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AMFの夢

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  • 2017/06/27 10:46
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    チョー忙しの毎日だが、人は人のために生きる…そんな想いで新たな展開でさらに忙しさは加速しだした。アマチュア・ミュージック・フェスティバル、AMFをホール・イベントとして五年やってきた。助けあいの精神で参加者全員が何がしかの役割を担い、利益ゼロで。そして、地元への貢献と、音楽を含めて、練習場所と、ライヴハウスとしての店舗とホールスペースのある物件を借りることになり、ささやかながら最終の夢の実現に向けて歩みだした。過去のトビがうっかり消えたから、店舗とホールの完成までの実録として新たに始めます…♪Lennon

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    len***** 6月27日 10:46

    自分を変える。
    僕のまわりに来る人には何気に、自分を替えなきゃダメなんだよね・・・と言ってはいるが、自分自身も変えなきゃ越えられない壁がいくつもある。
    今まではロック系のバンドの連中には自分から入り込んで親しくして、何かをやろう!なんて、思いもしなかったが、今年のAMFには、久々に地元のバンドが2組、他にも近隣からかなりのベテランバンドが参加する。
    これを機会に別枠の新たなロックイベントをやってみたいと、結構本気で考えるようになった。
    ロック系の連中は主張が強すぎて、コントロールするのが(互いに理解しあえるかどうか?という意味)難しい。
    しかし、僕が「別枠でロック系のイベントを毎年きちんと、自分たちの帰って来る場所」として企画してみないか?と数人に話したら、かなりの手ごたえで、みんな大いに乗り気だった。
    バンドって、自分たちをアピールする場所を求めて、イベントを渡り歩く。だったら、必ず帰る場所みたいなイベントがあれば、自分たちでどんどん夢を膨らませることができるのではないか?
    AMFは元々、そんな意味で始めているにもかかわらず、僕がバンド系に対して、ある一定の距離を保っていたのが原因で、彼らのエネルギーをそいでしまっていたのではないか?きっとそうだ。
    僕自身がワンマンバンド・・・みたいなこだわりがあって、人数かけなきゃやれないのかよ!・・・みたいな意地悪な部分が心の底に合って、そういう自分を別のところに置いて、自ら彼らの輪に飛び込んでいかないとダメなんだなぁ・・・と。
    やるからには、「続くイベント」を目指す。今回のメンバーを見て、会って話して、そのレスポンスの良さに驚いている。
    またやることが増えた・・・

  • 毎度ながら、ずいぶんと間が空いた。
    色んなことがありすぎてキーボードで打つには量が多すぎる。
    自分の中では仕事以外の人間関係や、音楽環境、店作り、住居の散らかった状態をすっきりさせたいのと、災害に備えての水やその他の準備など・・・てんこ盛り。
    災害に対しては念願の?タンクを買った(500L)、できればあと一つは欲しい。置く場所もなるべく人目に付かない場所でないとね・・・。中古のエンジンポンプも手に入れて分解オーバーホールしてゴム系のリングなどは全て交換してバッチリだ。これは飲み水の確保以外に災害後の漏電、通電火災に備えて(近所の)30Mのホースも紫外線劣化しないように暗幕をかけてタンクのそばに置いた。あとはホースの先っぽに真っすぐに20Mは水が飛ぶ工夫(確か誰かの特許)をするだけだ。飲み水用にキッチンハイターを同梱しておく。タンクには紫外線が当たらないように幕をかけるが、水そのものは微妙に塩素が蒸発していくので、飲み水利用の際は2L当たり、ハイターを一滴で消毒可能だからだ。もちろん、ペットボトルで40本は水を確保してあるので飲み水には不自由しないはずだが。
    食料は無洗米と缶詰をかなり確保してあるので1ヶ月は足りる。もちろん携帯ガスコンロとカートリッジも。
    あとは冷暖だけど、バッテリーだけでは照明にしか使えないので(携帯電話やタブレットの充電)やはり、普段から車のガソリンを常に満タンにしておくようにしないと。車は4台あるのでどれだけ持つかは微妙だけど、我慢しきれない暑さ寒さは車で凌ぐ。寒さに関しては普通の石油ストーブを災害用に箱詰めしたまましまってあるし、灯油タンクは常に4個以上満タンを保つようにしている。
    用便は町自体が下水道完備なので家の庭先に下水の蓋があるからバケツに少し水を張って用を足してから下水に流せば済む。
    とりあえずシャワーが使えるように12V投げ込みヒーターと12V電動ポンプ、シャワー器具は確保してある。
    バッテリーはかなり大量に確保してあるから時々、順番に充電している。
    ただし、不足しているのはソーラーパネルでキャンプ用のがいくつか出ているが、コストと容量の関係でいまだ確保できていない。効率が17%前後しかないから二の足を踏む。よくエンジン発電機を・・・って人がいるが、で、何に使うのかな?と疑問だ。あれはあっという間にガソリンが無くなるし、うるさい。
    EV車で家庭に電源供給・・・て何日持つか?考えてんのかね~。
    昨年、エコ・キュートが壊れて、それも2月の雪の降る日に・・・3日間、ものすごく不自由をした思いがあり、お湯の使えない冬は辛いのを実感した。せめて熱いタオルで体を拭けたなら・・・やはりカセットコンロでお湯を沸かすのが一番だ。
    袋を破れば鉄の酸化作用で熱を出す、今どきの懐炉もたくさん買い込んである。夜、寝るときに足元に入れておけば寒い思いをしなくて済む。車の場合は息子たちにも言ってあるが雪道での脱出にも使えるが、毛布を年中、必ず何枚かは積んでおくように。あと、ブルーシートも何枚か。洗濯はできないからエタノールとスプレイ器具、これで消毒するしかない。
    家が壊れた際も車以外の仮住まいのためにテントも買ってあるし、寝袋も用意してある。万一、体育館での避難生活に備えて、スリッパ、携帯蚊取り、うちわ、LEDライト、乾電池・・・。
    店で売ってる災害コーナーの乾パンだとか様々なグッズは何一つ役に立たない。あの缶詰乾パンで何日もつ?
    おまけに、たぶん、便秘になる。これは不便な被災生活では苦痛だ。
    東海、東南海、それらの地震があれば、自衛隊も広範囲すぎて救援活動には間に合わないところがありすぎる。
    東日本の時は宮城や岩手の僻地は道路の寸断で孤立したところが多いが、事前に普段から自衛隊でシュミレーションしてあったから、翌日には孤立した集落に救援物資が届いている。回りきれなかったところもあるが、これはしょうがない。しかし、南海トラフでの広範囲な災害には残念ながらその活躍も限界がある。あとは各家庭で1ヶ月は耐えられる準備が必要だ。
    そんな、災害に対する準備と並行して?音楽祭やら、人を育てる(自分も育つ)ことで今年も全力疾走しないと・・・

  • 色々なイベントをこなしてはきたけど、先週の津軽三味線の発表会は最高潮の盛り上がりと、細かな反省点が入り混じった。本来は入場制限を(消防法の関係で)するべきところを、ホール関係者からの注意がないまま、120%の入りで、立ち見、通路に座るなどでホール内はごったがえした。僕は今回はPAと、ビデオ撮り、尺八と、ギターと、舞台監督を始めてやるタッちゃんのサポートと、その他、会場警備?裏方・・・ほかの人の4倍以上動き回った。前日の仕込み、リハも含めて二日間で20000歩を越えた。ひょんなことから1曲だけ三味線と踊りに合わせて尺八を吹く羽目になり、練習する場所も時間もなく、毎日、仕事の合間に車の中で練習した。運転中は膝の上に置いて。きっかけは「音が出てましたよね?」の、誰かの一言でこちらに話がきたのだけれど、まぁ、余興だしな・・・と受けたのが事の始まり。イミテーションで持っている木管であるときにプォ~と一音鳴らしただけのシーンを記憶してた人がいて、それだけのことだ。音階も曲も吹いたことがない。だいたいからして、音階はギターとは全く違う。オマケに、その曲は「黒田武士」でそのキーに合わせた尺八を友人が貸してくれたのだが、なんとアクリル管の超目立つ奴だった!
    どうだろう・・・都合、10時間ぐらいは吹いたのかな?車の中で。悲惨だったのは仕事車のエアコンの調子が悪くて、窓を閉め切って、くそあつい夏場に汗だくで毎日、毎日、2週間、数分ずつ車中で練習した。運指は何とかつかめたが、音が全くでないときは泣きっ面になる。何度も諦めようと思った。本番2日前に、ようやく、吹く角度や、唇の当てる角度、唇の形などの違いでそれぞれの音の出方、スカスカの音の場合など、何とか物理的に解明できて・・・。
    本番には舞台の端っこで無表情で吹いた。ギターはと言えば、そんなことで今回は全く練習などすることもなく、本番になった。ビデオ撮影も、僕はセンターカメラだし、ミキサーのサポートもしていたので、ミキサーのワっちゃんに、「次ですよ!」と言われて、あわてて客席通路を走っていき、メインスピーカーの後ろに立てておいたギターを抱えてセンターに歩いていきながらチューニングの確認をして・・・センターに着いたときは息をゼイゼイさせていた。走り回っていたので、足はツッている、腕はワナワナ震えている、口は呂律まわらない。出演者ってのは、楽屋や、楽屋裏の通路なんかで、こういう場合は事前に軽く音出しや、練習したりしているものだが、AMFを始める以前の色々なイベントでも結局は僕は毎回このパターンで、そのイベントの当日にギターに触れる、いきなり本番のステージで・・・ずーっとぶっつけ本番でやってきた。
    さすがに、今回はミスタッチの嵐で、でも詰まることなく通したのでお客さんにはあまりそういった感触はなかったようで・・・。いつものパターンでチェット・アトキンス奏法で始めて、最後は2択でお客さんにラストの曲を選んでもらう。もちろんこれは、僕が弾きたい曲に回答が来るように話術で持っていく。
    ウケたのかどうかは判らないが、まぁ邦楽オンパレードの5時間の中で、唯一の洋楽?だから、お客さんの息抜きにはなったとは思う。2日間、2万歩の裏方も大成功ならば良しとする。細かなミスにイラつくことはあるまい・・・。

  • 久しぶりに投稿。 とにかく何やかや忙しい。 今年のAMFも無事?二日間をやり遂げたのだけれど、あまりにも課題が見つかり、愕然としている。 集客の問題、ミキシングの問題・・・何よりも、やはりバンド系は集客力がない。 このあたりの考え方のズレをどう気付いてもらうか?
    バンド系以外の演目は一般のおっちゃん、おばちゃんにはウケるのだけれど、バンドは全くウケない。
    そりゃ、そうだろう、どこの誰かわからない素人の少年少女、青年、オヤジ…バンドがギャンギャンギターかき鳴らす場所には寄り付かない。 僕自身がバンド系以外を集めることは以前からやっていたことなのでどうってことはないのだが、バンド系の連中に企画を任せたこの2年はやはり、どんどん観客が減っていった。
    12年間やってきて今年は見るも無残な観客数だった。 ホールで一般大衆をお客さんとして集めるイベントの中身はどうあればいいのか? そのあたりをもう一度、個々に話して理解してもらわないとこの先、せっかく築き上げてきた歴史に終止符を打たなければならなくなる。
    個々にやりたいことと、ホールを一般のお客さんでいっぱいにする企画とは異なる。
    しかし・・・最近は僕自身が熱が冷めたというか、ああすればこうなる、こうやれば、ああなる・・・みたいなことが見えるようになってきて、以前のように「やってみなきゃわからんだろう!」っていう想いがなくなってきてしまった。 これは情熱が失せたのではなく、無駄玉を打つのがいやになってきたってこと。
    でも、結局は僕の伝え方が足りなかったのだとも思う。バンド系の連中は広く様々なジャンルの音楽(クラッシック、ジャズ、ラテン、ポップス、邦楽、ボサノバ・・・etc.)を聞きかじってほしい。
    楽器それぞれがきちんとバランスよく聞こえるのだ。そのミキシングは? 個々の楽器の音量は?など、普段から耳に馴染ませておかないと、いざ、ホールでミキシングを担当してもそのバランスが取れないことになる。
    年々、ステージ上での返しの音量が大きくなってきて、もう、ゴワンゴワンの状態。
    僕も久々にハワイアンで出たのだけれど、ウクレレの音がやたらと大きく、自分のギターの音が聞こえなかった。 開場音もウクレレがバンバン鳴って、僕のギターはほとんどかき消されていた。
    今回はぼくがメロディラインを弾いていたのだが・・・。それとも、いやがらせかな?・・・。
    黙って見ていた2年だけど、どうもうまく伝わっていないようで、どうしたものか・・・
    そんな今年のAMFだった。

  • ようやく春の兆し。少しはもっとがんばらなきゃ!って気持ちが湧いてくるのだが、風の強さが気落ちの原因。何が嫌いって、風が吹くのはとにかく嫌だ。外の作業ができない。基地の場所は西風が何ら障害物もなくブワァ~!!と吹き荒れるので冬はやたらと寒いし、春先は事務所入り口を開けたとたんに中の紙や、置いてあるものが奥まで飛び回る状態。これをクリアーするには郊外型のコンビニのように外にも風よけの囲いと入口が必要で、しかし、基地内を店に作り上げてからなのでまだまだ先の話。
    春先なのでバラや、その他の植物の手入れも半端な量ではなく、そちらも忙しい。
    店作りと並行して(並行しているものが多すぎるのだが)最近はお蔵入りになっていたネックの元起きのガットギターや、その他大勢のネックのねじれ、反りなどのギターの修理にも手をつけだし、フレットも全部抜いて、我ながら完璧?に真っすぐなネックに修理して、フレットの打ち直し、すり合わせなどもやるようになった。それらは軽く押さえるだけで音もビビらず弾きやすくなって、我ながら満足している。
    まぁ、今の段階はクラフツマンのための予備練習段階だけど、長年「こうやってああすれば・・・」みたいにシュミレーションして、治具も手作りで揃えてきたので、実行に移す段階まできたのかな?と。
    AMFではまぁしばらくは演奏することもないので、最近は音楽理論の再勉強をしている。ああ、そうだったのか!ってことが今更ながら、本を読むことで再確認できて、新鮮な気持ちになる。弾きたい曲は今は「浜辺の歌」だ。いろいろ調べると、今更ながら、いい曲なんだな~これが♪

  • 月日の経つのは早いもので、屋外イベントからすでに半年近く過ぎ、基地の駐車場周囲では河津桜が満開だ。薔薇は下手に剪定をしてばかりいたので、今年は構わないことにした。とりあえず、成長第一で。
    去年はラグビーの話題で盛り上がったが、何を隠そう、隠れオタクだったのをジャパンの活躍でおおっぴらに話題をできるようになってうれしい限りだ。ポスター、カレンダー、雑誌・・・と、買いまくった。AMFの第1回目から「One For All, All For Oneで・・・」と、参加者にミーティングで口を酸っぱく言ってきたのはこのラグビーの精神からきている。もっとも、フランスの銃士隊の精神なのだが、ラグビーもそれを貫いているので・・・。AMFの今の主だったメンバーにもラガーマン(高校時代の)が二人いて、僕が実はラグビーオタクだと知って、より親近感を増してくれたようだ。僕の場合はいまだに、週1回のペースでDVDで南アフリカ戦を観ては最後の10分で泣いて観ている。SRに参加しているリーチや田中、ゴローの
    気持ちはよく解るし、サンウルブスに入った堀江の気持ちもよく解る。きんちゃんの気持ちもよく解る・・・それぞれが日本でのワールドカップに貢献したいから、それぞれの方法でスキルアップをしていくためだ。そういう心が一つになることがすばらしいのだ。AMFではいまだに「自分が演奏したい」って気持ちが強すぎる人達が多く、なかなか「人のために」ってのが浸透しきれない。ステージに出る前に練習をやりたおしてからきてほしいのだ。リハで練習するなよ!って言いたいのだ。
    演奏は練習をやりまくった結果を流すだけでいいのだ。そこにはMCもステージパフォーマンスも全て練習して来い!って意味もある。きらびやかなホールでのイベントはそこに来る第三者のお客さんたちが「非日常を」求めて来るのだから、「芸達者」でなければならない・・・と思っている。演奏のうまい下手はあって当たり前で、それは僕だって言えることだが、服装や、パフォーマンスは「非日常」でないとね・・・。
    これはいつも会えば挨拶をするご近所さんが、たまたま、僕や息子たちがあるイベント会場でパフォーマンスやってるときに通りすがりで見たらしく、「いやぁ~すごいことやってるんですね~」と、普段とは全く違う我が家の「活動」に感動したらしい。日常と非日常の違いをステージでは出さないといけない。
    ステージパフォーマンスでは国本武春、コロッケ、一刻堂・・・この三人が飛びぬけている。残念ながら国本氏は昨年亡くなられて、残念でならないが。 残念と言えば、息子たちのバンドメンバーのA君が昨年、急死して、それはもうショックだった。昨年のAMFではすばらしいパフォーマンスを見せて、聴かせてくれた。たまたま、リハから彼らをVIDEOで撮影していたのでそれらも絡めて「遺作」としての彼の最後の演奏をブルーレイに編集、担当したHさんの渾身の編集で、そこには生き生きとしたA君の姿がある。
    第1回から記録にこだわってきて、いつかは誰かの記録をこういう形で残す時が来るのだろうと思っていたが・・・。いろんな形で「時を超えろ!」なのだ。♪♬

  • 屋外イベント
    AMFを11年連続で開催してきたが、つい先月、初の屋外ライブを決行。事の始まりはロックリースティルの数人のメンバーと多度のグリーンファームってところにバーベキューに行ったことがきっかけとなった。 バーベキュー場は人工芝と芝の広場を囲むように屋根付きでできていて、その反対側にいちごのビニールハウスがあるのだが、少し高台になっていて、芝とバーベキュー場を見下ろす感じだった。それこそライブのステージにしたらいいなぁ~と、その場に参加していた全員に、なかば強引に「ここで屋外ライブやりたいよね!やるよね!」と声かけをし、その足でグリーンファームのオーナーにかけあった。 結果は音楽イベントはやってみたかったんだけど、つながりがなかったから・・・ということで、快諾を得た。雨天のことを考えて、ビニールハウスの入り口、つまり、ステージになるところに屋根をつけてもらうこともOKとなり、その夜にさっそくメンバーへの一斉メールで「やります!」と告知。1ヶ月少々しか時間はなかったが誰もがそれなりに準備をしてきてくれたし、僕も屋外用のPAを新しく組みなおした。本番当日はあいにくの雨だったが、本番直前に雨はあがり、曇り空ではあったが、8組が無事に演奏を終えた。面白かったのは? 僕は仕込みのために早朝に集まるメンバーは4人に声をかけただけだったが、10人以上がすでに現地で待ち構えていたことだ。僕は初の屋外イベントで賛否両論があったのはわかっていたので、やる気のある連中だけで結構だから・・・みたいなことをわざと言いふらしておいたので、ここでおいてけぼりを食いたくない?とばかりに?集まってくれていた。心の底では「信じてればいい・・・」と思っていたので、予想以上に集まっていたのには嬉しかった。 僕は一斉メールで「やってみなきゃわからない!」と、煽っていたので、功を奏してかいい雰囲気で仕込みが出来たのでよかった。
    10月の三連休の中日のこともあってオーナーさんは地域のイベントに駆り出されていたので僕たちに任せっきりの音楽イベントになったのではあるが、以前からの知り合いでもないのに信用されて任せてもらえた?のは、一番の収穫であったと思う。「信じて待てばいい」・・・僕が普段皆に言っていることではあるが、自分たちが信用されるということはありがたいことなのだ。
    今回の記録もYouTubeにアップするのでこれにたいする反響も楽しみだ♪

  • 安保法案・・・60年安保、70年安保・・・今の日本を取り巻く、「今そこにある危機」に対応している点で、今回の安保闘争?は、注目していたが、相変わらずのでたらめなメディア報道と簡単に先導される一般人の情けなさに苦言・・・。 尖閣で漁船に乗ってみろって! 宮古島や石垣島の漁民は中国公船の「威嚇に命がけ」で操業している。かたや、沖縄のバカ知事は中国には一言も言わず。ロシアが大韓航空機を領空侵犯で簡単に撃墜したこと、マレーシア機をクリミアのどさくさで撃墜したこと・・・。こういった周辺国の戦闘行為を見て見ぬふりして、70年前の時代背景も違うときに、日本の軍事力復活を恐れたアメリカが押し付けた紙切れ一枚の憲法9条。中には平和憲法を世界遺産に!なんて言う馬鹿どももいる。 言葉や理念だけで今そこにある危機から国を守れると思っている脳天気な平和ボケが多い??と思ってしまうが、現状で安保法案に反対でデモしているのは全国民の1%に満たないのに「国民の声を聴け!」「国民のほとんどが反対している!」と、野党連中は声をあげる。また、馬鹿な学生たちが熱をあげているが、きちんと親が日本という国を語れないからだろう。「沖縄の民意」を沖縄県知事はよく使う。「総意」とも。しかし、投票率60%前後の選挙での60%ぐらいでの当選だから4割の支持でしかない。にもかかわらず、報道も「沖縄の民意を無視した辺野古移設」とかいう。反対側にある数字をきちんと示してから報道すべきで、騒いでいる連中の数字だけを「誇大に」取り上げる報道姿勢にはうんざりする。民主党政権時代に円が80円を割り、中国韓国は驚異的に経済成長した。あのとき、民主党政権内の在日(帰化)議員は86人ぐらいいた。異常な円高でどれだけ多くの企業が倒産したか! その悲惨さをメディアは取り上げなかったし、株価も8000円前後まで落ちた。
    自民が最良とは言わないが、そういった近過去の悲惨な日本経済や、「今そこにある現実の危機」を比較で取り上げもせずに世論誘導する反日的なメディア報道姿勢にはうんざりするし、シールズ(学生運動)のバックには共産党がぴったりとついていることをきちんと報道してもらいたいものだ。 紙切れや理論(平和憲法という言葉に酔っている)で武力に対抗できるなら現実に世界各国の紛争、戦闘を止めてきてもらいたいものだ。アメリカの言いなりになっている!と声を上げる連中ほど「憲法9条」はアメリカが日本に押し付けたものだという矛盾にいつになったら気づくのか?・・・。 テレビ、新聞をやめて、片っ端から世界のニュースをネットで検索すれば、今の日本の現状が見えてくるんだけどね・・・♪

  • 季節は秋の気配、茨城、栃木の水害に心を痛める。
    AMFのハイヴィジョン映像の編集作業もメンバーの女子中学生とお母さんの二人三脚でついに全チーム、アップロードが済み、1月のホールの予約に始まるイベントがようやく終焉を迎えた。 演奏だけ・・・の参加者と、つい昨夜までvideo編集に携わっていた彼女たちとの作業量は雲泥の差だ。が、しかし、その温度差をいつの日か、それぞれの参加者が理解して、よりよいものを(AMF)を作ろうと頑張っていければそれでいいのかとも思う。
    そんな折、僕の身勝手で屋外でのAMFを決行することになった。 8月に毎年恒例のバンド仲間とのバーベキューで訪れたファームがロケーションがよくて、そこにいた仲間一人一人に「ここで屋外版のAMFやってみたいよね!!」と問いかけ、無理やり首を縦に振らせて、「よし!決まり!」・・・と、すぐさまオーナーのところに行き、話をつけた。 そんなことで、AMF始まって以来の屋外イベントを10月にやることになった。
    屋外では音が返ってこないので、初めての(屋外演奏が)参加者は不安だらけだが、遠くまで音の飛ぶスピーカーに変更するのでそれは問題ない。 ただ、一般のお客さんがバーベキューでやんややんややってる、子供たちがはしゃいでいる場所でもあるので、こういう場所で演奏する・・・ってのが修行になるし(拍手がこない)、経験しないと理解できないだろうから、僕はこれは皆にはいい経験になるはずだと確信している(僕は昔?息子たちと散々やってきた)。
    これもいずれYouTubeにアップするので今からワクワクだ(^^♪

  • 無事に第11回のAMFを終えた。リーダーをバトンタッチして初のイベントとしては先ず先ずの出来だった。初参加のチームもAMFのシステムを何とか理解して最後まで着いてきてくれた。バンド系は、まぁ、どこも変わらず、ハコのライブの音作りをしてしまうのでフロントのコントロールがイマイチだった。フラメンコについては本番前にあれこれ話をしていたら、プロだということが判り、「やっぱりな・・・」だった。力作のフロアーにはたまげていたようで、絶賛?だった。できるものなら特許を取りたいので、そのための弁理士さんにコンタクトをとることにした。とにかく、音がいいのだ!専用のシューズで試すことなくステージにセットしたが、ステージサイドから3人でフロアー6畳分一枚を一気に滑らせて所定の位置にセット。わずか数十秒だった。もちろん、ダンスでフロアーが動くこともない。彼らが果たして来年も参加するかどうか?そういったことを考えると、チープなフロアーでは熱が冷めるだろうと考えていたので、あとは結果待ちだ。
    あと、各チームの本番の音を、ミキサーダイレクトでその場でCDに録音したのも今回が初の試みで、会場音とは全く異次元のクリアーな音で収録できた。これは音響に携わったメンバーにとって、イイ勉強材料になるので、早速、「音響」だけの反省会をすることにした。
    映像はセンターカメラにミキサーのOUTを入れるために前々日、前日と、深夜までアダプターケーブルを試作、実際にカメラのマイクINに入れたが、何をどう計算違いしたか?ノイズが多く、結局使い物にならなかった。そのため、センターカメラの位置はミキサー卓ではなく、会場最前列にセット。ヘッドホンで検聴しながら録画したが、残念な音になってしまった。なぜ、ミキサーダイレクト音にこだわったかというと、卓とステージは 30メートル近く離れているため、およそ0.1秒の音のズレが生じるので、これはドラムのバチさばきと、録音された音がかなりズレて、映像的に違和感があるからだ。ビデオオタク(アマチュアで凝ってる人達)はこれに気付いていない人が多いし、どうやってそれを解消するか?わからないようだ。しかし、僕自身、今回は失敗したので人のことは言えない。
    ま、来年の課題だ(ミキサーダイレクト音でのカメラ録音)。サブ2台のカメラはステージサイドだから、フロントスピーカーに近いので音のズレはほとんどない。要するに30メートル離れたセンターカメラの音さえ、時間差が無ければ、映像編集がうまくいくというか、楽だからだ。
    ただ、拍手や会場のライブ感は入らないので、その辺も含めて、次回には傑作??なアダプターを作っておきたい。
    AMFはそれぞれが色々な役割で作り上げるのだが、今回は僕は自分の担当のカメラに関しての準備は他の人の準備の手伝いに追われ最後の最後になってしまい、残念な結果だった。
    おまけに・・・来年は、たまには演奏でも出てやろうか!とか、思ったりもするので、少しは楽器の練習もしないとね~(笑)♪

  • フラメンコのフロアー作製
    今年のAMFには僕の密かな念願かなってフラメンコのチームが初参加! カンテ、パルマ、キター、カホンそれぞれにマイクの用意と、バイレ・・・フラメンコダンスのためのフロアーの用意。どこのホールもサパテアードでステージが痛むのを嫌うから、フロアーを用意しなければならなくなった。「コンパネを6畳用意してください」と参加者に言われたのだが、そんな野暮ったいことをシャンデリアのぶら下がるホールではかっこ悪いから、特別仕様のフラメンコのためのフロアーを急ぎ・作ることにした。ステージに直に置くと、せっかくのサパテのカン!コン!音が食われちまうので、特殊な構造を考案した。よく鳴って、かつ、ダンサーの膝や足首に負担がかからず、フロアーの鳴る生音が客席に大きな音で飛ぶ! かつ、組み立て式だ。 かなり調べまくったが、どれも勝手に高評価を宣伝のために書いているだけで、とても可搬式で使えるものはなかった。もちろん、ダンス教室のフロアーそのものも、???ばかりで、フツーに「古い酒場の板張り」の音(音響的な意味で)が出るようなものは皆無だった。 畳6枚分で簡単に女性でも可搬できて、それでいて組み立ても簡単、ホールのステージも傷めない・・・。3日間ぐらい、試行錯誤を重ねて行き着いた案で作製することにした。いつもは自慢げにここで公開してしまうのだが、今回は企業秘密ってやつで、真似されるのを防ぐ。水平に置いた床の音が客席に向かって飛ぶ!・・・これがミソ。もちろん、見てくれも大事なので、ある塗料で表面をコーティングする。サパテでカンツカ・カンコンやってもほとんど傷がつきにくい塗装で仕上げる。コンパネを使わずに簡単にセッティングできるフロアーだ。
    これはAMF後にYouTubeでアップされるので世間の目に晒されるが、映像ではたぶんあまり解らないだろうな。ま、あとさき商売にと考えてもいるのでそれでいいけど・・・♪

  • 毎度ながらいろいろな出来事が周りで起こり、なぜか僕が始末する?ってパターンで4月はどんちゃん騒ぎの一か月だった。何事も「心」の問題だと思うのだ。困難やどん底だと思ったとき、そこが出発点だと思って自分で乗り切る、自分を奮い立たせる・・・そういう「心」をもたないと、目の前の困難は乗り越えられない。店作りはいつも?というか、最近の土日はそうやって、他ごとに費やされて、基地に行ってもせいぜい薔薇の手入れをして時間切れ・・・。
    現代人というか、たまたま僕の周りの仕事関係の人たちを見ていて思うのだが、「感動」が足りないと思う。大したことではないのだが、僕は薔薇のシーズンには次々と膨らんだ薔薇の切り花をプラスティックのバケツごとどっさりと人にあげるのだが、先日、元請けの事務所に持って行ったのだが、(何も、感謝を求めているわけではなく)感動の言葉や表情が無かった。最近の人は今日日はスマホやタブレットで画面で何でもかんでも見て、知っている気になっているから「生の」出来事や、造形に対して気持ちの変化を言葉や態度で示すことができなくなってきていると感じる。心理治療などでは薔薇などの花を育てるのは「今」「これから」を前向きに考えることになるので非常に効果があがるそうだが、僕は僕の周りの人々に挿し木で育てた苗木をあげることにしていて、実はそれで相手を試しているのだ。喜んでもらってくれた人は実際に物事に対して積極的に考え、行動するように変化している。何よりも明るい性格に変化していくのが見て取れる。相手は薔薇をもらった瞬間に「喜び」の言葉や感動が表情で現れるから判る。そういう人は必ず性格が前向きに変化している。たかが植物の一鉢ではあるが、そこに感動があるかどうかでその人がどういう性格か、その一端を垣間見ることができる。
    仕事で元請けに行けば僕はとにかくボケをかまして謝ってばかりいることにしている。それはミスった時でもそうだが、それ以外でも何でもかんでも「いやぁ・・・すみません」と若い子にでも謝る。それと、「ありがとうございました」は必ず使う言葉だ。そのあとの相手の出方、あるいは変化があるかどうかで相手の「心の成長」を推し量ることができる。
    「謝る」って行為はそこで一旦、打ち切り、次に進むための土台になるのだが、それでもなんだかんだ言ってくる人は「次に進めない」人なのだ。そこで止まったままなのだ。どこかの国がまったくそのもので、そういう輩は謝っても、さらにハードルを上げて、なにかの難癖をつけてくるものだ。
    人は何かを、誰かを、悪者にすることで自分が正しい、正義である・・・みたいな「相手より優位に立つ」ことを知らない間に癖にしている。会社の中では日常茶飯事だろうね、このパターンは。僕が謝ることで相手は「自分が正しい」「この人より上なんだ」・・・と思い、気持ちよくなるわけで、調子に乗っていつまでも威張っていたりする。
    よくある「土下座」の強要はその典型で、強要した側は見るからに「知性のかけらもない低俗な」人が多い。72億の地球上の人々のその目の前の一人に土下座の強要をすることで相手より自分が正しい・優位に立っている・・・と勘違いしているのだ。
    それは、あっても何にも役に立たないくだらないプライド・・・ってやつの仕業かな。
    僕にとっては「プライド」ってのは命のやり取りをしなければならない状況でしか表に出すことはない。たいして能力も、知力も体力もなくてもプライドにしがみついている人が多い。これはどん底を経験しないと治らない。
    宇宙のすべての知識から比べれば人ひとりの能力・知力なんてゴミにもならない、顕微鏡で探しても見つからないほどのチビたものでしかない。
    謙虚に、だけど前向きにコツコツ進むことがいいんじゃないんですかね~。
    謝ってもいつまでもぐだぐだ言ってくる人は、以降、相手にしない、それなりの距離を置く・・・ってのが前向きに歩くコツ!

  • 遅いのか早いのか?ようやく春の暖かさが漂い始めた。基地の駐車場周辺の桜が種類ごとに咲きはじめ、残るは、しだれと、吉野だけだ。何年か前に引っこ抜いたチューリップの残りの球根が育ってて、ちらほらと咲いたりしている。
    この場所を借りて5年目の春だが、基地内はなかなか作業が進まない・・・何やかや、頼まれる工作物や、毎年の4月の異変で何やかや放り込まれて、騒然としていて作業の場所さえなくなってきた。
    友人親子の火災での後始末やら、別の友人の事故・・・、精神的に病みそうな・・・人からの人生?相談みたいなのとか・・・とにかく、自分以外のことで時間を割いている毎日だ。もう、癒し?は深夜にYouTubeでディランを聴いたり、JOE PASS を聴いたり・・・それぐらいしかなくなってきた。自分の体調もイマイチ、力が出なくなってきて、これは年齢によるものだとは理解しているのだが、どうしても若いころの自分に負けたくない・・・という、変な意地があって、このところサボっている、筋トレをメニューを変えて復活することにした。読書は相変わらず、仕事合間に車の中でやっているので、車の中はシートの下に本がびっしりだ。
    振り返ってもしょうがない、とにかく春だ!!♪

  • >>659

    メディアとか、評論家・・・
    中東での宗教がらみの人質事件は日本の政治をも(国会)標的にしていたが、気になるのは総理が中東歴訪のタイミングで・・・ということをいいだの、悪いだのグダグダと国会でやっていたこと。メディアに対する統制も引いたようだが、・・・で、どうなるの? 相手は人の話の聞けない連中だ。連日のように斬首刑で人殺しをやってる連中に「話せば解る」ってか?? また、自己責任論について本人が自分の意志で行ったことだから・・・ってのを捉えて、擁護する、しない、の論争と、その論争自体を取り上げて政府の対応に疑問符をなげかけるネットでの評論家もいた。・・・で、何ができるの?? 戦争をやってる現場の狂気に対して学術論文みたいな評論をかかげている執筆者や、国会での質問には「こいつら馬鹿か?」と思ったね・・・。
    そのあたりの「狂気」を今度、イーストウッドが映画にしたのは興味深い。
    国会での今回の人質事件や、メディア各紙の政府批判などは「狂気」の前ではちゃんちゃらおかしくて、呆れるばかりだった。「狂気」ってのは葬り去るしか解決できるわけがないのだ。ヨーロッパ、中近東の長い歴史の中に戦争がなかったことなどないのだから。
    また、中韓の批判に対して「正しい歴史認識で」・・・と自虐的にのたまわってる評論家、各紙もあるが、何をかいわんやだ。イギリス、ポルトガル、フランス・・・ほかにもあるが、第2次大戦まではアジアのほとんどの国がヨーロッパの列強の植民地だった。これは中韓、日本を除く他の国々での歴史認識の教育の第一歩だ。いかにも日本だけがアジアを植民地化?しようとしたような教育がはびこっているが(中韓、日本)、中韓を除くアジアの国々ではそういった認識はない。そんな当たり前の史実を語らずにいまだに自国・日本の戦争の罪をあがなうべきだと叫んでいる学者は、本当に世界史、近代史の勉強をしたのかね?? 嘘つき大新聞や人の話を鵜呑みにして想像を膨らませていかにも、日本は悪い国です・・・みたいなね。 こわいのは、それをさらにテレビ、メディア各紙が迎合して超左に回っていることだ。「正しい歴史認識を」と言うなら、中韓以外のアジア各国、中近東、ヨーロッパを回って、一般人に聞いてみたらいい。今の日本の評価がどれほど尊敬を集めているかがわかる・・・。ちなみに、ディベートやるなら、世界史、近代史を(日本の教科書に載っていない)しっかり把握してから挑んでくれな~(笑)
    分かりやすい話だが、原爆はなぜ東京に落とされなかった?なんて、先生方は論じて、きちんと国民に説明しろよ!
    (核攻撃はもちろん否定するが)  そういった観点から近代史の裏をきちんとメディアが情報収集して発信してこなかったから、自国を陥れる馬鹿があふれてきたんだよね~♬ 祝日には昔はたいていの家が国旗を揚げていたのが今では皆無・・・国旗を揚げると「右」っていうおかしな雰囲気をメディアが煽ってきたからなんだよね♪
    どこにそんな国がある??

  • A市でのFMMF(ファイアーマン・ミュージックフェスティバル)いわゆる消防団員主体の音楽祭でAMFの分家みたいなホールイベントを無事に終えた。AMFの主力メンバーが中心となって開催する、今回で2年目だが、バッチリだった。規模の小さなホールだが、せり出しの階段席のホールだから、フロントスピーカーはサブ・ウーファーにポールで高くメインスピーカーを設置する。このままでは倒れる危険があるので小屋付がOKしないから、ウーファーの下に90センチ四方の厚さ5センチの台を置き、ウーファーとチェーンで見栄え良く固定する金具をつけてガッチリと固定した。
    かといってこのままではステージ前の客にはまともに音が飛ばないので、ウーファーの内側にもう一組15インチ2ウェイのスピーカーを中に振るセティングで用意した。去年より格段にフロントの音のバランスが良くなり、参加者、お客さんともに去年より音がイイ!と評価を得た。終わってみれば次に向けての課題山積なのだが、とりあえずは成功で気分をよくして帰宅途中に…仕事の緊急が入り、モードスイッチを一気に切り替えて現場に向かった。
    なんか、常に戦っている気がして、安らぎが必要だが・・・けっこう、いろんなジャンルの人たちに何やかや頼られて?いる気がするので休息したいとは思わない・・・今のところは。
    でも、たまにはステージでギターでの弾き語りをやりたいとも思ったりする・・・
    友人曰く、僕がステージに出ると空気が一気に変わるらしいのでやっぱり遠慮するか・・・♬

  • 年も明け、人生初の9連休・・・だったが、暮れに一件、元旦に一件、見事に?緊急が入り、緊張感は抜けなかった。しかし、それ以外はもう一つのAMFのためのスペシャルなステージ用のメインスピーカーを作って連休を使い切った。12月半ばの長男の結婚式で親戚一同、顔を合わしているから、たぶん正月は訪ねてこないだろうと。今や、AMFの主力部隊は別の市町でAMFのパートⅡをやるので、そこのホールに合わせたフロントのメインスピーカーが要るってんで、少し小ぶりな、それでいてド迫力な低音の出るセットを組んだ。仕上げる前に音を聞かせたらびびっていた(笑)。 作った自分でも驚くほど、予定通りに重低音が出るのだ。もう、こんなことは作る前から結果は判りきっているのだが、やはり、他人の評価が結果となるので、大いに満足な出来上がりだった。何十年も音響関係の趣味をやってると、スピーカーに関してはユニットと、箱、アンプの組み合わせでどんな音になるかはだいたい予想通りになる。
    ホールの予約は去年、全体統括をK君にバトンタッチしたので、今年は念願の「3日前から人数かませて並ぶ」ことができた。パターンを覚えてもらうために僕も(カミさんも)そのメンバーに加わり、都合9人で順番に3日前から予約の列として並んだ。K君いわく、「Iさん、これを10年やってきたんですか!!!」と、驚愕していた。ホールイベントはホールを予定通りに押さえなかったら、その日を予定して仕事の都合をつけて参加するみんなの出鼻をくじいちまうのだ。そんなこんなで、今年もきちんと海の日の三連休の二日間をAMFが使うことが決まり、あとは本番に向けてそれぞれがいろんな想いで努力すればいいのだ・・・♬

  • 長男が結婚することになった。こともあろうに相手方に婿殿として・・・。次男、三男と、ミュージシャン目指して東京で勝負ってことで家を出ているので(娘二人もすでに)我が家は早くも「老人の二人暮らし」ってやつだ。長男は職業柄転勤族だから、ま、今更何を望んでも帰って来るわけではないので、この話が出た時点で「お前の人生だから自分で決めろ」と怒れる心を抑えて、出来た親父を演じた・・・。はぁ~~~~~~
    何となく、ベジータオヤジの雰囲気の生活から逃れたい!ってのが子供たちの根底にあったのだろうとは思うが、まぁ、間違ったことさえしなければ(日本の法律の中で)生きていてくれればいいや・・・ってのが僕の考えだ。
    僕が子供たちに普段言ってることは「あきらめるやつがいるから、あきらめずに努力したものが残る」
    これは自分自身にも常に言い聞かせている・・・♬

  • 広大な?駐車場周囲のバラの剪定の時期で天気はまだ昼間は暑いが、いっきにやることにした。店作りとともに始めた「バラ園芸家」?なんだけれど、気が付くと70種類をこえている。「バラ友」も何人かできて、挿し木で増やしたものをあげている。根元の草むしりと、剪定と追肥と水やりと、まるっと一日作業だった。けっこう車の量が多い道路際でもあるので、最後に苦土石灰をプワ~と手撒きして塵灰による土の酸性を中和するようにしてからの水やりで、とにかく疲れた。 剪定した枝葉も半端な量ではないので、ゴーカキできれいに一周した。これは数日経ってから枯れきったところで、日の暮れにこそっと? 野焼き(駐車場)でやるのだ。灰をあとあと土づくりに使えるので一石二鳥?だな~(^^♪    農業生活者ではないので野焼きは・・・違法かな・・・(^-^;

  • AMFの生い立ちと並行して店作りも怪しげな話で我ながら、いつもながら、とにかく忙しい。何よりも、本業の仕事のほうがやたらと工事絡みが多くなってきて一日中走り回っている感じの毎日。T君がある日、アーク溶接器具を持ってきた、それも購入したままの新品で、まだ、箱も開封していなかった。「使ってください!」ってことは、僕にアーク溶接を教えてほしい・・・ってことなんだな・・・と。ところがギッチョン!大抵の工事関係の資格も実践も積んできているのだけれど、アーク溶接だけは未知の世界だった。ガス溶接溶断はフツーにこなしてきているのだけれど、アークだけはね~。 で、現実的には鉄骨の溶接ができれば、店作りもかなり楽な?展開になるし・・・と、200Vのコンセントを延長ケーブルをつけて用意した。事前に工事を専門にやっている仲間に、その「コツ」を聞いておいたので、きちんと減光グラスをかけて、恐る恐るやってみた。鉄のアングルどうしを試しに・・・。一発でうまくできた!!・・・と思いきや・・・コンクリの床で叩いたら、ポロン~と取れた。 表面処理をせずにチョンボしたから、何となく予想していた通り・・・。で、同じ材料で今度は表面処理をしてから再挑戦。結果はバッチリ! あとはデカい部材の溶接に挑戦すれば先が見えてくるな~と。
    バックヤードをすべてブロック積みでやる計画もこれで手抜きというか、鉄骨で補強が可能になるので後先工事が楽になる。これでやったことないのはクレーンの「玉掛け」ぐらいかな?
     AMFのほうは来年から僕の立場は後ろでカバーする役目だから機材の整備に専念できる。技術屋だから、そっちだけのほうが気が楽だ。去年、今年と、YouTubeへのハイビジョン映像でのアップをM氏の協力で成功させたけれど、できれば自分たちでビデオ撮影、編集、YouTubeへのアップもやりたい。そんなことでパソコン、EDIUSと、ビデオ編集に向けたセットで組んだ。そしてビデオカメラも3台、とりあえず購入することにした。動画撮影に関しては「大昔」取った杵柄ってやつで、「コツ・ポイント」ってのはそこら辺のアマチュア・・・ではない?という自信はあるのだが、自分がやっていては人は育たないので、近々、それに見合った人たちを集めて講習会をやって、カメラを貸し出して、とにかく慣れてもらうことにする。SONYのハイビジョンカメラなんだけど、ここで型番をいうと別のカテゴリーから「検索」されて、オタクたちがここにドド~と流れ込んできて、相手するのに疲れるから。とりあえず、SONYで揃えた。CANONとかPana・・・とかそういうことは他でやってればいいことで・・・。かつて、我が家のテレビはブラウン管時代に各部屋にPROFEELが置いてあったといえば、何をかいわんやだから。ベーカム担いでました・・・ってね。
    第2回のAMFのときは、ベーカムをひっぱり出してきて(物置から)ハードディスクに録画するようにしたのだけれど・・・そこにへばりつきで誰もいることができず、録画できていなかった・・・。もちろん、ケーブルテレビは記録してくれていたのでよかったのだけれどね~(^^♪

  • 気ぜわしさとストレスの半年が終わった。僕にとってのAMFはライフワークになってしまっていたので、この重圧から解放されたいと、ごくごく内輪に僕がメインでやることを一旦降りる・・・と伝えておいた。今や、主なメンバーの誰が仕切ってもAMFはやれる。そこまで皆が「イベントをやりこなす」ことに慣れてきたからだろうし、何よりも「One for All,All for One」を肝に銘じてくれるようになったと思う。達成感はそれあってのものだ。もちろん、僕自身も「まだまだ」だし、メンバーも「まだまだ」だろう。 しかし、おぼろげながらもAMFの形は出来上がってきたのでこれからの10年が正念場だと思う。それはリーダーのK君がよく理解しているので僕が口をはさまずともうまくやっていくだろう。もちろん、僕は機材、知恵、人脈は提供するのであとは皆がそれをどう使うかだ。
    思えば、僕と息子たちの「YOU BAND」でこのホールで演奏したいな・・・ってのが始まりで仲間をつのり、10年前に始めたのだが、最初のころのドタバタと、ここ最近では全く進行も技量もよくなっている。僕自身、やっとギターに触る時間を確保できそうで、なんか、フツーのオヤジになれそうだ♪

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