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幻想譚の愉しみ

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    taky88 1月21日 15:16

    1950 年代は星における元素合成の研究が盛んに行われ、
    一部分にしろビッグバンによる元素合成が必要なのかどうかも
    不明確になっていた。

    ともかくこの二つの宇宙論は一時は大きな注目を浴びたが、
    ともに実証性が少ないため宇宙物理の中心的課題から
    外れていった。

    こうしたライバルの両説に観測的に正否の結論を下したのが
    宇宙黒体輻射の発見であった。


    それではなぜこの発見が、ビッグバン説に
    軍配を上げることになるかを考えてみる。

    まず、我々が遠方のものを見るとき、その姿は見た時点より
    過去の姿であることをいつも念頭に入れる訓練から始める。

    今、東京のテレビ局で7時の時報を鳴らしたのを京都で見たとする。

    しかし、我々が7時と見た時は本当は7時を少し
    過ぎているはずである。

    なぜなら、東京から京都まで電波が光の速さでやってくるのに
    時間がかかっているからである。

    もっと遠い太陽などになると、
    我々の見る姿は8分ほど遅れているはずである。

    こういう光の速度の有限さを痛感させられるのが惑星探査機を
    地上局からコントロールするときである。

    ある指示を与え、そのとおりに動いたかどうか確かめるのに
    約3時間もかかる。

    さらに遠い星になると次のように考えねばならない。

    かに星雲は 1054 年に爆発した超新星でできたと言われるが、
    爆発が起こったのはそれよりさらに 7200 年ほど以前である。

    なぜなら、距離が 7200 光年あるからである。

    アンドロメダ星雲になると、約 200 万年前の姿である。

    このようにどんどん遠方を見ていくと、どんどん過去の姿が見える。

    宇宙原理によれば、どの位置でも同じように宇宙現象は
    進行するのだから、遠方の姿は自分の過去の姿と思ってよい。

    もちろんここで 「自分の姿」 といっても、銀河を多数含むほどの
    大きな領域で平均した場合の性質のことである。


    さてビッグバン宇宙の考えでは宇宙の過去はいくらでも密度が
    高かったはずである。

    このため遠方を見ればそういう高密度の宇宙が
    原理的には見えるはずである。

    遠方に密度の高い領域があるのではなく、どの場所でも過去には
    高密度であったその姿が見られるのである。

    密度が高ければ光は吸収されて見通しが利かないはずである。

    幻想譚の愉しみ 1950 年代は星における元素合成の研究が盛んに行われ、 一部分にしろビッグバンによる元素合成が必要

  • また 1950 年には日本の林忠四郎が初期物質を中性子にとることの
    誤りを指摘し、中性子と陽子の比は電子・陽電子対や
    ニュートリノが媒介する β 過程で決まっていることを示した。

    これがその後の核反応の基礎を与えた。

    アルファとハーマンはこうした宇宙初期での元素合成を
    詳しく研究した。

    ガモフはこの宇宙論をビッグバン宇宙と呼んだ。

    核反応は宇宙開闢のビッグバン Big Bang が起こってから
    たったの数分間の出来事であった。

    彼はこのビッグバン宇宙の立場から銀河形成なども論じ、
    宇宙進化論を展開した。

    また、この初期宇宙が、熱核反応するほど熱かった頃の残光が
    現在にも残っているはずだと予言していた。

    それが次に述べる宇宙黒体輻射である。

    当時はそれはまだ発見されていなかった。


    ガモフはこのように元素起源の問題をきっかけとして
    極端に縮んだ膨張宇宙の初期にまで遡って何が起こるかを考えた
    最初の人となった。

    エディントンの言う 「不心得な者」 がまた現れてきたのである。

    エディントン=ル・メートル宇宙では、
    膨張宇宙の過去はたいして縮んだ宇宙ではなかった。

    宇宙項を外すとたしかに密度が無限大から出発するモデルが
    得られることはよく知られていたが、誰もが密度が今より
    30 桁も大きい状態にまでその数学的なモデルを延長させて
    用いる勇気を持っていなかった。

    ガモフはそれをあえてしたのである。

    そして、そのことが 1965 年になって正しかったことが
    観測的にも証明されるようになるのである。

    理論の予言能力の素晴らしさを印象づける好例である。


    8.ビッグバンの残光

    定常宇宙論とビッグバン宇宙論は同じ頃に提案された
    対立する説である。

    定常論は自己完結的な理論を好む立場から言えば
    理想的な説であった。

    弱点は、膨張に伴って物質が創生されなければならないという
    他の現象で実証できない過程が必要とされることである。

    ビッグバン説の利点は、地上で確かめられた物理のみを
    使っている点である。

    勿論、宇宙開闢の問題に際限なく出合うことになるが、
    それが事実なら仕方ない。

    ビッグバン説にとっていささか痛手だったのは、動機となった
    元素合成が実際には主に星によって行われることが
    次第に分かってきたことである。

    幻想譚の愉しみ また 1950 年には日本の林忠四郎が初期物質を中性子にとることの 誤りを指摘し、中性子と陽子の比は

  • しかし、宇宙における元素組成は水素が主であることが
    知られていた。

    これは太陽や星のスペクトル分析、隕石の化学分析、
    地球化学などのデータを総合して推定したもので、
    化学者のウーレイ(H. C. Urey, 1893-1981)などが
    宇宙の元素組成を与えていた。

    この観測データは熱平衡反応の結果とは全く合っていない。

    しかし、例えば急激に温度が減少する中で核反応をさせれば、
    熱平衡に達することもなく、観測データが示す軽元素が多い
    という傾向を説明できると考えられる。

    すなわち、元素起源には熱平衡に達しない高温の状態が
    必要なのである。


    第二次大戦が終わって間もない 1946 年に彼は
    こうした動的条件を可能にする宇宙的状況として、
    膨張宇宙の初期を考えることを思い当たった。

    彼は現在の宇宙の温度は小さいが、宇宙の初期の密度の高い
    状態では温度も高く熱核融合反応が十分起こると考えたのである。

    彼は何のためらいもなく、宇宙が現在より 10⁻⁸ も
    小さい状態にまで遡って元素起源を論じたのである。

    1948 年には具体的に、初期物質を中性子のみとし、
    その崩壊でできる陽子と残っている中性子が結合して重水素ができ、
    重水素同士の反応でヘリウムや三重水素、それからヘリウムができ、
    ・・・という反応の連鎖を考えた。

    中性子や陽子といった素粒子からすべての元素を作ろうと
    思ったのである。

    星の内部の反応では陽子と陽子の反応から出発するが、
    この反応はゆっくりしすぎていて宇宙初期では役に立たない。

    中性子から出発したのはそのためである。

    中性子と陽子反応は荷電で反発のない核の間の反応なので
    たやすく起こる。

    1948 年の論文は αβγ 理論と呼ばれるようになった。

    それは彼の学生のアルファ、各物理学者のベーテ、それにガモフの
    イニシャルを取ったものだが、ベーテは本当は関係ないのに
    ガモフが αβγ という語呂合わせのため、β で始まる名前の
    人名としてベーテを著者に加えたのだと言われている。


    実際の核反応の詳しい計算はフェルミとターケビッチが行った。

    これらの核反応は当時開発の始まりつつあった水素爆弾の
    核融合反応と同じものであった。

    彼らの計算によると元素はヘリウムまでしかできず、
    それより重い元素は作られないことが分かった。

    幻想譚の愉しみ しかし、宇宙における元素組成は水素が主であることが 知られていた。  これは太陽や星のスペクトル分析

  • 銀河内では星の形成・進化・爆発・元素発生、
    残骸の星(白色矮星、中性子星、ブラックホール)の増加、
    などが絶えず進行している。

    だから、銀河はどんどん老化し、
    生まれてから活動性を失うまでの時間も有限である。

    時間が経てば、そういう活性を失った銀河がゴロゴロ溜まってくる。

    そういう老化が避けられないのに、
    なぜ宇宙は無限の時間定常で老化せずにいられるのか。

    それは膨張と物質創生のせいである。

    確かに個々の銀河は老化するが、新しい物質から新しい銀河が
    作られる。

    その物質は新鮮なもので星の燃料にもなる。

    さらに、膨張によって老化物は我々の見える範囲から
    次々と出ていってしまう。

    観測可能なハッブル半径内では新しい銀河と古い銀河の数は
    一定に保たれる。

    宇宙の老化度は一定に保たれる。

    つまり、天体起源論だけで宇宙論は完成するわけである。


    当時、定常宇宙論を受け入れやすくしていた 「観測事実」 があった。

    開闢があったとすると、宇宙の年齢が短すぎたのである。

    密度が無限大の時点から現在までの時間が宇宙の年齢であるが、
    当時のハッブル定数の測定値を用いると十数億年であった。

    これは放射性元素から推定した太陽系の年齢 45 億年より小さく、
    ビッグバン説は不可能に見えた。

    しかしこれは、ハッブル定数の測定の誤りによるもので、
    後には宇宙の年齢の推定値は約 10 倍に伸び、
    矛盾はなくなった。


    7.元素起源とガモフとビッグバン説

    ル・メートルの原始原子説ほど空想的ではない宇宙開闢論を
    ガモフ(G. Gamow, 1904-1968)が提出するようになったのは
    元素の起源論に端を発していた。

    1930 年代になり、原子核物理が発展し、原子核の反応で
    元素の転換が行えることが明らかとなった。

    星のエネルギー源の問題と元素起源論が宇宙における
    原子核物理学の応用として新しく研究された。

    ガモフはベーテ(H. Bethe)、ワイツゼッカー(C. F. Weizsäcker)
    らとともにそうした新しい分野を切り開いた若手の一人であった。

    原子核反応がある温度で十分起こって熱平衡に達すると、
    結合エネルギーの大きい鉄元素のような元素が主にできることになる。

  • 1948 年にボンディ(H. Bondi)とゴールド(T. Gold)によって
    提出された定常宇宙論の基礎は完全宇宙原理にあった。

    ここで宇宙原理という言葉は 1933 年頃から
    ミルンが盛んに用いていた。

    ミルン(E. A. Milne, 1896-1950)は、オクスフォード大学に
    あって、ケンブリッジ大学のエディントンと張り合った天文学の
    大御所である。

    宇宙原理とは 「自然の法則だけでなく自然で起きる出来事、
    すなわち世界そのものが、観測者がどの場所にいようと
    すべての観測者にとって同じようにみえる。ただし、
    観測する出来事に対して空間と時間の座標が同じように
    設定されているとして」 という仮定である。

    これは空間の等質性、一様性と同じ内容だが、
    そのことを自然の法則や出来事そのものにまで要求している、
    そういう強い条件である。

    この宇宙原理の一応用例として彼は運動学的宇宙と呼ばれる
    宇宙モデルを提出している。

    これは負曲率空間のフリードマン宇宙で物質密度が 0 の場合と
    同じだが、彼はそれを特殊相対論だけを用いて導いてみせた。


    さて、完全宇宙原理とは、等質性をすべての場所から
    すべての時間をも含むように拡張したものである。

    なぜそんな独断を行うかという論拠を長々と論文で述べているが、
    要点は次のようなものである。

    地上の物理を宇宙論に無矛盾に適用できるのは、そういう空間、
    時間にわたる等質性が前提とされて初めて可能である、
    という論法である。

    さらに、熱力学的考察から膨張宇宙でなければならないこと、
    膨張しても密度が一定であるためには物質創生が起こらねば
    ならないこと、などが次々と結論される。

    膨張の仕方はド・ジッター・モデルと同様であるが、
    宇宙項のためにそうなるのではない。

    ホイル(F. Hoyle)は、この物質創生を引き起こすC場という
    物質場を新しく導入し、これが通常の物質を創生し、
    膨張で薄まるにも関わらず宇宙の密度を一定に保てる
    という理論を提案した。


    この定常宇宙によれば天体起源論は必要だが
    宇宙開闢論は不必要である。

    宇宙に始まりはなく、完全な永久機関として働く。

    この宇宙論は個々の銀河の進化は肯定するが、
    銀河をいくつも含む大きな領域で見れば一定の姿が保てる
    という非常に都合の良い面を持っている。

  • ―――――――――――――――――――――――――――――
    我々の周囲を見れば、それらは 「原子のデタラメの集合」 とは
    似ても似つかないものになっている。

    これを現在の物理法則で考えれば、現在の姿はそれこそ万に一つ
    10^10¹⁰ に一つといった偶然でしか起こらないようなものだ。

    こういうことを見ると、非偶然的姿を 「世界目的」 や、
    「宇宙デザイン」 のせいだと言いたくなるが、今はただそれを
    「偶然に反したもの」 と呼んでおこう。

    我々は原子や量子の系で起こる反応でこんな 「偶然に反したもの」
    が役割を果たすなどということを物理学に持ち込むのは好まない。

    だから、こんなものは物理の法則(微分方程式)から
    いつも除いてきた。

    しかし、勿論それは問題の境界条件として再び姿を現してくる。

    これは当然で、ともかくそれはちゃんと組み込んでおかねば
    ならないものだから。

    ただ、それを日頃物理で扱う問題の範囲からずっと遠い所まで
    押しやっておけば、我々はその問題を取り除いたと錯覚できる。

    それが時々、不心得な者がいて何千億年も過去に遡ろうなどとする。

    そうすれば、掃き寄せられてうず高く積み上がったそういう
    厄介なものの吹き溜まりの壁に突き当たるだろう。

    それこそが時間の始まりという、
    我々が乗り越えられない限界なのだ。
    ―――――――――――――――――――――――――――――


    このエディントンがぼやいたやりきれなさは 50 歳近くに達した
    年齢も反映しているのかもしれないが、これに刺激されて
    ル・メートルはさっそく 「不心得な者」 ぶりを発揮した。

    彼は1個の原始原子(量子)から出発して、それが次々に分解して
    無数の普通の原子の世界になったという宇宙起源論を提案した。

    「レコード盤の歌のように全てが予め最初の量子に刻まれている
     必要はないが、物質の素はすべて初めから存在していたであろう。

     しかしそれが語らなければならない物語は、一つ一つその時々に
     書かれてきたものであろう。」

    ル・メートル説の内容自身は今日それほど興味あるとも思えないが、
    天体起源論でない宇宙起源論の先駆けとなったものである。


    ところが一方では宇宙の開闢を避けようとする思潮も
    芽生えつつあった。

  • それでも、ある時刻と他の時刻の間に何倍膨張したかを
    言うことはできる。

    フリードマン・モデルでも、アインシュタイン=ド・ジッター・
    モデルでも、ともかく宇宙項がなければ、有限の時間過去に
    遡ると、現在の空間の大きさは今より無限大分の1になるという
    結論になる。

    このような無限大が現れる問題は実は、星が重力崩壊して
    ブラックホールになる場合にも起こり、特異点の問題として
    現在にまで引き継がれている問題である。

    それについては次章でもう一度見る。

    アインシュタイン自身は宇宙の初めの特異点については、
    実際の宇宙を一様・等方などというように数学的に
    理想化したことによって現れたもので、現実にはそんなことは
    起こらないだろうと考え、あまり深刻にこの 「宇宙の始まり」 を
    考えようとしなかった。

    当時は、現在の宇宙が膨張していることの説明ができたことが
    重要なのであって、それを説明する宇宙の数学的モデルを
    まともに真実と思って、宇宙の過去や未来の姿を予言する
    などということはあまり念頭になかったようである。

    膨張宇宙論と宇宙進化論はまだ結びついていなかったと言える。

    コスモゴニー(宇宙進化論)は元々は太陽系形成論が課題であった。

    20 世紀初頭のジーンズ(J. Jeans, 1877-1946)にとって
    渦巻星雲の形成論もそれに加わった。

    しかし、いずれにせよ、個々の天体形成論であって、
    宇宙全体の進化とはまだ関連していなかった。


    6.開闢か定常か

    膨張宇宙が確認されれば当然、その過去の問題が俎上に上る
    運命にあった。

    これは第1章の9でも述べたように、際限ない難問に突き当たる
    ことは目に見えていた。

    1931 年 1 月、エディントンが 「宇宙の終焉――理論物理の
    立場から――」 という講演でこの悩みを訴えている。

    彼はそこで、古くからある熱力学第二法則と、新しく認識された
    膨張空間と量子力学の不確定性関係などを絡めて、
    未来と合わせて過去にも考察を行っている。

    「この議論を哲学的に片付ける気はないが、哲学的に言えば
     自分は現在の宇宙の秩序に開闢があったという考え方は
     大嫌いだ」 と言い、
    それは次のようなジレンマにいつも逢着するからだと言っている。

  • エディントンはこれを高く評価し、このフランス語の論文を英語に
    訳して当時広く読まれていたイギリスの雑誌に再録してやっている。


    ハッブルの発見はこうしてル・メートルの
    一般相対論によるモデルで解釈する方向が主流となった。

    ところが、ハッブル則の解釈とは直接関係ない部分だが、
    このル・メートルの論文には膨張の原因は何であるかについて、
    次のような推察が述べられている。

    アインシュタインの 「閉じた静的宇宙」 の星の光がたまり、
    その圧力で次第に膨張が始まったのかもしれない、と。

    まもなくマクビティ(G. C. McVittie)によってアインシュタインの
    静的モデルは不安定であって、その状態に無限に留まることはなく、
    一般に動的な解に移っていくことが示された。

    また、宇宙項、物質の量、曲率の正・負によって
    曲率半径の変化の仕方は色々とあることも数学的に分かってきた。

    ここで後々まで重要な意味を持つ問題が浮かび上がってきた。

    それは、過去の宇宙での曲率半径はどうだったかという問題である。

    エディントン、ル・メートルが振りまいた考えは、
    「アインシュタインの静的宇宙から膨張宇宙へ」 というものである。

    この場合には、曲率半径が 0 になることはない。

    しかし、一般には曲率半径 0 になる場合もある。

    しかも、宇宙項が 0 なら曲率半径は必ず 0 から始まる。

    正曲率ならこれは文字通り大きさ 0 の宇宙を意味する。

    これは意味がある状態であろうか。

    この問題にエディントンは初めから気づいていた。

    彼は曲率半径 0 といった特異性は避けるべきだと考えていたので、
    ル・メートルが言い出したように静的宇宙から膨張が始まると
    考えていた。

    この考えのためには宇宙項は不可欠であった。


    1932 年、アインシュタインとド・ジッターは共著の論文を書き、
    まず宇宙項は不必要であり、0 とすべきであるという意見を述べ、
    次に、曲率なし、すなわち曲率半径無限大でも膨張宇宙となる
    ことを示した。

    曲率なしの場合に膨張を記述する方法は、前に強調したように、
    何倍に伸びるかということである。

    曲率半径が有限の値なら、はっきりとその長さの増大を記述すれば
    いいのだが、アインシュタイン=ド・ジッター宇宙モデルでは
    そういう空間を固有に特徴づける量はない。

  • ともかく、ハッブルが赤方偏移と距離の関係を観測で
    決めようという気になったことについては、
    ド・ジッター宇宙モデルが一定の影響を持っている。


    1922 年、ロシアのフリードマン(A. Friedmann, 1888-1925)は
    アインシュタインとド・ジッターの解は非常に特別なものであり、
    一般には空間の曲率が時間的に変動することを示した。

    彼は正曲率で物質密度が 0 でなければ 「振動宇宙」 になると
    結論した。

    宇宙は一旦膨張し、その後で縮むのである。

    宇宙項の値は何からも決まらず、不必要なものと彼は考えた。

    1924 年には彼は負曲率の場合も考え、この時には、
    「振動宇宙」 にはならないことを示した。

    現在、宇宙項がないとした場合の宇宙モデルは
    フリードマン宇宙と呼ばれている。

    フリードマンの研究は、しかしながら、殆ど知られていなかった。

    1927 年、ベルギーのル・メートル(G. Lemaitre, 1894-1966)が
    フリードマンと同じように、物質のある宇宙モデルを研究した。

    彼もフリードマンと同様に、どの点でも一様等方になる性質を
    備えた三次元空間の曲率は一般には時間的に変動することを示し、
    曲率半径が大きくなりつつある場合には赤方偏移が起こることを
    示した。

    また、ハッブル膨張則も導き、ハッブル定数 H は曲率半径の
    変化率であることも示している。

    これらはすべてハッブルの発見以前だが、
    この論文もあまり注意を引かなかった。

    膨張速度の変化率は宇宙項が効いていれば 「正」、
    すなわち加速度だが、フリードマンが考案したような
    宇宙項のないものなら変化率は 「負」 で減速になっている。

    重力は引力だから膨張速度をどんどん減速するのに効いている。

    それに対し宇宙項は斥力でどんどん加速しているのである。

    1930 年 1 月、エディントンはハッブルの発見の解釈は、
    物質が 0 などという非現実的なド・ジッター・モデルではなく、
    物質密度がちゃんと有限なモデルで解釈されるべきだと講演している。

    当時の天文学の大御所のこの発言に刺激されて、
    エディントンの許で昔研究していたことのあるル・メートルから
    早速 1927 年の論文が送られてきた。

  • 本当は、平面的に展開できない曲面をどのように三次元空間の中に
    置くかは勝手なのであって、鞍型でなく、もっと周りに凸凹を
    付けて置いてもいい。

    曲がった空間のイメージは、膨張の捉え方のように、
    全体を外から見て行うのではなくて、その空間の中にあって
    一部の領域での幾何的性質から捉えるべきなのである。

    曲率はそうしたローカルな意味で決まっている。

    正曲率空間では全空間が有限となる。

    他の場合にはそうはならない。

    正曲率空間では、ある地点からどの方向に真っすぐ進んでも
    元に戻ってくる。

    ちょうど地球の表面のように。


    一方、ド・ジッターはアインシュタインが導入した宇宙項が入った
    重力方程式が、物質のない空間としてどんな答えを出すかを考えた。

    物質が何もない空間は普通の時間、空間は、
    特殊相対論でいうミンコフスキー空間になるべきだと思われる。

    しかし、宇宙項があるとそうならず、ド・ジッター宇宙となる。

    このモデルで特徴的なことは、
    スペクトルの赤方偏移が起こることである。

    また、この空間の中での粒子の運動を計算してみると
    必ず粒子の間隔が大きくなる。

    初め、この空間が膨張する一様空間であることは気づかれなかった。

    先に述べたような各点で無重力となるような座標系をとって
    見てなかったからである。

    しかし、間もなく、そのことは明らかにされた。

    赤方偏移と粒子が飛び散る運動をすることは初めから気付かれ、
    ハッブルの膨張則の発見以前からこのド・ジッター効果が
    実際の宇宙で観測されるかが一部の人達の関心を集めていた。

    例えばヴィルト(C. Wildt, 1905-1976)という天文学者は
    1922 年にスライファーの見出した赤方偏移と銀河の視角から
    推定した距離の間に関係があることを指摘していた。

    また、エディントン(A. S. Eddington, 1882-1944)も
    1923 年の彼の本 『相対論の数学的理論』 の中で、
    スライファーの発見に触れている。

    赤方偏移の解釈としては、一つは重力赤方偏移、二つには
    飛び散る運動に伴うドップラー効果の二つが混ざったものと
    考えられていた。

    重力赤方偏移とは時間の進み方が発射点でゆっくりしていると
    起こるものである。

  • しかし、彼は重力だけではこのような構造は不可能であることに
    気づき、重力とバランスさせる 「万有斥力」 ともいうべき
    宇宙項という新しい項を彼の重力場方程式の中に導入した。

    彼が勝手に予想した宇宙の姿に合うモデルを可能にするため
    物理法則に新しい要求を持ち込んだのである。

    この宇宙項が現実にあるのかどうかは現在でも不明確である。

    しかし、先に述べたように天文学者は後に膨張宇宙を発見したので、
    静的なアインシュタイン・モデルは事実と合わないことになり、
    宇宙項は無くても良いことになっている。


    アインシュタイン・モデルの目新しさは曲がった空間であった。

    この宇宙空間の曲率の可能性はリーマン、クリフォード、
    シュバルツシルトなどが考えていったが、
    一般相対論はその曲率の大きさが、物質のエネルギー密度と
    関連して決まるという関係を与えたのである。

    宇宙空間で考えるのはどの場所でも同じ曲率で曲がった空間である。

    曲がり方についても等質な空間なのである。

    さらに、等質なだけでなく等方的である場合を考えると、
    空間のタイプは正曲率、負曲率、ゼロ曲率の3つになる。

    ゼロ曲率とは曲がっていない普通のユークリッド空間である。

    ユークリッド幾何の公理の一つは 「ある直線とその上にない一点が
    あった場合、その点を通り前の直線に決して交わらない平衡な直線が
    一つある」 というものである。

    ところが正曲率空間では交わらない平行線は存在せず、
    負曲率空間では平行線はいくらでも存在する。

    この他にも、三角形の内角の和は正曲率では 180° 以上、
    負曲率では以下となったり、円周と半径の非が 2π でなく、
    正曲率では 2π 以下、負曲率では 2 π 以上となる。

    また、球の体積と半径の立方との比は 4π/3 ではなく、
    正曲率ではそれ以下、負曲率ではそれ以上である。

    二次元空間で言うと、球の表面が正曲率空間であり、
    負曲率空間はよく鞍型に例えられる。

    鞍型は、一見、等方性を満たさないように思える。

    鞍型を例に出すポイントは、ある点から等距離にある点を結んだ
    曲線(円)の長さが平面の場合より長くなるということが
    表現されているからである。

    幻想譚の愉しみ しかし、彼は重力だけではこのような構造は不可能であることに 気づき、重力とバランスさせる 「万有斥力

  • するとこれらの座標系が、
    お互いに一般には加速度運動しているのである。

    各点での無重力系は互いに加速度で動いている。

    このようにすると、目に見える目印を利用しなくても、
    無重力という力学的性質を用いて空間の動きを捉えることができる。


    ここで少し物理を知っている人は次のような疑問を抱くであろう。

    ある系に対して一定速度で動く系の間には相対性原理が成り立つから、
    無重力は無重力にとどまり、無重力系は一義的には定まらないと。

    確かにその通りである。

    そこで無数にある無重力系のうちからここで言っている特別な
    「無重力系」 を選び出す基準が必要になる。

    このためには等方性という性質をさらに要求すればよい。

    その 「無重力系」 から全天を見たとき、
    宇宙の姿が等方的に見えることを要求すればよい。

    この 「系」 に対してある方向に動いている他の系を取れば、
    等方性は崩れてしまう。

    例えば、ハッブル則も方向によって違ってくる。

    速度の方向にある天体の光はすべてドップラー効果で青い方に
    スペクトルがずれ、反対方向からの光はすべて赤い方にずれる。

    等方性の要求は、後に述べる宇宙黒体輻射の存在を考慮すると
    より現実性が出るであろう。

    こうして、宇宙が等方に見える無重力の座標系を各点に設定した時に、
    これらの系の相対的な運動に表現されているのが空間の動きである。

    もう少し感覚的に掴みたければ、無重力になるための動きと
    言ってもよい。

    それがどんな動きか、それに答えるのは重力の理論、
    それも相対論的な重力理論である一般相対論である。


    5.一般相対論と宇宙モデル

    アインシュタインが一般相対論を完成したのは 1915 年から
    16 年に掛けてであるが、この理論を用いた宇宙論が
    早速 1917 年に発表されている。

    一つはアインシュタインの閉じた空間の静的モデル、
    もう一つはド・ジッター(W. de Sitter, 1872-1935)の
    物質なしの宇宙モデルである。

    アインシュタインは宇宙のモデルとして
    物質が一様に分布している空間を考えた。

    そして古くからある無限大重力の矛盾を救うため、
    正曲率の曲がった空間が有限の体積となることに目をつけ、
    このような宇宙モデルが可能かどうかに興味を持った。

  • 完全に透明な水の動きというものも目に見えない。

    その動きを知るにはその中に木片などを投げ込めば、
    その動きから流れが分かる。

    これはちょうど空間(水)と銀河(木片)の関係に似ている。

    この場合は木片は水とともに動くと考えられている。

    ちょうど空間に銀河が固定しているように。

    そこでまず、空間に銀河が固定しているということの
    意味について考えてみる。


    木片と水の場合、水に対して木片が動くには特別の力が必要であり、
    身を任せて動く場合は水の流れに沿うわけである。

    宇宙でも似た事情がある。

    銀河などの物質は、木片と違って、単なる動きを見るための
    目印としてあるだけでなく、重力の源でもある。

    先にも触れたように、一様に物質が分布した場合の重力は
    どんな遠方からも同じ強さで働き、膨大な力となる。

    ところが重力は加速度運動することによって
    無重力にすることができるという特別な性質を持っている。

    例えば、綱が切れて地上の重力の下で自由落下しつつある
    エレベーターの中では、一見重力が消えたと思うであろう。

    重力はすべてのものに同じように働くから
    逆に消してやることができるのである。

    この綱の切れたエレベーター内では、手に持ったボールを放しても
    床に落ちず、手から離れないであろう。

    エレベーターの外から見ていれば、その人とボールは
    一緒に落ちているのだが、その人にとってはボールに
    重力が働かなくなったと思える。


    このように、宇宙の全物質から受ける重力を感じないでいようと
    思えば、重力に身を任せて 「自由落下」 すればよいのである。

    そこでそういう働きをしている座標系(エレベーターと一緒に
    落下する座標系)を各点で取ることにする。

    そうすれば、ある物体をそこにおいた時、その物体は
    その座標系に対して動かない。

    ボールは地面に固定してある座標系に対しては動くが、
    落ちるエレベーターの座標系に対しては静止している。

    要するに、空間に対して銀河が何の力を加えずとも
    固定されているためには無重力にいればいい。

    この無重力という物理的性質を用いて 「空間の動き」 を
    把握することができる。

    ある点の近傍で無重力となる座標系を設定する。

    他の離れた点でも同様にその近傍での無重力となる座標系を設定する。

  • 宇宙全体の大きさを定義しないで膨張などというものが
    定義できるのだろうかと思うかもしれないが、それは可能である。

    我々は 「宇宙という天体」 を外から眺めてどう大きくなるかを
    記述するのではなく、中にいて、
    どう 「伸びる」 かを見ているのである。

    伸び率を見るには宇宙全体の大きさという概念は不必要である。


    前に持ち出したゴム紐の比喩に戻ると次のようになる。

    ゴム紐全体の長さを見なくても、紐の伸び率は
    ある一部分を見ているだけで分かる。

    それはある印と別の印の距離がどう伸びるかを見ればよいのである。

    この印はゴム紐に固定してあるから、印と印の距離の変化を
    ゴム紐そのものの伸びと思ってよいのである。

    ゴム紐の伸びの記述の仕方は何も全長が 10cm のものが
    20cm になったと言わなくても、1cm であった間隔が
    二倍になったという言い方でいいのである。

    全長ではなく、何倍になるかで記述できる。

    宇宙膨張の見方もこの 「何倍」 で見る見方で行くことにする。

    我々は宇宙の内にいて 「空間」 の膨張を、その 「空間」 に
    固定してある銀河間の距離の変化から知るのである。

    見えない 「空間」 の膨張の具合を見えるように空間に印をつけて
    くれているのが銀河あるいは一般には物質なのである。


    くどいようであるが、宇宙という有限の天体が
    どんどん大きくなってくるというような、
    外から宇宙を見たような膨張のイメージをもってはならない。

    あくまでも一部分の領域を見て、膨張宇宙と言っているのである。

    では、全体はどうなっているかという問題はもちろんある。

    ゴム紐の例で言えば、有限の長さで両端があるのか、
    それとも有限だが両端がない輪ゴムのようなものか、
    あるいは無限に長いのか、といった可能性である。

    「両端あり」 は一様性を破るが、他の二つでは
    一様性は保持されるから宇宙モデルたり得る。

    輪ゴム宇宙はアインシュタインの閉じた空間で初めて可能となる。


    さて、一様に膨張する空間に固定してある点の間には
    ハッブル則が成り立つことは分かったが、
    「空間が変化する」 ことの意味は自明ではない。

    ゴム紐やパンと違って空間とは物質でなく掴みどころの
    ないものだから、それが変化すると言ってもイメージは
    浮かばないであろう。

  • ふくらし粉の入ったパンが焼かれている膨らんでいく時の
    レーズンとレーズンの間の速度はハッブル則に従う。

    あるレーズンに乗って四方を見ればどのレーズンも
    距離に比例して後体している。

    観測者のレーズンはパンの中心である必要はない。

    端の方でも良いが、その場合には外の方を見ると、
    ある距離より先にはレーズンがなく、等方には見えなくなる。

    さて、このゴム紐とゴム板の伸ばしやパンの膨らみなどに
    共通することは、「銀河」(ゴムに付けた印やレーズン)が
    一様に膨張するゴムやパンに乗って動くことである。

    ゴムやパンに対して 「銀河」 は静止している。

    一様に膨張する何ものかがあって、
    「銀河」 はそれにへばりついていればよいのである。


    では、本当の宇宙では一様に膨張する 「何ものか」 とは何であろう。

    一般相対論ではそれは空間だという。

    空間が大きくなり、その空間にへばりついている銀河の間隔が
    開いていく。

    銀河のあの後退運動は普通いう物体の運動とは違うものである。

    普通の意味での運動だと、どの物体の速度も
    光速度(c)以下のはずである。

    ハッブル速では、ある距離(c/H)以上では光速以上になるから
    物体は必ずこの距離以内になければならない。

    これでは宇宙は一様でなく中心や端があることになる。

    それでは都合が悪い。

    これに対し、何ものかが一様に膨張する場合には、
    c/H 以上の感覚にある二点の間の速度は光速以上になり得る。

    光速以上でも全然かまわない。

    ただ、光速以上で離れつつある二点間には、
    決して物理的作用は達し得ない。

    簡単に言えば、決して 「見えない」。

    このためある観測者を決めれば、彼に見える領域は有限であるが、
    決してその限界を超えて膨張している何ものかが
    存在しないのではない。

    その限界はあくまでも観測者に相対的に決まるもので、
    観測者の位置を変えれば別に定まる。

    このような限界をその観測者にとってのハッブル半径という。


    一様であればこの宇宙には表面がない。

    宇宙とは無限の真空空間の中に
    巨大な天体として浮いているものではない。

    それならどこでも一様とは言わない。

    だから膨張といっても、星の爆発のように宇宙という
    天体(島宇宙)が大きくなっているのではない。

  • 準星はほぼ一様に宇宙空間に分布しているが、明るい天体であるため、
    宇宙の距離を見る場合にはほとんど準星が観測にかかり、
    大きな赤方偏移をもつ天体は準星で測られている。

    発見当時は、後退速度が光速の 16% 、37% ぐらいであったが、
    最近では 90% に達するものも発見されている。


    4.膨張の意味――動く空間

    我々からの距離に比例した速度ですべての銀河が
    後退しつつあるということの意味を少し考えてみよう。

    まず、どの方向についてもこの関係が成り立っており、
    どの方向についてもハッブル定数 H の値は同じであるから、
    我々を中心にして等方的に膨張していると言える。

    それでは我々の位置が特別なものかというとそうではない。

    速度は相対的だから、
    あちらか見ればこちらが後退していることになる。

    しかも、膨張の等方性もどの銀河に移っても同様に成り立つのである。

    これは速度と距離が比例していることからくる特別な事情である。

    このためにはまた、宇宙が一様であること、
    どの場所も同等な性質を持つ空間であることが必要である。

    H が場所によって変わってはいけないが、時間的には変わってもよい。


    速度と距離が比例するという関係は実は、次のような一様膨張を
    考えると当たり前のことである。

    今、ゴム紐に一定間隔ごとに糸を結んで印を付ける。

    そしてゴム紐の両端を引っ張って伸ばせば、
    結んだ印と印の間の距離も大きくなるが、
    それは当然のことながら元の長さに比例して大きくなる。

    したがって、伸ばしている間の印と印の間の相対速度は
    距離に比例するはずである。

    なぜなら、伸ばしている時間は一定なのだから、
    伸びた距離が間隔に比例するなら速度は間隔に比例する。

    こうして我々はゴム紐の伸びが
    ハッブル則に従うことに気づくのである。

    引っ張る速さを時間的に変えれば H は時間的に変化することになるが、
    (速度)= H ×(距離)の関係は同じように成立する。


    ゴム紐は一次元の 「膨張宇宙」 であるが、ゴム板を持ってきて、
    四方から引っ張って伸ばせば二次元の膨張宇宙が得られる。

    ゴム板上に書かれた印と印の間にはハッブル則が成り立つ。

    三次元での西洋流の比喩はレーズン入りのパンの 「膨張」 である。

    幻想譚の愉しみ 準星はほぼ一様に宇宙空間に分布しているが、明るい天体であるため、 宇宙の距離を見る場合にはほとんど準

  • 種族 I の変光星に種族 II の変光星で得られたスケールを用いる
    混同をしていたのである。

    固有の明るさを小さいと誤れば、それに基づいて出した距離は
    小さく出る。

    そうするとハッブル定数の H は大きくなるのである。

    アンドロメダの距離も小さく推定しすぎていたので
    大きさも小さくなったり、球状星団の大きさが暗く思えたり
    していたのであった。

    しかしこのある意味で技術的な誤りに起因した混乱は
    一時は大変重要な意味を持って受け止められた。

    それが第三の不都合である、宇宙の年齢の問題であった。

    これについては後に触れる。

    【表 2-1】星の種族
      ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
               ┃ 種族Ⅰ ┃ 種族Ⅱ   ┃
      ━━━━━━━━━╋━━━━━╋━━━━━━━┫
      銀河の中の分布  ┃円盤の中 ┃中心部やハロー┃
      星の属している星団┃散開星団 ┃球状星団   ┃
      重元素の量    ┃多い   ┃少ない    ┃
      明るい星     ┃青い超巨星┃赤色巨星   ┃
      星の運動     ┃速度小さい┃速度大きい  ┃
      ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


    膨張の後退速度の観測値は 1930 年代にはハッブルと
    ヒューメイソンの努力で秒速 2 万km まで達した。

    光速の 6.7% である。

    1948 年に完成したパロマ天文台の 200 インチ望遠鏡で
    サンデイジ(A. Sandage)達は次々と後退速度を測り、
    1956 年にはその数は 474 個にも達した。

    速度の大きさは光の 20% のものも現れたが、
    大多数は数 % 以下であった。

    後退速度のより大きなものが観測されるようになったのは、
    1963 年に準星が発見されてからである。

    電波源は普通は大きく広がって観測される。

    しかし、中には星のように、望遠鏡の分解能では大きさが
    測れないほど小さい電波源も発見され、「星のような」 天体
    という意味で準星と呼ばれた。

    1963 年にシュミット(M. Schmidt)がその電波源の場所に
    光学的な天体を捉え、その赤方偏移を測定した。

    こうして、準星は銀河のように遠方の天体であることが
    明らかとなった。

  • ハッブルはこの発見の解釈として、ド・ジッターの宇宙モデルに
    言及し、膨張は加速度的だから、自分の得た比例関係は近似的な
    関係であろうと述べている。


    ハッブル定数の観測値は今でも確定していない。

    距離測定の難しさが災いしているためである。

    ハッブルが初め得た H の値は 540 km/(s‧Mpc) である。

    すなわち 100 万パーセクの距離で秒速 540 km の後退速度である。

    しかし現在はこれの約 1/10 ぐらい小さい値とされている。

    (2017 年 10 月現在 70(+12.0, -8.0) となっている)

    シャープレイの与えたセファイド型変光星の周期・明るさ関係を
    基礎にして研究が進んでくるにつれて、次のような3つの不都合が
    目立つようになった。

    一つは球状星団の明るさが我々の銀河系のそれに比べ、
    アンドロメダのそれの方が暗いこと、
    二つには我々の銀河系のサイズが他の銀河に比べて大きく出ること、
    三つ目は宇宙の年齢が短く出ることである。

    これらの不都合はすべてシャープレイの関係を少し改訂すれば
    解消される。

    1952 年、バーデ(W. Baade, 1803-1960)がそれを明らかにした。


    1943 年、第二次大戦で灯火管制下にあるためロサンゼルスの光に
    邪魔されないチャンスを利用して、バーデはウィルソン山天文台で
    アンドロメダ星雲の中心部分とそれに付属した二つの楕円銀河を
    観測した。

    星の密集部分で一つ一つの星を分離したのである。

    この観測を通じて彼は、星はHR図、銀河空間内での分布、
    化学組成、速度などの性質で種族 I と II に別れることを見出した。

    新しい星が種族 I、古くに作られた星が種族 II であることが
    後に分かってくる。


    バーデはこうした種族の違いによる性質の差の一つとして
    セファイド型変光星の周期・明るさ関係も種族によって違うことに
    気づくのである。

    初めにリービットがマゼラン星雲内に見たのは種族 I であり、
    シャープレイが球状星団内に見たのは種族 II であった。

    種族 II のものは同じ周期でも種族 I のものより暗いのである。

    ところが渦巻星雲内に認めたものはほとんど種族 I であった。

    幻想譚の愉しみ ハッブルはこの発見の解釈として、ド・ジッターの宇宙モデルに 言及し、膨張は加速度的だから、自分の得た

  • 初めて力学的な考察がされているわけだが、この点は 1926 年に
    リンドブラット(B. Lindblat)とオールト(J. M. Oort)により
    回転銀河系のモデルへと発展していった。

    これにより、球状星団の分布から銀河系の大きさを推定した
    シャープレイの結果との関係が明らかになった。


    3.ハッブルの膨張則

    ハッブルは距離測定法を基礎に次々と銀河系外の星雲に挑んでいった。

    1926 年には 400 個の銀河星雲のデータをまとめ、
    初めて観測的なメスの入ったこの星雲の世界を描き出した。

    まず彼は銀河星雲を楕円型、渦巻き型、不規則型に分類し、
    これらがほぼ一様に混じり合って分布していることを確かめた。

    銀河が一様に分布しているということの観測的検証は
    これが初めてだった。

    彼は宇宙の平均密度を推定し、アインシュタインの静的宇宙モデルを
    用いて全宇宙の体積、全質量などを推定している。

    セファイド型変光星は非常に明るい星であり、遠い銀河でも
    一個の星を分離できたわけだが、それでも 1000 万光年ぐらいが
    限度であった。

    そこでハッブルはより明るくて固有の明るさがほぼ一定であるような
    標準燭光を選んで、測定できる距離を伸ばしていった。

    銀河系で一番明るい星、球状星団、HII 領域などが標準燭光として
    用いられた。

    これらには太陽の 100 万倍も明るいものもある。

    一つの標準となる天体の見かけの明るさを決めるには
    視野を小さくしなければならない。

    そうでないと、他の星の光も一緒に入ってしまうから、
    分解能を上げてその天体の像を分解しなければならないのである。

    そうなると光の量が減って一つのスペクトルをとるのでも大変になる。


    困難をおして 46 個の銀河のドップラー効果を測り、そのうちの
    24 個の距離を測定し、先に述べたハッブルの膨張則を得た。

    距離の推定はハッブル、スペクトルの観測は助手のヒューメイソン
    (M. L. Humason)が中心に行ったという。

    後退速度は最大秒速 1800 km にも達していた。

    彼は距離の分からない銀河については速度・距離関係を用いて
    逆に距離を推定することによって固有の明るさを計算し、
    それが妥当になることを確かめている。

    幻想譚の愉しみ 初めて力学的な考察がされているわけだが、この点は 1926 年に リンドブラット(B. Lindbl

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