌なので在日韓国人は帰国したがりません。韓国人は在日を韓国語で国捨て人の意味で※半チョッ・パリと言って、日本人以上に嫌い差別するそうです。

    ※チョッ・パリ 意味は韓国語で豚の足。転じて日本人の足は豚の足のように短いと言う意味で韓国人が日本人を軽蔑、馬鹿にする言葉

    半チョッ・パリは韓国を裏切り、韓国人に酷い事した日本に逃げ込み裏切った、韓国人ではない、半分日本人と同じだと韓国人が在日を軽蔑する意味で韓国人は在日を半チョッ・パリと呼ぶ

    在日が北朝鮮に帰国すれば朝鮮戦争の時逃げた罰で強制収容所送りです。そこで日本に残るために強制連行と言う嘘を付き始めました。

    人権救済法案(言論弾圧法案) 『在日・強制連行の神話』( 鄭大均著 文春新書)  「在日の多くは海峡を自らの意志で越えたのだ。 在

  • あなたは日本の子供たちが「犯罪者の汚名」を受けてもいいですか?



      韓国とアメリカが日本に「濡れ衣」を着せた理由は何ですか?   
       


     韓国という国家は、「韓国軍の過去の犯罪行為」に関しては、右派系政権時と左派系政権時では大きく対応が変わります。それは右派系が反共を第一とし、韓国軍擁護なのに対して、左派系は容共勢力であり「韓国軍による犯罪」を追及する側なんです。

    現在のパク・クネは右派系大統領であり、キム・デジュンやノ・ムヒョンは左派系の大統領です。ですから、キム・デジュンやノ・ムヒョン時代には「韓国軍の犯罪行為」が追及され公開されました。 以下の資料は、ノ・ムヒョン政権時に書かれた資料です。  

    ここからが「韓国の資料」です。

    <引用>
     国連軍と韓国軍は 1950年10月~12月にかけて、北朝鮮地域を占領した後、多数の民間女性たちを誘拐した。このことに対してキム・グィオック博士は、 「特に左翼の協力者の疑いがある若い女性に対する強姦は、仮想敵に対する統制作戦の一つだった.。

    非公式ではあるが、1950年にも軍隊慰安婦や慰安所は存在しており、むしろ軍医が風紀紊乱を憂慮して、1951年以降、追加の慰安所を公式に創設したし、前線軍部隊でも非定期的に軍隊慰安婦を徴発した。

    その結果、強姦と拉致によって一度、慰安婦生活を経験した女性たちのかなりの多くが、自暴自棄の心情で私娼に流れて行き、再び 「軍隊慰安婦」という公娼に編入される悪循環を繰り返えしたように思われる」と。

    1947年 10月20日  当時の公娼の規模は 2124人
    1948年 10月末    私娼は 5万人
    1953年 7月27日   朝鮮戦争が終わった後、売春に従事する韓国人女性は 30万人
    http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000067635&PAGE_CD =
    <引用終わり>
      
            
     ここで重要な問題は、「韓国軍による拉致と強姦事件」の被害者は今も生存していますし、当然のことながら「拉致や強姦を犯した加害者も生存」しています。そしてさらに重要なことは、加害者は「代替わり」していますが、その子供や孫は国軍や政権の中枢にいることです。この状況は実はアメリカにも当てはまります。

    「韓国軍にいた自分の祖父や父が犯罪者!」 これは左派系の大統領の時に必ず指摘されます。上の韓国の資料はそのことを明確に語っています。「軍による女性の拉致と強姦は韓国軍の作戦の一つ」だったんです。

     でもこの事実が世界的に認められると困る人たちは当然、「別の犯人」が必要になります。アメリカと韓国が「濡れ衣を着せた」のが日本だったんですね。最近のアメリカの右往左往は、まさに「犯罪者の動揺」ですよね。できればこのまま「日本に罪をかぶせておきたい」のがアメリカと韓国の本音でしょう。
     
     もともと、いわゆる「日本軍の従軍慰安婦」と呼ばれる女性たちの年齢が、1940~1945年では「10代前半」でしかなく、売春業に適さないことはもはや事実です。ところが、朝鮮戦争が始まった1950年以降になると10代後半~20代になります。韓国やアメリカの主張は「子供は保護されるべき」という人間の基本的常識さえ無視した主張なんですね。アメリカや韓国は自国の軍隊の軍人の犯罪を隠し続けるためには、これからも「うそを言い続け」なければなりません。

     結局は、韓国人にとっての「反日行動」は「先進国・日本」にケチをつけるための材料であり、誤った歴史教育が生み出してしまった「韓国人は日本人より優秀」という思い込みと「韓国人のみじめな現実」の乖離が作り出したフラストレーションでしかありません。残念ながらこれはもはや「STAP」細胞で全身交換をしても治せないレベルに達しています。ですから、韓国からのストーカー行為を防ぐ方法は未来永劫ありません。それこそ「1000年ストーカー」です。

     私たちは粛々と「事実に基づき反論」していくと同時に、できるだけ「韓国と接点を持たない」ことを心がけるべきです。韓国人の一般常識としてはすでに、「日本人はサルであり、殺してもかまわない」という考えが浸透してしまっています。これは善人には受け入れがたい現実ですが、これが現実です。韓国との友好などはもはや「ウリナラファンタジー」の世界だけのことなんですね。


        韓国の退役軍人が「日本非難」をする理由はなんでしょう? ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) あなたは日本の子供たちが「犯罪者の汚名」を受けてもいいですか?       韓国とアメリカが日本に「

  • 尊韓攘日!!



          この狂旗のもと、吹き荒れる歴史認識テロ!!
     


                リストは作られた!!



                     標的は、こいつらだ!!



    ソウル大学名誉教授の安秉直(アン・ビョンジク)や成均館大学教授の李大根は、日本植民地統治下の朝鮮において、日本資本の主導下で資本主義化が展開し、朝鮮人も比較的積極的に適応していき、一定の成長が見られたとしています。

    ソウル大学教授の李栄薫は、大日本帝国の統治が近代化を促進したと主張する植民地近代化論を提示するが、韓国国内では少数派である。彼もまた親日派とされ糾弾されている。

    崔基鎬も、李氏朝鮮の末期には、親露派と親清派が内部抗争を続ける膠着状態にあり、清とロシアに勝利した日本の支配は歴史の必然であり、さらに日韓併合による半島の近代化は韓民族にとって大いなる善であったとしている。

    元韓国空軍大佐の崔三然も、「アフリカなどは植民地時代が終わっても貧困からなかなか抜け出せない状態です。では植民地から近代的な経済発展を遂げたのはどこですか。韓国と台湾ですよ。ともに日本の植民地だった所です。他に香港とシンガポールがありますが、ここは英国のいわば天領でした」

    「戦前、鉄道、水道、電気などの設備は日本国内と大差なかった。これは諸外国の植民地経営と非常に違うところです。諸外国は植民地からは一方的に搾取するだけでした。日本は国内の税金を植民地のインフラ整備に投入したのです。だから住民の生活水準にも本土とそれほどの差がありませんでした」と証言し、肯定的に併合時代を評価した上で日本政府の行動を批判している。

    当時の併合時代に育ち、のちカナダに移住した朴贊雄(パク・チャンウン)は2010年に発表した著書で「前途に希望が持てる時代だった」「韓国史のなかで、これほど落ち着いた時代がかつてあっただろうか」として、統治時代の肯定的側面を公正に見ることが真の日韓親善に繋がると主張している。

    2004年に東亜日報社長の権五琦(クォン・オギ)は、新しい歴史教科書をつくる会による教科書について、特に反発を感じないとしながら、「韓国でも併合に一部のものが賛成していた」という同教科書の記述について「『韓国人はみんな日本に抵抗した』と自慢したいのが韓国人の心情かもしれないが、本当はそうでないんだから、韓国人こそがこの教科書から学ぶべきだ」「どの程度の『一部』だったか知ることは、何もなかったと信じているより韓国人のためになる」と発言している。

    漢陽大学名誉教授で日露戦争や韓国併合についての著書もある歴史学者崔文衡(チェ・ムンヒョン)は、左派寄り教科書とされる金星出版社『高等学校韓国近現代史教科書』における「日帝が韓国を完全に併合するまで5年もかかったのは義兵抗争のため」といった記述に関して、事実とは異なるとしたうえで、ロシアが米国と協力し満州から日本の勢力を追い出そうとする露米による対日牽制などの折衝を日本が克服するために併合に時間がかかったのだとした。

    また、「代案教科書」における安重根による伊藤博文狙撃が併合論を早めたとする記述についても、併合は1909年7月6日の閣議で確定しており、安の狙撃で併合論が左右されたのではないと指摘したうえで、双方の教科書に代表されるような、当時の世界情勢や国際関係を看過する史観について「自分たちの歴史の主体的力量を強調する余り、国際情勢を無視し、 歴史的事実のつじつまを合わせようとしている」と批判し、世界史において韓国史を理解しようとしない教育は「鎖国化教育」であるとした。

    高麗大学名誉教授(当時)の政治学者韓昇助は2005年に日本の雑誌『正論』に、日本による韓国併合はロシアによる支配に比べて「不幸中の幸い」であったとし、また大日本帝国による諸政策で朝鮮半島の近代化が進展したと肯定的に評価する論文を発表した。しかしこの論文が韓国国内で問題視され、その結果、韓昇助は謝罪したうえで名誉教授職を辞任することとなった。

    高麗大学名誉教授の政治学者韓昇助氏 ↓

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  • 京セラ稲盛名誉会長の奥さんの






           お父さんなのです!!






    禹長春の父親、禹範善は一八九五年、
    乙未事変(閔妃暗掌件)の折、訓練隊第二隊長として
    指揮下の将兵たちを率いて、日本軍守備隊と合同で
    宮殿に侵入、閲妃の刺殺を幇助した。

    そのために
    逮捕令が下り一時身を隠す。翌年政局が一変すると
    身辺の危険を感じ、日本人の保護を受けながら
    日本へ亡命した。東京に居住し日本の女性、
    酒井ナカと結婚。再起を夢見るも、一九〇三年十二月、
    本国より送り込まれた閔泳翊の家僕、高永根によって
    呉市で暗殺された。

    禹長春は東京帝国大学の付属校を抜群の
    成績で卒業し、白菜の改良や種なし西瓜の開発で
    すばらしい業績を上げた人である。須永元はこの
    禹長春の生涯に多大な影響を与えた。

    禹博士は、一九二四年二十六歳のとき、渡辺小春
    (二十二歳)と結婚するが、小春の両親や兄たちが
    こぞって反対した。

    両家の保護者であった須永元に
    小春との婚約を報告すると、彼は非常に喜び
    「生まれてくる子供の将来のために、この際君たちは
    須永家の夫婦養子となり、将来にわたって家族全員が
    須永姓を名乗ってはどうか」と提案した。

    両博士は
    この提案を受け入れた。こうして彼の正式な日本名は
    「須永長春」となつた。須永元は禹範善を尊敬し、
    終生変わらず禹家の保護者となるほどの篤志家であった。

    長女朝子は後に京セラ会長稲盛和夫氏と結婚する。
    稲盛氏は自叙伝の中で次のように述べている。
    「一九五八年十二月、松風工業を退社した。その翌日、
    同じ特磁課にいた須永朝子と結婚した。朝子の父親・
    須永長春(本名禹長春)は東京大学農業実科を出た
    植物育種が専門の農学博士で、京都のタキイ種苗の
    農場長などもしていた。

    戦後、実父の故国、韓国へ
    渡って疲弊していた農業を立て直し、“韓国近代
    農業の父”と呼ばれた。私は一度しか会っていない。
    研究者同士、大いに話が弾んでいたことを覚えている。」

    禹博士は一九三六年五月四日、東大より農学博士の
    学位を授与された。しかし彼は日本社会の差別に遭い、
    博士になつても高等官技師になれなかった。

    この時、長男禹長春はわずか五歳で、翌年弟が
    生まれ、生活はますます苦しくなつた。それでも
    禹博士は依然として、「禹」という実父の姓を
    名乗って就職した。父の日本名北野一平から取った
    「北野」や母の「酒井」でもなく終生「禹」姓を通した。

    禹博士は農学者として比較的に誉れた
    環境にありながら、五十二歳のとき、突如永住の
    決意をもって言葉もわからない父の国へ渡った。

    政情不安時代に、日本に妻と六人の子供を残して
    渡韓するのであるから、凡人にできることではない。
    禹博士の学者としての実直さと人間本来の正義感が
    そうさせたのであろう。

    渡韓後の禹博士は多くの困難を乗り越え、晩年には
    輝かしい業績を残して、「韓国近代農業の父」とまで
    呼ばれるに至った。

    一九五九年八月七日、韓国政府は、
    病床の雲呑に大韓民国文化褒賞を授与した。この褒賞は
    国家が感謝を込めて愛国者に送るもので、国民にとつて
    最高の名誉であった。

    一九五八年八月十日、博士は妻の
    小春に看誉れながら本国で息を引き取る。
    享年六十二才であった。

    父禹範善は韓国の近代史の中で、まだ相応の評価を
    受けていない。しかし、長男・禹長春は歴史教科書に
    残るほどの農学者として国民に広く知れわたつている。

    この人が秀才中の秀才、朝鮮農業の父といわれる禹長春氏 ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) 京セラ稲盛名誉会長の奥さんの              お父さんなのです!!       禹長春の父

  • 本音がついポロリ!!




    民主党が2007年度参議院議員総選挙で大勝した際のYahoo掲示板での書き込み




    イルボンサラム 投稿者:スヒョン 投稿日:2007年 7月30日(月)13時36分05秒  

    嫌韓流以降、日本人の若者の間に嫌韓感情というのは本当に広がっています。
    私なりに考えてきましたが、やはり民族性が大きいでしょうね。
    コリアンは自分の考えはどんどん言うし、日本人のように建前は言いません。
    本音で話し合うしすぐ団結して行動する民族です。

    他の国に行くときは、どうにかして韓国の良さを伝えようとあれこれと試しますね。
    ときには主張が強すぎたり拙速すぎるところもありますが、そこが我々がどんな状況も耐え抜いてこれた大きな要素でしょう。

    日本人は集団行動や周りとの協調性を大切にします。他の人が不快に思うことはしません。
    そして自分を一歩さげて相手を立てることが正しいことだと思うんですね。

    そして日本のオンモンに「郷には入ったら郷に従え」というのがあります。
    よそものがそこに入ったら、その場所のルールに従わなければならないという考え方です。
    ここが大きく違うところで、これから我々が使える部分です。

    日本の若者を攻略するのは意外に難しくないです。
    嫌韓感情を持つ日本人の若者でもこちらから「今までの在日同胞のやりかたは良くなかった。 日本人の気持ちを考えないで権利ばかり主張してきてしまった。我々もこれからは郷には入ったら 郷に従うという日本の習慣も取り入れようと思う」ということを伝えるだけで 彼らの表情が一気に変わりますよ。


    しかし日本人はおもしろいですよね。
    謝ることが美しいと思っているんですから。
    講座の生徒が言ってましたが日本には濡れ衣を着るという 思想の文化があるそうです。 他人の罪を自分が代わって処罰されるところに喜びを感じるようです。
    だからすぐ何かあるとスミマセンと言うのかな。

    この前講座が終わってトッポギとマッコルリを出してあげたら みんなスミマセンと言ってましたよ。 なんで謝るんでしょうね?アリガトウではないの?

    民族的マゾヒストなんでしょうかチョッ・パリは(^^)
    そんなのだから戦争に負けるんですよね。
    アベ首相が言ってる美しい国というのは、日本人全員が
    全韓国人に謝る国のことですよきっとね(^^)


    ★これが在日朝鮮人の本性。決して騙されないように!!

    (注) チョッ・パリとは豚の足という意味。日本人は背が低く胴長で短足という意味での日本人に対する蔑称

    人権救済法案(言論弾圧法案) 本音がついポロリ!!     民主党が2007年度参議院議員総選挙で大勝した際のYahoo掲示板での

  • ◆朝鮮学校はなぜ生まれたのか【正しい経緯】


    『在日朝鮮人は日本の公民ではなく朝鮮の在外公民であるから、朝鮮にのみ忠誠を尽くす』
    『一時的に居住しているだけの日本の教育を受ける必要はなく日本の教育を拒否する』
    『汚らわしい日本の援助金も介入に繋がるから断固拒否する』
    『日本の関与を排した学校を作り、朝鮮独自の教育を行う。日本語など覚えなくて良い
    『数年後には在日朝鮮人全員は朝鮮に帰還するのだ』
    ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
    終戦直後、在日朝鮮人一世たちがこう大々的に宣言して生まれたのが朝鮮学校である。

    従って日本政府は「非国民」である在日朝鮮人に日本国の教育の義務が無い特例を与えたのだ。

    日本政府は1銭も出さないという約束で誕生したのが朝鮮学校。

    だからこそ義務教育拒否・文科省の指導拒否で、デタラメな教育やりたい放題だった朝鮮学校である。

    ところがいつの間にか、
    『日本の補助金を貰えないのは差別だ』
    『日本の大学に入れないのは差別だ』
    とほざくようになった在日朝鮮人ども。

    教育の義務を受け付けないのだから権利があるはずがない。

    日本国籍拒否の非国民の民族学校に公金を補助する国家は世界のどこにもない! 

    「日本の教育」をまるでしてないのになぜ日本の納税者がカネを負担するいわれがあるのだ?

    なぜ本国(=北朝鮮)から補助金を貰わないのだ? 総連は金正日の葬式にピョンヤンに行ったときになぜカネを頼まない! 虫が良すぎんだよ。

    矛盾もいいとこ! 詭弁もいいとこ! 恥を知れ! 情けなくて在日一世が墓の中で泣いてるぞ! 民族の誇りはどこへ行った!

    日本のマスコミも、過去の経緯を正確に把握した上で報道しろ。過去をすべて消し去った偏った報道をするな。日本の報道機関とは到底思えない。

    日本は海外にある日本人学校にそこの国の援助など依頼したりはしない。どこの国に、外国に作った学校をその国に面倒みろという国があるか。

    日本の自治体がそれも分からずに独自に公金を補助するのは、似非日本人が役人をしているということか?そう思われても仕方がないだろう。

    おい、何か文句あっか? えっ!!

    人権救済法案(言論弾圧法案) ◆朝鮮学校はなぜ生まれたのか【正しい経緯】    『在日朝鮮人は日本の公民ではなく朝鮮の在外公民であ

  • 悲劇的に述べてひきつけておいて、






    問題点をあげ、「今後」につなげていく






    ちゃんと今後の自分の飯の種を撒いておく






                    ディス イズ ザ “差別ビジネス”






    凶悪犯罪、金嬉老事件(きんきろうじけん)に群がる差別ビジネス。


    昭和43年(1968年)2月20日夜、静岡県の清水市のバーで借金返済を迫る暴力団員3人のうち二人をいきなりライフルで撃ち殺した無職・金嬉老(キム ヒロ 39)が車を奪い闘争し、温泉旅館ふじみやに押し入り、宿泊客ら16人を人質に88時間に及んで篭城した事件です。

    金嬉老は清水市の生まれです。父親は建設労働者でしたが、昭和6年に事故死し、母親は2年後に再婚しますが、生活は苦しく、小学校は5年で中退し、丁稚奉公にでます。その後、盗みをやり清水警察につかまりますが、姉とともに鈴与レンガで働き、軍関係の飛行機工場で働き、清水に帰るとまた窃盗で捕まります。少年院に送られますが、終戦によって出所。その後も窃盗、詐欺、強盗の犯罪を繰り返しますが、冒頭に書いた殺人事件を起こします。そして記者に変装した刑事が飛び掛って取り押さえます。

    金は静岡地裁で意見陳述を行い「日本の皆さんに迷惑をかけたことを謝罪する」と述べています。一方「私たち民族に対する醜い偏見や差別、ひどいことが多々あるんだと、それはあってはいけないんだと・・・」 これはもう知識人やマスコミが飛びつくような内容で、当時やはりそうでした。

    金は無期懲役でした。面会は自由で、房内には金品、ラジオ、カメラ、包丁、ヤスリ、エロ写真まであったといいます。そして70歳で仮釈放され、支援者に導かれて故郷釜山に帰りました。韓国では「差別と闘った在日英雄」として迎えられました。おそらくこの当時としても「差別」だけクローズアップして偏向報道していたのでしょう。素行をよく見ると擁護する気にもなれません。

    この金を擁護する意見の中に、現在よく知る有名人に姜 尚中(カン サンジュン 東大教授)や辛淑玉(シン スゴ)が目につきます。


    姜 尚中 1999年9月7日毎日新聞

    「金氏は当時の在日韓国・朝鮮人が共有していたものを、自滅的にアピールした。在日韓国・朝鮮人はその姿に自らの内なる『金嬉老』を感じた。(略)最近、日韓が急速に接近し、よい関係にあんって(?)いるが、金氏を生み出した構造は残ったまま。事件から学ばず、歴史の中に封じ込めれば、今後、第二、第三の金氏が生まれる可能性がある」

    ちょうど、金氏が釈放されたときのコラムと思われます。さすが「差別ビジネス」で飯を食っているだけのことはあり、悲劇的に述べてひきつけておいて、問題点をあげ、「今後」につなげています。ちゃんと今後の自分の飯の種を撒いています。このコラムで一番苦々しく感じたのは善良な在日韓国人ではないでしょうか。自らの内なる『金嬉老』を感じた、と述べているあたり、日本人の警戒心は高まります。姜尚中氏のエゴイズム的発言といえます。

    さて、金氏は平成11年(1999年)に仮釈放され、獄中に結婚した韓国人女性と同居します。この妻が翌年には現金や預金通帳など持ち出して行方を絶ちました。同じ年に金は釜山市内のアパートに押し入り、部屋にいた男を手製の竹やりで脅し、1時間にわたって監禁します。

    金はこの男の妻と親しい関係にあったといいます。金は殺人未遂と放火容疑で逮捕され、懲役2年6ヶ月の判決をうけ、治療看護所に収容されました。どうみても根っからのワルですが、こういうのはもう報道しないか、飯の種を見つけた「差別ビジネス」がまた日本の差別のせい、として取り上げるかでしょう。

    2010年、金氏から入国申請があったようですが、どうなったのでしょうか?被害者アイデンティティに人生の根拠と動機を見出している人間には自己責任の感覚がない、といいます。


    ※金嬉老氏は入国許可申請ニュースの1月後3月26日に前立腺がんのために釜山市の病院で死去していました。享年82。本人の希望により、遺骨は静岡県掛川市に納められています。祖国韓国より故郷日本がよかったということで、差別されたイヤな国ではなかったということです。また、ことのほか、石川啄木の歌集を愛読したことが知られています。ご冥福は、あえて祈りません。

    こいつがハイエナ永野鉄男こと 姜 尚中 ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) 悲劇的に述べてひきつけておいて、        問題点をあげ、「今後」につなげていく

  • ◆ 99.9%が架空人物だという資料に韓国政界が騒然



           「韓国の公認慰安婦が0.05%しか実在せず韓国議会が大騒動になった」



    慰安婦被害者は推定20万人…被害者登録は243人のみ=韓国

    2013/11/05(火) サーチナ

     韓国国会の女性家族委員会に所属する野党・民主党、イン・ジェグン議員は5日、韓国政府が推定する日本軍慰安婦の被害者は8-20万人で、確認できているのは243人のみだと、女性家族省の資料を基に明らかにした。複数の韓国メディアが報じた。

      同省の「日帝強占下に日本軍慰安婦として動員された韓国政府が推定する人員ならびに真相調査現況」、「対象者登録申請書」、委員会の「被害申告書」の資料を比較、分析した。

      イン議員は登録者が少ない理由について、韓国政府が被害者を積極的に探していないからだと指摘。平均年齢が88歳に達する元慰安婦が自ら登録を申請することは困難であり、改善策を模索する必要があると主張した。

      また、元慰安婦として登録されている237人に対する資料も、内容が不十分であることが分かった。イン議員によると、237人のうち149人は慰安婦として動員された当時の年齢が不明で、10人の出身地が間違っていた。慰安婦被害者の登録手続きも一部進んでいなかった。

      イン議員は、「日本軍慰安婦に関する記録を整理・管理すべき女性家族省が、基本的な資料管理すらできていない」と批判し、「(このような状況では)歴史的な真相究明はもちろん、正しい歴史教育もできない」と同省に根本的な対策をまとめるよう求めた。(編集担当:新川悠)

    http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=1105&f=national_1105_009.shtml

    こんなこと、日本のマスコミは一切報道しませんよね。
    なぜなんでしょうねええーー・・・

    日本はもっと払うニダ!! うふふふふ・・・ ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) ◆ 99.9%が架空人物だという資料に韓国政界が騒然           「韓国の公認慰安婦が0.0

  • 今でも援助交・際が必要なんです!! 






              台湾は、日本統治開始後10年で自立財政!!






                 朝鮮半島は最後まで自立できていません!!







    日韓併合前、韓国は財政破綻、国家破産の状態であり、併合によって日本は大変なお荷物を背負わされることになりました。

    1910年の朝鮮半島の歳入は4600万円ですが、日本より1235万も補填しています。日帝三十六年の朝鮮の財政は4600万円から31億へと67倍になり、年平均15~20%が本土からの補助金によって支えられています。これには朝鮮半島の国防費は含まれていません。

    日帝三十六年は日本搾取の時代というのは逆で日本が半島に搾取されていたのです。

     台湾を見ると日本統治開始後10年で自立財政を果たしています。しかし、朝鮮半島は最後まで自立できていません。

     韓国人はこれまで「韓国が有史以来、独立を失ったのは、後にも先にも日帝三十六年の時代だけである。それ以前はずっと独立・主権国家だった」と主張していますがとんでもない嘘っぱちです。668年の統一新羅が唐の属国となって以来、モンゴルの属国となり、明の属国となりました。

    清の時代に入って清の力が強くなっても清に隷属しなかったため、清の皇帝ホンタイジが1637年に朝鮮に大軍を率いて侵入したため朝鮮王は降伏し、清の属国となりました。

    1894年の日清戦争は日本が朝鮮の独立をかけて戦っています。そして大韓帝国として独立しています。下関条約の一条には「清国は朝鮮の独立を承認する」とはっきり書かれています。

     韓国は千年もの間、大陸による属国だったのです。独立さえも日本が清と戦って与えています。現在の大韓民国も連合国が与えた独立です。自分らの力で得たものではありません。

    そのため韓国人には事大主義が根ざし、「自立」意識が希薄になり、他国に依存しなければ生きていけなくなったのだと思います。それは現在でも続いており、1997年の通貨危機には日本からの援助を受けています。

    さらに現在も財政破綻の危機が起こっており、通貨スワップによって日本からの保護を受けています。しかし彼らは感謝せず竹島を不法占拠し、歴史を捏造、歪曲し、反日教育を繰り返しています

    人権救済法案(言論弾圧法案) 今でも援助交・際が必要なんです!!                   台湾は、日本統治開始後10年

  • 平安貴族もびっくり!!






    現代版不輸・不入の権!!







    かくて、20世紀の荘園経済は確立された!!






    国税対策で暴れる



    1967年、大阪国税局資料調査課は商工会会員の経営する遊技施設全店【パチンコ屋】に対して一斉に税務調査を強行してきた。この調査は明らかに朝鮮総連つぶしの政治目的を持っていた。

    対応をひとつ間違えると、ただちに査察へと移行する、商工会始まって以来の一大事であった。この事件には朝鮮総連本部が大衆動員をかけ、連日大阪国税局に押し寄せた。

    国税局は機動隊に要請を出し、私たちとにらみ合うこととなり、単なる税金問題が在日朝鮮人弾圧という高度な政治問題に発展していったのである。国税局員たちは、私たちの政治攻勢に色を失った。彼らはこんな一大事に発展するとは予想していなかったようだった。

    そのうえ彼らが朝銀の調査に入ろうとすると、朝銀は調査、その他帳簿類の提出を全部拒否したため、彼らの資料捕捉率は50パーセントにも及ばなかった。

    さらに国税調査の対象者たちに緘口令(かんこうれい)を敷き、国税局員が彼らと接触を図ることも私たちが拒否し、あくまで商工会が代理交渉を行うことを譲らなかった。国税局も、商工会の抵抗がこれほど激しいものとは予測していなかったであろう。

    しかし、私たちはこの調査を、生活権を根底から奪い取るもの、と解釈したのである。金銭問題をはるかに超え、まさに「生存権確保」の闘いとなっていた。

    闘いは納税を終えるまで約2年間続き、その間私は国税局に合計48回も足を運んだ。国税局との闘いは徹頭徹尾政治交渉に明け暮れ、在日朝鮮人の歴史的発生原因と差別の現状を強く主張することに終始した。

    ここで妥協してしまえば、その後の税務交渉へ重大な影響を残し、ひいては商工会の存亡にかかわる問題だったので、商工会の同胞たちもよく働いた。

    その結果、商工会、朝鮮総連の組織の団結力は強化され、私たち活動家たちは強い使命感を会員たちに与えていった。商工会は以前にましてより強力で、同胞たちに信頼される組織に変貌していったのである。

    「朝鮮総連工作員」 張龍雲 1999年 小学館文庫より

    「朝鮮総連工作員」 張龍雲氏 ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) 平安貴族もびっくり!!       現代版不輸・不入の権!!        かくて、20世紀の荘園経

  • この人を知らずして、韓国近現代氏を語るなかれ。





                   半島史上最高の叡智!!




    尹致昊(ユン・チホ、いん ちこう、윤치호、1865年1月16日 - 1945年12月9日)は、朝鮮・韓末の政治家・啓蒙家、日本統治時代にかけての教育家・独立運動家。終戦直前に貴族院朝鮮勅選議員。

    1880年代は獨立協会、萬民共同会の領袖として活動し、獨立新聞社の第2代社長である。1909年韓英書院と大成学敎の校長を務め、同年新民会に参加した。1920年代以降、延禧専門学校•セブランス医学専門学校•梨花女専門学校の財団理事として活動しており、教育活動に専念した。彼は朝鮮人初の英語通訳もある。号は佐翁、日本名伊東 致昊(いとう ちこう)。本貫は海平尹氏。大韓民国第4代大統領尹潽善は甥、第13代ソウル市長の尹致暎は従弟。

    開化派の父などの影響もあり、1881年に17歳で紳士遊覧団(朝士視察団)だった魚允中の随行員として日本に渡り、朝鮮初の日本留学生の一人として開化思想を吸収した。外務大臣の井上馨と謁見し、井上の斡旋で同人社に入学した。独学で日本語を勉強した後、1882年に東京帝国大学哲学教授の夫人ミレットや英語講師の神田乃武、1883年1月から横浜にあるオランダ領事館の書記官レオン・ポルデルから英語を学んだ。

    留学生活の中で金・玉均、徐光範、朴泳孝、兪吉濬などの開化派の人物や福沢諭吉、中村正直などの文明開化論者と親交を深めた。始め、同人社で学び、慶應義塾で語学学習をし、福澤諭吉邸で独立協会を組蛾した人物との交流を深めていった。身分や嫡出、男女差別がより少ない日本社会と、欧米の文物に触れ、以降朝鮮の文明開化の必要性を信念とするようになった。4月からアメリカに渡って西洋の学問に接し、直接新しい学問を学んだ。

    “ 人種の偏見や差別が激しい米国、悪臭がする中国、そして悪魔のような政府がある朝鮮ではなく、東洋の楽園であり世界の庭園に恵まれた日本で生きてみたい。 ”



    “ 清人の家は陰気で測量もなく日本人の清潔で明るい家と比べることができない。しかし我が国の人々の便所のような家をどうして清人の2階建ての家と比べられようか。 ”

    “ 私の国の自慢することは一つもなく、ただ欠点のみを知られることが多いので一層情けなく、一層日本が羨ましくて耐えられない。 ”
    —尹致昊1888年12月29日の日記
    “ 朝鮮が今の野蛮的状態に留まるよりはいっそ文明国の植民地になる方がより良い。 ”
    —尹致昊1890年5月18日の日記[7]

    以後10年間余り中国と米国に亡命・留学して文物に接し、西欧民権思想とキリスト教の信仰を受け入れ、裕福だった実家やプロテスタント宣教師、朝鮮の開化派、日本人開化人士などの支援により学業に励むことができた。またJ.アーレンとW.B.ポネル教授の影響でプロテスタントに帰依を決心し、1887年4月3日上海で洗礼を受けプロテスタント信者になった。留学期間中、西欧の民権思想と合理主義、職業倫理意識、民衆の参政権を受け入れ、改革する必要性を確信することになった。

    人権救済法案(言論弾圧法案) この人を知らずして、韓国近現代氏を語るなかれ。                     半島史上最高

  • ソフトな語り口で・・・




               強引なことが書かれている!!




                    怖い本だと思います。バカにはできません。!!




    ●鄭大均(ていたいきん)
    1948年、岩手県にて韓国人の父と日本人の母の間に二世として生まれる。アメリカや韓国、日本で多角的に学びながら、2000年代に入り「在日論」に取り組む。首都大学東京・人文科学研究科教授。

    ――今回の『姜尚中を批判する』では、姜氏の自伝的作品『在日』などをサンプルとして読み進めながら人間像を浮かび上がらせる形をとられています。例えば『在日』の中の次の一文。<わたしは、一世たちの思いを後世に伝えねば、と思う。わたし自身の半生を振り返ることによって、その思いを少しでも感じてほしい。在日二世、姜尚中を知ることによって......>

    鄭 これはでたらめか妄想か。さもなくば、ある種の戦略ということになるのでしょうが、わたしの見るところ、これはなかなか戦略的に書かれた本で、怖い本だと思います。バカにはできません。

    ――姜尚中氏はテレビで見る限りソフトな語り口が印象的ですが、こうして本を読み解くと、強引なことが書かれていることに気づかされます。

    鄭 『在日』にはこういう記述があります。姜氏にはナイーブな部分とふてぶてしい部分が同居していて、こうした「分裂質的なわたしの性格が、父母とわたしを取り巻いてきた『在日』の環境からなにがしかの影響をこうむったことは間違いない」と。自分の「分裂質的」な性格を「在日」との因果関係で語るのですが、これはずいぶん強引な文章ですね。

    ――ちなみに、その後の記述でも「分裂質的」な性格は母親にもあり、なぜかそれも「在日」という環境が原因だと書いています。

    鄭 
    分裂質的な性格を説明したいなら、「在日」などというわけの分からない環境因子に触れるより、母の兄弟に似たような事例はないのかとか、姜家の遺伝因子でも調べた方が科学的でしょう。在日に分裂質的な人間が多いなどという証拠があるわけではないんですから。

    しかしそうした点には一切触れず、「わたしの勝手な解釈もしれないが」とか「思わざるをえない」などという婉曲話法を用いて、結局は在日の犠牲者性や被害者性を語ってしまう。

    ――お行儀よく丁寧な文章に見えますが、どう客観的に読んでも、言っていることは身勝手で恣意的であるとの印象を強く受けます。

    鄭 上辺は丁寧でソフトだけど中身は極めて身勝手。彼は中学生のころに友人の吃音を真似ているうちに自分も吃音になってしまったというが、これも「在日」のせいだというわけです。

    ――その記述があります。<小林秀雄は日本人とは日本語という母胎にくるまれた存在で、その母胎を通じて日本的な美意識の世界を形づくってきた(略)わたしはある意味でその母胎となる共同体から拒絶されている感覚を持ち続けざるを得なかったのである。そのはじき出されるような違和感が、身体化され、吃音となって表出したのではないか>。......こうなると、オカルトですね。

    鄭 自らの吃音を語るのに小林秀雄を持ち出すのは知的なセンスですね(笑)。しかし、「在日」という言葉をなんの定義もないまま使い続けるのは知的というより魔術的です。「在日(コリアン)」という場合、わたしなら戦前から日本に住み続ける朝鮮半島出身者およびその子孫のうち、現在でも韓国・朝鮮籍を有する特別永住者を指して原則的には使う。

    ということは、その多くが二世や三世によって構成される40万人弱の特別永住者を指すもので、これは法的なカテゴリーです。そこに文化的ないしは社会的性格なぞ何もない。ところが、彼に言わせると「在日」という集団には、どうやら犠牲者性という性格が共有されているらしい。

    ――最後にお伺いします。先に批判された『朝鮮人強制連行の記録』と姜氏の『在日』を、同じ「在日論」というカテゴリーにおいてどう比較されていますか?

    鄭 在日論は、日本人の心に歴史的負い目を植えつけるとともに、国際社会では日本を否定的に語るときに手軽に使えるアイテムとなっています。姜氏の『在日』は、数ある在日論の中でも、その犠牲者性がほとんど究極まで高められたような作品で、しかも氏は時代の寵児ですから影響力もある。黙っているわけにはいきませんね。


    この人が理性の人と言われる首都大学教授鄭大均氏 ↓

    人権救済法案(言論弾圧法案) ソフトな語り口で・・・                強引なことが書かれている!!         

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