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    ゆめ 3月29日 11:02

    >>70

    若竹千佐子著 『おらおらでひとりいぐも』 芥川賞
     遠野という土地を知ったのは柳田国男の『遠野物語』だった。
     『遠野物語』を読んでそのフォークロァ性に遠く旅情をそそられて、遠野地方の旅もした。
     (旅から帰ってから、柳田国男の民間説話採集法に学術的にすこし問題があるとも教えられたが)

     そのフォークロァ的遠野言葉を、若竹千佐子の『おらおらでひとりいぐも』は独白スタイル調で駆使して、成功している。
     この作品をNHK的共通言葉で書けば、別にこれといった特徴のない独居老婆の平面的なおしゃべりと化したであろう。
     その平凡さから救い上げ、老婆の独白調にさらに彫りの深さと重みを添えたのが『おらおらでひとりいぐも』の、遠野言葉だろう。

     とはいうものの、ユーモアも混じっていて、読みながら
    「クス」
     と笑ってしまったが。

     (このユーモア部分を作者は読者の笑いを計算しながら書いたのだろう、と推理しながら読んでいた)

  • テレビタレントのベッキィの(妻帯者との)恋愛は、バッシングされたが、瀬戸内寂聴などの小説のヒロインの(妻帯者との)恋愛は、バッシングされない。(バッシングされないどころか作者の瀬戸内寂聴は文化功労者であり文化勲章までもらっている)

    なんで?

    テレビタレントへのバッシングは低劣スキャンダル賤門醜刊誌がする。
    しかし小説の読者はスキャンダル賤門醜刊誌ほど低劣ではない。

    そういう事かな。

    テレビ視聴者の恋愛観は低劣で、小説読者の恋愛観は低劣ではない。
    そういう事かな。

  •  70代が 273 人で、80代が 125 人だった。(合計398人)

     この数字は2年前の 2015年(平成27年)に某市の文学賞に応募した70代 80代の人数である。

     あれから2年経って、この398人は未だ書いているかな?

     2年という年月は若い人の体力にはそれほど影響を与えないだろうが、70代後半の人間にとっては、老衰への下り坂道である。

     そうだなぁ。2か月単位で、われ老いたりを実感するからねぇ。

  •  コメント71は、館長(間諜。浣腸)と自称する人の投稿だったが消えている。

     ばってん、その内容は覚えちょるけん、それを引用のして、以下におらの考えを novel っちゃ。

    館長殿 参る
    拝復 
     わざわざのご挨拶(71)、痛み入ります。

    >私は「鹿児島弁は日本語ではない」という雑言を吐いたことがあります。冗談のつもりでしたが、当然ながら、相手を怒らせてしまいました。不徳の致すところであります(笑)。

     「不徳の致すところ」ではなかぞ、菜飯。(漱石)
     「鹿児島<言葉>を話す人は日本人でない」と言うちょるの同じで、それはいけんぞ、菜飯。

     「不徳」では無(の)うて、館長殿の言霊感性がゼロのせいだっぺ。

    >私は国言葉はできません。出身地の栃木弁もできません。

     「国言葉」は合格ばってん、栃木「弁」は栃木「言葉」だんべ。

     今年の秋は、秋というのに冬のように寒い日が、おますなぁ。
     そんじゃけぇ、お風邪など召されないよう、お体お大切に、お過ごし、つか~さい。

     それでは、ご機嫌よう。
                          敬具

  •  秋空に ちぎれ雲が 白く 浮かんでいる。
    遠くの秋の海も 白く 光っている。
     予想気温19℃

     「おらおらでひとりいぐも」
     岩手県の土地言葉です。

     土地言葉は弥生時代から約2000年、連綿と続く日本列島の伝統土地言葉じゃけ、awfully美しかぁ。

     列島南端の鹿児島県人の言葉と北端青森県人の言葉などは(文法は同じでも)名詞などが違うから、税金や兵隊を集めるのに苦労した冥時(迷路)新政府は、政府発の命令用言葉として共通語を人工人造し、学校を通して国民に強制使用させた。(土地言葉を使った生徒は罰せられた。方言札)
     後にNHKも電波を通してNHK言葉を全国にまき散らした。

     ばってん、そういう共通語・NHK言葉の歴史は130年?ぐらいか。
     伝統土地言葉のほうは約2000年の由緒あり。

     最初に引用した 「おらおらでひとりいぐも」 は2000年の由緒がある。
     
     「おらおらでひとりいぐも」 は若竹千佐子氏(63歳岩手県遠野市生)の作品で、文藝賞(河出書房新社2017年8月)を受賞した。
     
     岩手県遠野。
     フォークロアを求めて旅したこともある。
     懐かしく遠~い名である。
     
     『遠野物語』(柳田国男)は土と深い森と人間の匂いがぷんぷん、立ち昇る。
     よかね。

     「おらおらでひとりいぐも」を、他の土地言葉に言い換えると、
    「わてはわてで、たった独りでも、行きまっせぇ。行きまんがな」
    「うちはうちで、独りでもかまわへん。行くえ」
    「おいどんは独りでも、行くぞなもし」
    「おまはんなんか、眼中に無か。おらは独りで行くけん(行くっぺぇ。行くべぇ)」
     ・・・ ・・・などなど、いくつもある。

     共通語やNHK言葉だと「わたしひとりでも行きます」の一つぐらい?で、愛想がなか。
     共通語・NHK言葉は素性が徴税語であり徴兵語だから、愛想を求めるのは無理がある。 

     ばってん、土地言葉は生活言葉やさかい、次から次へとヴァリエイションがあるぞなもし。よか、よか。
     こんこん溢れ出る豊富言脈たい。

  • >>65

    >・・・同時代の有名人物と作者が創作した魅力的な人物を登場させて、くんずほぐれつ書き進めていけば、少なくとも・・・大衆小説になります。周辺の登場人物は名前と最低限の実録以外はいくらでも創作していいのだす。

    つまりあれですな。坂本龍馬が新撰組隊士に取り囲まれてあわや斬り死に・・・の瞬間、馬にまたがった白覆面の剣士が颯爽と登場する。
    これぞ誰あろう鞍馬天狗なり・・・ですね。

    作者は鞍馬天狗のほかに杉作少年や、なんとかという盗賊までフィクションしてますね。
    それですな。

    > 同人誌に発表する段階で、皆、いっぱしの作家になったつもりでした。

    うんだなっす。皆、若かったですね。懐かしかぁ。
    そして侃々諤々の合評会では皆、いっぱしの評論家にもなったつもりでしたね (^_^;)

  • 人生経験が豊富だと言っても個性的なものが書ける訳ではない。
    皆が似たり因ったりの人生なのだろう。
    作品に個性が無ければゴミ箱行きになる。内容もそうだが、文体、
    レトリック、など、どこかで見たような模倣では全く無理だ。
    賞を目指すなら個性で際立たなくては駄目だ。

    最近はやたら自分史講座のようなものが開かれている。
    自分の人生が特別なもので人に感心してもらえると勘違いして
    いるのかもしれない。自分の反省の為ではなく自己顕示欲で
    書いたものにはそうした傾向が露骨に表れている。
    講習ビジネスには自分史、俳句、短歌、小説、詩、などなど、
    ど素人相手に初心者レベルで儲けている講座が多い。
    中には自費出版で何十万もカモられる者もいる。
    同人にでも入って皆から叩かれてシェイプアップするぐらいの
    覚悟で努力するのは最低でも必要だ。自分がどのレベルにいるのか
    叉自分の才能を客観的にみられる知識が必要だ。

  •  樹木希林のオフィーリアが広告賞を受賞 

     80代まで生きると、若い時に信じていた社会諸システムが実生活に適合しなくなって破綻したり、崩れて行く現実を、何度も体験した。
     家族、婚姻、恋愛、親子の事、長寿・・・などなど・・・
     
     そしてそういうシステムの破綻と崩れは、システム内部の欠陥のせいではないかと疑うようになり、同時に新しい流れ(人の生き方)を自分でも模索していた。

     樹木希林扮するオフィーリアのあの広告を最初に新聞で見た時は、ああ、やっぱり、今までのものに疑いを持ったり、旧が崩れて行くのを察知している人たちも居る、と同感した。

     そして今回の受賞である。
     私の疑いと崩れ察知に再度自信が持てた。

     崩れの向こうには新しい生き方がある。
     そういうものを書いてみたいです。

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