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  • 鬱病の簡単な出来方、大人編
    人間は社会の中で生きる上で様々な自分の感情や意思に反した行いをしなければならないと思います。例えば、嫌いな上司に頭をさげ、売りたくないものを会社の利益の為に善人に話術で売りつける、社内の競争では自らの立身出世の為に、同期や友人を敵と見做し、少しでも優位に立とうと頑張らねばならない。全ては自分の為というより、自分の持つ家族や人間関係の為で合ったりする。
    意識的には常に頑張らねばならない。負けてはならない。と自分を叱咤し、そして、仕事や社会生活に邁進する。ストレスを感じている、しかし、まだ頑張れると信じて社会生活、会社生活に適応することが生きる道であると信じようとする。いや、生活する為にはそうせざる得ない、落ちこぼれ得て後ろ指刺されるような生活になる方が良いのか?そんな社会からの脅しもある。

    しかし、意識的に頑張ろう、今日一日頑張ろう、ストレスは酒で発散だ。嫌な上司にも機械的に頭を下げておけばいい。そして、自分は正常な普通の人生をこれからも全うしドロップアウトなどしない。或いは家族の為に頑張ろう。家族を食わせていくには嫌なこともキツイ事も仕方ない。皆同じように苦しんでいる。自分に出来ない筈がない。同期に負けるのは嫌だ。後輩に負けてたまるか。等々。
    我々はこういう状況下で頭は硬直化し、ひたすら頑張ろうとか負けてなるものかとか、そういう肯定的メッセージを頭に植え付け続けるのではないか?
    しかし、物を考え、感情や価値判断をしているのは無意識である。意識が無理やり叱咤しても、無意識が拒否すればそれは出来ないのである。
    さて、鬱病であるが、鬱病とは無意識が脳を守るために嫌な事をするな、という回路を形成する事である。その回路は意識がどんなに頑張ろうとしても、頑張ろうとするからこそ、昂進し意識を抑制する。
    人間の脳の可塑性は強い。一度の嫌な出来事が人生を変えるほどに強い。
    つまり、脳は意識と無意識に分かれているとしよう。
    思考は無意識でなされる。意識は無意識から上ってくる情報を言語化し、自己正当化する役目を持っている。
    意識はある程度、無意識をコントロールできるが、しかし、「頑張ろう」とか「まだ、大丈夫」とかこういう具体的なメリットのないつまり、快感の裏付けのない言葉は無意識に定着せず、むしろ、無意識に於いて負の回路を育てる結果になりかねない。

  • 私の住む大磯町では野良猫が減っています。悲しい事です。
    また、犬も犬同士がじゃれ合う事を否定する飼い主が多い。
    犬も猫も人生を生きている。ペットとしてではなく、もっと彼彼女を考えて接してあげませんか?

    私も小さいころパチンコで黒い虫を虐殺したことがある。嫌な気分になりました。アリの穴に水を流して何も感じなかったこともある。トカゲを水槽で飼って・・どうなったんだろうか・・。

    我々はもっと寛容になるべきだと感じます。
    嫌いでも実害がない限り生きている事を肯定してあげましょう。
    彼らは神経系を持つ我々と同じ快感を求めるだけの存在なのです。

    と言いつつ、蚊取り線香は焚いて寝ますけどね。

  • 虫が嫌いな人、居ますか?
    大抵の大人は虫が苦手ではないでしょうか?
    子供の頃は平気だったバッタやカミキリ、カブトムシ等々、いやむしろ好きだった人も多いはずです。
    では、なぜ、大人になるにつれ虫が苦手になっていくのか?
    私はおそらく、ゴキブリも手で掴めます。物理的に可能かどうかはやってみなければ分かりませんが?この前のゴキブリは足で素足でひねり潰して、よく観察しました。
    また、昔のトラウマから蛆が大嫌いでしたが、家の蛆を利用した肥料製造機「コンポスト?」って奴を覗き込んでよく観察しました。
    さて、何が怖いのでしょうか?何が嫌悪をもたらしているのでしょうか?
    分かりますか?

    人間は理解出来ないもの、認識が不確かなものを嫌います。
    ゴキブリなどは早くて足がばらばらに動き理解しがたい、そして、突然現れる。私もゴキブリが苦手でした。しかし、よく観察してみると、ゴキブリの様々な様子、足の一本一本を認識し、見てみると、なんで、こんなものに怖がっていたのか?と思うようになります。嫌悪感はまだありますけど、おそらく怖くはない。
    ゴキブリに対する嫌悪感とは文化的感覚の記憶的にも蓄積されたものですので、そうそう克服できないかもしれない。しかし、自分がゴキブリの何を怖がっているのかを考え分析し、よくゴキブリを見れば、ゴキブリは恐怖の対象ではなくなります。

    他の昆虫も、他の生物も同様でしょう。

    私は怖いもの不快なものを減らしていこうと思っています。
    手に載ったクモ。可愛らしいじゃないですか?
    まぁ家の家訓としてクモは殺すなってのがありまして。
    今までも、クモを殺すようなことはしませんでしたが。
    手に載ったままそのままでいても何ら不都合はない。

    この世界には色々な生物が生きています。我々と同様にですので、出来る限り実害を与えない生物に寛容になりませんか?

  • 私の方法論は簡単です。
    貴方が恐怖を持つもの、不安に感じるもの、この世に存在する全ての負の存在を克服するよう分析し、克服する。難しいですけどね。
    そして、自分の持つ肯定的な快感刺激を与えてくれる希望や欲望を具体的にイメージする。そして、そのイメージを無意識に植え付け、盛んに成功したイメージで興奮させる。それにより、貴方の中に強い回路が生み出される。負の回路に負けないくらいの強い回路にするんです。
    私が、上記を出来ているか?と言えば、出来ておりません。
    私は私を使って実験している途上です。昨日からまた、不安と疲労に襲われ、フェイスブックを開くのも躊躇した。
    しかし、それでも我々は希望や欲望を持って自身の世界を変えていかねばならない。
    人間はなぜ「生きる」のか、「生きている」からです。
    嫌な事、苦痛、苦悩は速やかに解消しましょう。
    逃げてもいい。しかし、考えることは止めないで欲しい。
    我々人間は世界を他の動物より正確に把握し、構築できる。

    大切なのは肯定的な快感を受けえる具体的な未来のイメージです。

  • 今、苦しんでいない貴方へ
    今、苦しんで必死に何かしらで刺激を受けようとしている貴方へ
    刺激、色々あります。簡単なものから言えば私が絶えずタバコを吸うように、ある種の薬物(アルコール等)睡眠薬、咳止め(エフェドリン、コデイン)、或いは、ゲーム、漫画、SNS、テレビ、音楽、男女関係、セックス、お金等々。
    我々人間は常に肯定的な刺激を求めている。つまり、常に快感を求めている。その手段はなんでもいいのです。苦しみ=快感が得られない状態、であるとするならば、その苦しみから抜け出すために自殺を考えたり、自分の体を傷つけたり、それを、人に開陳したり、様々な形で出る。
    そして、最終的には脳が器質的に変化する。要するに脳が意識を見放す感じで、防衛的な回路を作る。これが病気に逃げるということです。
    私は双極性障害です。病気に逃げました。
    でも、少し、自分を知れば、自分=世界を知れば、病気に逃げなくて済む。
    病気に逃げた人間はさらに苦しみます。周りの大切な人も巻き込んで。
    薬物中毒もそうでしょう。
    タバコ程度ならまだいい。肺がんになって本人が早死にするだけ、でも、アルコールや他の薬物は脳を壊す(物理的に)

    今、苦しんでない方、貴方は問題ありません。もし、苦しみが生まれたら、自分と自分の世界を考えましょう。
    今、苦しんでいる方、貴方はまだ病気に逃げず(既に病気かもしれませんが)、薬物に逃げず(既に薬物に逃げているかも知れませんが)、考えましょう。自分と周囲を。
    この世界は我々の脳が作り出す幻想です。この世界の主人公は貴方なのです。ある意味不可能はない。
    必要なのは具体的なイメージ出来る希望欲望です。それによって頭を興奮させてみて下さい。そして、その為の、その目的に達するための方法論を考えてみて下さい。
    貴方は、その希望や欲望を叶えることが出来る筈だ。
    私は出来ると確信?している。

  • 目的を規定する。愛せ執着できる女性を見つける。これを今後の具体的欲望として、希望として設定する。さぁ興奮を喚起せよ。脳をコントロールせよ。現実の中で見つけるのだ執着出来る人間を、その喜び、興奮を、無意識に無理やり根付かせよ、興奮させよ。ストレスに負けるな。委縮しようとする無意識に負けるな。俺にはやるべきことがある。経験してないことが沢山ある。その喜びを具体的にイメージして無意識に植え付けろ。そして、意識的にそれを興奮させよ。さすれば、お前は再び活動的になれる。様々な分析不能なストレスそれを吹き飛ばせ。興奮させよ。脳を意識的に染め上げろ。俺はやる。俺は出来る。そして、対象も見つけてやる。兎に角やるべきことはこれから沢山あるのだ。具体的な計画を立て、具体的にイメージして、方法論を探ろう。そして、行動し、そして、何らかの情報を得て、そして、さらに先に進もう。欲望は喚起し続けろ。目的は具体的に出来るだけ具体的に。善悪、他者への同情等いらないものは即刻切り捨てよ。目的に向かうのだ。具体的なイメージを持って。考えろ。達成された時の喜びを考えて、無意識に刷り込め。可能性は無限にあり、自分の行動如何によって全てが変わると認識せよ。私には全てが可能である。私の世界だ。望んだ通りに出来る。そう、私はこの世界の支配者である。全ては可能性として可能だ。現実問題として魅力的な女性というのは具体的にどういうものだろうか?私が、完全に執着できるような女性。それに出会う可能性、その方法論。まぁ急いでも仕方がない。今は欲望を具体的に無意識に強烈に喚起し興奮させよ。それが重要だ。

  • すみません。良く考えず、傲慢な話を下記で長々と書きました。無私な正義や善意はあり得ます。例えそれが、根本的には自身の快感原理に繋がっていようと。
    私欲ではなく、他者を思いやる心、これは群体として生存する生物の本能です。我々には他者を思いやる、共感し、悲しみ、怒る、本能があります。
    我々人間は他者を自然と愛します。それが犬や猫、他の動物、無機物であっても。
    下の発言にはそういう観点が抜けていました。
    私も母父愛犬弟を愛しています。
    そこに私欲はないでしょう。
    そう、人が社会に怒る時、悲しむ時、それは大概、無私な同情や共感なのでしょう。
    他者は自分の鏡です。私は他者を歪んだ目で見ている。
    人は他者の死を嫌います。これは何度も言いますが本能です。
    そして、この本能こそ、我々の社会を支え、また、正義や善意の元となるものです。

    そう、私は人をゆがんだ目で見ている。自分が歪んでいるから。
    私は自己中心的な欲望を肯定し、そして、他者に滅多に共感しません。この度起こった大量殺人に対しても全く被害者に共感、哀悼等を感じませんでした。

    はい、私は少し異常なのでしょう。
    しかし、今私は別アカウントである人物の文章を読んでいました。
    彼は純粋な他者への共感から怒り、悲しんでいるように見えた。
    それで、ああ、間違ってたなと気づけました。

    私のような人間ばかりになったらこの世は終わりです。
    はい、人類は遠からず滅亡するでしょう。

    私はこのページに於いて毒をまき散らしている。
    貴方が読んだ文章は毒です。
    共感はするべきじゃない。ただ、思考の道具として使っていただけると嬉しい。

    私は何を求めてフェイスブックでこうして喚いているのか?

    結局、充足できないこの不幸をまき散らしているだけなのか?それとも、少しでも他者との共感なり相互理解なりを望んでいるのか・・
    正直分かりません。
    ただ、今回の、今日の発言については何か嫌な気分が強いです。
    消しはしませんけど。
    そういうわけで、皆さん。私の言葉に毒されて嫌な人間にならないよう気を付けて下さい。

    情報は毒にも薬にもなるし、考える為の切っ掛けにもなる。
    全ては自分がどう処理するかです。

    では、この度はお見苦しいところをお見せしました。

  • 私が正義不正義、善悪等の言葉が嫌いという話を下記にしましたが。ある人からの問いかけにより、その解釈がより明瞭になったようなので、補足します。
    我々個人は個体と群体という二つの自我を持っていると仮定しましょう。
    個体として自身の正義不正義、善悪を語るのは実際問題恥ずかしいし、躊躇する人が多いでしょう。
    しかし、群体として、例えば「日本国民」として、正義不正義を語るとき、人は個体として自身を語る時より簡単に語れるものです。
    例えば、「憲法は改正すべし」とか、「憲法改悪断固反対」とか、「日本を戦争に巻き込むな」とか、「子供たちの未来の為に」とか、「安倍総理は許されん、ファシズムだ」とか、「朝鮮人は即刻この国を出てけ」とか、「日本社会が壊れていくのは何々の性だ」とか、いろいろありますよね。... もっと見る

  • 過多な情報は毒です。
    過去の偉大な思想家、学者、科学的情報や世に氾濫する不確かな情報。すべて多すぎれば毒です。
    勉強する。一見良い言葉です。しかし、それが訓練なら良い。しかし、その情報を自身のものとして無批判に受け取るだけの行為なら毒になり得ます。
    私たちが十分に精査し思考して考えられる情報は意外と少ない。
    昔左翼運動に興じていた若者たち。マルクス理論を真剣に考えたのでしょうか?ちゃんと自分の中で消化できていたのでしょうか?
    全ての情報は鵜呑みにせずに保留した方が良い。
    もちろん、社会生活の中で自分を飾るために知識を披露する必要性から、そういう人々を引用する、ありでしょう。ある意味、社会生活を送る上での技術です。
    しかし、真剣に議論等をする時に、ある学者の学説では等々他者の言葉を引き合いにして他者をやり込めようとする輩が多い。
    彼らは自分の中で情報を構造化してないから、自らの言葉の立脚点が自身で分からないのではないか?と感じることが多い。
    情報は大事です。精神を刺激してくれる。しかし、過多な情報を勉強する覚える無批判に受け入れる、考えないで受け入れる。これらは全て愚かでしょう。
    彼が言ったから、彼の言葉に共感したから、こういう権威ある学説だから、この新聞が言ってるから、、等々。

    我々は一人一人違う脳みそを持っていて、違う価値観を持っている。違う思考をしている筈であり、好きなものも違う。
    相手を寛容に見るこれは大事でしょう。だが、相手の考えを考えもせずに肯定したり、否定したりするべきではない。と自身も戒めたい。

    この情報過多の時代、貴方はどう生きますか?

  • 人権とは国家が国民に与えるものです。日本人は日本と言う国家がなくなれば人権つまり、貴方の社会的権利は失われる。それが分かってますか?考えたことありますか?私は数ヵ国語が喋れ、頭も体も自信があり、何処でも生きていけるという人はこの国家に執着しないで何処へでもお好きに行きなさい。しかし、この国にはこの国で生きていく人々が大勢いるのです。そして、祖先、子孫。我々は群体としてこの国家に責任を感じるべきだ。

  • そうですね、社会的に何かしらの問題、劣等感や悩みを抱えている人の方が、個体としての自分より群体としての自分を好むのではないかと考えます。個体としての正義はなかなか見つけづらい。しかし、群体としての正義不正義や善悪は自分個人の問題でないだけに、表現しやすい。そして、考えやすい、同じような問題提起を行っている人も大勢居て、逆の立場の人も大勢いる。楽しいですよ、そりゃ。

  • 私は小学校の時に広島の原爆資料館を見せられました。父は平和を愛する心を息子に与えたかったのかも知れない。しかし、私が感じたのは強烈な復讐心と劣等感でした。これが、私の一つの重要な根本です。私はこの国を守りたい。例え、この国を強制的に総動員してでも、他国から守りたい。そして、この「日本」という概念が永遠に存続するようにしたい。今はそういう社会問題国家問題に発言はしておりませんが、嘗ては某掲示板に於いて盛んに議論を戦わせて来ました。そして、そういう自分の考えを言葉にするという行為は大変に自分の益になりました。貴方がどういう社会像を望んでいても良いと私は思います。ただ、他者の言葉を借りるのではなく、自分で考えて言葉を発しましょう。それはすごく有意義なことです。だと私は考えます。

  • 私が複数のアカウントで発してきた言葉と一見矛盾するようですが、そして、矛盾していると思いますが。私は現在あまり社会問題に興味が沸きません。
    しかし、私の主体は、つまり自分とは個体と群体という形で存在していると考えております。
    そして、群体ですが、その概念をこの国「日本」に求めています。私はそういう意味で国粋主義者であり、民族主義者であり、ナショナリスト(意味重複)です。
    私は、国民一人一人の幸福にはあまり興味がありません。
    ただ、日本という概念と、自身の存続それを重要視しております。
    そして、また、私の美意識に於いて「日本」という概念は非常に重要です。
    私は他国が攻めてきたら絶対に戦います。自分という個体の生命を捨てても。と今は考えております。
    実際、私は自殺未遂前に皇城前で腹を切ろうかと考えました。
    ちょっと考え直して止めましたが。
    まぁ何を言っているのか自分でも分からなくなってきましたが。
    私は、日本という概念を大事にしておりますし、国家として極めて尊重しています。
    そして、愛国心を持って活動する方を真に応援する者です。
    説明不足かも知れませんが。私の政治的思想はこのようなものです。
    下記に誤解を受けるような文章を書きましたので一言書きたくなり、書きました。
    私は日本人の愛国者を愛しています。彼が例え愚かでもです。

  • 私は、善とか悪とか、正義とか不正義とか、普通とか現実とか、そういう言葉が嫌いです。まだまだ、思いつきそうだけど。兎に角嫌いです。正義を振りかざして善意をまき散らして正しく生きるという人は好感を持ちますが、愚かだとも思います。しかし、この社会には彼らが必要です。私が生命を維持し快適な生活を送るのにも必要です。はい、彼らは大切な存在ですので、そういう正義漢や善意の人は守ってあげましょう。

  • 村上龍という小説家の「愛と幻想のファシズム」の中で、彼は登場人物に「好きな事をしている限り人間は眠る必要はない」と言わせている。それがどうなのかはここでは言及しないが、実際のところ、無意識と意識の乖離が疲労を蓄積させていくのは事実だろう。要するに無意識がひとつの目的に向かっている場合、意識はそれに素直に従っていればいい。ただ、無意識が複数の欲求感情を具体的イメージなしに浮かべてくる場合だ。
    この場合には意識によってそれを解釈し、具体的目的をイメージして、意識が無意識をコントロールしてやる必要がある。
    おそらく、統合失調症はこの無意識の矛盾ではないかと推測する。私は統合失調症を調べたことがないので正確なことは言えないが。
    しかし、大概の脳の問題はこの意識無意識の構造で説明がつきそうである。
    そして、それを意識的にコントロール出来れば(あくまで無意識の願望に沿うように)貴方はより良い脳の状態を維持出来るだろう。
    脳の疲労、記憶力の落ち込み、頭痛、体の不調、全てが何らかのサインだと思って有り難く自分の無意識を分析しよう。
    分析し、それを攻略していけば、貴方はそれをコントロールできる。
    記憶も計算も思考も貴方は自由に出来る様になるだろう。
    苦手な虫も手で掴めるようになる。
    怖いもの、不安の対象全て貴方は克服できる。
    方法論さえ、その構造さえ、貴方の中に持てれば、後は実行するだけである。

  • 問題は、如何に無意識の暴走、興奮を止めるかです。これは鬱、躁どちらにも言えるでしょう。意識によって、無意識をコントロールする。これが必要なのです。
    我々は時に自己否定的感情に囚われ、それを意識的に否定しても否定しきれず、無意識化で恐怖や不安や焦燥等負の感情が暴走していく。
    鬱への移行を私はここ数十年何回、何十回?経験して来ました。
    そして、私の日記の今回の分析。
    明らかに、これは、何らかの情報を脳が受け取る事による脳の反応であると結論を出しました。
    私は仮説として、脳の細胞の消耗を考えていたのですが、それは、今は保留し、一旦否定しておきます。
    我々は意識的に考えているつもりで、情報のほとんどは無意識化で行われている。
    つまり、無意識が否定的情報を肯定し、その回路が活発に動き出すことによって、意識もまた、それに同調して行く。
    意識が幾ら、活発に活動せよと具体的内容なしに言っても、無意識は余計に負の回路を活発化させるだけでしょう。
    では、その対応策は何か?
    結論は希望です。欲望です。
    何が怖いのか、何が嫌なのか、何が・・・と分析しそれを分解して否定して克服することです。
    そして、その先にある希望への具体的道筋を喜びと共に無意識に植え付ける。
    要するに具体的な目的を設定し、問題を克服すると共に、その結果得られる喜び快感を設定し、無意識の興奮を喚起するということです。
    分かりにくいかも知れませんが。
    今のところ、私はこの方法論によって自己をコントロールし、鬱への移行を回避するテストを行います。

  • 結局ですね。この世界には自分以外には存在するものなどないのです。極端なはなし。
    自分と言うモノをどう定義し、どう規定するかなのです。
    自分=世界です。
    世界は一つ、そして、そこにあるのは貴方の脳の活動だけなのです、脳の活動によって生まれる情報こそがこの世界です。
    そう死んだら、世界、つまり宇宙は消えます。

    自己をどう定義するか、そして、他者という概念をどう定義するか、規定するか?

    何処までを自分の範囲として規定するか認識しているか?
    内と外。その概念を持つかどうか?
    全ては個人の選択です。

    具体的な話にするなら。この世の全ては自分の自己愛によって支えられ維持されている。他者への愛などと言うものは本来ないのです。

    個体と群体という問題もある。

    我々は認識する全ての個体の集合である。それが貴方の脳が作り出す情報な以上。自己とは広げられる概念です。

    ですので、自己の概念をどこまで広げ、自己愛をどこまで及ぼすか?という問題に下記「自身の価値基準と化した人間関係は在り得るか?」の話はなります。

  • 自身の価値基準と化した人間関係は在り得るか?

    私は在り得ると思います。例えば家族、或いは親友(相手がペットでも)という概念が貴方の確固とした価値基準や好悪や言動を決める価値になり得る。
    自身が対人に於いてメリット、デメリットを超えて心から信用でき、また、守護すべきと今、本当に思え、過去から継続して通常考えることもなく、認識することもない存在、そういう相手がいるなら、それは、貴方の意識上で損得(メリット、デメリット)で計ることのできる他の人間とは違う存在の筈です。仮にそんな存在がいるならば、出来るだけ大事にしましょう。彼、彼女らは貴方という概念の一部であると言っていい。その相手が無機物でもいいんです。
    それは、自分を大切にするということです。常にメリットを相手に与えることを考えましょう行動しましょう。相手を考えて行動しましょう。独りよがりな正義や善意は悪手です。
    例えば子供を持つ親、父母を持つ子供、自分の持つ正論を相手にぶつけてませんか?それは相手にとって本当にメリット、つまり快感を与える行為でしょうか?
    相手は自身の正当化された自己を守るために、自分の価値観や思考等に反する言葉を嫌います。正論もデメリットを不快感を相手に与えるものである。これを認識し、行動しましょう。

    正しい事を伝えるには手順が必要なんです。相手を本当に思って大切にしたいなら、相手の反応を探りながら理解しようと努力し、そして、相手に自分の思いが伝わる方法を模索しましょう。そして、その行為は相手の為じゃないんです。自分の快楽、メリットの為であることを自覚しましょう。

    この世に正しい事はないし、善悪もないし、正義もありません。

    それは個々人が自身で考えて規定すべき概念です。

    総括として、自分の価値と同化した存在概念は自分と同じです。自分を愛するなら、それを大切にしましょう。

    と、私は考えます。どうぞ、思考の参考にしてください。どう考えるか思考する事こそが大事です。頭から否定してもいいし、賛成してもいい、だけど、考える糧にしてくれると嬉しい。

    追加
    メリット、デメリットで考えられる人間関係に於いては自分の感情や欲望のまま、正論を言っていいんです。でも、その相手が大切になったら、大切に思えたら、少し考えましょう。相手への言動を。

  • 劣等感ってのは感情や欲望の原動力になるものです。ですので、合った方が良いものもある。しかし、なくてもいい劣等感を持っている場合、それを解消した方がすっきりする事もある。その方が生きやすい場合もある。何が必要で何が必要じゃない劣等感なのか見極めませんか?全ての劣等感を無くせと言っているわけではない。しかし、貴方の話を聞いていると必要のない劣等感を持ち、それによって価値基準を決めているように思える。それは私個人の印象からすると醜く見えます。学歴コンプレックス、容姿コンプレックス、社会に於ける金銭的コンプレックス、そんな無駄なもの捨ててしまったらどうですか?まぁ私の個人的な意見です。

    上記は私がある女性に向けて発した言葉です。
    劣等感は人を成長させる原動力です。劣等感があるからこそ人は努力できる。例えば、容姿に自信のない男性が必死にお金持ちになろうと偉大な社長になるよく物語で出てくる話です。学歴コンプレックスや知的にコンプレックスを持っている人が必死に勉強をする。努力の方向さえ間違わなければ、この劣等感は自分にとって有益なものです。

    しかし、その劣等感が意味のないものである場合、ただ、不快な感情の喚起と欲求の不満のみが喚起され続けることもありうる。それが害がなければ問題ない?いや、劣等感の強い人間は見てて不快です。それを私個人は見たくない。
    村上龍が「愛と幻想のファシズム」の中で、劣等感が強い人間と付き合うのは疲れると書いていましたが。その通りです。

    無意味な劣等感を持っていると思う方、それを捨てませんか?捨て方は出来るだけ、その劣等感を持った時の感情を自分で思い返して書き出しましょう。何が嫌だったのかをその負の感情の記憶を客観的に見て、そして、考えましょう。何に自分がこだわっているのかを。それはそんなに重要な事ですか?自分に重要だと思うなら、これからも生きる為に必要だと思うなら、残しましょう。

  • 記憶に関して、記憶を定着させるには感情が関係しています。それは正負どちらの感情でもです。脳の働きに問題がない場合、記憶するべき対象が必要かどうかを無意識が判断します。これが感情です。つまり、無意識下で判断される価値によって長期記憶になるかどうかが分かれる、分別されるのです。
    例えばPTSDを例に上げるなら、一度の強烈な恐怖や嫌悪で、脳を支配するような記憶が脳に回路として形作られる。それが脳の可塑性です。我々は何歳になってもこの脳の可塑性を失うことはない。では、なぜ、年を取ると勉強が苦手になるのか?それは言葉つまり意識的な呪縛です。そう意識が規定しているからとしか言いようがない。そして、感受性が落ちてくるという問題。興味が無くなるという問題。しかし、それらは意識的に喚起できるのです。つまり、年をとっても別に子供と同じような学習能力はあるのです。

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