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    ある小さな訪問介護指定事業者の記録 6月1日待望の指定取得。
    5月31日までに通知が来ると思っていたのでやきもきして待っていたが、何の事はない6月1日以降に通知がなされるとの事だった。
    公の団体もなく取り揃える帳票類も分からず手探りの状態。
    手作りの営業パンフレットを持って、関係機関などに挨拶まわり。
    何も揃っておらず、学校の同級生の情報だけが頼り。
    しかし、営業に回った感触はかなり良い。
    バックアップしてくれる人や物はなく、今からどうなるのか皆目分からず。
    土曜日だが出勤をしてとにかく頑張るほかはない。
    足だけを引っ張ろうとするオーナーに負けないで。

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  • 8668 8649
  • >>
  • >>8667

    アドバイス、ありがとうございます。
    訪問看護は家内が現在入院している総合病院で相談して決めました。
    訪問介護もベッドとかの関係でケアマネも
    病院とケア24と云う近くの事業所と相談して紹介してもらいました。

  • >>8666

    ずっと考えていました。返事が相当遅くなりました。
    昨日は、不治の病に罹患された方が遠方から元気なうちにと、遠方から転居されてより良い医師のいる総合病院近くに転居され、サポートの依頼があり訪問しました。
    2時間の間、ほとんどお話を伺い私自身が出来ることをお話ししながら、時間を掛けて将来起こるであろうことについて対処していくことになりました。
    その方は、多くのサポート事業団体などを訪問しつぶさに自分の目で確認し委ねられるかどうかを判断されて、最後には私どもにたどり着いたとのことでした。
    同じ仕事をしている事業者や医療機関がありますが、その内容や技量は千差万別です。
    現在、介護保険を活用出来る位置にいるのか、医療保険だけなのか、それが分かりません。
    介護保険での対応がなされるのであれば、ケアマネジャーがおります。
    医療保険での対処であれば、最低限の教育がなされている総合病院の訪問看護ステーション。そして、病院をたらい回しにならないように、総合的対処のできる病院を選択します。
    あくまでも、ケアマネジャーとして活動した経験からの話です。
    情報が少なすぎますので、この程度しかお話しできません。

  • はじめまして。
    昨日から訪問看護を家族が受けることになりました。
    何かアドバイスとかありましたら教えてください。
    http://blog.livedoor.jp/bonzi/

  •  この日曜日の朝一番で、先日市会議員から紹介があった、いや、依頼があった若い男と仕事の面談することになって居た。仕事の相談があって、コミュニティーサロンで『ララ♪こあら』面談した。
     若い割に、スキンヘッドだった。しかし、その頭を見ただけで病気だと知ったので、殊更触れなかったが、仕事となるとそれは別だ。
     「その頭は病気か。」
    殊更明るく聞いた。
     「はい、小学生からこんな感じです。」
     「申し訳ないが、この仕事は介護だ。障がい者の子供も相手にする。高齢者や子供がその頭をみて判断してしまう。また、このサロンも同じだ。お客様が、来てその頭をみて怖がる。怖いお兄さんと勘違いする。」
     「分かります。」
     「帽子か何か被る訳に行かないのか。」
     「はい、被ります。」
    そして、就労支援の募集は終わっていて、これから受講するには相当数の日数を待たないと受講できない。
    紹介者の市会議員は
     「若くて優しくて、介護に興味があってこれから頑張りたい、と言っている。」
    そう言っていたので、何とかその望みをかなえたいと思っていた。
    だから、
     「今度の土曜日から介護職員基礎研修が始まる。それを、受けるなら何とかする。」
     「受講料は幾らですか。」
     「本来は受講する前に支払うのだが、金銭的に困っていると言うから、受講料は後からでもいいし、受講している最中でも空いている時間にこのサロンで働いて少しずつ返せばいいから。」
    そう言って、受け入れを決めた。
     その思いを持って、土曜日から受講した。
    「普段の仕事だが、何が出来るか。これまで建築をやって来たと言うが、それ以外は何が出来る。」
     「特に、何がと言われても。」
     「調理ができるならこのサロンで調理して貰うが、出来ないだろう。」
     「はい、調理は出来ません。」
     「パソコン操作は出来るか。」
     「それは出来ます。」
     「出来るって、建築関係でやって居たのか。」
     「いや、建築ではしていません。」
     「仕事したことがあるのか。」
     「いや、ありません。」
     「それじゃ、どこでパソコンをしていたのだ。」
     「家でしていました。」
     「家でやって居たと言っても、仕事じゃないだろう。」
     「仕事ではないですが、ある程度は出来ます。」
     「今までも、出来ると言ってやらせたら出来ない。挙句には、教えて貰えばできますなど馬鹿なことをいう。」
     「大丈夫です。出来ます。」
     「それなら、仕事があるから来るか。」
     「ハイ。」
    そう言って、日曜日の8時半に事務所で待ち合わせして、隣のマンションの介護事務所に連れて行くことにした。
     それなのに、昨夜、連絡が奴から来た。
     「今日、これから時間を頂けないでしょうか。会いに行って、お話をしたいのですが。」
    夜の、8時近くだ。
     何を言っているんだ、俺だって疲れている。
    「それは無理だ。要件は何ですか。」
     「実は、親の病名が分かりました。末期がんでした。」
     「それは、この前に聞いたよね。」
    先日、面談した時に胆管癌の末期だと言っていた。
    その聞いたことを言ってくると言うことは、研修は継続できないと言うことだ。
     「そのために、色々と世話をすることになるので、研修を続けることは出来ないと思います。」
    そんなことは、この前に知って居たのだから詭弁か。
     「それは、大変だな。」
     「それと、お仕事も考えてくれたのに、そのような理由で明日行けなくなりました。」
    奴なりに考えた理由なのだろう。
     もう、後は聞かなくてもいい。言わせるだけ言わせて、電話を切った。紹介を受けた市議会議員に連絡した。すぐに返事が来た。そして、
     『教科書代1万円も掛かっているのに、渡している。』
     『私が返します。夕方はどこにいますか。』
    そう言って来たが、本人から貰うと返事をしたが、自分が貰うので自分が返すと行ってきかない。結局、夜にサロンに向かって行った。
     いつもの早口で、被との言葉も聞かずに、とにかく返金を受けた。

  • 今日から、成年後見人養成セミナーが始まる。このセミナーも、持ち出しが多くて時間が拘束される恐れが多分にあり、止めるように研修センターの責任者に言ってあった。
    ところが、勝手に組んで勝手に人の名前を入れて勝手に広報してしまった。この還暦を迎えた男は、どうしようもなく勝手な行動が多くどうしたものかと思案している。
     しかし、広報したものはどうしようもなく対応することにした。カリキュラムは、

    成年後見人の位置付け


    ニュースから見る成年後見のトラブル

    トラブルに巻き込まれない前の後見人申立て

    成年後見活動(倫理)成年後見制度概論


    法定後見制度の基礎と実務


    任意後見制度の基礎と実務

    後見周辺の生前・死後事務委任行為など

    財産管理・身上監護の実務


    認知症に関する基本理解            知的障害及び精神障害に関する基本理解


    法定後見事例研究




    ・社会保障制度の持続的維持との関係
    ・地域包括ケアシステムの中での理解
    ・全国の活動実態
    ・職業後見人の絶えない倫理欠如
    ・親族後見人の問題
    ・介護施設での虐待への対処
    ・高齢者の経済的被害の実態
    ・後見人になる前の心構え
    ・後見人の基本的姿勢
    ・成年後見の制度と限界
    ・後見人の業務の実際と報酬
    ・成年後見の実情(各地の活動紹介)
    ・職業後見人と市民後見人の違い
    ・任意後見の種類と手続き
    ・身元保証、財産管理、葬儀・遺言、保険、
     遺品整理、施設入居、介護保険申請、障害申請
     エンディングノートの活用など
    ・後見人としての業務シュミレーション
    ・代理項目の説明と被後見人となった意識の実際
    ・事例紹介
    ・名称と症状
    ・資格、施設の種類、実践の紹介
    ・各種施策の紹介
    ・事例検討
     
     

    内容は私の個人的な考えで作成した。これまでの、法律一辺倒の市民に対する後見のセミナーは何の役にも立たない。それを、自分で改めたのだ。それが、各方面でそんな感じで打ち出されるようになった。
     この日は、本来なら他の者にさせようと、これまで政令指定都市のオフィス責任者を指名したが、余りの自信なさに、私が概ね対応した。その日が来ると思って待っているのだが、どうも交流や同行だけで、長年の教育が生かされていないのが分かる。
     コミュニティーサロンのスタッフが2人ほど受講することになった。彼女らは、この業務に積極的な関わりを求めているので、応じたのだ。

  • 今日の昼過ぎから、団地の自治会館でマイナンバーのセミナーを行った。


    これは、市議会議長に依頼されて行った。地域への貢献の積りで引き受けた。これまで、マイナンバー制度では、私は内閣府の説明会を手始めに、弁護士の立場からと社会保険労務士の立場からのセミナーを受講した。
    続いて、「アエラ」や「東洋経済」などの経済的な書籍から、週刊誌の類まで目を通して、問題点を整理する。煽る記事の真相やまだ決まって居ない、如何にも決まっているかのような表現でなされる記事に対する内容に、真実を追求してまとめる。
    それらのデータを持ってセミナーに対する。本日が自治会向けのセミナーの始まりだ。これから、依頼があれば受ける積りだ。この日のセミナーは、進展する内容が分からなかったが、どうやら団体のフェスタだったようだ。
    「1時半からお願いします。」
    そう何度も言われた。
    電話も何度も掛かって来た。てっきり、自治会のフェスタだと思っていた。確かに、自治会の一部のフェスタだった。最初はおばあさんが沢山並んで、しかし、そのいでたちは若いスイスの少女のような格好で出て来て、歌やそれに合わせた振付をしていた。
    次は、大正琴を轢いていた。長い、演奏時間が長く、5曲もやって居た。せいぜい3局だろうと思うが、段々とだらけて来た。
    やっと、私の番が来た。30分程度、と聞いていたのでそれに合わせて行った。
    「マイナンバーは大したことが無い。気にするような、煽っているのに乗っからないで下さい。」
    そう言って、たしなめて、話をした・
    色々と最初質問があったが、それをまとめて話をした。
    「落としたらどうなるのか。」
    「預金まで把握されるのか。」
    「子供が買い物に行ったらどうなるのか」
    最後の質問は、まだ、何も決まって居ない中での、消費税還元手続きが個人カードで処理されるようなニュースが流れていた。
    「還元税は導入されないので、関係ない。」
    そのようなことを言った後
    「問題は、ここに来られている方は問題はないが、認知症で独り身、だれも声を掛けてくれないひと、寝たきりの人、などにどうやって受け取って貰うのか。」
    そう言った問題の方が大きいのだ。
    「身近な人か周りに相談できるひとが居れば一番いいのだが、そうやって引きこもりや交流の無い人などにも気遣って貰わないと。」
    そんな訴えをする。
    セミナーが終わって、質疑時効が無いままに終了した。私の方は、もっと話すことがあったのだが、それを、するといつもの時間オーバーとなるので止めてしまった。
    約束の元ヘルパーさん宅に行った。丁度、この団地に住んでいる。昨日、夜に約束があったがどうしても出ることが出来なくなって、今日のこのセミナーが終わったら立ち寄ることにしていた。
    話は、数日前に来た。
    「佐藤さん、私がする仕事がある?」
    そんな感じだった。
    電話があった時には、私が担当ケアマネジャーだったおばさんが既に90歳以上に行っているので、亡くなったかと思った。それが、仕事の依頼とは思わなかった。
    彼女はかなりの介護技術を持っているのだが、やはり、プライドがあったのだろう、トラブルがあって辞めたのだ。
    当社の介護ヘルパー講座を受けて資格を取ったが、その強い性格が災いして同僚とうまく行かずに、自然食品の会社に入ってしまった。その切っ掛けも、私がその会社の茶帳夫人のケアに派遣して出来上がった。
    その彼女が有料老人ホームで介護職を始めたと聞いて驚いた。きついので、元勤めていた私のところに職を求めて来たのだ。

  •  受験生の意欲に負けて、終日ケアマネジャー受験対策講座をすることとなった。会場は、当社の研修センターだ。明日試験を迎えて、その前日を私にゆだねている。その心意気を感じて、私も1日をこの研修に充てた。
     始めたのは、ひと月前だった。地域支援コミュニティーセンター「ララ♪こあら」が絶不調なので、そのテコ入れに始めたのだ。つまり、金稼ぎだ。現金が無いと何でも運営は出来ない。
     最初は6名から始まった。そのあと、数名が出たり入ったり。そして、最後に来たのは4名だった。外部の方が3名と社員が1名。その人に60問を2回に分けて、午前午後と分けて実施した。
     その効果があったのかどうかは明日判明する。
     酒好きの社会福祉士。
     「3回も落ちたので、今度が最後です。絶対合格したい。」
    そう言っていた。
     私もその言葉に啓発されて、どうしても合格させたいと思って対処した。ただ、酒が好きで、とにかく飲みたい。
     「バツ2で、子供が一人。今の母ちゃんは外国人。」
    などと、段々と自分の素性を明らかにしていた。
     後見人もしているという。それは、社会福祉士としての受任だ。だから、それほど報酬は無い。私も、どうしても社会福祉士が欲しかったので
     「当NPO法人に加入して貰って後見人をしませんか。」
     「いいですよ。」
    そう言って、気軽に応じてくれた。
     ただ、女性に気軽に声を掛けて電話番号などを聞き出す。しかし、50代のおっさんだ。いや、実は年齢は分からないのだが、それの年代の後半ではないか。
     「今日は他のところで試験を受けて来ました。」
    そう言って、来た時もあった。
     また、受験対策講座を終えたところで、ビールを下さい。
    と、言って飲んだ時もあった。
     それでも、時間を惜しんで早く来て勉強を黙々とする。模擬試験をしたあと、じっくりと回答を見ながら理解をしようと努めていた。
     私の経験から、試験科目のうち最初の25問「介護支援」関連問題がいつも点数がきつい。その点数を取れるように時間配分をした。しかし、彼の場合はその科目が良い点数なのに、得意分野の「福祉サービス」がいつも悪い。
     私からしたら、その分野はあまり勉強しなくても取れる分野の筈なのだが、ずっとうまく行かない。
     「おかしいな、いつも介護支援分野がダメなのに、得意分野の福祉サービスがなんでこんなに悪いのか。」
     自分でも、ジレンマに陥っている。
     それでも、励まして励まして頑張るように。
     女性の一人は、医療生協で働いている女性だった。
     彼女の人生は私と被るところがある。
     人生を語ってくれた。
    「家がちゃんとあったけど、父親が何か騙されたみたいで、私が子供だったのでよく分からなかったけれど、お兄ちゃんがそんなことを言っていた。」
    そして、一家離散だ。
    「急にやくざみたいな人が出て来て、その場で外に追い出されて行く当てもなく施設に入った。」
     どこか、そんな感じはあるのだが、暗いものは無い。何とか自分の活路を見出したいと努力しているのは分かる。
     「そこで育って、結婚したけれど別れた。施設に逃げた。暴力があった。ずっと、付きまとわれるようで、怖かった。」
     あまりに悲惨だ。
     暗い過去を持っている人は、これでもかという過酷の経験が続く。その点、私は何とかなったので、幸せになって居る。
     「やっと、落ち着いて外に出て働きだした。小さい子供いるので、思いっきり働けなかったが、今は中学生になったので大丈夫。」
     何とかして合格させたいと思っているのだが、1日2000円掛かるし、10回で2万円。全部で16回だから32000円と当社の研修センターで実施しているケアマネジャー受験対策講座を受けているので、2万円がプラスされる。
     その講座の方は、
     「みんな大事だと言ってラインを引かせるので何が何だか分からない。ここに来なかったら、理解できないで終わってしまう。」
     そう言ってくれた。
     5年前に服飾の仕事から介護の仕事に入った。
    「最初は登録で働いていたが、5年経ったので、常勤になりたいと言ったけれど、断られたので他を探そうとハローワークに通った。転勤で良いのならと、近くの他の事務所に移動した。」
    そう言って、今はサービス提供責任者だが、実質はヘルパーさんだ。
     「シフトが月末にならないと分からない。」
     「サービス提供責任者だろう。自分が決めるんじゃないか。」
    そう言っても、現実は厳しい。

  • 実名を出しながら記録を始めたので、投稿は少なくなった。


    今度は、新人を引き連れて山の上の施設を訪問した。
    ここには、被後見人が入所している。その方に面会に行ったのだ。私が後見人として何が出来るのか、これまでは日常の金銭管理や買い物や外出支援、又はケア会議出席など出来ることで経験のあること。
    そして、老人保健施設なので出ないと行けないときに、知己の有料老人ホームに一時的に入所して貰って、再度入所して貰った。そんな経験があるから出来ることを行って来た。
    それが、段々と何かをしてあげたいと言う気持ちに変わって来た。金銭的な制約はあるにしろ、財産や金銭的なものを減らさないという基本的な気持ちは変わらないが、何かをしてあげたいとの思いを何とか実現できるように考えていた。
    その一つが、その方の人生を紙芝居にして出来上がったら施設にて、入居者皆さんの前で読んであげることなのだ。そんな思いを実現するために活動を開始した。その手始めが、この施設に入居されている被後見人の方だったのだ。
     二人の新人を連れて行った。サロンの地元で採用した人材で、一人は美大を出ているスタッフで、日ごろ多くのコンテストに応募して自分の趣味の世界にいた。しかし、その思いやスキルを失うのは勿体ないと思って、活用することにした。
     日ごろ、例えば市長の選挙でウグイス嬢をする、商店街のアナウンスをする、地域のイベントのアナウンスをすると言う側面も持っている。
     また、もう一人は本職の声優だ。仕事はそれほどはないが、日ごろからトレーニングを欠かせない。
    その二人に一番最初与えた仕事は、親と子の絵本の読み聞かせ教室だ。それは、好評でその姿を見て、紙芝居事業をしようと思った。その実行する最初の日だった。
     本当は一見優秀そうな人物を、同じ採用したサロンの者だが、同じようにNPOの仕事をさせようとした。
     私には
     「何でも言って下さい。どんなことでもしますので。こんな仕事をしたいと思っていたんです。」
    そう言っていたのを真に受けて、サロンの仕事のほかに、NPO活動の仕事もお願いしたが、
    「色々な仕事は無理です。」
    とか、
    「必要が無かったら帰ります。」
    とか、外部ではそう言っていたのだ。
    後見の仕事も無駄だと言うし、本当に京都の人間は腹黒い。
    この訪問は、私が後見人として知らない側面を導き出した大変楽しい時間だった。
    先日に増して、期待していた日ごとアナウンスをしている女性のコミュニケーション不足が表れて、同行した運転を主体と紙芝居が完成した時に読み手となる予定の女性が思いのほか活躍していた。
     私とサロンの責任者が、以前関わっていた利用者の許を訪れて、涙の再会だった。
    「何か困ったことがある?」
    「食べる量が少ない。」
    笑ってしまった。
    以前暴力を振るわれていた夫への恨みが言葉で出ていた。

  •  9月26日の地域交流センター「ララ♪こあら」でのベントでは、サロン始まって以来の人出で満席状態が継続されて、メインのヒレカツ100個は瞬く間に完売したとのことだった。
    その報告がメールで、私が豊橋市の市民後見フォーラムの会場に居る時に報告が来た。何度も、その状態の写メを送るように言ったが、ついに来なかった。来たのは、向かい側でカラオケコンテストを開催していたが、誰も応募者が居ないのでサロン従業員が出場した画像が来た。
    その画像も、周辺の画像は無くて、歌っている本人だけ。つまり、当サロンの状況や他の観客などは一人も写って居ない。そんなバカげた処理をしていて、全くの反省もない。だから、お客様が少なくても、来なくても何にも思わないのだ。
    その日は売り上げが開業以来最高だったが4万円弱だ。早く5万円を超え、コンスタントに上げたいと思うが、営業行為をせずに来てしまっている。何度言っても遊びの延長としてしか思っていないのか。
    それが、アルバイトやパートにも蔓延している。困ったものだと思っているのだが、言えば角が立つ。つまり、集団でストライキをしないとも限らない。
    これまで、イベントを色々と考えてやって居たのだが、それを、恒常的に毎日でもしたいと思っている。デイサービスの元気なお年寄りや中年でもリタイヤ世代でも、みんなに参加して欲しいと思っている。
    土曜日日曜日は、夜6時からサロンでケアマネジャーの受験対策講座を開講している。このサロンで収入が無いので、出来るだけ自分が犠牲となって頑張ろうと思って出来るのはケアマネジャー受験のセミナーだと考えて実施した。
    本来、募集時点では9月一杯で終える予定だった。それが、たっての希望で10月もすることになった。10月の土曜日曜と言うと、私が第一日曜日が特定行政書士の試験でその受験勉強はしていない。
    みんなが、模擬試験を受けている最中に私はサロンに備えているPCで勉強をしている。していると言っても、法令を見ているだけだった。その受験対策で果たしてどうなるのか分からない筈なのだが、何故か合格する気でいる。
    その受験対策講座の生徒は全員で今は5名だ。以前は、当社の社員が3名加わっていたのだが、最初から来ないだろうと思っていた。
    退職する予定の者、それにくっついて居る者。全く勉強して居ないもの。その3名が来なくなった。まず、いい加減な気持ちでは難しい。その3人とも4回とか5回目とか、勉強せずに合格を求めていて、間違って合格したらめっけものという安易な気持ちだ。
    そんな気持ちを抱いている奴らが多くなって、合格率が大幅に下がった。そのうえ、合格ラインも下げたのだ。私が受験した平成18年は、合格ラインがすべての教科に於いて、70パーセント以上の正解率だった。
    だから、介護支援が90%の正解率でも。医療保険が65%なら不合格だった。そして、私は介護福祉士を取得していないので、免除が無く福祉サービス分野も受験した。その際、支援分野は85%程度。福祉サービスはひとつしか間違わない95%だった。
    しかし、医療保険分野は最悪だった。採点している最中に、途中でもうだめだと諦めたが、何とか70%はクリアした。
    受験が終わって戻って来て採点して、自分が合格したと言うことを確信した。すべてにおいて70%を超えていたのが分かっていたから。
    そんな思いを甦らせながら、指導しているのだが、世間で言われるような考えの人たちだった。つまり、勉強はしない。適当にやって合格したらめっけもの。
    「自宅で勉強はしているの。」
    と、聞くとほとんどやって居ない。
    勿論、私のやって居なかった。しかし、わたしと彼らとは実績が異なる。私は数多くの検定試験など受験して合格していた。受験勉強のコツがわかる。コツがわかるが、勉強しない訳ではないのだ。ちゃんと、勉強して覚える行為を当然していた。
    その結果が合格に繋がって、ノウハウとなった。つまり、合格する勉強方法の会得を常することによって得ていたのだ。その私の思いを次の人に繋ぎたいのだが、土日の2時間だけでは難しいのだ。
    やはり、勉強しないと行けない。
    男性の一人は、性格的に歪んでいる。歪んでいるので、点を取れる問題も間違ってしまう。何度やっても、点数は3割から4割で合格点には程遠い。既に5回受験して落ちている。あれこれと勉強をしているのだが、考えがおかしいので丸暗記以外は難しい。その丸暗記すら中途半端で、不合格の内容を知るのではなく、テクニックを披露する・
    「試験の時に必ず正誤表が渡されます。それは絶対に×です。」
    などと、言ったり
    「試験開始の時点では、机に何も置いてはダメですが受験番号票は机に置いて大丈夫です。その番号票に薄く何か書いておいても分かりません。カンニングは出来ます。」
    そんな話ばかりで、社長だ。
    介護事業所の社長だが、夜は毎日塾で働いていると言う。
    「すごいじゃないですか。何を教えているんですか。」
    「いや、教師ではなくて運転手です。塾の講師が終わった後に自宅まで送っているんです。アルバイトをしないと仕事なんてありません。」
    離婚をして、子供を取られて3人分の養育費を負担している。
    そんな話を少しずつするが、性格が余り歓迎されないので、たぶん仕事が回ってこないのだろう。それを、市と業者の癒着だと言う。そんな不満だらけで、勉強して居る参考書はだいぶ前の、4年くらい前の参考書だ。これではどうしようもない。
    そんなイベントで少しでも収入が多くなるように頑張っている。

  • 今日は嬉しい日の一つだ。これまで、後見検定の実施で苦労を重ねて、多くのアピールをして来たが、全く成果が得られなかった。得られないどころか、金もうけになると、IT関係者や、成年後見事業関係者が自分の能力が最高だと信じて、高額な金銭を要求して来たので、すべて断った。
    そして、これまで一番期待薄でなぜこの人と付き合っているんだと自分でも思うくらいも方の力で何とか目途が立った。
    一つが、ホームページの構築だ。検定試験をしたいので、その作成を方々に送ったり話し合ったり、しかし、今だから言うが再考が850万円。最低が200万円。
    バカバカしい。そして、顧問弁護士の紹介で作成ができることになった。嬉しい限りだ。その金額も
    「あの程度だったら、250万円も掛からない。どうしますか。」
    そう言われたので、無条件でお願いした。
    そして、今日は関西の福祉系大学に教授を訪ねた。
    私どもはNPO法人常勤理事を伴った二人だ。紹介者で、元議員のNPO法人は3人の理事の方が来た。初めての地域で、迷いに迷った。予定時間の2時間前に出たが、やっと間に合ったと思ったら、入り口が分からない。
    大学の建物が、大きな外壁への看板で分かるのだがそこに行く道が分からない。前に幼稚園や学校でも短大とか高校などがあるが、名前が異なっていてどこか全く分からない。往復したり迂回したり、仕方がないので高校の正門の守衛に聞いた。
    何と、ここが入り口だと言うのだ。高校や多段台に入る正門が入り口で、奥に大学の校舎があるという訳だ。そして、その名称も全く異なるのだ。
    そこで待っていると、理事の一人が来た。続いて、もう一人の理事が来た。問題は理事長だ。元議員で、すこしお惚けが過ぎるが、その周辺に地域の議員などがぶら下がっている組織だ。
    その理事長が時間を大幅に超えても、来ない。連絡は付き、駅に到着して歩いているのだが、どこを歩いているのか分からない。以前も、約束が大きく遅れて1時間遅れでも平気平左の感だ。
    やっと、30分近く遅れて来て、約束の大学教授の部屋に行った。人数が多いので教室を使って会談した。主題は、私どもが展開しようとしている成年後見に絡む検定やセミナーの顧問や監修をお願いしたいとのことだ。
    その言葉が出るまでに、遅い。口利きがその理事長だし、私が言葉を出す訳には行かない。その間に、何故自分に白羽の矢が立ったのかとの問いに、いろいろ説明をしながら、
    「結果的に下の者が良いだろうとなって・・・」
    などと、失言をその理事長が議員感覚が抜けずに話をする。
    慌てて、みんなが取り消す。その替りに、その教授が主宰しているバリデーションの会員向け講習を受けることになった。

  • この日から、サロンで採用した人材でパナソニックで長期間管理部門で働いていた経験を持つ人材を、この事業所で使用することにした。
    希望は社員で、長時間働きたい希望があった。しかし、扶養家族の範囲内で働きたいとの思いがあり、月間でも170時間程度の勤務時間を申し出て来た。社員として契約して、その希望に沿ったシフトを作ったが、問題が生じが。
    「扶養の範囲内で働きたい。」
    「今年は、8月からの採用なので、大丈夫。来年どうするか検討して下さい。」
    そう言ったが、
    「今年も、扶養から離れられないので、勤務時間を削ります。」
    社会保険労務士からは、
    「週30時間超える勤務実績がある方は、社会保険に加入しないとだめです。特にトライアル雇用ですので規則を遵守しないといけない。」
    そう言われた。
    その妥協案として、サロンでは週30時間未満の勤務を確保する事にして、他社で勤務する仕事を確保した。その他社とは、NPO法人である。ぞのNPO法人にて勤務する時間をここのNPO法人事務所にて過ごすことにして貰った。
    朝8時に来て貰って、隣の210号室で打ち合わせをした。今回の業務をお願いすることになった経緯を話して、了解を得た。とにかく、基本は悪化しているサロン売り上げの立て直しと成年後見活動だ。
    説明をしていると、すぐに障がい者居宅支援事業所管理者がきた。彼女が人一倍、サロンの運用に関わっていて、その彼女を交えての話だ。一旦、終えてNPO法人常勤理事が来たので、そのまま出て貰った。
    先週の土曜日に訪問した、成年後見人審判申立書類作成をすることになったが、その前の審判下りるまでの間、任意代理事務行為を行うことになって居る。
    その依頼の早急な内容は、銀行でキャッシュカードの再発行をすることで、今日の朝に迎えに行って、NPO法人常勤理事と今日から出勤のコンビで行かせて、私が別件で同じ銀行の同じ支店に行くのでそこで合流することにして、迎えに行って貰った。
    私は、その合流する銀行へ持って行く資料、ほかの成年後見の方の通帳再発行の手続きをするための書類を準備していた。
    その時、先発でコンビで行ったご本人宅に着いてから、NPO法人常勤理事から連絡があった。
    「やはり、弟さんが病院行くと言って受け入れません。」
    「分かった、それじゃ止めて帰って来てください。」
    そう指示して、戻って貰った。
    戻ってから、仕事を指示した。
    何といっても営業が必要で、営業行為をするように言っても、誰もしないので私がすることにした。
    サロンの集客だ。その集客の営業をするのに何をどうしたらいいのかを探ることをみんなでしたかったのだが、素人のような感じなので私が最初古典的な手紙を出すために、ラベル印刷をして貰うことにした。
    そのリストを作って貰う作業をする前に、ラベル印刷をするための材料を交友する必要があり、ついでに沢山のパンとスープが届いたので昼食として食べることにした。
    豊橋の加藤氏の施設から取り寄せたのだが、業務用と言ったのに、小分けしたパックで届いた。最初は6種類の50個だから300個だ。そして、パンも同じ分量だ。自然食品も頼んだから16万円以上になった。
    その最初の便が到着した時には、往生した。数が多くて冷凍保存なので、入らない。冷蔵庫を各事業所のを空けさせて、無理無理保存した。それなのに、その時に来たのは100個少なかった。
    その少ないので良かったのだが、追加で着いたのでまたまた無駄な使い方をした。冷蔵庫を6台独占してしまったのだ。その独占したあとの追加だから厳しい。そのうえ、この日だけでも着払いとして4400円以上の金額を別料金として支払った。
    市役所から問い合わせがあり、後見依頼の打診だ。やはり気になるのは、料金だ。そして、死後事務のことも聞いてきた。加えて、相続や負債の問題も聞かれた。近々依頼が来ると思うが、困難なのには変わりない。
    午後から出て、地方銀行支店に向かった。市長申立のご本人の通帳が無いのだ。一体何を見てどう処理したのが不明だ。困ったことになった。その相談に先週行って必要書類を準備して向かった。
    しかし、準備したと思ったのが、完全ではなかった。2枚用紙を貰ったのだが、1枚全く記入せずに店頭に座った。慌てて、その用紙の作成作業に移った。先日と対応した行員は違って男性だった。
    先日の女性は、綺麗で仕事ができるという雰囲気だったのだが、どこか冷たい感じの女性だ。なんとなく雰囲気が合わずに、仕方が無く対応して貰った。最初出て来たのは、支店長らしい男性だったが、成年後見の絡みと知ると、その中間に座っていた女性に長々と相談して、その女性が出て来た。
    どこでもそうだが、すべての作業に精通している女性が居て、また、その女性は仕事ができる。ほかの男性は全くダメで、その女性に聞かないと仕事が進まない。そして、一概にその女性とは綺麗なのだが、意地悪い。
    今日の男性も、完全には分からない作業のようで、結果的にはその女性に聞きながらするのだが、ペコりなだ。そのうえ、しかめっ面されて無視されて、つっけんどんに少ししか教えて貰えず、そこで、私がその女性先週聞いたことを伝えて、やっと間違いを正して処理で来た。長時間掛かった。それだけで1時間だ。

  •  朝9時半から、社会保険事務所にて営利法人の調査があった。持ち込みで、2年間の情報を持参しないといけない。タイムカード、給与台帳、所得税支払明細書など。当社の場合、PCにデータが保管してある。
    先日の労働局の調査の際には、データを2年間も打ち出すのが大変で、PCのデータのまま調査を始めた。二人で行おうとしたが、PCの中では調査をし辛いということで、やはり打ち出した。
    また、先月のNPO法人の調査では折角2年間分を持って行ったのに、調査したのは3か月分程度だった。やはり、どこのどの調査も同じだが数か月調査しておかしいとなった場合にさかのぼって調査するのだ。
    さて、早く行って早く終わらそうと思って9時半の約束を9時10分くらいに事務所に入った。これまで、調査を受けた経験から
    「早く戻る。10分から掛かっても20分くらいだろう。」
    そう言って、NPO法人常勤理事を置いて社会保険事務所のビルに消えた。暫く、事務所で待っていた。これまでの経験から、社会保険事務所に行くとカウンターに立っただけで、近くに座っている者がすぐに立って来て
    「ご用件は何でしょうか。」
    そう、聞いて来るのだが、今日は知らんふり。
    大声で、来たことを伝えた。顔は笑顔だが、不満だろう。暫く席に座っていて、調査官が来た。女性だ。若い女性だ。当然、長時間かかるのを覚悟した。
    事業内容を聞かれた。
    「人材育成、ヘルパー養成。介護タクシー、障がい者相談支援、高齢者相談支援、訪問介護、障がい者支援、その他。」
    そう言って、書き留める文字を見ていた、
    数事業が抜けているが、別にそんなのはどうでもいい。
    そこから始まって、質問事項があった。
    「就業規則はありますか。」
    「当然あります。」
    などと、基本的な事項だ。
    これが、また怖いのだ。
    あとから、何か問題があった時にもしこの答えが虚偽だったら追加されて処分が重くなる。
    いよいよ本題に入る。給与台帳を見ながら、自分たちが持っているデータとの照合だ。まず、人員は間違いないか。その際、当社にはパートで週30時間未満の者も当然台帳に入っている。
    その中に、週30時間未満でも社会保険に入って居る者もいる。
    「週30時間未満で、月に100時間前後の勤務者がいる。お子さんが小さく3人もいて、体が弱い。社会保険に加入することが条件で時給の基本額が1000円ですが、1100円にして、負担を軽くして加入させている。本来の趣旨である、週30時間以上しか入れないということに抵触するが、どうなんでしょうか。」
    社会保険も、市町村の国民年金や市町村の健康保険に加入すると負担が多くくなって、手取りも少なくなる。
    「シングルで、一生懸命に働こうとしているのにこの制度があると意欲が削がれてしまう。」
    そういう説明に、当然の如く理解を示していた。
    データも、超過勤務手当の計算がきっちりなされているので問題はない。
    それでも、最後にはタイムカード1月から8月まで1枚1枚じっくりと点検していた。
    すべて終わったのが10時10分過ぎだった。
    私にしては、長時間過ぎたが
    「調査させて頂いて、何の問題もありませんでした。指摘はありません。社長さんも、忙しいでしょうから、次は4年後になりますが社会保険労務士さんに替りに来て貰っていいですよ。」
    「いや、それまで持つかどうか分かりません。」
    「そんなことはないでしょう。」
    もう、調査を受けることとは本当にないかも知れない。
    その私が相談した、シングルの女性パート社員のことで、介護管理者から相談があった。
    「しっかりと働いてくれていると思っていたのですが、急に多くの利用者からクレームが出て来て。シフトに居れるところが無くなってしまうほどです。」
    「どうしした。」
    「実は、携帯ばかりいじって仕事をおろそかにしている。掃除などもいい加減で、家族からもクレームがあるんです。注意したのですが、携帯は触っていないと言い張って。担当者会議でも出てしまって、彼女を拒否されています。やっと、認めたのですが、たぶん中毒だと思います。」
    そう言っていた。
    困ったもので、色々とその防止策を話し合った。
    加えて、中途半端に出勤してきて、今月いっぱいで退職する前の支援の管理者のことで相談と言うか、怒りがあった。
    彼女は自分で利用者を囲い込んで、人との融合が無い。大体こういう手合いは目的が独立で、利用者を持って行くのだが。それに似たような言動があり、多くの利用者特に金額の高い利用者を自分と懇意にしている者と独占して入り、そのままほかの事業所に一旦移す行為を行っているので、来月は相当な落ち込みが見込まれると言うのだ。
    「そんなもの相手にするな。可愛そうだと思う。」

  •  朝9時過ぎの新幹線に間に合うように、NPO法人常勤理事にお願いして送ってくれた。私は始発しか乗らないので、調整して始発のチケットを購入した。そして、12時近くに品川駅に着く車両に乗った。
    車両の中では色々と考えていた。これからの地域交流センターサロンの行く末だ。このままでは、失敗に終わる。しかし、施設なので撤退は出来ない。どうするのか。売り上げを如何に伸ばすか。その一番の原因は夜のお客の無さだ。
    もっと、社員が活動してくれると思っていた。しかし、まったくしない。
    「うちがお客となって居る、不動産屋とか時間がずれても会社のポストにリーフレットを入れるとか。」
    そう言っても、
    「ハイ。」
    と、言うだけだ。
    みんなの訓練施設でもあるので、もっと動いてくれるかと思って期待を持ってその世に言っていたのだが、意識してわざとせずに閉鎖を目論んでいるのではないかと、疑ってしまうような全く何もしない態度だ。
    眠っている間に、東京にかなり近づいた。最近の私は雑誌は購入しない。PCやアイパッドなどを使用し過ぎて目がおかしくなり、先日までふら付きが激しかった。歩けないほどになったので、心配したが目の使い過ぎだった。現在は普通になったが、怖くて当分は本を読むのを諦めようと思っている。
    品川駅には12時近くに着く。約束は目黒のマンションで1時だ。それまで、どうするか。時間があるので、食事をしてもいいのだが中途半端なので、仕事が終わってからゆっくりと食べようと思った。
    品川駅のホームのベンチに長時間座って休んだ。暫くして腰を上げて山手線に向かった。こんな昼間でも大勢の人がホームに溢れるのは東京だからだ。大崎、五反田、目黒と。少しゆっくりとそして遠回りをして時間に近付くように調整をして入った。
    どこかの業者が来ていた。後から分かったが、全国ホテルチェーンの社長と企画担当者だ。昨今、大阪に中国人が大勢押し掛けるので、その一部の飲食と宿泊で収益を得られるようなプランがあるようだ。
    施設、そう介護施設が閉鎖されたり途中で計画がとん挫しているのを安く買い取って回想して、その事業に振り分けるのだそうだ。
    介護事業者もそんなところで貢献しているのか。後から名刺交換をして、今後の事業の展開に関われるようになればいいと思った。
    そのあと、遅れて目的の大手書店の副社長と話をした。その間、世界一の大手新聞記者から取材の申し込みがあった。
    「後見センターですか。」
    「はい、○○です。」
    「成年後見の事例で、・・・」
    ある特定の事例を求める話があった。
    「沢山ありますよ。」
    それでも、まだ絞ってくる。
    それは難しい。
    「被後見人が相続人になって、兄弟がいる事例はありますか。」
    頭の中を張り巡らせて、考えてみる。
    この時点では、相当インパクトのあるPRになると思ったが、よくよく考えてみると個人情報を流さないと行けなくなる。
    匿名とはいえ、その当事者は分かる。ダメだ、そんなことをしたら信用が無くなる。
    そう思って、我慢することになると思う。
    書店会社の副社長とは、和気あいあいの時間を過ごしたが、結論と言うか目に見える話には発展しなかった。
    しかし、ホテルのホールディングス社長とはうまく行くかもしれないと思った。
    3時間程度の滞在だったが、充実した時間には違いない。駅前の天ぷら専門の店に立ち寄った。インド人が働いていたが、日本語が上手で驚いた。中国人や韓国人はイントネーションや発音できない音階があるが、インド人はないのだ。
    目黒から再び品川駅に向かってそのまま、私が降りる駅が終着駅の新幹線に乗車した。それから2時間半。やはり眠っているのが3分の1以上だった。その間、サロンのイベント会場貸与の話があったりして少しは動きがあった。
    喜ばしいことで、少しでも活動したら何かが生まれることを知って欲しい。
    夜も更けて、7時過ぎに到着していつものようにNPO法人常勤理事に迎えに来て貰った。そのまま事務所に戻って来た。
    事務所では少しだけメール確認程度で終わろうと思っていたが、居宅介護支援事業所管理者から電話があった。後見絡みで、相談だ。
    「東京に居る息子さんから依頼なんですが。」
    そう切り出して、母親がこの地域に居て、認知症が進みそばに居た息子が事件で入所してしまったので、そばに誰もいない。もう一人の息子が通帳などを持っているのだが、何とかして預金を引き出さないと自分の負担が継続していずれは自分も終わってしまうという訳だ。その預金を引き出すのに手段を教えて欲しい。
    私の方から仕方が無く電話した。遠方は東京と聞いていたが名古屋だった。何はともあれ、最初に後見ありきではなく、
    「面談をしてから手段を考えます。」
    後見は10万円かかる、などと誤解されている。その誤解を解消することと親の面談を決めて今日は終わった・

  • 思った通りになって居た、申し訳ない
     今日も、朝から商店街活性化補助金と夜の介護支援専門員受験対策講座の準備に没頭したいと思って、いつも一緒に行動するNPO法人常勤理事を一人でサロンに行かせた。私は、出来るだけ彼女の特質を知ったうえで使用しているので、限界を知っている。
    つまり、彼女の限界を知ったうえで採用しているのだ。その限界とは、ある一定の方向の話で、勤労者と言う面では劣っていても、精神面では全幅唯一の信頼を置いている。彼女以外信用する人間はこの組織には存在しない。
    彼女がいるから、私がここに居れるのだ。裏表が全くないので、安心して付き合いをしていけるのだ。そのことが、多くの周辺の人間の攻撃の的になるので、それを恐れていつも動向や同席させている。
    その点からすると、ここ数日、彼女からの報告を安易に聞いていたのが間違いだった。ずっと、その恐れがあるというサインが私にもたらされていたのだ。忙しいこともあり、その言葉をずっと無私に近い形で、遮っていたのだ。
    「冷蔵庫の中の写真をメールします。」
    意味の分からない電話が突然、彼女から来た。
    いま、こうやってその時のことを思い出すと、熱いものが込み上げて来て目が潤んでくる。
    精一杯に言葉に震えや鳴き声を出さないように言った言葉だったが、電話越しに苦しい思いが伝わって来て、泣くなと思った瞬間に、
    「やっぱりみんな私を怒っているようです。」
    そう言うのが精いっぱいで、嗚咽を漏らし始めた。
    「戻って来なさい。構わないから、俺の指示だと言って戻って来なさい。」
    そう何度も叫んだ。
    「ハイ。」
    と、言うのが精一杯で、泣き出して電話を切った。
    すぐには戻っては来ないだろう。彼女にも意地があるから、そう思った通りに、すぐには戻って来なかった。
    その間、悪いことをしてしまったと思って、商店街活性化補助金の申請書は迫っているので、どうしようか迷わずに断念を決めた。途中で書類作成を止めて、今日の夜に指導を受ける予定だった中小企業診断士にその旨連絡してキャンセルした。
    彼女が戻ってくるまでの2時間は、今夜行う「介護支援専門員受験対策講座」の準備だけに専念した。
    「戻って来ました。」
    「どこに居るの?」
    暫く嗚咽があって、
    「駐車場です。」
    「事務所に来なさい。」
    ずっと、駐車場で車を停車させて泣いていたのだ。
    暫くして、サロンのユニフォームのまま部屋に現れた。
    小さな体、本当にほかの人とは大きく見劣りする小さい体で、愛おしく思った。抱きしめてあげたい気持ちになったが、席に座らせた。
    何から何まで、体中で一生懸命に生きようとしているのが、他の者は意地悪の対象になるのだろう。
    我慢していた目から涙がこぼれて来て、可愛い顔が台無しになって居る。
    「どうした、何があったのか言いなさい。」
    途切れ途切れに聞いた内容は、余りにも酷すぎる。
    これが、私が目指した組織の中で行われていたのかと思うと、無くして廃止したいと思った。しかし、施設ではどうしようもない。
    実は、13年前に私が最初に設置した事業所でも同じことがあった。私が忙しくて、彼女と一緒に居れずに、他の者と一緒にしたために毎日いじめがあったと言う。
    それを、彼女は一言も言わなかった。
    「利用者が、急ブレーキを踏んだので驚いてもう乗りたくないと言っていた。」
    などと、ほかの者が言うのを聞いた。
    彼女は当時免許の取り立てで、慣れていなかったので介護タクシーを運転させるのは非常識であり、その未熟さを笑っているなど、色々とエスカレートしていき性的な噂など無責任極まりないことが続いたので、彼女を連れて何もないこの地に事業所を捨てて移動したのだ。
    あれから、この時のあるのを予想しながら、手元から離さなかった。
    内容は、彼女はサロンでの担当は広告デザインやシフトの様式や得意のデザイン、IT関連を一手に行っていた。それが、この日は社員が誰もいないときで厨房のおばさんが彼女に、冷蔵庫の中の食品の整理や不足品やそのほかの関係ないものを彼女、つまり社員だからと要求を言い出す。
    加えて、レジ関係の操作を彼女は会得しているのだが、おつりがないとかレジの内容がおかしいとか、新たに社員として採用した者が言い出し、引き継ぎをしようとすると忙しいと逃げる。
    今度は戻って来た、最近嫌がらせや言葉の暴力に動き出した、階上の事務所に居る社員が彼女にシフトなども管理したらいいと言い出し、ほかの社員とフロアで話し込んで何もせずに、みんなで彼女に仕事を押しつける行為を行ったようだ。
    分からない仕事を全部押し付けて、彼女は丁寧に知らないことは知らない、遣るから教えてと誰にでも、社員でもアルバイトでも教えて欲しいと言っても教えずに意地悪がエスカレートしたようだ。
    私は彼女のそのサロンの制服姿で、ずっと目からこぼれる涙をぬぐい、嗚咽しながら途切れ途切れに話す、言葉を聞きながら怒りに胸が一杯になり、一緒に泣きたかった。

  •  台風が来ているようで、朝から断続的な風雨に見舞われている。朝から、買い出しに出た。食材が無いのと、京阪百貨店の火曜市があり、一度サロンで海鮮どんぶりを作りたかった。
     京阪百貨店では毎日、鳥取や島根県からの魚の直送販売をしているのだ。朝買い付ければ、昼のランチには間に合う。早く行きたかったが、中々NPO法人常勤理事は来ない。やっと来た時には10時を完全に回っていた。
    10時開店ですぐには買えないまでも、早く予約して裁いて貰わないとランチの時間には間に合わない。10時半過ぎになってしまったので、大事な入金もできない。地下食品売り場に直行して刺身になるような魚を指名して刺身用に裁いて貰った。
    全く名前の知らない魚もあり、戸惑ったが魚屋の言う言葉を信用して買い付けた。裁いて貰っている間に、切り身を30枚買った。さわら、鮭の麹漬けと切り身だ。まだ、終わらないので惣菜を買った。
    切り干し大根、ヒジキ、高野豆腐。全部100g100円やひとつ100円の安いものだ。人手が多く、人を掻き分けて進む。いつも並んでいる「551」の蓬莱は誰一人としていなかったので、肉団子を買った。
    何度も魚屋に行くが、まだ、少し待ってなどと言うが、遣っている男がしきりに声を上げていて手が止まっているのではないかと思うほど、だめだ。なんども行っては出来たか確認して、出来ないとなると引き返す。
    そんなことをしている間に11時を回ってしまった。一体間に合うのだろうかと不安になってしまった。やっと、出来上がって会計を終わったのが11時17分。そこから急いでサロンに向かう。
    やっと、間に合って私が包丁を握る。専門のおばさんが、魚を裁けないと言うのだ。仕方がないから、私がするのだが。マグロ、ハマチ、タイなどとともに、聞いたことのない魚で「タモリ」というのがあった。
    「タモリってどんな魚の仲間ですか。」
    「タイの仲間です。」
    信用して購入した額は1万円を超えた。食材の大部分は私が個人的に購入して個人負担をしている。
    社員などが食べるものについても同じだ。夜とかに終わってから飲んだり食べたりして慰労するが、その経費は1万以上だ。これまで、外部で使っていた費用がここで落ちるのだ。しかし、全額、私の個人負担だ。だから、1日平均2万程度の負担が生じる。
    それが、活力となって頑張ってくれるのはいいのだが、何もしない。外部に対しては何もしない。たまに集会でリーフレットを配布するだけだ。それが悲しいのだが、いくら言ってもしないのは何故なのか。
    やはり、経営者と労働者の差なのか。
    危機感が全くなく、文句はある。不満もある。有能な誠実な人材と思って採用しても、結果的にはとんでもなかったり、大丈夫かと心配になって辞めさせるもの仕方がないと思っていたスタッフが実は誠実だったり。
    そんな思いでスタートした地域交流サロンだったが、今度はそうは行かない。辞める訳に行かないのだ。施設として投資した分と、大家さんとして支えてくれるオーナーの立場があり、絶対に引けないのだ。
    私が入り込むことが出来れば一番いいが、それも出来ない。そんなジレンマに悩むこの頃だ。カリスマだと思って委ねた店舗づくりが全く地域にマッチしない。メニューも同じだ。修正が大変だ。
    無駄な食材やお酒が山ほどある。それをどうやって吐けるようにするか。それが一番の問題となった。ただ、全く店舗設置経験が無く一度に開店まで持っていくエネルギーが無かったので、それをカバーしてくれたのは非常にありがたい。
    投資金額は1千万円程度だと思うが、それに増して今度は人件費が掛かってくる。また、それに合わせて収益事業を依頼したコンサルタントの能力は疑問だ。なかなか進まずに、それもまた、私は敬老の精神で我慢しておつきあいをすることにした。
    この日、購入した魚は新鮮で刺身でも最高だが、丼にした。刺身包丁もないが、お願いした調理の方が刺身は出来ないと言うので、私がすることにした。
    「夏は生ものは止めた方が良いと言っています。」
    と、はっきり言わない裏方の意見を聞きながら無視した。
    この大阪では腐ったもので出すが、私は埼玉の人間なので、その点はちゃんとしている積りだ。確かに、おごりは良くないが、きっちりして対処したら問題は無いと思う。そんな声を無視して、私が調理場に入った。
    しかし、やはり自分の職場と思ったのか、
    「私が遣りましょうか。」
    そう言った調理で雇ったパートのおばちゃん、に引き渡した。
    暫くして、当社の社員が試しにランチを依頼をした。食べた結果がおいしいと言うので、私も頂いた。本当においしい。この朝水揚げされた鳥取の漁港から直送で来た魚を百貨店で買い付けて、刺身にして丼の上に乗せて食べた。
    おいしいこの上ない。ところが、この日は生憎の台風で天気は荒れている。お客様がほとんど見えない。
    「こんなおいしいのを安く食べて貰って、アピールになるのにどうしてこんなになってしまった。」
    そう言って、空を恨んだ。結果的には夜も天気は回復せずに、誰も来ない。開店して最低の売上で、2万円も行かない日だった。
    何か打開策を考えないと行けないが、みんな期待外れで動こうとしない。それが、問題なのだ。

  • 朝起きた時には、さほどの異変は無かった。だから、通常通りに起きて血圧や脈拍を計って、通常通りの食事をしようと思ったが、出来ない。味の異変だ。味覚がおかしいのではなく、好みが変わっていた。
    食べる気がしないのだ。何か簡単なもので済ませたい。そんな感じだったので、豆腐を崩しておかかと醤油で食べた。ヤクルトで薬を飲んで、出勤した。何の異変も感じなかったので、普通に出勤した。
    必要な、毎日行っていることを、PCを利用してやった。
    2時間くらい行っていたが、その間でもやはり体調がおかしい。不快な気持ちがからだ全体を覆って、椅子に座って居られない。何度も事務所の畳の上に座り込んで休むが、その姿勢も保つのも大変になった。
    枕を出して横になる。じっとしていても、何もしたくないけだるい思いが抜けない。抜けないどころが、もっと悪くなるような予感がしていた。このまま動けなくなったり、最悪の状態になる恐れを感じて、どうするか考えた。
    完全に仰向けになって居る状態だ。冷や汗のようなものが流れて来て、その面でも気持ち悪くなってくる。クーラーの風が厳しい。切るとなお流れて来るが、いたいよりいいと、我慢して横たわっていた。
    日曜日だから、誰も来ないので、平日だったら誰かに見られて人がるうわさに困ってしまうだろう。
    意を決して、9時には部屋に戻るように決断した。こんなこと、この地に来て初めてのことだった。歩くのも大変で、特にかばんは人一倍重いので、中身を取り出して軽くして出た。軽くと言っても、ほかの方のかばんに比べれば重い。
    持ちながら、ソロリソロリとあるいて、マンション階段をゆっくりと登った。3階がこれほどつらいと思ったことは無い。やっと、カギを開けて、布団に横になるまで辛かった。かばんも何も放り投げて、横になってホッとした。
    老人の醜さを見せずに済んだ。横になった配意が、眠れない。クーラーの風は痛いので切ったり、悪い汗が出てくると入れるの繰り返し。そのうち、何度かウトウトした。
    思いの多くはサロンの行方だ。思いのほか、みんなが動かない。これほどのものだとは思いもよらなかった。何か考えているのか、そんなうがった見方もしてしまうような動きだ。
    経費が掛かるのは、当初は仕方がない。概ね月額50万円程度の持ち出しを覚悟していたが、それ以上の出費になりそうだ。従業員として、常勤社員5名を確保した。劣悪の人材や有能な人材など多士済々だが、まだどうするのか考えていない。思っているのだが、実行するまでに至っていない。
    毎日2万円前後の収益を3万円、5万円に拡大したいと思っているのだが、それが、動かない。営業をすることを求めているのだが、
    「段々と周知して拡大していくと思います。」
    そんな話ばかりで、近隣へのアピールをやってくれと言ってもやらない。
    「できるだけノウハウを確保して欲しい。次に繋げるために。」
    そう言っているのだが、始まるまでは調子がいいのだが、始まる前も何もしない。1日平均30人程度のお客様が来ているのだが、それをどうやって拡大するか。
    「老人の交流の場として聞いているが。」
    そう言われることもあり、確かに相談支援だけでは老人の交流の場にならない。
    リーフレット配布のお願いをしても、確実に配布はしない。
    名簿を書いて貰ったのだが、その方に対するアピールもしない。
    期待をして発足しただけに、その内実は単なる喫茶店だったなどと悲しい評価では意味が無い。昼間は、スタッフだけが居て客がいない。4、5人のスタッフだけで4、5000円の経費が出るのだ。
    これでは、食材原価をチャラにしても利益を生み出すには程遠い。夜はもっと大変だ。誰も来ないのだ。期待していた若者に対するアピールも全くない。意味が無い施設を作ってしまった。
    横になりながらも、そんな思いに駆られて眠れない。気付くと小1時間程度眠っていた。
    何度か繰り返して、夕方になった。お腹が空いてきたが、体調は戻らない。フラフラ感が強くて、しっかりとした足取りが取れない。ふらふら歩きながらキッチンい行って、調理を始めた。
    仕事より調理が好きで、吐き気を催しても何とか作れる。昨日買って来たレバーともやし、ピーマン、にらを入れて勿論レバニラ炒めだ。ニンニクを多めに入れた。当然おいしく出来た。あとは何も食べたくないのだ。
    落ち着いたら、益々お腹が空いた。チョコレートのお菓子、おかき、など入れ始めた。何とか落ち着いて、また眠ってしまった。
    昨日、役所から処遇改善報告書の数字が合わないと連絡が来て、合わせて提出を求められた。出そうと思う前に、まだ何も点検しないときに電話が来て、
    「分かりました。合いましたので。」
    委託しているので、そんなことになって居るのか。
    就労支援の書類をお願いしている件に関して、あの飲食業界のドンは全く進まない。収入の根幹だったのだが、だめになりそうな雲行きだ。その替り、大きな負債を残してしまった。地域にマッチングしない設備やメニューで全く受け入れられない。
    あれほど、事前にコーチングしたのだが自分の思い、そして、高級感ばかり追求して客が全く来ない。その内容を変えようと頑張ってノウハウにしようと思う。
    決算が近づいて来て、あれほど私の個人負担を増やしているのだが、それでも結果的にはマイナスの数字が当初出された。何といっても、就労支援の収入が足を引っ張っている。そのうえ、介護部門の数字も問題だ。それを、このサロン展開によって打開しようともくろんでいたのだが、それが体調に影響しているのか。

  •  こんなことが起きるといつも思っていた。その現実が、襲って来た。
    被保佐人の不動産処分で、司法書士と不動産会社の人間と待ち合わせをした。3時に待ち合わせをしたので、その前にサロンでお客様と会って向かったのが2時半過ぎ。
    暑いさなかで、それでも元気だった。最近、特にふらつきが多くなって何か体の中に起こっていると感じていた。起こっている中心がふら付きだった。頭が痛いと言うことはなかった。時々、ピリピリとすることがあっても何とか動いていた。
    駐車場に車を置いて、暑い中だったが普通に向かった。ただ、ふら付きは感じていたがいつもの状態だった。急いで向かった。電話が司法書士からあって、時間が来ていないのに自分たちが着いているので、催促だ。
    その不動産会社の背の高い、チョット見ると危険自分物のような印象を与える人だったが、目が良くないのではっきりした顔は分からない。
    「会ったことがありますよね。」
    と、二度言われた。
    思い出そうとしたが、思い出せないでいると
    「去年、○○がお世話になった。」
    と、言った途端に思い出した。
    私が後見に選任される前に、被後見人の立ち退き問題がありその交渉に代理人が度々来て、最後に一度だけ当事者に会った。その当事者だ。
    「この方にもおつきあい頂いているんです。」
    そう言われて、段々とその司法書士の実態が分からなくなった。
    私としては、先日、被保佐人の財産が見つかった時に裁判所にその報告をした。
    そのあと、裁判所から保佐監督人の選任を審判して来た。その監督人がその司法書士だったのだ。
    司法書士の勧めで保佐から後見への新たな申し立てを行った。それは、財産が処分しやすいように、とのことだった。私自身、財産処分目的の保佐から後見への変更は良しとしなかったのだが、後見監督人の説得力でご本人が納得されればよいと思っていた。
    保佐には財産処分の代理権を受けていなかったのだ。その為に、ご本人の面会時には処分を拒否されたので、そのような手段を取ったのだ。確かに、戻ることもかなわない自宅と、それ以外の不動産を持っていても使用不可能で、なお且つ、金銭的な余裕もなかったのだ。
    私はどうしても、介護や福祉から入っているのでご本人の意思を尊重する傾向がある。その私の偏った考えを司法の観点から修正して、ご本人の一番良い方向に行くなら良しとしようと思っていた。
    後見申し立ての結果、まず、必ずあった裁判所のご本人の面談が無いのだ。後見相当の審判が下った。しかし、後見監督人の選任は無かった。財産があった時には監督人がついて、処分の時には監督人が付かない。
    疑問を持ったが、仕方がない。その補佐監督人時代は、財産は不動産だけで現金はほとんどない。報酬の請求する余地が無い。しかし、今度は不動産売買に絡んでくるので、司法書士としては報酬が生まれる。
    こんなことってあるのか。そんな疑問を持っているところに、この不動産会社の人間との付き合いがあると言って来た。そう言えば、あの被保佐人の不動産処分の時にも最初の方は高い金額を言っていたのだが、何故かその司法書士が変更してしまった。
    最初の不動産会社の方が1200万円の値を付けたと聞いていたが、今度の新しい不動産会社の人間は200万程度だと言う。その不動産会社は、そいつかな。
    その不動産会社の人間が、
    「中も見せて欲しい。」
    そう言われたので、同行したNPO法人常勤理事がカギを持って開ける。
    私もシャッターを開けた途端、吐き気を催し胸が苦しくなった。それでも、他者が居るので我慢して対応した。
    すぐに終わって、良かった。狭い家なので、その評価額は余りに低くて売却の意欲が無くなった。
    その傷ついた体を一生懸命に引き摺って駐車場に入った。体が傾いて、目がおかしい。ふらふらする体を車体に手をついて抑えながら、NPO法人常勤理事が気遣って水分補給をするために購入して来るデカビタを待った。
    少し飲んだが、飲みきれずに車内の位置に置いた。そのまま、自宅に運んで貰った。マンションの階段も容易に登り切れずに休み休み登った。吐き気を抑えて、やっと部屋に着くと衣服を脱ぐのもそこそこに倒れこんだ。
    気持ちが悪い、嘔吐しそうだったが何とか我慢して持ち堪えて、眠りたいが眠れない。テレビを点ける。こんな時間、4時頃だがテレビを点けるのは近来に無いことだった。だんだんと時間が経過するとよくなると思っていたのだが、そうは行かない。
    ずっと、調子が悪く何が起こったのか確認するために携帯のWebで確認する。
    ≪吐き気とふら付き≫
    そこに必ず頭痛などと言葉が入るが、私の場合はそれが無いのだ。メニエール病か脳梗塞が一番近いのだが、そこにはやはり耳の異常とか頭痛が付く。しかし、私にはそれが無いのだ。
    やっと、辿り着いたのは
    ≪更年期障害≫
    だ。
    いつかはこんな調子になり、いつかは消える。その前兆かと覚悟したが、どうやら異なるようだ。目からの問題が発生したと思っている。アイパッドの使い過ぎか。そんなことを思うと、延長線上にPCも入ってくる。
    サロンが心配なので、本当は行きたかったが、我慢した。

  • この期に及んで、本当に痛い。いつものことだが、イベントや何かをする段になると、NPO法人常勤理事が動けなくなる。今回は、目が回ると言い出して、移動中に吐くとか大きな痛手をこうむるとは思っていたが、やはり今回もそのようになってしまった。
    デザインは彼女しかできる者がいない。そのデザイナーが不在ではリーフレットなどの作成は不可能になる。予定されていた、ポイントカード、卓上メニューなどは諦めないと行けなくなる。
    初めての飲食店の展開とはいえ、問題が多過ぎて困惑する。船頭多くして、実際の動く人間は不在なのだ。勿論、考えてみれば私が勝手に遣って居るのでみんなとしては何も言われる筋合いが無い。
    介護をするためにこの会社に入って来たのに、いつの間にか飲食をすることに不満があるだろう。私が勝手に自分の描いたプランで勝手に遣っているのだ。その勝手に遣って居るものをどうして手伝わないといけないのだ。
    だから、私もそんなに強く言えない。問題は、その大事なNPO法人常勤理事が頓挫したということだ。私は出勤して、彼女の途中まで行った部分を何とか修復するとか完成させるとか、動いているのだが如何せん実力不足だ。
    一応、その交流サロンのリーフレットを確保した。開店日の後に必要な、開店時間が抜けていたのだ。それを、入れたがすでに遅し。印刷は出してあり、すでに完成しチラシを新聞に入れる会社に送達済みなのだ。
    開店日を入れて、100枚ほどコピーを撮った。月曜日に行われる介護支援専門員会の会合で配布されることになった。その為に作ったものと、最初のイベントである「母と子の絵本の読み聞かせ」のリーフレット配布を行うので、完成させた。
    また、介護支援専門員受験対策講座や介護福祉士受験対策講座などを論壇風に行うことも考えてリーフレットを完成させた。グループワーキングの延長で業種の異なる受験者が集まってみんなで問題を検討し、付け加える必要のある項目をそれぞれが持ち寄って、グループの勉強会だ。
    その勉強会は勿論、食事の時間に合わせることになるが、必要があれば注文を受けて出す。また、終わった後にアルコールを出すことも考えている。それは、追加で個人が残るのであれば、残って飲食をして貰う。
    勿論、当社では研修センターでいつもの通りに行っているのだが、一方的な講習で果たして効果があるのか不明だ。私の場合は、確率で行くのでその関連ある問題を集合させて、集中的に勉強するのだ。
    その方式で、以前は多くの合格者を出した。そっくりそのまま出る訳もないし、多くの問題をこなす形になると思う。その中で、一人一人が問題を解くのではなく、多くの人と一緒に解くことになるのでいいと思う。
    そんなものを盛り込んだ、案内リーフレットを作成した。そのあと、先日、簡易性の認知症診断テストを受けた方の連絡先を書いて貰った。その連絡先をまとめた。ある程度、集約されてある一定の町に集中していたのが分かった。
    ここで問題が生まれた。色々、アンケートなども取った中で、イベント参加の意思を書いてくれている人がいる。そういえば、あのときにも
    「こんな場所が欲しかった。出来たら必ず行くから。」
    そう言っていたお年寄りが沢山いたが、問題はその方たちをターゲットにしたイベントが決まっていないことだ。先ほどの「母親と子の読み聞かせ」紙芝居や絵本などがあったが、お年寄りのはない。
    しかし、お客様としてはお年寄りが一番のターゲットになる。そのターゲットに対するイベントが無くて、今話をされているのが「ララ婚」のイベントだ。また、未婚に限らずにお友達を作るイベントとして、コミュニケーションイベントも「相席居酒屋」なども予定しているので、いいのだが、お年寄りの生活習慣が分かれば、その時間に合わせて懐かしい歌を流して、楽しい時間の演出を作るのだ。
    そのアピールが出来ない。夜のイベントも考えてはいるが、それも大変だ。変な客が居座ってしまったら困るので、会員制にしてもいいと思っている。色々考えながら、介護や福祉の方たちに集まって貰う時間も設けようと思っている。
    勿論、商店街なのでその活性化も考えないといけない。色々大変なことが待っている。本来なら、私が頂いた名刺先とかにご案内を差し上げたいのだが、その時間がNPO法人常勤理事がダウンしたので、その尻拭いに時間が撮られてしまう。
    本当に残念だ。そのお蔭で、相談支援の彼女が休みを終えてすぐに出勤して対応してくれた。私と待ち合わせをして出た。私はヘルパーさんの入金があり、彼女は買い物に走ってくれた。
    私が入金を終えて百貨店に行く。地下の食品売り場で買い物をしているのに合流したのだ。しかし、この土地の好みや住まいや、年齢などを考慮したメニューではなく全くの異文化のメニューのような気がした。
    コンサルタントの好みにメニューなどが決まってしまって困った。訳の分からない食材を揃える必要があり、それに合わせる調理方法の指導を受ける。すべて、西洋風の食材とメニューで勝負しないといけない。
    お年寄りのメニューは無く、これから改革が必要となってくる。探したが見つからない者が多く、その駅前百貨店では揃わずに地域では高級の部類に入るスーパーに行った。そこでも、無理なものが1点あった。イチゴだ。
    この季節にイチゴをどうやって揃えるのかと言うこともあるが、そんな食材を使って売れる商品が出来るのか。つまり、高い商品無理なのだ。
    女子学生やハイソサエティーのお客様が来るのかどうか。落ち着いた雰囲気の空間を演出する積りだが、それが定着するまでに相当の時間が掛かるか。厳しい船出が予想されるが、やる気をどう継続するかが問題だ。

  • すでにお盆期間に入っているので、世は休日の様相でまるでゴーストタウン。まではいかないか。大げさな表現だ。
    休日の様相なので、ゆっくり仕事をする手はずだが、そうはいかない。問題は、サロンの広告の問題だ。出来ていないのに、19日開店。その日に合わせて広告を入れないといけないのだが、発注をしていない。
    それも、普通の日程ではない。お盆でどこも休みなのだ。まず、印刷会社。いや、原稿が出来ていない。原稿を作るのが、NPO法人常勤理事だ。その理事が体調が悪いと昨日から顔色が悪くて、寝込んでいる。
    そして、お盆期間で印刷会社が休日に入っている。勿論、折込を入れる業者も休みだ。どこも連絡がつかない。動かない中で時間と日が刻々と過ぎて行く。どうしたらいいのか。分野が異なっているので、全く様子が掴めない。
    朝少し過ぎてから、NPO法人常勤理事が出勤して来た。困ったものだが、気を遣いながら、仕事を指示する。何といっても原稿を仕上げて貰わないことには物事は進まない。
    途中までで、外出する時間になった。成年後見依頼を受けているご本人に面談をするためだ。すでに、ひと月くらい時間は経過している。しかし、私の見るところだと後見に至るまでに、まだ時間を要する。信頼関係が出来ていない段階で、申し立ては非常に危険なのだ。
    その理解を、担当している馬鹿なケアマネジャーがその方の人権を無視して勝手に進めようとしている。
    面談は、私は外で待っていて実際の担当者のNPO法人常勤理事が行った。しかし、その結果は、よく分からない。
    「最初は、よく話を聞いてくれて信頼もあるような感じだったのですが、金銭の話になると、警戒心が出てきてやんわりとことわれたような感じです。」
    それは、アホなケアマネジャーが強引に言って来た、
    「ヘルパーでは医師の診断結果を聞く訳に行かないので、後見のお願いをしている後見人ならその立場で・・・・」
    馬鹿な、まだ、申し立てもしていないし、面談に入っただけの立場で何を血迷っているのかと、怒鳴りたかった。
     しかし、一応、信頼関係を気付くために週1回程度訪問して、話をしているのでその点を加味して、訪問して自費で契約をするなら同行をしてもいいと返事した。ただし、結果は分かっていた。
    NPO法人常勤理事直接の担当者になる予定で、女性同士だし私が行かずに彼女に託した。1時間程度話をして来ただけでも成果だ。
    そのあと、銀行へ入金手続きに向かった。ヘルパーさんの7月分の報酬入金だが、時代が変わったのか、残念な思いでいる。それは、私が直接計算まで担当していた時代だが、お盆の前に入金しようと努力していた。
    今は、自分の都合だけだ。
    間に合ったのはほんの一部だ。本社の計算もいつもより遅くなっていた。この地区の介護も支援も完全に間に合わない。私がその間に合った、一部の方への入金をしている最中に、
    『遅くなりました。ヘルパーさんの入金データをポストインしておきます。』
    と、メールがあった。
    3時までが一応の入金時間だ。そのうえ、1口座100万円までしか使えない。2口座に分けているので、1日200万円。株式会社は700万円程度あるので4日掛かる。明日から土曜日であり、今頃持ってきても意味がないのだ。
    NPO法人も、黙ってポストインしてあった。
    自分たちは、お盆前にまたはお盆最中に入金に間に合うように仕上げた積りでいる。
    いくつかの銀行を巡ってから、昼食で新しくできた天ぷら屋に向かった。私はそれほど問題はなかったが、体調の悪いNPO法人常勤理事が苦しんでいた。
    天ぷらで初めて「鳥天」を食べた。この地方だけのものか、私はあまりだった。
    卵の天ぷらもあったが、それほどおいしいものではなかった。
    そのあと、またまた連絡があった御仁に会うために、いつもの約束の地に向かった。
    マクドナルドだ。いつもの2階に上がって、これからの市での活動を伺った。もう何度目になるか、数え切れないのだが、製本されていた。
    簡単に言うと、私の市での地域貢献プランが彼のプランに変身して口外している。それを、打ち出して大きな輪を作って市を動かそうとしている。しかし、私が完全に話をしている訳ではないので、自分のものになり切れない。
    重要な部分は、私が実際に行っており、そのうえ、すぐにはできないものを進めているのだ。何度も聞きながら、中途半端なものが出来上がっていた。それでも、他者にとっては素晴らしいもので、共鳴して集まってくる人物がすごい方が揃っているのだ。
    国会議員、府会議員、市会議員、市長や市の幹部、商工会議所会頭や副会頭、市での重鎮などが揃っているのだ。
    そんな組織を作れるのは、並大抵の人材ではないのは最近よく分かった。これから、どう動いていくのか分からないが、
    「すべて、○○さんがあっての話だから宜しくお願いしたい。」
    と、何度も言われている。
    そのうえ、その会の名称の頭には私の名前が入っている。
    その話を2時間ほど聞かされた。私はその中心メンバー7人の中の一人だと言う。その中心メンバーの方たちを巡っては説明に動いているというのは素晴らしい。その7人の下に、10人ほどの推進メンバーがいる。その下に30人ほどの実行部隊。そして、1000人の会員が見込まれているというのだ。
    その実態はまだ分からない。私は、その支援を受けたいと思っているのだが、その御仁は私の実力を警戒して居る言葉を最近特に吐くようになった。

  • 世の中は、お盆の休業期間に突入した。その為に、プランがうまく行くか心配になってきた。19日に現在設置を進めているサロンの開店が予定されているのだが、その周知を気にしていた。
    イベントや備品の準備などで動いているのだが、周知に関してはそれほど気に掛けていない面々だった。私も、広告のデザインなどは気にして進めていたのだが、残念ながら周知方法、手順は簡単に考えていた。
    福祉や介護の業界の連中に周知していればいいと思っていたのだが、そうはいかないような感じになっているのを気付くのが遅くて、今日になって具体的な動きに入った。そのデザイン担当のNPO法人常勤理事が体調を壊してダメになった。
    「自律神経の状態が思わしくないと思います。」
    いつものことの現象が起こって来た。
    「小学校から、遠足や運動会などのイベントがある日はお腹が痛くなって休むことが多く・・・」
    そんな話を聞いていた。
    地域交流サロンの開店が近づいて来て、一気に気持ちが上気したのだろうか。自分自身の診断もそれに原因を決めつけていた。
    負担が大きく、デザイン関係は彼女が一手に引き受けている。相談する者もいない。私が聞かれても、返事が中途半端と言うか
    「そんなの自分で決めなさい。」
    と、言ってまともに相談に乗らない。
    いい加減さを持っていない彼女は、夜遅くまで個人的に頑張っている。それが連日続いて体調を悪化させたのかも知れない。
     その悪化の為と、連休があるので厳しい日程になってしまった。お盆は何の意味があるのかと恨んでしまう。
    その期間でも、私は仕事だ。1時に梅田駅で三重県の名張から出てくる夫婦との話し合いがあった。
    その前の午前中は、仕事をしていた。いつもの通りに出勤していつもの通りに仕事をした。一旦、11時に部屋に戻って簡単に食事をした。お盆休暇なので、野菜が不足している。その意識を強く持っているのだが、買いに行く気持ちは起こらない。
    少し休んで、NPO法人常勤理事の運転する車で梅田に向かった。何度も行っているので、阪急ビルの駐車場にすんなり入ったので、余裕が生まれる時間に待ち合わせ場所に着いた。
    彼が寄って来た。今年か昨年末に会った。東京の成年後見セミナーの会場で会った。彼とは、一昨年からの付き合いだ。成年後見の組織を舞台に大きな問題が発生していた。その問題の、渦中ではないがもう一つの問題が彼を襲っていた。
    組織の長が、彼がセミナーを受けに来た時に声を掛けて職員採用した。いや、その実行時点ではその責任者は休職していて、ほかの組織になって居た。彼は、三重県から受講に通っていたのだ。東京で職が決まったので、退職して上京した。ところが、梯子を外された。
    奥さんと故郷を畳んで上京して、とんでもない事件に巻き込まれたのだ。
    つまり、採用を約束していた責任者が放逐されて代わりの責任者がそれを知らないと言い出したのだ。田舎から出てきて、放逐されたのだ。
    その最初に約束した責任者が、新たな組織を作って雇うとの約束をしたので自力で奥さんと就職をして頑張った。私がそこでその責任者に支援を始めたので、その者を紹介を受けて初めて会った。
    それ以来、彼の相談者となった。しかし、私の助言を受け入れることは余りなく、それほど納得できる時間を過ごした訳ではない。給与の支払いを全く受けずに、仕事だけは使われていたのだ。
    その責任者とはついこの間前私は付き合いをしていた。私が色々と紹介をしながら支えていたのだが、学者時代とは異なりあまりにもえげつない言動が多くなり、普通の世界では裏切り行為と映ることも始めたので、付き合いを一時止めた。
    その時期と合わせるように、彼の名前が消えた。フェースブックに「いいね」の投稿が亡くなった。辞めたと思った。辞めたというより、彼は一度もその組織から給与を貰っていないので辞めたというより、離れたということだ。
    その目当てが当たっていたのだが、それから数か月して突然彼から電話が来た。奥さんが東京本社の障碍者関連の事業所に入職して、こちらに転勤になって何かコラボレーションが出来るものがあれば、会って話をしたいというのだ。
    丁度、検定試験をしたいと思ってコラボレーション企業を探しているところで、渡りに船と思って会うことになったのが今日の1時だった。
    それから、2時間。事業内容を説明し合って、第一段階の話は終わった。勿論、彼女は最初の糸口で、彼女はまだ入社したばかりの人間なので進むには相当の時間が必要なので、ある程度できるものからコラボレーションすることにした。
    問題は、そこからだ。ネットで調べた印刷会社の所在に行った。ネットでは休みが無いのだが、ドアは閉まっていた。そのネットではやって居る筈の情報を信用が出来ないので、知人の印刷会社などあたった。しかし、何れも紙がないとかで終わった。
    開店は19日で、どうしても新聞折り込みを入れてPRしたいのだが厳しい試練に立たされた。一体何をしているのか。
    最悪の場合、自分の会社のコピー機を使って2万枚をコピーする他ない。何台もコピー機があるので、一度に動かせたらいいと思っている。その場合は、カラーは止めにして、白黒で行こうと思っている。
    この夏は、私もいつもの年と違って、体調が悪いと感じることがありマンションに早く戻って休むことがある。頭に異常を感じて体がだるいのだが、今日梅田の喫茶店で話をしている最中、冷房が効いていたので冴えているのを感じて、暑い気候のせいだと思った。

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