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    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお知らせ☆★

    この度居酒屋「Love&Peace」を開店いたします
    赤胴鈴之助・月光仮面・鉄人28号を知っている世代の店主です
    仕事で慣れないPCに向かっているオトーさん!
    そろそろ一杯やりませんか?
    昔「全共闘」・今「全狂頭」ですが、人生まだまだこれからです
    話題は何でも結構ですが、喧嘩や愚痴はご遠慮願います
    おつまみは持ち込み無料です
    どうぞ一度ご来店下さい

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  • >>
  • 3274(最新)

    じんべえ 6月20日 10:11

    >>3273

    皆様へのお礼が遅くなりました。
    「最後の一献」から「やり直しの一献」となり、
    更に「再びの一献」ともなりそうな雰囲気でした。
    縁あって宴席を同じゅうする皆様に感謝です。

  • >>3270

    その節は 大変お世話になりました。いつもの悪い癖で美味しく
    いただきますと、全て忘れてしまう悪癖はまだ健在です
    皆さん、素晴らしい方たちばかりで、私のような者まで同席
    させていただいて、ほんと恐縮でした。
    これからも元気でいる限り・・なんとか年に一度は継続して
    みたいと・・口先だは軽く言ってます。(^o^ゞ
    冗談はともかく ありがとうございました。

  • >>3271

    ご無沙汰しました、湯平温泉・・坂道の石畳の温泉ですよね
    一度行ってます。どこへ泊まったのか?? 急カーブから上に
    入って4軒目か5軒めだったと思いますが・・昔のブログを
    ひっくり返してみます。由布院とちがって海外の観光客は
    少なくて、狭い街の静かな温泉地、隠れた人気温泉ですよね

  • >>3270

    皆様、先日は有意義で楽しいひと時を過ごさせていただき、ありがとうございました。店で18年前からのお付き合いで、初対面とは感じませんでした。
    やじ様にはすっかりごちそうになりました。「あらばしり」大変おいしくいただきました。
    その上にお土産まで頂戴し、恐縮しております。ワイコマさまのお土産も美味しくいただきました。何から何までお世話になりっぱなしでした。
    ワイコマ様やじんべい様のように毎日ブログを書くなど到底できませんが、これからも気が向いたらフラッと寄ってください。

    さて、九州旅行の話題を一つ
    今回は、福岡に昔の仲間7人が集まって旧交を温めました。翌日は大分別府に移動してゴルフ!梅雨入りしていたにも関わらず、快晴で由布岳を眼前に仰ぎながらのプレーに大満足しました。スコアはご容赦願います。
    そして湯布院近くの「湯平温泉」↓に宿泊し、持ち込んだ宮崎日南の芋焼酎「平蔵」で乾杯でした。

         http://www.yunohira-onsen.jp/
    ひなびた温泉街で、郷愁を誘う昭和のにおいのプンプンするお薦めの温泉です。種田山頭火も気に入って何日か投宿してたくさんの句を読んでいます。温泉街の入口に句碑、中にミュージアムがありました。料理も美味しく、値段も手頃(安い!)で満足しました。
    ワイコマさん豊後大野からも近いですよ。

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお 皆様、先日は有意義で楽しいひと時を過ごさせていただき、ありがとうございました。店で18年前からのお付

  • >>3269

    2018年5月30日は、このブログにとって記念すべき日となりました。お伽の世界の中で18年を経過したこの居酒屋が現実の世に蘇り、店にとってゆかり深かった人々が生きて集うことができたのです。開設者(店主)始め店長や通いつめた仲間達が一堂に会し、合計4名で不思議な御縁を味わいました。長い間に亡くなられた顧客のことも、偲びました。これからは、生きた仲間同士の憩いの場として暫し立ち寄り、元気を分かち合う場所となるよう祈念致します。

  • >>3268

    いろいろあって遅くなりました。
    簡単に「急坂を登り」と書いて終わりなのが、
    なにより健脚の証拠ですね。
    急坂にビビッて参加を取止めましたが、
    歴史ある碓氷峠越えの様子がよくわかり感謝です。
    これで和田峠越えもスパッと諦められます(笑)。

  • >>3267

    皆様、応援ありがとうございます。一茶も北斎もこの道を歩いたそうです。その当時を思いながら歩くと意外に歩けるものなのですね。
    来月は19日(火)に軽井沢宿~沓掛宿~追分宿を歩きます。今年の最終地である下諏訪まで完歩したいと思っていますが・・・?
    ところで読み返すと誤変換だらけでしたね。
      ×臼井バイパス  ⇒ 〇碓氷バイパス
      ×尾根道に代わり ⇒ 〇尾根道に変わり
      ×伊能忠孝    ⇒ 〇伊能忠敬
    困ったものです。パソコンを使うと、漢字が思い出せなくなりました。携帯電話を使うと、電話番号を覚えなくなりました。AIが普及すると・・・?
    そういえば爆笑した誤変換を一つ
      〇薬剤師 ⇒ ×ヤクザ医師
             こんな医者もいました。

  • 峠越えの12キロ・・言葉以上に大変だったのかもしれませんが 素晴らしい
    伊能旅・・お疲れ様でした。ここ上州から信州に入り信州では幾つもの峠越え
    があります。これからが益々大変になるかもしれませんね。次に期待しましょう

  • >>3264

    つづき

    昼食を食べてまたすぐに歩きだし、明治初期に小学校もあった山中茶屋跡に到着しました。明治天皇が当地を巡幸されたとき、こんな山奥に小学校があることに感激し、25人の生徒全員に1円ずつポケットマネーから奨学金をお渡しになったそうです。
    1855年(安政2年)に安中藩主・板倉勝明は、藩士の心身を鍛えるために安中城から碓氷峠の熊野神社までの中山道7里(約29㎞)の遠足(とおあし。現在のマラソン)を命じました。5月の第2日曜日に「安政遠足・侍マラソン」が開催されたばかりで、道路整備のために使われたトラクターの轍跡が残る歩きやすい道を行きます。陣馬ヶ原で道は左右に分かれ、右は1861年の皇女和宮御下向に際し開削された広く平坦な「和宮道」、我々は細く険しい旧中山道を進みます。最後の急坂を登り、再び和宮道と合流してようやく碓氷峠頂上(1,190m)に到着しました。軽井沢から路線バスがあり、観光客もチラホラお見えです。
    頂上の「熊野神社」を参拝しました。参道から社殿の中央を県境が通っており、一つの境内に「熊野神社」(群馬県)と「熊野皇大神社」(長野県)の二つの神社が存在しています。なんと、賽銭箱が二つ並んでおり、鈴も二つ、宮司もお二人だそうです。ここでも「八咫烏」が登場します。
    熊野皇大神社のご神木「しなの木(樹齢850年以上)」を参拝し、旧中山道を下り小一時間で軽井沢宿に到着しました。
    天皇陛下と美智子皇后の出会いのテニスコートを見学し、全員無事に踏破してお開きとなりました。
    軽井沢駅まで1Kmほど下って帰りの列車に乗り、途中購入した「地ビール」で乾杯!

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお つづき  昼食を食べてまたすぐに歩きだし、明治初期に小学校もあった山中茶屋跡に到着しました。明治天皇

  • 17日に信州伊能ウォークに参加してきました。今回は坂本宿(群馬県)から碓氷峠を越え軽井沢までの12Kmでした。
    朝8:40に軽井沢駅に集合し受付・出発式を行い、いきなり"山ヒル"対策の話から始まりました。この後貸し切りバスに乗り、臼井バイパスを下り坂本宿に向かいました。参加者が多く61人乗りのバスに4人が乗り切れず、タクシーで到着です。
    坂本宿本陣跡(標高465m)を見学した後「峠の湯」に移動し、トイレ・準備運動をして峠越えに出発しました。
    最初はアプトの道を歩き、旧信越線のトンネルを抜けた所からいよいよ山道に入ります。浮世絵「坂本宿」に描かれている「刎石(はねいし)山」を登ります。急な坂道が続き、山の名の由来となった安山岩の柱状節理が露出した刎石坂を抜け、覗に到着します。眺望の良いここで一服し、坂本宿が眼下に一望できました。
    覗からは勾配の緩い尾根道に代わり、足取りも軽くなってきました。尾根道といっても尾根筋から3~4m南に下ったところに道は切ってあり、冬の北風を防ぐ工夫と思われます。ラジオを聴きながら歩いていた参加者から、今日は伊能忠孝の200回目の命日だと伝えているとの情報が入り、一同大いに盛り上がりました。どうやら山ヒルに襲われた方がおられ、再度注意喚起がありました。

            つづく

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお 17日に信州伊能ウォークに参加してきました。今回は坂本宿(群馬県)から碓氷峠を越え軽井沢までの12K

  • >>3262

    初物のネマガリタケとワラビを採ってきました。タケノコは皮をむくのが大変です。早速”竹の子ご飯”と”竹の子汁”を作ってもらい、”ワラビのおひたし”も加えてに晩酌が進みました。”竹の子汁”には”サバの水煮缶”が欠かせません。ちなみに長野県は”サバの水煮缶”の消費量が全国1多いそうです。

    午後から滝を観に燕温泉に行きました。土曜日で天気も良かったので、たくさんの人が来ていました。写真は「惣滝」です。今年もシラネアオイが出迎えてくれました。

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお 初物のネマガリタケとワラビを採ってきました。タケノコは皮をむくのが大変です。早速”竹の子

  • >>3261

    <毎日いかに「美味い晩酌をするか」
    これは全く一緒ですね。

    しかし、私はズボラを絵に描いた男ですから、
    座ったままキッチンから運ばれる、出来立ての
    おかずを順に「アテ」にしています。
    名付けて「居酒屋○○」、奥方の名前です。

  • >>3260

    いろいろに造詣などはありません。野次馬根性というか「熱しやすく、冷めやすい」性格で、様々なことに首を突っ込んでは中途半端で終わってしまっています。趣味もまたこれ然りです。

    昔から常に意識して心掛けていることは、毎日いかに「美味い晩酌をするか」です。魚釣り、山菜採りはまさに旨い”アテ”の為です。
    九州ではコシアブラ(写真)をほとんどの方がご存知なく、食べていませんでした。ゴルフ場でコシアブラを見つけ、採って天ぷらにしてご馳走しました。タラノメより旨いと好評で焼酎が進みました。以後は毎年採りに行っているいるようです。
    もうすぐネマガリタケの時期を迎えます♪

    皆様と呑める日が楽しみです。

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお いろいろに造詣などはありません。野次馬根性というか「熱しやすく、冷めやすい」性格で、様々なことに首を

  • >>3259

    いやー、店主様はいろいろな方面に造詣があります。
    店主様を崇拝するヤジ様も理解できました。
    やり直しの一献、楽しみですね。

  • >>3258

    確かに不自然ですね。他の絵でも「浅間山」とされる山の形が違っていたりで、写実的な描き方はされていませんね。

    よい季節になり、海に山に多忙となってきました。
    直江津の管理防波堤の釣り場は、昨年の10月に大波で施設が流されて閉鎖されていました。5月1日ようやく復旧してオープン。朝5時会場と同時に満員入場制限となりました。車のナンバープレートは圧倒的に多いのは”長野”、そのほか”松本”、”諏訪”、”高崎”、”群馬”、”熊谷”、”とちぎ”・・・etc みなさん朝早く遠くからお見えでした。連休中のせいか連日入場制限の大盛況、18:30の閉門時には、すでに翌朝の順番取りの車が並んでいました。

    山は、山菜の季節が到来し連日おつまみを頂戴しに通っています。コシアブラ、タラノメ、ウド・・・etc どれも美味しくいただいています。
    写真は先日登った「刈羽黒姫山」の山頂です。不動明王と思しき石像がありやはり修験道の山か?石の社、階段など担ぎ上げた人に敬服しました。

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお 確かに不自然ですね。他の絵でも「浅間山」とされる山の形が違っていたりで、写実的な描き方はされていませ

  • 大変勉強させていただきました。31番の[木曾街道 塩尻嶺諏訪ノ湖水眺望]は、城の存在もしっかりしていますが、雪景色を眺望しているのに手前の峠道に雪が全く無いのは不自然に感じます。

  • つづき
    当初この連作を刊行したのは保永堂(竹内孫八)=小版元で渓斎英泉を絵師として始めました。保永堂は歌川広重を絵師とし東海道五十三次を大ヒットした二匹目のドジョウを狙ったようです。しかし思うように売れずに、錦樹堂(伊勢屋利兵衛)=大手版元が携わるようになり、歌川広重を絵師として迎えて保永堂との合版が始まります。間もなく錦樹堂の単独出版となり、完結後に版権は錦橋堂(山田屋庄次郎)へと移りました。
    図版のタイトルは、広重が描いたものは全て「木曽海道六拾九次之内 〇〇」ですが、英泉は「木曾街道 〇〇」、「岐阻街道 〇〇」などとなっています。英泉は版元から広重の画風をまねるように言われたようで、実際に英泉の坂鼻・坂本の絵のタイトルは「木曽海道六十九次之内 ○○」に変わっています。坂鼻に至っては英泉の落款すらありません。とうとう契約解除で英泉のプライドは大きく傷ついたことでしょう。

    最後の絵となった「岩村田」に保永堂ではなく竹内の落款が押され、錦樹堂の落款はありません。この時は合版だったはずで不思議です。座頭(盲人)同士の喧嘩は保永堂(竹内孫八)=小版元と錦樹堂(伊勢屋利兵衛)=大手版元の確執を表現し、一里塚で片目を開けてあきれてみているのが英泉だとしたらいかがでしょう?散らばった小銭を拾っている座頭も金銭問題を暗示しています。

    なお広重の「雨の中津川」は希少(世界に5点ほどしか現存しない)で1,500万円もするそうです!

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお つづき 当初この連作を刊行したのは保永堂(竹内孫八)=小版元で渓斎英泉を絵師として始めました。保永堂

  • 浮世絵の「岩村田」が気になっていました。座頭(盲人)同士の喧嘩を描き、他の絵と明らかに違うモチーフで副題もありません。犬は吠え殺気立った雰囲気が伝わってきます。
    山岸先生の説明では、この絵を最後にお役御免となる渓斎英泉と版元とのトラブルを描き、盲人にしたのは絵の価値がわからないことを暗示している。一里塚で眺めているのは次の出番を伺う歌川広重だろうとのお話でした。
    では何故版元は自らの絵師とのトラブルを出版したのか?英泉まで何故座頭(盲人)なのか?疑問が沸き起こりました。改めて71枚の絵を見比べると同時に出版の経緯を調べてみました。

    すべての絵は↓で閲覧できます。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%9B%BD%E6%B5%B7%E9%81%93%E5%85%AD%E5%8D%81%E4%B9%9D%E6%AC%A1

           つづく

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお 浮世絵の「岩村田」が気になっていました。座頭(盲人)同士の喧嘩を描き、他の絵と明らかに違うモチーフで

  • >>3254

    これが雪割草ですか、植物音痴の私はワイコマ様の写真と共に
    店主様のレポートでも大いに勉強させていただきます。
    住吉神社の欅のコブも凄かったですかムクロモ豪快でしたね。
    後姿を皆様に紹介します。

    ★☆居酒屋『Love&Peace』信州店_開店のお これが雪割草ですか、植物音痴の私はワイコマ様の写真と共に 店主様のレポートでも大いに勉強させていただ

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