ここから本文です
  • 1

    *****

    不世出の柔道覇王・木村政彦・・・なぜ、力道山に負けたのか。

    いや、木村政彦は力道山に負けてなどいない・・・これが真実の慟哭だ。


    木村政彦こそ、日本の誇りだ。

  • <<
  • 85 57
  • >>
  • 木村は、力道山など簡単に絞め殺せたんですよ
    木村は金のためにショーの役を演じたんですよ

  • プロレスなどやらせのショーだと云う事だ
    真剣勝負での試合など出来ないショー
    金の為に、筋書き通りの試合をしただけ

  • >>80

    前掲で「やらせ」と書いたところは原文では「八百長」となっています。
    「八百長」と書くと、なぜか投稿できず、やむなく「やらせ」としました。

  • >>79

    (続き)
    ”いつ、どんなふうにして、闘いがプロレスと言うショーになったのかは定かではない。おそらく歴史にして100年位だと思うが、興業というビジネスをしていくうえで、誰かが考え出したか、あるいは暗黙のうちに。このようなショー形式になっていったのだろう。
     確たる記録が無いのは当然と言えば当然だ。誰も自分が携わっている世界の『やらせ史』など残したいとは思わないだろう。
     しかし、スポーツとして見るからやらせと言われるのであって、これを最初からショーだととらえればやらせではない。やらせやっている怪しげな集団なのか、完成されたエンターティンメントを披露しているプロフェッショナルなのか。そこが曖昧なために、市民権を得られないのが日本のプロレスではないだろうか。
     ショーをやっているからと言って、プロレスラーが弱いわけではない。むしろ強すぎるがゆえに、ショーを成立させるための暗黙の取り決めが必要になったのだ。より素晴らしいショーを見せるには、それだけの鍛錬を積み、『強さ』を身に付けておく必要がある。ただ、それはあくまでもファンを楽しませて、夢と感動を提供するための手段だ。強さは手段であって目的ではない。だから、プロレスはスポーツではなく、」エンターティンメントなのだ。(後略)”

    ミスター高橋のプロレス観はそういう事だ。
    映画ほど緻密ではないが、あらかじめ描かれたシナリオに沿って選手は戦い、シナリオ通りに勝負が付く「やらせ」であるのは間違いない。

    翻って力道山VS木村の試合も、最初は「引き分け」というシナリオがあらかじめ決められていたという。
    しかし、当時のプロレス人気は野球や大相撲をしのぐほどで、「日本の最強のプロレスラーは力道山か木村か」という宣伝文句が強烈に国民の期待度を高めていた。

    あの試合は最初は両者譲らないスマートな試合を展開していたが、途中から突如力道山が荒れ狂って木村を殴る蹴るなどの暴行を加えだした。木村はなすすべもなく体を横たえたまま流血を浴び、レフリーストップのノックアウトという凄惨な結末を迎えた。
    力道山がなぜ途中からあのようなルール無視の暴行を木村に加えたか、諸説語られているが、
    私は、力道山はライバルである木村を破り、日本におけるプロレス事業を独占するために、最初から、この暗黙の「引き分け」と言うシナリオを破るつもりでいたのだと思う。

  • >>64

    >力道山は武道家などではない。ショウマンであり、アイディアマンであり、実業家であった。金儲けの才能は大したものだった。彼を格闘家と位置付けるのはどうかと思う。木村政彦とは別世界の人間だったのだ。

    そもそもプロレスは格闘技ではないのだよ。(大爆笑)
    だから力道山は格闘家でも武道家でもない。『ショウマンであり、アイディアマンであり、実業家であった』
    ジャイアント馬場もアントニオ猪木もこの系列に属する。

    新日本プロレスで25年間レフリーを務めたミスター高橋は著書「流血の魔術 最強の演技 全てのプロレスはショーである」のまえがきでこう述べている。

    ”「プロレスに星の売り買いはあるのですか」
     あるプロレスラーの本の中で、インタビュアーが当のレスラーに質問していた。私がともに働いてきた新日本プロレスの選手でないので名前は上げないが、もちろん彼は「星の売り買いはない」と断言していた。
     私も彼と同じように「売り買いは無い」と断言する。しかし、その言わんとする意味は、その本に書いてあった内容とは違う。
    星の売り買いがないというのは、真剣勝負だから売り買いが無いという意味ではない。プロレスは最初から勝負が決まっているショーだから、もとより裏で売り買いなどする必要はないと言うことである。シルベスター・スターローンが、映画「ロッキー」の中で相手に勝つために「オレは主役だから負けられないんだ」と、相手から『勝ち』を買う必要がないのと同じだ。
     これは大げさに言っているのではなく、本当に同じなのだ。映画のように細かくシナリオが決まっているわけではないが、勝ち負けとおおよその流れは決まっている。
     レスラーにとって、プロレスは年間100試合以上(私が現役レフリーの頃は200試合以上)こなす職業だ。どんな頑丈で気丈な人間であっても、三日に一度も命がけの真剣勝負などできるはずがない。だから、私はヒクソン・グレイシーの『400戦無敗』も信用しない。宮本武蔵でさえ、本当の真剣勝負をやった回数は生涯で60回程度だと言われている。
     戦前のプロレス、ジョージ・ハッケンシュミトとフランク・ゴッチが戦った時代から、プロレスの内部においては『どちらが強いか』などという命題はなかった。プロとして競い合っているのは、昔も今も『どちらが上手いか』ということだ。(後略)

  • >>29

    2012/ 3/19 17:33

    temporal_aniccaa


    491 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 Mail: 投稿日: 2012/03/18(日) 02:50:43.69 ID: aH5mtpEj
    ここは柔道経験者が多いと思うけど、柔道の練習時間というもの
    をどう考えるべきか。二つの対極的な考えを紹介してみたい。

    (1) 絶対に勝つにはどうしたらいいか。たどり着いた結論が
    有名な「三倍努力」である。強豪選手たちが三時間稽古していた
    ので木村は倍の六時間から七時間稽古していたが、倍の稽古だけ
    では「絶対」の境地にはたどりつけない。ライバルたちも必死に
    稽古しているからだ。しかし三倍の九時間以上稽古すれば、他の
    人間はついてこれまい。

    木村は乱取りだけで毎日百本はこなした。一本五分としてもこれ
    だけで九時間近くなる。ウエイトトレーニングなどを含めると十三
    時間から十四時間はこなしていることになる。

    経験者ならわかるとおり、柔道の乱取りはどれだけ長くとも五時
    間が限界である。五時間やるとしても一週間の合宿期間だけこな
    すことはあるが、毎日続けるのはどう考えても不可能である。現
    在の強豪高校や大学でも三時間ならかなり長いほうである。

    だか、木村は乱取りだけで九時間やった。まず警視庁へ朝十時か
    ら出稽古へ行き、昼食を食べて拓大で三時間、そして夕方六時か
    ら講道館、その後深川の義勇軍道場、牛島塾に戻ってくるは夜十
    一時である。

    そして夕食をかきこむと、ウサギ跳びをしながら風呂に行き、
    またウサギ跳びをしながら帰ってくる。すぐに腕立て伏せ千回
    やって、そのあとバーベルを使ったウエイトトレーニング、巻き
    わら突きを左右千回ずつ、さらに立ち木への数千本の打ち込み
    である。布団に入るのは午前二時すぎ。


    492 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 Mail: 投稿日: 2012/03/18(日) 02:52:57.62 ID: aH5mtpEj
    もうひとつはこれと対照的な古賀稔彦の考えである
    (2) 私は人からよく「古賀さんのことだから毎日四時間は
    練習しているんでしょ」と言われたが、実際の練習時間は一時間
    半程度だった。確かに、指導者が選手に高圧的に、「おまえは
    強くなりたかったら四時間の練習をこなせ」と厳命すれば、強く
    なりたい一心の選手は四時間の練習をすると思う。だが、私の経
    験からいって、100%の力を四時間持続するのは不可能な
    ことなのだ。一時間半の練習を終えたときはもう立っているの
    はおろか、口を利く力もないほどの疲労感を覚えたし、全力を
    出し切った満足感があった。

    柔道の試合は国際ルールで男子は五分、女子は四分と決められ
    ている。そんな短時間の試合でも、終わると疲労はピークに達
    する。四時間もの練習のあいだ、100%の力を維持すること
    は不可能だから、四時間の練習をしようとすると自分の力を小
    出しにするようになってしまうものなのだ。たとえば四時間の
    練習で60%の力しか出さなかった選手が試合に臨んだら、ど
    ういう結果になるか。彼は練習で100%の力がどんなものか
    知らないから、試合でも60%の力しか出せないのである。

    みなさんはどう思いますか。


    493 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 Mail: sage 投稿日: 2012/03/18(日) 15:26:26.35 ID: 95OsKyhP
    古賀 体重別のスポーツ選手
    木村 武道家

    こういうこと

  • >>28

    2012/ 3/ 9 15:58

    ushikai10171130


    木村政彦の柔道教本を学生時代に読んだが、危な過ぎる。大外刈りなどは相手を殺せるように変えていた。彼は試合った相手は殺す気で戦っていたのが解る。吉田では木村のように完全にグレーシーの腕を折れなかった。次元が違いすぎる。木村の後に木村無しである。

  • >>24

    2012/ 2/21 9:16

    temporal_aniccaa


    空手で「一撃必殺」は不可能だが、

    柔道で「一撃必殺」は簡単。

  • >>22

    2012/ 2/ 7 17:30

    vegas2six


    誰も投稿してくれないようだから、俺がする。力道山は武道家などではない。ショウマンであり、アイディアマンであり、実業家であった。金儲けの才能は大したものだった。彼を格闘家と位置付けるのはどうかと思う。木村政彦とは別世界の人間だったのだ。

  • >>21

    2012/ 2/ 7 8:43

    temporal_aniccaa


    ある意見


    897 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 Mail: 投稿日: 2012/02/06(月) 18:07:12.42 ID: hvZC8lFJ

    猜疑心の塊で周囲の人間を踏み台にして
    死んでからも弟子や同僚からも人格をぼろくそに言われる力道山が
    武道家として正しくて、
    ショーの世界で他人を信用するお人よしで、だまされて世間的評価は地に堕ちたけど
    死後も周囲の人から楽しい人、優しい人だったと言われる木村が
    武道家じゃないんだったら
    別に武道家じゃ無くて良いと思う

  • >>20

    2012/ 2/ 2 17:56

    temporal_aniccaa


    「先生から見た戦後の柔道家で一番強い方は誰ですか?」

    木村「一番強い男か・・・・ヘーシンクだって人が多いね。俺がやっても2分かかるだろうな。」

    「2分?」

    木村「ああ、捕まえて組むのに2分かかるだろうからな」

  • >>16

    2012/ 1/ 1 8:36

    temporal_aniccaa


    嘉納師範
    「まるで牛の角突き合いだ。これは私の柔道ではない。
    当て身でみんなやられてしまう」

    前田光世
    「拳闘(ボクシング)は柔道の技術の一部を使っているだけで、
    所詮は柔道の敵ではない」
    と同時に当身の重要性を講道館に投稿している

    木村政彦
    「柔道のとらえ方が違う。 俺らの頃は、相手が突いたり蹴ったりしてきても
    対応することを考えた武術だった」

    小田常胤
    「欧米に於いては拳闘が著しい発達を見せたかと思えば、
    唐手術も漸く盛んになり、当身術の研究も柔道にとって普通、
    乱捕り勝負を研究する以上に必要になってきた。
    拳闘は柔道の一部であるとか空にうそぶき、タカをくくり、
    我はひとかど柔道家なりと済ましているノンキな時代ではない。
    今や正に柔道家の総智をしぼり、凡ゆる研究を結集し、
    当身術の完成を期せねばならぬ時代である。今にして声を大にして
    天下の柔道家に告ぐる所以のものは、全く我が国の国技・柔道の
    権威の為めに当身術の真価を世界に向かって発揮せんが為である。
    此際、特に柔道家の奮起をまち、且つ又その成功を祈って止まない。」

  • >>12

    2011/12/27 8:43

    temporal_aniccaa


    木村は合気道の心得もあった阿部謙四郎に敗れた時に、相手をだます柔道では駄目だと痛感し
    どんな体勢でも投げたい時に投げ、相手の技を受け止めてそれを跳ね返す力を求めた
    そして全日本初優勝後の三倍努力もあって、木村の技は完成に近付いていく
    天覧試合予選で一発で決まらなくても大外を何連発もして最後は大外落としで決めたりしている
    木村が求めた物は相手がどうやってきても決める技術だった

    「 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか: 増田 俊也著」より抜粋



    これが木村政彦の柔道でおますね。

    (●´・ω・)y─┛~~


    正法無常宗祖師 沙門転法(/\)南無一切無常絶対超越真理

  • >>6

    2011/12/ 6 10:00

    temporal_aniccaa


    576 名前: 名無しさん@一本勝ち Mail: sage 投稿日: 2011/11/22(火) 18:07:30.95 ID: j5MoPyM70
    一冊の本を読んで、どんな結論に至るのかは、人の数だけ答えがあると思う。

    オレの結論。
    おれは木村政彦と同じ日本人に生まれて良かったとつくづく思った。
    オレは木村氏と同様、好きなことに打ち込み、真面目に努力を積み重ねるという日本人特有の
    気質を持って生まれることができた。
    木村氏ほどの凄い努力はできなかったかもしれないが、自分の好きなこと、自分がやるべきことに
    対して、真剣に向き合い、成果を収めることができた。

    そしてもう一つの結論。
    日本人と朝鮮人の違いが明確になった。

    朝鮮人の力道山も、木村氏には遠く及ばないものの、ほど良く才能に恵まれ、
    ある程度の地位まで上り詰めることができた。
    ただし、ここから先が日本人と朝鮮人の違い。

    自分の能力の足りなさを差別のせいにし、日本人を逆恨みし、日本人を騙し、日本人から金を奪い、
    日本人を罵倒し、日本人を殴り、日本人を足で踏みつけ、ドス黒く汚れた金と、嘘で塗り固めた名声を獲得した。

    まるでフィギュアスケートのキン・ケンジと韓国スケート協会が真央ちゃんに対して行った仕打ちと同じ。

    こんな民族、絶対に許せない。

    オレはこの先の人生でも、栄冠を掴んだり、業績をなしえたりできるはずだが、そういった機会に恵まれたら
    「私の積み上げた努力の量なんて木村政彦氏の努力に比べたら屁のツッパリにもなりません!」
    と言ってやろうと思う。

    オレ自身ががんばり、努力し、成果を得ることが、木村氏の名誉回復になると思う。

    これがオレの結論。

  • >>2

    2011/11/17 21:54

    temporal


    775 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 Mail: 投稿日: 2011/11/17(木) 21:51:13.94 ID: txclUAjG
    木村師範には高校の柔道部でお世話になったんですけど、世間で語られている鬼の木村
    と実際の師範は少し違うような気がしますね。
    ウエイトひとつとっても師範は自分の体重と同じ位の重量をとにかく限界まで上げるように指導されてましたしね
    最近のウエイトなんかで基本になってる重量を10回上げるというやり方に否定的でしたし、ましてやMAXへの挑戦なんか
    全く意味のないことだと、とにかくスタミナ重視の人でしたね。
    体重程度の錘を100回、200回、300回とより回数上げられればそれだけ、相手に対し力の点で優位に立てるんだと
    指導いただいたのを今でもはっきり覚えています。師範は連続して500回やれたら合格点だと言われたけれど、
    一番上げれた人で、その人の体重は65K位でしたけどね、300回で500回あげられた人は一人もいませんでしたよ。
    師範は500回毎日上げてたそうです。

並べ替え:
古い順
新しい順
アプリでサクサク「掲示板」を見る Yahoo!ファイナンス公式アプリ
Yahoo! JAPANからの口座開設限定!最大32,000円キャッシュバックキャンペーン