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老母の本音

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  • 2016/12/31 00:55
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  • 特養に入って3年、92才の母が詠んだ歌です。

       我が願い 助けてくれる 者もなく 
           日々の思いに 追いつめられる

    会う度に早く死にたいと泣かれます。
    施設長は個人的に知り合いで、他のスタッフも皆親切で良くしてくれます。
    それでも。
    生きてる事その事自体が牢獄のように感じてるんですね。

    このような悲しみ苦しみは、恐らくとんでもなことなのでしょう。
    何処かで嘘と分かってても、臭いものに蓋ではないけれど
    敢えて触れないおきたいと、一種のタブーのようになってるんでしょうかね。

    そのような融通の無さが更に母を追いつめる。
    施設の人が聞いたらビックリするでしょう。

    でも私は気に入っています。
    変にキレイごとに取り繕ったよそ行きの言葉よりも響いてきます。

    彼女のこの思いというものは、特異なんでしょうかね。

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  • >>75

    miraiさん
    失礼しました。

    直感、は意外と当たってると思いますよ。
    ただ身内であるが故に甘えもあるのかも知れません。
    してくれて当然だ、という。

    甘えと言っていいのかどうか分かりませんが、何処かで期待してる。
    他人だとそんな事はないんでしょうけど。

    期待もしなければ不満も出てこない。
    そう言うのって寂しい事ですけどね。

    誰か他に分かってくれる人がいると助かるんですけどね。

  • >>73

    やはり「自分を責める」んですよね。
    迷惑をかけると、飲み込み背負いこんでしまいます。
    相手に気を遣わせないように「軽さ」があるといいのかもしれません。

    状況が状況だから重くなりがちですが。。
    他にも関わりを持ってくれる人がいるといいのでしょうが。
    二人だけだと大変な時もあると思います。

    友達感覚というのはいいかもしれませんね。

  • >>71

    寂しいんだと思います。
    みんなそうかも知れませんが。
    不自由なだけに殊更そうなのでしょう。
    話聞いてあげてください。
    その点では少し後悔もあります。

  • >>69

    確かに済んだことではありますが、他人事でもないんですね。
    母の姿は常にありますよ。
    引きずってる訳でもありません。

    一緒にと言ってもみらいさんにも生活はあるし、無理をしないですむ程度に、ということでしょうか。
    寂しさのカタチは人それぞれでしょうが、信頼(お母様のみらいさんに対する)があれば大丈夫ですよ。


    画の方は、実は迷ってます。
    実際に描かずに御託ばかり並べてるようで。
    でも言葉にしないと収まらない処もあり、グズグズと。
    画は描いてます。

    「画を描くということ」から「画かきの独り言」にでも変えようかと思ってます。

  • >>66

    みらいさん

    返事書くつもりでしたが、、、

    母は、認知症はなかったけど被害妄想と自己否定、さらに引き籠り。
    でも妹に言わせるとそれも認知症の症状だそうです。
    暫く市役所の介護福祉課にいて現場に出てましたから、そうなんでしょう。

    言葉にすると大層ですが、ちゃんと言葉のやり取りは普通にできましたから、それ程問題でもないと思います。

    元気な頃には見られなかったような言葉や態度、でもそれはしょうがないのでしょう。
    きっと子供の自分にもあるのでしょうから。

    親孝行、したい時に親はなし

    どうすればよかったのか、殊更後悔というものもないのですが、時々考えます。

    まだご健在であるならば、出来るだけ一緒にいてあげられ逆転たらいいかと。
    時間が長ければいいというのでもないと思いますが、
    どこかで親子の関係が逆転してることもあるようです。

    母親というのはやっぱり特別なんでしょうかね。

  • >>65

    母は本音を出さない人でしたが、一方義母は本音だけの人。
    愚痴文句悪口。自然と誰も寄り付かなくなります。
    気にしてるのは末娘と孫くらいです。

    93で一人暮らし、それでももっと生きたいといいます。
    施設は断固拒否。気だけは強いです。


    久々の都立美術館、館前のスタバにも初めて入りました。
    公募展は期待してないのですが、 行って良かった。
    色々参考にもなりました。

    母が元気だったら彼方此方連れて行ってあげtsかったなと、今頃になって考えます。


    両極端、

  • >>63

    母の夢を見ました。
    滅多に夢など見ないのですが、珍しく。

    「よかたい」

    生前「お母さんが死んだら法事には出ないよ」と言った時の返答でした。

    色々経緯もあるのですが、それを納得しての返答なのですが。
    きっと寂しかったでしょうね。
    何も言いませんでしたが。

    だいぶ前、父が出た時は
    「お前もこっちに来んか?」

    別に嫌な気持ちにもなりませんでした。
    何もありません。


    創展
    土曜日に行こうと思います。
    週末は多いでしょうから、人が出てくる前に、早めに。
    会場が開くのを待って。

  • >>63

    介護の大変さは色々耳にもします。
    私なんか遠いのをいい事に妹に任せっきりだった。
    偉そうな事を言う資格はないのですが。

    ただ一切を引き受ける覚悟はできてるつもりです。
    子供のいない我が家は、連れ合いの面倒を見る様になるのも、そう遠くはないでしょう。自分自身の事も考えて置かなくてはなりません。

    何にもせよ、自分一人で背負い込むのは良くありません。
    兄妹が同じ様な気持ちでいれば心強いですし、同じ様な境遇にいる人とは理解者にもなります。

    やっぱり理解者は大事です。
    母も、「死にたい死にたい」と言ってましたが、結局寂しかったのです。
    頑なに周りを拒絶してたけれど。
    今頃になってその事が不憫に思われてきました。

    少しばかりの寂しさを感じるのは仕方ない事だけど、一人だけでも心が通じる存在があれば、それで救われます。

    何時でもどうぞ。

    画の方も再開しようかと考えてます。

  • >>61

    看病と手続き交渉と、一人ではできません。

    なんて言っても全部妹に任せてたんですよね。
    正直に言いますと、最初の頃は母の身体に触れるのが躊躇われてました。
    何なんでしょうね。
    元気な頃も、施設に入ってからもしばらくは。

    そのうち、妹にせかされて、、、でもそこを越えると何でもなくなります。
    多分兄は、最後までそこを越えなかったのでしょう。

    本当はね、お嫁さんも手伝うべきなんでしょうけど、それぞれ事情もあるでしょうし。
    十分でなくても役割分担ができれば随分違いますよね。

    検診で引っかかりましたか。
    ストレスは最も避けたいです。
    でもそんなこと言っても中々、生きてれば色々あります。

    ずっと以前、医者をやってる友人に見せてもらったのですが。
    末期の患者で、手術も何もしないのに完治したという報告を五つほど。
    全てに共通するのが、ストレスがなくなったという事。

    逆説的ですが、死が彼らを解放するという、それだけ特殊な状況に置かれてたという訳です。
    友人は「そういう事もある」というだけでそれ以上の説明はしてくれませんでしたが。

    ストレスをなくす事は出来なくても、発散させる場なり方法があれば随分違うでしょう。

    取り敢えずは良かったんですね。


    熊谷守一、イマイチ、、、なんでしょうかね。
    とは言っても、勉強にはなりました。
    私が大事にしてるものと、熊谷が大事にしてるものは共通してますから。
    そういう画に相対することは、やっぱり喜びです。

    その展覧会明後日までじゃないですか。
    残念です。明後日まで動けません。


    妹のこと、ありがとうございます。
    福岡は遠いです。

    また何か面白そうなのやってたら教えてください。

  • >>59

    お久しぶりです。

    意識がはっきりしてるのに身体が動かない。
    辛いですね。
    本人も辛いけど、見てるこちらも辛いです。

    動けるものなら動いた方がいいに決まってますが、それができないとなると
    困りものです。
    私の母も最後の頃は、何日か置きにリハビリと称して手足の曲げ伸ばし、
    やりに来るんですが、気休めでしかありません。

    寝たっきりで身体を動かさないと認知症も心配です。

    みらいさん以外にも面倒見る人はいるんですか。
    一人ではとても背負いきれません。

    妹も、母が亡くなって一年余り、一応普通にしてますが、言葉の端々に
    投げやりなところが見受けられます。
    意見するんですが、所詮理屈でしかなく、何の役にも立ちません。

    ギリギリできつい思いをして、これといって希望もない。
    それでも、これも親孝行といっていいかとも思います。
    ありがとうと感謝してくれてるはずです。

    そういう思いは、人生の終わりに大事じゃないんでしょうか。
    十分ではないかもしれないけれど、何処かで折り合いをつけないと。

    どうぞ無理はなさらずに。


    熊谷守一、行ってきました。
    好きな画は並んでませんでしたが。


    宜しかったら連絡を。

  • >>53

    油画と墨画、全部で二十数点。
    油画も水墨画みたいな感じです。
    苦労してます。

    11時から19時まで。
    最終27日は午後5時で終わりです。

    何時でもどうぞ。

  • >>51

    最後の書き込み依頼来ることもなかったのですが。。
    「新着通知」が。

    同じように親を看てるからと言って、話が通じるとも言えないようです。
    口に出すのが場違い、、、寂しいですね。

    もう一つのトピは画に関わることですが、こちらも何ヶ月もご無沙汰。
    書き込みせねばと思ってはいるのですが。

    今月下旬、22日から南青山(5-7-25)でやります。
    『サロン・ド・フルール』
    地下鉄表参道の駅からすぐです。

    どうぞお出で下さい。

  • 報告と言うか「まとめ」です。

    母は、6月24日に永眠。
    初めてお盆休みに帰省、四十九日と初盆を済ませて来ました。

    去年の暮れに病院を移ってから意識も体力も下降線を辿り、最後は一日中眠った状態で辛さや悲しさからも解放されて(と見えるのですが実の所どうなのか、、)家族としては良かったような。。。

    母は文章を書くのが好きで沢山の歌や日記を残しています。
    それを読んでると「早く死にたい」と言ってた言葉の奥に寂しさがあった事がよく分かります。
    娘が毎日のように会いに来て施設もよく面倒見てくれて、恵まれた環境でもあるのですが、本人の思いはまた別のようです。

    お義母さんは幸せだったのよ。と妻は言いますが
    「死にたい死にたい」と口にする者が果たして幸せだったのかどうか分かりません。

    また平均寿命が伸びたそうです。
    健康であれば結構な事ですが、本人の意志のない延命に如何程の意味があるのか、考えさせられます。

  • >>48

    ありがとうございます。
    現場はあなたのような人たちに支えられてるんですね。

    施設を経営してる友人にも、母が入ってた施設の人にも言われました。
    そうすることでお互いが優しくなれる、 最良の道なのだと。

    お陰で介護による特別の苦労というものも経験せずに済みました。
    東南お角部屋で明るく静かで、皆さんよく声かけて頂いて、
    ただ、 制度は整っててもそれだけでは収まらない問題があるということです。
    これはもう人間そのもの、個人個人の問題です。

    それをも軽減させるべく施設の人たちは苦労されてるのですが、
    やはりね、最後は、、、これはもう宗教の問題と言っていいのかも。

    研修で来ていた若い女性の学生さんでしょうか、母が尋ねたそうです。
    何時も死にたいと思ってるけど、そんな人他にもいるの?
    困ったような顔して答えが返ってこなかったそうです。
    母も無茶ですよね、学生さんにそんなこと聞いても。

    友人の経営者はある老婦人の話相手を6〜7時間付き合ったと言います。
    経営者であればこそ出来ることで、他のスタッフには出来ません。

    人が生きてるのに何も問題がないなんてことはないです。
    それをなんとか軽減解決していこうと皆で向き合う、ということじゃないですか。

    現場の人たちは、周りの理解も少なく大変だと思いますが、宜しくお願いするしかありません。

    人には、どんな人にもそっとしておいて欲しい心の領域があると思います。
    推し量ってそっとしておくしかない場合もあるかと。

    難しいですね。
    ご苦労様です。

  • 介護お疲れ様です。
    お邪魔してもよろしいでしょうか?
    私は特養で介護士として勤務しています。

    ここには色々なお年寄りが生活しています。
    土地柄(田舎)、老老介護が増え入所される方も
    90を越えている方…多くなっています。

    在宅での介護は本当に大変で辛い事の連続
    だと、お察しします。
    子供だから…長男の嫁だから…などという義務に
    駆られ、がむしゃらに介護するとご自身が
    倒れてしまいます!
    そしたら、誰が介護するのでしょう?
    入所されているお年寄りの中には、施設に
    いる方が何倍も幸せな方もいます。
    お子様や身内からの暴力・介護放棄…
    入所されても、誰一人として面会に来ない。
    体調の急変時に連絡しても、今は無理…と。

    それより、いつも笑顔で介護出来るよう
    息抜きも必要だと思います。
    決して施設に入る事がいけない事ではない!
    身内をアテにして腹を立てるより、市役所など
    相談して支援してもらえるものは利用して
    下さい!

    認知になってしまっても、アルツハイマーでも
    寝たきりでも…最期の最期まで耳は聞こえて
    います!
    お年寄りは死ぬ事は恐くないのです。
    ただただ、迷惑かけた事を詫び優しく声を
    かけてくれた事に感謝しています。
    だからこそ、明るい声で最期まで話かけて
    ほしいのです。

    まとまらない話で、すみません。
    生意気で、すみません。

  • >>46

    ふくさま

    人生そのものが想定外ばかりでしょうしね。
    老いた親の問題は、いずれ我が身に向かって行きます。
    父は生前言っておりました。
    男が残されたら悲惨だと。
    15年程前に他界して、危惧する事態にはならずにすみました。
    でも母がそういう状況に追い込まれた訳です。

    そして遠からず我が身の問題になります。
    子供が居ない夫婦は老老介護、(居ても同じかも知れませんが)その先にあるものは、、、
    私の場合左程心配はしておりません。
    ただ覚悟は必要です。色々と。

    この事は誰にどうこう言うものではありませんし、皆が抱えてる問題です。
    ただ、目を背けたり誤摩化したりと、そういう欺瞞がイヤだなと思ったことからここで言葉にした訳です。

    誠実であること、そうですね、それは大事なことだと思います。
    逝く親を最後は感謝しながら見送れればいいですね。

    こちらこそ。

  •  ネギ 様
    死生観に於いて、想定外は付き物でしょう
    どの様に、この状況を背負えるかが課題と思います
    実際の介護経験者は、孤独で何時まで 疲労困憊が現実・・・・。

    後は、人間性をどれだけ保てるかです。
    自信はありません、親と言えども人生が違いますから
    私は、余りにも正直に吐露しすぎたようです。

    失礼いたしました。お互いにその時の誠実で
    乗り切る事が出来ますように。 有難う御座いました。

  • >>44

    ふくさま

    今の医療はなんなんでしょうね。
    病気は治ったのに患者は死んだ、なんて話もあります。
    まあ一言で言えば、医者に思想がないということでしょうか。
    でもそれは医者だけの問題でもないように思います。

    病気と死は、色々と考えさせられます。
    人の本音本性も見えて来ます。

    他人のせいにしたり非難したりしてもこちらの気分が悪くなるだけで
    私も他人のことあれこれ言えるほど立派でもありませんしね。

    相手を傷つけるとか、取り返しのつかなくなる程のこともありませんから
    まあ世の中こういうものでしょう。

    先日の札幌、老老介護で夫が認知症の妻を殺してしまいました。
    自分の身に起きたらと考えると自信はありません。
    それでも親や家族の辛い現実も、己の運命だと引き受けざるを得ないのでしょう。

    ついでに、「色々教えてくれてありがとう」と感謝もしておきますか。

  • >>43

     ネギ 様
    人生の最終で、お互い親に最後の厳しい教育をされているようで 苦笑

    我が家の 老母も先日 脳外科病院から 前の病院に移りました。
    意識は有りますが、脳梗塞で右側と声は出ません。
    何ゆえに、頑張るのか?行いが悪くなかなかお呼びが無いのか?

    見ている側も、地獄ではあります。
    90歳のあの時、ペースメーカ 装着を強く拒否したにも関わらず
    若い医者の 一言で、親子して地獄です。

    高齢者に、あの手術は必要だったのか こんなにも
    医療費が高騰していると言うのに・・・・。複雑です。

    年金生活は、おまけの人生と考えております。
    幸い 私は伴侶に恵まれ有難いと思っています。
    おまけの人生を、穏やかに過ごせることは有難いです。

    今は老母を送るだけが、課題です。最後の親孝行を全うできるか
    疑問です。今日も病院へ行きます・・・   
    今日一日を 健やかに一日でも親の苦しみが無くなる事を念じて    ふく

  • >>42

    母は2人部屋に移ったそうです。
    前の部屋には、隣に痰が絡んで咳き込んでるおじいさんがいて困まりましたが
    今度の部屋では、もう一つのベッドも空で静かだと、静か過ぎてもとも思いますが、、、

    このところ些か調子がいい様で、先日事故を起こした施設の理事長が見舞いに見えた時には
    手を合わせて(右手は動かないので左だけで)お礼を言ったそうです。
    言葉にはならなかったそうですが。

    でも1日の大半は眠っており終始夢うつつの状態なのでしょう。

    昔の女性は元気です。
    生命力が強いというのか、長生きです。
    あれほど嫌がってた「長生き」ですが、辛さ苦しさを左程感じることもない様で
    とりあえずは落ち着いています。
    家族も。

    会う度に施設の人は恐縮されて、こちらも気を遣います、
    事故が起これば色々と面倒で拗れることもあるとのこと、仕方ないことでしょうが。

    兄は相変わらず顔も出さず連絡もなし、私の連れ合いは無関心。
    でもそれでいいのだと思うことにしてます。

    然もあらばあれ。

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