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      急いできた人生

      此れから〜〜ノンビリと

       ボチボチ・・・穏やか散歩道

            歩こう♪(゚▽^*)ノ⌒☆

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    トビバコ 1月13日 17:07

    子供のころの正月風景、

    自分が子供の頃、実家は田舎の大所帯家族であり、特に正月には沢山の兄弟と長兄や姉の連れ添い、その子供(自分の甥)の訪問などで、大変な賑わいであった。そして何故か当時の人達は、大人も子供も百人一首やトランプの七並べやナポレオン、夜は定番の花札で夜を徹して頑張っていた思い出がある。

    百人一首の最初の言葉で後の句が瞬間的にでるまで練習をする。そんな少しアカデミックなゲームが流行っていて、自分もいつの間にか覚えてしまい、今でも百人一首は殆どを覚えている。

    そして、我が兄弟にはそれぞれに贔屓の和歌があり、それは絶対に他人に取られない、と最初から狙っていた。ことも覚えている。その一つは自分達の住んでいた地名が出てくる歌や、子供心にもその情景がありありと見える、そんな歌である。ただ百人一首の殆どの歌の意味は全く知らなかったが。

    自分は、小野小町の「花の色はうつりにけりないたづらに わが身よにふるながめせしまに」などは、初めから狙っていた歌の一つである。いまになって、この歌の意味が少しは理解できるようになった、のかもしれない。

  • みなさんこんにちは、、自作の詩でも、、

    <バクテリア>

    全長2ミクロンのバクテリアのべん毛は、
    付け根部分が1秒間に300回転する。
    消費エネルギーは1千兆分の1ワット、
    エネルギー変換効率はほぼ100%である。

    他の全ての高度生物群の中で、
    他の全ての人工的装置の中で、
    エネルギー効率は断トツの性能である。

    さらに、灼熱の火山河口にも、酸素の無い深海にも生きられる。
    もし、ノーベル賞の受賞資格にバクテリアも入れることができたら、
    バクテリア群がさらってしまうでしょう。
    おごるなかれ人類よ。

  • いつも散歩中に立ち寄る、ショッピングセンターの書店で、半額セール本コーナーにあった「ねこ背を治せば体の不調は一気に良くなる」を買い、その一部要約です。

    自分はどちらかといえば、若き頃より体が硬く、パソコンと一緒に暮らしていたような生活だったこともあり、いつごろからかねこ背になっていると気づくことが多く、ここ数年の逆流性食道炎もそれが主原因らしい。

    それで、ねこ背は色々と健康への悪影響があるらしく、例えば肺活量が姿勢の良い人の半分程度に減り、その結果血液中の酸素量が減り、体が疲れやすく免疫力も弱くなる、とのことです。

    ねこ背には背中が丸まるC型ねこ背と、腰が反り返っているS型ねこ背(これは隠れねこ背と言われているらしい。)、それから、両肩が前に出る横ねこ背、首だけ突き出す首ねこ背があり、これらは単に背中を反り返る、だけでは矯正できず、より悪化することもあるらしい。妊娠ねこ背や加齢によるねこ背も、ここでの体操を行えば、改善できるらしい。

    一回5分のねこ背体操を、一日2-3回行う、長年の付けを返すつもりで、根気よく行うことがコツとのことです。骨盤と背筋を強制するのが目的で、直立に立ったままでと、椅子に座った方法、正座での方法、あおむけに寝ての方法、壁を使ったあおむけ骨盤動き方法、などが図解されている。レッスンのポイントは骨盤を動かす感覚を憶えることらしい。

    易しいところでは、両手を前に突き出す「まえにならえ」とか、効果的なのは陸上短距離走でのスタート時のクラウチングスタート姿勢がよいらしい。これはATM(Anti Track Motion Stretching)法と言われている。いずれもその姿勢で10~20秒ほど持続することが基本です。

    ATM法には、床に正座、あぐら、あおむけ、横向けの方法や、ベッド上での方法、壁にもたれての方法、などがあり、ねこ背解消と色々な関節や骨盤と背筋の矯正を行う効果があるとのことです。

  • いつものフードコートからです、、

    明治の実話「遠野物語」の中から、、
    「遠野物語」は、明治時代の岩手県遠野村の民話を、当地に赴任した柳田国男が民話話者の佐々木喜善(ペンネーム鏡石)から聞いた話を119話にまとめたものである。

    ***魂の行方***
    飯豊(いいで)の菊池松乃丞が腸チフスになって瀕死体験をした話では、彼が身体を離脱して足で地面を蹴ると体が空中に浮きあがった。空中をゆらゆらと進んで行く。気分も良くなってきて寺の前に来た。

    寺の中は赤いケシの花が咲いていた。ふと見ると、父がいた、そして以前失いたる幼子もいる。突然その幼子が「とっちゃん、今こちらに来てはいけない、」と言った。突然意識が戻ると、看病の家人に囲まれて自分の家の部屋で寝ていたと言う。

    岩手県田の浜は、明治29年の三陸大津波で被害を受けたところである。その家の主はその津波で妻を失い、幼い子供と生活をしている。津波から1年ほど後の事、ある夏の夜に起きて庭にあるトイレに行った時のことである。

    向こうの庭に続く海岸に亡き妻とその妻の結婚前の彼氏が佇んでいる。彼は妻に子供の事を話したところ、妻は泣きながら今は以前の彼氏(彼も津波で亡くなった男性)と一緒に暮らしている、と言う。

    遠野物語の舞台である遠野は、岩手県の花巻から十余里にある北上山地の小盆地である。近くには、石上山、早池峰山、六角牛山の三人の女神をまつる神社があり、女神をまつる神社故に、この3山は女人禁制の山だったという。***

  • 「邯鄲の夢」のコメントでも、、
    唐の玄宗皇帝の頃の話である。みすぼらしい身なりの若者廬生(ろせい)が省都邯鄲(かんたん)への途中で旅舎で休んでいる時、たまたま隣にいた道士の呂翁と知り合った。やがて若者は疲れから眠くなり、呂翁から枕を借りて寝た。夢の中で廬生は名家の女性と結婚して、進士の試験にも合格し、天使を補佐する宰相に上りつめた。ところが、突然あることで逆賊として捕らえられた。共に捕らえられた者達は全員殺されたが、宦官の計らいで死罪を免れ、遠島流しとなった。
    ◇◇◇
    数年後、それが冤罪であった事がわかり、天使に呼び戻されて燕国を任されるまでに昇進し、5人の子供たちも全員高官に出世して、それぞれ天下の名家と縁組をして、沢山の孫を得て、幸福な晩年を送った。やがて時が過ぎ、盧生はついに死去した。
    若者が眼をさますと、廬生はもとの邯鄲の旅舎に寝ていて、隣には呂翁が座っている。その旅舎の主人は、彼が眠る前に黄粱(栗)を蒸していたが、その黄粱もまだ出来上っていなく、すべてがもとのままである。
    ◇◇◇
    「これは夢だったのか、」かたわらの道士は笑いながら「人生とはすべてこんなものさ、」廬生はしばらく何が起こったのか思案していた。自分が見ていた夢、50年にも渡るあの波瀾万丈の人生が、粟が煮えるまでのつかの間の出来事に過ぎなかった。彼は自分の抱いていた夢のはかなさに気がついた。「栄誉も、屈辱も、富も死生も、すべて経験しました。先生が私の欲を防いでくれたものと思います。よくわかりました。ありがとうございました。」そして、廬生は邯鄲の道を元の自宅へ戻っていった。
    ◇◇◇
    どのような波乱万丈の生涯を送っても、過ぎさった時間を後から振り返れば、ほんの束の間の出来事に過ぎない。八十歳になっても、百歳になっても、自分の人生を振り返ったとき、それが一瞬の出来事、一炊の夢、の短さに驚くだろう。時は流れないし、過去・現在・未来、そんなものに惑わされることもない。記憶の中に残っている自分自身の体験こそ、全てが今の自分の中に詰まっているのだから。

  • 地域の卓球同好会は自治会館で週3回実施しているが、毎回15-16名のメンバーは固定していて、参加者の7-8割が60-70歳代の女性です。対して、月1回、体育館で実施の**卓球会は毎回30名ほどの参加者があり、半数が男性メンバーで、多彩な技術の人が多い。共に高齢者ばかりというのは同じですが。

    自分はこの二つに入っていて、今日は後者の**卓球会で練習&試合をしていた。何時も感じる事ですが、何時もの同好会では、自分も技術的に上位にいる感覚ですが、今日の**卓球会では、技術的に下位レベル付近をうろうろレベル。男性の半数程度は過去に選手経験がある人で、年は取っても個性的な技術を持っている。ということで、今日の定例のダブルス試合は完敗だった。

    画像は、かみさんが広島から持ってきたシャコバサボテンです。冬場は和室の広縁に置いていますが、咲きだしたので庭に出して写真を撮った。

    ボチボチ・・行きましょうか 地域の卓球同好会は自治会館で週3回実施しているが、毎回15-16名のメンバーは固定していて、参加者の

  • //卓球日程ver.2(3/3)
    /***********************/
    fprintf(fp1," 卓球実施日\n");
    fprintf(fp1," %4d年%4d月\n",y,m);
    fprintf(fp1," 水 \t 金 \t 土\n");
    fprintf(fp1,"13:00\t 13:00\t 9:30\n");
    /***********************/
    x=0;
    for (i=1; i<=spc; i++) { ta[x]=0;
    x++;}
    j = spc;
    for (i=1; i<=mm[m-1]; i++)
    {
    if(x<35) {ta[x]=i;
    x++;}
    j++;
    }
    k=0;
    for(i=0;i<(mm[m-1]+spc);i++){
    if((i%7==3)||(i%7==5)||(i%7==6))
    {if(ta[i]==0){ printf(" ");}else{printf("%5d",ta[i]);}
    k++;if(k%3==0) putchar('\n');}

    }putchar('\n');
    k=0;
    for(i=0;i<(mm[m-1]+spc);i++){
    if((i%7==3)||(i%7==5)||(i%7==6))
    {if(ta[i]==0){ fprintf(fp1," \t");}else{fprintf(fp1,"%5d\t",ta[i]);}
    k++;if(k%3==0) fprintf(fp1,"\n");}
    }fprintf(fp1,"\n");

    fclose(fp1);
    fclose(fp2);
    }

  • //卓球日程ver.2(2/3)
    int uruudoshi(int y)
    {
    if ((y%4 == 0) && (y%100 != 0) || (y%400 == 0)) mm[1] = 29;
    }

    int yoobi(int y,int d)
    {
    int n1,n2,yw;

    yw = y-1;
    n1 = y-1583;
    n2 = (yw-1580)/4-(yw-1500)/100+(yw-1200)/400;
    return ((n1+n2+d)%7);
    }

    int PrintCalender(int yy,int m)
    {
    int i,j,spc; putchar('\n');

    spc = (yy+6)%7;
    printf(" 日 月 火 水 木 金 土\n");
    for (i=1; i<=spc; i++) printf(" ");
    j = spc;
    for (i=1; i<=mm[m-1]; i++)
    {
    printf("%4d",i);
    j++;
    if (j%7 == 0) putchar('\n');
    }
    putchar('\n');putchar('\n');
    }
    int PrintCalender2(int yy,int m,int y)
    {
    int i,j,spc;
    int x,k,ta[35];
    for(x=0;x<35;x++) {ta[x]=0;}

    spc = (yy+6)%7;

    printf(" 卓球実施日\n");
    printf(" 水 金 土\n");
    printf("13:00 13:00 9:30\n");
    printf(" %4d年%3d月\n",y,m);

  • 卓球日程ソフトの作成、、

    西暦年と月を入力すると、「卓球日程エクセル表」作成C言語ソフトを作った。
    グレゴリオ暦のルールでうるう年を計算するので、100年先の日程もすぐに作成できる。
    C言語のソースコード例の参考例として。時数の関係で、3回に分けて載せます。

    //卓球日程ver.2(1/3)
    #include <stdio.h>

    FILE *fp1=NULL,*fp2=NULL;


    int mm[]={31,28,31,30,31,30,31,31,30,31,30,31};

    main()
    {
    int cr,i,y,yy,m,d;
    int x,j,k;
    int ta[35];
    /*****************/
    if((fp1 = fopen("a.txt", "wt")) == NULL){
    fprintf(stderr, "入力ファイルを開けません\n");
    return 1;
    }
    if((fp2 = fopen("b.csv", "wt")) == NULL){
    fprintf(stderr, "入力ファイルを開けません\n");
    return 1;
    }
    /*********************/

    printf(" 年="); scanf("%d",&y);
    printf(" 月="); scanf("%d",&m);

    uruudoshi(y);
    d=0;
    for(i=1;i<m;i++) d=d+mm[i-1];
    yy = yoobi(y,d);
    PrintCalender(yy,m);
    PrintCalender2(yy,m,y);
    putchar('\n');
    }

  • 七五三行事、、

    先週末に、次女の子供達(7歳と5歳)、の七五三行事があり、大阪の住吉神社で祈祷してもらった。その時、次女の夫の両親が関東から自動車で来られて、参列した後、自分宅で食事などした。東名高速から名阪自動車道で、堺市の次女宅に行ったとのこと。片道約600Km余りで、8時間の運転だったらしい。数日後に伊勢神宮に立ち寄り、紅葉の秋をみながら帰るらしい。

    自分が広島にいたときは、山陽道で広島と大阪(宝塚)を何十回と往復したが、この時は片道300Kmで3-4時間で自宅でした。この高速道路近辺の簡保の宿は、途中一泊コースでほぼ全部行った。犬とかみさんとの道中だったのを思い出します。

    思えば、年に数回広島と大阪間を車で往復していたが、感覚的には兵庫の自宅がセカンドハウスで、そこへの小旅行のようであった。

  • 「きみに読む物語」

    AmazonかHuluかで、「きみに読む物語」を見た。中々面白いストーリーである。

    17歳の若者が町で出会った同年齢の少女に恋をした。少女も彼と一緒にいるうちに、彼に夢中になった。彼は平凡な労働者の家庭、一方彼女は夏がおられ場、大学に行く両家の家庭だったが、若い二人には無関係なひと夏だった。

    そして、ひと夏が終わり、彼と彼女は親の反対で不本意な形で別れを告げた。それから、1年間彼は彼女に手紙を書き続けたが、その手紙は彼女の母親によって、ストップされていた。

    数年の年月が流れ、彼女はその地方でも名士の男性と出会い、結婚することになった。ちょうどその時、若き頃の彼と彼女が町で再開した。彼女は昔の彼の自宅を訪れ、自分が当時白い二人の家を空想した事、その白い家を彼が自分で作っていた事を知る。彼女は名士の婚約者の元を去り、昔の彼の家に一人で戻る。

    老人ホームで認知症の女性の元に、初老の男性が訪れて、この「きみに読む物語」を聞かせる日々が続いていた。認知症の女性は、当時の若き彼女で、日記本を読んでいるのは、ほ若き頃の彼当事者である。
    彼女は時々、毎日その日記本のストーリーを待ち望んで聞いているが、時々認知症が回復するときがあり、その時に昔の彼と彼女に戻ることができる。

  • いつものラウンジこからです、、


    先日のニュースで少し驚いた事について、、

    先日のBS放送で、日本での所有者不明の土地問題について、増田寛也・元総務相などが討論していたらしい。

    この日本で、現在所有者不明の土地の面積が、じつに九州の面積を超える約410万ヘクタールもあるらしい。
    それで、こんな長期間にわたっての所有者不明の土地は、当該自治体などが強制的に所有すればよい、などと考えられるが、土地買収の相手がいなく、現在の法律ではそれも難しいらしい。

    こんな問題こそ、長期間所有者管理不明の土地は、法律改正で地方自治体管理を認めるべきである、と思うのだが。同様な事例での銀行口座では、たしか長期間の不明口座は当該銀行所有になる、になったと思うのだが。

    それで、この所有者不明土地情報がオープンになれば、色々なところが土地の自己所有方法を言い出すような気がする。この情報を徹底的に調べて、その不明管理者を探し出して委任状をもらい、所有権利肩代わりを申し立てるだろう。と思った。

  • いつものフードコートからです。
    先日隣のご主人から、彼のウオーキングルートを聞いたので、今日は昼からそのコースを歩き、1時間20分程度で自宅に戻った。朝のテニスは欠席した。

    若き日の「ブーベの恋人」映画の思い出、、

    一九四四年のある日、イタリアのある田舎町にあるマーラ(クラウディア・カルディナーレ)の家に、ブーベ(ジョージ・チャキリス)という青年が訪れた。

    終戦になって、故郷に帰る途中、マーラの異父兄サンテの最期を報告するために立ちよったのだった。マーラの父親は、心からブーベを歓待したが、サンテを失った母親は、何かしらブーベに対しても敵意を抱いていた。

    翌朝、マーラに落下傘の絹をあたえて帰った。その後数カ月ブーベとマーラの文通がつづき、冬になってから仲間と運送屋をはじめることになったブーベがマーラを訪ねて来た。彼はマーラの気持も確かめず父親から彼女との婚約の許しを得て帰ってしまった。何カ月かたったある日、突然ブーベがマーラの家に来た。ふとした事件に巻込まれ、

    憲兵の息子を射殺し、警察のお尋ね者になってしまったのだった。ブーベはマーラを連れて故郷へ帰ったが、
    マーラは予期に反して汚いブーベの家や、家族にがっかりした。隠れ家にしていた紙工場の廃墟にも危険が迫り、仲間の計いで国外に逃亡することになった。ユーゴに逃亡したブーベからは長い間、

    便りがなかった。マーラは父の家にいづらくなり、町の友達を訪ねてゆく決心をした。やがて彼女にはステファノ(マルク・ミシェル)という真面目なボーイ・フレンドができた。

    一年の月日が経った。ブーベはユーゴ政府によって、イタリアに送還され、殺人犯として裁判を待つことになった。マーラはブーベが無罪になれば、自分もブーベから解放されると考え、

    ブーベのために偽証しようと心に決めた。だが、法廷で嘘がつけず、結局、ブーベは十四年の判決をうけた。マーラはやはりブーベの妻となることを決意し、それ以来、二週間ごとに刑務所通いを続けるのであった……

    この映画は、自分が高校生3年生の時で、あの時の片思いの彼女の姿と重なる。その彼女とは今でも高校の同窓会で話をしますが、「もっと、きっぱりと言ってくれれば、」、塞翁が馬が人生ですね。

  • いつものラウンジからです、、

    ここは10:30分オープンで、今日は初めてオープンの時間に入った。
    飲み物無料で、自分はコーヒーとジュースを各コップ一杯とった。

    そこで見た光景ですが、別の高齢の男性と女性は、トマトジュースを一人コップ5杯づつ取って一気飲みし、その後、コーヒーを煎れてきて飲んでいる。なんだか朝食代わりのようで、人間性が???に感じた。無料のトマトジュースをコップ5杯も一気飲みする人がいるのですね。

    そこで思い出したのが、昔の掲示板、現在のTextreamでも、周りを見ずに自分の事だけを、何回も書き込む(主張する)唯我独尊の人がいる。意外と当人にはその気が無いのかもしれないが、そのトピの属性や参加者の平均的感性を考えず、特にお金のことや自分の得意な事を何回も話し出す。

    自分もその気配がないとは言えないが、多少はそれを気にし、自戒している。でも、このような一人カテでは、書くことが慰めになる部分もあり、多少心情日記代わりに使ってもよいのかも、とも思う。

    色々な心情や思いをそのままに書くことは出来ないけれど、少しは気分転換になるかもしれない。

  • スタンステッド空港の思い出

    ここは、ロンドン市内から約50-60km程北にあり、ほぼLCC専用の空港となっているらしい。一応ロンドン代替空港とはいいながらも、ロンドン市内から離れた地域である。ここは元々地方空港だったが、LCC(格安航空)各社がこぞってこの空港を拠点にしたため、今やイギリス国内で有数の利用者数になっているらしい。

    イギリスの国際玄関口、ロンドンのヒースロー空港の利用者は圧倒的にビジネス客が多いので、この空港のLCC格安運賃が沢山の集客をあげている。その昔、自分が到着した航空機の乗務員が到着航空機から客の荷物出し入れをしていたのを写真に撮った事がある。なお、スタンテッド空港からロンドン(リバプール駅)間は直行列車が走っているので市内へのアクセスは良い。

    このスタンステッドは、空港内で野宿する若者たちが多いことでも有名らしい。その昔、自分もロンドン出張時、2回程この空港着だった。。ルフトハンザで行った時は、トランジェント時のトラブルなのか、機内荷物が届かなくて、ルフトハンザから提供の着替えを渡されたことがある。出張先の企業訪問に、スーツが無くて搭乗時に着ていた旅行着で行ったことがある。

  • スマホトラブル、、

    今朝、ベッドでスマホをいじっていたら、突然「初期設定になります」の表示後、画面が「初期設定中」になり、少しして画面が購入前のようなそっけないアイコン画面になった。

    ビックリして、画面をスライドしていつもの使用アイコンを見つけたが、電話もかからない。LINEもインストール画面が出てくるだけ。仕方なくLINEアプリをインストールしたが、「初期登録」と「ログイン」選択になり、ログイン画面を選択したが、「ログイン確認数値をSMSメールに送ったので、その数値を入力してください。」となる。

    それで、SMS(メッセージ)アイコンを見つけてクリックしたが、「SMSは無効中です」と表示される。FaceBookはインストールして正常操作画面になったが、電話もかからなくなり、SMSもログインできない、テザリングも「出来ません」になっている、ので、早々に雨の中をいつものショッピングセンター内の購入店に行った。そこからメーカーに問い合わせて、幾つかの操作を経て、やっと正常に戻った。

    久しぶりに大変焦ったです。

  • みなさんこんにちは、、HNが違いますが、気にしないでお願いします。

    今日は久々の快晴日和で、「天高く馬肥ゆる秋」を実感です。庭のサイドテーブルにノートパソコンを持ち出して、朝日を浴びながらキーボードを打っています。添付画像です。今日はこれから卓球です。ラケット裏側にシート状コルクを張り付け、指支点を作ったので、今日はその使用テストです。

    カリフォルニアの山火事ニュースに続いて、ポルトガルの山火事も大変なことになっていますねニュースでは、色々な不満分子が時間前後して一斉に放火した事件らしい。新手の社会的テロの一種として、今後拡大するかもしれませんね。

    ボチボチ・・行きましょうか みなさんこんにちは、、HNが違いますが、気にしないでお願いします。  今日は久々の快晴日和で、「天高

  • いつものフードコード、ではなく、飲み物無料のラウンジからです。

    別の参加カテでの話題ですが、MacPCトラブルで思い出したのが、30年ほど前に使っていたMacPCの事。当時GUIインタフェースで華々しく登場したマックOSのPCは価格は高かったが、使い勝手の良さで、職場のPCの先進者たちはこぞってマックPCを使った。

    ところが、このMacPCは突然フリーズするのが特徴で、5分とか10分間隔で上書き保存をしておかないと、突然フリーズして、唯一の対処は電源を落として再立ち上げのみ。全ての操作中の文書は綺麗になくなっている。

    仕事で1時間ほど文章を作ったり、資料を作ったりして、熱中するとつい保存がおろそかになり、だいぶ仕事が出来た頃。突然フリーズが襲ってくる。何度がっくりしたことか知れません。同僚のほとんどがこの経験者で、足でPCを蹴りたくなったこともありました。

    WinPCもwin98の頃はは良くフリーズしたが、最近のWin10などはフリーズの経験がない。でも、OSのバージョンが何度と自動更新され、現在バージョン1600程度となっています。「OSも含めてソフトウエアには完成ということがない、」以前聞いた言葉です。

  • みなさんこんにちは、、

    「中国の一人っ子政策の後遺症」の話でも、、一部修正です。

    最近までの約30年間実施されてきた、「中国の一人っ子政策」の結果、中国全土の人口の約7割を占める農村では、結婚できない多くの若者男子という異変が起こっていた、の話、、

    ご存知の様に、かっての中国では、先進諸国で実施されている、色々な医療制度や社会保障や年金制度の対象者は、全人口中で3割の都会人口の人達だけが対象で、人口の多い農村ではこのような社会保障制度がまったくなかった。

    だから、農民たちにとっての唯一の老後の保障は自分の子供であった。その場合、成人すれば余所の家に嫁ぐ女の子は老後の保障にならなく、どうしても男子の子供がほしい。

    どうしても男の子が欲しい多くの農民たちは、出産前に胎児が女子だと堕してしまい、男子であれば出産したという。その結果、30年間の間に国全体で、男子の人口が女子より、3400万人も多くなってしまった。

    特に現在30歳代の男女比率では、中国全体では、136対100となっており、農村地域ではその数倍の女子不足比率になっているという。そして、現在その結婚できない男子若者達を、社会的蔑視の「余剰男」と呼んでいるらしい。酷い話です。

    さらに、最近のニュースでは、中国で子供が誘拐される数が年間10万人以上になっていて、その多くが農村の子供なし家族等に売られて行くとの事。そのために、親による幼児や小学校の送り迎えが必要との事。

    現在日本にも色々と問題はありますが、かってソビエトの大統領兼書記長のゴルバチョフ氏が、日本を「世界で最も成功した社会主義国」と言っていたのが印象的です。

  • みなさんこんにちは、、いつものフードコートではなく、飲み物無料のラウンジからです。

    江戸時代の官僚制度の続きです、、
    明治以後の官立大学出身の多くが、今でいう国家官僚(エリート官僚)のコースになったが、江戸時代にその原型が作られた、との話です。

    江戸の官僚制では、旗本出身の若者達がそれに相当し、意外と旗本の蔵高にはよらずに、エリート出世がなされたという。

    当時のエリート官僚の出世コース例としては、徒頭(30歳)、目付(35歳)、奉行(40-50歳)、大目付(55-60歳)らしい。

    8代将軍吉宗の抜擢人事として有名な、大岡越前守忠相のケースでは、徒頭(29歳)、目付(33歳)、地方の伊勢宇治山田奉行(37歳)、そして、41歳で江戸にもどり、42歳で江戸の町奉行になって、以後20年間江戸の町奉行を続けた。

    江戸の町奉行は大目付の直轄の3奉行、町奉行、勘定奉行、寺社奉行の一つで、意外と権力と地位が高かった。この中で寺社奉行は普請大名が担当していたらしい。

    感覚的には、明治以後の帝国大学卒業生の官僚出世ルートとよく似ている、と思える。

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