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    松緑 3月24日 21:40

    こんばんは^^
    岩井三四二氏の単行本の発刊を待ち望む者です。
    氏はあまた書いてきたのですから、発刊速度が多少遅くなっても気にするものではありませんが、すこしだけ気になるので・・・。ただの読者ですから立ち入ったことはいいのですがー。
    わたしは戦国時代小説というのは一大ジャンルだと思ってます。小説に史実は大切ですがーBSの歴史検証とか盛んですねー小説は大枠で史実を踏まえてもそれはフィクションですから、大いに想像の羽を伸ばして書いてもらいたいものです。これは鑑賞者の願いです。だってそうでしょ?99.99999パーセントの非権力者が居たのですから、戦国時代には。ほんのごくごく少数の、描き手垢のついた支配者のことだけではないと思いますが・・。これは鑑賞者のわがままでしょうね。
    氏にはご自愛をお願いして、単行本の発刊を待ち望む者です

  • >>28

    この小説は。秀吉の奉行だった長束正家のことを書いている。作者は”算用者”というふうに正家を呼んでいる。すなわち、戦に際しての兵糧の用意とか、税のもとになる田地の測量とか、必要な計数を調べて秀吉に示すのが仕事である。題して「天下を計る」-最新刊である。
    おりしも大河ドラマの進行にかかわる部分もあるので、興味はそそられる。しかしこの物語は”関ヶ原”をもって終わる。主人公は敗者の側であり、死んでしまうからである。物語はずんずんと読む者を引っ張て行くー。まるで戦国史の内実をなぞるように、なるほど、なるほどとうならせられる。数々のテレビ・ドラマでおなじみの秀吉、家康のことは実によく描けてると思う。「権力者」というものの恐ろしさも然り。四の五の言ったら殺されてしまう。これは現代でも同じだと思うが・・。現代では”首切り”の意味が違うし、”干し殺し”の意味も違うだろう。
    秀吉の朝鮮攻めに際しての兵糧運搬の話はすごい。
    秀吉が死んでしまえば家康の出番である。奉行である正家は三成と行をともにすることになる。そして”関ヶ原”はやっぱ大勢の赴くところーなるほどな、と思う。現代の今にも通じる話である。
    最後になりましたが、作者の今後の健闘を祈るものです。

  • >>27

    こんばんは^^
    今夜は、例の本能寺での信長の言葉と伝えられる”是非に及ばず”について考えてみたいと思います。最近の有力説になった、長曾我部交渉に関する反発説というのは、かなり説得力があるように思います。攻めてきたのが光秀の軍勢だとわかって、”是非に及ばず”ー仕方がないな、思い当たることがあってフに落ちた言葉です。だと思います。運命を悟った言葉だともー。そういう人間であったな光秀は、と思ったのかも。まぁ、きれいごとであるはずはありませんが、そんなところだと思います。その後の光秀の行動がどうにも消極的に見えて、決して光秀は天下を狙ったようにはみえません。信長を成敗して事成れり、という感じです。それに引き換え、秀吉の電光石火の行軍は対極にあるものです。
    ところで氏の光秀は認知症(?)説をとってますね。それも天下に対する欲望はかなり疑問符のつくものですね。愛宕山での連歌は、もし天下を本当に望んだのならば、ああもあからさまには詠まなかったと思います。それよりもなんか屈折した感情が有って、あのように詠んだような気がします。明智光秀が後世、超有名人になったのも、そのへんのところを人々が感じ取ったからだと思います。ただ他の家臣から言わせれば光秀は論外ですね。誰も味方しなかったのも当然です。”是非に及ばず”とは、理解したと信長が言ったということです。戦国時代だと勝手に想像できて楽しいですね^^

  • >>25

    こんばんは
    岩井三四二氏は現在どこぞの雑誌に連載なされてると思いますが、わたしはいつも氏の作品を単行本で読んでいるので、発刊を期待すること切です。こんどはいったいいかなる題材なのかなと思ってます。以前知人が新人作家の連作に酔って、次々と発刊を買いましたが、あるとき、はたと裏切られたと思ったそうです。その作品は例の明智光秀ものでした。わたしも読んでみましたがそうとは感じませんでした。読者も人さまざまですね。現にBSテレビは戦国歴史検証というべきものが花盛りです。なにゆこんなに戦国好きな人が多いのでしょうかね。話変わりますが、熊本城ー壊れてしまいましたね。壊れなかった部分もありましたーびくともしない部分。熊本城の美景は理屈抜きでしょう。観光資源としても理屈抜きですね。復興しなくてはいけませんね。しかしです、ここでなんとなく思うのは加藤清正の事です。もしかれがこの状況を見たらなんというかー戦のない世の中に何の城ぞ、というかもしれませんね。あは。だったら観光資源としての熊本城のことを清正公に丁寧に説明しなければ^^

  • >>23

    この小説の主人公が、医者の卵であるという設定に驚いた。しかも生まれは武家でありながら、生い立ちの途中のやんごとない事情で、故郷を捨て医者を志したと言うわけである。今までの氏の小説の主流からはやや低め(?)に構えたような作品のようだ。それともそれは、この前の作品の設定が大きすぎたからだろうか(太閤の大いなる遺命)。
     主人公には許嫁がありその思い出が糸をひいている。しかも故郷を捨てる原因となった出来事が、その許嫁の家との刀を介した血なまぐさい殺し合いにあったというのだ。そういう主人公が医者の卵として各編さまざまな医者修行をしていく。しかも各編の題目が、いかにも主人公のこころをあらわすようなもので埋められている。情け深くあれ、はその一例である。
     主人公はこのまま医者修行を続けて医者として立つのだろうかと思いながら読んでいくと、なるほど医者として独立はしたが、それには有力な武家の後ろ盾があった。戦国の超有名人かの明智光秀である・・・。
     そういうわけでいつのまにか主人公は槍と刀を持つにいたる。この辺の経緯はなかなか面白い。結局、氏の描く戦国の世に戻ったわけである。そして主人公は最後の編で許嫁とめぐり会う。そして故郷を捨てることになった事件の真相を知る。ここのところの描写はなかなか読ませます。世間の実相をさまざまな体験で知ることになった主人公は、許嫁の語る言葉を素直に受け入れることになる。
     この最後の編を書くことに氏の筆は集中したに違いない。

  • 加えて、直近3ヵ月決算が5四半期以上連続で営業増益を重ねてきた企業ともなれば、割安株としての妙味はより輝きを増す。全般相場の先行き不透明感が漂ういまの局面だからこそ、見直し買いの対象として「低PBR+本業好調株」をじっくりとチェックしたい。

  • ひさかたぶりに氏の作品を見出してよろこんでいる者です。
    「情け深くあれ」ーどんなふうに書いているのか楽しみです。なぜなら、わたしは氏が歴史というものを達観してしまったのではないかと、ひそかに思うからです。この作品を読んでからまた感想を書きたいと思います。ところで現代社会においても、戦国の影はいたるところにあるものですね。小説、テレビ時代劇、映画ーわれわれの意識の中に占める戦国の割合は大きいものです。政権与党の総裁争いで、明智光秀の名前が出てきたのは、記憶に新しいところです。明智光秀は今の世にも生きて居るわけですね。この国の歴史伝統と言うのは、べったりといまでもわれわれの生活に張り付居居ているんですね。戦国を語ってもそう差しさわり(?)は、ありませんものね。そういうわけで、大いに楽しみたいところですが、どっこい、なんというか空しいものも感じてしまうのも、鑑賞者のわがままというものでしょうか。

  • >>21

    太閤の巨いなる遺命ー読了。氏のエンターテイン完成品と言う感じでした・・・。巻末の参考文献リストを見ただけで、うーん^^;とうなってしまいました。かくも作家とは準備周到にする存在なのかと・・。ストーリは非常にわかりやすく、ただ物語半ばで結末は見えてしまいました。船に関するいろんな知識はすばらしく、納得できるものでした。律儀で堅実な氏の筆先が遺憾なく発揮されていました。何よりもすらすらと読めることが心地よい。ゆえにエンターテインの完成品と・・。どうかこれからも,氏の作品のすばらしさを披露してください。心待ちにしています。

  • >>19

    今夜 BSで 古田織部 見てますが どうでしょうか 織部の小説は。大坂方に 息子が仕えていた という。

  • こんばんは^^ 岩井三四二氏の最新単行本はなんでしょうか?知ってる方、教えてくださいな。よろしくお願いします。

  • >>17

    語句の訂正があります。
         雑誌記者の主人公→雑誌記者のような主人公

  • >>16

    「三成の不思議なる条々」を読む
    この本を貫いているテーマは、まさに三成賛歌である。それが読み進むにつれて感じられるようになっている。最終章の津軽氏」のところで、それは全貌を語られるー。家康というこの世の勢力に対して抗う、それはまるで天界の勢力のように語られてる。いや、そう感じた人が居たからこの本は出来たのではないか?まるで関ヶ原30週記念特集のような記事を取材する雑誌記者の主人公が、当時の証言を求めて旅する設定になっている。証言を求める相手に対して主人公は、”道理”などという言葉を発するー。大部分の証言者はその言葉を嗤う。そんなものは考えるまでもない、というわけである。勝利したものに与えられるのが道理である、と言うように。少数派はみな三成周辺の人たちである。道理は三成公にあったとー。その証言の延長線上にこの書が成ったのだと思う。それは本のタイトルが示す通りである。

  • >>15

    投稿ありがとうございます。
    氏はたしか以前にも賞を得ていると思いますが、私などはとっくに直木三十五賞を得ていて当然の作家だと思ってますがー。想像するに文壇にも出版社がらみのしがらみがあるのかなと。ですから今度の受賞はほんとうによかったと思います。たぶん次は直木賞だと思います。作風がオーソドックスですから氏の作品は。
    思うに時代小説とは書かれた時代を反映しているものーなんてえらそうにいっちゃいますが、そうだと思います。氏の作品は今の時代とピントが合ってます。
    氏の益々のご健筆をお祈りしてます。

  • >>10

    こんばんは。 とまどい本能寺の変 の最後の一編 信長を送る で氏の信長像の一端が垣間見えました。同書 第2番目の 最後の忠臣 でも子息の視点で親たる信長を描いてますがー。世は戦国ですから簡単には言えませんが 現代で言えば発展する企業の経営者というところなのでしょうか。部下に裏切られても今の世なら 命まではと思いますが そこのところが決定的にちがうのかな。実の弟と争う話はよく聞きますが 殺してしまうのは戦国ならではですね。でも近代国家になった現在でも 日本人の心情は戦国的なものをかかえているのは確かです。だからみんな戦国時代に惹かれるんでしょうね。

  • >>12

    誤字がありましたので 訂正を
         小田信孝→織田信孝
        氏はわたなんかが考えるより→氏はわたしなんかが考えるより

  • >>11

    こんばんは ようやく氏の8編からなる短編集 とまどい本能寺の変 を読み終えましたので感想を書かせてもらいます。氏の短編集は前にも読んだと思いますが ほとんどは長編独立の作品だったと思います。それにこの短編集は 光秀中心に編まれてるので すごい印象でした。8編みなうならされたのですが 2番目の小田信孝の話(最後の忠臣)3番目の堀久太郎秀政(久々よ、怒れる武神、勝家を鎮めよ)4番目の滝川一益(関東か小なすびか)8番目の信長の側室おなべ(信長を送る)は秀逸だと感じました。はなはだ失礼な言い方ですが 氏はわたなんかが考えるより はるかに大きく深く戦国小説を掌中にしてました。謹んで敬意を言わせてもらいます。次なる作品がどうのなど とても言えませんが 単行本になった時点でまた読ませてもらい 感想を書けたらと思います。

  • 最近見た氏の図書は、とまどい本能寺?でしたか。それぞれ独立の短編らしいですが、あいにく今は読む余裕がないので^^;そのうち読んで感想を投稿します。

  • こんにちは
     いまはまさに極寒ですね。ボッタム。岩井氏の最新の単行本は何なのでしょうか。単行本でしか読まないわたしは、そのあたりが疎いのです。
    氏の筆がどのあたりにあるのか、ちと知りたいような気がします。
    私としては、やはり信長を書いて頂きたい。従来の信長像ではなくて、岩井氏の信長像を描いて頂きたいのです。もっともっと描けると思いますが、いかがでしょうか。読者、鑑賞者って勝手なものですね^^;

  • 戦国時代小説といえば、武将の戦の物語が多い。政略結婚とか人質とか諜報とか。合戦準備とか兵站作戦とか調略とか城と砦の整備とか。なんか肝心のものが抜けてるようだが、それがなにかは定かでない。それを示唆してくれる小説はある。あるいはそれは描き方の問題なのかも。要は人間の問題に集約されるわけである。千差万別の中でキラリとひかるものーそれが読ませる小説というわけだ。たぶん、それは時代に寄り添った表現で語られるものだろう。

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