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真夜中の秘宝館

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  • 2017/10/20 02:41
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    さて、はばかりながら、「真夜中」シリーズの第三弾であります。
    相変わらずの発作的な立ち上げでございます。
    ついては、あくまで不定期、かつ気まぐれに独演会など催す次第です。
    もの好きな方だけおつき合い下さい。もの好きではない方はせいぜい一瞥
    するだけにおとどめおき下さい。その程度の与太トピであります。

    まあ、何か取っかかりがあったら、突っ込んでやって下さい。
    以上、簡単ながらご挨拶ということで。

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    prairial_2018 10月20日 02:41

    ※承認欲求

     省みれば、このカテに流れてきたのは十年前なのだった。それ以前、某カテ某トピで…あまり大きな声では言えないのだが、エロ小説を書いていたのですな。それも、エロジュブナイルという…まず誰も書かないような分野であります。タイトルは「アドレッサン」…フランス語で思春期という意味かな。まあ、そんなことはどうでもいいけど、ともあれ、半年に渡ってほぼ毎晩「連載」していた。それは一種の狂気でしょうな。でも、創作というのはそういう狂気と皮一枚という気がする。キーワードはタイトルに述べたように承認欲求の充足というところでしょう。書く込むと何がしかの反応が返ってくる。おそらくは世辞だろうと十年前の私も意識していたけれど、世辞だろうと何だろうと何らかの反応が返ってくることは脳内の何かを刺激するんだろうな。逆に、まったく何の反応も返ってこない創作の場でなかなかモチベーションが上がらないのももっともなことだろうと思う。誰かが読んでいる…という程度では承認欲求は充足されないもので、やはり誰かが何らかの反応を示してくれなければなりません。もちろん、かつての私もそうだったのです。支持者はいたけど、その以上に敵対者が多かった。所詮、その辺もパワーバランスであり、敵対者の声が大きくなれば、支持者は黙り込むという図式ですね。それゆえ、私はこのカテに来たということさ。そりゃ、毒にも薬にもならないことを書いていれば毒矢を浴びせられることもないけど、それじゃ、つまらないじゃありませんか。

     当時を思い出すに、私の「ファン」なる者まで出現したのであった。敵対者からの批判をかわすために、メールによる配信などという姑息な策を編み出したのだが、応じた人が複数名いたことに私のほうが驚いた。ついては、当時書いていたストーリーの外伝などというものまででっち上げて配信した過去があったりする。いかに当時の私が調子こいていたかがわかる。この作、原稿用紙換算で四百枚近くまで書いたのであるが、まだ終わっていないという長大なエロ小説なのでした。そんなものを律儀に読んでいたやつがいたんだなあ…それもまた何か妄執ではないかと思うんですよね。ついては、例のトピックは、私が去った後、いわゆる荒らしの襲撃にさらされて、トピ主の手によって「自沈処分」となったようです。今や私が書いた当時のテキストが未完成のまま手の内にあるだけですね。

  • ※三県志

     先日の関東向けのNHKのニュースで、北関東三県が協力してイメージアップに臨む、というようなネタが報道されていました。何となれば、総務省でやっている県別の知名度、周知度において北関東三県はワーストスリーなのであります。去年の調査では四十五位、四十六位、四十七位を三県が占めていました。どん尻はどこの県だと思われるかも知れないが、いかに私でもそういう不穏な発言はできません(笑)。で、三県が共同して東京で物産展みたいなイベントを打ったようです。ついては、三県からそれぞれ代表を出してアイドルユニットを組もうという企てが進行しているということで。ユニット名はすでに決まっているんだそうです。「ベビースター」だってさ。誰がつけたんだか知らないが、ラーメン様のスナック菓子を連想した向きが多いと思う。実際、どっかで聞いたような名前ではないですか。おそらく何かのパクリではないかと。メンバーが三人というところも同じだし。だいたい、センターが誰かでもめるのは必定。第一、茨城県代表を真ん中に据えた日には、何だか「水戸黄門ご一行」みたいじゃないですか。

     北陸三県だと金沢を擁する石川県が盟主で文句はないのだろうけど、北関東三県は人口、経済力が拮抗しているんで、どうにもまとまらないのですね。今回のことだって協力しているようで実はどこの県もヘゲモニーを握りたがっていると見たな。実は、うちとこの足利銀行と隣の常陽銀行は一年前、持ち株会社「めぶきホールディングス」の下で経営統合したのですね。うちとこの県では…あくまで陰口ですが「独ソ不可侵条約」などと呼ばれています。要するに、どっちが最初に裏切るかということですね。埼玉県が盟主になってくれれば納まるだろうだけど、きゃつらは「埼玉県は北関東じゃない」と言うだろうな。

     はなはだ余談だけど、旧マシンが先週オシャカになったのであります。代替機があったので事なきを得たけど、モバイルパソコンはやはり一回り小さいので使いにくい。本日、旧マシンと画面サイズが同じノートパソコンが届いた次第であります。一週間で二度もパソコンのセットアップをするのはしんどかった。ともあれ、これでやっと日常に戻れるというものです。しかし、2004年のネット参入以来、修理なしで五年もったマシンは一台もなかったな。現マシンも三年だけ保証をつけたけど、いつまでもつやらわからない。

  • ※おわこん

     これから仕切り直しをして「闇の一人言」を始めようかと思っていたところなのであります。実は、これは某地方プロバイダのサービスで、同プロバイダではSNSと称していた。そう称するにはあまりにも過疎っていて、動きというものが感じられない静止空間でした。ともあれ、アクセスした者にはパーソナルページとでも言うべきものが付与され、何らかの書き込みができるようになっている。私はこれは簡易ブログとして使えるのではないかと考えた次第。アクセス権限のある者は基本的にそのプロバイダの会員だけで、それを持たぬ者は見ることさえできない。私はその点に目をつけたのだった。要するに、非公開の場なので、公開の場では書けないことも書けるではないかと考えたのですね。「公開の場では書けない」ことというのは、まあいろいろありますわね(笑)。ついては、そろそろ再開しようかと思って、久しぶりにアクセスしたところ…本サービスは12月4日をもって終了します、と但し書きが。いわゆる「おわこん」だったのですな。こいつを発見したのは七月のことだったのだが、その時点でさえ五ヶ月の命に過ぎなかった。私は最近参入した新参者なので文句つけられる立場ではないけれど、しかし、情け容赦なくつぶしてしまうものだなあと感嘆さえした。以前、OCNの会員だった頃にも、似たようなサービスがあったのだけど、これまた気がついたらなくなっていた。この掲示板もいつまでもつかなあ、と不穏当な発言をするのだけど、実際ここしか掲示板なんてないしなあ。私は亡命先を見つけてトンズラこくつもりだけど、いつかは有事があるものと想定しています。ともあれ、アクセス権限を有している人は見物に行ってみるのも一興でしょう。

     さて、話は変わるけど、そろそろパソコンがやばそうだ。フリーズした時に何度か強制終了したのがまずかったらしい。どうもスタートアップファイルに不具合があるようなのですが、取り合えず動くことは動く。代替機はあるので、「蒸発」ということはないのだけど、このマシンも五年動いたのだから御の字か。実際、修理に出すより新規に買ったほうが安いし。しかし、キーボードの故障が五年の間に二回もあったことは解せない。このマシン、微妙にいわくつきでした。でもまあ、三万五千円で買った格安機じゃしょうがないかな。中古機という手もあるけど、あれは当たり外れがあるからなあ。

  • ※計算機

     はなはだ唐突ですが、作家のトム・クランシー氏はとっくの昔に物故していたようです。1980年代、氏の著作に親しんでいましたが。ついては、気になることがあるのですね。氏の初期の著作「クレムリンの枢機卿」で、ヒューレットパッカードの計算機なるものが出てくるのですな。プログラムが可能という記述があるので、「ポケコン」のごときものではないかと。余談だけど、同作が書かれたのは1984年のことらしい。はばかりながら、その同時期に「ポケコン」なるものを持っていたのですね。カシオ計算機の…ちょっと機種はわかんない。一応、BASICが使えるものだったようで。理系の学生ならともかく、語学学生がそんなものを持つ理由はない。第一、使いこなせない。たぶん、高価なアクセサリーだったのではなかろうか(笑)。しかし、カシオやシャープではなく、ヒューレットパッカードというのがカッコいいではないか。1984年というと、まだパソコンは黎明期で海のものとも山のものともつかなかったのではなかろうか。あの日本電気のPC-9801だってまだ出たてで、しかも、初号機はパソコンの形をしていなかったはずです。ただの基盤だったと記憶していますが。さっき調べたけど、IBM-PCだってまだ出たばっかり。要するに、まだ信のおける技術基盤として確立していなかったのだと想像しますが。ともあれ、小説的小道具としてはHPの計算機というのはなかなかカッコいいのではないかと。しかし、理系の人間はそういう高度な計算ができる計算機というものを所持しているのか…というと、どうも自信がないのであります。実は最近、カシオ計算機の型番でfx-5800Pという、プログラマブル電卓を買っちゃったんですね。もちろん、アクセサリーでしかないけど。

     しかし、その心得のない文系の人間がその世界に入っちまうとのたうち回りますな。概念がわからん、言語がわからん…ほとんどサルが禅を学んでいるようなものでした。私も関連図書をしこたま買って勉強したのよ。でも、ソースコードに何が書かれているのかさっぱりわからなかった。以前ちょっと触れましたが、私がやらされたのはC言語であります。高級言語などと呼ばれていて、マシン語に近いほかの言語よりは多少わかりやすいと言われていますが、まったく歯が立たなかったねえ。自分が考えるよりはるかにアホだったと実感させられました。

  • ※資質の差

     今渦中の人である、かつて官房長官だった民進党の枝野氏が餃子市の出身だと知ったのは最近のことです。まあ、それはいいんだけど、宇都宮高校の出身であることに私は陰険な嫉みを感じていたんだよな(笑)。一応、県下のトップ校です。私は市内にある一格落ちの某高校の出身だから。あらためてウィキペディアで調べて衝撃的だったのは、私と同じ年だったということです。てめえ、若干四十六、七で官房長官なんかやっていいと思っているのかよ、とまたもや陰険な嫉みを抱いた次第であります。私だって県西の足尾町なんてド田舎の生まれでなかったら、もう少しましになっていたよ、と。この出自の差について考えることが最近多くてね。意志によってそれが克服できると考えているおめでたい人間がいるようだから。それを「敗北主義」だとなじるやつもいたな。私は事実を言っているつもりだけど。枝野氏が今…どういう形であれ、政界に身を置いているのはそれ相応の才能があるからよ。私は、金もねえ、能力もねえ、気力もねえ…という「三ない状態」だったので、今は世間の隅でのそのそ暮らしているのであります。あんまりそういうことは言いたくないけどね。

     これは創作の世界でも言えることではないか。才能もないのに努力したって何にもならない。もっとも、この才能っていうのはあるのかないのか本人もわからない。他人もそうだとはっきり指摘できない。ここら辺に悲劇があると思うのですね。そりゃあ「ある」と自惚れていなければ、戯作をものするなんてことはできやせんわね。でもまあ、いい加減あきらめる時というのはあるのだと思いますよ。逆算すればわかるじゃないですか。今の時代、新人賞取ったところで、そう簡単に「作家」にはなれない。順調に行ったって十年くらいかかるんじゃないか。その前に寿命が尽きてしまう人もいるんじゃないですかね。健康状態もあるからね。己の寿命と相談しなければならないような人はあきらめたほうが賢明でしょう。こういうことを放言すると、その根拠はいったい何だ、と突っ込みが入りそうだけど…それゆえに、私と同年の枝野氏を例に挙げたのであります。資質の差は歴然としているではないですか。それを認識するかしないかということに過ぎません。私と同じく同年生まれの衆がいるようなので、かような発言をした次第。すなわち、同世代でもスターもいれば有象無象もいるってことさ。

  • >>2469

    ※まあ、そうですな

     所詮は「旧世代」のぼやきですよ。あ、年は同じだったか(笑)。でもまあ、先に述べた理由もあって、普通の携帯電話さえ私は持ち歩かんのです。でも、確かに病院などで診察を待っていると(また始まった)、通常型二つ折り携帯電話(持って回った言い方だ)を使っているのは年寄りばっかだなあ。しかし、いわゆるSNSというのはスマートフォンユーザーを対象にしているようですな。Lineつーにはよくわからんけど、何だか漫画みたいなふき出しがぱかぱか出る…主にスマートフォンユーザー向けのアプリケーションのように感じたけど。要するに、常時ネットにアクセスできる手段を持っていないと対応できないツールのようですね。私はまだそこまで進化(一応、へりくだる)していないのよ。ネットはあくまで仮想であって、現実に優越する存在だとは思っていないのです。でもまあ、新規のメディアを目ざわりに思ってきたところでは、ひょっとすると、私も親父的「けしからん」的思考に陥ってしまったのだろうか。これはなかなかよくない傾向ですな。

     ともあれ、無事ご帰還のよし重畳にござる。向こうではコメントできぬゆえ、こちらで返答いたす。いや、正直言って、人さまのご旅程にはあんまり興味を持てないのだけど、やはり写真がかちっと決まっているという感があるなあ。去年安いカメラを買ったばっかりだということもあるけど、私は写真が下手でしてねえ。ブログというブツを立ち上げる気がないのは、その点が問題になっているのかも知れません。だいたい、私の周囲に意味のある被写体はないしね。ああ、はなはだ私事ですが、二十年前に構想した拙作を最近、設定を変えた上で改作しています。いや、頭の中でですけどね(笑)。書くかどうかはわからないけど、取り合えず今はその件に没頭しています。あるいは、その一件でご相談するかも知れません。

  • >>2470

    ※ それは

    明らかにゲームでしょう。
    そこの付近に現れるアイテムの回収、もしくはモンスターの捕捉です。

  • >>2468

    ※いや、だから

     真面目に受けてもらっては困るなあ(笑)。こちとら、本音半分冗談半分だから。ところで、ヤフーに吸収されちゃったけど、イーモバイル…でしたっけ、以前の製品ラインナップに、そこいらの家電量販店で安く売っているような固定電話のような携帯電話というのがあったわけですよ。実質は携帯電話なんだけど、バッテリーは内臓されていなくて、ACアダプターが電源です。早い話、持ち歩けない、動かせないのです。そのことに商品性を見出したのは私だけなのだろうか。すなわち、私は…携帯電話を持っているけど、持ち歩かないのです。要するに、「不携帯電話」です。誰からも電話なんかかかってこないし。ついては、私があの手の携帯端末に関して感じている面倒とはバッテリーなんですよね。使わなくてもバッテリーは減る。定期的に充電しなければならない…これが邪魔くさいんですね。それゆえ、充電しなくてもいい「携帯電話」に「おっ!」と思ったわけですね。イーモバイルは結局、数年前になくなっちゃったけどね。

     実は、最近、モバイルパソコンとでも言うべきものを買ってしまったのだけど…今使っているパソコンは三万五千円(アプリケーション抜きで)だったのに、十五万円もしたんだよな。サイズ一回り小さいのに。実はまだ箱を開けていません。機能的にはスマートフォンとさほど変わりはあるめえ、と私も思うし、同じような機能をあのサイズに封じ込めたのは進歩だろう、と思うのだけど、なぜかどこかあのスタイルが受け入れがたい。というのは…つまり何だ、そういうモバイルデバイスを持ち歩くこと自体、恥ずかしいと感じるということではあるまいか。ついては、その原点が何なのかわかりました。1989年にですね、世に出てまだ間がない携帯電話(あくまで名目です)を出張するに当って連絡用に持たされたのですよ。でも、そんなもん当時は誰も知らないって。お役目を終えて会社に電話する際にはたと困った。横浜の路上だったけど、「あいつ何やってんだ」と思われるのは必定であります。だから、人のいないところをわざわざさがして、立小便でもするように業務報告を行ったのでした。この辺のところ、ご理解願いたく。その件がトラウマになったので、私は今でもその手のデバイスを持ち歩かんのであります。ところで、先に述べた大学生風の若造はいったい何をしてたんでしょうね。その点だけお答えありたく。

  • >>2468

    今晩は……。何だか呼ばれたような気がして……。(=⌒▽⌒=) ニャハハハ♪

    はい、たみぃさんが言うようにスマホユーザーですが何か?
    そそ、スマホ=カメラ=パソコンみたいなものです。電話としての機能はあまり必要以外は使っていない
    かもです。最近はラインで送れば通話料も無料でやり取り出来るので、ラインでのメッセージ多し。
    出先でもブログや掲示板とかも覗けるし、たまに辞書代わりにもなっている。
    道案内、携帯ナビとしても使ってる。情報検索多しです。電話は会社くらいかなぁ。あと、ライン繋がって
    いない人との出先でのやり取り。

    主人とか娘とかはたまに暇つぶしにゲームとかもやっているみたいですが……。
    ネットニュースとか観るにも情報早いですもんね。

    パソはブログ更新するときとか、写真の配置並べとか携帯でアップすると文字の大きさとか並び具合が
    おかしな具合になる事が多かったので、そっち方面はパソにお任せ。動画も携帯だと電気食ってしまうので、
    なるべくパソで観るようにしています。そんなくらいかなぁ。

  • >>2467

    ※ スマホ

    >このカテでもスマートフォン所持者はたみぃさんだけではなかったのではないかと。

    ん、なことないと思う。HIROさんだって使いこなしてるし~
    うめさんだってタブレットユーザーだし~


    前提として一般論で回答します。
    個人の性癖や趣味嗜好、想像などは言い出したらキリがないし。

    >一時的にパソコンの代わりとして使えるだろうというのが私の目論見

    全面的にパソコンの代わりとして使えますな。
    もはや、パソコンの必要性を感じません。
    自分だけの事を言えば、アプリケーションとしてACCESSを使う時はPCしかないし、
    Excelでマクロを使う時もPCで行っているけど、一般的には仕事以外でそんなの使う人はいないし。
    ついでに言えばデジカメもナビも付いているPCです。(ただの電話機としてだったらガラケーで充分です)

    >どいつもこいつもちまちま

    ちまちましているのは使っている人ではなく、館長の感想です。一般論ではありません。
    何故ならスマホが1mくらいのサイズがあったら「ちまちま」とは言えないわけです。
    同じ機能を有するスマホを同じ使い方をしていて、サイズのみで「ちまちま」かそうでないかを
    区別するのは合理的ではありません。1mのスマホをどいつもこいつも使っていたら
    「邪魔臭い」というのは事実でしょうけど。小さなスマホを使っているのを「ちまちま」というのは
    残念ながら「僻み」を露呈しているようなものです(厳しい指摘か?)

    スマホは電話機ではなく、PCです。使い勝手を言うなら起動の手間、持ち運び、アプリのインストール
    などなどPCに較べ利点が多いです。文字の打ち込みに手間がかかるという指摘については
    フリック入力というブラインドタッチに匹敵する迅速性のある技があります。とはいうものの
    自分もスマホでは余り文字を打たないです。画面サイズが気になるなら大きな機種もありますし
    10インチタブレットならばもはやノートPCと変わりありません。

    とまあ、使っていない人に何と言っても余り伝わらないような気がします。
    スマホvsPCを少し離れて、電話機に置き換えましょう。
    携帯電話(ガラパゴス型)と昔ながらの固定電話(黒くて、ダイヤルに穴が開いててそこに指を入れて
    ぐるっと回すヤツ)とではどちらがお好みですか?ひょっとしたら固定電話の方!と答えるかも知れませんね(笑)でも、それを他の場所に持ち歩いて使う場合、その旧式の黒電話がコードを抜いても使えるものと仮定して
    どちらを持ち歩きますか? 電話帳も持参しなければなりません。受話器のコードはカバンの中で絡まるでしょう。
    なにより、その嵩と重さに辟易するのではないですか?
     
    まあ、そういうことです。

  • >>2466

    ※話は変わりますが

     実はですね、数ヶ月前から気になっているんですが、私んとこから一番近いコンビニエンスストアに、決まった時間になると大学生風の男が現れて屋外の壁際でスマートフォンをひねくっているのですよ。「あいつ、いったい何やってんだ」と常々思っていたんだけど。確か、コンビニエンスストアには無線LANを張っている店舗があると思いますが、あの野郎、ちゃっかりただ乗りしてるんじゃないか、と疑惑の念を持っているんですけどね。例えば、単に用を足すのが目的であっても、愛想の意味で何かものを買うのが仁義ってものじゃないですか。あいつは絶対何にも買ってないぞ、と私は確信してるんだけど。しかし、持っていない人間にとっては、「そんなに面白いのかなあ」という素朴な疑問がわいてきますな。病院なんかで診察を待っていると、どいつもこいつもちまちまちまちま…何となくイラつく光景なのだけど、そういうことを言うやつは今や「旧人類」と呼ばれかねない状況であります(笑)。私なんか普通の携帯電話を取得してからまだ十年たっていないもんね。過去の書き込みを思い出すに、このカテでもスマートフォン所持者はたみぃさんだけではなかったのではないかと。

     あのですね、この件いっぺん誰かに訊いてみたかったんだけど、どこの会社でもいいけど、スマートフォンを取得したとしましょう。で、まったく全然使わなかったら(電話機能も含めて)、いくらくらいに料金を抑えられるものでしょうか。それなら、取得する意味はないではないか、と思われるかも知れないが、この前、入院した時にはたと困ったのですね。バソコンの持ち込み自体は禁じられていなかった。でも、病室にネット環境がないから、外部と通信することが不可能なのです。とにかく、治療なんてインシュリンの注射くらいしかないものだから、基本的にひまなのですね。しょうがないから、日記よろしく同室人の言動などをノートに書いていた次第です。そんな長文を肉筆で書いたのは久しぶりでした。いやいや、そんなことはどうでもいいや。ともあれ、インターフェースがせこいということに目をつぶれば、一時的にパソコンの代わりとして使えるだろうというのが私の目論見なのでありますが、この考え方は妥当でありましょうか。しかし、ぶっちゃげた話、どっちかと言うと電話機能のほうがおまけであって、もうそんなもの必要ないのではないかなあ。

  • >>2465

    ※ 虚仮脅し

    >1980年でFORTRANですか…逆に何をやってたんだろう、と訝る次第ですが

    いや~実に正しい反応です。正解チャイムがあれば連打してますよ。
    1980年(81年か82年だったかも)に
    普通、どう考えたってこんな事やる必要もないし教える人もいない。
    しかし、これはワケありで、ある人物の深謀遠慮(その実、ハッタリ、またはコケ脅し)だったのです。
    それが30数年の時を経て、今初めて功を奏しました!

    何を言っているのかサッパリかと思いますのですぐに種明かしを。

    正確な背景(状況)は敢えて曖昧にしますが、要は学校でやらされたのです。
    それも全く脈絡なく、週一回だったと思うけど1~2ケ月くらい、突然、今までの内容と
    全く違うコンピューターのプログラムを始めることになったのです。
    我々は面食らいましたね。そもそも、理系ですらない生徒とコマでした。
    先生はコボルとフォートランで迷っていましたが、語感がカッコよいとの事でフォートランを採用。
    その当時はC言語やBasicの存在すら知りません。でも、それらではなくフォートランだったのも
    理由があったのです。
    このプログラム(コンピューターには一切触れていません。机上の勉強です)が終わる頃
    先生は言いましたね。「君たちもいずれ就職活動をするだろう。その時に面接で『学生の時に
    フォートランでプログラムを組んだ事があります』と言えば十分ハッタリになる。実際、嘘ではなく
    本当にやったんだし」
    「でも俺たち何をやっているかさえチンプンカンプンで、逆に何か尋ねられたら何も答えられないよ」
    「いや、大丈夫、フォートランについて質問できる面接官なんて今はいないから。面接官もソレを知らないと
    思われたくないから、そこをほじくったりは決してしない」みたいなやり取りだったかと。
    この頃(学生時代)はまだパソコンという言葉すら無かったです。
    記憶媒体はフロッピーではなく、カセットテープだったという時代です。

    先生の思惑の中には(君たちが受ける会社だから)が条件として入っていたはずですが
    その時は「なるほど、これは結構、相手をビビらせられますね」と納得したものでした。
    でも、実際に就職活動をする頃になるとそんな話はとうの昔に忘れてしまうか
    憶えてても、とてもそれを言う勇気がなかったりで、誰もフォートランの事は言わなかったんではないだろうか?
    実際、私も言わなかった。でも今回、ここで披瀝する機会を得て、館長がおみそれしたのであれば
    実に有効な武器だったのではないかと思う次第。30数年を経てやっと実弾として有効活用したというワケです。

    >数学のできないやつがコンピュータ関連業界に入っちゃいけませんね

    え~と、ところで私は明らかに理系人間でしたが、進路分けの時も実際の進学も文系のコースでした。
    (このいきさつを書くと長くなるので省きます)
    就職当時はコンピューターの職場活用もなく、のちのちPC作業が仕事になるとは思ってもいませんでした。
    今は営業も事務もまたどこの課でもPCが出来ないと仕事にならない事態になってしまいました。

  • >>2464

    ※えっ!

     そうですか、それはお見それしました。1980年でFORTRANですか…逆に何をやってたんだろう、と訝る次第ですが(笑)。実際、高校時分、私の臨席にMという男がおりまして、おそらくシャープのMZを操っていたようであります。だが、私は彼のやっていることにどういう意味があるのかさっぱりわかんなかった。いや、UNIXというのも懐かしいですね。新卒で入った会社で、このOSを履修させられたのだけど…はっきり言って何がどうなっているのかわからなかった。「××のディレクトリに××のファイルをつくれ」という程度のコマンドの意味さえわからなかった。要するに、OSというものが何なのか教えるための教程だったようです。当然ながら、私に全然伝わっていなかった(笑)。私が当時やらされていたのはC言語です。が、これが言語と言えるのか、というのが私の正直な実感でした。実際、機械にしか通用しない言語ですからね。これまで一応、人間の言語が専門だっただけに。コンパイルをかけるとシンタックスエラーの連発でして、要するに、初歩的な文章さえ書けない幼児のような立場にありました。たみぃさん、今にして思うけど、数学のできないやつがコンピュータ関連業界に入っちゃいけませんね(笑)。かなり惨めな思いもしましたしね。

  • >>2463

    ※ 1980年

    >個人的なことを言えば、1991年にエプソンの98互換機を手に入れた

    おおっ!そんな昔から?
    私のwindows歴は皆さんに較べ非常に浅く、最初に個人のPCを手に入れたのが
    2001年6月でした。(遅い自慢か?)
    この投稿を読んで私自身のコンピューターとの付き合いが始まったのがいつだったかを逆算してみました。
    何と!1980年でした!!(勿論、自慢だな、これ)
    1980年に簡単な演算結果を算出するプログラムをフォートランで書いていました。
    これは文字通り、鉛筆で紙に書いていたのです。
    しかし、やっている本人は何がなんやらサッパリでした。(謙遜は全く無く、本当に何やっているのか理解できなかった)
    その後、社会人になってからは長らくUNIXのワークステーションとにらめっこの日々です
    (これはOS偉そう自慢)

    館長は恐らく当時MS-DOSでマシンを作動させていたのでは無いかと推測します。
    DOSは現在、マシンの奥深くに潜ってしまって、その当時の知識は何の役にも立たなくなったと
    思われがちですが、PCの仕組みを理解するに当たっては、得難い経験になったかと思うけど、どうでしょう?
    あと、PCの不調でBIOSから入らざるを得なくなった場合にコマンドをブルー画面のプロンプトから
    入力する際に大いなる自信(不安が少ない程度か)になったはずです。
    またVisial Basicを記述するような事があれば、それほど尻込みしなくても良かったはずです。
    40万の投資はどこかに生きているはずと思いたいです。

  • ※1990年代

     はなはだ余談であるが、二十数年前に構想した拙作をサルベージして再構築している最中なのである。といっても、私は創作に関して一切書きものはつくらない。私は登場人物をストーリーを演ずる「役者」だとは考えていないからであります。頭の中でそれがあたかも実在の人物であるかのような感覚が大事ではないかと思いますが…まあ、小説手法なんてものは人それぞれなもので。さて、その拙作なんですが、1990年代の前半なんですね。まだ初頭は浮かれていたバブル経済の余波があったようだけど、その後、未曾有の大不況に突入した時代です。その当時の自治体の電算化(たぶん、そう呼ばれていたろう)の実態はどうだったのか、ということであります。まあ、こんな雲をつかむような話に反応する人は皆無だろうけど(笑)。個人的なことを言えば、1991年にエプソンの98互換機(この表現も当節はわかんないだろうな)を手に入れた次第であります。こいつには四十万くらいかけたのではないだろうか。本体は十六万だったけど、ソフトウェア(OSでさえ別売りだよ)やら周辺機器に金がかかったのですね。その頃、私は某通信機メーカーの子会社に勤めていたのですが、自社のパソコンにはものすごい値段がついていました。ほとんど乗用車一台と同じ値段でした。はっきり言って、まだ民生品とは言えなかったのですな。東芝のダイナブックに代表されるようなノートパソコンなるものは、何とか個人で持てるパソコンという意味で衝撃的だったのですね。しかし、職場ではパソコンの使い方なんて教えてもらってなかったな。わざわざ教えるようなことでもないということかな。

     その当時、講談社のブルーバックスで「32ビットパソコン(この言い方もかなり古いんだよな)」なる本を読んだことがあるけれど、この本が私の手元にあることが不幸だったのかも知れない(笑)。書いてあることはことごとく外れていた。そこいらのディレッタントが書いたのではなく、ある程度技術に通じた業界人が書いたものにも関わらず、である。Windowsが出現することさえ予測してはいなかった。未来のOSとして、確かIBMが推進していた「OS2」を予期していたようだった。それから、その後のネットワークの台頭などは頭にもなかったようだった。もちろん、1990年前後の技術的常識でものを語るならそれが妥当だったのかも知れない。

  • >>2461

    ※あ、どうも

     丁寧にご返答いただきまして恐縮です。ただし、言われていることがほとんどわかんなかったりする(笑)。ともあれ、エクセル、アウトルックの件はさておき…二ヶ月前にメールアドレスを某プロバイダの有料メールサービスに変えました。いや、フリーメールというのは取得が容易なだけにあまり歓迎されないみたいなので。その時は「Windows Live メール」でも何とかなったのですね。まあ、それほど急ぐことでもないので、今週中にもういっぺん試してみるつもりですが。というのも、その某プロバイダにおいてSNSというものがあるのです。いえ、地方のプロバイダですから、この掲示板よりも過疎っていますが、私はその点に着目したのですね。すなわち、誰も見ていないのなら、何を書いたって勝手じゃないか、と思った次第です。これは検索にも引っかかりません。そのプロバイダの会員でなければ基本的にログインはできないですから。ただ、メールアドレスがIDを兼ねているので、一度つぶしちゃうとログイン不能になります。したがって、今月に入ってメールアドレスの変更手続きをしていたという次第であります。というのも、事実上、会員以外は見ることさえできない場なので、かなりどす黒い話も書けるということですね。ついては、たみぃさん、会員は(まあ、私のことですが)メールアドレスさえわかっていれば、第三者をその場にご招待することができるんですね。招待者には漏れなくパーソナルページが付与されます。簡易ブログのごときものですね(コメント欄もあります)。その時ちくわさんを連れ込んだけれど、まだアクセス権限は持っているでしょう。そういう「虚の場」ですが、もしご興味がありましたら。

     そう、あの「ミッドナイトクラシック」はまさに私の独断的体質を形にしたようなものでした。ここだけの話だけど(公開上の場ではないか)、一時的にサクラを使って、本来の意味における店子の出現を待ったのだけど…遺憾ながら誰も現れなかった(笑)。そういうスケベ根性を諸衆には見抜かれていたというのが現実ではなかったかと。でも、NHK教育の「らららクラシック」という番組がありますが、曲が重なったことはほとんどなかった。が、それゆえ「何の話してんだ?」という印象を与えてしまったのは、けだし私の不徳の致すところであります。都合が悪くなると私は潔く謝っちゃうんだな(笑)。

  • >>2460

    ※ 2003問題

    PC担当を自認しているわけではないですが、何となく呼ばれたような気もしたので参上。

    >未だに「オフィス2003」なんか使っている貧乏人なんて私くらいだろう

    ふっ、ふっ、ふっ 私はoffice2000だ。勝った!(負けか?)

    >Windows7の下では、アウトルックもエクセルも動かない

    そんなコトは無い。動かないのではなく、動かし方が判らないなら有り得るけど。
    2003のサポートは終了しているはずなのでセキュリティ上の問題はこの際抜きで回答します。
    (動かないという詳細が不明なので、適切な事も言えないですが)

    ①既成のエクセルファイルが開かない(新規の起動はする)
     excelの2013とか2016でデフォルトの保存の仕方をした場合、2003では開きません。
     これは2003の問題ではなく、高位バージョンのエクセルの保存の仕方に問題があります。
     保存の際にファイル形式を97~2003で保存すればok。私は会社が2016で家が2000。
     なので、うっかり最新のバージョンで作ったファイルを家で作業する時によく間違えます(ダメじゃん)
     同じエクセルファイルですがアイコンの形が違うので一目瞭然です。

    ②起動が不安定だったり、起動しなかったりする
     2003のアップデートは済んでいますか?サービスパック(SP3)はインストールされていますか?

    ③全く起動しない(何らかの警告は出る)
     officeの2003からはネットワーク上で登録、認証が必要です。これは済んでいますか?
     済んでいないと機能制限されます(起動回数50回までだったっけか)
     ところで認証キーは正式なものですよね?
     その点2000は認証不要なので気楽です。
     ショートカットが外れているくらいなら参照し直し。もしくは元のフォルダのexeファイルから
     ショートカットアイコンをデスクトップ上に送るで対処。

    >「Windows Live メール」などという無料ソフト

    使った事はないけど、これはOutlookExpressの後継品だから、多少の言葉の使い方の違いはあっても
    Outlookの設定方法であてはめられるんじゃないかな?

    >「ミッドナイトクラシック」というトピックで

    あれは、確かにひとりよがりなトピックでしたね(笑)
    既存の客はとてもついていけませんでした。
    ただ、ずっと続けていけば、その類の人は漂着したかも知れません

  • ※はなはだ私事であるが

     今月初めからメールアドレス変更手続きを行なっていて、やっと新アドレスが発効した次第ですが、何の気なしに旧アドレスのアカウントを削除してしまい、新アドレスでアカウントを設けようとして、「あれ、アカウント設定はどうだったんだっけ?」と手が止まってしまった。というのも、このプロバイダのメール設定は普通のそれとはかなり違うのですな。設定方法のガイドの冊子は持っているけど、アウトルックの設定しかない。「Windows Live メール」などという無料ソフトを使っている貧乏人の世話はしてくれないらしい。実際、未だに「オフィス2003」なんか使っている貧乏人なんて私くらいだろう。もちろん、Windows7の下では、アウトルックもエクセルも動かない。かろうじて使えるのはワードのみである。さすがに、もうこの辺で最新の「オフィス2016」に更新しようと考えているのであるが、そもそもWindows7などというプラットフォームがすでにして古いのではないかと思うが(笑)。ともあれ、新メールアドレスでメールを受けられないと、某所にて新たにパーソナルページを取得することができないのである。近日中に解決しなければならない。

     ところで、これまた私事なのだけど、二年前までクラシック音楽のネタにしたトピックを構えていたことを思い出したのでした。お急ぎとご用のない方はひまつぶしにご覧いただきたい。トップ>学問(文系)>芸術 …のカテゴリーにそれはある。いや、まだサルガッソーの沈没船よろしく残っている(笑)。「ミッドナイトクラシック」というトピックで、カテゴリーの下のほうをおさがしいただきたい。私の独白ばっかり続くので、ついに気持ちが折れてやめちまった。畢竟、不教養な文学カテの面々をサクラにしたからだ、と今まで人のせいにしていたけど(笑)、一部にそういう声があったように「定石外し」が過ぎたのかも知れない。すなわち、誰でも知っているという選曲ではなかったのですね。初めて聴く曲について評価せよ、というのは無理というもんだ。が、そういう意識を当時は持てなかったのね。「俺の選んだ曲はいい曲だから四の五の言わず聴け」という態度だったのでしょうな。かといって、まさかモーツァルトの「アイネクライネナハトムジーク」ってわけにはいかんでしょう(笑)。だいたい、私の側にエピソードがないんだもん。

  • ※人生の岐路

     はなはだ私事ですが、四ヶ月前まで入院していたのだな。前にも書いたけど、私は高血圧、高血糖、高脂血症という…いわゆる「死の三重奏」ってやつを全部持っているのであります。取り合えず、血糖値と中性脂肪値が危険レベルに入ったので入院…まあ、有体に言えば「隔離」されたのだった。治療ったって朝方インシュリンを投与される以外に何もありゃしない。あとは飯食っておとなしく寝とれ、ということでしょうな。ところで、なぜか内科病棟では各房に花のシンボルがあしらわれているのである。私が放り込まれたのは「たんぽぽ房」でした。そのたんぽぽ房の先住民はなかなか壮絶だった。私の隣の病床の爺さんは脳梗塞で救急搬送されたクチらしい。辛くも命は取りとめたが、半身麻痺に追い込まれた。「たった一晩でこうなっちゃうんだからな」と嘆いていたけど、これまでの不摂生が積み重なっただけじゃねーか、と私は腹の中で毒づいたものである。私の向かいの病床の人はさらに運が悪かった。全身麻痺である。自分の意志では身体は動かせない、自力ではものを食えないので流動食を鼻からチューブで流し込み、もちろん下の始末も自分ではできない…という悲惨さだった。素人目にも「回復の可能性はあるまい」と思いましたな。私は何となく天の声を聞いたような気がした。「お前もこの辺で改めないと同じような憂き目を見るぞ」と。この同室者の惨状を見たことが一番の薬だったような気がする。実際、いわゆる生活習慣病は自覚症状がない。だから、危機感を持ちづらいのはわからんでもない。が、そこで高をくくるか、真面目に治療に取り組むかで未来は分かれるな。

     それにしても、血糖値を一日に四回も計るのである。朝飯前、昼飯前、晩飯前、寝る前に各一回。半月泊まっていたので、取った回数は実に六十回に及ぶ。各指ごとに六回も針を刺されたことになる。とにかく、代わる代わる「来客」があるのである。私が食わされていた飯は「カロリー制限食」というやつで、一日当りの総カロリーは1600キロカロリーに抑えられています。量はともかく味が薄いんだな。事前に「粉醤油」をしのばせておこうか、と邪心をめぐらせたのだが間に合わなかった。ところが、病院の売店でひまつぶしに雑誌を買いに行ったところ、小ボトルながら醤油を売っていたのであった。「ずるをしようか」という邪心が再び私の脳裏をよぎったのであった。

  • ※第二外国語

     大学などという不毛な場所に足を踏み入れた不幸な人種が本カテにもいるようだが、私みたいに世間的価値から見て一格落ちのセコ大に入った…いや、入らざるを得なかった人間にとっては徒労感はひとしおであろう。まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、どこの学部に入っても第二外国語というものを取らされるものであります。私の場合は、第一がフランス語固定なので、第二は英語しか選択できなかった。が、ほとんどの学生は語学をやりたくて大学に入ってきたわけではない。英語以外はたぶん未知の言語でしょう。その中から何を選ぶかと言われても、ほとんど手づるがないのではないか。要するに、何となく決めちゃうんだよな。一昔前なら、理系ならドイツ語、文系ならフランス語という一方的な位置づけがあったような気がするけど。これがもっと昔だと(ようするに戦前)、ドイツ語は質実剛健であるが、フランス語は軟弱…みたいな先入観があったような。だってさ、NHKの「ラジオ深夜便」で時折流される旧制高校の寮歌ってのは、たいてい初めのかけ声はやはり「アインス ツヴァイ ドライ」なのよ。「アン ドゥ トロワ」で始まる寮歌はたぶん一つもないのではないか。バレエじゃないんだからさ(笑)。こういう下らないことを言い出したのは、某ブログで見た記事なのであります。そのブログ主はドイツ語を選んだのだけど、別にそれを選ばなければならない動機はまったくなかった。成り行きで選んだ言語に興味なんて持てるはずもなく…実際、語学ってのは継続性が肝要ですからね。ともあれ、この第二外国語で単位を落とすやつというのが少なくはないらしいのだな。最小の努力で適当に処理したいのが本音なのだろうけど、それができないのが外国語というものなのですね。

     しかし、今あらためて考えてみると、何語であろうとほとんど何の役にも立っていないな。日本語ができりゃ何の不都合もないもんね。でも、考えてみれば、私はよく外国人からものを訊かれたような気がする。いつのことかおぼえていないけれど、秋葉原でアメリカ人とおぼしき人に「渋谷までいくらかかるか」と尋ねられたような。たぶん、わかると思うけど、キリスト教系の某宗教団体の折伏員から「救いの道」への勧誘を受けたこともあった。いいけどさ、ここは日本なんだから、英語で「折伏」するんじゃねーよ、と言いたい(笑)。英語、嫌いだもんね。

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