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赤毛のアン

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  • 2018/08/20 10:58
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    赤毛のアン大好きな方、モンゴメリー好きな方、PEI好きな方、アボンリー好きな方どしどし投稿してください。

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  • 1031(最新)

    sup***** 8月20日 10:58

    >>1030

    どうも、アン好きおじさんです。

    >花岡さん
    ハハハ、村岡さんと花子さんを混合されてますね。(^o^)
    まあ、それはいいとして...

    私は同じ日本人の作家である例えば森鴎外ですとかあのへんの方々の文章でさえ堅くて読みづらいものがあるのに、ましてやネイティブでもないのにテニスンなども名前は聞いたことはあれども英語の詩を見ても韻を踏む箇所などさっぱり分からないことはすぐに想像できるので最初から諦めて読んでません。英文学の専門家じゃないからなあ...

    アンはあのアニメがあったからこそ気楽にその世界に入ることができたわけですね。
    あのアニメでアンが「ベンハー」を授業中に隠れて読んでいるところをステイシー先生に見つかって放課後に説教された下りがありましたが、あの「ベンハー」の本、大きな書店に行ってもどこにも見つからないのです。戦車競争の場面は映画でも少し見たことがありますが、それ以外のことは知りません。難しい本なんだろうなあとは思いますけどね。キリスト教についての知識も必要になってくるアンの物語です。村岡先生も大変な苦労をなさって翻訳に挑んだんだなあと感心します。
    「赤毛のアン」ではもう一つ当時人気のあった「不思議の国のアリス」も紹介されてますね。こちらはまさに童話の世界で私も楽しめました。それにしても、あんなストーリーを思いつく人達の頭の構造が信じられないです。

  • >>1028

    おぉぉぉとうとう見終わりましたか。お疲れ様です。私はこのドラマは見ていませんが話題にはなっていましたね。アンが出てきたり花岡さんがどのようにしてアンと出会って翻訳に至ったのか。当時はなんといっても戦争中で敵性言語なので大変だったと思います。確かにこの方の尽力なければ今日本にはアンは知れ渡ることはなかったと思います。それが現在でも脈々として受け継がれていろいろな方が翻訳に挑戦していると思います。最もアニメのベースになった訳は旺文社のものらしいのですが今は絶版扱いのようです。悲しいです。確かにこの物語最初は一人の少女の成長物語とそれを取り巻く人たちを淡々と描いていますがラストに至る過程は本当に涙なしでは読めませんね。ここに作者が本当に書きたいことが凝縮していると思います。この物語はどうもモンゴメリーの身近で起こったことをベースに書かれているとは言われていますが。今日ではどうなるのかと考えてしまいました。

  • >>1027

    私もアニメの話に戻ります。実はOPを担当したのは宮崎さんなのですがファンからはあれは男性の視点で描いていると投稿があったそうです。確かに壮大さを感じさせるOPなのですが女性から見るとそうなるのでしょうね。結局宮崎さんは途中でカリ城作るために桜井さんにバトンタッチして抜けますが最後まで宮崎さんがレイアウト担当していたらどうなったかすごい作品になったと思います。

    翻訳した花岡さんですが留学どころか渡航経験もなく戦時下であの本を翻訳したというのはすごいものがあります。原文読もうとしたことがありますが全く分かりません。専門用語と比喩があまりに多すぎてよほど英文学に精通した人でないと無理と思います。これはのちに別の方が翻訳した時注釈がついていましたが数百にわたっていたようでした。しかも引用もシェークスピアから始まってテニスンの詩とか多岐にわたっていて聞いたことのない作品まであるので日本語でもこれは何を意味しているのかかなり迷います。

    今さらに新しい訳のアンが出ていますがどうしようかと悩んでいます。なにしろ読むのにどのくらい時間かかるのかわからないからです。それとアンのアニメは是非再放送してほしいですね。じっくり見たいです。

  • 再び、どうも、アン好きおじさんです。

    何かに突き動かされるような思いで「花子とアン」DVDを最終巻まで観終わりました。
    何かの偶然というのは人生にたまにあることで、別に意図したわけでもないのに、気が付くと明日は8月15日、終戦記念日です。私は今まで知らなかったのですが、村岡さんがまさか米軍の空襲の状況下でアンの翻訳をやっていたことに驚きました。決して「赤毛のアン」の原書だけは焼失してなるものかと必死につかんで逃げていたとは。私はあの物語の文面からして、もっとのんびりした環境で翻訳されてたんだろうとてっきり思っていたので意外でした。戦争が終わる頃にはすでに原作者モンゴメリは亡くなっていましたが、村岡さんの熱い思いはついに日本で実現し、今に至るまで児童文学の名作となりました。もし戦時下に軍によって村岡さんが命の次に大事にしたアンの原書が敵国本として押収され焼かれていたら、日本に「赤毛のアン」という名作は紹介されるのがずっと遅れて、あのアニメとも出会えなかったかもしれないと思うと、奇跡のようなものを強く感じます。

    私も今は50。アンが終盤に言っていた「人生の曲がり角」の意味がようやく分かる年になりました。「赤毛のアン」って、ほんとに深い味わいがありますなあ。原作を書いた人も翻訳した人も両方の人生が映し出されてます。

  • >>1026

    どうも、アン好きおじさんです。

    再びアニメのアンに戻ります。
    ほんとにこのアニメ、見れば見るほど、アンじゃないですが、「ぞくぞくっとする」ような壮大なものを感じます。最初に流れるOP曲「聞こえるかしら」はマニアの間でもアニソンを超えた芸術と言われてますからね。馬車とアンのシルエットから始まるOP曲の絵もおしゃれ過ぎで、ため息さえ出ます。

    まだ外国語の情報があまり入ってきていない明治大正時代から英語の知識を身につけてアンの原書を翻訳するというのは至難の技ですよね。シェイクスピアや宗教、植物の知識をふんだんに盛り込んだモンゴメリの原書はネイティブの人でも結構難しいと聞いたことがあります。モンゴメリは相当な博学だったんですね。
    その難しいアンの物語を高畑さんが山田栄子さんの声で最高に楽しいアニメとして作り上げたことにただただ感謝するばかりです。アンが毒入りリンゴを食べたと勘違いして死ぬ準備をしたものの、ジェリーの悪ふざけだと分かってジェリーを追いかけまわす回などは笑い転げましたからね。アンの声が第一候補の島本須美さんのような真面目すぎる声だったらあそこまで面白くはならなかったと思います。山田さんを選んだ高畑さんの先見性を今さらながらすごいと感じてます。

  • >>1024

    確かに花子とアンは見てないですがアニメのほうはHDD探したら一部残っていました。ここ何年も再放送していないので消去できなくて困り果てました。この作品ですが何がすごいかというと原作のテイストをそのままアニメに移し替えしかも一人の少女を11歳からたぶん17歳まで見事に描き分けたことではないでしょうか。この様な作品はこれだけで他には見当たりません。しかもアンの成長を描き出しそのバックには友人との交流やマシューとマリラという育ての親というべき二人がいる。この二人も最初は戸惑うが徐々にアンを頼るようになる。その心情が見事なまでに描写されている。舞台はPEIという所で極めて自然豊かなところ。アンの背景は担当した井岡さんが紫を基調にしたとあります。もちろんロケにも行っています。そしてPEIの土が赤いのは鉄が多く含まれているからだと。この様な作品は今のアニメ制作では出ないですし無理だと思います。内心がっかりしますね。これを是非超える作品が見たいのですが。

  • >>1023

    私はこの時はこのドラマは見ていないですね。いろいろとアンの翻訳に関する様々な裏話が話題になっていたと思いますが。村岡さんですが記録では留学経験はないらしいですがどのような経緯なのか英語が非常に堪能で一説によると戦時下で英語の先生をしていたとか。それにしてもすごいものがあります。以前NHKでアンを題材に英語のレッスンがあったのですがとにかくアンを原文で読むというのは私には無理でした。とにかく比喩がすごいし引用も次々出てくる。よほど英文学を知らない限りは何が何だか理解できない世界のようです。かなり幅広く引用したり比喩的な表現があり単に英語できますだけでは歯が立たない感じがします。その後詳細な解説書が出版されましたがその注訳だけでも200以上はあったように思います。それを理解できるかというのもなかなか壁が高いですね。アニメでもその世界観を非常に上手に描いていて驚きなのですが。今はこういった世界観のある作品がないのは残念です。

  • アンの新しい話題がないので「花子とアン」のことを。
    このドラマ、終盤に入るともう毎日涙ボロボロ流しながら観てます。
    関東大震災で夫の弟さんが亡くなり、その後村岡さんのお子さんが疫痢で死んでしまうなんて残酷過ぎる人生ですね。アンの47話でマシュウが亡くなる時もおいおい泣いてしまいましたが、それよりもさらに激しく泣いてしまいました。男も年を取ると涙もろくなりますね。
    今では蛇口をひねれば清潔な水が当たり前に出てくる時代ですが、昔は疫病などが心配な時代だったということを考えると、今生きていることを大事にしないといけないなあなどと真面目に考えたりします。

  • >>1022

    どうも、アン好きおじさんです。

    貴殿などと呼んでいただいて恐縮しております。(^_^;)
    DVDの「花子とアン」を現在とりつかれたように見入っております。
    「赤毛のアン」とは直接的には関係はないですが、ほんとに面白過ぎです。先が見たくて見たくてしょうがないという思いで、次のDVDを借りに行っては寝る暇も惜しむようにして観てます。もちろん、返却する前にダビングしてます。

    こういう傑作がたまに生まれるので、NHKの受信料はちゃんと払わないといけませんね。(^o^)

  • >>1021

    貴殿の投稿何度も読み返していて考えていました。今アニメ業界は成り立たないといわれています。アニメ制作したいと資金はアニメ制作会社が調達しないといけない。ただし版権は委員会を作りそこが持つ。制作現場にはほとんど還流しない。だから企画そのものが安易になりちょっとでも話題になったり人気がある漫画、ライトノベルをアニメにする。これでは見る側として何を言いたいのとなる。それと今のアニメが10年とか20年たった時に評価されるのか。無理だと思う。アンは来年40周年迎えます。それだけ時代を通過して時の壁を越えてきた。それは高畑監督の姿勢にあると思う。高畑監督は原作をじっくり読み込みそれをどうやったら生きるのか理解できていたと思う。とても素晴らしいことですね。今アニメ制作している人にこのような姿勢はあるだろうか問いかけたい。そして時の壁を越え歴史の評価に耐えられるのか。この様な時代ですから是非アンの再放送希望したい。そしてみたいものである。

  • >>1020

    確かに「重み」というものは色んな面でここ最近感じなくなりましたね。
    片時もスマホを離さない症候群が多くて、見るとゲームばかりやっている。そんなにゲームなんか面白いのかねと私は冷ややかに見てますけどね。
    アンの時代はとにかく手紙や電報だけが通信手段でした。(都会のシャーロットタウンでは電話が引かれてましたが)アンとダイアナがお互いの近況を書き綴った手紙を心待ちにしている回が幾度もありましたね。手紙の重みというものが伝わってくるアニメでした。

  • >>1019

    アンは私が子供の時からとても有名な小説で図書室に通い子供向けの本を借りまくってまくって読んでいましたね。懐かしいです。ですが原作本を読んだのは大人になってからでした。ですが読み始めると面白いのですが極めて難解で一度は挫折して再度挑戦して全10冊読み終わったのが1年かかりました。それほど大変でした。その後アニメも見ていましたが実に素晴らしくいくら技術が発展してもこれを上回るアニメは不可能ではないかと思います。今のアニメを見ていると何か決定的な物が足りないように思います。それなにかというのは難解ですがある意味重みとか製作者が視聴者に何を伝えたいのかというそこがないように感じます。現代でも素晴らしい作品がまれにありますがそういった作品に限って人気がなくて途中で打ち切られるという時代で悲しいですね。

  • どうも、アン好きおじさんです。

    50になってこんなことを言うと変に聞こえるかもしれませんが、1979年のアニメの「アン」に出会ってから、私の人生は劇的に変わりました。世界観みたいなものがいきなり広がったというか...そこからどんどん色んな物に興味が湧いて向上心みたいなものが高まっていく自分を感じました。少年アニメではなく少女が主人公のアニメで男の人生がここまで変わるとは...
    故高畑勲さんが遺したものは偉大でしたね。
    アニメのアンに恋をし続けるなんて、私もどうかしてますが...
    アンと同じく私も勉強が好きになったことは良いことでした。
    でもクィーンの入学も卒業も首席というのはすご過ぎですね。

    アンブックス最終巻は「アンの想い出の日々」ですね。
    私もこの夏の猛暑で本を読む気にもなれず、現在「アンの幸福」の最初の方でストップしてます。「愛情」が面白かっただけに「幸福」がつまらないんですよ。
    このつまらない部分の埋め合わせとして「花子とアン」のDVDを観ているわけです。
    あの1979年版アニメって、ほんとに日本における「赤毛のアン」大ブームの火付け役でしたね。高畑さん、ありがとう!

  • >>1017

    私はこの時は見ていなかったですね。調べると村岡さんは渡航経験がないらしいが英語は大変堪能でそれで戦時下で禁書に指定されたアンを必死に翻訳したとか。それと戦後は通訳までこなしている。不思議なのは今から何年前か不明ですが完訳ではなくお孫さんがその部分を翻訳して完全版にしていますね。それとアン・ブックスは10冊と思っていたのですが実際11冊目が発見されて翻訳され現在書店に並んでいますね。この本は是非とも読んでみたい一冊です。最もこの酷暑ですから読書という気力がわきません。全く困ったものです。

  • どうも、アン好きおじさんです。

    アン関連の番組で見逃していたものの一つ、NHKで放送されていた「花子とアン」のDVDを借りて見始めました。1巻3時間ありますが、夢中になって見てます。面白すぎますね。本放送当時はあまり興味が無くて見てなかったのですが、最近になってアンの研究を始めた私はふと、このドラマを思い出して見ることにしました。村岡花子さんの実話というわけではないですが、時々泣けるシーンもあり、毎週仕事休みの日に「まとめ借り」して見まくろうと思ってます。

  • >>1015

    そうですね。昔といっても戦争以前はすごかったようですね。アンも教師になりますが(アンの両親も教師でしたね。)思い出すのは大草原の小さな家の長女メアリーも教師になっていますね。最も昔は義務教育というのはないだろうし子供と言えど貴重な労働力という意識しかなかったのかなと思います。アンの青春も私も読みましたがあの作品もアニメ化となったら現代には受け入れられるだろうかと疑問に感じました。そもそもあの原作を解釈してアニメのために脚本にすること自体出来るスタッフがいるのかと考えました。また視聴者もあの世界観を受け入れられるのかと考えました。現在のアニメ界はまず売上ありきという姿勢があり何十年も語り継がれる作品を作ろうという気概がすでに失われているとすら感じられます。悲しいですが。

  • >>1014

    どうも、アン好きおじさんです

    まだ16歳のお姉ちゃんが、小学校とはいえ学校の教師になるなんてのはどう考えても人生経験なさ過ぎで、危険ですよね。ガキがガキを教えるわけですから。アンがいくら秀才でも、勉強ができるのと子供のしつけができるのとは次元が違いますからねえ。
    続編の「アンの青春」で、教室でこっそり悪さをしていた男の子に中身を確かめもしないでその子の持っていた包み紙をストーブに投げ込ませて実は花火で教室内で火花が飛び交うという場面がありましたけど、ああいう教師もちょっと問題かもしれませんね。
    私も一応大学に行きましたが、クラスの友人が教職課程を取ると知って「お前が先生なんて無理だよ」とみんなでからかってました。今そいつが何やっているかは知りませんけどね。

  • >>1012

    確かにこれ私も気が付いていました。クイーンで1年で教員1級とるか逆に2年で2級とるかだったかな。とにかくアンの再放送が全くないので記憶飛んでいますが。その時にルビーたちも証書らしきものを受け取っている記憶はあります。実に不思議です。それにしても昔は16歳で先生になれたのですね。そういった時代だったのですね。今のように教員免許取得するために大学とかあるいは専門職大学院まで行かないとなれないのとは大違いですね。アンの原作本を思い出しましたがあの当時は世界そのものは意外とまったりおっとりしていたのかもしれませんね。現代は逆にあまりに窮屈で生きにくすぎると感じてます。それだから余計アンの世界にあこがれるのかもしれませんね。人気も高く長いし。

  • どうも、アン好きおじさんです。

    アニメの35話で、クィーン学院の卒業式の場面がありますが、1年で履修する上級クラスと違って下級クラスは2年の履修が必要ではなかったでしたっけ?なぜアンやギルと一緒に下級のルビーたちが一緒に卒業証書を授与されているのかなあ。これは謎です。

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