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    nas***** 7月15日 12:54

    >>213

    >金太と三吉 1963年4月4日 - 1964年4月2日 毎週木曜18:00-18:30 名古屋 <

    NHKの子供向けのドラマです。

    山あいのドラマで「おら~三太だ」と「山びこ学校」にもダブル様な内容。

    内容は殆ど忘れてしまった。
    貧しくて、学校の暖房に炭一つしか持って行かれなかったシーンが思い出されるだけ。

    誰かご存知の方がいらっしゃれば、ご投稿願いたい。

  • >>212

    「おら~三太だ」と「山びこ学校」

    感覚的にダブる者が有ります。
    前者は小説だが、後者は実在した作文集。

    いずれも戦後直後の山村の感覚を表現したものだが、実際の生徒の作文と言う意味では歴史的にも貴重な史料となっている。

    本当の田舎、山村だ。
    当時は炭焼きなどの職が在った。

    今では過疎化で廃校に成っている。

    先生の無着成恭も既に歴史の人。
    自分はTBSラジオでの子ども電話相談室を聞いていた。
    ワザと山形弁丸出しの喋りをしていたんだろう。
    ラジオの低俗化にも歯止めが掛からない。

  • >>211

    「おら~三太だ」の舞台の地に行って見る

    このドラマを思い出し、興味を持った背景には、その設定場所が神奈川県北部、道志川沿いに成っていると知ったことも関係した。
    当初、東北の山奥あたりかと思っていたが、これほど東京に近い所なので驚いたのだ。
    どんな所なのか好奇心が涌いたのも当然。
    今でも俗化されないで存在しているのか、などと考えたりした。

    先ずは目指したのは三太旅館。
    まだ存在しているとのことで、興味津々。
    筆者はそこで書いたそうな。

    道が分かりづらかったので土地の人に聞いても良く説明できない。
    意識にも殆どなく、関心の外という感じ。
    行って見ると、予想通りさびれていた。
    食事も予約が必要の様でした。

    現地に行って判ったのは、ドラマや原作にある様な田舎ではなかったという事。
    原作の書かれた終戦後昭和20年代ということを考慮しても、それは十分推定できた。
    近くの相模湖は昭和16年着工、22年完成のダムにより溜められた人造湖。
    北側には中央本線が通る。
    もしダム工事が無ければもっと鄙びていたかもしれないが、とてもじゃないが似つかわしくない。
    バス便も多く道路も整備されている。
    もっと道志川の上流ならまだ相応しかったかも知れません。

    当地では村おこしの材料にする気も無く、忘れられた存在となっているようだった。
    そもそも原作者とは何の関係も無い土地のようです。

    小説は育った実体験をもとにしてはいるのでありましょう。
    人間の創造力からして、それは当然。
    しかし、その場所はここではなかった。
    架空のド田舎を適当な候補地に当てはめてしまったのだと思われる。


    ところで、先ごろ事件の起きた津久井やまゆり園。
    この近くにあります。
    もう建て替えが決まって、取り壊し始めたかもしれない。

  • >>210

    「三太物語」おら~三太だ

    拙者が見た昔のテレビドラマ。
    想いで深い。
    NHKかと思ったら、調べたらフジテレビだった。
    当時はこまごまとCMが入らなかったかもしれないのでNHKと記憶してしまったか。

    主演は三太こと渡辺篤史、他に覚えていたのはジュデイオングと、音さんこと牟田悌三、それと爺さん役の左卜全。
    山奥を舞台にしたホームドラマだった。
    調べると昭和36年から37年にかけての放送。
    我が家にやっとテレビが入った頃でした。

    内容は忘れてしまったので原作を求むるべく本屋に行っても古本屋に行っても、近くの図書館にも無かったので、がっかり。
    しばらくして、再度思い立ち、図書館で検索して調べると有るではないか。
    書棚に無いので誰かが借りているのかと思いきや、お蔵入りに成っていた。
    そりゃあもう読む子供もいないだろう。
    司書の人も何の本だか全く知らない様子だった。

    借りて読んでみると、どうもテレビドラマとは違う。
    いわゆる児童文学、それも平凡な物にすぎない。
    ただ、出た当初は新鮮であっただろう。
    戦前には見られなかった腕白、いたずら物だ。

    最初のラジオドラマは昭和25年~26年、次は27年~28年、三回目は昭和32年に放送された物。
    これはNHK。
    当時の原稿を見る由もないが、それなりの評価を得たのは青木茂氏の原作よりも筒井敬介氏の脚本が良かったからではないかと勝手に推定しています。

    まだGHQの統制下の時代、お墨付きを得たのは青木氏がキリスト教徒であったことも関係したか?
    三太と言う名前もサンタクロースから採ったようだ。
    また、お堅い道徳臭がないのも幸いしたのだろう。
    しかしながら、戦争を批判的に見るのは当然としても、日本軍を想像でもって悪く書いてあるとも思える箇所が有るのは如何なものか。
    何処か阿る所が有るかのような気がする。

    他にもないかと他の図書館を巡り歩いたら3冊の蔵書があった。
    出して貰って読み比べても同じ内容で短編のいくつかが追加された程度。
    脚本はテレビ局にでも行かなければ判らないのでしょう。

    テレビドラマは今でも懐かしいが、それは原作では味わえないと判ってしまったので、寂しい気がいたします。

  • >>209

    4・28沖縄デ―

    その昔は、主権回復の日ではなく、沖縄デーとしてデモなどが有りました。

    講和条約は結ばれても沖縄はいわば切り離された。
    返還まで苦難の道のりを歩むことになる。

    ただ、あの時はやむを得ぬ最良の選択をしたと言って良いでしょう。
    今はもうそんな時代は忘れ去られてしまった。

    ここに記して置く次第です。

  • >>204

    今上陛下がご成婚された頃

    そのころから宮崎が新婚旅行の人気地になった。

    神話のふるさとでもある。
    ニニギノミコトとコノハナノサクヤヒメ、山幸彦とタマヨリヒメ。
    この人たちの恋物語が憧れを以って見られた時代が有った。
    戦前の神話教育でもあまり語られなかった部分である。
    せいぜい天孫降臨と神武東征ぐらい。

    その後、時代は沖縄、北海道、ハワイ、オーストラリア他の海外旅行へと変わっていった。
    寂しい気もする。

  • >>207

    ドイツ統一

    ここでは勿論、1990年、平成二年のドイツ統一です。
    再統一とか編入とか言う言葉もあるが、現代日常語ではドイツ統一でしょう。

    いずれはソ連も潰れ、ドイツも統一するだろうという事は予想できた。
    しかし、これほど急速に鮮やかに行われるだろうとは考えられなかった。
    それをもたらしたのは、ひとえに西ドイツの経済力でもあるが、東西ドイツ人の意志の強固さが有ったからでしょう。

    その後、混乱と停滞が続くが、今、見事に蘇った。
    首都をベルリンに移したことも正解だった。

    一瞬の隙を衝いて完遂させた能力は、さすがであります。

  • >>206

    思い起こす30年前

    昭和天皇の崩御

    あれ以来、歴史は停滞

    過去に吹っ切れて新しい歴史が始まると思うよりも何か不安が有った。

    日本を復興しようという戦後の統一的国民意識が薄れたか。
    新天皇で大丈夫か。

    このような精神状態を解消し、国民の精神的支柱になったのは天皇皇后両陛下であった。
    誠にそのご存在意義は大きかったと思う次第です。

  • >>205

    はしだのりひこ氏が逝去されました

    あの声の音質、良かったですね。
    特に「戦争は知らない」の声が良い。

    「風」はフォークの最高傑作の一つではないか。

    ただもうすこし、北山修、加藤和彦とフォークル後にも一緒に活躍してほしかった。

    12月2日のことですが、ここにも記載しておきます。

  • >>204

    途中で投稿してしまったので、追加。

    美智子さまのお誕生日おめでとうございます。

  • >>203

    天皇陛下のご成婚

    と言っても皇太子殿下の時

    日本中、大歓迎ムード。

    取り分け美智子さまに対する憧れは絶大なものが有った。

    因みに皇太子殿下は個性が薄かった。
    それが未来の象徴天皇のあり方だったとの国民の合意が有った様に思われます。

  • >>202

    天皇は東奔西走して国民と共にあるべきだ。

    その信念が今上陛下にあるんでしょう。

    それも一つの在り方。

    そうなると摂政では務まらないのかな。

    そこが考えの違う所。

    そんな事を考えてみると、3年ぐらいは摂政を置いて、しかる後にご譲位で良いのではないか。

  • >>201

    今上陛下の御譲位発言

    余程の信念があったと思えます。

    ある程度、歳を取ったら、譲るのが良いとの結論なんでしょう。
    それはご自分の体験からだろう。
    高齢に成ったら引退する。
    摂政では駄目なことが今ひとつわからない。

    詰まる所、大喪の礼と即位の礼が続くのが大変だったんだろう。
    おそらく昔は簡素に行われていたが、今の国際化時代、そうもいかない。

    いずれにせよ、取りあえず摂政を置くべきでしょう。

  • >>199

    昭和天皇と御譲位(2)

    実は敗戦直後、講和条約後は譲位を考えたようだ。

    しかし敗戦直後はマックに会って止めたか。
    あるいはご巡行で譲位を望む声など聞かれなかったので止めたか。

    講和条約発効の時でも然り。

    国民と共に復興に邁進すべきと考えたようでもある。

    それに比べれば高齢に成ったぐらいで譲位するなどという事は考えもつかなかったに違いあるまい。
    全身全霊で公務を執行するという事は、実際の公務が老齢で出来なくなるかどうかの問題ではなく、精神の持ちようだと解釈していたのではないか。

  • >>199

    帝王であるならば周りから言われて譲位するのは適当でない。

    しかし自ら言い出すのは民主的象徴天皇としては問題が無くはない。

    これはジレンマですね。

    結局、個別的に譲位は成立不可能。

    詰まる所、定年制のような客観的基準を設定する外ないのではないか。

  • >>198

    昭和天皇と御譲位

    マッカーサーに強圧的に命令されたのならともかく、自分から譲位すると言い出したなら非を認めたことに成る。
    それは国民にとっても耐え難い事だ。
    マックの命令だとさえ思われかねない。

    そもそも敗戦責任があろうと、譲位は直接関係は無い。

    かような思いを晩年まで持ち続けたため、高齢による譲位の発想は微塵も無かったのでしょう。

  • >>197

    昭和天皇について

    憲法、皇室典範について、その条規に従って行動された。
    これは昭和天皇が明治天皇を尊敬していたからでもある。
    皇室典範においても然り。
    譲位が有ってはならないと確信されたか。

    国民の象徴だからこそ譲位が不要と考えた。

    実は昭和天皇は戦前から実質象徴天皇だと思っていたか。
    それゆえ、戦後の憲法も比較的安々と受け入れたのでしょう。

  • >>196

    昭和天皇の晩年

    高齢で体調不良に成っても譲位はおろか摂政を付ける事にも考え及ばなかった。
    単なる思考力低下ではないだろう。
    およそ信念があったと思われる。

    敗戦、講和条約締結の時にも譲位を考えたくらいだったようだ。
    それでも思いとどまった。
    回りの意見もあっただろうが、法に遵ったという面が強かったのではないか。
    摂政を置くにしても、発案者であってはならず、皇室会議で決めるべきことであるとした。

    遵法精神が非常に強かったのだと思われます。

  • >>195

    渡部 昇一

    先ごろお亡くなりに成りました。
    自分にとっては大いに啓発された重要な人物。

    当初は「知的生活の方法」「日本語のこころ」という題名の本をたまたま立ち読みして好奇心が涌き、買ったのが出会い。
    その後、「諸君」などの雑誌で自由主義的な論調を張ったが、同感できるものが多かった。
    「甲殻類の研究」なんかは面白かった。
    英語教育論争なども意義があった。

    他にも書きたいことは山ほどあるが、時間が無くなったのでここで。

  • >>194

    ペギー葉山

    お隠れに成りましたので合掌

    有名に成ったのは「南国土佐を後にして」のヒットから。
    この歌は元は軍歌で歌い継がれてきたもの。
    本来の作詞作曲者は不明というか、自然と出来上がった要素が強い。言わば軍隊の民謡。

    それを戦後的に作り直してヒット曲となった。
    皆の郷愁を誘うのは故郷から都会に出てくる人が多くなったから。
    言わば時代の変化です。
    軍隊なら生きていれば故郷に帰れるが、都会に出たら戻れない。
    その気持ちが、より心を打つのでしょうか。

    「ドレミの歌」「学生時代」などは古き良きNHK的な感じがした。
    フォーク調の「雲よ風よ空よ」も良かった。
    元はジャズ歌手でしたが、それが基礎、基本にあったと言えるでしょう。
    何より生涯現役で歌謡界に貢献したことは素晴らしい。

    今、後を継ぐような、匹敵するような人がいるでしょうか。
    どう見てもいないようだ。それが悲しい。

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