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歓迎 小説掲載

歓迎 小説掲載

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  • 2018/10/17 21:43
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    dream 10月17日 21:43

    >>2323

    君の為に
    第三章 戦いの日々
    第一節 傍に居るだけで 2

    「健! やっぱり貴方だったの」
     小夜子は以前から何かを気配を感じていた。やはり健であった。
    「小夜ちゃん危険すぎるよ! 一人で戦うなんて」
     宮崎は失神寸前で、もはや戦意を喪失していた。
     健は宮崎に詰め寄り「宮崎だな? お前が殺したのだな」
     宮崎は視線をそらして答えようとはしなかった。
    「そうか言いたくないか! なら言わせてやる」
     宮崎の左腕を伸ばして自分の膝に固定した瞬間、健の肘が勢いよく降りた。   イッリャア!! ゴキッーと嫌な音が響いた。ウッギャアー
     宮崎が左腕を抑えて転げ回った。左の腕が折れたのだ。
     まさに鬼の形相の健である「宮崎どうする! もう一本の右腕は?」
     尚も健は詰め寄り宮崎の右腕を取った。
    「ま、待ってくれ! 待って! 言う、言うから止めてくれ」
     さすがの宮崎も恐怖におののいた。そして宮崎は遂に白状した。その殺人を認めたのだ。しかしその依頼者は巧妙に仕組まれ、あの盛田一政ではなかった。
     「じゃあ他の二人は何処に居るんだ!」健は更に尋問した。
    「知らないけどもう日本には居ない。たぶんシンガポールだ」
    「シンガポール? 嘘を言うなよ!」 
    「ほっ本当だ! 暫く姿消すと言っていた」
    「二人ともか、で名前はなんて言うのだ?」
    「浜田孝介と沖田勝男だ。年は二人とも三十二歳だ.もういいだろう」
     他はなんど聞いても同じで、結局分かったのはそれだけだった。
     しかしシンガポールとは、これからどうして探せばいいのか
     健と小夜子は唖然とした。まさか海外に逃げていたとは……。
     小夜子は警察に電話していた。間もなくパトカーが、けたたましいサイレンと共に数台が現れた。健と小夜子は宮崎とその仲間を引き渡した。
     拳銃を所持しているだけでも罪は重い。殺人事件となれば、なお更厳しい取調べが続くだろう。健と小夜子も警察署で詳しく事情を聞かれた。
     それも三日も掛かった。それと過剰防衛も問われたが、人の心情を考えると警察も温情があったのだろう不問とされた。
     二人は警察署をあとにした。健と小夜子には、つもる話も沢山あるだろう。

     二人は池袋西口のメトロポリタンプラザ近くで落着いた雰囲気のレストランに入った。店内には、あのなつかしい映画主題歌「ある愛の歌」が流れていた。映画では公園に一人佇む青年がベンチに腰を掛けて恋人を思い浮かべる回想シーンから始まる悲しい恋の物語だ。
     その中で何度も流れる悲しさを誘うロメディ。そんな曲が健と小夜子の心をやわらげてくれる。
    「健……」小夜子はその宝石のように美しい瞳で見つめる。
     健は笑った「小夜ちゃんは本当に無鉄砲すぎるから」
     そう言いながらも微笑んだ。健は小夜子が東京に出た事に気づいて後を追ったのだった。そして健は探偵社に勤める事になった。探偵社のイメージと云えば素行、浮気の調査などが多いが中には警察官出身の探偵社も多い。
     健はその警察官出身の経営する小さな探偵社に勤めていた。健には好都合の職場となった。小夜子を捜すにも楽だった。また探偵事務所の所長は健の武術に惚れこんだのだ。

    つづく

  • 君の為に
    第三章 戦いの日々
    第一節 傍に居るだけで 1

     宮崎の表情は平然としている。慣れた仕草で拳銃を握り返し小夜子に狙いを定めて人差し指に力が加わる。その寸前!!
     ピキィーン空気を裂くような振動と共に宮崎の拳銃が弾き飛ばされた。
     宮崎は何が起きたのか分からずに廻りを見渡した。
     小夜子は眼を開けた。まだ撃たれてない一体どうしたのだろう?
     空気が裂けるような圧力で拳銃が手元から飛んだ。それは正に神業か?
     あの要山和尚の極意、波動拳であった。それを使えるのは……
     要山和尚直伝の技を取得した人間はただ一人。と言う事は? 宮崎の連れの男がわめいた。
    「だっ誰だ! お前は?」
     その男の前に長身の男が姿を現した。百八十五センチ精悍な顔立ちの男。
     堀内健であった。いきなりその男へハイキックが飛んだ。数メートルも男は飛ばされ動けなくなった恐るべきパワーだ。宮崎が何所かに飛んだ拳銃を探そうとしたが間に合わない。ウッリャアー!! 健の怒りの正拳突きだったが間一髪それでも宮崎は腰を引いてかわした。
     鋭い健の正拳突きをかわすとは、やはりボクサー経験者か?
     我に返った小夜子はやっと健に気づいた。
     やはり健は小夜子を影で支えていたのだった……。
     一撃は、かわされたが しかし健は空手と合気道の有段者。それも超がつくほどの人間である。宮崎のパンチが飛ぶ。右ストレート、左フック、右のボディブローと凄まじい反撃に出た。だが健は宮崎の左脇をすり抜けたと同時に一瞬の間に宮崎が叩きつけられていた。<横面打ち四方投げ表技>であった。
     間を置かずに宮崎が立ち上がり掛けたところへ顔面にハイキックを浴びせた。長身で鍛えられた肉体からの威力は凄まずかった。
     二回、三回、蹴りが飛ぶ容赦ない攻撃である。
     健の怒りが爆発したのだ。師匠の無念の死と小夜子を危険にさらした敵に対して恐るべし堀内健 怒りのパワーである。

    つづく

  • >>2321

    君の為に
    第二章 戦いの日々
    第三節 東京の空の下で 4

     だが、もう一人の男が小夜子に殴り掛かって来た。
    「このおぅ! ふざけやがって!!」
     小夜子の顔面にパンチが飛んで来た。がっ、小夜子は軽くバックステップして、かわすと首筋に手刀を浴びせた。男はガクッと膝から崩れる。今度は宮崎が反撃して来た。鋭い右フックが小夜子の顔面に飛んで来た。
     早い! ボクシングの経験があるかも知れない?
     かろうじて避けたがバランスを崩した。

     すかさず左のフックが来たスピードがあった。小夜子の頬をかすった瞬時に小夜子も、その左の肘を捉えて自ら背転する。肘の関節が決まっていた。これを力で堪えれば骨が折れる。宮崎はもんどりうって一回転した。ドスッ!と腰を打った。小夜子の(横手取り呼吸投げ)が見事に決まった。
     それが父、要山和尚の合気道。小夜子の凄さであった。
     もう一人、連れの男が小夜子の左足を掴んだが小夜子は右足のキックで、顔面を蹴り上げた。男は思わず手を離しが、すでに顔面から血が吹き出ていた。
     突然、宮崎が叫ぶ「動くな! このアマッー」右手に拳銃が握られていた。 
     さすがの小夜子も一瞬ひるんだ。顔面から血を噴出した。別の男が小夜子の背中にドスを向けた。
    「こうなったら女だって容赦しねぇ」ドスを持って男は息巻いた。
     宮崎が「待て! ここじゃまずいオイ! 車を廻せ」
     さすがの小夜子も抵抗が出来ない。男のベルトで両手を縛られた。
     その男がベンツを運転して来て小夜子を車に押し込んだ。 
     ベンツなんか持っているところを見ると、金回りがいいのだろう。
     どうせ裏家業は犯罪がらみだろうと小夜子は思っていた。小一時間で車は人気のない海岸に到着した。小夜子は車から降ろされた。ゆっくりと宮崎が近寄って来た。
    「そうかお前は、あの坊主の娘か」凶暴な眼で話し掛けた。
    「やっと認めたわね。男なら堂々と戦ったらどうなの!」
     小夜子は宮崎を挑発した。縛られたままではどうにもならない。
    「気の強い女だぜ、たがそこまでだな、すぐ楽になれるぜ!」
     宮崎は静かに懐から拳銃を取り出して銃口を小夜子に向けた。
    「可哀想だが秘密を知っている奴は生きていては困るのでな」
     小夜子も顔が青ざめた。まさか返り討ちになるなんて。恐怖と悔しさで小夜子は観念して目を閉じた。

    つづく

  • >>2320

    君の為に
    第二章 戦いの日々
    第三節 東京の空の下で 3

     そんな日があってから一週間が過ぎて矢崎組の松本から思いがけない情報をもらった。あのスナックで松本が刺された時の二人連れの中に小夜子の父が射殺された犯人と思われる宮崎仁がいたと言うのだ。
     小夜子は東京に出て来た目的が、やっとその形が見えて来たようなそれから数日後、小夜子は例のスナック周辺を仕事の合間をみて見張っていたが、長身の小夜子は目立過ぎる。出来るだけ用心して、姿が見えないようしていた。
     時刻は夜九時を過ぎていたが、都会の夜はこれから始まる。やがてスナックから二人の男が出て来た。
     あの松本が刺された時の男達かはハッキリ分からないが尾行する事にした、もし頬に傷があれば間違いなくあの宮崎だろう。二人はやがて表通りに出てタクシーを拾う気らしい。小夜子は三十メーター程、離れて歩いた。二人はタクシーに乗ると思っていた小夜子はその後を尾行する。タクシーをタイミング良く拾わなければと小夜子も大通りの車道近くに。゜が! 二人はタクシーに乗らないでまた歩道を歩き出した。
     小夜子は慌てた少し間を取って再び歩道に戻った。もう彼らは、かなり先を歩いていた。小夜子は変だなと感じたのも束の間だった。
     もう一人の男が小夜子の後方から不適な顔で現れた。
    小夜子は、シマッタと思ったが遅かった。
     その男は「お嬢さん何か用かい」と含み笑いをして声を掛けられた。
     小夜子はさすがに、たじろぐ……前を歩いていた男が引き返してきた。
    「ちょっと来てもらおうか」
     男はその不適な笑みを浮かべて小夜子を見え透いた。
    その瞬間、小夜子は見た頬に傷がある。やはり宮崎だ! 小夜子は気を取り直して「やっと見つけた宮崎……ね」
     宮崎の表情が変わる「な、なんだと。なんで俺の名前を知っている」
     今度は宮崎が驚いた「やっぱり宮崎ね、貴方を絶対許せないわ!!」
     小夜子は憎悪が吹き出て来た。しかし状況が悪い。
    「何だと、お前に恨まれる覚えはないぜ」宮崎の顔が強張る。
    「あの寺の事件の事を知らないとでも言うつもり!」
     宮崎は微妙な変化をみせたが「な、何の事!知らねぇぜ」と吠えた。
    「とぼけないで!! なら警察に来てちょうだい」と手を取ろうとした。

    つづく

  • 君の為に
    第二章 戦いの日々
    第三節 東京の空の下で 2

    「チョット待って応急処置しなくては今、薬局に行ってくるから待っていてね」
     小夜子はもう一度言った「そこで待っていて心配しないでいいから」
     小夜子は男を後に薬局に向かった。男はアゼンとして聞いていたがドスも抜けずにうめくだけだった。小夜子は包帯と血止め、ガーゼ消毒液などを買って来た。
     右手の手首をきつく縛り「眼を閉じて! 歯を食い縛って」
     小夜子は一気にドスをいっきに引き抜いて消毒液をかけた。男は物凄い形相で痛みに耐えていた。女の前でうめき声を上げたら恥だと思ったのだろう。
     それともヤクザのプライドだと思ったかは定かではないが応急処置が終わって小夜子は聞いた。「どうしてあんな事をしたの?」
     男は小夜子がヤクザだと解かったはずなのに平気でドスを抜き手当するなんて度胸のある女と思っているらしく。
    「そ、それは言えないが、あんたには助けてもらった」
     男は恐縮しながら「ありがとうよ! いずれ礼はさせて戴く俺は矢崎組の松本って言うんだ、助かったよ。あんた名前は?」
     小夜子はその言葉には答えずに。
    「分かったわ、今度逢う時があったらその時ね」と言った。
     小夜子は静かに立ち上がり公園を離れ街の中に消えて行った。
     男はペコリと頭を下げて小夜子の後ろ姿を見送った。

     東京は毎日、真夏の太陽が都会のアスファルトを照りつける。
     あれ以来これと云った手掛かりが掴めぬまま時が流れた。
     いかに気丈な小夜子といえども若き女性である。
     堀内健の事が頭をよぎる「ケン逢いたい……」都会の夜空を仰ぐ故郷の夜空と比べるすべのない。都会の暗い星の見えない夜空そこはただ孤独の世界が漂うばかりだった。仕事が終り同僚の女同士、食事に出かけた。
     池袋の東口、サンシャインの手前に映画館が並ぶ通りを少し入った所の洒落たレストランに入った。
     そして小夜子と連れの二人の女性は食事と会話で盛り上がっていた。その一人の女性が化粧室に行くと言って席を立った。その先のテーブルに三人グループの男達が食事をしている。一人の男が急に立ち上り通路に出ようとした所にちょうど運悪く小夜子の、連れの女性と接触した。
     弾みでテーブルに乗っていたワイングラスが倒れてこぼれた。
     男がいきなり怒鳴った「オイッ何処に目を付けてやがる」
     いきなりの、大声に女性はうろたえる。
     見るからにヤクザだと思われる風体だった。
     女性は「ご、ごめんなさい」と言うのがやっとで顔面が蒼白になっていった。「おいっスーツが汚れたじゃねぇか、どうしてくれるんだ。あぁー」
     男は怒鳴った。小夜子の連れの女性は泣き出しそう顔で「ご、ごめんなさい」そう言うのがやっとだった。小夜子は異変に気づいて彼女の側へ駆けつけた。

    「どうしたの?」と二人の間に入った。男は「どうもこうねえぜぇ」
     更に意気込んで見せたヤクザ特有の威嚇的な態度だ。
     小夜子は男に向かって「何もそんなに怒鳴らなくてもいいでしょう」
    「な何だと、この~~~? あっあれっ? ……あんたは」
     男が言葉が急にトーンダウンした。男は小夜子に気づいたらしい。
     小夜子は「えっ?」と一呼吸置いて「あっあの時の人ね、偶然だわねぇ」
     偶然にドスを逆に刺された矢崎組のそれは松本だった。
     松本は急に態度を変えた「あの時はどうも……いやぁ面目ない」
     そんな二人を小夜子の同僚が唖然として見つめていた。
     それからの松本はヤクザとは思えない優しい対応だった。
     松本は組の二人の仲間に事情を説明した。するとその二人は笑顔になった。
    「いやぁ、お嬢さん! 松本が世話になって話は何回も聞かされていますよ」
     それからと云うもの松本はスーツの汚れはそっちのけで小夜子達の食事代は払うは、上には置いても下には置かぬ扱いだった。
     その後、松本の連れと小夜子の連れと六人で飲みなおす事になった。
     最初は小夜子の連れの女性達嫌がっていたがヤクザと云うもの一旦恩義を感じると、その何倍も義理を返す処がある。なんと不思議な組み合わせの飲食会になったものである。最初、怖がっていた彼女らも、その男気に意気投したのだった。

    つづく

  • >>2316

    君の為に
    第二章 戦いの日々
    第三節 東京の空の下で 1

     平成三年六月 東京の空はどんよりと曇って梅雨空を装っていた。
     そんな曇り空の下にスーツケースを提げた女性が歩いていた。
     道は穏やかな坂道になって、その先に神社の境内が見える。
     そこから数百メートルの所に小奇麗な三階建ての建物があった。
     そこが小夜子の生活や活動の場となるアパートだった。管理人に挨拶して部屋に入る。二LDKで一人暮らしには不自由のしない広さである。
     ここは池袋の駅から徒歩十五分だが静かな住宅街であった。翌日から小夜子は池袋周辺で職探しに専念した。その間に送って置いた荷物の整理や廻りの環境や駅周辺の地理を覚えて数日後、何度か探した会社から採用の通知が届いて仕事も決まった。以前と同様の旅行会社だ。
     <さくら旅行社、池袋支店>そこが小夜子の職場となった。
     数週間が過ぎて職場にも同僚にも溶け込む事が出来た。

     旅行会社だけあって観光地は勿論だが、あらゆる地図が揃っていた。
     そして〔新日本同盟〕と云ういかにも政治団体風の名前を探した。
     さすがに堂々と地図には、そんな名前では載ってはいなかったが他にも別な名前で掲載してないか探して見た。ちょっと気になる名前が見る事が出来た。
     仕事が終わってから駅から十分程離れた所に、それらしい事務所を発見した雑居ビルの三階に小さな看板があった。
     小さな看板で薄汚れた文字で〔新日本同盟〕と書かれてあった。数日その周辺など探ってみたがそれらしい宮崎と云う男は見当たらなかった。
     夜はその事務所の周辺のスナックに出かけた。やはり女性一人だと目立つが〔さくら旅行社〕の同僚を連れて万が一にも危険な目にも合わせる訳にもいかず、それに小夜子は百七十二センチの長身に美貌の持ち主とくれば余りにも目立ち過ぎた。 四日目にスナックで異変が起きた。
     一人のヤクザ風の男が入って来た廻りをジロリと一瞥した。
     奥のカウンターには二人の男が座っていた。
     小夜子は入り口に近いカウンターに腰を掛けていた。
     そのヤクザ風の男がいきなりギラリと光る物を懐から出した奥の男達に目が向いてドスを抜いたのだ。
     ヤクザ風の男は二人を目がけて突進した。そのドスが鋭く光る。カウンターに居た二人の手前の、男の脇腹に届いたと思われたが寸前に手前の男の手刀がドスを叩き落していた。間髪をいれずに左のフックがヤクザ風の男に炸裂していた。余裕の表情で「チンピラが吠えるんじゃないぜ!」と一括した。
     どっちがヤクザだか分からない程の貫禄を見せた。
    「オラッ持って帰れ!」と言うか言わぬ間に。そのヤクザ風の男にドスが手の甲に深々と突き刺さった。
    「ウッウー」と男は唸ったがドスが突き刺さったまま店から駆け出して逃げた。突き刺した男の方は追う気配も見せなかった。小夜子はさり気なく勘定を済ませてスナックを出た。
     スナックの二人の男は怖くなって出て行ったと思ったらしいが、しかし小夜子はヤクザ風の男を追いかけていた。男が居た。公園の隅でうずくまっている小夜子はその男に近づいていった。男はギョッとなって小夜子を見るしかし女だと解かるとやや警戒心を解いた。

    つづく

  • 第二章 戦いの日々
    第二節 小夜子ひとり 2

     あとで分かった事だが其処は盛田開発商会社長の愛人の経営するスナックだったのだ。小夜子は店を出て路地を右におれて市内を流れている。川に沿って百メーター程先の橋を渡ろうと足を速めて歩いていた。
     その橋に差し掛かった時、一人の男が立ちはだかった。しかし小夜子はすでにその殺気を捉えていた。いきなりバットで襲い掛かってきたブーンと音が鳴る。小夜子はバットを振り落とし寸前に素早く相手の懐に入り込み敵の側面に廻るやバットを持った手首を左足中心に弧を招くように右に横転しながら相手の手首を返した。
     関節が決められ自ら大きく一回転し敵が地面に叩きつけられた。
     ドッスーン強烈に決まる。小夜子はすかさず敵の肩の関節を秒の速さで外した。ギャアー男は悲鳴を放った。
     もし関節が決められ逆らったら骨が折れていただろう。相手の力を利用した合気道の真髄である。その男はあのスナックのボーイだった余りの痛さに抵抗力を無くしていた。小夜子の美しい顔がボーイには鬼でも見たかのように信じがたい表情で小夜子を見る。と言っても街灯の影になってハッキリと見えないから余計に恐怖心があったのかも知れないが。人間は相手が見えない場合また、真っ暗闇では必要以上に恐怖を感じるのかも知れないのだ。

     この男から聞き出さなければ先に進めないと思った小夜子は
    「貴方……知っているわね。あの三人の男達の事を」
    男は口を開かないが痛さで顔が歪んでいた。
    「じゃあいいわ! 貴方が話したと、あのママに電話してあげる。それらしい事を言ってやれば貴方が裏切り者になるわよね。そうなったら今度は貴方が狙われるわよ、きっと」
     小夜子がカマを掛けてニヤリと笑った。男の表情が変わった。
     もし半分でもママが疑ったら自分の立場が危ないと判断したのか「じょ冗談はヤメロッ」と怒鳴ったのだ。
     結局は小夜子の軍門にそのボーイは落ちた。小夜子を取り逃がして逢ってない事を条件としてボーイに犯人と思われる三人と事を話をすると言う事になった。三人組の一人は東京池袋周辺で右翼系の人間らしい。
    特長は左の頬に傷があり三十歳前後の宮崎と言う名前らしい
    「ありがとう、お互い今日の出来事は無かった事にしましょうね」

     小夜子はそう言って男の背中と腕を取って瞬間的に力を加えた「ウオォー」ボーイは犬の遠吠えのようにうめいた。
     やがて痛みがスーと消えていった外れた関節を入れたのだ。
     ボーイはなんとも言えない表情で小夜子に気持ちだけ頭を下げて闇の中に消えて行った。小夜子はやっと犯人の行方が見えて来た。
     しかし本当の犯人は盛田開発の社長、盛田一政だと思うが。解っていても県会議員の肩書きを持っている人間だ。確たる証拠なしでは逆に告訴されかねない。まずはその枝(えだ)から探るしかないと判断した。
     それに実行犯は三人そこから始めるしかないと小夜子は夜空を見上げ
    「お父さん、お母さん……待っていてね」と呟く。
     父と母のあの優しい笑顔が脳裏に込み上げてくるのだった。
     翌日のこと正堂寺の父母の墓前に小夜子の姿があった。
    「お父さんお母さん、私は犯人を探しに東京に行きます。きっと無念を晴らして報告します必ず、そして私を見守ってください」
     墓前には誰か花を添えてあった。それは誰か分かっていた。
    「健、御免なさい貴方は巻き込みたくないの」
     その花に健の姿を思い浮かべ寂しさを断ち切るように腰を上げた。
     暫くして小夜子は静かに眠る父母の墓前を後にした。
     住み慣れた故郷を離れこれから始まるであろう苦難の旅がそれでも行くしかないのだと小夜子は決意した。山本裕一宅を訪ねて礼を言って。もし健が私の事を聞いたら。「私は大丈夫、貴方は幸せに生きて」そんな言付けを残して。
     翌日は久し振りの快晴だった。小夜子は空を見上げた。気持ちも整理がついて何故か漲る勇気が沸いて来た。M市の駅のホーム大学時代に通ったこのホームも今はただの思い出 同じホームでもこんなに違う雰囲気は何故?
     そんな思いを断ち切るように列車が入って来た。列車は小夜子を乗せて静かに動き出した。住み慣れた街が遠ざかる。そしてここから小夜子の人生は変る小夜子はM市から東京へと旅たちのだった。

    つづく

  • 第二章 戦いの日々
    第二節 小夜子ひとり 1

     坂城小夜子は堀内健を巻き込みたくなかった。
     彼は苦しい思いをした。ただ幸せになって欲しかった。
     お寺の財産の一部を処分して小夜子はアパートを借りていた。
     健には“貴方の幸せを祈ります”と書き残して姿を消したのである。
    そして健なら強く生きて行けるだろう。
    そんな思いを込めて消えていった小夜子の優しさである。
    これから続くであろう戦いの日々が。小夜子は思い浮かべた。
    これから何をするべきか、そして女一人で何が出来るのか。

     まず両親を殺した三人の行方を捜す事から始めなければ。しかし皆目見当が付かなかった。それでも探さねばならない。あの幸福だった日々、優しかった両親の無念を思うと自分は命を捨てても惜しくはないと胸に刻む小夜子であった。
     坂城小夜子は父の門下生の一人、山本祐一を訪ねる事にした。
     ひょっとしたら火事の時、誰かが見ているかも知れないと思った。
     M市内で酒店の長男だと聞いた事があった。今夜はゆっくり休んで明日にでも訪ねるつもりでいた。
     疲れた身体を風呂に入って、ふうーと浮かんだのは、やはり健の存在であった「御免ねケン……」と呟く
     貴方には幸福になって欲しいただそれだけ。ただそれだけ。
     今頃どうしているのだろう気になってはいたが、その一方で健なら強く生きて行くことが出来ると信じていた。しかし健を失いたくない気持ちと危険な目に合わせたくない。そんな小夜子の女心が恋する愛しさで心を揺さぶるのであった。
     そして小夜子の眼から涙がポトリと落ちた。「健……逢いたいケン」瞼に浮かぶのは健の顔であった。翌日、小夜子は山本裕一を訊ねた。
    「あっ、お嬢さんどうしていたのですか心配していたんですよ」
    山本は心配そうに小夜子を見つめる。
    「すみません私は大丈夫ですよ、それより時間を取れますか?」
     山本は近くの喫茶店に案内して二人は店に入って行った。
     落ち着いた雰囲気の店で静かなメロディが流れていた。
     二人は店の角の席に座り小夜子はこれまでの経緯を話した。
     山本の話では師匠の無念を考えると他の門下生達はどんな事でも協力すると言っているとの事だった。

     要山和尚の人柄が門下生の心にも心頭していたのだ。山本が直接見た訳じゃないが、その犯人と思われる三人は土地の人間じゃなさそうで市内のスナックで三人らしい人物が飲んで居たらしい。新たな手掛かりを聞く事が出来た。
    小夜子は山本から新しい情報を手に入れて山本と別れた。
    多少ながら手掛かりとなる希望が見えて来たのだった。
    小夜子は嬉しかった山本の話の中に父の門下生達が協力を申し出てくれた事が、そこには父の面影が残っていた。
     夕方、山本から聞いたそのスナックを訪れた。
     女性が一人で入ってくるのが珍しいらしく何か違和感を覚えた。
     小夜子はそんな雰囲気のなか何事もなく水割りを飲んでいたが。
     しかし何か妙な感じの空気が流れている。三十分程でスナックを後にした。

    つづく

  • 君の為に
    第二章 戦いの日々 第一節 悲劇ふたたび 2

    結局、警察の捜査は目撃者がいなく難航していた。だが健と小夜子には、おおよその見当がついていた。健は寺の整理も一段落して、ほっとするも束の間その翌日から小夜子が健の前から消えた。
     健は心当たりを探しが依然として行方は分からなかった。
     M市の夕刻、盛田開発商会の事務所の前に一人の長身の女性が現れた。顔は青ざめていた。坂城小夜子である。事務所のドアを開ける。
    「あっ いらっしゃい……あっ!? お前は」
    その社員風の男が慌てた。それは何故なのか?
    「あら? 貴方、私を知っているの? 初めて来たのに」小夜子が言葉をかける。
    小夜子は疑惑を感じた初対面の人間になぜ? 普通は驚く訳がない。
    「こちらに社長さん、いらっしゃいますか」
    「しゃ社長になんの用で? 今はいないよ」
    小夜子はかすかに笑った。その美しい顔から冷たい瞳が光った。
    「あらっそう、多分そうだと思ったけど」
    小夜子は男に冷たい眼差しを残して、あっさりと事務所を出て行った。

    小夜子は夜道を歩いていた。薄暗い公園にさしかかった小夜子は気づいていた。
    三人いや四人が後ろから尾行してくる。突然、男達が走り出て前後に小夜子を取り囲んだ。小夜子は薄暗く誰も居ない公園の中に逃げるように入った。
    「姉ちゃん遊んで上げようか」男たちはニヤニヤと薄笑いを浮かべる。
    とても男達は遊ぶなんて雰囲気じゃなさそうだ。
    しかし小夜子は怖くなって公園に逃げたのではなかった。逆に男達が小夜子に誘い出されたのだった。
    いきなり一人の男が襲い掛かってきた。
    後ろから羽交い絞めにしょうとしたのだろう次の瞬間に男は唖然とした。
    身体が一回転して右の肩に激痛か走った。
    肩の関節が外れていたのである「ウッギャアー」と吠えた。
    他の三人の男は、その状況を把握出来ずにいる。
    三人は合図したかのようにいっせいに小夜子に飛び掛る。
    しかし空気をつかむように小夜子に触れることさえ出来なかった。
    合気道“八双飛送返し”である恐るべし! 要山流合気道!!

    小夜子は呼吸の乱れさえ感じない。小夜子は倒れて、うめいている男に詰め寄り左の肘から肩に小夜子の手がスーっと流れるように見えた、
    「ギャアー」大の男が悲鳴をあげた。そう間接を外したのである。
    他の三人は足に激痛が走り動けないでいた。
    男達は何が起きたのか判らぬ間に倒されたのである。
    「私は許せない警察が動けなくても分かってるのよ」
    尚も暗くて分らないが小夜子は冷たい言葉を浴びせた。
    小夜子は強張った表情で別な男の関節を外した「ギャー」
    獣のような声を放った。それ程の激痛なのである。さすがの男達も震いあがった。こんなに美しい女性が? 信じられんと男達は思った。
    「わっ分かったから、もう止めてくれ!」
    男達は恥も外聞もなくなっていた。その男の一人がついに白状した。関与した男達は三人と分かった。そう小夜子の父母を殺した三人である。
    しかしその三人はもうこの街には居ないらしい。盛田開発の社長が指示したかは知らないと男は答えた。取りあえずひとつの情報を掴む事が出来たのだ。
    やがて小夜子は、倒れている男達に冷たい視線を浴びせて闇の中へと消えて行った。小夜子非情なり。

    つづく

  • 君の為に
    第二章 戦いの日々 第一節 悲劇ふたたび 1

     石川県K市 ザッパァーンと冬の荒波が岸壁に押し寄せる。
     能登半島は極限の寒さに晒されていた。
     日本海が見渡せる見事な景場、春から夏に掛けて 美しい花々が咲き乱れるだろう。 原田家の墓、其処には二人の男女が花を飾っていた。
     そして長い合掌が続く、その姿は健と小夜子であった。
    「原田、帰ってきたよ、俺の恋人だ。見てくれ!」
    「原田……なにか言ってくれ」健は心で叫んだ。
    隣の小夜子も健の親友に、ただ祈るだけだった。

     小夜子を連れて来たのも小夜子の希望であり 原田に二人の生き様を、見届けて欲しかった為だ。
    「僕たちは、これから強く生きて行く。 どんな事があろうと二人で生きて行く、さようならハラダ」
     日本海の風はヒューヒューと鳴って 二人の頬を突き刺す やがて健と小夜子は厳冬の能登半島を後にした。

     要山和尚は正月の行事も済み妻と二人でくつろいでいた。二人の若い坊さんも里帰りで帰っていた。のどかな正月の夕暮れ時、妻は食事の準備をしていたが!? 突然暗くなった停電か?
     和尚は、ろうそくを探した妻も急に暗くなって戸惑っている。
     突然暗闇から影が二つ バシッーバシッーと閃光が走った。
     一瞬の出来事だった。和尚と妻は身体に熱いものを感じた。
     考える暇もなかった二人は次第に意識が薄れて行く。いったい何が起きたと言うのだろう? やがて正堂寺から煙と共に炎が燃え上がった。
     そして山があの大文字焼きのように赤々と燃え上がった。
     それは皮肉にも街からは美しく輝いて見える。ほどなくけたたましいサイレンの音が山に響き渡る。翌日、焼け跡から二人の遺体が発見された。
     それは要山和尚夫妻の無念の死であった。

     健と小夜子はそんな出来事をまだ知らずに二人は列車の中で合気道の事や二人の学生時代の話を楽しげに話していた誰から見ても仲むつまじい恋人同士のカップルに見えた。 将来の夢や、これからの二人について話が尽きる事がなかった。
    M市の駅に着いた二人はタクシーに乗り正堂寺に向かった。
     小夜子は父母に、お土産を渡した時の父母の笑顔を思い浮かべて心がはずんでいた。やがて正堂寺が見えてくる。と同寺に何かきな臭い匂いがして来た。そこにあるはずの寺が瓦礫(がれき)と化していた。
     消防署員や警察官の姿が目に写る異変を感じた。健と小夜子は警察官に事情を知らされ呆然とした。小夜子は気が狂ったよう嗚咽を漏らす、健も余りにも突然の悲報に涙が止まらなかった。それでも泣き崩れる小夜子を支えて抱きしめていた。健は父のように支えてくれた要山和尚の死は平常心ではいられなかった。ふたりは在りし日の姿を思い浮かべ、また肩を震わせ泣き崩れる。
     小夜子のその美しい顔が青ざめて悔しさが募る。
     あわただしく時間が流れ要山和尚夫妻の葬儀が終わり、それから十日、警察の事情聴衆や寺の今後の事など二人には悲しんでいる余裕もないまま過ぎていった。今度は悲しみに暮れる小夜子を支えてやらねば命に代えても支えてやらねば要山和尚に申し訳がたたない。健は悲しみに耐える小夜子の横顔に誓ったのだった。

    つづく

  • >>2311

    第一章 無くしたもの
    第五節 合気道開眼 2

    「もう何度も申し上げているように此処は仏様が眠っている。それにのう先祖に対してそれは相談出来ない事じゃ」
     その開発会社の社員は、しつこく迫るその手の人間は食い下がる。
    「それは住職、重々分かっていますがねぇちゃんと代替地を……」
    毎回の押し問答に社員もさすがに口調が苛立っていた。
    その様子を小夜子が心配そうな顔で見つめていた。合気道の稽古も佳境に入っていた。あれから数ヶ月、健はやはり空手の有段者だ。上達が早い。         師匠の要山和尚は自分の真髄(しんずい)を極めた技を伝授しようと健にその技を託したのだった。小夜子は女性である。やはりこの技には無理がある並みの男でも無理な程の精神力と体力がいる。健の場合、長身で百八十五センチに体重八十五キロ空手二段だ。そして精神力も並のものではない正(まさ)に健でなければ出来ないだろう。師匠の教えも佳境に入って来た。今日も師匠の声が飛ぶ。
    「いいかっもっと精神を集中させろ!!」
    健は全神経を集中させた、そして一点を見つめた。
     脳から腕へ腕から手の平に電流が流れるが如く集中させて前方七メートル先にビール瓶を立ててあった。
    「よし神経を集中させて気を送れ! そして押し出しように放射しろ!」
     健は両手を合わせて祈るように両親指を合わせ絡めてまっすぐ腕を伸ばした、かなりなエネルギーが消耗する。
    健の顔が高潮して来た一気に(気)の放射をした。
    〔ピキーーン〕なんと!! ビール瓶が粉々に吹き飛んだ。
    拳銃で撃ったかのように、なんと言う事だ!! 気とは恐ろしいものだ。精神を集中させ空気を圧縮して押し出し。なんとも不思議な技だ。
    「しっ師匠!!」思わず健が叫んだ。
    師匠は大きく満面の笑みを浮かべて頷く。
    近くで小夜子が「すっ凄いわっ」と驚き健に声を掛けた。
    「おめでとう良かった本当に!」
    これまでの苦労が報われた思いだろう。その美しい瞳が涙で光った、
    ついに完成した要山和尚の極意〔波動(はどう)拳(けん)〕の完成であった。     健は合気道の極意の完成も完璧に近く喜ばしい事ではあるがもう一方の問題も加熱してきた。要山和尚を悩ませている土地の買収問題である。
    毎回しつこくせまってくるのである、盛田開発商会は他にも東北一帯のリゾート地に手を広げていた。
     社長は地元の県会議員。盛田一政である県から政界の中央に出ようかと云う勢いであった、その地位を利用して次々と事業を広げていたが裏では結構あくどい事も やっている噂がある。その事について要山和尚は頭を悩めていた。
    また合気道については小夜子と健が引き継いでくれればと日頃考えていた要山和尚であった。今では健を我が子のように可愛がっていたのである。
    平成三年正月 堀内健二十三歳 坂城小夜子二十四歳になっていた。
    ここは東北有数の名所、三陸(さんりく)海岸(かいがん)浄土ケ浜(じょうどがはま)、寒い夕暮れ時、健と小夜子は寒稽古を終えようとしていた。小夜子は大学を卒業してからM市の観光会社に勤めていた。健は寺の手伝いや道場の手伝いなど今や逞しく成長していた。
    そして道場で若い門下生に指導もしている
    「ケン、本当に明るくなったね」小夜子が笑顔で話した
    その瞳は美しく光って健には眩しかった。
    「師匠や小夜ちゃんのお陰だよ」白い歯で微笑んだ。
    「ねえ、これからどうするの?」寂しそうな眼で健の顔を覗く。
    「そう……原田の墓参りをしてから決めるよ」
     遠い眼であの悲劇が脳裏をかすめた。そして一生の償いと心に決めていた。
    小夜子は、健はいま過去を振り返っているのかなと。
    私が支えてあげなければ……母性本能の感情に襲われた。二人は黙ったままだ浜辺の小波(さざなみ)だけが聞こえていた。今その思いが込み上げた健は小夜子の瞳を見つめる。
    若い健は早、自分の感情を堪えられなくなり其の思いを告げた。
    好きなんだ。何度も何度も思っていた そして今やっと言った。
    「小夜ちゃん……好きなんです。貴女が好きなんです」
     肩に手を架けて小夜子を見つめた。小夜子は何も言わない。黙って健を見つめる。さざなみの音だけが何故か大きな音となって二人を包む。
     沈黙がつづく小夜子の頬に涙がこぼれ瞳を閉じた。
    健は肩に力を込めて小夜子を引き寄せる。静かに、静かに健は小夜子の唇にキスをする。二人の唇は小刻みに震えていた。
    長い時間二人は肩を寄せ合い寒さも感じない恋人同士であった。
     今やっと二人の思いが繋がったのだ。今まで一言も互いに、その恋の思いを話した事はなかった。今は言ってはいけないと、言うべき時期じゃないと思っていたから。それがやっと言えると。そして原田に報告しょうと決めた。
     この恋は長い間の葛藤(かっとう)からやっと抜け出して生まれた。二人のこの恋は本物だろう強い愛が生まれるだろう。やがて夕闇のカーテンが二人を包んでいった。

    第一章  無くしたもの  終

  • >>2310

    君の為に
    第一章 無くしたもの  第4節 修行 2

    ここは岩手県の三陸海岸、浄土ケ浜である。
    三陸海岸とは青森県から岩手県にかけて太平洋に面した海岸である。
    ここ浄土ケ浜は東北でも有数の名所であり海水浴場や観光地としても有名であり小さな湾になっている。その海岸の砂浜を走っている影があった健と小夜子である。足場の悪い砂浜は恰好の運動になる。
     足腰を鍛えるには、むしろこう云う場所が望ましいのだ。
    他に海やプールは体力を付けるには最高だ。その水の圧力に逆らって歩いたり泳いだりその水圧の応用は他のスポーツでも取り上げている。
     合気道は無心になり、その道を極める。海の波に身体を預けて浮く、時には垂直に立って自然の応用は合気道に適しているかも知れない。
    修行とはいえ若い二人には疲れなど感じない事だろう。
    そしてこの修行がどれほど身を守ってくれる事だろうか。
    今はそれを知る由もなかった。
    若い二人を赤い夕日が雲の合間からスポットライトのように照らす。

    第一章 無くしたもの
    第五節 合気道開眼 1

     やがて健は二十二才になっていた。小夜子も大学を卒業していた。
     その合気道も小夜子から要山和尚へと師匠が代わっていた。
     要山和尚、つまり師匠と健は相対していた。
     武道いやスポーツは礼に始まり礼に終わる。
    合気道の場合、特に重んじるそして共に正座して静かに立ち上がる。
    健は自然体で構え力を抜き師匠を見え据える。
     健は右手を押し出しように師匠の襟を取りにいった。師匠は左手の甲で交わし、その手が蛇のように絡まり関節部分に流れるように動く次の瞬間、健の身体は一回転していた。そして右腕の関節を決められ動けなくなった。恐るべし!! 師匠の“横面打ち四方投げ表技”であった。
     他にも〔正面打ち第一教座り技裏〕などと合気道の技には裏と表とがある。関節技も合気道の特長である。護身術には関節という力が余り必要とない技がある。女性でも相手の力を利用して投げる、かなり有効な手段と言えよう。
    そんな毎日の稽古に健は最高の喜びを感じていた。            
    「お父さんどう? 健くん上達したでしょう」小夜子は父に訊ねた。
    「うん心もだいぶ明るくなったし、すごい上達ぶりだなぁ」
    住職もその成長振りを認めて微笑んだ。そして小夜子もかなりの達人だ。他の門弟達も舌を巻く程の腕前だ。そんな親子の会話を弾ませて居る所に客が来た。
    「和尚さま今日も来ていますが」若い坊さんが言った。
     住職は苦い顔して、その客の応対に出た。
     この辺も最近開発が進みM市内の開発会社がこの一帯にゴルフ場の開発とリゾート地を候補に挙げていた。つまり土地の買収に来たのであった。これで七回目の訪問である。

    つづく

  • >>2308

    君の為に
    第一章 無くしたもの  第4節 修行

     堀内健は二十一歳になっていた。この寺に来て二年近い歳月が流れていた。
     小夜子は父と向かい合っていた健の事は何も聞かずに自分が知っている限りの合気道の事は教えて来たのだが、しかしそれも限界に近づいていた。それ程に健は上達してきたのだ。
    「お父さん……あの堀内くんの事を教えてくれませんか」
    小夜子は父に訊ねた。
    「どうして、そんな事を聞く? 知ってどうする」
    父、要山和尚は逆に聞き返した。だが小夜子は男と女の感情から語っていないのは眼で分るが要山和尚ぐらいの達人ともなれば、その眼、表情で話さなくても相手の感情を読み取る事が出来るのである。
    「小夜子! ただの同情なら止めなさい」
    小夜子は聞いてはいけない事に触れたのかと思った。
    小夜子の真面目な顔を見て、やがて要山和尚は静かに語り始めた。
    寺の庭にある池では小夜子の母が鯉に餌を与えている
    それはおだやかな朝の光景であった。

    居間で父と娘がその母の後姿を見つめながら話がつづいた。
    健の過去を聞くうちに、やがて小夜子の表情が強張っていく。
    健が親友を死に追いやった事をそして大学まで辞めざるを得なかった。そんな思いで、ここ正堂寺を訪ねて来たのであった。
    小夜子は知った。その暗い過去を健が背負っていたことを。
    「私にしてあげられるのは……」小夜子はつぶやいた。
    やがて母が来て二人にお茶を入れて静かに立ち去った。
    若い彼、堀内健には衝撃的な事件だった。生涯忘れる事の出来ない親友を更に原田の恋人さえ失しなわせる結果になった。いや親友を殺したからこそ健は幸せになってはいけないと、小夜子も同じく互いに遠慮したのだ。
    父、要山和尚の話は続いていた。
    「彼に必要なものは精神の修行しかないのだよ」
    小夜子はうなずいた。
    「お父さん彼がね、私に言ったの。合気道を知りたいと」
    和尚の表情が少し変った。
    「そうか、彼からそう言ったのか」
    和尚はやっと断ち切れそうになったのかと感じた。
    「いずれ私が指導しよう今はお前が教えてやってくれ」

     要山和尚は思った。若い二人なら心も道も開けようと。しかし健にあと何を教えたらと小夜子は考えていた。合気道は奥が深いまだまだ教える事がある筈と。そもそも合気道とは合気武道から合気道になった。
    合気道の創始者は現在の和歌山県田辺市が発祥地とされている。
    それは明治四一年頃、植芝盛平氏と記されている。
    植芝盛平氏は、その頃、村の青年達に武術と柔道を教えていた。

     それと同時に後藤派柳生流柔術の道場に通っていた。
     柳生とは柳生心眼流の剣豪で名高い歴史、小説、映画に登場してくる柳生十兵衛である。そして、もう一人歴史を飾る剣豪、荒木又右衛門までそうそうたる人物がいる。柳生心眼流の流れをくむ六代目、後藤柳生斎氏がのちに合気道へ多大な影響を与えたと記されている。今や合気道は世界に数十ケ国の支部があり特に女性には護身術として海外の大学でも取り入れている。

    小夜子は改めて合気道とは何かを堀内 健に教えた。
    「合気道はね心、技、体、気の総一なのよ」
    つまり攻撃の為にあるのではなく、護身術からの攻撃術。女性には特に薦めたい武術である。
    「そう、空手と違うのは力まない事なの、もっと楽にして」
     門下生が帰った後の二人の日課となっていた。健もその合気道の底深さに魅入っていた。そして過去を忘れようと一心に合気道に取り組んだ。
    それから半年の月日が流れ、心の部分が大きく変った。
    次に取り組んだのが〔気〕である。
    相手の気を見抜き、空気の流れ、肌に感じる体感、例えばドアの裏に潜んで居ても気で五感に感じとることだ。
     相手の身体の動き、相手がつま先に重心が掛かった時、次の行動を読み取る事が出来る眼の動き、手足の些細な動きも、同じ事だ。常に相手の次の動きを読み取り五感で感じ即対応する。相手が踏み込んで自分に触れる寸前にその動きを逆に利用して流れるように相手を瞬時にねじ伏せる。
     これが合気道の極意である。しかしこの易まで達するには誰でもと云う訳にはいかない、やはり素質と努力だ。
     小夜子は此れまでに熱心に教えてくれた、その訳は果たして……。

    つづく

  • ここの掲示板今年いっぱいで消滅するそうですね。
    ここは一年少しですが、楽しい出会いもありました。
    おかげて沢山の作品を書くことも出来て皆さんに感謝しております。
    それと野球トピもやっていって、そちらは巨人ファンの集まりで
    もう10数年続きましたが、それらも全て終わるんですね。
    寂しくなります。

    昔はBIGLOBEの掲示板でやてましたが、そちらも大分前に消滅。
    掲示板は地味かも知れませんが、沢山の出会いがありました。
    もうこう言った場はなくなるのでしょうかね。

    現在書いている長編と小説はなんとか年内前に書く終えるとと思いますが。
    いつか何処がでまた語り合いたいものです。

  • >>2307

    君の為に
    第一章 無くしたもの  第三節 閃き 2

    「貴方はなにか武術でもやっているのね。座禅組むなんて若い人はしないものね。私も父が合気道を教えている関係で物心ついた頃から始めたの」
    小夜子は健の横で遠く山々を眺めながら語り始めた。
    二人の真上で空高くにトンビが数羽フワリ、フワリと舞っていた。
    小夜子は長身である百七十二センチとスラリとした美形であった。
    それでも健の横にいると肩ほどの背丈しかない。
    健もかなりの長身で百八十五センチとがっしりとした体格である。
    「父は私に強くなる事を望んだのじゃなく精神の強さを教えてくれたの」
    健は遠くを見つめながら小夜子の話を穏やかな気分で聞く。
    「私の場合、合気道は小さい時からだから自然と取り組めたけど」
    健は以前から興味を持ち始めていた合気道に、ある閃きを感じたのだ。
    探していたものを、そう探していたものを。

    “精神を鍛える、そうだ!! 合気道を習いたい!”
    健はその閃きの熱い想いを小夜子にいきなり切り出した。
    「小夜子さんお願いです。教えてくれませんか僕が探していたものを今、貴女が言った言葉、精神の強さ探していたものを感じたんです。」
    突然に健が真剣な表情で小夜子に訴えた。
    「僕に必要なものはその精神を磨く事と覚りました。是非いやどうしても必要なんです自分は今 何も見えないんです。今はそれしか言えませんが教えて下さい」
     健はやっと自分がどうすればいいのか覚った。
    決して、あの事件を忘れる為じゃなく強い精神を作る事で過去と向き合い、そして生きて行く為に。小夜子は突然真剣な健の言葉に驚きと純な心に感じるものがあった。健がこの寺で探していたものを見つけたいのなら、その望みを叶えてあげたいと思った。

     西の空から強い光を帯び夕陽が二人を照らして、その影が長く二人を包むように伸びて静かに夕暮れが迫っていた。そして今日も健は山の中で座禅を組む。
    森の音が鳥の声が川の流れる音が眼を閉じていると、その音が奏でる自然のオーケストラは健の心を洗い流してくれる。
    その川の音が原田の声に変わり何かを語りかけた。
    それは天の声なのか? 原田が健に話し掛けてくる。
    『健よ、もう分った余り自分を責めるな!もうもういいんだよ』
    健はその声に「ハラダッ教えてくれ、お前が俺に命を絶てと言うなら俺は絶ってもいいんだ!」健は心の中で原田に語りかけた。
    『健よ、分ったから今度はお前の為に生きろ! 生きてくれ』
    そんな声が闇の中から聞こえた。健は静かに眼を開けた山の頂きから夕陽が差し込む木々の間のこぼれ日が健を照らす。
    健の身体を照らす健の閉ざされた心に一点の光が見えた。
    健の心に晴れやかな光が見えたのだった。

     小夜子とはあれから時々、合気道の心得やその技など教わっていた。
    師匠の娘だから合気道はそこそこに出来ると思っていたが女性とは言えないほど強い。女性としては長身の百七十二センチから繰出す技とその呼吸と、もはや完成された合気道であった。
     そんな小夜子は健の過去には一切触れなかった。いや気遣いなのか?
    今はその時期ではないと感じて居たからだろうか。そんな優しさと強さを秘めた小夜子であった。そして月日は走馬燈のごとく過ぎていった。
    健も毎日が合気道と寺の手伝いと自らの心と技を磨く精神修行に明け暮れる日々が過ぎ去って行くのだった。

    つづく

  • >>2306

    君の為に
    第一章 無くしたもの  第三節 閃き 1

     はや半年が過ぎた。今日は週一度の休みである。
     今日も寺から数キロ離れた山に籠もる。そこは高台に眺めの良い場所で小さな広場になっていた。木の切り株に腰をおろして座禅を組む。そして無の境地へ己を導くそこは過去も未来もない無の世界だ。
     暗闇のその奥に何かある。やがて一時間が経過していた。
     後頭部に何かを感じたガサッ誰か来る気配が大きくなった。
     だが殺気は感じられない、むしろ穏やかな気配である。
     殺気ではない以上、座禅を解く必要はないと思ったが
    「御免なさい。邪魔だったかしら?」
     それは、さわやかな若い女の声だった。
     高台の丘に澄みとおるようなその声の響きに健は一呼吸して静かに眼を開けて座禅を解いた。ゆっくりと後ろを振り返った。それは天使が舞い降りたのか?
     そこには長身の若い女性が微笑んでいた。

     坂城小夜子であった要山和尚の一人娘である。
     寺ではあまり話した事もなく挨拶程度だった。
    「やぁ小夜子さんでしたか! 良くここが分りましたね」
     健は返事を返した大学生で二十歳とか聞いていたが清楚な感じで改めて見て凄い美人なんだと感じた。しかし何故か物怖じしない強さが見え隠れする。
     彼女も父の影響を受けて小さい頃から合気道を習っているらしい。
    「なんとなく足が向いたの貴方って若いのに座禅組んでいるのね」
    小夜子は興味津々の表情で健を見つめた。 
    その瞳は黒く輝き また湧き水のように澄んでいた。

    「もしかしたらここかなと思ったの」とにこやかに話かけてくる。
    「僕が座禅組むのが ヘンでしょう?」
    健が照れくさそう答えた。大抵の人はそう思うと健は思っていた。
    「そんな事ないけど何か訳がありそうね」
    「お父うさんから聞いていませんか?」と健は問い掛けた。
    「ううん! 貴方の事は時がくるまで、そっとして置いてやりなさいと」
     その言葉に要山和尚の気遣いが伺えた。健はいつまでも過去に閉じこもっていては皆に迷惑を掛ける事になるのか。
     しかし健は親友を……自分に罰を与えねばならない。
     自分を苦しめる事で原田に少しでも償う事が出来るのならだから健は幸福になってはならないのだと。

    「でもね、貴方の悲しそうに沈んだ眼が気になって」
    小夜子は気遣いながら控えめに語った。
    「スミマセン。いろいろと迷惑をかけますが」
    健は軽く頭を下げて申し訳なさそうに言った。
    一旦座禅を解くと、もう一度となれば精神統一が難しい。
    それから二人は見晴らしの良い場所へと歩いた。
    東北の秋は早い遠くの山々が秋色に染まりつつあった。
    紅葉の季節、木の葉が赤く色づきその葉が地面を鮮やかに染める。

    つづく

  • >>2305

    君の為に
    第一章 無くしたもの 第二節 沈黙の時 2

     この合気道とはいったいどういう武術なのだろうか。
     空手やボクシングなどは相手に対して突き刺さるような強烈な気を発するのに対し、この合気道は自然体に風の如く流れる。
    いや達人だからこそ 成せる技なのかも知れない。
    遭遇した事のない衝撃に健は己の身体に震いを感じた。
    空手とは違う空手は空手で素晴らしいものはあるが。

     この合気道はあきらかに違う。住職は息ひとつ乱れていない。
     そんな事が現実に可能なのか、それとも魔術か? そんな日から早や三ヶ月が経とうとしていた。あれ以来 道場や庭の掃除の合間に稽古をそっと覗く日が続くようになり、そしてその呼吸法、間合い、視線 体の位置 “気”の送りを目で学んだ。その姿を遠くから優しい眼差しでみる者がいた。
     季節は春から夏に変わろうとしていた。やがて四ケ月が過ぎて寺の生活にもどうにか馴れてきた。今日も裏庭で和尚の門弟達の稽古が始まっていた。
    健は不思議な合気道の魅力に興味が引かれる。この住職の動きには一体?
    その動作、間合い、呼吸法、そして全てがすり足である。
    その動きなどを盗み獲ろうと健は懸命になっている。
    自分の心が自然に、のめり込んで行く……
    それは無意識に己の本能が導いて行く己に気づくはずもなく。

     やはりもって生まれた野生にも似た健の姿だったのか?
     合気道を見れば見るほど子供がおもちゃを与えられた嬉しさのように住職も多分そんな健の姿に気づいていたはずなのに。だが声を掛けようとはしなかった。それは和尚が健の心がまだ病んでいる事を知っていたからだろうか。
    〔健よ、今はただ自然と対話しろ!!〕
     そんな声が健には届いているだろうか。そんな日々が続き東北の短い夏が終わろうとしていた。お寺の松の木には夏にさよならを告げるようにカナカナカナと、ひぐらし蝉の鳴く音が庭に鳴り響いていた。

    つづく

  • >>2302

    君の為に
    第一章 無くしたもの 第二節 沈黙の時 1

     堀内 健 十九歳の春 過酷な旅が今、始まろうとしていた。
     盛岡駅で列車を降りた健は更にバスで二時間山道をバスは行く、東北は冬のなごり雪がまだ白い色を見せていた。岩手県の陸中海岸に近い山村にバスはたどりついた。古いお寺が一軒、正堂寺(せいどうじ)ここが目的の場所である。
    その正堂寺には、広い庭があり空気が澄んでいた。
    「コンニチハー」健は声をかけた。初老の婦人が顔を見せた。
    「ハイどちら様でしょう?」婦人は和やかに答えた。
    「すみません、吉田教授の紹介で堀内と申しますが……」
    婦人は「あぁー貴方がそうなの?」
    婦人はにこやかに微笑み、やがて住職の元へ案内された。
    寺には夕陽が落ち葉を照らして枯葉が蝶のように風に吹かれ舞っていた。
     案内されて廊下を進んだ。左手によく手入れをされた日本庭園があった。池の辺のコケが瑞々しく光を浴びて輝いている。
     奥座敷に入ると、貫禄のありそうな初老の男が座っていた。
    「おうーよう参られた」和尚と言うより機敏な体育系そのものだ。
     その名もその道では知れ渡る、要山(ようざん)和尚(おしょう)その人である。
     いきさつは健の恩師、吉田教授の手紙にしたためてあった。
    これから此処で世話になる。和尚は全てを承知で引き受けたのである。
    これから自分がする事を細かく説明してくれた。
    正堂寺の住職 要山和尚はただならぬオーラを発していた。

    健も若いが空手二段の腕前、おのずと相手を見極められる。
    やがて自分の生活の場となる部屋に案内された。
    翌日から庭掃除や寺の掃除など雑用から始めることになった。
    寺の住人は若いお坊さんが二人と住職夫婦と娘が一人いると言う。
    夕方から稽古生として十数名の人が訪れる。
    そう住職〔要山和尚〕はその名も轟く合気道の達人である。
    しかし自分はここに合気道を習いに来た訳でもない今は堀内健と言う自分を見失った。心の修行に来たのである。自分の生きる道はどこに健は己の心に呟いた。原田と遊んだあの日がよぎる、はらだ!……涙が地面に落ちる。
    友情に亀裂が入ったのか? 言い訳しないから、なお更のこと最後に原田が言った〔お前は悪くない〕その言葉だけが支えだった。
    こんな事が時おり頭に浮かぶ それほど健は苦しんでいたのだ。
    住職は多少ながら農家みたいな自給自足で作物を作っていた。
    健は農家などやった事はないが住職の仕事を真似しながら手伝った。
    無我夢中で働いた。すべてを忘れるが如く働く事で少しでも浮かばれるのなら……そう言い聞かせて一心に働いた。

    やがて一ケ月が過ぎた。就寝一時間前にひとりで座禅を組む。
    住職がそうするようにと言われたが自分でもそう思った。
    多少だが農作業にも他の仕事も板についたように思われた。
    すべてを捨てた自分がここに居る無からのスタートである。
    いつものように作業を終えた。夕方合気道の弟子達が寺の裏庭で今日は稽古をするらしい、一般的な幼稚園の広場ほどの庭だ。その弟子達が住職の前に整列していた。自分は空手だが空手は豪だが、合気道なら柔といったところか。
    やがて二人一組で住職に相対した。二人は同時に左右に別れてススツとすり足で間合いを詰めた。それに対して住職はなんのためらいもなく歩を進めた。
    二人一組は五組に別れてその前列に続いた。
    住職はそのまま二人の間をすり抜けるように、そして二組目と次々と五組を通りぬけたかのように思えたのだが……健にはそう写ったのだ。そして驚く事が起きたのだ。健は目を凝らした、五組の門弟が顔しかめて全員が倒れていた。
    その間 三秒程のことなのに一体なにが起きたのだ!? 果たして。
    健は目を疑った。 ただ通り過ぎただけのようだったのに。
    何の殺気も感じない、そよ風が流れるように、そのそよ風に人が倒れた。

    つづく

  • >>2303

    > コンパクトなリズム
    > 読みやすい

    アハ! それはどうも有難う御座います。
    暇があったらたまにはお寄り下さい。
    有難う御座います。

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