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アナーキーな気分で

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  • 2017/10/22 17:08
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    *****

    こんにちは。
    初めまして。
    音楽もそして演劇にも関心の深い中高年男 つとむです。
    どちらかといえば、レアもの、マイナーな嗜好性が強いかもしれませんが、
    いろんな話をアナーキーな感じでできれば、いいかな、っと。
    話題は、時事問題や、政治、スポーツなんでもけっこうですよ。

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    サブロー 10月22日 17:08

    小説家を尊敬するなかれ

    彼一流の毒と風刺にあふれた章ですが、
    学者でも、知識人でも、人格者でも、人生相談の先生でも、才能の持ち主でもないとの全否定。
    三島は、もちろん、おれ自身が違うのは分かり切ってると啖呵を切ればいいわけですが、
    同業者の多くをやっつけてしまうという論考ですね。
    苦々しく思った同業者たちを尻目に、ワッハッハと笑う三島が浮かびます。

  • >>2135

    永井荷風については、ずいぶん前に、ちくま文庫版文学全集の永井荷風の巻を図書館で借り読みました。
    内容は代表作の「ふらんす物語」より、「あめりか物語」より、「断腸亭日乗」より、そして若干の短編。
    内容についてはほぽ憶えていません。
    なにより、一部の抜粋だけでは、作品としての理解は無理だということですね。
    ただ、日記そのものである「断腸亭」は、うっかり喋れない彼の本音などが述べられており、
    それは興味深かったことは覚えています。

    「墨東奇譚」は掲載されていませんでした。
    昔、新藤兼人監督、墨田ユキ、津川雅彦主演で映画化され、
    墨田ユキの大胆な演技で話題になりました。でも、観る機会はありませんでした。
    ぜひ、読書会をやりたく思います。

  • >>2134

    三島由紀夫『不道徳教育講座』> フー、ノウズ

    ウ~ン、これは本当にそうい意味なのかしら?

    こちらにも似たような言い回しで、Qui sait ? (キセ)、
    というのがありますけど、意味も使い方も全然違うゎ。
    人知れずコソっと、というニュアンスはまったくなく、むしろ堂々と人前で、
    ありそうもない小さなラッキーに挑むような時に使います。

    当たりそうもない宝くじを買う時とか、
    効きそうもない高価な薬を買う時とか、
    ありがた迷惑かもと思いながらお節介を他人に焼く時とか、
    無駄に思われる物を捨てずに取っておく時とか、etc.

    しかし、三島もいろいろと細かい所に目を留めていたんですねぇ~。
    ちょっと意外。

    サブローさんの
    「誰にも知られぬ個人的な愉しみはほんとに人生を豊かにしてくれますね」
    には、いかにも大狸の実感がこもっていますねぇ~。
    良かったですね、豊かな人生で。( ̄- ̄)

    ところで、この章で『濹東綺譚』が未読ないことに気づかされました。
    サブローさんは読んだことあるかしら?
    もしないようでしたら、三島の次は荷風のそれにしましょうか?
    それなら青空文庫にもあるでしょうから。

  • >>2129

    まあ、三島にはたしかにワッハッハがよく似合う。大物だしね。
    その点、吾輩は、やはりイヒヒ、ウヒヒが自分にも適してると思います。何分、小物なのでね。

    フー、ノウズ

    この言葉はこの章で初めて学ばせていただいたけど、
    その精神はとっくに知っていましたね。
    というか、誰でも実践しているでしょう。
    つまりは、匿名性の行動。仮面、覆面の精神。透明人間(→H.G.ウェルズ)。天狗の隠れ蓑(→日本昔話)
    誰にも、それと知られず、誰かに影響を及ぼすなんらかの行動。
    たいがいは悪戯です。
    人に重大な迷惑をかけるような、犯罪的なことは避けるとして、
    驚かし、騒がせ、笑わせるくらいの悪戯なら楽しいものです。
    (ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずらレベルで)

    しかし、三島のように大物になって誰にも顔が知られてしまうと、
    最大の前提の匿名性は破れてしまいます。
    三島もそれを憤慨しています。

    我々、小物は誰にも面が割れていないので、そのささやかな幸福を実践させてもらいます。
    誰にも知られぬ個人的な愉しみはほんとに人生を豊かにしてくれますね。

  • >>2128

    三島由紀夫『不道徳教育講座』> 人の失敗を笑うべし


    確かに、邪心の無い、自然で純真で人の好さが丸出しの笑いには、
    笑われた方も悪い気がしないし、それどころか楽しくもなるものよね。
    嘲笑われたら一緒に嘲笑えるくらいの、心の余裕、遊び、が無きゃね。

    「嘲笑を欠いたセンチメンタルな同情と、好戦主義とは紙一重だと思います。
    嘲ることができないので、人は戦うのです」

    そうそう、笑いを欠いた第三者の「センチメンタルな同情」なんて以ての外です。
    掲示板でも目にしますけど、最初の動機がそのセンチメンタルな同情にあれ、
    好戦的な人がその場に便乗して喜々としてるように見えます。

    それにしても、
    「ソ連だの中共だのという国は、妙に可愛げがない」
    とは良く言ったものね。(笑)
    本来は両者にも在るはずなんですけどね、嘲笑い合うソクラテス的賢人の快楽。

    最後に、サブローさんなら「ウヒヒ、イヒヒ」でしょうけど、
    三島由紀夫の言う嘲笑いは「うゎっはっはっ」と快活なはず。
    ウヒヒやイヒヒなら、私はむしろ嘲笑わないほうを選びます。(キッパリ)

  • 人の失敗を笑うべし

    この章に至って、「不道徳」の執筆初めのころの、勢いと鋭さが戻っているように思いました。
    筆が生き生きと弾んでいます。
    おそらく、このタイトルを決めて、ものの20分、30分で原稿用紙の升目は埋まったんじゃないでしょうか。
    言葉がいくらでも続いていく。
    そのぐいぐいとした流れに、こちらもウヒヒ、イヒヒと楽しく、気楽に一気に読みました。

    いろいろ理屈はつけていますが、何より三島自身がウヒヒ、イヒヒの楽しみを知っている。
    それを我慢して抑圧することの非人間性を知っているということですね。

    僕らは、やたらと「道徳」に支配されて、相手に笑い声が届いたりすると、気の毒だ、怒らせる、、、と気遣いばかりしています。相手の顔色に感情がコントロールされすぎています。
    だから、笑い声が絶対に届かない、テレビ相手には大笑いしているのです。
    ま、悪どい企画でほとんど虐待、虐めに近いようなものを笑う悪趣味に染まることは必要ないとは思いますが、
    悪意のない企図されたわけでもない、本人もびっくりの失敗は、本人と一緒に大笑いしてあげる。
    これが、精神の健康にはなるでしょうね。

  • >>2126

    三島由紀夫『不道徳教育講座』> 日本及び日本人をほめるべし

    日本人が日本をほめるのは、当然のことです。
    日本人が日本をほめずして、誰にほめてもらおうというのか。
    そんなオコガマしくて、バカバカしい気取りは、捨てた方が良いゎ。

    ミッキー安川は全く知らないですけど、日本人が日本をほめなくなったのは、
    その卑屈な戦後教育のせいよね?
    私の場合は、平和教育=加害者意識教育、だったゎ。
    侵略戦争。。。
    アメリカさんだって、インデアンの土地を侵略しきっての現在でしょ。
    棚からぼた餅のイスラエルに至っては、パレスチナに対する国連の侵略でしょ。
    今そのイスラエルに加味して、アメリカはユネスコから脱退するとか言い出してますし。
    日本人は、他国ではなく、日本をほめましよう。

    欧米での日本文化ブームは、三島の次代にも最初に一波があったんですね。
    ということは、今在るのは2波か3波目ということね。

    たまたま目にしたFR掲示板で、燃焼しそうになった時に、
    "Zen!"と書いてる人がいたの。
    辞書検索したらやっぱり日本の「禅」以外に当てはまるものは無く、
    そういう使い方もするのかと、興味深く思いました。
    実際その後燃焼しませんでしたしね。

    「勝組負組」なんて言葉、三島の時代に既にあったんですねぇ~。
    そのせいかこの一章、今書かれたと言われても異和感のない章でした。

  • 日本及び日本人をほめるべし

    日本の悪口を列挙していたら飯が喰えるという、冒頭の記述を読んで、
    そうそう、居たよな、ミッキー安川とかね。と思い出しました。
    アメリカ生活の経験からか、アメリカ礼賛、それに比べて日本を全否定・・・という論調で、
    大きな顔をしてテレビで発言していました。
    当時、僕は子供でしたが、あまりに論証抜きの日本全否定に辟易し、嫌だったなあ、と、
    この名前を忘れていませんでした。
    ミッキー氏はいつしか人気が落ちたのか、テレビから消え、先ほど調べたら、すでに故人になられていました。

    ああいう、タレントが闊歩できていたのも、視聴者が案外受け入れていた、
    60年代後半ごろは、大衆は日本の悪口を嫌いじゃなかったからでしょう。
    なにしろ戦争に負けてボロボロになって、しかし、そのアメリカさんのおかげもあって復興してきた。
    卑屈な思い、そして、その陰の「今に見ておれ。追いつけ、追い越せ」という心理が、逆説的に鼓舞されていたのでしょう。
    三島も指摘している通り、欧米で日本文化ブームが起こり、あるいは日本の経済発展が進むにつれ、
    日本悪口はいつしかまったく受けなくなり、今度は、論証抜きの日本礼賛となってしまいました。
    それも考え物です。

    三島は、そのあたりについて、いろんな悪口をひっくりかえすとして、三つの設題「道路のこと」「福祉のこと」「夫婦同伴のこと」について、丁寧な反論を試みていますが、
    「かくの如く、日本がいいという点を並べ立てれば、日本が悪いという点と、丁度同点になるに決まっています。日本は日本であって、何ということはありません。」と見事にうっちゃってくれています。

    三島は日本大事の国粋主義的傾向も一定もちながら、きっちり日本、海外のそれぞれ文化の相対性、
    そして異文化理解の視点を見事に提起してくれています。
    ミッキー氏は読んだだろうか。

  • >>2124

    (あ、飛んじゃった)
    国家存亡の危機問題を前には、公約なんて不履行でもかまいません。
    乱暴な極論ではなくて、現実的な対応はそうなるわけょ。

    (和田平助が。。。て、オモシロイわね)^^

  • >>2123

    三島由紀夫『不道徳教育講座』>公約を履行するなかれ

    「公約を履行せず」は、穿ち過ぎで非現実的ですけど、
    「公約はあえてしません」はあっても良いと思うゎ。
    公約なんてあってもなくても、政治家への評価は成果次第ょ。

    それに、国政は今や、日本だけでどうこうではなく、
    近隣や同盟国にひとたび異変が起きると、日本も多大なる影響を受けるのですから、
    そういうことにも目端が利いて、臨機応変に対応できることが重要。
    国家存亡の問題を前には、公約なんて不履行

  • 公約を履行するなかれ

    公約などというものは破られるのが常であって、
    もっともらしい、みみっちい3000円の約束ほどあくどい、
    いっそ一千万円の荒唐無稽の大法螺こそ楽しい。
    というような皮肉に満ちた意見だけど、

    むしろ、現代に至るも、世間一般の考えは、それと同じであるかと思う。
    だから、素直に頷けてしまうのだが、
    それだけに、特に読んで衝撃を感ずることもできず、
    実に、良識的な凡論と感じてしまいました。
    三島以外の誰でも言いそうだな、という意味で。

    都知事選広報からの引用は、実にユーモア溢れて面白いが、
    これが三島創作ではなくて、ただの引用だったとすると、興味は半減する。
    ちなみに「小長井一」は正体不明だが、「貴島桃隆」は右翼として実在したらしい。

  • そうですね。
    語っていたのは、太宰はほんとうに素晴らしい力ある作家だと。
    さらに、自分は太宰と似てるから、彼のやり方のとおりやるわけにはいかない。
    だから、嫌いなのだ。

    結局、方向は別だとはいえ、共通してスキャンダラスに死を選んじゃった。

  • >>2119

    聴きました。

    もう、これは三島由紀夫による太宰治「全肯定」ですね。
    太宰の自殺による死を悼んでいるだけです。

    そんなふうに死なれて「嫌い」と言いたくなるほど「好き」てことね。^^

    そんな三島由紀夫のへそ曲がりぶりも、実はそうではなくたんなる表現法なのだゎ。
    『不道徳教育講座』の書き方と同じですね。

  • 三島が太宰を嫌う理由を語っています。
    すごく納得しました。
    僕は、三島も太宰も好きです。

  • >>2116

    思い起こせば、1970年、三島さんは慌てふためいて逝っちゃいました。
    1967年、1968年といえば、先に話題にしたタイガーズ、ブルーコメッツの紅白をめぐる一悶着がありました。
    1969年は米アポロ11号の月面着陸です。
    世界は元気で、米ソの対立と言っても、ある種、安定した危機でした。
    日本も泰平の世、公害、石油危機のまだ顕在化しない、高度経済成長継続中。

    三島さんが一人で焦燥感を募らせて、一人「決起」したのは、やはり早すぎたと惜しくてなりません。
    彼の美学完成という大事なモチベーションを否定はしないものの、
    生きててほしかった、現代まで生き続けてほしかったと思わざるを得ません。
    現代の日本、世界の危機は60年代よりも複雑、深刻だと思うからです。
    最高の知性、92歳の老翁にご意見してほしかったと思うのです。
    60年代、小説「美しい星」であんなにも、地球人類のことを憂い、
    ディスカッションしてくれた彼は、現代をどう見てくれるでしょう。

    1970年までのことしか知らない彼であっても、彼の遺した考えは現代に示唆を与えてくれる。
    そんな気がします。

    再び、不道徳教育講座、三島読書会に挑んでいこうと思います。
    近日中。

  • >>2115

    三島由紀夫もね、ずーとオジサン扱いしてきたはずなのに、
    いつの間にか彼の享年を超えてしまいました。

    そして、そうなった今の見方、読み方と、
    学生時代のそれでは、ぜんぜん違いますね。

    はい、続けましょう。
    サブローさんの方から先にお願いします。

  • >>2112

    あ、これもシャトー物ですね。

    もりとんかつ
    いずみにんにく
    さーそ(わすれました)
    われてんどん♪

    という替え歌を、よく聞いたことがあります。

  • この動画では、メンバーすでにアラフォー以上になっているようですが、
    アラサーのリアルタイムの頃から、雰囲気は同じです。
    音楽性も幅広く、演奏技術も確かですが、こんなおっさんたちが、タイガーズを押しのけて、GSの王者だった1967年、許せません。

    それにしても、懐かしい。

    森 とんかつ  泉 にんにく
    かー こんにゃく まれ てんぷら
    静か にんじん  ねむー ルンペン 
    ボロー ボロー ボロー シャーツー♫

    これって、全国同じバージョンでしょうか。

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