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  • ロードムービーの唄

    日本の気候風土になじまない?とされるロードムービー…と言ってもピンと来ないかもしれないが、簡単に言うと…‘旅’がテーマとなっている映像作品。で、その主題歌的なものを今回は取り上げよう。と…

    (わかりやすい例としては‘イージーライダー’とか‘バグダッドカフェ’とか…アメリカの砂漠を行く様なハナシが多いのだけど、われら日本人にもそれっぽい感性を探し出そう…とまあそんなワケだ)

    “ いつだって どこにだって 果てしない空を
    風は歌ってゆくさ ”
    (BUZZ/愛と風のように)

    通称‘ケンメリ’と呼ばれている唄で、車のCMソング&映像とともに記憶されている。いい曲だが意外とカバーされてない?みたいな。福山氏と山崎氏か…なるほどな〜。

    “ 夢の坂道は… たどり着けない山の中へ
    続いている ものなのです ”
    (俺たちの旅/中村雅俊氏&小椋佳氏)

    70年代の青春ドラマの主題歌だが、なんかこう…もやもや〜っとした印象とともにある、この閉塞感がたまらない人にはたまらないのだろう。

    “ ドアを開いて 独り海へ あなた車で
    背中を見ていて ”
    (メインテーマ/薬師丸ひろ子氏&南佳孝氏&松本隆氏)

    片岡義男氏原作&森田芳光監督作品のロードムービーで、これがその主題歌だが…(省略)…南&松本コンビの曲でそれに相応しい詞は他にもあるんじゃなかろ〜か?という気がする。

    とゆーか、何曲かコンピレーションしてみたい気分。(名画はサントラを売る力があるワケなんだがな…つーか、映像とともに楽曲のインパクトも強いのが名作だよな)

  • >>160

    答えになってない。

    60年代の詩に、70年代がどうの、こうの、云われたくねべ~~。

  • はげしい雨が降る

    昨年のアカデミー文学賞授賞式で歌われたボブディラン氏の唄。(初出は’63年)

    “何処へ行ってしまったんだ…息子よ
    こんな土砂降りの雨の中を”

    いつだったか、キャンプ場?で息子を叱って置き去りにした父親が総スカンになった事があったけど、この詞にはそんな父親の‘悪い予感’が妄想的に綴られている。

    で、’70年代にこの詞は書き換えられているらしい。ベトナム戦争の終息を受けて‘ローリングサンダー’ツアーと銘打ったライブ&アルバムのテーマ曲と化している。

    “何処へ行って来たんだ…息子よ
    そこは(ジャングルの)土砂降りの雨の中”

    見て来たものを忠実に再現する事が詞の目的となる。とは言っても、それだって息子が無事に生還して…のハナシだ。リアリティに難あり?だった可能性がある。

    (マッカートニーが“hey, jude”と呼んだのはディランだった可能性がある。ジョンレノンはディランが好きだったみたいだが、ポールはそうでもなさそうだな)

    ボブディラン氏の‘フラれソング’はピンと来ない。たぶん説教臭いからだ。

  • 自己憐憫

    痛いな。

    なら、ボブ・ディランの

    ぃけ ローリングストーン

    解読して欲しいな。

    簡単な詩の裏よみ、願います。

    ノーベル文学賞ですから。

  • 赤ちゃんの唄?(子守唄でない)

    “こんにちは赤ちゃん”(’63年。作詞:永六輔氏/作曲:中村八大氏)

    このコンビは幾つも名作を世に輩出しているのでカバーソングとかで触れる機会が今でも多い。(九ちゃんの唄は九ちゃんが素晴らしいからだろうと思うんだけれど)

    永六輔氏の歌詞の素晴らしさをひと言で云うなら…まさに‘女々しい’ところ?かな。(赤ちゃんに向かって?たまにはふたりきりにさせてくれ、とか言ってんの)
    こーゆーのを‘女々しい’というんだと思ってたよ。

    実物を駅のホームで見かけた事があったけど別に、フツーのオジさんだったな(笑)。
    ‘遠くへ行きたい’気分になった。


    “ジョンブラウンの赤ちゃん”(19世紀。原曲:米/リパブリック讃歌)

    ヨドバシカメラのCMソングの原曲でもある。大元は南北戦争当時の北軍の行進曲だという。つまり軍歌だよ。それがなぜか赤ちゃんソングとなる。

    そういう‘替え歌’は悪くない。


    “ファンキーモンキーベイビー”(’73年、キャロル。作詞:大倉洋一氏/作曲:矢沢永吉氏)

    つまり‘ベイビー’という台詞は‘赤ちゃん’ではなくて…‘ダーリン’に近い。‘かわいい’ニュアンスで使うのだろう。じゃあ、
    ‘かわいいベイビー’というとクドいのか?ってーとそんな事もなくて。

    つたない詞にも思えるが、十分楽しめる曲に仕上がっている。(ロックンロールはコレでいい、という事を示した名作)


    “安産ママ”(’95年、ウルフルズ。作詞&曲/トータス松本氏)

    “Take it easy, Babe 恋人つくれよ
    やることやれよ 赤ちゃんつくれよ”

    なぜかロックンロール(笑)。トータス氏の場合、恋だの愛だので終わらずにココまで歌い切ってしまう。これは多分

    産むは易し行うは難し…アレ?違うか。
    言うはやすし…案ずるより…だな。

  • 女々しくて

    ’09年、ゴールデンボンバーの唄(作詞&曲/鬼龍院翔氏)。

    ‘エア’バンド云々というハナシにされていたみたいだけど、ライブパフォーマンスでさえも究極的にはそうなるだろう事は(ダンスミュージック的には)皆が感じていた事なんだよな。

    彼らは正直だったのと、ステージ度胸があったのと、きちんと結果を出した点で優れている…のみならず、詞の内容がまたイイ。

    “…光を浴びて 恋の歌唄って いざ辿り着いたこの世界はもう つらいよ”

    彼らの歌はなんでこんなにツラいんだ?という詞のオンパレードで、ちょっと聴くのもツラいくらいの内容だ。それを笑いに変えてしまう流儀は割と一般的なものだけれども。

    “片想いでいい 今のままでいい 僕に何ができる? 今のままがいいだろう?”
    (片想いでいい/’14年)

    わかりやすい比較になるが、ウルフルズとの違いが出てる?ところかと(告らないんである)。

    “君の元カレ殺したいよ 君を汚したから 君を知れば知る程に僕はもう…”
    (元カレ殺ス/’08年)

    元カレ云々というのはオジさん的にタイムリーな話題だが…女々しさ、ってゆーのはこーゆー事?を云うんだろーか(あ〜なんだか疲れちゃったナ…)。

  • ウルフルズをトリュビュート

    する女のコ達の好きな曲、というのが編集されアルバムになっている。オトコくさ〜い彼らの歌を女のコ達が唄う…‘性差’を越えて(←いわゆるカバーソングとは‘難易度’が異なる)。

    彼らが‘売れる’様になったのは、単純に云うと女のコ達の‘共感を得た’頃からだろうと思う。勿論同性のファンもいるワケだけれど、
    ウルフルズのバンド的な要素を面白く思う野郎共は彼らの‘演奏’をコピーしてみたいという純然たる欲求から彼らを支持している。

    何かの番組で、ホンモノとコピーバンドを聞き分ける?クイズというのがあって、その時改めて気付いたのだけど、やっぱりホンモノの重厚感は違う…というか。
    トータス松本氏のボーカルも奇跡だよな〜二十代の頃と変わってない。

    ライブで一緒に歌える唄イコール、女のコ達の大合唱(笑)となる。が、松本氏の作詞は基本的に自分(≒オトコ)を全面に打ち出しているので…とりあえず聴け!(&踊れ!)みたいなのが多い。尤も、コーラスできる箇所はどの曲にもちゃんとあって…だな。

    ただ…主旋律を歌いたい自分(≒オンナ)の押し出しがその曲なの?って事である。女性アーティストとしてのこだわりは感じられるのだが、欲を言えばブルース調の曲を選んでもらいたかった気もする。

    もしくはそうしたアレンジをして。‘年齢不詳の…’とかいいかも。(初期の頃の曲が面白い)てゆーか、自分達でやっちまった方が早いんだろうけど。

  • 花咲く旅路

    ’91年、原由子さんの唄(作詞&曲/桑田佳祐氏)。

    ケイスケ氏が(原さん以外の)女性シンガーに楽曲提供したものというのは記憶にない。(原さんから女性シンガーに…というカバーソングの流れは結構あるんだろうけれど)

    つまり…サザンの楽曲として考えるとコレは貴重な一曲である。バンドサウンド的な要素は抑えられていて、アカペラでどーぞ!てな感じに仕上がっているのも女性の唄としては珍しいんじゃないかな。

    花鳥風月を淡々と綴った歌詞の様なので、特にここで云々する事もないが。
    横文字なし。花の名前もなし。色恋を感じさせる言葉もない。が、独りでとぼとぼ歩く坂道というイメージでもない。

    それを紫陽花だの鎌倉だの言っちゃうと陳腐である。実際はそうなんだとしても。ケイスケ氏にはテレがあるんじゃないかと。

    夏の紫色の花?つったら…朝顔なんかもいいね。原坊の妊娠菌?付き朝顔の種(笑)というのがあったらしいから。

  • やぶれかぶれ

    ’92年、ウルフルズの唄。(作詞&曲:トータス松本&ウルフルケイスケ氏)

    いわゆる失恋ソングだと思うのだが、デビューシングルにコレを選んだのは勇気のいる事だったろうな(って余計なお世話だろうケド。セールス的には失敗だった?と聞くと、そんな事をふと思ってしまう)。

    “ 言わないでおけばよかった
    うちあけず そっとして ”

    つまり‘告白’した事を後悔しているんであるが、そんな記憶が多分誰にでもあるよな…てところから始めるのは、失敗と正しく向き合うとゆーか、カッコつけ要素なし。ゴマカシなし。誠実な唄である。

    (多分こーゆータイプの…男子の失恋ソングは後にも先にもコレしかないんじゃないかな)

    告白したからってどうにかなるモンじゃ〜なかった頃。ハッキリしてよ⁉︎と訊かれたんならハッキリせなならんけど、その強迫じみた観念がどちらかゆーたら…

    キライだ、ちゅーの…てなるわな。

  • ( ̄。 ̄)y-~~
    常ならん…時代は常に移り変わっておる、先のことはよく分からんが、しかし人は想い続ける事により光り始める、世の中に無駄な想いなど存在はしない、それを原動力になお一層自分を磨くといい、この世は無常、じゃかどこに至ってもその想いは輝くはずじゃ!
    わしは失恋しなのかの…

  • >(↑コレはいい詞だがマイナーなタイトルのおかげで検索するのがタイヘン)


    検索を誘ってるのやろねw

  • ありがとう

    同名の曲が多いものには何故か花の名前を付けたものが多いらしい。(さくら…ひまわり…等々)
    で、そうでないもので一番多い曲名が標題の…だそうだ。(多分世代毎にイメージする曲は異なるだろう)

    水前寺清子さんの「ありがとう」の唄
    井上陽水&奥田民生の「ありがとう」
    SMAPの「ありがとう」
    いきものがかりの「ありがとう」
    等々、思いつくままに…


    ♪こんにちは〜ありが〜とう〜さよなら〜またあいましょ〜

    なかな〜お〜りの〜ことば〜はみつからないけ〜ど
    かえ〜ろ〜かえ〜ろ〜かえ〜ろ〜〜〜げんきで〜

    (↑コレはいい詞だがマイナーなタイトルのおかげで検索するのがタイヘン)

  • バンザイ 〜好きでよかった〜

    ’96年、ウルフルズの唄(作詞&曲/トータス松本氏)。

    線路の敷地で記念撮影して顰蹙買ってしまった人達をヒントに…‘スタンドバイミー’が閃いたんだけど、詞がイマイチだったので…標記の‘日本版’スタンドバイミーである。

    だからBaby そばに おいで
    だからBaby ここに おいで

    ウルフルズの詞も特にヒネったところはなくストレートだが。このバンドは音楽的にもかなり優れている。(アメリカでもブルースチャートにランクインした事がある?ぐらい)

    スタンドバイミーは‘ダ〜リンダ〜リン’と唄っているけれども、少年達の友情を描いた映画の主題歌になる。つまりジェンダーフリーが土台にあるワケだが、

    ウルフルズの方はオトコ臭い(笑)。それがいけないワケではないが。関西ネタも悪くない。ブルースの需要は確実にある。

    少年達も確実にオッサンになる。で、死ぬまで…とか、ふたりで…とかいう言葉がジンとくる様になる。結婚式じゃなくて…銀婚式ぐらいのタイミングで?かな。

  • 革命的非モテ?同盟デモ

    エンターテイメントがデモに積極的だった時代、というのがある。オジさん達はそれをムーブメント(≒革命的)と呼んで別格扱いとした。

    ボブディランだの何だのがそれほど芸達者だったとは思わないが、モテるモテないの尺度で言ったらば多分、モテる方だったんだろう。つまり…モテない人達を集める能力に秀でていたんである。

    モテない人達とその思いを共有する必要があったワケで、想う人に想われず…という構図が大事である。実は両想いだとしても?だ。で、根源的に

    どんな理由でか、という事を考える必要があるかもしれない。基本的に男女差別であるとか、異性の側からの評価であるとか、単純に絶対数の問題だったりとか

    …するんだろうけれど、そこに同盟とかデモとかいう現象が必要なのか?正直なところよくわからない。とゆーか、
    共有したくないんである。自分の相手を誰かと共有する?とゆーのもピンと来ねーし。自身が誰かさんと誰かさんと…に共有されている?というイメージもない。

    モテる人というのは、少なからずモテない人同士にその想いを共有されている、という弱点がある。そこでの‘抜け駆け’は不可能…という事である。正直者には寂しいデモになると思うんだな。


    「革命的ブロードウェイ主義者同盟」という唄?もある(’14年。上坂すみれサン)。
    ふ〜ん…これまたPPAP以上に難解だな(笑)。
    アキバ系…とは違うみたいだね。

  • >>137

    吃音のスパイナルなら、
    手っ取り早い、人前に出よ

    話せない言語でも話せ!

    という
    やり方と
    ご存じだろうが

    森田療法

    あるがまま、吃音を当たり前とし(実際に、恐らくは緊張した場に於いては、多少なりとも誰しも赤面、吃音あり)
    それはそれで、放り投げ、

  • >>135

    寺山修二(青森)は吃音だったらしい。
    彼の短歌には確かに、その残りがある


    >ボウイさんのはまぁ…意識的なものだろう。
    果たして、

    彼の兄は確か、統合失調症で、デビッド・ボウイ自身が
    いつ自分がそのようになるか、果ては

    最早
    自分は統合失調症であるのでは、と悩み

    彼の憧れのスターは全て

    逝かれてる

    シド・バレット
    ルー・リード
    イギー・ポップ(元祖:江頭


    要するに普通ではない、
    から

    面白い

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