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    一庶民が、過去から未来へと日本人の精神性を展望したいと(筆力からして無謀なのですけど)思ってトピを起ち上げました・・みなさん 道案内をお願いしたいと思います・・・。

    事の発端は日本映画トピに
    ( エンターテインメント > 映画 > ジャンル > 日本映画 > 邦画の傑作は・・教えて〜♪ )
    戦争映画が話題になって
    それをきっかけに新田次郎の「八甲田山死の彷徨」
    プレジデント社の「ミッドウェイの決断」
    津本陽が硫黄島を書いた「名をこそ惜しめ」などを読んでいる内に
    司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでいた頃に
    大いに疑問の思ったことを再度思い出して
    今こそと書き始めたのですが・・
    何せ難問中の難問でとても力及びませんが
    やはりこの度挑戦したいと・・・。

    では、この辺から始めたいと思うのですが
    (日本映画のトピへ投稿したものをコピーしたので少し文面が
    ちぐはぐだと思うのですが・・・了解をお願います)

    明治時代の軍人に比して、何故その後の日本軍は狂ったのか

    何故、軍部の暴走を阻止できなかったのか
    そして、何が軍部を狂わせたのか
    また、正反対の善き例として
    日露戦争では(破滅を避けて)現実を見失うことなく
    何故、講和に持ち込むことが出来たのか。

    日露戦争の例を挙げたので
    あの当時の日本のリーダーたちは皆知っていた
    戦争が長引けば日本は破滅することを
    (侵略戦争とはいえない・・祖国の防衛戦争だったと)
    いかに金のない小国である日本が大国ロシアと負けないように
    辛うじて勝った形にしようと作戦を練って戦ったことを
    匙加減を間違えずに講和に持ち込むかと必死であったことか
    みんな現実がよく分かっていた・・前線にいる者も国内にいる者も
    しかるに大東亜戦争における軍部の狂い方は一体何なのか
    ・・・これらの決定的な違いとは一体なんだろうかと。

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  • 日本のマンガ(’63年〜)

    (鉄腕アトムのアニメ放映開始が昭和38年、との事)

    日本人の教養?を永らく支配していたとおぼしき‘マンガ’について…だが、ここへ来てその弊害が散見される様にもなっている。私はマンガ大好き人間だが、ここでは敢えて否定的な論調でいこうかなと思う。

    つまり‘歴史’モノ(未来ではなく過去)のフィクション的な要素が(≒実在したとされる人物を使って語られているのが)気に食わない。それはもう単純に陰謀論のレベルであって、そんな漫画界に‘未来はない’。

    例えばの話…子供達の日常をモチーフに同時代性を獲得していた‘昭和’のマンガも、今となってはひと昔前の出来事である。そこで語られる未来も何やら不思議な光景だった。

    具体的な例を挙げてもいいのだが…(省略)…結論から言うと、ちょっと違ったよな〜オレ達が想像していた21世紀とは…というのがある。逆説的に?修正したい様な事なんだろうかあの時代も。

    あの頃の自分達も。或いはその親世代(戦前生まれ?)も。率直に言って、その必要性を全く感じないのだが、今日日の世相は結構小煩い話が多い。漫画にはそうした世相に対するアンチでいてほしい。

    SFの手法として、現代人が一旦過去に戻るという便法(≒現代にも都合よく戻れる)があるけれど、そんな未来なら必要ない。とゆーか、その程度の未来(≒現代)ならもうどーでもいい…という結論なんである。

  • >>615

    有頂天になる性格

    日本人の【宿痾】(しゅくあ)か。

    少し勝つと、もう勝ったと思い込むような性格。

    守りを疎かにする。

    スポーツでもよく見られる。

    もし、日露戦争で旅順要塞が簡単に攻略していたら、有頂天になって戦いすぎて大敗を食らったかも知れない。

  • >>614

    季節の花の移ろい

    もう5月の半ばを過ぎてしまった。

    梅、サクラ、藤、牡丹、五月、つつじ、これからは菖蒲。

    梅は咲いたか桜はまだかいな。
    この頃は春暖かくなるのが待ち遠しい。

    しかし桜が咲けば、その速さは加速する。
    忙しいので盛りを見落としてしまう。

    せっかちな日本人の性癖はこれによっても作られたのでしょう。
    勿論、農業が及ぼした影響こそ甚大ではある。

  • >>613

    そろそろ桜の季節です

    宣長が観たのは葉桜の山桜。
    今は染井吉野が全盛。
    でも少しピンクが薄いか。
    最近は緋寒桜系の赤っぽい物がきれいに見える。

    桜の花を見て日本人だな~~なんて思っていても、その桜は少々違う。
    その思いも同じだったのでしょうか。

  • >>610

    建国を祝う心

    必ずしも紀元節でなくてもいいだろう。

    しかし、この日の批判者は別な日に建国のお祝いをしているのだろうか。

    そこの所が、批判者の胡散臭い処。

  • >>609

    初詣に見る日本人の性癖

    行列を成して参拝の順序を待つ。

    しかし、その熱も三が日を過ぎると急になくなる。
    後は縁日ぐらい。

    あの人出を見ると信心深いようでいて、熱しやすく冷めやすい感じもする。

    果たして、それでいいのかと疑問を呈せざるを得ない。

  • >>608

    モンゴル相撲に日本精神が有るか

    疑問ですね~。

    相撲部屋を越えた組織を作ろうとするのはイケマセン。

    神道は日本独自のもの。

    その理解無くして相撲も分からない。

    ところでモンゴル人は仏教?チベット仏教?
    それならばダライラマを尊崇するはずだが、どうなんでしょう。
    今では共産主義の無神論の影響が強いか?

  • >>606

    訂正

    >日本精神が狂ったのは日中国交から
    でもその時以後、ソ連は悪い国だとの評価は定まった。<

    ソ連が悪いとの評価は戦後からですね。
    失礼しました。
    マスコミでも良くは言わなかった。

  • 自動車産業史(’54年〜)

    (始年度は東京モーターショーの第一回開催年とした)

    自動車とは何か。その歴史を遡るに、どこら辺からが妥当だろう?という変なハナシから始まるんだな。今でこそ自動車大国とか言ってるが、発明された当時から考えてそれ程食いつきがよかったとは思わないのである。

    やはり国産車の開発に半世紀はかかっているんだよな。後藤新平氏が東京の街に自動車を走らせたくて(笑)アメリカから千台?とか輸入して、フォード社が、それなら工場作ろうか?というハナシにしたのが大正末期の頃である。

    戦時中はクルマもロクに作れない国がヒコーキ作ってたのヨ…不思議なハナシだろ。戦後も‘オート三輪’とかサ(笑)二輪にリヤカー牽かせる発想から始まってる。日本には馬車の歴史がないからね…未だに人力車走ってるもんなー。

    産業史としては、である…パーソナルセダン(≒国民車)の登場を以ってクルマの基本的なイメージが国民に深く浸透するのだが、輸出車のカテゴリーはそれとはまた違うんだよな。セダンだのクーペだのも今や死語だろ?軽だのワゴンだのもそのうち博物館行きカモな。

    子供の頃、クルマで生活できたらどんなにか楽しいだろう…と想像した。が、それを作るのも、それを使って仕事をするのも決して楽ではない。圧倒的大多数の人々がソレに関わっていて…自動車産業の未来がどのようなものか、も想像できる。が、

    果たしてこの先自分がそれにコミットしているかと言ったらば…どーだろう?

  • >>604

    日本精神が狂ったのは日中国交から

    でもその時以後、ソ連は悪い国だとの評価は定まった。

    以前から戦後、シベリア抑留者が帰って来たころから分かっていたのだが、マスコミでも堂々と言えるようになったのはその頃からだろう。
    ただし、社会主義が悪いとは思われなかった。
    中国に期待する所が有ったのだ。

    ソ連が崩壊した時、残った悪の国は中国だったはずだ。
    ところが、それは無し。

    それを是正したのが李登輝氏だろう。
    氏の出現によって、ようやっと中国観が改まったようだ。

  • 宇宙開発計画(’55年〜)

    世界のロケット開発は戦勝国マターというか…ナチスドイツの人材をいかに確保したか?だった様で、アメリカは永らくソ連の後塵を拝して来たんだよな。

    (ソ連崩壊時に核&ミサイル開発データの流出が懸念されていた。北朝鮮へソレを持ち込んで小金を稼いだ?不始末をロシアは蒸し返されたくないのだろう…バレバレだっつーのに)

    アポロ計画(’61〜)からSDI(’83〜)に至る一連の流れをもって事態は収束した…筈だったんであるが、どうやら‘スターウォーズ計画’の復活?というハナシになりそうである。

    (丁度お手頃な‘標的’を得てしまった…とゆーかな。さて…日本には何ができるだろうか。ちなみに、標題の年度は‘糸川ロケット’の実験が始まった時とした)

    漫画や映画の世界の事とは言え、日本人は宇宙(戦隊)モノが大好きだからなぁ…も少しリアリティが欲しい(≒アメリカ人並みに)。ちゃんとした防衛力となる様な。議論&技術の裏付けが必要である。

  • >>601

    東京オリンピックと万国博

    東京オリンピックは日本が一丸となって行い復興と平和の祭典を謳歌した。
    冷戦下でもスポーツを通して友好関係を築いていこうという思いがこみ上げていた。
    奇跡的な大成功だったと思う。

    万博の時は進歩が有っても調和が無いとの批判もなされた。
    ベトナム戦争、沖縄返還問題などが有り、また公害、環境破壊も目に付き、国内的にはまとまりが必ずしも良くなかった。

    ところで今のオリンピックは商業主義的でどうも好かん。

    以上は吾輩の私観です。

  • 夏休みの自由研究的テーマ

    本来なら、明治から昭和前期にかけての三大‘イベント’をじっくりやるべきなんだろうが。
    ちょっと‘宿題’が多過ぎてなぁ…夏休みの終わりの暗澹たる気分を思い出していたところである。

    《明治の暑い夏〜コレラ・パンデミック》
    幕末期から始まる伝染病の流行は断続的に年間十万人単位の死者を数えたそうなんであるが、空気感染する疾病も加えると当時の戦死者をはるかに上回る規模だそうである。その感染ルートから

    まさに‘生物兵器’と捉えられ一緒くたにされていた様なところもある。(排外思想にも一理あった?と云うべきか)

    《関東大震災と東京市政》
    後藤新平氏の東京市長職は関東大震災前の凡そ二年程であるが、復興院総裁(兼内務大臣)として東京‘都政’の青写真を描いた事は後年高く評価されており、昭和天皇の信任も厚かった様である。

    遷都論を排除する、という強い決意で臨んだ都市計画の要諦は。(スラム化の危機を如何に脱したか…て事)

    《選ばれし都市〜広島と長崎の夏》
    本土空襲は決して夏の風物詩ではないが、お盆の季節という事もあり?最近何やら長閑に語ってしまっている向きがある。主要都市は夏前にほぼ壊滅状態で、攻撃は地方都市に移行していた時季だ。

    米軍は‘たまたま’みたいな?選択肢としていたみたいだが、そんなワケない。(標的は広島大本営と三菱重工長崎である)

  • 昭和の三大イベント

    その1/東京オリンピック(’64)

    なワケだけど、開会式の映像ぐらいしか記憶にないでしょう?それに向けてのネガティヴキャンペーンが当時も(今も)何かと話題に昇る事が多かったんじゃないかと思うのだが(国内的なものに限らず)。つまり、

    オリンピック(’40)開催権返上という非常事態が過去にあったワケで、平和の祭典であるという文脈とは別に、敗者復活的なニュアンスもそこはかとなく感じられる、当時としちゃあ結構な自己主張である。

    国旗や国歌に対して批判的な人達は、当然アンチオリンピックなワケだよな?体育祭やスポーツが大嫌いで(笑)開催期間中に核実験かなんかやらかしている国にシンパシーを感じていたりしたワケか?

    その2/大阪万博(’70)

    ここらへんまでは日本人の記憶として確かだろう。企業活動が様々な不祥事を乗り越えてポジティブなイメージに転換する分水嶺にはなった?感がある。まぁ…遊園地みたいなモンだったけどな。

    これまた取りやめとなった東京万博(’40)の復活祭?的な出来事であったそうだ。万国博覧会の歴史は古い。その展示内容を現代に置き換えて賛否両論とする暇な御仁も居ると聞く。なんたって‘人類’の…だからね。

    いわゆる文化祭ノリだな。こちらも夢よもう一度?みたいな話があるそうだが、国家プロジェクト級のネタを仕込まないと難しいのではないかと。(近未来型の何か)
    アンドロイドいっぱい作っちゃうとか?(笑)

    その3/日本を休もう(’xx)

    どこそこで何かをやらなアカンとゆーハナシでなく、どっかアソビに行っちゃえ!というノリに土地々々のイベントが呼応して来た、って事でもぅ…いいんじゃなかったか?なぁ…日本。

    遠足や修学旅行を楽しんだ様に…あそぼう!まずはそれから。(どんな遊びがハヤっていたか?そこらへんの創造力は…トモダチや異性とのお付き合いにも大きく影響しただろう。なにしてあそぶ?…てなハナシから)

  • >>600

    詰まる所、戦いたかった。

    勝てると思った。

    これは一理あった。

    それを滅茶苦茶な作戦で散らしてしまった。

  • >>598

    日本海海戦紀念碑

    福岡県富津市にあります。

    >当初碑銘は「日露戦争戦勝記念」にする予定だったが、東郷が「戦勝という字句は国の尊い犠牲となられた両国軍人のことを思うと忍びない」と反対したため「海戦紀念」となった。<Wiki

    さすが人格者と言うべきか。

  • >>582

    組織論〜国連とFBIを参考に

    国連はともかく、FBIが日本史に何の関係があるのかとお嘆きの貴兄に一言申し添えておくと、要は‘国策捜査’って事である。日本にはコレに相当する組織がない。

    いや、もしかしてあるのかもしれないが、自衛隊同様である…その存在を明確にしておく事が公益に資する、って話である。共謀罪の恣意的な運用を避けたいんだろう?

    本題の前に、文部科学省の‘内部告発’とか言って騒いでる問題について。
    あいつらは一体どこまで無能なのかと思わせる。戦後教育の失敗がああしたカタチでしか表現されてないワケじゃない。

    どーしても大統領を弾劾したい?様なトラブルが現在アメリカでも起きていて、FBIが巻き込まれた恰好になっているが、問題の核心は何か、冷静に俯瞰してみよう。

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