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言葉の藻屑

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  • 2017/08/01 04:04
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    Lucy 8月1日 04:04

    子供の時、障害を持つ同級生に慕われていた。
    たまに彼女の姿を思い出すことがあって
    今も生きているのか、生きていればどうしているのか気になる。
    彼女には私にはない自信や自尊心があるように見えた。
    当時の私は長く生きる自信がなかった。
    精神的に過酷な生活で更年期よりつらい不調があったから。

    彼女の人生どうであろうと彼女は立派に生きただろう。
    私は身勝手な自分の生き方にもかかわらず
    客観的に幸福だと思われるだろう人生になった。
    主観的に彼女も私もおそらく間違いなく不幸だった。
    ただし、人生が本当に終わってしまった後、
    幸か不幸かなんて問題ではないだろう。

  • 知識人の多くは、意識の理由からジレンマを抱え
    足元の理由を盾にする。
    鉾と盾の理由から漁夫の利を恐れ、現実の利害で文章を構築する。
    いや、それも面白いのだが、ならば、実質的な行動の方が、余程
    面白い。
    仮想は代償を払わないから勝手な想像を許していると想う輩は、多いだろう。
    しかし、それが、自分の身を経たとき認識も変わる。
    現実へ重きを置いていながら、現実の進捗に気づかない理由がある。
    想像の欠如であれば、また進展が生まれるのも、ジレンマの理由なのかも
    しれない。

  • 具体的な物事の感性を自分の中で消化しようとするとき
    では、その展開を想像する。
    確執的な感性へ拘ることで、他の想像の意味を演繹出来ないことや
    類推が根拠を探し出すことが出来ないことなど、想像の理由は
    発展性から懐疑が付きまとう。
    言葉の本来の意味は、自己の概念を形象化することだ。
    形式が腐敗を生み、継承が堕胎を繰り返して来た理由の多くは
    純粋を求める心理が故である。
    人の発展の根拠が人類へ寄与する根拠無くして、大義が無いとする
    大義さえ嘘と想える程、おそらく、自己への興味は尽きないのだ。

  • 例え、現実が嘘であったとしても、それをデジャブだとしたら
    嘘ではなくなる。感性を支配するものが感覚を信じる限り、そこへ
    転換を想像することはできない。
    真偽は、機序の方向性にある。

  • 何も愛していない時は虚しい。
    いや、愛した手応えというか、
    愛する対象から何か反応がないと
    伝わらない通じないものになるわけで、
    愛も伝わったり通じて初めて成立するものだろうから、
    あるものを愛したいけど、かなわない。
    何かに愛されてはいるらしいが、
    愛されているだけだと幸福なだけで、
    それが何ともつまらない。
    たぶん不幸も求めている。
    いや、幸福とか不幸など無意味になるほど
    とんでもない経験をして魂に刻み付けたい
    のかもしれない。

  • 外を一人で歩いている時いろんな雑念がわいてくる。
    ある日こんなことを思った。心に関してよく、
    「ありのまま」で良いとかそのほうが良いと言うが、
    心はよく偽ったりする、それがダメ。
    え、なんで?「ありのまま」を許すなら、
    すべてがありのままだから何もかもOKじゃない?
    偽ることも「ありのまま」だから、いや違う?
    私にとって偽ることも含めて自分だけど、
    偽る部分だけ自分ではないとして排除しなければならないのか?
    自分のすべてを認めるわけではないのか。
    結局、偽らない自分だけしか許されないってことか。
    偽る必要がない世界で生きられるなら幸せなことだ。

  • 意識と認識を知識と置き換えて観る。
    少なくとも、確定的な意識へ近づくだろう。
    いや、認識を証明することに近いかもしれない。
    現実の確定的な証明をするとき、多くの場合、物理に照らした数式がある。
    1+1=2という数式を確定的な現実と捉える理由を証明しなければならない。
    もし、意識と認識が知識を凌駕することがあるとすれば、この数式は虚構の産物となる。
    数理が道理を構築した上で、知識が2という結果を証明するとすれば、何の意味があるのだろう?
    それが、意識と認識の役目なのでわないだろうか。

  • あなたがよく使う「意識」ってどういう意味?
    と返された時、答えられなかった。
    あれから何年たったか、今ある考えが浮かんだ。
    「自分を映す鏡」ではないかと。
    「鏡」には当時、別の考えがあった。
    世界のすべてを、自分の内部だけで感じるということだった。
    つまり「見える他人は自分自身」
    他人のことについて表現すると、まず
    自分自身のことになってしまう原因。
    他人の真実は、その人そのものにでもならない限り
    本当の意味では永遠にわからない。
    では、共感は何なのか。
    同じだと思い込んでいるだけではないか。
    いや、本当に同じこともあるだろう。
    同じ星の同じ種類の生物だったら、
    同じように感じるほうが多そうだ。

  • 随分と独りよがりのことを語った。
    それは、自分の認識する範囲で、言葉とした。
    自分の認識する能力を信じてのことだが、しかし、自分が想うことは
    それ以外のことだ。
    人の動機への疑問である。
    行動を強要する動機への疑問だった。
    自分を含め、動機が衝動的な場合を想定した。
    そうした想定では、自分の立場も同一と考える。
    独りよがりの、理由と根拠のない限り、動機の理由を還元することが
    できない。
    動機の理由が、もし、認識以外の理由だとする想定である。
    内的な動機は、二元的の、外的な理由を証明するものだとする因子を問うものだ。
    人の動機が、五次元の理由から、多次元の動機の影響を受けていると想えていた。
    つまり、求めざるして、自己表現をする理由の因子を問うものである。

  • 私が、自分の現実を見つめるということは、自分のなすべきことへ
    行動することを意味する。もちろん、それは、自分の選択ではない。
    与えられた仕事としての認識の行為といえる。
    分別とか認識というものが、現実へ効力を持つものだと証明するのは
    、可笑しなことに、自分の意志なのかもしれない。与えられたものでありながら
    そうした現実を認識できないとしたら、きっと、自分の何処かに、理解できない
    自分の存在を意識することになる。
    自己矛盾を避けるために、そう理解しようとしているのだ。
    「自分の意志」などと大層な事柄でないと、自分が一番知っていることなのだが
    「分別」という言葉を用いるなら、「背に腹は代えられぬ」だけのことだ。
    だから、飛散した死体を拾いながら、いつ、自分が同じ死体となるか想像してしまう。
    人を動かすものとは、何だろうと考える。
    失意や絶望と並行し、希望と野心が、両極の立場で慢心を得たとしても、目的とは
    どんな意味を持つのだろうか?
    そもそも、与えられた生命の尊厳を、どう捉えるものなのか、自分へ問わねばならないのだ。
    生命の原点から、意志在って存在を問い、意志無くして存在を問うことの矛盾を見つめたとき
    回帰の意味を知るかもしれない。
    我々は、試されているのかもしれない。

  • 今の家に引っ越し後あまりならなくなっていたのに、
    久しぶりに睡眠障害の金縛りになった。
    今回も変な物が見えた。
    視界の上半分に肉のようなものが見えた。
    最初、何なのかさっぱりわからなかった。
    それは、自分の瞼を内側から見たものだった。
    自分が睡眠中、目を半分開ける癖があることを思い出した。
    しっかり目を閉じると眠れなくなるからだ。

  • 事故現場で肢体が散乱している。
    肉片と血潮は、風圧から飛散し、線路沿いの雑草が赤く染まっている。
    綺麗なピンク色の骨片と、線路沿いにコロガル、白濁した眼球の瞳が此方を向いている。
    時折、嘔吐する警察官が背中を他の警察官に撫でられる足の傍らに、脳みその飛び出た
    頭蓋が横たわっている。
    電車が好きで、その使命を教えられた。
    しかし、線路上で佇む「物体」を通過してしまう。
    ブレーキを掛けたのは、衝撃の鈍い音でしかなかった。
    私は、犯罪者なのか、それとも、傍観者にしか過ぎないのか・・
    いや、死を受け入れる者に、私の考え方など、どうでも良いことなのだろう。
    私が見つめなければいけないのは、この現実なのだ。

  • どうでもよいほど些細で何でもないことで
    死にたくなるほど何度も自分を責め苛む。
    一つでも不完全な欠点などを見つけるまで記憶を
    全力で掘り起こして、見つけた些細な過ちを用いて
    自分がどれほど死すべき有害な存在であるかを
    証明してしまうのだ。自分の心の中で
    何度も厳しく裁かれ有罪になる私は、
    死ねば地獄に落ちると決まっている。
    というよりも、魂が地獄に適している。
    地獄がいちばん落ち着く居場所なのだ。
    沈黙…中略
    誰かにとって「死すべき有害な存在」が、
    世界で繁栄している最たるものであり、
    私もそういうありふれた一個体に過ぎない。

  • 【 】

    私は誰なのでしょう
    ワタシである前に
    自分なのに
    己なのに

    何もわからない

    誰かを言い訳にして
    自分を誤魔化し続けて

    何もかも隠して
    狂った心を偽って

    悪意だけが凝り固まってしまった

    ワタシの詩は
    なんと汚いのでしょうね
    気持ち悪い言葉ばかりで

    悪ではなく
    邪悪なのです
    どこまでも汚いのですね

    私は変われない
    死ぬまで狂った優しさで
    人を愛せないのでしょうね




    最後にこんな詩ばかりでゴメンナサイ

    本当にごめんなさい

  • 【ワタシとは】

    歩み続ける毎日
    でも憧れた理想からは遠く
    そして理想というものがないワタシ

    私は何をしたいのだろうか

    私は迷い続ける

    理想と夢は人を迷わせてしまう

    だから私は諦める
    何も持たず捨てる人生を
    自業自得の結果を繰り返す

    私の願いとはなんなのでしょうか

    考えても意味などは無いのでしょう
    惰性で生きる日々に
    下らない考えに

    ワタシの理想はありません
    霞のように消えたいのです
    終わりしか願っていないのです

  • 抱き締めたい 愛したい
    キスをしたい 体で繋ぎ会いたい
    抱きたい 手を繋ぎたい
    愛に狂いたい
    愛を知りたい
    そばにいたい
    愛してほしい
    愛するから
    私は愛を知らないから
    愛を語る
    愛に夢見て 愛に恋い焦がれる
    愛なんて無い物にすがりつきたくなる
    ドラマのような
    物語のような
    愛を
    そんなものは一時のものでも
    愛を掴みたい
    愛に溺れたい

  • おかしいとか 正常だとか
    キレイだったり 汚れていたり
    優れているとか 出来損ないだったり
    美人だったり 醜かったりとか
    簡単に割りきれたらいいのに
    割りきれない
    いつから世界はこうなんだろう
    答えの出ない答えばかりで
    定まらない
    単純過ぎるのもつまらない
    複雑過ぎて 壊れてしまったら
    直せない歯車ばかり
    壊れてしまった物は直さない限り
    走り続けて 全部を台無しにする
    私は壊れてるのかな

    何もかも壊れてしまってる
    壊れたままで動いてる

  • ニワトリが先か卵が先か、そんな論争を聞いたことがあると想います。
    そうした争点の趣旨は、生物的な根拠の延長に、人の根源を例え、性善説と性悪説
    への懐疑があるように想います。もちろん、ニワトリが先であれば、卵を産むでしょうし
    卵が先であれば、条件が必要となります。いずれにしろ、だからと言って、結果
    生存の過程を認識するだけでしょう。
    しかし、この認識という過程がロジックを生んでいます。
    もともと、自己認識の過程で必要なものは、生存の条件と、出来れば
    予想し得るツールを知ることです。
    現実からの、状況と情況を判断する起点として、根源的な基点への問いが必要だと
    するからです。
    もう、お分かりだと想いますが、懐疑は不信を生みます。
    また、不信は情況の判断を狂わせる。
    この認識の過程と動機に、理性的な根拠を判断しようとするのです。
    ニワトリと卵、そして、性善説と性悪説、その結果を予想して
    果たして、何を求めているのか?
    というテーマと、その希求への姿勢が問われ、また、人類が繰り返して来た
    永遠のテーマでもあるようです。

  • 初めて見た時、彼の眼差しは私の心を貫いた。
    最初、私は彼が誰か知らなかったので調べたけれども、
    私にとって生きる次元の異なる偉大な人だった。
    おこがましくも私は彼に好意を伝えたかった。
    現実はただ念じるように思うしかなかった。
    ところが、彼は夢に現れてこう言った。
    「気にかけてくれてありがとう。」
    その言葉一つで私の片思いは冷めてしまった。

    まもなく、彼の名を付けられた機械を知った。
    それは精密で格好よく美しかった。
    その機械は人類が初めて知る情報を多数見つけたらしい。
    しかし間もなく故障してしまった。
    人間である彼も、彼の名を付けられた機械も、
    学者たちに発見された多数の存在と同じように、
    私の心の中でもかけがえのない大切な愛しい
    貴重なものとして輝くようになった。

  • 【過去の光】
    昔、友人がいなかったわけでもないのに、
    友人が一人もいないと思い込んでいて、
    友人が欲しいと真剣に願っていた。
    あれから何十年経ったか…
    自分に友人は要らないかもしれないと思うようになった。
    今から思えば、友人になってくれた人は大勢いたのに、
    私は彼らを友人だと感じたことがなく、
    ただの知人だと思っていて、やがて疎遠になった。
    そしてとうとう本当に一人もいなくなった。
    それではじめて、友人になってくれた人たちの好意や親切が、
    ありがたい思い出となって輝くようになった。
    美しい天体の輝きがすべて過去であるのと同じように。

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