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  • ご飯粒残したら、バチ当たるで
    ご飯粒ひとつでも、植えといたら百倍くらいになるんやからな

    わたしの子供の頃は、まだそんなことをいわれてました。
    もっとも、理屈からいえば、ご飯粒は、もう炊かれて
    種じゃなくなってますから、植えることはできません。
    でも、茶碗にのこってるご飯粒を、じっと見ると
    そのままには、できません。せっかくさずかった命、
    できれば生かしてあげたい。自分には、それができる
    というか、自分が食べてあげなければ、ゴミですもんね。

    じゃあ、わたしに食べられたご飯粒は、どうなるのか?
    わたしの力になります。
    誰かの力になる、という時、
    その人が輝いてくれれば報われるというものですが、
    その人が、いじけたりすれば、ちょっとざんねん。
    そんなことを思うと、わたしはどんな存在なんだろう て
    あらためて思います。
    世に名前が知られてるわけではなし。
    よくいって、その他大勢。(正確にはその末端ですが)
    その他大勢ということを考えたら、ご飯粒が目に浮かびました。
    たくさん集まって、やっと一杯の飯。一粒では存在感なし。
    若い時分なら可能性があって、それこそ百倍にもなる一粒ですが、
    中高年ともなれば、それもない。
    ほんとに、あってもなくても変わらん存在。

    でも、生きよう

    今は、そう思ってます。
    なにかの足しになるほどの力もありませんが、
    でもね、ごはんつぶ一粒、氣づく人は氣づいてくれるわけで
    そういう力は、もしかしたらあるかもしれません。
    歩いてる人を立ちどまらせる力、とでもいうのでしょうか。
    立ちどまるというのは、大切なことだと
    それは何かに書いてありました。とまってはじめて
    感じ取れるものもあるから と。
    そして、氣がつくというところから、新しい一歩が
    はじまる と。
    なんか 風呂敷をひろげてしまいましたが

    ワタシハ ソンナ ゴハンツブ ニ ナリタイ

    こやじ というのは、親ではない中高年だという意味です。

    ご縁のある方 ご縁の続く間、よろしくお願いします。

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  • きっかけは なんだったのか
    ふだん あまり利用しない動画サイトで
    目にとまったカットをクリックしたら
    若い女性が ギターで歌っている映像が出てきて
    英語なんで 情報はわかりませんでしたが
    たぶん アマチュア
    そして 歌は カバー
    (それは cover と書いてありました)

    欧米人にしては 童顔で
    年齢の判断はつきませんが
    もしかしたら ハイスクールくらいかも
    童顔なのに 表情は 物憂い感じと
    つっぱった感じで いわゆるヤンキー風
    歌は 下手ではないけれど 上手くもない
    ただ 伝わってくるものはあって
    それは なんというのか
    遠赤外線みたいな感じで
    よくわからないんですが
    こちらの内側が 熱くなってくる みたいな

    よくわからないものの 正体を
    しいて 解釈すれば
    若さ かな と
    彼女が表現したいのは
    彼女から あふれ出ているものは
    たぶん 今の世界から 飛び出したい
    という漠然とした でも とてもつよい願望で
    それが 上手くない歌から
    いや ギターをもって歌う彼女の姿から
    放射されてる

    それが わたしの中の 若さの燃えカスを
    ゆさぶった みたいな

    旅に出る前の 期待感
    いや それ以前の
    旅に出たい 出たい という欲求
    それが 若さ というものだとしたら
    旅への期待や夢が失われて行くことが
    老い なのでしょうか

    老人の夢は 遠い世界にではなく
    海の向こうの世界に ではなく
    時を越えた あの頃 あの人に
    向かっていく ものなのでしょうか

    でも、そんな老人も
    若い人に 刺激されることがある

    刺激? 共鳴?

    わたしの中にしょうじた 疼き は なんなのか

    わたしにも なにか伝えたいことが あったのではなかったか?

    いや 伝えたい相手に はぐれてしまった
    その もどかしさ か・・・

    伝えたいこと と 伝えたい相手

    ある医師が、認知症の一番簡単なテストは
    二つの質問だといっていた。
    生年月日と なんだっけ 住所か いや 年齢か

    それを聞いて 幸せとはあんまり関係がないな と
    思ったのですが

    伝えたいこと と 伝えたい相手 は
    幸せの 結構 じゅうような鍵かもしれませんね

    伝えたいことは ありますか?
    それを伝えたい相手が いますか?
    願望でも かまいません
    思ひ が 大切なのです・・・

    Dear Prudence....

  • 何かが欲しくなったら
    左の手にある物を 右手に持ちかえよう

    誰かに腹が立ったら
    左手で 右手を ばしっと叩けばいい
    すっきりする氣持ちと 痛い氣持ちと
    どっちが大きいか

    叩いた後、叩いた手で 叩かれた手を
    さすったら、どっちの手も 氣持ちが良かった
    みんなが幸せになれる道は きっとある

    ポチは、しあわせ探知機を 夢みよう

  • 地雷除去の機器を開発されている研究者の話を聴きました

    まず、対人地雷というものの、残酷さ
    わざと殺さない程度の爆発力になっているのだそうです
    怪我人、障害者を出すほうが、敵軍の負担になるからだそうです

    それから、地雷をうめるのは軍隊だけれど
    軍隊は、片づけないという話もありました
    敵軍が攻撃してくる時にも、攻める道だけ、地雷を撤去する
    しかも、そういうところは軍用車両で通過するので
    対車両用の大きな地雷だけ撤去して
    対人地雷は、無視するのだそうです

    ということで、戦争が終わっても
    地雷は そのまま
    ある程度は、錆びたりして不発弾になるけれど
    それは爆発する危険性が小さくなっただけで
    爆発しないという保障はない
    やっぱり ちゃんと撤去しなければいけない

    撤去作業自体は、訓練を受けた人が
    慎重にやれば、そんなに危険なものではないというか
    危険がないように やるそうです

    問題は、探し出すことで
    主に金属探知機が使われるのだそうですが
    金属探知機が反応するものの九割以上は、
    地雷以外の金属だそうです
    それらをいちいち慎重に、掘りだすわけですから
    すごい労力がかかる

    金属探知機じゃなくて、地雷探知機を
    開発しなきゃだめだ ということで
    その研究者の方は、地面の中の金属のカタチを
    見通す機器を開発された

    まだ、開発中だそうですが
    試験機での成績は、
    金属探知機がみつけたもののうち、
    地雷ではないものを 六割判定できたそうです

    今までなら、百掘り出して、七つか八つくらいの
    地雷を除去していたところが
    四十掘って、七つか八つくらいの地雷を
    除去できるようになったということです


    人間が 
    すべての人間が 実は ひとつの生命体だとすると
    片手で地雷埋めて もう片方の手でそれを片づけている
    そんな奇怪な姿が 想像されます
    片足は その地雷で失われていて
    残ってる足には、戦争で儲けたお金で買った
    金の靴をはいている・・・

    人が 多くの人が 欲望をおさえきれないのは
    一方で、他人を苦しめたり、飢えさせたりしている
    せいかもしれません
    本当は、自分と他人は、別々ではなくて、
    みんな つながっているのだしたら、
    攻撃したり、奪い取るなんてことは
    まったく 何の意味もないどころか
    愚かという以上に かなしい


    つづく

  • ・・・・・・・・

    自分にも
    若い頃には 羽が あったのだろうか
    夢は いっぱいあったけど

    でも 飛べなかったなあ
    何回か 跳んだけど
    その都度 落ちたもんなあ

    そういえば 鳥にも三種類あるらしい
    はばたいている間だけ 飛べる鳥
    はばたいて 少しだけ滑空できる鳥
    そして、高いところで 上昇気流つかまえて
    ゆうぜんと 空を舞うことができる鳥

    雀は鳥だけど、地面で生きてる
    セキレイだって、似たようなもんだ
    羽があるからといって
    空の住人になれるわけではないんだ

    自分は 雀ほどの羽しかもってなかったのに
    夢の世界へ行こうとした おっちょこちょいか

    うーむ

    もっとも あたまの髪の毛は抜けたけど
    羽は、まだあるような氣がする
    まだ 夢 みてるから

    雀ほどの羽で 行くことのできる夢の国は

    あ、そうか 近くにあるんだ きっと

    それに、考えてみれば
    空を舞うワシだって、たぶん下をみてる
    羽があれば、上を見るものかと思ってたけど
    鳥の視線は、下だ

    夢は、大地にあるのか?

    それも 近くに・・・・・

    話が
    ここ掘れ わんわん みたいになってきました

    夢をみる能力をさずかった者は、
    土の中から とくべつなものを探し当てる役割を
    背負ってるということでしょうか

    夢をみることが好きで
    夢を いつかはかなえたいとおもう自分は
    そうか ポチだったんだ

     うーらの畑で ポチが鳴く~♪
     正直じいさん 掘ったれぱ~♪

  • 職場には、女性が多い。
    平均年齢は、高めですが、中間が少ないので
    若いこも少なくはありません

    中高年からみると、
    美形が多くて、テレビに出てるタレントさんにも
    負けていないように見えたりもするんですが
    どういうわけか、なかなか覚えられない

    おばさんなら、一度挨拶すれば
    すぐに覚えられるのに、若いこはそれくらいでは
    頭に残らない
    まだ 個性が十分出来ていないのかもしれませんし
    こっちが、うわっつらしか見ていないということも
    おおいにありそうなんですが

    まあ、そんな中で
    好みではないのに 氣になる娘さんがいて
    なんで氣になるのかなあ と 氣になっていたのですが
    こんかい、ふと、ああそういうことかと

    その娘さん、ちょっとかわいげがないくらい
    よく主張してるんですよね
    仕事のうえでは下っ端ですから、発言権もないし
    聴いてもらったところで、たぶんそんなに深いものでは
    なさそうですが、とにかくよく主張している
    遠くからみかけるくらいなので 内容はわかりませんが
    仕事のことではないのかもしれません

    それが これまでの彼女の印象

    今日は その彼女 だまってたんですよね
    理由は簡単で
    耳の聞こえない人と一緒に作業をしていたからです
    わたしは 通りがかりに
    その彼女の 後姿をみかけたのですが

    やせて背が高い彼女の背中
    若いのに 洗いいざらしのシャツ一枚のその背中に

    羽?

    まだ ちっちゃくて
    飛び立てるようなものではなさそうでしたが
    このこは、夢にむかって
    いつか はばたいていくこなんだ て
    そう感じられたんです


    つづく

  • コスモスにインガルスがかさなった日

    車道と歩道の境にある柵。縦格子のあれ。
    その間に、コスモスが一輪、咲いていました。

    コスモスって、結構、背丈がのびるもので
    その割に、あんまりしっかりしてなくて
    ですから、群生しないで、
    ぽつんと一本だけ生えてるやつは
    倒れる危険性が大きいというか
    時間の問題で、たおれることになる・・・

    そのコスモスをみて、
    うまいこと考えたなあ と
    そう思ったのは、そんな理由からでした

    夕方、ふたたび通りかかったら
    案の定、からだを鉄柵に委ねてました
    格子にもたれて休んでいるようでした

    それが、何日か前のこと

    今日 通りがかったら
    なんと花が もひとつ増えていました
    茎は柵の間で、花だけ二つ揃って
    顔をのぞかせている感じ
    一輪の時も、写真に撮りたくなるような姿でしたが
    二つ並んで咲いてるのを見ると
    写真に撮りたいというより あやかりたいような
    まさに しあわせのかたち

    たまたま?

    たまたま なのかもしれませんけど
    しあわせ て
    なんかね 必然的なめぐりあわせのようなものが
    あるような氣がしませんか?

    そのコスモスも
    たまたま 柵の間に芽生えたというよりは
    よし ここがいいぞ て 考えて がんばった氣がする
    そして その賢さ強さが パートナーもね
    ひきよせたんじゃないのか と

    いぜん、ド根性大根 とか なんかそんなのが
    話題になりましたけど
    あのコスモスは、「大草原の小さな家」の
    あのお父さん みたい

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