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    こういう掲示板での意見交換・議論において、いつも消化不良・欲求不満が残るのです。
    それは、まず最初のひとつのテーマが完結する事なく、次から次へと派生するタコ足・イカ足の話題に話が反れ、「ところで、あの話はどこいったんや?」と復元する気力も失せる。

    まぁね、それがこういう掲示板の愛すべき所だと思いつつ、ひとつ果敢に挑戦してみようではないかと思ったのでありますね。

    関連事項に話が反れたとしても、それはそれで完結させ、当初のテーマも完結させて次に移ろうではないか、とね。

    1156年から1185年までの、いわゆる源平の合戦。
    ひとつひとつ完結出来るか否や。

    まずのお題『保元の乱』

    おちゃらけ話は、御免蒙ります。

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  • さて、現在私が住んでいる兵庫県加古川市の新聞の広告に混じって、「リビング加古川」という無料情報誌がある。
    そこに、柳谷郁子氏という方の「クロカン便り」という歴史コラム(?)が連載された。
    クロカンというのは、黒田官兵衛の事だが、その第1回の文章の中で、官兵衛が元服した時の衣裳を「衣冠束帯(いかんそくたい)」と、ご丁寧にフリガナまでつけて書いてあった。
    私は、些細な事ですがと前置きし、あれは「衣紋直垂」ですよと発行元にメールを送ったのだが、ナシのつぶて。
    ま、そんなものなのだが…。
    第2回の連載で、官兵衛の初恋の相手「おたつ」に言及し、「実はこの姫君、名は不明。官兵衛の初恋の人というのもドラマ上のこと」とおっしゃる。
    ドラマ上のフィクションを突くなら、「衣冠束帯」も訂正せねば…。

    ことほど左様に、大河ドラマはあちこちで史実と物語の混合を起こしつつ、想定外の所でもこのような誤った情報が垂れ流されている以上、やっぱり「このドラマはフィクションです」と言い切ったほうがいいのではないかなと考える。
    あるいは、いっそ衣冠束帯で元服させて「そら、ないやろ!」と言わせるか、「大河ドラマ間違いさがし」てな別番組をやってみたら?

    ……。
    『保元から壇ノ浦まで』
    これにて終了。

  • この告知をもって、『保元から壇ノ浦まで』を終了する事を告知します。

    rarara_roadsterさんを始め、幾人かの方々の貴重なご投稿をいただきながら保元の乱から壇ノ浦までを目指しましたが、途中で大河ドラマ「平清盛」の放映され、これは追い風か?という期待も束の間、あっという間に裏切られ、この時代に対する多くの浮動票たる方々の興味を、ますます離れさせてしまった感があり、悔しい思いがしています。

    この時代は、悲しいかな「史料」が少ない。だから「自由」なのかもしれませんが、それなら古典『平家物語』を越えるような開き直りを見せてほしかった。
    歴史小説における架空の人物は、その主人公の影か代弁者あるいは作者の目かと考えるのですが、兎丸を途中で殺す。
    では実在の人物はどうかというと、奇を衒ったストーリーの中で埋没。
    平家の群像を描けていたかというと、これもその個々を全く捉えていないから、沸騰した湯の中のごった煮のようになってしまった。
    前半のダラダラが後半の詰め込みに至り、「いったい、何やねん、!!」と床を叩くに至る。
    1年通じて残ったものはおそらく、耳鳴りのように繰り返される今様と、時間潰しのような双六、そして銅剣…。

    100人のうち10人ほどしか見ていない大河ドラマといえども、それが及ぼす影響は、結構重大である。

  • 「タイガのキヨモリ」ショックで、個人的には大河ドラマとは縁を切りましたが、あの当時の神戸のドンチャン騒ぎが「今は昔」の言葉のごとく霧消し、新たに平野に建った甲冑姿の清盛像だけが、限りなく「NHKの祭りのあと」を象徴しています。

    ろどすたさん、何が起きたのかは存じませんが、お元気でおられるのであれば、それでいいのです。
    私もこのトピを続ける気力が失せ、
    大津雄一氏の『平家物語』の再誕など読みながら、しばらく物語の世界に立ち位置を移し、ここにきてバタバタと忙しいばかりの私生活の中、わずかばかりの時間を利用して、相変わらず「一の谷」を考えています。

    そうそう、京都大学大学院人間・環境学研究科発行の『人環フォーラム』第27号に掲載された元木泰雄氏の「源平合戦をめぐる虚と実 歴史学と史料批判」は短い論文ながら端的ですよ。
    史学と文学の世界を行ったり来たりしながら遊ぶ、私のような素人は頭をかいてしまいますけれどね。

    では、ろどすたさん、『駐車場』がまた再開されることをたのしみにしつつ…。

  • を兼ねて、皆さんお元気ですか?
     この間書店で『下野足利氏』と言う本をぱらぱらめくっていた所、藤姓足利氏について、彼らが「上野」の在庁官人であったらしいこと、その下野への進出は、保元の乱以降ではないか?との文を読み、ビックリしました。
    勿論下野国足利荘を苗字の地としているのですから、本来は足利荘と関係していた筈ですが、一時期足利荘にほとんど権益がなかった時代があったのかもしれません。

     元木泰雄氏の新著も並んでいました。

  • 2013.1.13に投稿してからしばらく見ていなかったら、「textream」移行のお知らせ。
    上記の投稿No.887がない…、ので再生します。

    昨年(2012)の大河ドラマのダメージは、ことのほか大きい…かな。
    『平清盛』という歴史上の人物が受けたであろうダメージもさる事ながら、数十年かけて積み重ねられ、あるいは刷新されてきた12世紀後半の日本史が、得体の知れないイチ脚本家とサラリーマンスタッフによって足払いをくわされました。
    ま、100人のうち数人しか見ていないという割合が救い。
    このトピも、リハビリが必要になるような
    1年でした。

    大河ドラマ『平清盛』については、宗文研ゼミ『紫苑』掲示板、No.9814で元木泰雄氏が『ご挨拶』として投稿されているものが「総括」として最も適していると考えます。


    これに対して、No.888で久しぶりにろどすたさんからお返事を頂戴しました。

    読んで…、驚きました。
    『青空駐車場』も更新されておらず、どうしたのかなと思ってはおりましたが…。

    かつて私が長期に入院した時、ろどすたさんは一人でこのトピを守って下さいました。
    状況がわからぬもどかしさはありますが、どうか、ろどすたさん…、
    私はあの時のろどすたさんのような活躍はできませんが、『ろどすた節』の復活を心からお待ちしています。
    お大事に、どうぞ、お大事に。

  • >>884

      先程、録画していた最終回を見ました。気付いた点をいくらか・・・

    ドラマ表題と最終回 あそびをせんとて・・・ のタイトルが赤字だったのには萌えますた、
    タイトル文字が赤いと(1分くらい)熱いなんて云われますし、確定ではないですが。
    http://www.youtube.com/watch?v=xuITHFRax5s

    まぁ、シンちゃん疑似連4成立の時点で確変当たり確定なので、
    今更字が赤でも白抜きでも、どうでもエエのですが。


    清盛臨終の場面(生霊絡みでない方)は、平家物語に極めて忠実に演出されていて、
    笑っちゃいましたね、オデコに掛けた水は蒸散してるし。
    風呂が煮え立つ場面は流石になかったですが、会話で取り上げられてましたね。
    水に漬けた方がいいのでは、に対して、それはもうやったら煮え立った、だそうです。
    まぁ完全に、遊びをせんとて、といった処でしょうか。


    奥州藤原氏については、特段取り上げられていませんでしたね。
    秀衡には曲者俳優(京サマ)を配していたのは、何らかの伏線かと思っていたのですが。


    壇ノ浦後の義経の扱いも、基本的には兄弟喧嘩になっていて、予想していたより常識的でしたね。
    義経という人、在京時には平家追討だけをやっていただけではないと思うのですが。
    西国武士・水軍との外交、といった事してたんじゃないのかなぁ、鎌倉のため、ではなくて。

    藤原泰衡が少しだけドラマに出てましたけど、これって浮いちゃってますね。
    何故なら、ドラマでは義経弁慶主従の最後が、これまた義経記に忠実に描かれていおましたが、
    義経が誰に討たれたについては、ドラマ中では全く説明がなされていないからです。

    当初の予定では、義経追討経緯をもう少し掘り下げる為に秀衡や泰衡を登場させたが、
    押されて省略されちゃったのだろうか。違う様な気がしますです。

    当初は、奥州藤原氏と義経の意図を、結構大胆に描く事を予定していたんじゃないのかなぁ。

    若しかしたら当初は、1993年後半の大河である「炎立つ」みたいに、義経逃亡説を予定してた?

    炎立つ(大河)ウィキから。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%82%8E%E7%AB%8B%E3%81%A4_(NHK%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E)
    >> 小説(原作)との主な相違点・・・
    小説終盤、義経は高橋克彦の持論でもある義経大陸逃避説に従い、宋に逃れたようにほのめかされているが、
    ドラマでは逃避行中に襲撃を受け、そのまま行方知れずとなっている。
    //


    大河ドラマでは司会進行役の頼朝クンは、大陸との通商という清盛の夢は、
    室町幕府で実現された、といった締めを述べていますが、どうも違和感がある。
    室町幕府って、武家政権としては不出来かな、といった印象もありますし。

    まぁこれは、関連投稿になりますね。少し修正が必要なんですが、そのまま引用しておきます。
    http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022250&tid=bdcbfha4kbff2a6cbc08a4rbdka4a4a4dea4bba4sa4ab&sid=552022250&mid=22681
    >> 外国に日本王、乃至は倭王と公認されたのは、以下の7名だけだ。
    ・帥升(1世紀)
    ・卑弥呼(3世紀)
    ・台与(3世紀)
    ・懐良親王(14世紀)
    ・足利義満(15世紀)
    ・足利義教(15世紀)
    ・豊臣秀吉(16世紀)
    //

      義満と義教が日本国王に冊封されたのは、対明貿易の利を得る為ですね。

  • >>882

    終わったようですね、「タイガのキヨモリ」。

    最後くらい見てもいいかなと思っていたのですが、新聞のあらすじを読んで「うわ…、もういいや」てな事で、見ませんでした(笑)。
    いつの日か録画を見る事があるかなとは思うのですが、う〜ん…、ないかもしれないし。

    それにしても、「ため息」な1年でしたね。

    先日、須磨寺で「義経の逆落とし(?)」にちなんで、自転車逆落とし(バイシクルモトクロスってやつですか)が行われたというニュースをやってましたけど、呆れて笑う事も出来ませんでした。
    私はこの1年、いわゆる平家ゆかりの場所と言われる所には決して行きませんでした。「清盛隊」とかに出会うのがイヤだったので。

    ろどすたさん、
    よいクリスマス、そして、よいお年を!!!

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