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日本語の起源

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  • 2017/04/30 23:39
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    日本語と韓国語というのは、発音や語順、「助詞」「助動詞」の存在やそっくりな語彙が存在するなど、非常によく似ています。

    日本語と韓国語は、古代には方言程度の差しかなく、互いに意思疎通ができたという話も聞いたことがありますが、そうなのでしょうか?

    アイヌ語や琉球語との関係は?
    そして今話題の「縄文語」とは?

    日本語の起源について、話し合いましょう。

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    asi***** 4月30日 23:39

    >>32271

    コメとマメの名の由来について議論があったとき、長崎県大野原遺跡、熊本県三万田遺跡、山梨県酒呑場遺跡で、土器に大豆の圧痕とコクゾウムシ圧痕がみつかっていて、縄文後期、縄文中期には大豆とイネが栽培されていたという情報でした。
    さらに調べてみますと、鹿児島県種子島の三本松遺跡の約1万年前の土器からコクゾウムシの圧痕がみつかったそうです。
    この三本松遺跡のコクゾウムシの圧痕で、さすがにイネではないのではないか、ドングリやクリについていたのではないかと考えられているそうです。体躯も大きかったそうです。
    ということは、大野原遺跡、三万田遺跡、酒呑場遺跡のコクゾウムシの圧痕も、必ずしもイネ由来ではない可能性がでてきたということになってきます。
    いよいよもって、縄文イネは炭化米か籾痕がでないことには、ということになりそうですね。

  • >>32080


    > > > > > > > ヨーロッパも似たような状況
    > > > > > > > ヨーロッパの新石器時代は1万年前と言うのが既に定着していますよ

    > > > >  土器を新石器時代の指標とするならば、それなりに整合性があるが、欧州の考古学には詳しくないので何とも言えませんが

    > > > 検索すればわかります

    > >  アナログ人間なので、本を読まないと信用できないのですよ

    > 日本人の書いたものではなく、外国の本を読むべきでしょうね

     翻訳が出るまで待つしかありませんね。人類学の本で引用されている部分である程度は、見当が付きますが

    > > > > > > > アフリカの考古も古人骨発見する為かなり進んでいるでしょう。しかし何も出てきていない
    (略
    > > > > > > > 土器文化など、東南アジアが先行していたのに、知られていないのは先住民が3万年前と変わらず同じような土器を使い続けていて、古いものと認識されていないからでしょう

    > > > > > >  東南アジアの土器がそんなに古い年代だとは聞いたことがありません
    > > > > > > 無党派さんの想像でしょう

    > > > > > 三万年前から同じ土器を使っていたら、型式論では年代が出ませんからね

    > > > >  そうですが、土器に付着している食物片やおこげの類でもあれば、炭素14年代測定が⦅可能⦆でしょう。 穀物栽培をしているなら、レプリカ圧痕法で、穀物種子や或いは穀物加害昆虫が検出される筈

    > > > 東南アジアは遅れていると言う先入観がそういう研究をさせない

    > >  偏見
    > >  どこの国でも愛国心や学者の業績を上げたいという気持ちは一緒ですよ

    > インドネシア人の学者や、フィリピン人の学者が研究するようになれば正しい結果が出るでしょうが、研究者は西欧人ばかり

     研究者は、徐々に育っているし、日本人研究者もアクセスしやすい

    > > > > > 炭素年代法なんて金がかかる事はやりませんし、古い土器の年代は出そうとしないでしょう

    > > > > ???御冗談を。業績意識の高いオーストラリなどの考古学者が、何もしない筈はない。インドネシアなどの学者が、欧米人を嫌っても、日本に共同研究を持ち掛ければ、日本人学者が飛びつきますよ


     以下はレス不要でしょう

  • >>32080



    > > > > > > > >  縄文時代は、1万6千年前、というのはほぼ定説でしょう
    > > > > > > > >  『科学』2017年の特集「日本人の基層」によれば、1万6千年前(1万4千年BC頃)の旧石器が、大平山元Ⅰ遺跡、アムール河口、中国南部で、認められている。世界最古級の鏃(石鏃)も日本で出土し、その年代も同じ1万6千年前

    > > > > > > > ガセネタです。アムールなんてトンデモ
    > > > > > > > 大平山元Ⅰの土器は8千年が妥当

     これは滅茶苦茶

    > > > > > >  考古重視がお題目で、その態度ですか

    > > > > > 一点限りの土器でAMS法で測定した値は信用できませんよ
    > > > > > 中国でもっと古い値を出していますが信用していません

    > > > >  測定法その他で、一点でも測定精度が高ければ、可能性はあるでしょう
    > > > >  中国南部の方が古い可能性もあるが、前記論文の著者は日本でのと同じ精度だと認識しているから、アムール河口と中国南部を持ち出したのでしょう

    > > > アムール川流域にしても、旧石器時代の遺跡は日本が圧倒的に多いことは認めているのでしょうね
    > > > 100倍以上の差がありますよ
    > > > 中国南部は日本より多い間もしれませんが、もっと南のスンダランドから北上した物でしょう

    > >  スンダランド云々は先験的思い込み

    > > > > > > > > > アフリカは1万年前
    > > > > > > > > > アフリカにY-Eが渡ったのは1万年前程度でしょう

    > > > > > > > >  アフリカの考古資料は未発見のものが多いでしょうから、何とも言えませんが、無党派さんは、自説に都合の良いものしか、目に留まらない様なので、上記年代は全て ?が付く

    > > > アフリカでも農耕などが始るのは1万年前で新石器時代になる
    > > > ヨーロッパと変わらない
    > > > 皆時代感覚がごっちゃになっていますね

    > >  最近のアフリカの考古学まで手は出せませんが、無党派さんも自説に都合の良いものを検索してくるのではなく、もっと客観的に資料集めをされるべきでしょう

    > 私は十分に客観的

     う~ん、それは全く言えないでしょう

  • >>32076

    > > > > > お説ごもつともと思いますが、学者の佐藤某氏の説では、縄文稲は熱帯ジャポニカとされています。温帯ジャポニカが縄文晩期に北九州で栽培されていたのも事実とされています。それ以前の稲は熱帯ジャポニカだとする説を支持します。
    > > > > > この熱帯ジャポニカは南九州の縄文人がチャイナの華南から持ってきたものだと考えています。

    > > > > 考古学的に、炭化米や種子その他の年代が直接確認されない限り、遺伝学者として、焼畑農耕が熱帯ジャポニカだとされても、その渡来時期を確認できないのです。

    > > > すでに論破されているのに、まだたった一人の馬鹿学者の言う妄説を信奉して確認できないといっている

     前に『季刊考古学』の弥生時代の始まりの特集号からの紹介を少ししました(まだ読み終えていない)が、おそらく無党派さんが「たった一人の馬鹿学者」と罵倒したその小畑博己氏は、投稿していません。解説を担当した設楽氏らのレプリカ圧痕法の例でも縄文時代晩期の、しかも後葉になるまで、イネが確認されないと書いてあったのを紹介した筈ですが?
     
    > >  呆れた。現代考古学を受容できないで、論破したつもりですか?
    > > 本当にどうしようもない

    > どうしようもないのは貴方
    > 馬鹿がすでにあるものを何の根拠も泣く勝手に否定して自説を唱えているに過ぎないものを絶対正しいものと信じているカルト

     前記、設楽氏、中澤道彦氏ら、「現代」考古学界の「大勢」だとはっきり言っているのに、何時までも受容できない

    > > > プラントオパールで少なくとも7千年前には稲があったのですよ

    > >  だ・⦅か⦆・ら・、プラント・オパールの「信頼性」が、問題になっているのですよ

    > >  今は、その時代の型式の土器から、イネ種子でも、イネの花粉でも、イネのプラント・オパールでもよいが、出ていなければ、地層からの浮遊選別法では、混入の疑いを免れないのですよ
    > >  しかも、韓国では、該当の時代に、レプリカ圧痕法でも、種子でも炭素年代法でも、皆ちゃんと出ているのに、日本でだけ、プラント・オパールでしか確認されないなどと言う事は、抑々プラント・オパールの混入を疑うべき第一の理由にしかならない

    > 大量に出ているものを何の根拠もなく信頼性がないなどと決め付けるカルト

     大量に混入した

  • >>32075

    > > > > > > > ベリンジア経由なんて考古学的にはありえない馬鹿の妄想なんですよ

    > > > > > >  人類学も考古学も古人骨データ、新しい遺跡の発見一つで、がらりと解釈が変わり得る
    > > > > > >  先に紹介したチベット高原への人類定着時期など、その好例でしょう

    > > > > > 考古学的に支持されていない。人は移動しますからね

    > > > >  考古学的な証拠も提示されているのですがね

    > > > マボロシー

    > >  ヤレヤレ、3万1千年前から3万9千年前の⦅石器⦆や動物の遺骸と、書いておきました
    > > 今度は捏造だとも?

    > 動物の遺骸が何の証拠になるのでしょう?

     石器によるカット・マークとか

    > たぶん石器は見間違い

     無党派さんの希望的観測

    > > > > > 後から来た人がたまたま古い遺伝子を持っていたと言うのに過ぎないでしょう

    > > > >  北方のウスチ・イシム人の保有していた遺伝子を共有するような人種が、南方にいたという証拠を、出してから言うべき話でしょうね
    > > > >  そうでなければ否定の為の言いがかりに過ぎない

    > > > ウスチ・イシム人はアボリジニの子孫でしょ?

    > >  無党派さんの先験的な思い込みですね
    > >  もう少し、あの変なY-DNAのMAPの呪縛から、逃れてください

    > あれこそが基本ですよ
    > あなたの信奉するものは馬鹿日本人が考えたことです

     あれ、そんなに引用されたMAPを信用されるなら、太平洋を経て南米に到達した矢印の年代をも、信用されることですね。
     3000年前位になっていますよ。私はそれでも少し早いように思いますが。
     まあY-DNAは核ゲノムの中のごく一部の遺伝子です。それで言える範囲内の事は、限定されている。
     ウスチ・イシム人の他の遺伝子がチベットの最初期移住民に残されていても、Y-DNAは、後代の移民のそれによって、置換された可能性等、当然あり得る。
     ご承知の通り、Y-DNAは、支配層の物が拡散しやすいという、社会的選択を受ける代表的な遺伝子ですからね

  • >>32067



    > > > > > >  これが信頼できるかがまず問題ですが、LGM以前にすでにアメリカ大陸に新人が移住していたのであれば、偶然の漂着者が、日本からペルーに着いたとしても、子孫は残せることになる。そのあたりは、全てアメリカ大陸の人類の到達時期と考古学的証拠に拠らざるを得ないが、現時点では、アメリカ先住民は、北方からの南下と考えるべき根拠の方が多い
    > > > > > > まあ古人骨一個のデータで変わる可能性はあるが

    > > > > > 南米の先住民にアボリジニの遺伝子が入っていてもですか?
    > > > > > 近世の混入ではないとされていますよ

    > > > >  その人類学的根拠が確かかと言う事と、「近世の混入ではない」という意味は、欧州列強による「植民地化」の影響以前という意味であり、南島語族の西洋列強の南米進出前の移住の影響である事を否定するものではない

    > > > 3~4千年前と、14千年前でそんなに船舶技術が向上したと思いますか?
    > > > 4~5万年前からサフルランドの人たちは船で島と島を往来していた

    > >  目視航海可能かどうかと、星を見て⦅大洋を紅海⦆するのとでは、大違いです

    > > > 45千年前から沖に出てマグロを釣ることもやっていた

    > >   陸地も全く見えない大洋に、数日間出るわけではない

    > > > おそらく丸木舟を二つ連結して安定させる位の知恵は持っていたでしょう

     アウトリガーを南島語z句でなく、サフル系が使用していたという証拠は無い
     残り難い事も確かですが

    > > > 海流に乗って遠い大陸へも移動できた。漂着でも良いんですよ

    > >  子孫を残せない

    > ウスチイシム人は生き延びて、南米に船で渡った人が生き延びられなかったというのはダブスタ
    > ウスチイシム人は滅んだんですよ

     そう、しかしチベット先住民に遺伝子を残せた

    > ブラジルのアボリジニと同じように
    > そして14千年前に船でわたった人は生き延びて子孫を残した

    > > > サフルランドは温暖化で失われたのですから人口の大量流出は間違いなくあったでしょう

    > >  徐々に少数ずつ移住

    > 少数では子孫が残せないから大量に移動したのです

     サフルランドがある日突然沈降し始めたわけではありません。
     少数ずつ既知の島や大陸を目指した

  • >>32060


    > > > >  まず日本の年代(韓国の年代も)が、北米より新しいかどうかが、考古学の対象になる
    > > > >  またシベリアの考古学の今後の動きも目が離せない

    > > > 本来なら日本の縄文時代が北アメリカより早いのでしょうが、北米はベリンジア仮説を信奉する人たちの思い込みによって早くなっているだけでしょう

    > >  ベリンジア仮説は、実際にベリンジア大陸が存在した以上、有力な仮説ですよ。

    > 大陸があったとして、植物もまともに育たない

     ?そんなところに、人が棲めると仮定する人類学者や考古学者がいるわけがない。
     居住環境が、特に南方の太平洋沿岸部(の現在は海底に母したところ)などに、存在するからですよ

    > 半年もビタミンCを取らなければ壊血病で死んじゃうようなところで長らく生きていけるはずもない
    > 魚を取って生で食べていくしか生き残る道がないのです
    > 彼らは漁労民だったのですか?

     先の記事では、ケルプ・ハイウェーという北西太平洋沿岸増の改訂の昆布の群生地帯を、重視し、そこに群がる海獣や魚類などを、狩猟・漁撈しながら、沿岸航海民(mtDNAガプログループB)が、急速に北米沿岸部を南下したと考える。で、上陸した地点から、東進する集団も当然存在する

    > ありえない妄想で成り立っているベリンジア仮説であることを自覚しなさい

     極めてreasonableですよ

    > >  後は海底考古学で、どこか洞窟辺りから、古人骨でも出てくれば、⦅年代⦆測定と古代DNAで、一気に謎が解けるかも

    > 妄想

     メキシコの「ナイア」の例がありますから、可能性はあるでしょう

  • >>32265

    河童日本起源を唱えると、中国から、日本よお前もかも言われそうですが、面白い問題ではありますね。
    そこで考えてみますと、オリジンのある方は大きな変化はしないかも知れません。基本形がしっかりしているからです。
    一方、それを取り入れた方は、いろいろと変容するかもしれません。もともとのオリジナルの要素にとらわれる必要がないからです。
    そうした観点からしますと、おっしゃるように、日本では、最初は甲羅がなかったかもしれず、またオカッパ髪であったり、水かきがあったりと、いろいろに変容しています。
    こうしたことからしますと、河童のオリジンは中国にあり、その知識を得た昔の日本人が面白おかしく変容させてきた、というストーリーを考えることができるのではないでしょうか。

  • >>32060


    > > > > > > > 尖頭器はシベリアに無くて、日本や韓国にある

    > > > > > >  「シベリアにない」事が確認できるかどうかが、一つ
    > > > > > > 広汎な考古学的調査でもほぼそうであると確認できれば、東アジア沿海部から、尖頭器を保有した航海民集団が、北部太平洋沿岸沿いに北回りで、アメリカに渡ったと考えられる

    > > > > > シベリアには人の痕跡が希薄

    > > > >  北方に進出した人類が存在したことは,ヤナRHS遺跡やウスチイシム人で証明されている。彼らの一部が、ベリンジアに進出しても全く不思議はない

    > > > ウスチイシム人のY-DNAは「K系統」なので、五万年前から東南アジアに住むアボリジニの子孫でしょうね

    > >  東南アジアのY-Kが、ウスチ・イシム⦅人⦆より古い、という証明がない

    > シベリアで人が生まれるわけがない。遺伝子も生まれない

     全く何お根拠もない無党派さんの決め付け

    > > > > > > > クローヴィス文化はシベリアから来たのではないし、北アメリカで発生したのではなく、別のどこからか来たと推定されている
    > > > > > > > 日本で発生したのでもなく、パプアあたりが有望な発生地域でしょう

    > > > > > >  パプアはアウトでしょう。 無党派さんは先験的に決めつけている

    > > > > > 日本にあるから日本と言うには日本の年代がアメリカよりやや遅い
    > > > > > かといってアメリカから来るわけもない
    > > > > > フィリピンでもいいですがね

    > >  あれ?日本や韓国の尖頭器の方が、古い可能性が、確か『日経サイエンス』か、ナショ・ジオの「最初のアメリカ人」の記事では、認めていたような・・・。

    > 間違いでしょうね

     その記事には全くパプアの話は出て来ませんでしたが、クロービス尖頭器が、日本や韓国の物とよく類似していると認めていました

  • >>32039

    > 西日本の河童(カッパ)は、大陸の河猿(カエン)が元とされているようです。
    > そうでしたら、河童は「カドウ」の発音になるのが自然です。
    > この「河童(カドウ)」の「童」だけを倭訓すれば「か・わっぱ」となり、短縮すると「か・っぱ」となります。
    > 一方、「河童」の二文字をすべて倭訓すれば「かわ・わっぱ」となり、短縮すると「か・わっぱ」となり、さらに短縮する必要があり、二度の短縮がありえるかという問題に突き当たります。それでしたら、童の字だけを倭訓した「か・わっぱ」が一度の短縮で「かっぱ」となるので手間がかかりません。
    > そういうことから、「河童」→「か・っぱ」と考えました。
    > ただ、河童の意味が、「かわ・わっぱ」であることは間違いないと思います。

     「かわ・わっぱ」の約とする説は、『広辞苑』の採る説ですが、上代日本語にはないので、『岩波古語辞典』でチェックすると、「カハ(川・河)ワラハ(童)」の約、という解釈をしていました。どうも、日本語の「かは」と「わらは」のの縮約と言う定説はあるようですが、その縮約して、「かっぱ」という語彙が生じるまでの、経過についての意見が分かれているようです。上代日本語になく、また平安時代にもなかった言葉であるならば、原型の「かは・わらは」から、何回縮訳したかは、その時代の文献で確認できなければ、決着は付きません。実は上代以来の日本語の資料は、特に近畿地方で豊富で、ほぼ切れ目なく存在しているので、この語彙の生じた時期は特定できるのではないか?と思われるのですが・・・。

     「河猿」については、浅学にて存じませんでしたが、中国に河童と似たような妖怪変化の類として、「水虎」が存在し、日本の河童とは甲羅の有無で異なっており、本来は日本の河童には甲羅はなかった、という説は聞いたことがあります(昔の事なので、水虎と河童の甲羅の有無について逆転しているかもしれませんが)。
     或いは中国は広いので、地域や少数民族などによって、河川に棲むと考えられた下層上の動物などは、もっと多いのかもしれませんね。

     尚、上代日本語には、「かは」も「わらは」もどちらも存在しますが、「倭等は」には、童子・童女の他に、髪型の一種、従僕(おそらく年少の従者を意味したのだと思われます)という語義があります。

  • >>32036

     誤記誤変換が目立ち、文意が取り難いと思いますので、早めの訂正の意味を込めて、久しぶりにgingaさんに、レスを返します。訂正箇所は、霊によって⦅ ⦆で囲んでいます

    > > 再構された高句麗語なるものが、高句麗領内に居住していた日琉祖語系統の言語の話者(要するに広義の倭人で、現代のその言語と⦅同系⦆なのは、⦅我々}日本人と琉球人の、8言語が⦅同⦆系と言う事になる)が残したいわば日本語系統の「地名」であり、これを、「高句麗語」とするには無理がある、というのが、私が無党派さんと議論していた主な内容なのです。

    > 間違っている!
    > いわゆる日本語は、平安時代の日本国・大和朝廷の馬内侍(物部氏の清少納言)が作った!
    > 「いろは歌(作 清少納言)」で、証明出来る。

     う~ん、上代日本語は、主に記紀万葉の所謂万葉仮名として、漢字音を借用して、当時(記録時は7世紀前半)の日本語の語彙や文を、筆記した物であり、平安時代には、既に上代日本語の甲乙の母音の区別も消滅していました。ちょっと無理があるお説だとおみますが。いろは歌は、既に上代日本語の8母音体系ではなく、5母音体系になっていますし、「オ」の甲乙等いくつかは「条件異音」で説明可能でも、全部は無理です。

  • AA 湿潤 AB 湿潤 AC 湿潤 BB 湿潤 BC 湿潤 CC 乾燥

    ↑この概念で北欧のブルーアイの劣性遺伝が形成されているんだよ!

    多彩なブラウンになる遺伝子群
    多彩なへーゼルになる遺伝子群
    等々の複数の遺伝子アレルがどうであろうが、北欧のブルーアイを決定するSNPが劣性の時、、多彩なブラウンやへーゼルの虹彩の色を作り出すメラニン色素合成機能が殆どぜろに阻害されて、結果レイリー散乱現象で、色素の殆どない虹彩が青く見えるのだよ!

    例えば バカンブルの茶目は、遺伝子A、C、Dが関与。
    無灯くんの薄茶目は、遺伝子A、D、E、Fが関与。
    しかし、どちらにも、もし、北欧ブルーアイになる遺伝子Pが劣性の時には、バカンブルくんも無灯くんもブルーになってしまうのだよ。

    まだそのメカニズムを理解できない偽京大如何様hnめ!

    なお、わざわざ、ブラウンスポットのあるブルーアイは、2つの遺伝子が関与していることも説明済み。
    北欧のブルーアイとは違う遺伝子。

    だが、
    2つの遺伝子をAとBとすると、ABはブラウン、Abはへーゼル、aBは、グリーン、abはブラウンスポットのあるブルーとなり、2つの遺伝子が共に劣性遺伝の時のみブラウンスポットのあるブルーになる。

  • 如何様hn、お前が偽博士で、メンデルの優性の法則すら理解していないから、私が劣性遺伝の話をしているときに、対立遺伝子の定義はなんじゃらかんじゃらと馬鹿丸出し演説してくれちゃって、可哀想な偽京大め!

    例えば、乾燥耳垢のSNPは、ABCC11geneにあるrs17822931だよ!

    こういう対立遺伝子の話をしているのに、トンチンカンのお笑如何様hn!

    呆れてまうわ!

    乾燥耳垢の対立遺伝子が、いく種類もあるSTRだったら、劣性遺伝になるかよ!

    馬鹿ちん!

    ただし、STRでも、例えば3種類あって、A、B、Cアレルのうち、CCアレルのみで乾燥耳垢になる場合、劣性遺伝に準ずる形質発現となる。

    AA 湿潤
    AB 湿潤
    AC 湿潤
    BB 湿潤
    BC 湿潤
    CC 乾燥

  • メンデルの優性の法則に準ずる劣性遺伝の対立遺伝子の話をしているのに、如何様hnの対立遺伝子演説は、馬鹿丸出し!

    わっはっは!

  • >>32255

    >
    >
    > > > > > > >  勿論一か所に500人の集落、というものでは無く、遊動生活圏内、或いはそれを少し離れたぐらいで、配偶者を求められるような範囲内の通婚圏があれば良い、と言う事です
    > > > > > > >  まあ、〘ヒト〙の場合は、千人ぐらいが、最少個体数らしいですが
    >
    > > > > > > マリタにそんな集団はいませんよ
    >
    > > > > > > > > 同じ場所に居なくても、数キロ以内の所に住んでいなければならない
    >
    > > > > > > >  上記。 尚、前に紹介した、少なくとも3万8千年前以前からずっとチベット高原に住んでいたという記事では、現代チベット人にウスチ・イシム人と共通の遺伝子が認められていると書いてありましたから、LGM以前に北方に進出した集団の少なくとも一部が、チベット人に遺伝子を伝えた事は間違いありません
    >
    > > > > > > 考古的に証明がない話は無駄
    >
    > > > > >  考古学的には、チベット高原南東部の河川渓谷が、氷河期の退避値になっていたという考古学的証拠があるそうですが
    > > > > >  サルウイン川上流とか
    >
    > > > > 無駄な期待
    >
    > > >  3万1千年前~3万9千年前に石器や動物の遺骸が前述の遺跡で発見されていますよ。まさか無党派さんも、わざわざ氷河期に、⦅暖かい⦆南方から寒いチベット高原へ向けて、河川沿いに北上した、というお考えではないでしょう
    > > >  6万2千年前から3万8千年前の間に、チベット高原に居住を開始し、以後もずっと現代人⦅に⦆迄、遺伝子を残した初期の移住民(略)と考え合わせると、4万5千年前のウスチ・イシム人と共通祖先を持つ彼らが、北方から青蔵高原に入り、寒気が強まると南下して、チベット高原内の河川渓谷(南東部のサルウィン河上流息もその一つ)部に対比していた、という推測は十分合理的
    >
    > > > > チベット高原に痕跡がないのだから、南の河口から北上したと考えるべき
    >
    > > >  上記、ウスチ・イシムジ⦅人⦆は、遺跡の年代の上限の3万9千年前よりも古い、4万5千年前
    > > >  要するに北方でも、氷河期にヒトが生き残れたという事実を、素直に認めれば済む事なのに
    >
    > > Y-DNAに型はまったく違うので無駄な期待に過ぎないでしょ
    >
    >  Y-DNAは核ゲノムのごく一部
    >
    > > いい加減にしたら
    >
    >  貴方が遺伝学を理解するべき

    言い訳しても、考古と言語学と、遺伝学が私の説を支持している
    あなたは例の地図を怪しいと言うけれどあの地図が正しいことは証明済み

    あなたは自分の説を否定するような話は怪しいと言って、自分の説を支持するもっと怪しい話を私に認めろと強要する
    ウスチ・イシム人はあの地図に寄れば南から4万5千年前に行った人という事になる
    そして万が一生き残ったとして、西方に行ってしまった人です

  • >>32253

    全員が逃げ出したわけではなく、火山灰で覆われた土地では生産性が低くてたくさんの人が住めないから、大部分が逃げ出したけれど、何とか生きていけるだけの人口は残ったのでしょう

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