ここから本文です
現在位置:
  • <<
  • 75 38
  • >>
  • >>73

    私は競技テニスの選手では全くなく、専ら観戦、選手たちの応援に回っていました。あるとき北カリフォルニアの片田舎で開かれたフューチャーズで、応援していた選手が金曜の段階で勝ち残ったことをネットで確認(平日は仕事!)、土曜の早朝に200キロ以上車を走らせ試合会場に到着。金網で2面が囲まれた片面で試合が行われ、皆さん外で遠巻きに試合を観戦しているのですが、私は隣のコートになぜか入り込むことができ、じっと立ったまま腕組をしながらプロの超高速プレイをエンジョイしました。自分の目の前の同じ空間で、しかも自分は選手と同じ目線で立っている、という普通では経験のできない特殊な状況下での観戦は、それはもうエキサイティングなものでした。なぜボールがそんなに弾むのか、こんなにトスを高く上げていたのか、など、観客席から見ていたのではわからないことを全身で感じとり、驚きの連続。時々選手に拍手しながら声をかけたりなんかしていたのですが、その会場で知り合った線審の方(日本人!)から「関係者かと思っていた」といわれ、確かに「にわかテニス関係者気分」でした。

  • 北カリフォルニアで駐在していたhiroです。98-04年の間でしたが、州内のあちこちのプロの試合をチェックしてはフリーウェイを飛ばして見に行っていました。当時Yahooの掲示板が非常に活気のある状況だったと思うのですが、そこでトピを作って試合を見ては感想などを書き込んでいました。

    思い出話を始めると何度投稿しても足りないのですが、もっとも印象的だったことをひとつ。当時トップを争っていたマルチナヒンギスですが、彼女をサンディエゴの大会で見ました。それが普通の練習コートなんですが、彼女の金網の後ろではホットドッグやハンバーガーを売る露店が出ており、彼女はその煙に巻かれながら黙々とボールを打っていたのです。ちょっと生意気、わがままな印象をもたれていた感のある彼女ですが、文句ひとついわずに次々とボールを打ち続ける彼女を見て、本当にテニスが好きなんだな、誠実に取り組んでいるんだな、と一気に彼女のファンになってしまいました。華やかなメインコートでは多くのボールパーソンのサポートを受けながらプレイをする選手たちも、練習コートでは当然自分でボールは拾うし、スーパーの袋に拾ったボールを入れるし、カジュアルなウェアで打っているし、僕ら一般プレーヤーと何ら変わるところがない。違うのは練習で繰り出すボールの威力や美しくすばやい、力強い動きだけ。自分も彼らと同じことをやっているんだと思うと、底辺レベルのプレイも何だかもっと楽しいものになった、という思い出があります。

  • >>69

    周りからそう言われるので口癖なのです。すみません以後気をつけます。staさん、相手違いをされるのも嫌なもんですから気をつけて下さいよ。

  • >>63

    ダブルスのペアの話は、伊達が活躍していた頃、全仏のミックスダブルスで優勝した「平木理化?」選手のテレビ出演の時だったと思います。彼女は小柄な体格で、プレーの時は何時もねじり鉢巻をしていた両手打ちの選手でしたね。ウインブルドン?でサバチーヌと対戦したのを見た記憶があります。
    優勝した時のペアは即席?のインド人だったのでは? テレビには一緒に出ましたね。これ以上の細かいことは記憶がはっきりしませんのでやめます。ただ全仏は、優勝者名を刻みこんで永久的に展示しているので、非常に名誉的なことだと言ってたのを覚えています。
    イワ二セビッチが来日したら、シングルス、ダブルスの小試合が予定されているようです。日本側は錦織とマイケル・チャンですね。staさんが言われているイワニセビッチのサーブが見ものですね。30数年たった今どうなのか昔の面影は有るでしょうけど、楽しみですね。

  • >>61

    もう10年以上にカリフォルニアで駐在していたころ、北米のフューチャーズとかチャンレンジャーを回ってポイントを稼いでいる日本のトッププロの何人かと交流していた時期があります。2-4人ぐらいで一緒に回っていて、自分でレンタカーを運転して会場間を移動(つぎの会場は何百キロ先、のような距離感)、幹線道路沿いのモーテルで相部屋宿泊、ウェアの洗濯もコインランドリーで計画的に。食事もサンドイッチのサブウェイ等を含む非常にありふれたものでした。試合に負けると次の会場に移るわけですが、勝ち残ると練習相手の選手も次々と移動していなくなり、地元選手だけは地の利を生かしてコーチやヒッティングパートナーがいて万全の準備ができる、なんていう光景でした。

    海外に出る、というのを口で言うのは容易なのですが、日本で上位でもこの状況です。ラケット数本担いで大変な旅を彼らはしているわけで、プロスポーツの世界の厳しさを目の当たりにしたような気持ちになっていました。

  • >>60

    本当にプロ転向のことは福井選手に直に聞きたいもんですね。でないとだんだんと悪口になっていきますから。
    プロの新人がツアーを回るのは大変だということは、昔松岡がテレビで言ってたことを見た記憶があります。ホテルの手配から試合前の練習相手探しのことまで、何から何まですべて自分でやらなきゃいけないし、それには言葉の問題あって苦労するようです。
    練習相手と言えば、伊達がランク上昇中にナブラチロワから練習相手に誘われたことを聞いたことがあります。上位の選手は若手の有望選手を選んで練習することが多いようですね。同じ位の選手同士はよほど中が良くないとやらないとか。ついでに、ダブルスのペア探しも適当なようですね。前もってペアがいない人は「ペアを求む」みたいなプラカードを持って会場の中で探すとか?。
    昨日本屋で立ち読みしたのですが、11月下旬に東日本大震災復興チャリテーイベントに、チリッチとコーチのイバ二セビッチが来日するようですね。先日僕はジョコビッチのコーチはイバニセビッチと言いましたが、間違っていました。すみませんでした。

  • >>57

    私は、ただのテニスフアンとしての思いつきで書込んでいますから、的外れの場合はご容赦の程を。staさんの鋭い観察力には何時も感心しています。

  • >>55

    おはようございます
    また福井の話ですが、僕はテニスの「プロ制度?」の知識は全くありません。よく「プロに転向する」という言葉を聞きますが、福井は「プロ転向」をしなかったのではないかとも考えられます? プロテニスツアーに参加するにはそれなりの手続きが必要だと思いますから。福井は体格的にも大きくなかったので、外国の選手達と戦う自信がなかったのではないでしょうか。スポーツマンが挑戦する姿勢をなくしちゃおしまいですから、解説の方に切り替えたのでは?
    staさんは、グラフのバックハンドが弱点だったように書かれていましたが、確かにスライスのみと言う感じでしたけど、伊達などは滑ってきて非常に重く持ち上げるのが大変だったと言ってましたよね。確かにセレスにはバックをやられていると思いますね。
    グラフは長い足でぴょんぴょん跳ねるようにしてナブラチロワなどを倒したのを思い出しますね。セレスとの対戦はグラフの10:5位でしょう? まだまだNO1の記録保持者でしょう。

  • >>55

    初めてこのトピで投稿します。福井さん、懐かしいですね。足袋(フクスケだから?)なんていうあだ名があったのを雑誌で見たような気がします。

    当時国内で無敵だった彼も、海外には確かにあまり出なかったように思います。体格が欧米の選手に比べて圧倒的に不利だったこと、基本的に粘りのテニスだったことから、海外に出ようにも厳しいものがあったのではと推察します。興味深い雑誌の記事があり、170センチ以下の選手で世界ランクを作るとかれはベスト10に入っている、というようなものでした。

  • >>53

    福井が世界に出なかったのは、日本はテニスブームで日本で食えたから? 世界のレベルは高くとても対抗出来ないと思ったから? などいろいろ想像出来ますが、本当の事は本人に聞かないと分かりませんんね。ただ僕が思うには、スポーツをやっている人は次から次えと欲が出て、より高度なものに挑戦したくなるのではないですかね。福井は何故世界に挑戦しなかったのでしょう。
    80年代の頃、マッケンローやベッカー達の試合を見ていた頃は、ランキングのことなど気にしないで単に強いから勝ち残っているんだと思ってましたけど、その頃の日本人のランキングはどれくらいだったのでしょう?かなり低かったのでは。後になって松岡が、100位以内に入るのは大変なんですよと言ってたことを聞いた記憶があります。
    福井について、もう一つ知りたいことがあります。日本で長年NO1だった人のバックハンドは、両手打ち、片手打ちのどちらだったのでしょう。staさんご存知ないですか?。松岡当たりから両手打ちが増えたような気がしますが、いまは外人でも両手打ちが多いですね。トップクラスで片手打ちはフェデラーくらいではないでしょうか。

  • >>51

    松岡は「守備範囲」っていうことは、男の選手については一応知っているということですよね?。僕はどうも頭の回転が悪いので、よく勘違いをするのです。
    柳川高校のテニスは有名でしたね。昔は全国制覇を何連覇とか言ってましたけど、今は上位で活躍しているという感じでしょうかね?。全日本クラスの大会で、何連覇かしている福井も柳川出身でしょう?
    僕は何故か福井のプレーを見たことがないのです。それと何年もトップクラスにいながら海外に出てないのが不思議でなりません。それとも出たのでしょうか?

  • >>48

    松岡の話で、東宝社長はおじいちゃんだったかも知れない。間違っていたらごめんなさい。年寄りの話は気をつけたほうがいいですよ、ボケが多いから。

  • >>48

    テニスは昔も会ったけど軟式ばかりでしたね。硬式は一部の上流階級だけのスポーツだったのかな?
    佐藤直子のプレーは僕も見た記憶はないです。何か日本向けの放映の時かな?コートのスタンドで通訳しているのを見たことはあります。他にはテレビで「私の大事なもの」みたいな番組で、全豪でベスト8に勝ち進んだ時の写真を見せられたことがあります。彼女は学習院の出身?だと思いますよ。
    松岡は、東宝映画社長?の息子では?兄さんも有名なテニスプレヤーだったのでは?
    沢松は神戸芦屋?の出身で、自宅のテニスコートでお父さん?から鍛えられたと聞いたことがあります。イギリスにテニス留学をしてますよね。芸能人のニュースみたいになりました。では・・・

  • >>46

    80年代頃のテニスを思い出していたら、何かおかしなことに気づき自信がなくなりました。それでもしかしたらstaさんはご存知かもしれないと思い、確かめたくなりました。
    当時の週刊誌等から得た情報だったと思いますが、佐藤直子選手がナブラチロワ選手達を軽井沢の別荘に招待したという話です。日本での大会の後のことでしょうけど、新幹線はまだない時によく軽井沢まで行けたなという疑問です。このことは本当の話だったのかなと、それとも僕がボケてしまったせいかなと自信がなくなりました。
    伊達の前は井上悦子、その前が佐藤直子ですよね。佐藤は裕福な家庭に育ったようで、その頃の話で今の「秋篠宮殿下とテニスのお手合わせをしてみたい」と言う話を聞いた記憶がありますね。秋篠宮殿下は高校生?の頃、関東地区大会で活躍されていたようですね。すみません変な話で。

  • >>43

    テニスはもともと白人のスポーツだったんですよね。それで或るスポーツ新聞の記事を思い出しました。ヨーロッパでは有色人種に優勝されると、表向きは祝福しても内心はそうではないとか、マイケルチャンは裏ではドブネズミと言われていたとか、錦織のファインプレーは拍手されても本心は違うのだから、本当のファンではないとか。
    いま白人と言っても何で分けるのでしょう? どこ国でもいろんな人種が入り交ざっていますから難しいですよね。
    余計なことは抜きにして、錦織さんには上位8人のファイナルに出て欲しいですね・・・。

  • >>43

    マイケルチャンの全仏の優勝は僕も覚えていますよ。東洋的な顔立ちの小柄な若い人が優勝したのですからびっくりしました。全仏はクレイコートですから、力よりも技が上手いから勝ったのでしょうね。今は錦織関連のテレビでよく見ますが、中年太りの格好でもオデコ当たリには昔の面影がありますね。
    往年の名選手でコーチをやっている人は結構多いようですね。今ランキングトップのジョコビッチのコーチはイワ二セッチでしょう?、エドべバーグも上位選手のコーチをやっていると聞いたことがありますね。

  • >>41

    先ほどパソコンを見たらコメントが届いていたので嬉しくなりました。パソコンの不具合が分かったのですね。本当によかったです。
    僕はパソコンは年をとってから習い、遊びで使っているだけですから難しいことは知りません。よくパソコンをおかしくしますが、その時は量販店に行って聞いているのですよ。今後もよろしくお願い致します。

  • >>1

    17日(土曜日)の夕方5時半頃にコメントをもらっていますが、まだ本文は見られない状態です。パソコンの故障かなと思って専門家に聞いて見たところ、相手方に確かめて見た方がいいと言うのです。何か心当りはありませんか。

  • おはようございます。
    昨晩の0時30分頃コメントを頂いてますよね? 画面の右上に記録が出ています。しかし、文章が全然表示されないのです。パソコンはよく知らないし、故障かなとも思いますが、目下思案中です。
    そこで、これが届いたら何か返信をもらえませんか。お願いします。

  • <<
  • 75 38
  • >>
並べ替え:
古い順
新しい順
アプリでサクサク「掲示板」を見る Yahoo!ファイナンス公式アプリ
Yahoo! JAPANからの口座開設限定!最大32,000円キャッシュバックキャンペーン