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    1人でも読んでくれればいいや方式で書きます。
    それにしても、教育って何でしょう。

    教え育てるのかな、、、。
    英語は自分の専門教科ですが、
    子どもたちの人生に必要かどうかは不明。

    だから、私が英語を教えて、育てるのは、
    私の得意なことを子どもに押し付けているだけかも。

    この場合、教育とは、教員による、個人の趣味の押し付け、、、かな。

    ※「教師はいじめっ子?」ではトピ作成不能。
     よって、「先生」に変更。
     さて、先生とは、先に生まれた、、、かな。

    Thank you for your time♪

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  • 初めて、投稿します。先生はいじめっ子ですよ、
    めんこだけ、だいじにするんぜー、
    おいら、遠足でおにぎりと漬け物(たくわん?)てべてたら、先生の取り巻きの女子がきて、
    「先生が漬け物食べたい、って、いってますよ」
    ことわりました。お袋がオイラのために用意してくれた、ものをなんで、先生にさしださなきゃいかんねん。
    おにぎりとたくわんてーのも、校内でオイラだけだったらしいですけどね。
    それは貧乏だったからで、お袋はなんとか、頑張って、漬け物をたしてくれた、それを珍しい、よこせかい!
    ふざけんな、
    コンビニもない、大昔の話しです。

  • >>183

    決めつけが好きだね。
    具体的に反論しないで逃げるとは。
    君のやってんのは「お前のカーちゃん デベソ」と
    俺に言ってるのと同じだ。

    まあ、どうでもいいが、自分を大切にしてくれな。
    せっかく「生」を恵まれているのだから。

  • >>178

    全て問題を摩り替えて自分の責任は逃れようとするお返事をお忙しいなかわざわざ有難うございました。 もう何も書き込みませんから返信も要りません。

  • >>180

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (9)

    ◇仮面を脱いだ命の部

    動物を殺すのは残酷でしょう。
    では、私の祖父たちは残酷者でしょうか。

    …  …  …
    祖父は屠殺場の管理者だった。

    山梨県U町…当時は全くの田舎町。

    あれは私が4歳のころだった。

    「キィー・・・」という音が聞こえた。

    当時は、豚は大木槌で頭をなぐり

        牛は槍のような武器で、頭・心臓を突き刺した。

    内臓がたまった血の池があった・・・

    …  …  …
    これには続きがあります。
    …  …  …

    終ると…処理の仕事が始った。

    男も女もいた、大勢いた。

    ぺちゃくちゃしゃべりながら、あちこちに分かれていた。

    処理の仕事が終ると、みんなで銭湯に行った。

    みんな元気だった、おかしいほど元気だった。

    そして、湯船に入ると、みんなが歌を歌った。


    私は、祖父に抱かれていた。


    かぜか やなぎか かんたろさんは

     いなは ななたに 。。。

    今でも祖父の声が頭にこびりついている。

    祖父は、私を抱いて、嬉しそうだった。


    屠殺場に戻った。


    すぐに酒盛りが始った。

    そして、いろいろな肉料理が出ていた。

    男達の世話をする女性達が作った料理だった。

    悲痛な鳴き声を聞き、

    血の海を見た私は

    喜んで食べた、

    みんなが私の口に入れてくれた。
    …  …  …

    幼児の記憶は全くないのだが、あの日のことは覚えている。
    みんなの名前を言えと言われれば、言えるのだから。

    あれは、みんなにとって「ご飯を食べる」ための仕事だった。
    しかし、みんなは工夫した…どうすれば早く殺せるかを工夫した。
    仕事の効率をはかるためかもしれないが、どうせ殺すなら痛みを瞬
    間に消したかったのかもしれない。一番辛い仕事だろう、みんなの
    仕事は。好きでやっている人はいないだろう…身体に絵が書いてあ
    る人もいたけれど、とっても優しい人だった。

    私は幼いときから釣りはやらない。口をヒクヒクする魚の顔を見る
    のがつらいから…漁業をする人は、仕事だから魚を取って、魚の命
    を奪う。これはずっと昔からやってきたこと、人間が生きるために
    魚の命をもらっていること。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (9)   ◇仮面を脱いだ命の部   動物を殺

  • >>179

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (8)

    ◇仮面を脱いだ命の部

    人間は米を使っていろいろな食べ物を作ります。

    これを専門にする人は残酷な人でしょうか。
    調理師は残酷な人でしょうか。
    料理研究者は残酷な人でしょうか。

    それとも、材料となる米を作った人が残酷なのでしょうか。
    米は生きていないというのは間違っています。
    米1粒1粒に命があるのです…1年後には見事な仲間を産み出すのですから。

    ■2.苦しむ顔を見せる必要はない

    続きですが、これは少年や青年教員に話すことです。

    私は貧農の育ちなので、「ご飯を食べること」を最も大切にします。
    子ども達にも同じことを、
    自分が一番好きなことを仕事にして「ご飯を食べる」ことを呼びかけます。

    ネットで多くの教育者さんと話をしましたが、
    上に書いたことを話題にする人にはめぐり会えませんでした。

    屎尿処理を仕事にして、
    ご飯を食べる人と話をしたことのある教育者さんともめぐり会いませんでした。
    子ども達と料理をして楽しむことを、嬉々としてメルマガに書いている有名な
    人もいます。しかし、ここには「育てる・処理する」が全くありません。

    仕事に上下はない。
    言うのは簡単ですが、
    彼らがなぜその仕事をしているかを知っているのでしょうか。

    仕事に上下がないなら、
    自分が担当する少年は屎尿処理の仕事を希望したのでしょうか。

    教師である自分がいない場合と、
    屎尿処理の仕事をする人がいない場合では
    私たちは、どちらの場合が生活出来なくなるのでしょうか。

    以上は、「なぜ子ども達は農業高校に入学したか」と私が質問した前提です。
    ここを抜きにするのは、私には出来ないこと。
    子どもの「心」が抜けているから。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (8)   ◇仮面を脱いだ命の部  人間は米を

  • >>176

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (7)

    ◇仮面を脱いだ命の部

    自分が生きていくのに必要だから・子どもが生きていくために必要だからニワトリを殺して食べる…これが抜けたら虚しい。命の尊さを知るなら、まず、自分の命の尊さを知って欲しい。生きるとは→自分を大切にすることであり、自分を大切にするからこそ→他人の素晴らしさが分かるのです。

    マスコミの捉え方にも、支持する人の声に何かがが欠けています。それは、実践した教員・子ども達の「心」です。だから、私は菜食主義者を引っ張り出してまで極論を述べたのです。某高校の実践は、農業高校においての授業です。幼い子どもがするのと高校生がする違いは、どこにあるのでしょう。

    残酷だ…では、次をどう考えるのでしょうか。


    ここで「食物連鎖」を持ち出す人がいると思いますが、心が入っていませんから子どもに話すのは無意味なことでしょう。子どもに「あきらめ」の気持ちを植え付ける可能性大ですから。生物は全て生きているのです。

    草や木だって生きています。米だって、麦だって、ほうれん草だって生きています。これを食べるのは残酷でないのでしょうか。これは、人間が勝手に判断しているのであり、草木が涙を流し、血を流していないとは言い切れないでしょう。すなわち、ここでも他人を先に決め付けて見ているのです。

    米を食べる時はどうしましょう。稲から直接とって殻を取らないでそのまま食べるでしょうか。麦はどうでしょうか、ほうれん草はどうでしょうか。どれも愛情を込めて育てたのです…土にまみれ、額に汗を浮かべて。しかし、不思議なことがあります…人間が食用にできない植物は無視されます。人間の身体を破壊する成分が入っている植物は嫌われます。人間は生きるために、自分達が使える植物を選択しているのです。

    私たちは、美味しく食べる工夫をします。無駄にならないようにします。これは長い歴史を通して、ずっと私たちがしていること…命を頂くのですから、できる限りのことをして感謝していただくことです。これは昔から続けて来たことであり、誰かが教えたことではありません。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (7)  ◇仮面を脱いだ命の部  自分が生きて

  • >>177

    だから、あなたはどうしてます。

    >英語を教える?

    どこから持ち出したのですか?
    教えるに関しては、自分の考えを書いてあります。
    教育とは何ぞやで。

    >あなたは英語で育ったのですか?

    育ったとしたら、何か問題でも?
    あなたにどんな関係があるのでしょう。
    英語で言うと;
    It's none of your business.
    ですな。

    >指導要講が何言ってても 生徒が興味を持たなくちゃ時間の無駄でしょ? 

    これまたどこから持ち出し、私の責任にするやら。
    こんなメチャクチャ言うなら、自分の実践を見せなくちゃ。
    自サイトにありますよ、生徒が英語で盛り上がる実践が。

    >教師 教員 日教組 教育委員会 これらが自分達の保身ばかりしてたらだめだね!

    では、あきらめなさいって。
    自分の実践抜きでは、単なるヤジであり、何も変わりはしないって。

  • 英語を教える?あなたは英語で育ったのですか?指導要講が何言ってても 生徒が興味を持たなくちゃ時間の無駄でしょ? 教師 教員 日教組 教育委員会 これらが自分達の保身ばかりしてたらだめだね!

  • >>174

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (6)

    ◇仮面を脱いだ命の部

    ■1.結論先にアリこそ独断である

    いや~寒くなりましたね。仮面を脱いだから余計に寒さを感じるのかな。私は「子どもに話す」を前提にしますので、仮面を脱いだつもりでもこのクセが抜けないかもしれません。

    以前、可愛がって育てたニワトリを殺して食べる話がありました。
    私の言うことは極論だったでしょう。これはいつも子ども達にぶつけることなのです。子ども達は反発します…当然でしょうし、反発しないなら私は極論を言うつもりはありません。私は複雑な人生を送って来た・送っているとよく言います。これも極論を言っているだけ、誰の人生も複雑なのですから。

    「人間社会は3次元」…これもよく使います。
    なぜ使うか→「人それぞれ」だから、自分の恵まれた部分を探して欲しいから。Aさんの掲示板に書き込みをしたのですが、なぜかダメでした。パソコン素人の悲しさかな…。宗教的な批判があったので、ついつい、次のことを言いたくなったのでした。

    …  …  …
    人生は1度しかない。だから自分の恵まれた面を使って、楽しい人生を送って欲しい。そのためには、自分を忘れないで欲しい。他人を先に見るのではなく、自分を先に見て欲しい。
    …  …  …

    私が極論を言うのは、上のことが心配だから。
    自分で育てたニワトリを殺して食べる…残酷でしょう。しかし、誰から見た場合でしょう…というより、見る…これは他人を先に見ているのであり、自分が存在していません。日本で小中学生に育てたニワトリを殺して食べる授業…私は反対です。「命の尊さを知る」と教師は言いますが、これは前もって教師が決めていることであり、「子どもの心」が存在していないからです。可愛がって飼っているニワトリを殺さなければ、命の尊さを知ることとができないのでしょうか。つまり、教師は「他人を決め付けて、他人を先に見ている」のであり、自分が存在していないのです。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (6)  ◇仮面を脱いだ命の部  ■1.結論先

  • ※貼っておこうか、、、

    千葉県船橋市の県立高校の男性教諭が、生まれたばかりの子猫を学校敷地内に生き埋めにした問題で、同県警は、この男性教諭を動物愛護法違反(愛護動物の殺傷)の疑いで20日にも千葉地検に書類送検する方針を決めた。

    捜査関係者によると、県立高校の30歳代の男性教諭には、学校敷地内に掘った穴に3月6日、子猫5匹を生き埋めにした疑いが持たれている。県警は、教諭が埋めたと説明した場所を掘り返し、同月26日までに5匹の死骸を確認した。野良猫が学校敷地内で産んだ子猫とみられる。

    学校側によると、教諭は「4匹を生きたまま埋め、1匹を生死不明の状態で埋めた」と説明し、担任クラスの生徒に穴を掘る手伝いをさせていたという。教諭は現在も同校に在籍しているが、県の教育関係者の研修施設で研修を受けている。

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※貼っておこうか、、、  千葉県船橋市の県立高校の男性教諭が、生まれたばかりの子猫を学校敷地内に生き

  • >>173

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (5)

    ▽仮面を被った極論の部

    ----- ----
    昨夜のこと。
    MT先生が話してくれた。
    教員になったばかりは安月給。
    お母さんが卵を産むニワトリを数羽くれた。

    月末になると食べる物がなくなるので、ニワトリを殺した。

    あるとき、首を切って血を取っているのを娘さんが見た。
    娘さんは泣き出した。
    先生は奥さんに叱られたそうだ。
    どうして娘が見ているのに気がつかなかったかと。
    ----- ----

    自分もニワトリの首から血が流れているのを何度も見た。

    母が鳥を殺したのだった。
    母は…とても気のやさしい人だ。

    むかしは「もらい人」なる存在があった。
    我が家は貧農で米だけのご飯など食べられなかった。
    母は…白米をもらい人さんにあげるのだった。

    自分が食べるものがなくても、平気で他人にあげてしまうのだった。
    自分の子どもに食べさせたいから、母は泣きながら鳥を殺していた。
    だから、私はジッと血の流れるのを見ていた。
    あれは、母の涙だったのだ。

    関係ないかもしれないが、自分は恵まれていた。
    だから、子どもには何でもしてやるつもりだ。
    たとえ、自分の命が消えてもかまわない。
    自分の子どもに、自分が接触する子どもに、できることは何でもするつもりだ。

    これが自分の決めた生き方。
    死ぬまで変えるつもりはない。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (5)   ▽仮面を被った極論の部   ---

  • >>172

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (4)

    ▽仮面を被った極論の部

    ▼1束にする例

    このような発想をする人は→子どもと対話をすることなく、子どもを決め付ける人である。子どもは1人1人違った受け取り方をするのだ。大人(教師)が「自分の結論が先にある解答」へ子どもを巧みに連れて行くなら…子どもの「心」は消えてしまうのだ。

    某氏:

    これはものすごく間違ってるのでは・・・。
    一般に売られている卵は無精卵ですから。
    どうがんばっても生まれません。

    frogkn:

    幼児が無精卵を知っているが前提ですね、
    これはものすごく間違っています。
    あなたの発想はあなたにだけ通用するのであり、
    幼児全てに通用するのではありません。

    教員が新しい実践に取り組むことには感謝したい。しかし、給食の時間が終わると、養豚業者さんの車が待っている。子どもたちの食べ残しは、豚君の食事になるのだ。「食べ物への感謝」は一体どこにあるのだろう。こんな問題は、ニワトリを使う実践をする教員の学校では存在しないのだろうか。

    ※疑問点

    ▼1.
    4月に年間指導方針を決めるのだが、この教員の実践を管理職は承認したのか。それとも、ハンコを押しただけなのか。教育課程に「育てたニワトリを殺して食べること」は存在しない。当然、管理職は疑問を持ち、担当者と話し合いをして決めるはずだ。

    ▼2.
    この教員は、保護者に連絡して了承を得ていたのか。連絡ではなく1人1人の了承を得ていたのか。生き物を殺すなら、保護者の了承を得るのは当然だろう。宗教上の理由により肉を食べない人がいるかもしれないし、身体上鶏肉を食べられない児童が存在する可能性もある。食べるのは、命を保存するのが目的であり、身体があって、生きているからこそ考えることができるのだ。

    ●追記1…農業高校でニワトリ調理をする子どもたちのこと

    実習をする子どもたち。子どもたちは希望してこの学校に入学したのだろうか。入学前にニワトリを殺して鶏肉にすることを希望していたのだろうか。卒業後、これを一生の仕事にするのだろうか。本県では「家庭科」はなくなった。農業高校はどんどんなくなり、現在は4校しかない。定員に達しているのは1校だけであり、他の学校では50%未満。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (4)   ▽仮面を被った極論の部   ▼1束

  • >>171

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (3)

    ▽仮面を被った極論の部  

    ■ニワトリを飼育して食べる授業への疑問

    鶏を飼育したあと、食肉として処分、その肉で子どもがカレーを作って食べる。A県0町の0小学校で5年生のクラスが、こんな授業を進めた。「残酷だ」と保護者から反対の声があがり、解体、調理を目前にした12日、中止になった。「食と命の尊さを教えたかった」と担任。地元では、子どもたちも含め賛否両論がある。


    命の尊さを持ち出されたら、何も言えない。人間はいろいろな命を奪って生きているのだから。ニワトリは鳥類、豚は哺乳類、マグロは魚類・・・命がある。では、植物を殺すのは気にしなくていいのだろうか。野菜だってちゃんと生きていたんだ…小麦粉だって、小麦が一生懸命育てた小麦の子どもを粉にしたのだ…米だって、豆腐だって、、、。
     
    命の尊さを教えるために、なぜ生きているニワトリを殺すのだろうか。実際に子どもに殺させないと、命の尊さが分らないのだろうか。自分で飼育した可愛いニワトリだって、殺して食べないと人間は生きていけないから、感謝して鶏肉を食べることを教えたいのだろうか。

    この教員の考えが間違っているとは思わない。とても素晴らしい実践かもしれない。詰め込み暗記学習をさせるより素晴らしいかもしれない。

    しかし、

    ・衣食住は…人間全てに共通なのだろうか。
    ・どこの家庭でも鶏肉を食べるのだろうか。
    ・どの子も鶏肉を食べなければいけないのだろうか。
    ・菜食主義者は間違ったことをしているのだろうか。
    ・ニワトリを殺さないと“命の尊さ”が分らない理由は何だろうか。

    卵を食べることだって「命を奪っている」のだ。卵を孵化させれば、可愛いヒヨコちゃんが誕生する。このことを知った私の娘は、卵を食べなくなった。これは間違った考えなのだろうか。

    私はしつこく言いたい。

    子どもを1束にしないで欲しい。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (3)   ▽仮面を被った極論の部    ■ニ

  • >>170

    ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (2)

    ▽仮面を被った極論の部     

    授業中の私は悪魔かもしれない。姿勢が悪いと叱るし、片手をブランと降ろしていても叱るから。姿勢が悪ければ、背骨が曲がる…健康にいいはずがない。机に頭がつきそうになって勉強すれば…目に悪い。片手をブラン…他人が見たらどう思うか。自分は一生懸命やっていても、他人からみれば良い印象を受けない。無意識でやっていることで他人から悪く思われるのは損だ。

    上の事をする子どもに共通することは、体力がないことである。だからこそ「楽な姿勢」を教える必要があるから厳しくしているのだ。 ※もちろん、該当する子どもには「体力のつけ方」を教える。

    私の叱る声だけを聞いて、「厳しい教師だ」と断定されるのは不快である。私ではなく「叱られる子ども」を見て判断するのが当然だろう。子どもがニコッとして姿勢を正しくするなら、何の問題もないことだろう。

    もちろん、これには前提がある。脊髄の話、目の話、クセの話・・・全て話をし、子どもの了解をとってあるに決まっている。それがなければ、子どもは「なぜ悪いか分からない」から素直に姿勢を直すなんてしない。反発するだけに決まっている。

    前半に書いたことだけを見る教師によく言われた:

      frogさんは怖いから、生徒は言うことを聞くしかないでしょう

    強制すれば生徒は反発するに決まっている。強制とは…生徒を全く見ようとしないことであり、生徒とは何かを一般論で1束にすること。人間は誰だって鼓動する命があることを忘れないで欲しい。

    (続く)

    Thank you for your time♪

    先生はいじめっ子? ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (2)  ▽仮面を被った極論の部     

  • ※命は消えてしまうのか ーニワトリを殺して食べる授業 (1)

    ▽仮面を被った極論の部     

    --- --- ---
    あなたのおっしゃる1束とは、
    そう、花に例えれば、大きく咲くも、小さく咲くも、
    それは一本一本違うのだから、
    それを同じ花にしようとして、肥料を与えてはいけない。
    このように理解して良いですか?

    いやしかし、それにしても 
    この世知辛い世の中、花を咲かせようにも寒すぎますね。

    by DMOY
    --- --- ---

    人間社会は3次元だから、1つの物をどこから見るかで違った形に見える。私は極論を言うけれど、それは「こんな見方も出来るよ」と言っているつもりだ。一般的な見方もできるけれど、それは「全てを同一視する」ことであり、“問題を抱えている人はいない”ことを前提にした見方だと思っている。

    ここで私の極論と、なぜそのような極論を持ち出すかを説明しよう。ネットに首を突っ込んで3年たったが、個人と集団の実践にはほとんど出会えなかった。個人と集団を考え、連携を目指さなければ,人間社会は「ばらばら個人の集合体になる」可能性が高い。ニワトリを殺して食べる授業を敢えて取り上げたのは、「命」をどう捉えるかを考えてほしいからだ。

    命を取り上げれば抽象論になる可能性が高いから、好き勝手なことが書いてあるかもしれない。最後まで読んでもらえれば、私の極論は教師への提案であることが分かってもらえかもしれない。子どもへの話題提供の1つとして使ってもらえるかも知れない。個人の素晴らしい実践は、他人が使ってくれるからこそ「命」があり「生きている」ことを分かってもらえるかもしれない。集団とは、集団の輪とは…個人が存在するからこそ成立することを分かってもらえるかもしれない。

    (続く)
    (自サイト抜粋)

    Thank you for your time♪

  • ※猫を生き埋めさせる教師

    良い、悪い、どうでもいい、、、さて、どれだろう。

    産まれたばかりが悪かったのか。
    子猫だから悪かったのか。
    生徒にやらせたから悪かったのか。

    それとも、猫だから悪かったのか。
    猫が悪いなら、犬も悪いだろうね。
    要するに、ペットになる動物だから悪いのかも。

    子どもたちに育てさせた豚を殺して食べさせる、、、これは問題ナシかな。
    どこかの大学教師も関係していたようだから、最高の教育なんだろう。

    自分にいわせると、
    … … …
    教師さん、可愛がって育てると、それはペットなんだよね。
    そんなことを子どもたちにさせるなら、
    あんたが可愛がって育てている、あんたのペットを殺して、食べてからやりな。

    人間が生きて行く上で、やむを得ないことだと教えたつもりだろうが、
    ペットだって、人間が生きて行く上で、必要な場合もあるんだよね。
    子どもの心を考えられない教師さん、あんたのような人を
    「教師はいじめっ子」って言うんだよね。

    ついでに言うとさ、
    植物だって生きているんだよ。
    植物は植物語で話してるかもね、あんたにゃ聞こえないけど。
    … … …

    さて、子猫たちの話は、どうしようか。
    もちろん、担当教師が、あまりにも常識がないのが原因だが、、、。
    このような場合、保健所の存在を考えられないのだから。

    以前、自分が書いた「ニワトリを殺して食べる授業」を再掲載してみよう。

    Thank you for your time♪

  • ※個人と集団
     (自サイト導入部の一部抜粋)

    “個人を大切にするのは誰なのか?”の疑問があります。
    離れ小島に独りで住んでいるのでなければ、他人の存在があります。
    自分を大切にするなら、他人はどうでもいいのでしょうか?
    他人から見れば、自分が他人です。

    “集団の中で、自分を大切にする方法”を考えてみたいのです。

    現在は、あまりにも
      「個人」と「集団の輪(和)」
    が別々に考えられていると思います。

    個人と集団は切り離せなません。
    個人がいるから集団があるのですから。

    では、集団が成立すると個人はどうなるのでしょうか。

    集団が成立するためには、「規律」が必要でしょう。
    集団の構成員は、自分たちの規律を守らなけばなりません。
    守らなければ、集団から脱退あいは除名します。
    脱退者が多ければ、集団の消滅に繋がります。

    不登校(あるいは登校拒否)者は15万人、そして、高校中退者は14万人。
    言うまでもなく学校は集団組織です。
    集団組織からの「脱退者」がなぜこんなに多いのでしょう。

    Thank you for your time♪

  • ※教育って何だろね、、

    トピを作ったから、続けてみよう。
    で、教育とは何かとなる。
    一億総評論家がいわゆる教育の世界かな。
    しかし、一億の人は一人ではない、当然すぎることだろう。
    だから、「人それぞれ」という言葉が存在するのだが、
    評論家は一まとめにしてしまうことから、一億総評論家となる。

    教え育てるから教育なのか。
    ここでは「自分は偉い発想」が前衛となるだろう。
    教えるのだから、対象より優れている発想でもよいけれど。

    この場合、対象は自分より上に行ってはいけないだろう。
    さらに、上に行くこともないだろう。
    教える人が最も偉いのだから、彼を抜くことは教えに反すること。
    さらに教える人が最高の知識・知恵・方法を備えているのだから、
    それより優れたことはできるはずがない。

    すると、人間社会は原始時代のはず、
    教育者は自分が今できることを、誇らしく語るだけであり、未来がない。
    未来とは、自分より年下の人間の存在のことであり、
    その存在がどのように生きるかは、教育者に分かるはずがない。
    (分かるという人もいる、、、これがいわゆる宗教家)

    と、勝手な発想を書いたが、教育って何だろね。

    Thank you for your time♪

  • [?]が見えないとはな(笑)。
    抽象論で他人蔑視など、お笑いの世界だよ。
    自分の実践ナシの抽象論など、妄想の世界だ。

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