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    このカテ、風前の灯火なので、吾輩が自流の世界史を展開させていただきます。

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    nas***** 6月1日 20:20

    >>190

    信長、足利義満

    彼らとて皇位廃絶を狙ってはいない。
    オカシナ議論が時折見かけます。

    今の政治家の方がよっぽど天皇廃止論者だ。

  • >>189

    信長はカラ入りを妄想したか。

    あの当時の勢いを考えると、朝鮮出兵は有ったはずだ。
    しかし明まで攻め入ろうとはしなかったでしょう。
    むしろ、まず明の了解のもと朝鮮南端に城を築こうとしたに相違ない。
    つまるところ加藤清正の蔚山城構築のような事を最初からしただろう。

    その後は朝鮮全土征服ではなく、台湾進出など方向を南に向けたでありましょう。

    秀吉のやっていることはほぼ信長の踏襲。
    象徴信長政権と言っても良いぐらいではなかろうか。
    しかし、捉えた朝鮮の2王子を返したり、跡継ぎで失敗したり、家康を信用したりと、晩年ではボロが出た。

  • >>187

    こんばんは。そうですか。すぐに掲載されないことがあるわけですね。
    その間に、何があるのでしょう。まあ、どちらでもいいのですが。
    つまり、「でても」「でなくても」たいしたことはありませんから。ね。

    しょせん「気まぐれ星のメモ」なのです。
    さて、「英雄」についてですが…。

    支配の持続という点で、信長と家康を考えて見ました。
    継続という点では家康が上。さて、では「英雄」という視点で見たら。

    わたしはやはり、これは信長がダントツだと思うのです。
    あれは、誰にもできない。幕末でいえば、高杉と大久保ほどの違いがあります。
    ナポレオンとメッテルニッヒとでもいえそうです。

    行動力がまったくちがう。信長や高杉、ナポレオン、それに楠木だとか義経とか。
    彼らは人のできないことをあっさりやってしまう。「不可能がない」のですね。
    だから、なんというか、うっかり自分だけ先に行ってしまうのです。
    で、気がつくと誰もついてきていない。変なところで恨まれて、背かれてしまうのです。

    その辺り、英雄の「行動力」と「器」は別物かもしれない、と思いました。
    どんなに行動して、勢力を伸ばしても、自分の器にあう支配しか残らない。

    で、大体の場合、「跡継ぎ」の『器」が小さすぎて、受けついだものが「入らない」のですね。
    英雄は「巨大」であるがゆえに、その支配は「世襲」できないのでしょう。
    つまり、「英雄」という「価値」と「持続」という「成果」は「相関」しない。
    そんなことを考えました。さて、いかに。うふふふ。

    では、また。「気まぐれ」に書きます。

  • >>186

    >、「本当」というのが「後の世代を残す」という意味ならハズレですね。<

    なるほど、英雄は次の世代が続いては単なる開祖としての英雄であって大英雄に成りがたいですね。

    西郷などが少しは当てはまるかな。
    義経、正成、信長、秀吉、明治天皇にしても条件に足りないでしょう。

    開祖としての英雄なら家康ですね。



    ところで掲示板の書き込みはすぐに反映されなくて、同じことをまた投稿することもありました。

  • >>183

    ここにもカキコがあったのですね。
    そうですね、「本当」というのが「後の世代を残す」という意味ならハズレですね。

    その意味で「英雄」といえるのは
    日本で言えば「大海皇子」でしょうか。
    壬申の乱で勝利を得て、日本に武を敷き、天皇制を強固にして
    後1000年のながきに渡って続く王政の基をたてたのですから。

    イギリスやフランスには「皆無」ということになります。
    あの国の王政の系図なんて継ぎはぎだらけの『パッチワーク」ですから。

    ただ、そうはいっても、たとえば アレキサンダー大王 。
    彼も英雄だと思います。父の意思を継いで覇権をバルカンから小アジア、そして
    全メソポタミア、そしてインドの東まで。とことんギリシア化したのですから。

    彼がいなければ生まれなかった国はわんさかありますね。

    それにチンギスハン。そもそものきっかけはホラズムのアホ、イルナジューク。
    チンギスの使いを殺して、とことん仕返しされた。
    とっつかまって目と耳にとけた銀を流し込まれて殺されて、
    そのままホラズムは「あとかたもなく」全滅。歴史から抹殺されたのですね。
    のこったのは骸骨だけ、というすさまじさ。

    ついてにポーランドまであばれまわって、
    ポーランドの平原は「しゃれこうべ」で埋まり、「しゃれこうべの平原」と
    よばれて「ワールシュタット」という地名になった。

    どの帝国もあっというまに分裂しましたが…。

    ところで、下の回答、カキコしていったん行方不明になって
    しばらくして出現しています。いったいなにがどうなったのでしょう?

    掲示板って、不思議な世界でございます。

  • >>184

    こんばんは。雨もあがったようで。

    アメリカが帝国主義とするなら、その行く先はどこを向いているのか。
    「資本による世界支配」でしょう。

    その中核はシリコンバレーでしょうか。

    中華帝国は東シナ海~西シナ海の制圧をとりあえず目指しているようですね。
    資本による支配に失敗しましたから。

    さてロシアは…とりあえず黒海周辺でしょうか。シリアとギリシアあたりがカギですね。

    トルコはかつてのオスマントルコが獲得した征服地のすべてを失い、
    当の昔に息の根を止められてますから、もはや「一共和国」

    イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、すべてもはやかつての名残もございません。
    かろうじてフランスが将来、資本的に盛り返す可能性を秘めておりますね。

    そして、実はもうひとつ、もっとも可能性を秘めた「旧帝国主義の国」がございますね。
    その復興に期待したいと思います。

  • >>182

    アメリカ合衆国は「帝国主義の大国」<

    英国の後には帝国主義の大国に成りました。
    元を辿ればローマ帝国、いや西ローマ帝国ですね。

    じゃあ東ローマ帝国は?
    それがロシアでしょうね。

    なお中華帝国はそのまま。
    サラセン帝国は分裂のまま。

  • >>181

    残念なのは英雄が死ぬと、あっという間に帝国が瓦解するという事実です。<

    それって、実は本当の英雄ではないのでは?

  • みなさん、こんにちは。
    カキコが少ないようなので、ちょっと視点を変えてカキコします。

    時代は変わり、1600年から1800年の世界。
    日本も変わり、イギリスも変わり、オランダも変わり…

    アメリカという国が生まれ、成長します。
    アメリカの歴史、それは「自由への渇望」が生んだ歴史で、
    「他人の権利を踏みにじること」で成長した歴史でございます。

    アメリカという大地で、イギリス人たちはタバコを栽培し、富を築く。
    そして、より広い大地をもとめてインディアンたちの土地を力ずくで奪う。
    フランスの土地を奪い、スペインの土地を奪い、メキシコの土地を奪い
    アメリカを独占することが「神にあたえられた使命」であると、高らかに宣言する。

    そして、一時「モンロー主義」なんてことを言って他国に不干渉なんて余裕かまして
    やがて「門戸開放」と叫んで中国に触手をのばす。

    ハワイは完全に英語圏にとりこまれ、フィリピンもいつの間にか英語を話しています。

    だれも気がつかないうちに、アメリカ合衆国は「帝国主義の大国」となっていた。
    アメリカの歴史は「侵略と征服」の歴史であり、彼らは今もこれからもそれを正当化して成長する。

    そんなことを、最近のトランプ氏を見ていて思いました。では。また。

  • みなさん、こんばんは。
    この板…静香ですね。
    では、ボランティアの書き込みを。

    英雄といえば、…やっぱりティムールです。
    あれも、すごい。

    モンゴルの末裔で、キプチャクハン国の下っ端の役人の出身で、
    役を追い出され、仲間をあつめて60人でホラズムの街を襲う。

    60人ですよ?で、負けて12人になります。…ほぼ全滅です。
    必死でにげて途中追いはぎにあって、すっぱなだかになり
    牛小屋で隠れて過ごし。

    そこから再起して1年後にはホラズムを支配します。そしてまもなく大帝国を築き
    明に遠征して、その途上で生涯を終えます。

    本と英雄ってすごい。たぶん、一瞬で相手を引き込む何かを持っているのです。
    負けても負けても味方がいる。そしていつか勝つ。そして勝ち続ける。

    残念なのは英雄が死ぬと、あっという間に帝国が瓦解するという事実です。

  • こんばんは。みなさん、おいそがしいようなので、ボランティアのカキコを。

    ナポレオンはモスクワで兵の大半を失い、ライプチヒで劣勢になり、勝敗を決せないまま、
    パリで王党派がクーデターを起こして、ナポレオンを失脚させます。
    そしてエルバ島に流される。
    島でナポレオンはパリの情勢を把握して、復帰のチャンスをうかがいます。
    そして、パリの政府が力を弱めた隙に軍隊をまとめて、島を出ようとするのですが、

    そこへ鎮圧軍が派遣されます。ドラマチックなのはその時のナポレオンのセリフです。

    鎮圧のためにエルバ島に上陸した軍隊にナポレオンは、こう言ったのです。

    「出迎えご苦労である。わが息子たちよ。」

    鎮圧軍は一発の弾を撃つこともなくナポレオンの軍門に下り、そのままパリに向かったのです。
    そして、パリについたナポレオンをマスコミはこう報じます。

    「皇帝フォンテンブローにおなり!」

    パリに入場するまで、ナポレオンは一発の砲弾も打つことはなかった。
    「英雄のカリスマ」って、すごいわね、と思います。

    同じカリスマを、こんどの大統領は持ちえるのでしょうか。
    楽しみなことですね。みなさんも何か書いてくださいませ。では。

  • こんばんは。
    ナポレオンはもともとはコルシカの貧乏貴族ですね。
    対イタリア戦争で実績をあげ、1995年の総裁政府樹立の際の軍隊によってそれを支えました。
    さらにブリューメル18日のクーデターで自らが第一統領となって実験をにぎります。
    この前後は共和政府でございます。

    さらに王党派の反撃をおそれた政府はナポレオンの身分の終身化をはかり、さらにその暗殺による
    政権の動揺をおそれてナポレオンの大統領の地位を世襲化しました。
    ナポレオンを殺しても、子どもが後を継ぐとわかれば、暗殺しないだろう…と考えたのですね。

    そして1804年ナポレオンは戴冠し、皇帝となり、第一帝政が始まりました。
    帝政はそこからです。この時点で共和制はなくなり、ナポレオンの地位の世襲化は
    皇帝による独裁を可能としたのですが、その後あっという間に第一帝政は瓦解しましたね。
    1808年のスペインでの反乱を気にナポレオンの不敗神話が崩れ去り、
    ロシア戦績、ワーテルローなどの戦いの中でナポレオンは地位を失い、セントへレナで他界します。

    すいません、後半は蛇足ですが、参考までに。
    ナポレオンの前半は共和制の中での地位固めで、その際に世襲化が計られたのです。

    中国ではさすがに世襲化はされていないようですが、有力家系による政権の寡占ということは
    すでに起こっているのではないでしょうか。
    北朝鮮では、結局、金一族による世襲がそのまま独裁となってしまったようですね。
    民主でもなければ共和でもない、「朝鮮民主主義人民共和国」
    名前だけですね。どこかの国の政党もそうですが。では、また。

  • >>177

    >フランスの1800年以降の世襲制決定の理由は
    「革命による成果を安定させること」でした。<

    そうだったんですか、知りませんでした。
    ところでナポレオンは帝政ですよね。

    アリストテレスでしたか、政治形態は
    王政→貴族政→民主政→独裁政→王政
    と繰り返すとした。

    飾りとして天皇がいる方が安定するようです。

  • >>175

    こんばんは。ずいぶん久しぶりなので、前の書き込みをあまり読んでいません。
    勘違いがあったらすいません。

    >共和国なのになぜ世襲制なのか ですが、

    フランスは革命後の共和制で、1800年以降、ナポレオンが大統領になって、
    ほどなく世襲制を決めています。

    共和制と世襲制は別なのですね。

    ちなみにフランスの1800年以降の世襲制決定の理由は
    「革命による成果を安定させること」でした。
    ナポレオンが暗殺されることによって政権が混乱し、
    王党派などによる反革命や、極左による共産化などをおそれたのです。

    世襲制は事実上の「王政」で、そのまま「独裁」を内包する危険が常にあります。
    というより、「世襲制」は必然的に「独裁」となり、
    「共和制」の求める「人権保護」を抑圧することが多いようですから、
    その観点から「世襲制」は「共和制」を否定する制度であるということはいえるでしょうね。

    よこレスでしたら失礼。憲法記念日で、ちょっと「権力」のことを考えてみました。

  • >>175

    中国では権力者が変わっても大混乱には成らない。
    韓国みたく前任者を批判しない。

    これは前政権の勢力が残っていることも原因だ。

    しかし、禅譲という形で指名されることも関係しているだろう。

    文化大革命時は劉少奇から毛沢東が巻き返したから大批判をしたんでしょうね。

  • >>173

    北朝鮮では共和国なのに何故、世襲制なのか。

    もともと儒教的な王朝では必ずしも血統を重視しない。

    有能だから跡を継ぐのだ。

    たまたまそれが親子であっただけ、という建て前なのです。

    大分無理がある制度ですね。

    ただ前政権を罵らないで済むという側面はある。

  • 話題を変えて

    韓国はなぜ大統領が変わるごとに前大統領が糾弾されるのか

    それは選挙制度による革命、易姓革命が行なわれ、一代限りの新王朝(大統領)が誕生するからです。

    中国では王朝が変わるごとに新王朝は前王朝の最後の帝王を罵る。
    徳が無くなって人民の支持を得られなくなったとされるのだ。

    そうでないと、新しい権力者の正当性が失われるからだ。

  • >>171

    >日清戦争以来、日本は戦争をすれば勝つという状態で来てました。当時の雰囲気では、政府の一部に対米避戦派がいても、このハルノートの条件では軍部も大衆も押さえられませんね。<

    軍部の上層部は開戦派が多いのですから開戦は必至だったでしょう。
    ただ大衆は従順だから押さえられた。
    知識人などは戦争はやらないだろうと気楽に構えていた人が多かったようだ。
    まさか米国と戦って勝てるわけがないから、適当な所で譲歩するだろうと思って、反戦活動をしなかった、という訳です。

    ただ一つ開戦を防ぐとしたら昭和天皇の越権的決断でしょう。

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