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気まぐれな志考

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  • 2018/07/13 23:01
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    どこかで
    誰かがささやく

    目にした現実と夢の狭間で
    それから
    何かを探していた

    何かが、何かでない自らを探そうと
    知ることを学び
    学びの中で
    現実と夢を観る

    ・・いったい
    誰が自らを導いているのだろう
    ・・いったい
    誰が現実と夢の世界を
    ささやくと云うのだろう

    そうだ
    気まぐれな志考から
    衝動へ駆られ
    自らへ答えようとしている自分がいた

    そうだ
    記憶へ答えよう
    自らの衝動のままの姿を
    見つめながら・・


    詩と散文を口語へ置き換え、自らの正直な言葉を投稿して下さい。
    文語でもOKです。
    ただ、なるべく分かり易く、表現したい趣旨の経緯を言葉へ繋げて下さい。
    その表現者の立場と経緯や、それからの想いを言葉で表現してみて下さい。
    形式は、問いません。
    投稿をお待ちします。

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    den***** 7月13日 23:00

    言葉は、肉体を表現する。
    しかし、肉体は存在しても。言葉を持たず
    また、言葉を理解しても、肉体を持たない者もいる。
    言葉は、実践を指示するもので、嘘や自己満足や、自己欺瞞の理由を作るものじゃない。
    言葉を表記に書くと、その理由が、何処から来るのか、きっと、個人は理解するだろう。
    肉体の経験が、また、理想とする希望の理由から、何を目的にしているのかが理由で
    結果、肉体に影響のないものなど、言葉の意味を成さない。
    実践の理由から、言葉が存在し、その理由を問うのは、道理で
    道理無くて、何を問うかである。
    言葉あり、そして、行動がある。


  • 「どうすれば、あなたを知れる?」
    そんな言葉が脳裏を過る。
    「生きるのは、捨てたものじゃない。ただ、感動がないと、生きてても
    つまらないのよ。理解なんて必要ない。感じるだけでいいの。」
    酔いの回った自分の顔を、叔母の辛辣な目が、私を見つめる。
    そんな目が、何を意味するのか、想像した。
    「あなたに、何処かで会った気がします。」
    「そうなの?でも、あなたは、初めてよ。」
    「何処で会おうと、関係無いかも知れない。
    要は、何かの目的のためです。
    不思議の想いを探すためかもしれない・・」
    「・・」

    あれから、叔母は、死んだ。
    気持ちの強い、九州女の意思が、僕の記憶に残った。
    叔母は、私の意思を示せと、夢で語りだす。

  • 「愛してる」

    唇を重ねた感触の記憶から
    きみを想う
    出会いが弾むような感動を与えた
    目に観えたものが、感覚に重なり
    きみとぼくの不思議を問うた
    「愛してる」
    何回、きみの耳元で囁いただろう
    そして、何回、身体を重ねただろう
    互いの想いが肉体の結実を希望し、そのことを想像した
    愛おしさと刹那さ、悲しみと喜び、感動と失意、裏切りと希望
    この現実の感覚を知るのに、自分の内側を見つめ
    きみの瞳の奥のきみと、見つめられる自分を見つめる
    重なる舌の感触が切なさを呼び覚ます
    「愛してる」

  • 僕たちは、完全ではなかった。
    そうした不安が、いつも心を過る。
    自分が、何故、存在するのかも理解出来ずに、自分の子供を産もうと
    していた。この世の現実で、自分が理解したことや、感情を、これから
    生まれる子供へ説明しなければならない。
    「犬や猫も、子供を産む。そうした行為の想いの理由は不安だ。
    動機があるから、存在の理由があった。」
    完全など、鼻からない。生きる情況から希望し、捏造しているだけかもしれない。
    ただ、想うのは、自分の子供へ期待するものは、自分の想いだということだ。
    この世に生を受け、憎しみを宿し、生の意味を問い、人の指針を問う人の言葉が
    多くの人を救うとしたら、それは、人のためでなく、自分のためである。
    自分の存在の根源への疑問こそが、疑問の答えかもしれない。
    人への愛を、祈る。

  • 誰もが利害の立場で、嘘をつく。
    社会へ、自分へ、そして愛する人へ。
    自分の存在する意味の理解から、嘘が正当化され、あるいは殺人が
    公認されたとしても、結果は、存在の理由の意味を問う。
    個人を照らし、その意味を問うとき、個人の確執を問うことなのだ。
    確執が人を活かし、その理由の根拠を失うとき、物語が生まれる。
    本気になれない自分が居たのだ。
    嘘が、蔓延する。

  • きほん、誰かと側に居て欲しくて、自分の事を想像した。
    独りでは、想像出来ないことを夢見ていたのに、人の事が嫌いになっていた。
    面倒臭くて、自分の義務が、日常の興味でしかなくなった。
    信じない事が、美徳のように想え、信じない孤独に涙した。
    孤独に慣れれば良いだけなのに、目的が観えない。
    遠い展望台を眺めながら、肩を叩く人に気づかない。
    そんなこと、あるはずもない。
    いずれ、気づくのだ。
    過ぎ去った記憶の中で、ふっとした、動作に重複して、自らへ答える
    「気掛かり」を抱える。
    想像の理由を探す。

  • 誰かが言った。
    驚いたことや、美しいこと、感動を目にすることが
    あれば、それだけで、生きる理由が生まれる。
    そうした、想いが在る限り、自分を信じたいと願う。
    例え、想いが現実と違っても、理解する友が居る限り
    現実を見つめようと想うのだ。
    秘めた想いが有る限り、あなたを見つめたい。

  • 子供の頃、両親の都合から、学校を何回か転校した。
    その頃は、母方の両親が同居し、家庭は賑やかで、私は、母方の祖父が
    とても好きだった。祖父の顔面の片方には、大きなアザがあった。
    「どうして、おじいちゃんの顔の半分は、青いの?」と私は聞いた。
    幼い相手へ諭すように、祖父は語る。
    「転んで、大きな石に顔をぶつけてしまった。とても、不注意な事だ。
    おじいちゃんは、馬鹿だから、おまえは、馬鹿にならないようにしておくれ。」
    「・・そう。でもね、違う。だって、僕は、おじいちゃん好きだもん。
    でね、今日、こんなことがあったの・・」
    と、話した。

    何処か、遠い未来の事、それとも、遠い過去の事、記憶が辿る、今を語る時
    誰かが、疑問を投げ掛ける。
    未来が過去であること、その認識が現在を意識すること、だが、進行形であることを
    意識は、記憶に留めねばならない。過去を知らない、世代の未来を尊重するための
    過去を評価することが、尊敬と畏怖を育むと想える。
    世代の目に、方向を与えるのかもしれない。
    指針の無い教えは、不毛である。
    否定出来ない。

  • 「同じ人間なのだから、そこは理解をするべきだよ。」
    と、課長が云う。
    「しかし、課長、クライアントが人間だとする保障を確認していません。
    ・・馬鹿げた話ですが、何かの目的から、私たちを利用しているだけかもしれない。
    ・・もしなんですが・・」
    「聞きたくない。そんなこと関係ないよ。何故、そんな余計なことを考えるんだ?」

    指揮者が棒を振る。
    リズムを崩さぬように、音の表現を指揮棒へ乗せる。
    やくざな商売だ。
    瞬間に消える音を商売とした。
    音の臨場が、現実を照らす。
    今の現実を照らす、指針の情感を求め、進む道の進路を占う。
    子供の迷いが、希望を託すのだ。

  • 「だからさ・・趣旨の展開が問題じゃないんだ。
    志向の問題だと想うんだ。」
    「ふん、何が志向だよ、金になれば、何でもする輩へ(おまえのモチベーションを
    維持しなさい)って説くようなものだろうが・・ゾンビに生身を晒すようなもんだろうが。」
    「・・じゃ、公表しなきゃ良いじゃない。」
    「うん、うん、そうだね。」と納得した。
    最近、書くことが馬鹿げていると想っていた。
    それこそ、他人事じゃなくて、モチベーションが持てないでいた。
    モチベーションは、自分のことなのだ。
    「おれには、志向なんて無いよ。それこそ、嗜好の域を越えない。
    ・・で志向を、おまえが教えてくれるのか?」
    「いや、そう、大した話じゃないですよ。」
    「もちろん、金の話は、絡むんだろう?]
    「そうなんですが、ですが、それじゃ、売れないですよ。」
    「馬鹿げた話だけど、苦労してお金を意識するなら、苦労しない方法を選択して
    当然だよね。そう、考える人って多くないか?もし、経済的な基盤がある人なら
    何を考えるんだろうね。余裕から、自分とか、人の生き死にを考えるんだろうか?
    ・・どう?面白くない?」
    「なんです、それ?」
    「だからさ、モチベーションのことさ。」

  • 最近、何気ない人の動作が気になる。
    妻の歩く後ろ姿や、気になる男女の動作など、特定の出来ない意識から
    何故か、心が和む。いやらしい意味でなくて、男女の歩く後ろ姿や、テニスでの動き
    首をかしげる動作や、足の動きなど、ちょっとした動作に、心が和み、愛おしさが湧き
    そうした相手の顔と眼を、じっと見つめてしまう。
    むしろ、こんな表現があるなら、「感動を求める欲求」に近い感覚で、視覚の全てが
    受け入れられている気がしている。
    もちろん、私は、そうした情景から、何故か、感動している。
    自分に理解できない、おかしな情景なのだが、それが何故か、心身の充足を
    与えている。
    色即是空、唯我独尊
    この言葉の意味が、どんなことを意味するのか理解できないが、今の情況の意味は
    私の感覚を表している。

  • 「眼がロンパリだよ。」
    と妻に云うと、慌てて、手を目玉へ突っ込むような仕草で
    手で顔を覆った。以前、ゾンビの映画で、同様な場面があった気がした。
    眼の動向は、交叉する脳の機能に依存する。左脳は右眼、右脳が左眼である。
    身体も同じ、交叉の脳の指令を受けている。
    脳のバランスが身体へ発現するものであれば、生理的な状況の確認は、メンタルを
    意味する。脳のメンタリティーである。
    意思の介在が無く、結果の判断から「病原」とされる。
    意識が、自己を統率できない情況を状況と区別しなければならない。
    そうした意識は、生の意識を区分する。
    自分は死んでいるのか、それとも、生きているのかの意識である。

  • 二分の一、四分の三、下左回転。
    手玉と先玉の反射角度と先玉の回転速度が、クッションの角度を決める。
    先玉が、吸い込まれるように、ポケットへ入る。
    手玉の誘導と先玉のポジション、番号順の先玉へ、手玉を誘導する。
    手玉の、押しと引き、分率の回転、それらが、正確性を得ると、最終の9番を先に
    3個、4個のコンビベーションで9番をポケットする。
    しかし、そうした打ち方は、邪道とされていた。
    相手に敬意を払う意味から、先玉を順番に落とすのが順当とされていたのだ。
    それは、忍耐を要求する打ち方だ。
    キューの先端を舐めるように、手玉の動向を操作することが、対戦相手への敬意と
    畏怖を与えるものだからだ。
    「ポケット右上へ9番を入れるには、殆ど、直列の先玉含めた間、3個の玉は、
    手玉の左、四分の一、下二分の一を突き、先玉の正面を狙う。」
    手玉が斜め引き回転、先玉が斜め押し回転、二先玉が斜め引き回転で、斜め押し回転で
    左へ反射、9番は左ポケットへ吸い込まれる。
    「予想」や「目測」、推測や演繹、他力的な力を排除し、自らの意思で、操作をする
    目的を確認することが出来る。

  • 堤防で魚が釣れた。
    竿を入れると、魚が食いつく。
    「面白いね。」
    と友人は云う。
    「でもさ、こんなに釣れても、こんなちっちゃな魚、食べたくない。
    きっと、とうさんは、骨があっても食べろと云うんだ。今から、それを
    想像すると吐きそうだ。」
    「はは、食べ物があるだけいいじゃない。」
    友人の楽しそうな横顔に、何故か、安堵する自分を感じた。
    何故、その友人と知り会ったのか、その友人の境遇がどうであれ、その友人
    の笑顔が好きだった。
    手が汚れて、水を探した。
    水道に「蛇口」と書かれていた。
    「なんだ、このヘビグチって?」
    「もしかして、それは、ジャグチって読むと想う。」
    と友人が云う。
    「待てよ、蛇口に、ジャグチって書くって、可笑しくないか?」

  • 夏が終わろうとする雨期の時期、友人の宅を訪れた。
    夏休みが近づいて、友人の弟たちは、雨の中を訪れる客を面白がった。
    傘もささず、ずぶ濡れの姿から、友人は、僕を心配した。
    「何か、あったの?」
    「きのう、おばあちゃんが死んだ。」
    「そうなんだ・・だから、濡れたの?」
    弟たちの笑い声が聞こえる。
    僕が聞く。
    「おまえも、笑うのか?」
    「笑って、ほしいの?」
    「そうだよな、馬鹿げている・・」
    友人は、僕の顔をジッと見つめる。
    「雨に濡れるなんて、どうでもいいのさ。
    それでも、見つめねきゃならない何かの方が、大切な気がしたんだ。」
    「そうなんだ・・」と友人は微笑んだ。
    そのとき、友人の眼を、ジッと見つめた。
    僕たちの間を、何かが通り過ぎた。
    何気ない会話で、僕らは、何かを残す。
    それが、記憶であっても、その記憶を追いかけ、自らを問うのは、切っ掛けで
    その理由を問うことは、なかったのだ。
    スタンド・バイ・ミー。
    きみの傍に居たい。
    僕の側に居てほしい。
    そんな希望から、彼は、僕へ問い掛ける。
    「何故、僕の家に来たの?」

  • 何かの因果で、この世に生を受け、その理由を自分へ問うとしても
    いったい、自分に何が出来るのか、また自分へ何をしてやれるのか、疑問を抱くのは
    勝手である。現実の行動こそが、自己の証明を認識すると同時に、自らの指針を問うことになると想える。
    ジャン・ポール・シャルル・エマール・サルトルという作家を紹介する。
    彼は、「実存」という概念を継承した、ひとりである。
    その彼が、云った言葉が印象的である。
    「現実へ淘汰しない言葉は無意味である。」
    この言葉の意味は、多くの理解を生む。
    何故なら、「実在」の疑念こそが、存在の根幹の指針を問うものだからだ。
    生存がある故の理由を問う経過を、自らへ問うのは、自虐的である。
    言葉は、そうした責任を負うのだ。
    言葉は、肉体である。

  • いつまで生きるのか?
    友人が死んだ。
    友人の死の悲しみよりも、何故か、死を覚悟する準備をする必要を感じた。
    私も何れ死ぬだろう。
    その死に様が、潔いもので在る為に、自分で心の整理をつけねばならないのだろう。
    「潔い」などと、自分への欺瞞だが、それでも、覚悟を持つべきなのだ。
    知り合いが、身障者を観て、人へ苦悩を与えることを許せないという言葉を聞いた。
    確かに、障害の理由は、他人には無い。それは、結果、自らが選択した理由であるはずだ。
    それを自己責任としないで、なにを責任とするかだが、如何せん、身体が動かない。
    その理由を他人に還元ができないのは、確かである。
    生きるために、できることの意味を自らへ認識することで、何ができて、何ができないのか
    理解する努力は、自らへ課せる責任を負うべきである。
    自暴自棄となって、他人を巻き込むのは、生きる理由にはならない。

    僕らは、多くの友人を失った。
    今の感覚から、それが、どういうことなのか理解できていない。
    それでも、きみを想う。
    それが、きみで在るように、僕で在ったようなのだ。
    想いの意味を実証するために、僕は、試される。
    愛することの意味を、そして、生きる目的の意味を探す旅かもしれない。
    だが、考えてほしい。
    生きるとは、死ぬことかもしれない。
    生きるために、死ぬことなのだ。

  • 人は、何のために生きるのか?
    早苗は、そんな事をを考えた。
    しかし、そんなことを想っても、現実を受け入れるしかない。
    何が無くて、何が有るのか、誰が居て、誰を愛するのか?
    知らず流れる涙の中で、早苗は決断するしかない。
    「私を愛してくれるなら、父さんが誰だろうと構わない。
    例え、何が目的であっても、私を愛してくれる。そう信じます。
    そう信じるしか、私には出来ない。
    それを受け入れるのが、私の使命です。」
    出来事の意味を理解するとき、その未来を見つめる。
    それが、どんな未来で在ろうが、何かの意思に動かされている。
    意思を見つめ、意思の覚悟を知るとき、未来が観える。
    何のために生きるのか?
    誰のために生きるのか?

    「きみを殺すつもりはない。
    しかし、生きるには、目的が必要だろう。
    きみが多くの人を助けるとしたら、きみの存在と時空を超えた意味がある。
    きみが僕を殺し、僕がきみを殺したとしても、僕らの現実は、それで終結する。
    しかし、早苗を見つめることは、未来を見つめることだ。
    分かってほしいのだ。」
    早苗が視界から霞む。
    意識が混濁し、クローンの彼は、私を見つめる。

  • 今晩、父は帰って来ないだろう。
    私を抱くと、父は、ホテルから無言で立ち去った。
    何が起きたのか、私には理解出来ない。いえ、理解したくない。
    父は、私との一線を越えたのだ。
    何故か、涙が止まらない。
    あんなにも、優しかった父が私を動物のように扱ったのだ。
    日記を書く手が震える。
    「早苗・・」
    後ろを振り返ると、父が立って居た。
    「おまえを愛している。」
    「・・止めて!」
    突然、父は、タオルで私の口を覆う・・。
    気が付くと、ふたりの父が、私の顔を覗き込んでいる。
    「早苗、どっちが本物のおとうさんか、判断出来るか?」
    ひとりの父は、拘束されている。

  • 何故だとか、どうしてだとか、そんなことは、どうでも良い。
    今を理解出来ずに、何事も進まないのだ。
    自分の命が短命だろうが、自分なりの確執を見つめようと想う。
    そうするしか、自分には選択肢が無く、この世に生を受けたことへ感謝するしか
    想いを選べない。
    感謝する対象は、おそらく、オリジナルだろう。
    だから、コピーの意味を知らせる必要を感じていた。
    もし、コピーの意味を問うなら、私は、存在しない。
    むしろ、存在を、私は拒否するだろう。
    私は、何故、存在するのか?
    きっと、誰も、そんなことは考えまい。

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