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  • 日本史詳しくないけれど
    人口対策から考えてみるのはどうだろう?

    江戸時代は一見平和的に見えるけれど、間引きをしながら人口調整をしていたと思う
    白土三平『カムイ伝』でも間引きのシーンがあるし、
    京極夏彦『姑獲鳥の夏』では当時は7歳までは罪にはならないとか
    日本のあちこちに水子供養とかあるし、

    それが明治維新以降次第にやめるようになった
    それで富国強兵で
    取りあえず北海道開拓
    人口がまだ増える→工業化によって農業と違い狭い場所でたくさんの人を働かせることができるようになる
    人口がまだ増える→朝鮮併合、生産性を上げて食糧、資源の確保、移住ついでに朝鮮人も近代化
    人口がまだ増える→台湾を手に入れる
    第一次世界大戦→欧米、植民地をこれ以上増やして紛争するのはやめよう
    人口がまだ増える→満州国をつくる
    どんどん工業化したいけれど資源の確保が追い付かない、アメリカに石油止められる
    大東亜共栄圏→第二次世界大戦で負ける

    補足
    ヨーロッパも同じような状況があったと思うけれど、新大陸を発見して移民でのりきったのでないか?
    戦後は日本は人口対策としてブラジル移民とかで対応した
    李登輝は台湾の日本人教師からマルクス主義を学び京大でもその勉強をしたらしいから、当時の植民地政策に対して右と左の対立はななったのでないか?

    以上、アバウトに考えているのだけど、どうだろう?

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  • 46 23
  • >>
  • 46(最新)

    愛 Love You 2月4日 19:26

    江戸時代までは、若者が生き残っていくために、年老いた老人を口減らしに姥捨て山に捨てるというむごいことが実際に行われていたようですよ~う。

  • >>44

    意外に少なかった日本の移民。

    アメリカに移民して軋轢になったようだが、果たしてそれほどの人口移動があったのか。
    当然ながら人口的にはチャイニーズの方が多かった。
    何処か不思議ですね。

    朝鮮への移民は殆どなく、商売人が居住していたぐらい。
    逆に日本に来た朝鮮人の方が多い。
    しかも入国制限をしていたのにである。

    満州への移民は奨励したものの、これも大した数ではない。
    朝鮮人の移住や、更に多かったのは華北からの移住。
    結果、満州はシナ漢族に乗っ取られた。

    日本は住みよいので移民する必要性が無かったのです。
    全く徒労に終わったのが戦前の移住政策。
    人数的には樺太移住ぐらいだったのではないか。
    これだけで十分だったのだ。

    なぜ戦前の日本は北樺太を領有しようとしなかったのか。
    全く不可解です。

  • >>43

    人口を増やさないと日本民族が危ない。

    外国に乗っ取られる。

    だからよい時代に成ったのだ。

    産児制限をしなくていい。

    産めよ増やせよの時代がやって来た。

  • >>41

    > 教育費、特に大学の学費が高すぎるのが、少子化の一番の原因
    > フランスなど、学費は無料
    > 欧州の多くの国は、学費無料
    > アメリカも奨学金制度が充実
    > 日本も、学費無料か、下げるべき
    > 子供3人め以後は、学費無料か、半額にしてもらいたい<

    学費は当然だが、それよりも塾や予備校の費用を減免して欲しい所だ。
    なぜ、学校の授業だけで入試に備えられないのか。
    特に公立学校の怠慢は目に余る。
    教科書さえ全部教えていないのが大半なのだ。

  • 日本史よりは世界史の中で論じるべき歴史認識。

    プランテーションとは何か?
    でしょう。

    近代化は何時からか?
    内燃機関の誕生でしょう。

    ワットの蒸気機関による紡績(布の大量生産)から世界のグローバル化が始まります。
    綿の争奪による、布の独占販売でしょう。

  • 教育費、特に大学の学費が高すぎるのが、少子化の一番の原因
    フランスなど、学費は無料
    欧州の多くの国は、学費無料
    アメリカも奨学金制度が充実
    日本も、学費無料か、下げるべき
    子供3人め以後は、学費無料か、半額にしてもらいたい

  • >>39

    職責に対して能力が足りなかったのは、武官か文官か
    武人なをもて暴走す、いはんや文人をや

  • >安倍談話はあくまでも「政治家としての談話」であって、国民の理解とはズレがあって然るべきもの
    >日本の首相としては政治的に成功した談話だったとは思います

    わかりにくい文章ですが、私は安倍談話を全面的に肯定しています。
    よく読めばわかりますが、安倍談話で朝鮮の植民地化などを謝罪しておりません。
    全くの合法でした。
    第一次世界大戦後の国際連盟で植民地の拡大化やめようという国際的合意があったと思います。
    謝罪しているのは、それ以降の侵略行為です。
    当時の日本は軍部の暴走を止められず、五・一五事件のテロ行為により軍縮をしようとした要人が何人も暗殺されました。

  • >>37

    安倍談話はあくまでも「政治家としての談話」であって、国民の理解とはズレがあって然るべきもの
    日本の首相としては政治的に成功した談話だったとは思います

  • スレ主です。
    久々に覗いたら、カオス化していました。
    今更、これらの議論をまとめて結論を出すなど無理だと思われます。
    ということで、そのようなことはしません。

    一応、このスレの目的?を説明します。
    このスレをつくったのは今年の2月、戦後70年の安倍談話前です。
    つまり、私は安倍談話の前に(自説として)戦前をどう理解するべきか書き残しておきたかったのです。

    安倍談話は、司馬史観の延長上にあるものとして理解しており、私に受け入れやすいものです。
    加えて、日本の人口増加が対外進出(侵略)の内圧となった。
    と解釈しております。

  • 人口対策から
    何をどう考えるようとするのですか?


    地球上には70億の人口があふれ、持てる者と持てない者は益々増え続けています。

    人口対策って何のお話ですか?

  • >>33

    中央集権化の極端な姿を「国家総動員体制」と示されたが、それは中央集権化の約束された成果ではありません
    国家総動員体制は言葉にすると何やら恐ろしげですが、完成された中央集権国家でもやりたくてもできる所業ではない。戦時中に官民が一体化した超高率な行政を日本が実現できたのは世界史上でも驚異的な出来事でした。ご存じのように学徒動員は日本より米国の方が早かった。戦災も民間犠牲者はドイツ国内で300万人以上、日本よりもはるかに大きかった。この官民一体となった超高率行政は日本の戦後高度成長の基盤でもありました。中央集権も国家総動員体制も民主主義と矛盾するものではありませんが、それを日本だけがナチスとは異質な体制下で実現できたことが米国にとっては脅威だったのです。そんな日本の国力の源泉を削ぐことは占領軍のみならず外国にすれば対日外交戦略の基本でしょう。しかし戦後の日本国民はこぞってこれを削ぎたがる。日本固有の強みを捨てて、何を保守するというのか。

    そもそも「地方人による地方のための地方自治」を求める西欧のような歴史的背景が日本にはありません
    日本は「地方人が中央人となって地方の発展に貢献」できた歴史を持つ
    GHQの占領マニュアル「civil affairs handbook japan」には、それを649年孝徳天皇の時代からと明記しているくらい。江戸期は変質したがその完成は1889年とします。
    内務省は解体されて何のメリットがあったのか?更に大蔵省はどうですか?

    内務省は今、総務省、国土交通省、厚生労働省、警察庁に分散されて独立している
    その結果、これら全体の公務員数は増え、経費も増大、縦割り行政は「省益あって国益なし」の弊害で行政効率は低下中。内務省はMinistry of Home Affairs、日本は「Home Affairs」を管理する機関を失っているのです
    それはまるで戦後日本の家族、妻はあっても家内なし。離散した家族が個別に求める国家の保証

    宮崎県僻地郡過疎村に生まれ育った青年が仮に優秀だったとしても、青年は己の人生を充たすことには長けてはいても、故郷の過疎村にその能力をささげる人生は選択しないでしょう、日本全体を格差なく発展させる機構も人材も枯れつつあるのです。

  • >>32

    > 嘘はイケマセン!
    >
    > 間引きしたのは時代ではありません。
    >
    > 食うに食われぬ個人が、否応なく為したのです。

     その通りですが、間引きが半ば公然と行われていたのは、それを許す『時代』の風潮そのものです。

  • >>31

    > 行政機構の司令部である政府への権限集中を「中央集権化」とすれば、それに抗して、司令部の権限は小さくし中央から地方へ権限を移した「大規模な地方自治」を「道州制」と称しているのではないでしょうか。

     これは、いわゆる「15年体制」(昭和15年)という戦時総動員体制の制度設計を是とするか、非とするかという議論になります。私は間違いなく政治的には保守派に属しますが、同時に基本的な民主主義のルールを守るべきだと考える民主主義者でもあると自認しています。その立場からは、適度に地方分権を果たしつつ、国の一体化を保証する制度設計が望ましいと考えています。東京一極集中を仮に大阪一極集中に代えても、問題は解決しないと思います。各地域が自立的に行政を行い、且つ日本国としての一体感を維持する事は可能であり、それを目的とした占領下憲法を改憲して、新憲法を作るべきだと考えています。

    > 私はこの意味で「途中とん挫した中央集権化を再開すべきで、道州制は安保上も経済上も何もメリットはない」と思う次第。今や「道州制」なる構想に保守層のかなりの割合が共感している様子で不気味。

     上記の通り、私は以前からの道州制論者ですが、健全な保守主義は、むしろ適度の地方分権と国民の義務規定(兵役~代替兵役と言った国民公役)を基盤として、成立すべきものだと考えています。アメリカが左翼国家にならない事や、北欧の社会民主主義諸国が君主制を維持している事が、私はその証拠となり得ると考えています。
     15年体制は戦後も進行し、廃止されてはいません。中央集権が、官僚主導体制そのものになっていることこそ、問題でしょう。

    > これまでも「構造改革」の四文字だけで踊った保守層だから余計に不安。どんな症状で病院に行こうと、医師から「体質改善」と言われた瞬間に「治った」と思い込み自覚症状が消える、しかし病は進行中、そんな状態か。

     小泉構造改革とか胡散臭い政治には反対してきましたが、改憲するにしても、何を目途に行うかを熟慮する必要があるでしょう。健全な保守主義に立脚した政治体制を作るためには、官僚の活用と同時にその利権獲得を抑えるシステムが必要です。国家非常時の憲法の一時停止を含めた非常事態法も、改憲時には当然織り込まれるべきですが、民主主義を担保しなければなりません。

  • 嘘はイケマセン!

    間引きしたのは時代ではありません。

    食うに食われぬ個人が、否応なく為したのです。

  • >>30

    行政機構の司令部である政府への権限集中を「中央集権化」とすれば、それに抗して、司令部の権限は小さくし中央から地方へ権限を移した「大規模な地方自治」を「道州制」と称しているのではないでしょうか。
    私はこの意味で「途中とん挫した中央集権化を再開すべきで、道州制は安保上も経済上も何もメリットはない」と思う次第。今や「道州制」なる構想に保守層のかなりの割合が共感している様子で不気味。
    これまでも「構造改革」の四文字だけで踊った保守層だから余計に不安。どんな症状で病院に行こうと、医師から「体質改善」と言われた瞬間に「治った」と思い込み自覚症状が消える、しかし病は進行中、そんな状態か。

    「中央集権」と「東京一極集中」は別です
    現在、政府が置かれた地域(東京)は激甚災害の危険性が極めて高まっているため、一刻も早い「政府の首都圏脱出」が理想です、んが、間に合いそうもありません。発災時に臨時代替可能な第二首都の設置場所を関東外とすることも必要です。そこでもかなり高度な権限集中体制が必要ですが。災害が地震であれ火山噴火であれ、核爆弾のような「瞬間消滅」ではないため、先ずは「非常事態宣言・戒厳令」が布告され、事態の様子から政府機能を東京から第二首都へスイッチする判断となりましょう。しかし今は第二首都どころか「国家緊急時の法整備」すら未完。こんな状態で放置されるのも「中央集権化が寸断されている」からです。どの省庁も「大きすぎる仕事」でどこにも責任省庁がない、本来なら「内務省」が強引にやりとげる仕事。内務省は解体されたまま。

    東京一極集中の問題は、第二首都が設置されても、遷都が行われても、急な解消は無理でしょう、それでインフラがなくなるわけでも関東平野が縮むわけではないので。首都圏は数百万規模の被災犠牲者を出すでしょうが、それで日本が壊滅するわけではありません。それより道州制の方が、長期的な国家損失は大きいと思います。

  • >>29



    > 「過疎化」は、いつの時代も自由競争を放置した果てに生じる現象。地方の統治権を中央が集めたのも「国土の均衡ある発展」に合理であったから。日本も律令国家の体裁を整えて早々に風土記編纂、情報を集め、行政官を配置し、開発投資。幕藩体制からは実質的に地方分権の時代、やがて西洋文明と対峙して国家独立の危機を覚え、慌てて中央集権化。改めて「人・モノ・金」の傾斜配分精度を高めた明治。先の大戦に敗れ、占領軍の意思により中央集権化はその目的達成途上で断たれた。世は地方自治の時代到来と嬉しがる。今日、過疎化が止まらないのも道理というもの。むしろ過疎化を先延ばしさせたのは、国から予算を採ってくる「おらが郷土の国会議員」そのパイプラインも小選挙区制で機能低下。過疎化は止まらない。

    > 「道州制」は、中央集権を今以上に弱める術として捉えられているが、中央集権を弱め、地方分権を促進することで過疎化が止り地方が繁栄する道理がわからない。中央集権を高める要路としての「道州制」もあろうものを。

     これは、東京~関東一極集中が、日本を滅ぼす、と言う危機意識が、前提になっています。日本列島は、巨大災害の時代に入っており、富士山の噴火や海溝型或いは直下型巨大地震などは、いずれ必ず起こります。その時に、東京や関東から脱出を図っても、遅いのです。
    巨大噴火でいえば、九州で起これば、日本全域に影響しますが、中部・関東であれば、西日本は何とか持ちこたえます。被災を受ける関東地方を助けるための遷都や道州制の実施が必要だと私は考えています。
     新首都は、人口30万人程度のコンパクトなものとし、津波被害を受けない、また大きな直下型地震のない地盤のしっかりした地域を選択し、また、噴火の影響のない地域と言う事になります。九州で超巨大噴火が起こればどうしようもありませんが、関東・中部・東北での噴火であれば、日本列島が全滅する状態にはなりません。
     中央集権こそ、大災害時代での日本滅亡の引き金を引きかねません。勿論、復興時には中央集権も必要ですが、肝心の首都機能が麻痺しやすいような中央集権など、ナンセンスの極みです。

  • たとえば宮崎県。宮崎で生まれた人が、生涯を宮崎県で過す人生を「標準的」と思えればよいわけですが、現代はそれを誰しもが本音として捉えることができない。同じ九州でも「福岡ならよかったのに」という思いもよぎる、生誕地を捨てて都市圏へ移住する青年の純粋な動機でしょうか。若者を生誕地に執着させるほどの倫理も宗教も日本にはない、それでも地元に執着する最大の理由は経済合理的な事情、その経済すら格差拡大という情報は宮崎のような地方に一層の過疎化をもたらす、今。

    「過疎化」は、いつの時代も自由競争を放置した果てに生じる現象。地方の統治権を中央が集めたのも「国土の均衡ある発展」に合理であったから。日本も律令国家の体裁を整えて早々に風土記編纂、情報を集め、行政官を配置し、開発投資。幕藩体制からは実質的に地方分権の時代、やがて西洋文明と対峙して国家独立の危機を覚え、慌てて中央集権化。改めて「人・モノ・金」の傾斜配分精度を高めた明治。先の大戦に敗れ、占領軍の意思により中央集権化はその目的達成途上で断たれた。世は地方自治の時代到来と嬉しがる。今日、過疎化が止まらないのも道理というもの。むしろ過疎化を先延ばしさせたのは、国から予算を採ってくる「おらが郷土の国会議員」そのパイプラインも小選挙区制で機能低下。過疎化は止まらない。

    「道州制」は、中央集権を今以上に弱める術として捉えられているが、中央集権を弱め、地方分権を促進することで過疎化が止り地方が繁栄する道理がわからない。中央集権を高める要路としての「道州制」もあろうものを。

  • >>22


    > まとめます。
    > 経済圏、生活基盤が共有できない県の合併など対立を生むだけです
    > 経済圏、生活圏を共有できるようにするために、山を越える道路を何本も造りますか?無駄でしょう
    > 道州制は、中央の再編、税源の移譲とセットでなければ、中央政府の権限の削減になりません
    > また、本社がある東京、大阪、有利の法人税関連の是正も求めます(不平等です)
    >

     財源の見直しは当然です。国と地方の関係については、歳入の7割が国に入り、実際の支出は、地方で7割使用される、と言う話ですが、歳入については、とりあえず、國・地方が5割ずつにすべきでしょう。基本的に、國は、外交と国防が主任務となりますが、国民や国土の「平準化」も必要ですから、多少はその予算も残す必要がある。
    後、財政力の弱い道州や市町村には、人口と面積を考慮した傾斜配分システムが必要です。

    > もちろん、経済圏、生活基盤が共有できる首都圏が州になることに反対しません。
    > 全国同時に道州制を実施しなければならない理由がない以上、首都圏から実施してほしいものです。
    >

     同時に施行するのが良いと思われますが、地域的にまとまりの良い、四国、九州、琉球(沖縄+奄美)、中国地方などから出発するのもよいでしょう。勿論、道州が発足した場合、当該道州を管轄する国の地方支分機関、例えば近畿地方財務局などや○○県財務部、地方建設局や○○県建設部などは、廃止して、道州以下に下すべきでしょう。

    > すっかり日本史から離れましたが・・・

     そうですね。まあ、歴史的考察を行えば、日本史板としては恰好がつくかもしれませんが。

  • >>22

    > 私の父は70過ぎで白内障を患って手術して、それでも元気で今年は四国八十八か所めぐり(徒歩)をするとか言い
    > 振り返って、今まで親孝行らしきものをしたことを思うと恥ずかしい限りです。
    > 何はともあれ、できるだけ健康でいたいものです
    >
     確かに私もそう思います。「医者の不養生、紺屋の白袴」で、お恥ずかしい限りですが、生活習慣病も合併しており、白内障の手術のみで視力がどの程度回復するか?も正直な所見当が付きません。白内障の進行の為、眼底が良く見えない状況ですので。後、緑内障も合併していますし。

    > 道州制については、小泉政権の市町村合併が推進していたころ、次は道州制が来ると言われていました。
    > 規模が大きくなれば効率が良くなるはずという発想でしょう。
    > 国からの発想ですから、中央政府の負担の軽減のためで、中央政府の権限の削減ではないと思っています。
    > 中央政府の権限の削減の為なら、中央省庁の再編成が必要だと思いますがそんな話聞きませんし、財源の地方移譲の話も(地方が教育費の財源移譲を求め、国が断ったという話は聞きましたが)あまり聞きません。
    >
    > 確かに、確かにスケールメリットが働かないと大変でしょうが、矢祭町の例もあるように不可能ではないでしょう。
    > また、スケールメリットがあってもできないものはできないのです。
    >
    > 中央が地方に要求していることに、耐震強化(診断)や災害の予測と対策等がありますが、個別に解決しようとするから負担が大きいのであって、市と市、県と県が直接協力し、市町村単位、県単位を超えてノウハウを共同で整備できるように仕組みを作ればいいと思います。

     中央省庁の、特に官僚の制度設計に従えば、そうなるのは必然です。しかし、首都一極集中を避けるためと、来たるべき富士山大噴火(海溝型巨大地震3連発に連動して起こる可能性が高い)で、必然的に遷都や地方政府の強化が必要な時代がやってくると予想されます。できるだけ早く、対策をせざるを得ない。

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