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  • 太平洋戦争、第二次世界大戦、大東亜解放戦線など、さまざまな名で呼ばれるこの戦争。
    あなたは正しいと思いますか?理由も添えてお願いします。

    ちなみに自分は、正しいと思います。
    確かに、当時の政府が軍部の暴走に歯止めをかけるシステムもなく、
    泥沼戦争にはまっていったことや、
    戦線を拡張しすぎて補給線が延びきっていたこと、
    日本軍が兵隊の命を粗末に扱いすぎたことなどを差し引いたとしても、
    有色人種とサルを同等に見ていた差別主義の白人どもに対し、
    目に物見せてくれたのだから。

    賛成の方、反対の方、どうぞ意見をお願いします(2回目)。

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    lem***** 4月30日 09:45

    過去は創造される。多くの人々は、それは必ず一回生起的なものであると信じ込んでいるだけに、想像の枠組みから離れる。しかし本質的には未来と全く同じように展開する。そして人々が過去の絵巻物だと思っているものも、過去においては常に未来の出来事であった。

    過去はただ多数意見によって固定されているものに過ぎない。

    マーク・トウェインの教訓的な言い回しに、「自分が多数派に回ったとわかったら、必ずしばし休んで反省してみるべきだ」というようなのがあるそうだ。あのチャーチルも「多数派は常に間違っている」といっていたらしい。

  • >>255

    > 日本が(他国によって懲罰としての)原爆を落とすようなことしたのですか?
    しました。<<

    お脳を医者に診てもらった方が良いですよ。(嘲笑)


    万宝山事件は朝鮮人をして日本政府が命令したのではありません。
    個人の犯罪でしょう。

  • >>254

    >硫黄島は未だにアメリカの太平洋戦略に必要な島です。
    ここは日本人が住んでいないのでアメリカが自国の軍事設備を設置しています。
    これと同じ理由です。<

    硫黄島は住めるような所じゃない。
    国後、択捉は違います。
    北海道には米軍基地に成るような土地は有る。
    設置するなら根室でも北見でもあるのにしないのは不要だから。


    >②国後と択捉には領海とEEZがある<

    これは意義が有りますね。

    >国後・択捉は潜水艦の保守設備と緊急時に中距離ミサイルを展開できるための設備をアメリカが作り、日本人の居住や主権行使は行えない領域になると思います。<

    将来は不明だが、そのような心配は無い。
    ロシアに近い所で保守整備など意味が無い。


    >「ロシアと再度戦争して勝つ意外に北方領土は返りません。」<

    90%は正しいが、ロシアが瓦解すれば戦争しなくても奪還できる。

    >北方領土返還はやるだけ無駄です。<<

    言い続ける事には意味が有る。
    将来奪還する。
    その為にもカムチャッカぐらいは領有を主張しても良いぐらいだ。
    ま、それは後程。

  • >>256

    > ウィキにはごぼうに関する変な逸話が載っていますね。今となっては面白いので全部コピペしておきます。

    初耳でした。興味深いです。

    完全な余談になりますが、犬猫が人間の塩辛い食べ物拾い食いして体調くずしたとき、スイカや、すりおろしたゴボウを与えると回復したりします。


    > 私は前にドストエフスキーの『死の家の記録』なんかを読んで『嘘だ』と思いましたが、ドストエフスキーが嘘をつくというのもおかしいので考え直して見たところ、ロシア人の思考様式というのは日本とさかさまなのが当たり前なのではないかということに気が付きました。


    ドストエフスキー全集の最後の巻の日記書簡が好きだったんですが、当時のロシア人の風習慣習は、SF小説に出てくる宇宙人の文化くらい違っていた印象です、動物との関わりとか。近代西欧文化と石器時代の文化が混在してるような。急激に文明化したロシアは「異国の中の異国」かも知れません。
    …とはいっても、ロシアより急激な文明化した国は、歴史上沢山あるかもしれませんが。

  • >>251

    ウィキにはごぼうに関する変な逸話が載っていますね。今となっては面白いので全部コピペしておきます。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%9C%E3%82%A6#

    ーゴボウにまつわる食文化の違いがもたらした悲劇的な逸話として、「戦時中、外国人捕虜にゴボウを与えたところ、木の根を食べさせられたと誤解され、戦後にBC級戦犯として虐待の罪で処罰された」というものがある。1952年(昭和27年)12月10日に行われた第15回国会参議院法務委員会で法務省保護局長齋藤三郎が行った米国派遣報告では


    「裁判のときには相当国情が違い、日本の事情を知らない人が裁判をしたため不当と言えば不当と言える裁判があるのだ。一例としては、俘虜収容所の所員が、終戦真際食糧が非常に不足している。併しこれに対してできるだけいい食物を与えたいというのでごぼうを買つて来て食わした。その当時ごぼうというのは我々はとても食えなかつたのだ。我々はもう大豆を二日も三日も続けて食うというような時代で、ごぼうなんてものはなかなか貴重品であつた。そのごぼうを食わしたところが、それが乾パン代りに木の根を食わして虐待したというので、五年の刑を受けたという、こういう例もある」

    と述べている[16]。また、翌1953年(昭和28年)7月2日の参議院厚生委員会では日本社会党の藤原道子が「ごぼうを食べさしたものを木の根を食べさせたのだということで二十五年の禁錮を受けておる」と発言している[17](ただし、量刑が異なっている)。漫画 『はだしのゲン』でも「捕虜にヤマゴボウを食べさせて25年の重労働を課された」とあり、映画『私は貝になりたい』では「ゴボウを食べさせて5年の懲役を受けた」という話が出てくる。ー

    他にもいろいろ書いてあります。


    日本の社会通念からするとまるで嘘のような話ですが、逆に考えると日本人にとって当たり前の習慣が嘘だと思われていたということになりますね。思考様式にしても同様です。私は前にドストエフスキーの『死の家の記録』なんかを読んで『嘘だ』と思いましたが、ドストエフスキーが嘘をつくというのもおかしいので考え直して見たところ、ロシア人の思考様式というのは日本とさかさまなのが当たり前なのではないかということに気が付きました。

  • >>241

    インラインで書きますね。

    > >但し満州等で自ら現地人を奴隷か劣等民族のように見下していた
    > 大日本帝国臣民が成熟していたとはとても思えません。<
    >
    > 遅れているとは見ても、そこまで見下していたとは聞いたことは無い。

    NAS様がそう思っているならば、今現在「日本とはチョッパりが住む、日王を戴いている国で、
    ウリナラより一段劣った国」と見ているお隣の国の方に、
    「貴方たちは平等観に関して退歩しましたか」と聞けば良いです。
    その上で、今そのお隣の国がアフリカの国や黒人をどのように見ているか調べてください。
    Faundが「現地人を奴隷か劣等民族のように見下していた」と書くのが適切と分かるはずです。

    > >万宝山事件のような現地住民を見下すような
    > 事を大陸でしでかす大日本帝国臣民は同朋が広島・長崎で
    > 核の火で焼かれたのはある意味「当然の報い」と思いますね。<
    >
    > 日本が(他国によって懲罰としての)原爆を落とすようなことしたのですか?
    しました。
    別※に書きましたが「主権国家の国民に相応しくない人間に主権国家の国民の権利を与えて
    他国に送り出す」事は愚行です。主権国家間で不要な争いが起こるからです。

    自国民の愚行を引き金にして紛争で負けたら国民は命と財産で償われるのです。
    生麦事件による薩英戦争しかり、下関砲撃事件然り。
    21世紀でもアルカイダによる911テロで多くのアフガニスタンの人たちが
    命と財産失いましたよね。

    > >事件の当事者の彼らが「どこの出身」かは「言い訳になりません。」<
    >
    > 成るに決まってるじゃん。
    もう一度書きます。

    言い訳になりません。

    大日本帝国は朝鮮半島の扱いを植民地でなく「合邦国家として扱い」ました。
    愚行を行った当時の彼らは「大日本帝国臣民の一員」です。
    其れを決めたのは日本の為政者と国民です。
    戦前の朝鮮半島の人間には「住居移動の自由が無く、一切の権利を持たなかった」なら
    こんなことを書きませんが、そうでないでしょう?

    故に彼らの海外での愚かな行為での紛争は最終的に日本全体でとらされました。
    日本の敗戦、大日本帝国の解体という形で。

    大正以降立憲君主制を取っていますのでこれは妥当だったと考えざるを得ないと。
    そう思います。

  • >>242

    >>国後か択捉を沖縄並の軍事基地にしようとするアメリカの陰謀

    >4島とも返したら当然そうします。
    >国後か択捉は沖縄「以上」の軍事基地にするでしょう。
    >「シベリアのICBMとオホーツク海・ベーリング海のSLBMへの匕首。」<<
    >北海道に米軍基地が無いのに、どうしてそう考えるのでしょう。

    どうしてそう考えるのか、理由は2つ有ります。

    ①国後と択捉には日本国民が住んでいません。
    硫黄島は未だにアメリカの太平洋戦略に必要な島です。
    ここは日本人が住んでいないのでアメリカが自国の軍事設備を設置しています。
    これと同じ理由です。
    逆に日本人が住んでいるから米軍は北海道に部隊を展開せず、
    米ソ(露)の緩衝地帯として日本に防衛させるのです。

    ②国後と択捉には領海とEEZがある。
    現状はオホーツク海へロシアの領海・EEZを通らずに太平洋側から入れませんが
    国後・択捉が返還されてそれに付随する領海・EEZが日本の領域になるとそこを経由して
    日米の艦船(とくに潜水艦)の進入を合法的に許すことになります。

    そういったメリットは①で書いた緩衝地帯としての北海道というルールを壊しても
    アメリカに多大の利益をもたらします。

    国後・択捉は潜水艦の保守設備と緊急時に中距離ミサイルを展開できるための設備を
    アメリカが作り、日本人の居住や主権行使は行えない領域になると思います。

    皮肉なことですが日本にとっては「今と変わらない状況」です。

    ロシアが危機的に損し、日本が変わらない。こんなことをロシアが行うメリットを感じますか?

    故に「ロシアと再度戦争して勝つ意外に北方領土は返りません。」

    北方領土返還はやるだけ無駄です。

    詩経に「天下王土に在らざるなし」と書いているから「中国が日本の国土総ての所有権」を主張して
    割譲を要求しても日本は応じないでしょ?

    応じても日本にメリットが無いからです。
    北方領土も同じです。

  • >>252

    >1766年にロシアが南下し、ラッコの捕獲を始めた。オランダが文句を言ったという記述はない。1801年になってようやく幕府が領土宣言をしたとある<

    その後ロシアは北千島に引き上げたので日本の勝です。

  • >>249

    ウィキには、得撫島は1643年にオランダ東インド会社の所有地となったというようなことが書かれています。オランダ領を示す十字架をたてたらしい。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%97%E6%92%AB%E5%B3%B6

    その後1766年にロシアが南下し、ラッコの捕獲を始めた。オランダが文句を言ったという記述はない。1801年になってようやく幕府が領土宣言をしたとある。得撫に関しては完全にロシアの勝ちだが、オランダはどうしたのかは特に書かれていない。

    日本の降伏中、スターリンは「日本本土の一部を領有しない限り世論が承知しない」旨をトルーマンに打診したところ「中千島の一島を米軍基地にする」といわれてますます怒り狂ったらしい。これが得撫島だと思い込んだスターリンはここで米軍と戦闘状態になってもいいくらいに思っていたようです。しかしアメリカとやったら原爆持ってるからやばかったですかね。

  • >>245

    > 反対に極めて寒さに強いのが白人


    忘れられがちなその事実が大きな要素だというのも、確か。
    ブルガリア文学の『軛の下』で、誤訳か?いうくらい作中人物が寒そうな中で活動してました。


    逆に日本軍が悪く解されたケースで、
    日本国内で捕虜となっていた英国軍人が「ミミズのスープなどまともでない食事で嫌がらせを受け餓死寸前になった」と自伝に書いてましたが、他の捕虜の証言からミミズは金平ゴボウ、当時の平均的日本国民より立派な食事だったと。
    全く別な平和的な旅行記で、ゴボウは中国人すら食べない雑草というを読んだことあります。

  • >>247

    >得撫島まではいっていました<

    それって、和人のことでしょう。
    場所と言われる漁場を開拓して確保した。

    日露和親条約のとき、無知で間抜けな川路は得撫島まで明確に領土を主張できるのに、それをしなかった。

  • >>245

    >シベリア抑留の際収容所では毎年1割から2割も死んでいったという話もおかしいですね。そうすると釈放されるまでには半分が死んでしまいそうなのですが、実際には9割も帰還しています。<

    そんな話は聞いたことも無い。
    あなたの妄想では?
    そもそもシベリア抑留とは労働力の確保が目的で戦争捕虜とは質が違う。
    ロシア人と同じように働いていた所が有ったのは常識では?
    ただ絶滅収容所のような過酷な所が有ったのも事実なようです。
    絶滅したら、証言者はいなくなる。

    他には共産主義思想の洗脳教育。
    本気になった人もいたようだし、共産主義者に成ったような顔をして取り入れられようとした人も少なくなかった。
    瀬島龍三はどっちだったのかな?

  • >>243

    いや、得撫島まではいっていました。この島には散々住み着いていたらしいですね。その先にも上陸はしていたかもしれません。だから「中千島」というのが正しそうですね。

  • >>244

    日本では漂流した水兵を救助した例もあります

    >工藤 俊作(くどう しゅんさく、1901年(明治34年)1月7日 – 1979年(昭和54年)1月12日)は、日本の海軍軍人、最終階級は海軍中佐。1942年3月、駆逐艦雷艦長時、スラバヤ沖海戦で撃沈されたイギリス軍艦の漂流乗組員422名の救助を命じ実行させた人物として有名である。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A5%E8%97%A4%E4%BF%8A%E4%BD%9C_(%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%BB%8D%E4%BA%BA)

  • >>238

    ボルネオの熱帯地方だということもかなり関係しているかもわかりませんね。白人は暑さには大変弱いということなど全く考慮しない行軍だったと思います。ずっと昔、プラッシーの戦いの前年だから、1756年の6月に、カルカッタに「ブラックホール事件」というものが起こりました。インドの反乱軍が逃げ遅れた145人の男と1人の少女を25平方メートルの檻に閉じ込めて、一晩放置しておいたのですが、生き残ったのはわずか23人だったといいます。一平方メートル当たり6人ほどになりますが、これはぎゅうぎゅう詰めの満員電車よりもややゆったりしたスペースであって、土着のインド人であればそれほどの犠牲者は出なかったかもしれません。死因は窒息死とされていたようですが、熱中症によるものもあったと思います。

    反対に寒さには極めて強いのが白人というもので、シベリアに拉致された関東軍兵士が零下20度の中下着一枚で狭い檻に閉じ込められたそうですが、あれもロシア兵から見ればただのいじめであるのに、日本兵から見れば拷問ですね。翌朝見たら凍死していた兵隊がいたので、ロシア兵が驚いたはずです。ただしシベリアで零下20度以下になることはそれほど多くないらしいので零下10度くらいの間違いかもしれません。ロシア人全般にとってシベリアというと軽井沢のイメージで、夏は涼しく冬は暖かいといった感じらしいです。南に位置する満州より温暖で、シベリアで寒いといえるのは本当に北の方だけらしいですね。

    こうしたいじめは西欧社会にはかなり流行していて、あのオッペンハイマーも子供のころ、零下20度の冷凍室に裸で閉じ込められたことがあったそうです。幸いユダヤ人は寒さに弱いということで数時間で救出されたといいますが。


    シベリア抑留の際収容所では毎年1割から2割も死んでいったという話もおかしいですね。そうすると釈放されるまでには半分が死んでしまいそうなのですが、実際には9割も帰還しています。ところがどのシベリア抑留記を見てもそれと同じことが書かれているのです。おかしいと思っていたところ、インターネットの記事に一軒だけ、自分は収容所には入っておらず、ただの工場でロシア人のアルバイトと一緒に働いていたというのを見つけました。そういう人が多ければ、計算上つじつまが合うのですが、なぜそういう旨を告白する人が少ないのかがわかりません。

  • >>240

    nashさんなら「お久しぶり」だなぁ。

    日米互いに『捕虜にするのは面倒だから頃してしまおう』はあったようで、海軍が海に捨ててしまう例が。


    90年代のペルー日本大使館のテロリスト(反体制組織)を制圧したペルー軍は降伏を許さずほぼ無防備な少年兵まで射殺してしまったのを思い出す。

  • >>233

    >千島にしても樺太にしても、開発したのはほとんどロシア側でした。<

    よくそういう嘘が平気でつけるね。
    開発したのはせいぜい北千島ぐらい。

    >もともと自分のものだと思っているから全部取り返しただけであって<

    スターリン時代の捏造史観です。

    >、無人のまま放っておいたら米英の略奪船が横行して困ったといいます。<

    ほお、誰から略奪するの?無人では?(笑)


    >思い出すのはABCD包囲網という方便で、これにより日本軍は石油をしこたまアメリカから輸入したそうです。<

    訳が分かりません。

  • >>230

    >国後か択捉を沖縄並の軍事基地にしようとするアメリカの陰謀

    4島とも返したら当然そうします。
    国後か択捉は沖縄「以上」の軍事基地にするでしょう。
    「シベリアのICBMとオホーツク海・ベーリング海のSLBMへの匕首。」<<

    北海道に米軍基地が無いのに、どうしてそう考えるのでしょう。


    鳩山一郎の馬鹿交渉で国後択捉を放棄させられることに成ったのを、辛くもアメリカが救ったというのが真相ではないか。

  • >>227

    >但し満州等で自ら現地人を奴隷か劣等民族のように見下していた
    大日本帝国臣民が成熟していたとはとても思えません。<

    遅れているとは見ても、そこまで見下していたとは聞いたことは無い。


    >万宝山事件のような現地住民を見下すような
    事を大陸でしでかす大日本帝国臣民は同朋が広島・長崎で
    核の火で焼かれたのはある意味「当然の報い」と思いますね。<

    日本が原爆を落とすようなことしたのですか?

    >事件の当事者の彼らが「どこの出身」かは「言い訳になりません。」<

    成るに決まってるじゃん。

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