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  • ワシは「九州王朝について」と「邪馬台国論争が好きな人集まれ!!」を中心に、10年以上にわたって「古田説はとんでも」、「九州王朝説は成り立たない」と主張する人たちの誤りを指摘し、誤魔化しをあばき続けてきた。
    その結果、いまだに書き込みを続けているのは、論理の通じない、国語力のまったくない、高校レベルの数学を解さない、ゾンビばかりになってしまった。
    マトモな論客諸氏は、もういい加減に「外国が倭と呼んだのは九州の王国だ」という古田説こそが真の日本の歴史であると発言し始めるべきではないのか。

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    cyber_ek 5月10日 12:22

    >>10382

    邪馬台国論争#242974 に、mkpoが描いた「朝鮮半島」の『地図』が載っている。
    https://textream.yahoo.co.jp/message/1835208/bcygobf9qoc0aha4ac9a5a4ada4jbfmbd8a4dea4la1aa/1/242974

    この図の特長は、出発地から目的地まで、
    1)途中2ヵ所に寄港して、
    2)南と東へ「だけ」進む
    という航路が描かれている点である。

    この航路は私(& 古田)の「乍南乍東」の解釈によく合っている。
    ということは、mkpoの「乍南乍東」の解釈は私と同じ、らしい。らしいのだが、確認しても返事がない。
    例えば「小刻み」に関して、
    ● 途中2ヵ所の寄港なのだから、「小刻み」ではない、ということなのか?
    という疑問に返事がない。
    もしそういう意味なら、「小刻み」という『情緒的』な表現を問題にすることにはまったく意味がない。当然ながら「あと何回寄港すれば小刻みになるんだ?」という質問にも答えられないわけだ。

    さて、現実の朝鮮半島はこのような形をしていない。
    1)西岸はこの図とは逆に南西方向に伸びており、「乍南乍・西」で進むことになる。
    2)南岸はもっと幅が広く、「南岸も2回寄港」しないと図としてバランスが取れないだろう。その場合、当然ながら「北」へ進む必要が出てくる。

    要するに、ひどい捏造地図なのだが、その目的は不明である。水行で「乍南乍東」できるように作図したとすれば、図らずも水行説の破綻を意味しているのだが。

  • >>10379

    邪馬台国論争#243895 》
    例えば、
    「乍」には、
    「忽」「突然」(副詞)、「有的」(不定指代詞)の意味があるが、
    彼の言う「小刻みに繰り返す」と言う意味は特に無い。《

    これは、どうも意味不明な発言である。
    「乍には小刻みに繰り返すという意味はない」のは当然だ。古田もそんな主張をしていない。
    古田が主張しているのは
    ※ 「乍A乍B」には「小刻みに繰り返す」という意味がある、
    だ。
    さて、mkpoは何を否定しているのか。
    1)「乍」には小刻みに繰り返すという意味はない → ゆえに、「乍南乍東」に繰り返すという意味はない
    2)「乍A乍B」は繰り返すことも表し得るが、繰り返さない使用例もいくらでもある → ゆえに、「乍南乍東」を「南へ・東へ・繰り返す」と解釈するのは自明ではない
    3)「乍A乍B」は繰り返す意味を持つ; しかし、「小刻みに」という意味は持たない

    本件、かなりしつこく追及したつもりだが、逃げ回るばかりでまともな返事がなかった。本人も整理できていないのだろう。

  • >>10380

    (つづき)

    2の「意味的にも、水行で乍南乍東は不可能」について。

    「乍南乍東」の項ですでに論じたが、これは「サッと南へ進み、サッと東へ進み(繰り返す)」という意味以外ではありえない。こういう進み方で韓国を水行しようとしたら、その地形からいってたちまち陸地に乗り上げることになる。従って、百万言を弄して「歴韓国は水行だ。なにしろ水行と書いてある」と主張することがそもそも無意味だ。水行で乍南乍東は不可能なのだ。不可能なことを読み取ったとすれば、それは読解力に問題があることを自ら示していることになる。

    なお、この論争は、古田の問題提起に対して古代史学会が沈黙を以て応じた時点で決着しているのだ。

    いくつか補足しておく。
    1.古田は階段状の行程を作図し、狗邪韓国までの7千里を観念的な距離であると書いたが、これは誤りであろう。魏使の一行は現実に韓国を歴して乍南乍東しているのであり、7千里の内の陸行部分(4千5百里ほど?)は歩測による実測、または韓国内で定式化されていた距離のどちらかであろう。

    2.「乍南乍東」を私は
    ※ 南至〇〇國××里、東至△△國××里、・・・という進み方を端的に表現したもの
    と解釈している。よりよい提案が古田を含めて誰からもないので、現状ではこれで決着である。
    (本件は、私の「貢献」その2だ。)

    3.韓国に古田が作図したような階段状の道路があったとは考えられない、という批判があるが、上記1と2より、的外れな批判であること歴然。

  • >>10378

    倭人伝「循海岸水行歴韓國乍南乍東到其北岸狗邪韓國七千餘里」の解釈。

    mkpoはどうやら以下のように解釈するらしい :
    ● 〔循・海岸 → 水行 → 歴・韓國 ← 乍南乍東〕→ 到・其北岸狗邪韓國

    日本語:海岸に従う水行にて、乍南乍東にて、韓国を歴し、狗邪韓國に到る

    「らしい」というのはmkpoは文法なるものの理解がおぼつかないようで、きちんと文法用語で説明できないから、だ(当然、日本語訳もmkpoの意図に沿ったものかどうかはおぼつかない)。
    私はこのような複雑な文章構造を支える文法・構文の提示を求めたのだが、決して説明が出てくることはなかった。
    日本語ならテニヲハが、英語なら前置詞や分詞形があるから多少は複雑な構造の文を書くことができるが(それでも多くの場合「悪文」の誹りは免れまい)、漢文ではこれは無理だろう。

    mkpoの解釈には簡単に反論できる :
    1.もっと単純な解釈と衝突するから。
    2.意味的にも、水行で乍南乍東は不可能。

    1について。
    原文の私の解釈は以下のとおり :
    ※ 循・海岸→水行、歴・韓國→乍南乍東、到・其北岸狗邪韓國。七千餘里。

    日本語:海岸に循って 水行し、(次いで)韓國を歴するに陸行=乍南乍東し、其の北岸狗邪韓國に到る。(ここまで)七千餘里である。

    この解釈は文法的にも意味的にもまったく無理がない。mkpoの解釈とどちらを採用すべきかは自明であろう。

    (次いで)と補足したのは、この文の記述は特に複雑な構造を持たず、ゆえに時間の経過に沿って理解すべきものだからである。そしてこのことから、文頭に(まず)と補うことが妥当であると理解できるだろう。さらに(次いで)の部分の記述が「歴韓國」であることから文頭の節は「(まず、郡の領域は)海岸に循って 水行し」と解釈すべきことが理解されよう。

    次に「陸行=乍南乍東」と「陸行」を補足したがこれは漢文・中国語において「対句」が重要な『構文』となっているからである。中国人は「循海岸水行、歴韓國・・・」と来れば自動的に「水行」に対応する「陸行」を想定するのだ。これは脳の機能についての理解がないと納得できないかもしれない。しかし乍南乍東自体が陸行でしかありえないので、無理に納得する必要はない。
    (つづく)

  • >>10378

    「乍南乍東」の古田の解釈は以下のとおり :
    これは「たちまち南し、たちまち東し」と読むべきで、『南へ進む』と『東へ進む』を小刻みにくりかえす熟語の慣用文形である。

    これに対するmkpoのアホ反論 :
    m》古田の引用文の「医学入門、感異気」に
    (原文の確認が取れていないが・・・)
    「乍ち寒く、乍ち熱く、」とあるが、
    これも「乍ち寒く」の前は、必ずしも「乍ち熱く」ではなく、
    通常、風邪の場合は「乍寒乍熱」の1回で快方に向かう。
    だから、彼が主張する
    「”小刻み”にくりかえす」の根拠にはならない。《

    ワシの批判 :
    c》風邪の症状の典型的な経過が「平熱 → 悪寒 → 発熱 → 快癒(=平熱)」だということは誰でも知っているから、誰でも「乍ち寒く」の前が平熱だとわかります。
    で、「乍南」の前の「?」は何だね?《

    mkpoは答えられずに、逃げてしまいました。
    「乍A乍B」がAとBを繰り返す意味を持つのは、Aの前の状態がBであるからです。「A乍B」つまり「A→B」ではなく「(B→)A→B」なのです。
    繰り返さない場合にも使われますが、この場合はAの前の状態が明白で、また常識的に繰り返さない事象であり、読者が迷うことがありません。

    「乍南乍東」についての古田の問題提起はよほどの破壊力があったようで、これ以降、文献史学界は古田を無視するようになります。
    なにしろ、「しばらく南し、しばらく東し」というウソ読みを平然とする先生がたくさんいました。原語の「乍」には「しばらく」の意味はなく、日本語の誤った訓なんですよね。

  • 典型的な「まったくレベルが低い 反・九州王朝説くん」であるmkpoの最近のネゴトのまとめを、以下に「返信」します。

  • >>10376

    > >壱岐島周りの小島なども含めた領域表示だろうね。<
    >
    > 対馬の方可400余里はどうなんでしょうか?

    同じでいいんじゃない?
    対馬のほうは領域を広げるような付属する小島なんてないから。
    壱岐は西には長嶋、東には鮫島なんてのが付いているよ。

  • >>10375

    >壱岐島周りの小島なども含めた領域表示だろうね。<

    対馬の方可400余里はどうなんでしょうか?

  • >>10374

    > ちょっと拝借。
    > 1)方可三百里とは三百里四方のことだ。
    > 2)一大國を壱岐島と見なせば依山㠀爲國邑が発掘されている有一の国だ。3)その広さは1400m四方だから國邑を三百里四方としたとは考えにくい。
    > 4)一大國の支配地域の大きさを示すと考えるべきだ。
    > 5)壱岐島は15km四方の離島であり、広く見積もっても20kmに満たない。
    > 6)15km~20kmが300里なら、50~70m/里

    壱岐島周りの小島なども含めた領域表示だろうね。

  • >>10372

    ちょっと拝借。
    1)方可三百里とは三百里四方のことだ。
    2)一大國を壱岐島と見なせば依山㠀爲國邑が発掘されている有一の国だ。3)その広さは1400m四方だから國邑を三百里四方としたとは考えにくい。
    4)一大國の支配地域の大きさを示すと考えるべきだ。
    5)壱岐島は15km四方の離島であり、広く見積もっても20kmに満たない。
    6)15km~20kmが300里なら、50~70m/里

  • >>10372

    》今、気が付いたんだけど、論理云々の投稿が削除になってる?

    自分で削除したような気もするけど、忘れた。
    何を書いたかも忘れた。
    まあ、論理についての私の『業績』は一つしかないから :
    ※ 結論が「論理(=演繹)」で導けるなら、とっくに議論のケリがついている。
    ※ では、論理でケリがつかない議論をする意味があるか? → もちろん、ある。
    ※ それは、「推論」のもっともらしさを競うこと。これを「仮説構築」と名付ける。

    「仮説構築」は日常生活でも科学の分野でもアタリマエに行われているのだけれど、仮説に対して「(論理的に)証明できない」というイチャモンが時に反論として通用している。これが、テンチュウのマジック。

  • 乍南乍東考

    1)文章は、他人が読んで理解できることを想定して書かれている。つまり、mkpoくんほどは優秀ではないフツーの読者にも、書かれている内容をイメージできることが想定されているのだ。
    2)では、「歴韓国乍南乍東」という一句を読んでフツーの読者はどう理解するか。当然ながら、「乍ち南→乍ち東→」を繰り返しながら韓の諸国を歴したのだな、と理解する。これ以外の解釈は、アリエマセン。
    3)フツーの読者にとって、この解釈が成り立つ行程は、韓国の北西端から東南端へと陸行すること以外にはありえない、というのが古田の問題提起だ。
    4)これに対して、フツーの読者ではない極めて優秀なmkpoくんやキ印くんたちが、オレ様ならこう解釈できる、と提示することに何の意味もないのだ。「オレ様」ではなく、優秀さが足りないフツーの読者がこう解釈するという解釈を提示しなければ、古田の問題提起への反論にならない。

    mkpoくんは優秀すぎて、この当たり前の事実を理解できていない、ようだ。

  • >>10368

    > >カラスはどうなんだろうね。
    > 太陽のシンボルだけど、古墳時代以降になって神様になったんじゃね?
    > 騎馬民族が持ってきた神様。<
    >
    > ウサギが月でカラスは太陽とか。
    > 月の兎は解るが、あの真っ黒いのが太陽と言うのも面白い。
    > 韓流ドラマで高句麗はカラスの文様の旗を掲げていた。
    > 八咫烏も騎馬民族の流れを組むのか。

    月は一般的には蝦蟇だよ。
    日本でウサギになったのは、韓国語の駄洒落が入ったから。
    韓国語でウサギと月の発音が良く似ていた。たしか「とっき」見たいな発音。
    「つき」と「とっき」はよく似ているので、月とウサギが結びついたんだろうね。

    カラスが太陽のシンボルだったのは中国南部でも同じ。
    太陽が10個もあって暑くてたまらないので九羽のカラスを弓で撃ち落し、ようやく暑さが収まったとか言う神話がある。

  • >>10367

    >カラスはどうなんだろうね。
    太陽のシンボルだけど、古墳時代以降になって神様になったんじゃね?
    騎馬民族が持ってきた神様。<

    ウサギが月でカラスは太陽とか。
    月の兎は解るが、あの真っ黒いのが太陽と言うのも面白い。
    韓流ドラマで高句麗はカラスの文様の旗を掲げていた。
    八咫烏も騎馬民族の流れを組むのか。

  • >>10366

    > >縄文土器の文様に蛇をデザインしているものが多数ある。
    > ネズミよけじゃあ無かったかな。<
    >
    > 列島のへびと言えばアオダイショウだろうが、ネズミの天敵だったか?
    > 随分前だが山でヤマカガシががまを飲み込んでる途中を見たゾ。

    蛇と鳥は互いに天敵同士だね。
    蛇は鳥の卵を食うし、鷲や鷹は蛇を襲って食う。

    > へびとかカラス(それも三本足の)とか信仰の対象になるのが面白い。

    蛇はどちらかと言うと農耕の神様だ。大地母神なの。
    脱皮とか冬眠は死と再生のシンボルで、収穫したものを食べるだけでなく、一部を撒けば再生する。
    縄文時代に蛇信仰があったら、縄文時代は狩り主体ではなく、農耕が主体の生業だったろうね。
    カラスは縄文時代には敵だったろう。
    権兵衛が種まきゃカラスがほじくる。
    弥生時代になると水鳥が稲作のシンボルになる。
    水田に水鳥(鴨など)が入って泥をかき回す事で、雑草が増えるのを防いだりして、稲作を助けた。河姆渡遺跡にも水鳥が祀られていた様だ。
    日本でも弥生遺跡から水鳥や渡り鳥を現す木製品が多くなる。
    カラスはどうなんだろうね。
    太陽のシンボルだけど、古墳時代以降になって神様になったんじゃね?
    騎馬民族が持ってきた神様。

    > それならゴジラだって祭って良いゾ♪

    大和朝廷の神話では蛇は天敵のように描かれる。
    退治される存在になっちゃった。
    縄文人、弥生人、古墳人、それぞれ違うところからやって来た事を表しているんじゃないか?

  • >>10365

    >縄文土器の文様に蛇をデザインしているものが多数ある。
    ネズミよけじゃあ無かったかな。<

    列島のへびと言えばアオダイショウだろうが、ネズミの天敵だったか?
    随分前だが山でヤマカガシががまを飲み込んでる途中を見たゾ。
    へびとかカラス(それも三本足の)とか信仰の対象になるのが面白い。
    それならゴジラだって祭って良いゾ♪

  • >>10364

    > >芋も栽培されていたと推測されている。<
    >
    > 芋についての薀蓄はないが、子供の頃、自然薯とりの穴で転んだゾ。
    > 採取対象だったと思うが?

    1万5千年前までの氷河時代には芋が栽培される事はありえない。
    凍っちゃって翌年まで持たないからね。
    温暖化してから誰かが広めたものだよ。種が風で飛んでいって繁殖するものではないからね。
    栽培しているうちにムカゴが落ちて勝手に広がって自生したかのように見えたかもそれないが、基本は人間が関与して広まったものだ。

    > >木の蓋はネズミは齧るだろ?<
    >
    > あははジョークだ。
    > でも太鼓腹構造の土器だってネズミは登れないだろ。
    > でも家屋の中なら何かを伝って飛び移ったりしないか?
    > やっぱ蓋は必要だよ。

    ネズミはめったに飛んだりしないよ。
    リスなら確かに飛ぶね。
    縄文土器の文様に蛇をデザインしているものが多数ある。
    ネズミよけじゃあ無かったかな。
    蛇信仰があった可能性もある。
    北方には蛇など居なかったから、信仰対称にならない。
    南方には蛇信仰が沢山あった。
    アボリジニさえ蛇信仰を持っていたよ。
    縄文人が南から来た事には様々な根拠がある。

  • >>10363

    >芋も栽培されていたと推測されている。<

    芋についての薀蓄はないが、子供の頃、自然薯とりの穴で転んだゾ。
    採取対象だったと思うが?

    >木の蓋はネズミは齧るだろ?<

    あははジョークだ。
    でも太鼓腹構造の土器だってネズミは登れないだろ。
    でも家屋の中なら何かを伝って飛び移ったりしないか?
    やっぱ蓋は必要だよ。

  • >>10362

    > >粉にして炊く方法は石器時代さながらに生活していた先住民の習性であり、縄文人がそれをしていても不思議が無いと言う話。<
    >
    > だからサ。
    > わたしの言い分は澱粉質の食べ物の多くは煮炊きしており、調理道具の土器とセット。

    芋も栽培されていたと推測されている。
    イモは保存が利かないから、芋の無い期間は雑穀や米なんかも食べていたんではないか。
    サトイモは日本の場合、種では増やせない。種芋を使って繁殖させ、これも

    > >ネズミが土器の中に入って食材を食べちゃうのを防ぐためだったのでは?
    > いわゆるネズミ返し。<
    >
    > 面白い説だが、木製の蓋じゃあ駄目か?

    木の蓋はネズミは齧るだろ?

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