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シニア/心の旅

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  • 2018/09/26 07:33
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    *****

    インターネットには自由があります

    時間や場所をこえ
    性別や年齢にこだわらず
    職業や日常や自分からもはなれて

    気のむくまま、心のおもむくまま
    自由にお話しできることがたのしいです

    子どものころに残してきた忘れものをさがして
    自分のなかの新たな可能性を求めて
    ふしぎな力にみちびかれて
    夢かうつつか定かでない世界に旅して

    たのしみな花が咲きはじめ
    がぐわしい風がわたり
    かがやく空には小鳥たちがさえずる
    このすてきな季節に

    あなたと私、心の旅にでかけてみませんか

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  • 2636(最新)

    sunao 9月26日 07:33

    >>2635

    >昔は宿直>があって、学校は無人になることはなかったですね。二宮金次郎の像が中庭に建ってたりして、かちかちやまのタヌキ役の練習をしている人を飾るのはなぜだろうととっても不思議でした。廊下をぞうきんがけすると、古い板の棘がささるような。。また、窓ガラスが少し平らではなく、それがぴかぴかに磨き上げられていてついつい見とれてしまうような、そんな校舎でした。運動会は、足袋で走る子もいるので、準備期間には大人も混じって、小石や釘など危ないものをみんなで拾って綺麗にしていましたから、校庭はいつも綺麗で安心でした。。。。。なんて、すなおさんのお話から、昔を少し思い出してしまいました〜

    二宮金次郎の像はこちらの小学校にも長い間、そのまま維持されていましたが、今の時代にこれを真似して子供たちが本を読みながら歩いたら交通事故にあってしまいますね。今は本のかわりにスマホや携帯でしょうが、いずれにしても、歩きながらはダメで、自動車のほかにも変な人の声かけにも注意しないといけない時代になってしまいましたね。

    >こちら、キンモクセイが満開です♪

    夏を境にですね。冬から春にかけて咲く桜はこちらが早く、夏から秋にかけて咲く金木犀はそちらが早いのですね。こちらはまだ香りも楽しめていません。今日のお買い物でキョロキョロ、クンクンしようと思います^ ^

    したっけ、またね♪

  • >>2634

    >>お父さまの鯉焼きのほうが大型ドーナツのパンよりもずっと豪華で美味しそうに見えます。ヤミー♪
    >鯉はしばらく綺麗な水の池で飼い、泥臭さをぬいてから、味濃く煮て食べるかです。
    また、近年、裏磐梯の毘沙門沼というエメラルドグリーンの沼には、♡の模様が脇腹にある白い鯉がいて、デートスポットとして売り出し中。白い生地にピンクの♡つきの鯉焼き>あります♪

    郷土を若者たちで盛り上げるための作戦がいろいろなされているようですね。

    >>私の父の代だと、鮎焼きのストックとか、焼きおにぎりとかでしょうか。
    >・・・だんだん郷土の観光スポット紹介的になってきましたが〜
    だどやっぱ裏磐梯・会津・喜多方あたりだなし〜。

    そうでしょうか、水林あたりも自然が豊かでしかも生活に便利で良いと思います。

    >理科の先生のところに、農作業を手伝いにいったお話、ありがとうございます。
    >父の子供時代も、田植え休みに稲刈り休みがあったとかで、お腹いっぱいおおきなまめご飯のおにぎりをごちそうしてもらうのが楽しみで、みんなで喜んで手伝いにいった話をしていました。その他、沼さらいとか、川さらいなどの行事があったそうでしたけど。。

    ハミングさんの日頃のボランティア活動もそうですが、やはり、みんなで一緒に食事やおやつをいただく機会というのはいつまでも思い出に残る素敵なことですね。

    >夫方の祖父は、小学校高学年までどう気をつけても、疲れると布団に地図>というタチであったらしく、うちの子供たちが小さい頃の失敗にも、ものすごく寛容でした。というか嬉しそうでした♪ いつのまにかしなくなるものさ、とかいって。。

    おっしゃるとおりです。それは子供の頃のひとつの通過点ですね。ところが高齢になるとそれが習慣化してしまうのが困ります^ ^

  • >>2633

    おはようございます♪

    >森の写真は、水林自然林>と書いており、折々にこちらとそちらの気温比較なども書いておられたので、ご存じとばかり思っていました〜。この防水自然林は、盆地の西より・吾妻連峰の裾野のあたりに位置します。

    お知らせありがとうございます。みずばやし、と読むのですね。この固有名詞をはじめて意識しました。気温比較は、こちらは市名、そちらは県名でiPhoneの天気で読み取っていました。

    >森では、このごろ、リスがマスコットになっています。カモシカも間近で・ギンリョウソウ・エンレイソウ・キンラン・ギンラン、カタクリ・アヅマイチゲなどのほか、洗面器ほどの大きいミヤマトンビタケも、ここで初めてみたのでした。森はまだまだ秋の入り口ですが、もう二ヶ月も過ぎれば冬です。
    ttps://hiropapa3.at.webry.info/201702/article_1.html

    あらためて拝見しました。やはり自然林というのが良いですね。この近くにお住まいですと、山形、宮城、新潟も比較的近くて便利ですね。安達太良山や阿武隈川の景観も楽しめて良い所ですね。

    >しばらく前に、しのぶもちずりたれゆえに>の歌の話をしましたが、そこは盆地の東側です。

    なるほどです。

    >すなおさんがご紹介下さいました千曲川の渡しのように、阿武隈川にも、私が中学生の頃あたりまで、両岸にワイヤーを張って船を繋ぎ、竿で漕ぐ渡し船はありました。父方祖父が投網の名人だったとかで、川で、鮎をバケツ一杯とっては串に刺していろりで焼いて、いつもお腹いっぱい食べていた。とは父の話です。当時の人としては七人いる父の兄弟の殆どの背が高く骨格もしっかりしているのは、川魚のおかげらしいです。
    >その他、川の、鯉・ウナギ・ナマズなども捕ったとか。。
    >川でもだいぶ泳いだらしいのですが、増水しているときに濁って流れの早い川を泳ぐと、となりを丸太が流れてきたりして、楽しかったそうでした。ただ、もうひとつの川との合流地点は、水流が潜り込むようになって引きずり込まれてしまうので、決してそこまで泳いでいってはいけないと注意されていたとかでした。

    阿武隈川も千曲川も、その頃は同じような様子だったのですね。

  • >>2631

    ・・・だんだん郷土の観光スポット紹介的になってきましたが〜
    だどやっぱ裏磐梯・会津・喜多方あたりだなし〜。

    理科の先生のところに、農作業を手伝いにいったお話、ありがとうございます。

    父の子供時代も、田植え休みに稲刈り休みがあったとかで、お腹いっぱいおおきなまめご飯のおにぎりをごちそうしてもらうのが楽しみで、みんなで喜んで手伝いにいった話をしていました。その他、沼さらいとか、川さらいなどの行事があったそうでしたけど。。

    >私の仕事は、刈り取った稲の束を集めて括って、田んぼの一箇所まで運搬することなどでした。ある夜のこと、疲れと身体の冷えからか、朝になって布団に、オネショをしてしまいました^ ^  先生の妹さんからは叱られましたが、先生は無言で私のおなかを優しくさすってくれて回復を助けてくださいました。農作業を終えると、先生から柿や梨や野菜などを抱えきれないほどお土産をいただきました。

    良い先生ですね♪

    夫方の祖父は、小学校高学年までどう気をつけても、疲れると布団に地図>というタチであったらしく、
    うちの子供たちが小さい頃の失敗にも、ものすごく寛容でした。というか嬉しそうでした♪
    いつのまにかしなくなるものさ、とかいって。。

    >私が手製カメラで撮ったフイルムの現像と定着を、先生が宿直の夜の学校で、一緒にしてくださったのもこの先生です。先生のお言葉でこのカメラを学校に寄付しました。先生は理科の先生で、私は理科の実験を好きでした。通知表の趣味の欄に「理科の実験」と書いたほどでした。その後、理系に進んだのも先生の理科の実験のおかげです。

    そうでしたか。ほっこりするお話ですね♪

    昔は宿直>があって、学校は無人になることはなかったですね。
    二宮金次郎の像が中庭に建ってたりして、かちかちやまのタヌキ役の練習をしている人を飾るのはなぜだろうととっても不思議でした。廊下をぞうきんがけすると、古い板の棘がささるような。。また、窓ガラスが少し平らではなく、それがぴかぴかに磨き上げられていてついつい見とれてしまうような、そんな校舎でした。

    運動会は、足袋で走る子もいるので、準備期間には大人も混じって、小石や釘など危ないものをみんなで拾って綺麗にしていましたから、校庭はいつも綺麗で安心でした。

    。。。。なんて、すなおさんのお話から、昔を少し思い出してしまいました〜

  • >>2630

    こんばんは♪

    >ありがとなし、が会津方面とは存じていましたが、未だに存じていないのが、ハミングさんお住まいの方面でした。失礼いたしました(*^_^*)

    そうでしたか!
    森の写真は、水林自然林>と書いており、折々にこちらとそちらの気温比較なども書いておられたので、ご存じとばかり思っていました〜。この防水自然林は、盆地の西より・吾妻連峰の裾野のあたりに位置します。

    森では、このごろ、リスがマスコットになっています。カモシカも間近で・ギンリョウソウ・エンレイソウ・キンラン・ギンラン、カタクリ・アヅマイチゲなどのほか、洗面器ほどの大きいミヤマトンビタケも、ここで初めてみたのでした。森はまだまだ秋の入り口ですが、もう二ヶ月も過ぎれば冬です。
    ttps://hiropapa3.at.webry.info/201702/article_1.html

    しばらく前に、しのぶもちずりたれゆえに>の歌の話をしましたが、そこは盆地の東側です。

    すなおさんがご紹介下さいました千曲川の渡しのように、阿武隈川にも、私が中学生の頃あたりまで、両岸にワイヤーを張って船を繋ぎ、竿で漕ぐ渡し船はありました。父方祖父が投網の名人だったとかで、川で、鮎をバケツ一杯とっては串に刺していろりで焼いて、いつもお腹いっぱい食べていた。とは父の話です。当時の人としては七人いる父の兄弟の殆どの背が高く骨格もしっかりしているのは、川魚のおかげらしいです。

    その他、川の、鯉・ウナギ・ナマズなども捕ったとか。。

    川でもだいぶ泳いだらしいのですが、増水しているときに濁って流れの早い川を泳ぐと、となりを丸太が流れてきたりして、楽しかったそうでした。ただ、もうひとつの川との合流地点は、水流が潜り込むようになって引きずり込まれてしまうので、決してそこまで泳いでいってはいけないと注意されていたとかでした。

    >お父さまの鯉焼きのほうが大型ドーナツのパンよりもずっと豪華で美味しそうに見えます。ヤミー♪

    鯉はしばらく綺麗な水の池で飼い、泥臭さをぬいてから、味濃く煮て食べるかです。
    また、近年、裏磐梯の毘沙門沼というエメラルドグリーンの沼には、♡の模様が脇腹にある白い鯉がいて、
    デートスポットとして売り出し中。白い生地にピンクの♡つきの鯉焼き>あります♪

    >私の父の代だと、鮎焼きのストックとか、焼きおにぎりとかでしょうか。

  • >>(お返歌)
    にじいろの こおりいただき おくります おくにことばで ありがとなしと 
    >返歌、ありがとうございます。^_^)9/22日の地方紙に、戊辰戦争終結150周年っ会津は望まざる戦いをこの日に終結した。。という記事がのりましたが、八重の桜>で有名になった、「〜〜なし」はどちらかいうと会津方面の語尾みたいです。

    ありがとなし、が会津方面とは存じていましたが、未だに存じていないのが、ハミングさんお住まいの方面でした。失礼いたしました(*^_^*)

  • >>2627

    >>(お返歌)
    にじいろの こおりいただき おくります おくにことばで ありがとなしと 
    >返歌、ありがとうございます。^_^)9/22日の地方紙に、戊辰戦争終結150周年っ会津は望まざる戦いをこの日に終結した。。という記事がのりましたが、八重の桜>で有名になった、「〜〜なし」はどちらかいうと会津方面の語尾みたいです。
    >長野・福島の両方を織り込むとすると。。(霧隠才蔵と猿飛佐助をむりやり織り込んで)
     かきごおり にじいろとけて きりがくれ さすけ〜ね〜よ ど〜もない
    >さすけ〜ね〜→差し支えない→ノープロブレム

    福島と長野のクロッシングさすがです♪

    >>小学校から帰宅すると、私は「ただいま♪」と言わずに「お腹すいた♪」と言っていたと、その頃を母は振り返っていました。
    >お腹すいた〜って平和な帰宅の挨拶ですね♪ パンのおやつは豪華でしたね〜 私の父の代だと、鮎焼きのストックとか、焼きおにぎりとかでしょうか。子供の頃って、成長期だったからか、すごくお腹がすいたような気がしますが、今は、時間が来たので作らなくっちゃ〜作ったからついでに食べておくか、的な。。

    お父さまの鯉焼きのほうが大型ドーナツのパンよりもずっと豪華で美味しそうに見えます。ヤミー♪

  • >>2626

    おはようございます♪

    >せっかくキンモクセイが咲いているのに〜秋の雨ですね。

    昨日の晴天から今日の雨、変わりやすいお天気です。

    >昨日はお天気がまあまあよくて、安達太良の麓の、田圃のまんなかを走る通称田圃通り銀座>を抜けて、私たちがアメリカに住んでいた大昔の知人が来ている街まで、ちょっと会いに行ってきました〜。

    とても素敵な良い一日を過ごされたようですね。生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこできてよかったですね。

    >で。すなおさんとローズミントさんへのお土産は、途中の田圃通り画像です。

    懐かしい田園風景の写真のご紹介ありがとうございます。遠くで煙が立っているのが良いですね。懐かしい香りが漂ってくるようです。

    私が小学生の4年から6年まで担当してくださった独身の男性の先生のことを思い出します。当時は、春の麦刈りと秋の稲刈りの時期に、農繁休業と称して学校がお休みでした。農家でない家の私は、先生の家に招かれて、泊りがけで農作業を手伝いに行きました。先生のお宅は、千曲川の向こう側でしたので、船頭さんがワイヤーロープを手繰って進むような船で渡りました。
    ttp://www.asahi-net.or.jp/~nw2y-frmt/omoide/omoide.html

    私の仕事は、刈り取った稲の束を集めて括って、田んぼの一箇所まで運搬することなどでした。ある夜のこと、疲れと身体の冷えからか、朝になって布団に、オネショをしてしまいました^ ^  先生の妹さんからは叱られましたが、先生は無言で私のおなかを優しくさすってくれて回復を助けてくださいました。農作業を終えると、先生から柿や梨や野菜などを抱えきれないほどお土産をいただきました。

    私が手製カメラで撮ったフイルムの現像と定着を、先生が宿直の夜の学校で、一緒にしてくださったのもこの先生です。先生のお言葉でこのカメラを学校に寄付しました。先生は理科の先生で、私は理科の実験を好きでした。通知表の趣味の欄に「理科の実験」と書いたほどでした。その後、理系に進んだのも先生の理科の実験のおかげです。

  • >>2622

    >大正解です。南部鉄器だったかどうかは定かでありません。大きさや形は同じです。
    >小学校から帰宅すると、私は「ただいま♪」と言わずに「お腹すいた♪」と言っていたと、その頃を母は振り返っていました。

    お腹すいた〜って平和な帰宅の挨拶ですね♪
    パンのおやつは豪華でしたね〜
    私の父の代だと、鮎焼きのストックとか、焼きおにぎりとかでしょうか。
    子供の頃って、成長期だったからか、すごくお腹がすいたような気がしますが、今は、時間が来たので作らなくっちゃ〜作ったからついでに食べておくか、的な。。

    >>自作カメラはたしか、小学校に展示されちゃって手元には戻らなかったのでしたっけ?
    >正解です。小学校に無理やり寄付させられました^ ^


    >100Vの電極銅板の間にパン生地を入れて通電してパンを焼きますが、食いしん坊でパンが焼けるのが待ちきれず手を出して少し感電したというお話でした^ ^。

    >雪そのものを何故か食べることはなく、雪に塩をかけて冷却効果を高め、氷を作って、かき氷を作ったり、細長い容器の砂糖水を凍らせて、アイスキャンデーを作ったりしました。雪と塩による冷却効果とその応用をそのころは楽しんでいたようです^ ^。

    おいしかった食べ物の思い出は、いい思い出ですね♪

  • >>2622

    おはようございます♪
    せっかくキンモクセイが咲いているのに〜秋の雨ですね。

    昨日はお天気がまあまあよくて、安達太良の麓の、田圃のまんなかを走る通称田圃通り銀座>を抜けて、私たちがアメリカに住んでいた大昔の知人が来ている街まで、ちょっと会いに行ってきました〜。

    当時は、小さい街に日本人の家族は10家族ほどいて、その殆どが研究者でした。
    彼女のところは、小学生が二人・幼稚園が二人でした。当時5才だった女の子が、二度目の帝王切開出産をし、その手伝いで北海道から短期できているというので、○○年ぶりの実体化のチャンスでした。

    おみやげと御祝いの黄色い電車のついた布靴をもって〜、「少しも変わってないのね!」と互いに、年月の長さと変化巾の大きさを反比例的に外交表現し、互いの家族の(写真)情報交換をし、当時のおもしろかった苦労話を新ママ(?)に披露し、○○年を1時間で取り戻して帰ってきました〜。
    新生児をだっこさせて貰った感触も、感動でした〜♪

    で。すなおさんとローズミントさんへのお土産は、途中の田圃通り画像です。
    ここいら(=この辺)は、二本松市の南の安達太良の麓のぷち丘陵地帯で、両側に色づいてきた田圃をみながらひろびろとした秋の景色を楽しむドライブコースです。
    日本全国、この時期はこんな感じかも知れませんが。。


    >(お返歌)
    にじいろの こおりいただき おくります おくにことばで ありがとなしと 

    返歌、ありがとうございます。^_^)

    9/22日の地方紙に、戊辰戦争終結150周年っ会津は望まざる戦いをこの日に終結した。。という記事がのりましたが、八重の桜>で有名になった、「〜〜なし」はどちらかいうと会津方面の語尾みたいです。

    長野・福島の両方を織り込むとすると。。(霧隠才蔵と猿飛佐助をむりやり織り込んで)
     かきごおり にじいろとけて きりがくれ さすけ〜ね〜よ ど〜もない

    シニア/心の旅 おはようございます♪ せっかくキンモクセイが咲いているのに〜秋の雨ですね。  昨日はお天気がまあまあ

  • >>2622

    >私はねだったという経験そのものがあまり、高校の頃に、絵の右端の木彫りの人形を、なにか相性がよく、めぐりあいましたって感じで、珍しく母に買って貰いました。
    だんだんと豊かな時代になって来る頃に成長したということなのでしょうね。。前回写真の画像加工でお見せしたのですが、今週末、絵にしました〜。イマイチ内気なので、ちょっとタッチを消すと、こんな感じです♪

    力作のご紹介ありがとうございます。お人形がなかなかの存在感をだしていて良いですね。他の物も力強くしつかり描けています。ルオーの絵画のような雰囲気がありますね。

    >>さて、メインテーマです。私の子どもの頃は、かき氷は冬しかできませんでした。雪に塩を混ぜて低温をつくり、水を冷やして氷を作り、鰹節削りで、かき氷を作りました。冬の寒さにふるえながらも、シロップをかけて美味しく食べました。
    >そうでしたか。鰹節削り>っていうのが、質実剛健ふう。。と思ってから、かんなをイメージしてたことに気がついて修正しました。だと、鰹節削りの刃渡り10㎝以下(7㎝ほど?)として、氷はアルミのお弁当箱とか? ご兄弟全員分削るのは大変でしたね♪

    おっしゃるとおりです。鰹節削り器のカンナの部分を取り外して、大きな器で受けて、削ったように記憶しています。時間がかかるので、削るのと溶けるのとの競争だったみたいです^ ^

    >うちの末っ子は、初めて、降ってきた霙をみたとき、庭のツツジに積もった雪をすくうべく、お椀をもって飛び出しました。かき氷だ〜♪といって。。
    >宮沢賢治の決別の朝>にそういう話(あめゆき)があったように思いました。
    >山形方面の、閉鎖したスキー場をそり専用ゲレンデとして貸し出しする山小屋で、窓から雪の壁に瓶ビールを差して冷やして、薪ストーブでイモ煮ができあがったら宴っ・・・という場所がありました。代替わりしてもう店じまいしてしまったそうですが。。
    そのぐらい降るところですと深い雪のなかのところは食べたり飲んだりできそうです。

    雪そのものを何故か食べることはなく、雪に塩をかけて冷却効果を高め、氷を作って、かき氷を作ったり、細長い容器の砂糖水を凍らせて、アイスキャンデーを作ったりしました。雪と塩による冷却効果とその応用をそのころは楽しんでいたようです^ ^

  • >>2621

    こんばんは♪

    >そのお話を昨日伺ったので、助けになってくださりそうな方にガードとか援護射撃をお願いすべく、そっと広報活動をすることにしました。

    広報活動おつかれさまです。応援しています。

    >>短歌がひらがなのみで詠まれているのが幼い頃の思い出につながって上手に表現されています。
    >お褒めに預かり恐縮です。三種目の下の句を<きみにつくらん>に差し替え、すなおさんに献呈しておきます〜

    あか みどり それともうみのふかきあお? きみにつくらん にじいろごおり
    (お返歌)
    にじいろの こおりいただき おくります おくにことばで ありがとなしと 

    >私のおねだりは、母には食べる物、父には遊び物でした。母は、ドーナツ型のパン焼き器で、薪を燃やして、パンを焼いてくれました。

    >こんな感じの南部鉄器のものでしょうか?_? 想像つかなかったのですが。。
    薪を燃やして。。というのが、薪の燃える匂いとパンの焼き上がる匂いがだんだんに入れ替わってくる期待感も思わせて、よい思いでですね♪
    ttps://www.amazon.co.jp/%E5%8F%8A%E6%BA%90-Oigen-F-366-%E5%8D%97%E9%83%A8%E9%89%84%E5%99%A8-%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%B3%E7%84%BC%E5%99%A8/dp/B002F9JXES

    大正解です。南部鉄器だったかどうかは定かでありません。大きさや形は同じです。ご指摘のように、この構造ですと、内部に煙が入り込んで良い香りでるかもしれませんね。当時はただただお腹がすいていて香りを楽しむ余裕もなく噛りついていました。小学校から帰宅すると、私は「ただいま♪」と言わずに「お腹すいた♪」と言っていたと、その頃を母は振り返っていました。

    >自作カメラはたしか、小学校に展示されちゃって手元には戻らなかったのでしたっけ?

    正解です。小学校に無理やり寄付させられました^ ^

    >パン焼き機は電熱線が過熱したとかいうお話でしたっけ?
    100Vの電極銅板の間にパン生地を入れて通電してパンを焼きますが、食いしん坊でパンが焼けるのが待ちきれず手を出して少し感電したというお話でした^ ^。

  • >>2619

    >私はねだったという経験そのものがあまり、

    →あまりなく でした〜

    この人形の何が気にいったかというと、美しいとかかわいいとか精緻といった範疇とかかわりなくそこにある、異国からお店の棚に居を移して戸惑う様子もない(当然か)、おおらかな材質感といったものでしょうか。。

  • >>2617

    >さて、メインテーマです。私の子どもの頃は、かき氷は冬しかできませんでした。雪に塩を混ぜて低温をつくり、水を冷やして氷を作り、鰹節削りで、かき氷を作りました。冬の寒さにふるえながらも、シロップをかけて美味しく食べました。

    そうでしたか。鰹節削り>っていうのが、質実剛健ふう。。と思ってから、かんなをイメージしてたことに気がついて修正しました。だと、鰹節削りの刃渡り10㎝以下(7㎝ほど?)として、氷はアルミのお弁当箱とか?

    ご兄弟全員分削るのは大変でしたね♪

    うちの末っ子は、初めて、降ってきた霙をみたとき、庭のツツジに積もった雪をすくうべく、お椀をもって飛び出しました。かき氷だ〜♪といって。。

    宮沢賢治の決別の朝>にそういう話(あめゆき)があったように思いました。

    山形方面の、閉鎖したスキー場をそり専用ゲレンデとして貸し出しする山小屋で、窓から雪の壁に瓶ビールを差して冷やして、薪ストーブでイモ煮ができあがったら宴っ・・・という場所がありました。
    代替わりしてもう店じまいしてしまったそうですが。。
    そのぐらい降るところですと深い雪のなかのところは食べたり飲んだりできそうです。


    >私が傾聴ボランティアをするところは母に似ていて、私が物作りを目指すところは父に似ているようです。

    そうでしたか。。

  • >>2616

    >私のおねだりは、母には食べる物、父には遊び物でした。母は、ドーナツ型のパン焼き器で、薪を燃やして、パンを焼いてくれました。

    こんな感じの南部鉄器のものでしょうか?_?
    想像つかなかったのですが。。
    薪を燃やして。。というのが、薪の燃える匂いとパンの焼き上がる匂いがだんだんに入れ替わってくる期待感も思わせて、よい思いでですね♪
    ttps://www.amazon.co.jp/%E5%8F%8A%E6%BA%90-Oigen-F-366-%E5%8D%97%E9%83%A8%E9%89%84%E5%99%A8-%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%B3%E7%84%BC%E5%99%A8/dp/B002F9JXES

    自作カメラはたしか、小学校に展示されちゃって手元には戻らなかったのでしたっけ?
    パン焼き機は電熱線が過熱したとかいうお話でしたっけ?
    〈毎日がぼけてないかと自己確認〉....これ、シルバー川柳にありました〜
    発明少年だったのですね♪母上、喜ばれたことでしょう。。

    >私は、小学生の頃、ボール紙でカメラを作って遊んでいましたが、高校生になると、父は本物のカメラを買ってくれました。

    それは嬉しい贈り物でしたね♪


    私はねだったという経験そのものがあまり、高校の頃に、絵の右端の木彫りの人形を、なにか相性がよく、めぐりあいましたって感じで、珍しく母に買って貰いました。
    だんだんと豊かな時代になって来る頃に成長したということなのでしょうね。。
    前回写真の画像加工でお見せしたのですが、今週末、絵にしました〜。
    イマイチ内気なので、ちょっとタッチを消すと、こんな感じです♪

    シニア/心の旅 >私のおねだりは、母には食べる物、父には遊び物でした。母は、ドーナツ型のパン焼き器で、薪を燃やして、

  • >>2615

    こんにちは♪

    その方は心臓が弱く、ペースメーカーをいれて6.7年とのことでした。
    最近調子がよくなく、決して風邪をひかないように、また、ストレスをためたり疲れたりしないように。。とドクターから注意をされているとか。利尿剤を2種類(倍)にしたとかで、朝起きるとふらふらするので、いろいろ降ってくるお仕事を断ろうと思うのだけれど、なかなか断り切れなくて。。というお話でした。BDP値が下がって・・・とおっしゃるので、会の展覧会の仕事は全てなしにして若者(半分嘘)でやります!と、お伝えしました。それでもご家族の入院とか、生きていれば避けられない仕事はあるものみたいです。

    外からみてそうとはわからない。というのは、それぞれに、苦労があるものですね。。
    一度説明して分からない人に二度説明しても(見えないだけに)理解は得られないことは多く。。
    そういうときにその(あわせないという)選択を固持する気力、なかなか複雑・微妙です。

    そのお話を昨日伺ったので、助けになってくださりそうな方にガードとか援護射撃をお願いすべく、そっと広報活動をすることにしました。

    >短歌がひらがなのみで詠まれているのが幼い頃の思い出につながって上手に表現されています。

    お褒めに預かり恐縮です。三種目の下の句を<きみにつくらん>に差し替え、すなおさんに献呈しておきます〜
    それにしても、昔は、食べるとその色に舌まで染まって、あっかんべーすると感動がありましたが、今はわりとそんなこともない、マイルドな食紅みたいなんですよ♪

  • >>2616

    さて、メインテーマです。私の子どもの頃は、かき氷は冬しかできませんでした。雪に塩を混ぜて低温をつくり、水を冷やして氷を作り、鰹節削りで、かき氷を作りました。冬の寒さにふるえながらも、シロップをかけて美味しく食べました。

    >>私は母親似で、妹は父親似です。三男と長男はその中間です。
    >>目下、父親似を目指しています^ ^
    >どんな感じに?_?>とお聞きしようと思っていたのに、今になってしまいました〜♪

    私が傾聴ボランティアをするところは母に似ていて、私が物作りを目指すところは父に似ているようです。

  • >>2615

    >夏のお祭りのあとの暑い帰り道、かき氷をねだる相手って、(誰しも)母ではなく父のような気がします。すなおさんやローズミントさんは、どんな感じでいらしたかしら。。

    私のおねだりは、母には食べる物、父には遊び物でした。母は、ドーナツ型のパン焼き器で、薪を燃やして、パンを焼いてくれました。
    ttps://item.rakuten.co.jp/kitchensanki/i052/?scid=af_pc_etc&sc2id=af_113_0_10001868
    私は、電極型のパン焼き器を手作りして、パンを焼いてお返ししました。
    ttps://www.google.com/search?q=%E9%9B%BB%E6%A5%B5%E5%9E%8B+%E3%83%91%E3%83%B3%E7%84%BC%E3%81%8D%E5%99%A8&rlz=1C2VFKB_enJP608JP608&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjzuuTsnNDdAhWbAIgKHVWuCO4Q_AUICygC&biw=1280&bih=685#imgrc=A7hAxJtEGjjDAM:
    私は、小学生の頃、ボール紙でカメラを作って遊んでいましたが、高校生になると、父は本物のカメラを買ってくれました。
    ttps://dowjow.com/new/8%E6%9C%8811%E6%97%A5%E9%87%91%E3%83%BB%E7%A5%9D-%E3%81%93%E3%81%99%E3%81%8E%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%AD%A6-%E3%81%A7%E6%89%8B%E4%BD%9C%E3%82%8A%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF/

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