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  • 2038(最新)

    nas***** 9月18日 23:49

    >>2037

    > そもそも海軍と陸軍では情報の共有が出来ていない。
    >
    > 天皇だけが、共有していたのでしょう。<<

    東條が海軍の事を知るよりも昭和天皇は海軍の事を知っていたでしょう。
    しかし、全般的に知り得たかというと、どうでしょうか。
    都合のいい情報が多く入っていたのではないかな?

    > 天皇は勝てるかどうかは心配していたようです。<

    心配はしてもギリギリ負けることは無いと思っていた?思わされていた?

    > 今まで、国が疲弊しながらも、日中戦をやめる気配はありませんでしたね。<<

    近衛はシナ事変に関しては拡大論者、蒋介石との和平反対派。
    汪兆銘の支援のためなら、シナ撤兵もする気が無い。
    常識なら南京陥落で終わり。
    国民は提灯行列をしたが、必ずしもアホだったのではない。
    当初の目標以上の戦果が上がったのに続行した。
    恐らく軍官僚の組織拡大の要求の為、予算分捕りのために戦争継続をしたんでしょう。
    近衛はマルキストに近い立場だったから、ソ連に矛先が向かない様にシナ事変継続を望んだか。
    昭和帝は無邪気に皇位発揚を喜んでいたか。

  • >>2035

    >ただ開戦に関する権限は内閣にもあった。
    総理が軍人となると、開戦阻止は難しいですね。
    軍人は政治に疎く、政治家は軍事に疎い。
    勝てるかどうかの情報は軍事機密だから、政治家には判断付きかねる。
    そもそも海軍と陸軍では情報の共有が出来ていない。

    天皇だけが、共有していたのでしょう。

    >ところで近衛だが、少しく都合のいいことを言ってますね。

    昭和天皇も同じ事を言ってますね。

    >そりゃ昭和天皇よりも勝利の確信は無かっただろうが、頑張ると言える程、開戦阻止の発言、行動をしたのか?

    天皇は勝てるかどうかは心配していたようです。

    >勝っても負けても国が疲弊するから戦争は反対だと言ったことは聞いたことが無い。

    今まで、国が疲弊しながらも、日中戦をやめる気配はありませんでしたね。

  • >>2034

    >政策の結果についてその責任がない国が近代国家などと胸を張って言うことができるのだろうか<

    シナ事変、大東亜戦争の責任者は明確ですよ。
    まあ、天皇の事を言っているなら、それなりに当たっていますが、それぞれの軍人閣僚が責任者です。
    東京裁判では永野修身は自分に責任があると認めている。
    東條の場合は天皇に了解を取っているが、同じく認めている。

  • >>2028

    >日米開戦期になると元老にかわる統合力と指導力をもつものは、統帥権と統治権の分立により天皇以外には存在しなくなっていたということだと思う。<

    ただ開戦に関する権限は内閣にもあった。
    総理が軍人となると、開戦阻止は難しいですね。
    軍人は政治に疎く、政治家は軍事に疎い。
    勝てるかどうかの情報は軍事機密だから、政治家には判断付きかねる。
    そもそも海軍と陸軍では情報の共有が出来ていない。

    ところで近衛だが、少しく都合のいいことを言ってますね。
    そりゃ昭和天皇よりも勝利の確信は無かっただろうが、頑張ると言える程、開戦阻止の発言、行動をしたのか?
    勝っても負けても国が疲弊するから戦争は反対だと言ったことは聞いたことが無い。

  • >>2027

    >ま、周りの年上の軍人政治家がアホ過ぎたんじゃないかな。

    西欧の近代化によって自由・平等思想に対置されるものが、日本に実らなかったということだと思う。明治以降に作り出された日本社会では、いまだそこへ到達しえない。それは、まずしく暗い、封建制を濃厚に残した中世の突然変異の変種の社会で、政策の結果についてその責任がない国が近代国家などと胸を張って言うことができるのだろうか、近代国家などと言うよりも女王蜂と働き蜂の関係のような、突然変異の国家というべきだ。これは世界史上近代にいたってははじめて生み出されうる品種であり、しかも中世記的精神の継承・受精おいてのみ可能な交配種の一つである。駐日大使ジョセフ・グルーは「天皇はたとえて言えば、女王蜂のようなものです。女王蜂はなにも決定しないけれども、働き蜂から敬愛されている。もし女王蜂がいなければ、蜂の巣の社会は解体してしまうように、日本という国も戦後の再建における精神的支柱として天皇を必要としている。日本人は秀れた国民である」
    最後に取って付けたような言葉があるが、グルーは日本に近代らしくない意識形態が色濃く残されていたことをよく知っていたようですね。

    参考
    「現代の日本人は自分自身の過去については、もう何も知りたくはないのです。それどころか、教養ある人たちはそれを恥じてさえいます。「いや、何もかもすっかり野蛮なものでした〔言葉そのま!〕」と わたしに言明したものがあるかと思うと、またあるものは、わたしが日本の歴史について質問したとき、きっぱいと「われわれには歴史はありません、われわれの歴史は今からやっと始まるのです」と断言しました。なかには、そんな質問に戸惑いの苦笑をうかべていましたが、わたしが本心から興味をもつていることに気がついて、ようやく態度を改めるものもありました。(菅沼龍太郎訳ベルツの日記 明治9年10月25日)

  • >>2024

    >「そう、そう、問題なんだよ。海軍は、1年経てば石油がなくなるので戦はできなくなるが、今のうちなら勝てる、とほのめかすんだな。だったら、今やるのも仕方ない、とみんなが思い始めていた。そういうムードで、企画院に資料を出せ、という訳なんだな。」

    あきれてコメントを述べる言葉もでんかった。

  • >>2027

    >天皇の命令は形式的。
    ただ、示唆や発言は出来る。
    勝手に決めることは出来ないが、影響力は絶大。
    ま、周りの年上の軍人政治家がアホ過ぎたんじゃないかな。

    下が独走して上を従わせる構造で、下級武士が明治政府を作ります。ただ、伊藤や山県たちは明治天皇と一緒に作ったものだから、そこには軍と天皇の違和感が生まれようもないです。ところが昭和天皇の時代になると、岩倉、伊藤、山県などの元老は死んでしまって、日米開戦期になると元老にかわる統合力と指導力をもつものは、統帥権と統治権の分立により天皇以外には存在しなくなっていたということだと思う。

    参考
    敗戦の色が濃くなったとき、近衛はこのときの天皇について、次のように述べている。
    「自分が総理大臣として陛下に、今日、開戦の不利なることを申し上げると、それに賛成されていたのに、明日御前に出ると『昨日あんなにおまえは言っていたが、 それ程心配することはないよ』と仰せられて、少し戦争の方へ寄って行かれる。 又次回はもっと戦争論の方へ寄っておられる。つまり陸海軍の統帥部の人達の意見がはいって、軍のことは総理大臣にはわからない、自分の方がくわしい、という御心持のように思われた。従って統帥について何ら権限のない総理大臣として、 唯一の頼みの綱の陛下がこれではとても頑張りようがない」(富田健治『敗戦日本の内側』)

  • >>2026

    > 天皇は大元帥で圧倒的に上の立場から統帥最高命令を出すことができた。そうしなかった天皇の責任は重いものを感じる。(開戦に至る前の話しです。)<

    天皇の命令は形式的。
    ただ、示唆や発言は出来る。
    勝手に決めることは出来ないが、影響力は絶大。
    ま、周りの年上の軍人政治家がアホ過ぎたんじゃないかな。

  • >>2023

    >統制できなかったのではなく、開戦の判断を誤ったと言うべきか。
    いや無責任ですから、それさえ言えない。

    天皇は大元帥で圧倒的に上の立場から統帥最高命令を出すことができた。そうしなかった天皇の責任は重いものを感じる。(開戦に至る前の話しです。)

  • >>2017

    >石油不足で船が動かなかったと言う話は聞きませんね。

    原油の数字だけで、ガソリンとか重油とか特定もされていないし、鈴木氏は「企画院総裁としては数字を出さねければならん」「・・・やるためにつじつまを合わるようになっているんだ。僕の腹の中では戦争をやる気はないんだから」というております。

    参考
    鈴木企画院総裁の回顧談
    「僕は、腹の中では、アメリカと戦争をやって勝てるとは思っていなかったから、
     とても憂鬱な気持ちで(石油の需給見通し)を読み上げましたよ。あの時はねえ、 陸軍が、戦争をやるといっていたが、 実際にアメリカとやるのは海軍なんだ。・・・海軍は、自分でやるんだから、最終的な決断は海軍がすべきだったんだ。ところが、海軍は、できないとはっきりいわんのだ。」

    「そう、そう、問題なんだよ。海軍は、1年経てば石油がなくなるので戦はできなくなるが、今のうちなら勝てる、とほのめかすんだな。だったら、今やるのも仕方ない、とみんなが思い始めていた。そういうムードで、企画院に資料を出せ、という訳なんだな。」

  • >>2022

    > しかも、税金も払っておらん。<

    確か戦前は公務員の税金はタダだったとか。
    そもそも源泉徴収は昭和15年頃、戦時体制になって税金を徴収しやすくするために始まった。
    ナチスの制度を見倣ったとか?

    > 明治維新以来、武士階級は,人材を供給しうる社会的階層であった。だから、軍人が首相や大臣になることは普通です。<

    明治維新なら分かるんですが、昭和で選挙権がないのとは矛盾する?

    > そもそも、軍を統制できるのは天皇だけです。
    > 軍を統制できなかった天皇の責任はあると思う。<

    統制できなかったのではなく、開戦の判断を誤ったと言うべきか。
    いや無責任ですから、それさえ言えない。
    ただ良くない戦争だと思えば超法規的に発言すれば、皆靡く。
    それをしなかったのは、あまり有能ではなかったという事でしょうね。
    それと平和への意識も低い。
    勝つか負けるかばかり考えていた様な節がある。

  • >>2019

    >そうですね。
    軍術に関する特殊技能者。
    選挙権も無かった。

    しかも、税金も払っておらん。

    >それでいて総理に成る人が出たのはいかなる訳か?
    本来なら負けた責任は有っても、開戦責任は無いはずだった。

    明治維新以来、武士階級は,人材を供給しうる社会的階層であった。だから、軍人が首相や大臣になることは普通です。
    そもそも、軍を統制できるのは天皇だけです。
    軍を統制できなかった天皇の責任はあると思う。

  • >>2018

    >軍人はつまるところ戦うことがその仕事である。<

    そうですね。
    軍術に関する特殊技能者。
    選挙権も無かった。
    それでいて総理に成る人が出たのはいかなる訳か?
    本来なら負けた責任は有っても、開戦責任は無いはずだった。

  • >>2017

    >ところで陸海軍の陸海大学校、どうも政治的教養がなおざりに成っていたようだ。
    或いは地政学、国際関係、国際法なども殆ど無視。
    それが高官になって政治的影響力を持つとなると国家的に危ういですね。

    そもそも日本の軍隊は国民のためにあるのではなく、天皇のために働く軍隊であり、天皇の直属の軍として組織されたものです。軍人はつまるところ戦うことがその仕事である。

  • >>2015

    > 海軍は今まで、軍事拡張のためにずいぶん予算を使いました。それでおりながら戦えないと言うならば、予算を削っちまえと、その分を陸軍によこせ<

    戦えなくとも、守りだけのためにも予算が必要だ、と主張すれば確保できるでしょう。

    > 軍令部の開戦立案のための図上演習を何度か行っても当然悪い結果しかでなかった。そこで戦力判定の数字を変えて、数字が合うように捏造されます。このように紙の上で練り上げた夢みたいな計画ができあがります。<

    どうしても戦いたい人がいたんですね。
    夢想する人かスパイか?

    >石油の貯蓄量も歴史的に言われているほどではなかったと思う。<

    石油不足で船が動かなかったと言う話は聞きませんね。

  • >>2015

    >出師準備はまるで夢みたい作文で、帳面あわせるために、まるで使うことができないような兵器まで載せていたから、石油の貯蓄量も歴史的に言われているほどではなかったと思う。

    陸軍も戦争に引きずり込むために相当のインチキをやります。ハル·ノートの真の内容を国民に知らさなかったのもその一つである。昭和17年度の鉄鋼は逆立ちしても430万トンしか出ないのを、鈴木企画院総裁に命じて机上プランで480万トンに改め、渋り勝ちな海軍の要求を充足し開戦反対の根拠を奪い去ってしまいます。
    9月初旬近衛氏がルーズベルト氏と会見のため渡米せんとした時、近衛氏を六郷川の鉄橋で、爆殺せんとする計画をしたのは参謀本部作戦課の辻大佐であった。東条氏は11月28日到着したハル·ノートが理不尽であり、その受諾は日本を亡ぼすが故に已むを得ず自衛のために立って戦争に突入したと言う。然し真珠湾奇襲の航空艦隊は11月26日の朝、則ちハル·ノート受諾の2日前にエトロウ島を出発している。

  • >>2013

    >海軍がノーと言えば戦争には成らなかった。
    陸軍もそれで言い訳が出来る。

    ところがそうならん。海軍は今まで、軍事拡張のためにずいぶん予算を使いました。それでおりながら戦えないと言うならば、予算を削っちまえと、その分を陸軍によこせと、いうことになれば、陸軍はもっとその軍備を拡張し、それから言うことを強く言い出すようになると困るから、負けるとか、戦えないということは、一切言わないということです。

    >当然解任すべきでした。
    ま、どうせ永野には出来ない。
    そもそも開戦派に鞍替えしたんじゃないか。

    軍令部の開戦立案のための図上演習を何度か行っても当然悪い結果しかでなかった。そこで戦力判定の数字を変えて、数字が合うように捏造されます。このように紙の上で練り上げた夢みたいな計画ができあがります。出師準備はまるで夢みたい作文で、帳面あわせるために、まるで使うことができないような兵器まで載せていたから、石油の貯蓄量も歴史的に言われているほどではなかったと思う。

  • >>2012

    >、陸軍の支配下に置かれる事態を恐れ、どうせ戦争をやらなきゃならぬのなら少しでも勝ち目のある間にやるべきだということが永野軍令部総長の考えです。<

    海軍がノーと言えば戦争には成らなかった。
    陸軍もそれで言い訳が出来る。

    >ハワイ攻撃を裁可したのは山本長官が裁可されなければやめると、駄々をこねたからで、大局的観点からではないです。<

    当然解任すべきでした。
    ま、どうせ永野には出来ない。
    そもそも開戦派に鞍替えしたんじゃないか。

  • >>2011

    >細かい点はまだしも、大局的観点からの大決断は上層部の責任でしょう。
    大臣、次官、軍令部総長、次長など、その下ぐらいまでか。
    永野軍令部総長は結局、ハワイ攻撃を裁可している。

    だいだい大局的観点というものがあったとは思えん。あったのは組織的防衛観点だ。陸軍と海軍はそれぞれ独立した組織で天皇に対して責任があったとしても、国民に対しては責任はない。開戦当時も海軍は協調するどころか、陸軍と反目していた。確かに大本営は名目上あったが、作戦は参謀本部と軍令部でそれぞれ立案され、事実上、別々の組織として動いていた。海軍は数の上ではかなわないから、陸軍の支配下に置かれる事態を恐れ、どうせ戦争をやらなきゃならぬのなら少しでも勝ち目のある間にやるべきだということが永野軍令部総長の考えです。ハワイ攻撃を裁可したのは山本長官が裁可されなければやめると、駄々をこねたからで、大局的観点からではないです。

  • >>2010

    > 陸軍も海軍もエリート中堅軍人が軍の中枢で作戦計画を作成しています。もちろん決定権は上の層にありますが、ほとんどこの計画に基づいて作戦は実行されます。しかし、山本のハワイ攻撃だけは、海軍軍令部の全員の反対に対して、ごり押しで実行されます。<<

    細かい点はまだしも、大局的観点からの大決断は上層部の責任でしょう。
    大臣、次官、軍令部総長、次長など、その下ぐらいまでか。
    永野軍令部総長は結局、ハワイ攻撃を裁可している。
    高齢とは言え、1880年生まれだから、開戦時は61歳。
    安倍総理よりも若い。
    これで判断力が鈍ったとは有り得ない。

    > 元海軍幹部で中枢にいた人達の海軍反省会の一コマです。
    > 海軍の作戦計画の中枢であった軍令部にいた部員に「なぜ開戦に至るような決断を下したのか」と質問に対し、「日米戦になったら必ず負けるとおもっていた」「上官を説明するまではしなかったが」と語っています。
    > ほかに主席者が「それはいい考えだったが、残念だった」と返すと、会場内に「わははは」と笑いが広まっていた。
    > 主席者全員が共通する思いがあったから、笑いが起こったのでしょう。<<

    競馬などで結果を見て、俺はあの馬が負けると思ってた、なんて言うのと似てませんかね?

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